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RSSフィード [18] 意訳詩
   
日時: 2011/10/31 12:06
名前: 闇の吟遊詩人(闇雅人) ID:Ru30e.qY

昔、私がTCの常連だったころ、管理人の闇さんに提案して拒否された企画(苦笑)。裏でやるならいいでしょう。参加は自由です。ちなみに「外国の詩」を「教科書的に直訳」せず、「意訳して日本語の詩」にする「意訳詩」というジャンルはあります。上田敏の『海潮音』や、佐藤春夫の『玉笛譜』などがその例です。

なお、TCから離れるにあたり、私の記事は全て削除しておきます。私の企画で孤軍奮闘してくれた「うんこ太郎さん」の応援のために「一時的に」投稿したランボーの詩も削除します。では、失礼致します。もう二度とここへは来ません。

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万葉集は誰が書いたのか ( No.33 )
   
日時: 2012/05/20 11:25
名前: うんこ太郎 ID:nX.dFaGo

万葉集は誰が訳したのか?

私はよく知らなかったのですが(今もたいして分かってないのですが)、
元々万葉集は万葉仮名(漢字を仮名のように使った)で書かれていたそうです。
しかし万葉集が編纂されてから二世紀もすると万葉仮名は解読困難となります。
だから現在私たちが読んでいるような漢字仮名まじり、五七五七七の和歌に
するためには誰かが翻訳(訓読)を施さなければならなかったそうです。
江戸期の国学者である賀茂真淵や本居宣長をはじめとして、多くの学者の
解読の歴史があったということなのですが、これっておもしろい!
我々が今読んでいる万葉集は、訓読あってのものなのですね。
時代を挟めば(地理的に)同じ国であっても外国みたいなものだという、
あたりまえのことなのかもしれないですが、過去って未来と同じように
未知でいっぱいで楽しいです。

柿本人麻呂 巻1-40

原文(万葉仮名)

鳴呼見乃浦爾 船乗為良武 乙女等之 珠裳乃須十二 四宝三都良武香

1. リービ英雄 の英訳 

On Ami Bay, the girls must now
be riding in their boats.
Does the tide rise
to touch the trains
of their beautiful robs?

2.うんこ太郎の日本語意訳

今ごろ鳴呼(あみ)の入り江では
女たちが船に乗っていることだろう
艶やかなローブのすそに触れるまで
潮は満ちているだろうか

3.万葉集(訓読)

鳴呼見の浦に 船乗りすらむ 少女(をとめ)らが 玉裳(たまも)のすそに 潮満つらむか

4.意味

鳴呼の浦で今ごろ船に乗って遊んでいるだろう、あのおとめたちの美しい衣裳のすそには、潮が満ちているのだろうか。

※鳴呼は現在の三重県鳥羽近郊の入り江とされる。鳥羽は伊勢の東。志摩半島の北東端で、伊勢湾口に位置している。
志摩(しま)とはすなわち島(しま)である意味のようで、菅島、答志島、神島などの島々が鳥羽から東へと山のように続く。
このあたりはリアス式海岸で、大小の湾をかかえているということ。

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ホセワタナベ(ペルー) ( No.34 )
   
日時: 2012/06/17 00:43
名前: うんこ太郎 ID:kTy0/CN6

 ホセ・ワタナベ(JOSE WATANABE  一九四六-二〇〇七)は、日本人の父親とペルー人の母親を持つ、日系二世のペルーの詩人です。ペルーでの詩人としての評価は高く、一九七一年にAlbum de Famillia(家族のアルバム)でYoung Poet of Peru賞を受賞しました。それから約二十年間詩を発表することもなく沈黙しましたが、一九九四年にHistoria Naturalを出版。二〇〇二年にはコロンビアで、二〇〇四年にはスペインで、詩のアンソロジーが出版されました。
 ワタナベはサトウキビ畑で働く家族の、十一人兄弟のなかの五男だったそうです。「いつか家族みんなで日本に戻ろう」そう夢を語る父親自身が、その夢を信じていないように見えたと語っています。

※ ※ ※

砂の駅

大きなとかげが
突然、目の前にあらわれた
砂の色に溶け込み、たじろぐこともなく
じっと私を観察している
音もなく はやぶさが
太陽のふちをなぞって飛ぶように
音もなく 砂が
突風のなかへと散っていくように

不思議なとまどいで 鼓動が 
空気をゆらしてしまいそうだ
とかげはきっと逃げてしまうだろう

私はしずけさのなかに 鈴のおとを聞く
かんだかく鳴り響く列車の車輪
乗客たちの肩の向こうで
めそめそと泣いている羊の群れ

ここはかつて砂漠の駅だった
今では遠くまで続くレールは錆びつき
ここに眠るものたちは影もなく
つもった落ち葉のようにして
かすかにゆれる

この駅の砂は 無花果の実を燃やし
羊の骨にも刺さるような 棘の多い種だけを残した

ここでは砂は 生きているひとつの物質だ
この駅のベンチで眠るものたちは
だれも 帽子の上の砂を 振り払おうとはしない

私はもうここを離れよう
そう思って駅に背を向けたとき
自分のなかにある隙間を意識した
この隙間は私が受け継いだもの
母はむかしこの駅で、旅行者たちに
果物を売っていた

母の面影が いま私の背中に
ひっそりと
駆け寄ってくるように感じる
情け容赦のない砂が
母が果物を入れていた籠のなかへ
さらさら入りこんだようにして

(Historia Naturalより)

――――

Sand Station

The prodigious lizard darts
out of my sight.
It conceals itself in the color of the sandbank, unflinching,
observing me
as a falcon flies off the patch of sun
and sand falls evenly through the gusts of air
upon no one.
No sound stirs it. It would run
if the air could pulse with my own strange confusion:
I make out a ting, the strident blare
of a train
and the bleat of a sheep on a passenger’s shoulders.
This was once a desert station.
A stretch of rail is blurred with rust,
A sleeper quivers like a pile of leaves
without shade: The desert burned off the ficus
and seeded
its own thorny plants that torment
the skeleton of goat.
Here sand is the one live substance, no one
who sleeps on these splitting platform benches
shakes it from his hat.
I abandon this place. Turning, I sense my own porosity,
my inheritance: My mother used to sell fruit here
to travelers. I feel her run
up behind me
like a relentless body of sand
surging and disintegrating with her basket of wares.

※ ※ ※

訳というよりは、自分の汲みとったイメージにそって「作文」してしまいましたが、この詩のなかの死と生のイメージ、喪失感と熱い砂のイメージが伝わってくれればありがたいです…。

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もはや訳してすらいない ( No.35 )
   
日時: 2012/07/13 13:23
名前: うんこ太郎 ID:yp8prIZQ

雲のやうに
左川ちか

果樹園を昆虫が緑色に貫き
葉裏をはひ
たえず繁殖してゐる。
鼻孔から吐きだす粘液、
それは青い霧がふつてゐるやうに思はれる。
時々、彼らは
音もなく羽搏(はばた)きをして空へ消える。
婦人らはいつもただれた目付で
未熟な実を拾つてゆく。
空には無数の瘡痕がついてゐる。
肘のやうにぶらさがつて。
そして私は見る、
果樹園がまん中から裂けてしまふのを。
そこから雲のやうにもえてゐる地肌が現はれる。

※ ※ ※

Like a cloud

Insects pierce green through the orchard
crawl the undersides of leaves
ceaselessly multiplying.
Mucous expelled from nostrils
may seem like blue mist falling.
At times, they
without a sound flutter and vanish into the sky.
The ladies, always with an irritated look in their eyes
gather the unripe fruit.
Countless scars are attached to the sky.
Hanging like elbows.
And then I see,
the orchard cleaving from the center.
A bare patch emerges there, burning like a cloud.

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広島平和記念式典 ( No.36 )
   
日時: 2012/08/17 12:48
名前: うんこ太郎 ID:YFJW8wKU

8月6日にはニューヨークでも広島平和記念式典が開催されます。
今年の式典では被災地から震災のいたみを伝える詩も英訳で紹介されたそうです。

ただじっと息をひそめている窓に黒い雨ふるふるさとさびし 美原凍子

震災により、お亡くなりになられました方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。

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Re: 意訳詩 ( No.37 )
   
日時: 2012/09/01 10:47
名前: うんこ太郎 ID:mU7135uM

 
幼病み医師の西語も判じえず辛かりしかの日々遥かなり ‐奥山元女
はるばると大海原を乗り越えてペルーの土地に鋤を打ち込む ‐深沢ひろの

 深沢さんは現在九七歳のおばあちゃんで、ここに紹介した詩は、二〇〇二年のペルー日系人協会の短歌コンクールで最優秀賞に選ばれた作品です。
この短歌は日秘文化会館の玄関に、石碑となって飾られています。

 南米の国々のなかでもペルーは日本との関係の深い国です。一八七三年、ペルー政府は南アメリカの国としては初めて、日本と修好通商条約を結びました。そして一八八九年には日本からの最初の移民がペルーへと到着しました。
 第二十代内閣総理大臣である高橋是清も、まだ総理大臣どころか大蔵大臣となる前の一八九〇年に、銅山開発のためにペルーに滞在しています。高橋はペルーの実業家との合資で、日秘鉱業株式会社(ペルー=秘国)を設立しました。今からすでに百年以上前に、ペルーには日系の企業が存在していたのです。
 後日高橋是清は横浜正金銀行(東京銀行前身)の頭取となりますが、東京銀行のながれをくむ三菱東京UFJ銀行が昨年二月にペルーに駐在員事務所を開設したことはおもしろい歴史のめぐりであるといえるかもしれません。旧東京銀行のリマ支店長が銃撃されるという暗い事件を経て、一旦ペルーから撤退した後の、再びのペルー進出です。つくづく日本企業のたくましさを実感してしまうのは私だけではないと思います。日系の銀行では他に、三井住友銀行が二〇一二年の五月十一日付けでペルーに出張所を開設しました。両社とも一番の目的は裾野を広くもち、ペルーに進出する日系企業への融資を行うことだそうです。
 昨年のペルーの経済成長率は約七パーセントで、今年も六パーセントの成長が見込まれています。発展途上国の経済成長率の平均が四パーセントですから、これは高い数字といえるでしょう。ウマラ現大統領は自由経済路線をとっており、通商政策ではFTAとTPPを重要視しています。日本で注目されているTPPへの加入も、ペルー政府は積極的に支援するという姿勢をとっています。
 繰り返しとなってしまいますがペルーと日本との関係は深く、ペルーにはブラジルに続いて南米では二番目に大きな日系人社会があります。

百年過ぎし苦節の先駆者の蒔きたる種はしかと根を張り- 伊 英雄

 一八八九年の日本人のペルーへの最初の移住開始から百年以上が過ぎました。「蒔きたる種がしかと根を張る」、自分のものではない土地に根を張ることはどれだけ困難なことだったでしょうか。今から百年前、夢を求め日本からはるばるペルーへ渡った日系人たち。彼らの苦難は想像を絶するものだっただろうと思います。

※気がついたら最初に投稿してからすでに一年以上が過ぎていました。一年で、これだけかというさびしさもありますが、なによりも身勝手な投稿を閲覧してくださった皆様にお礼をお伝えしたく思います。ありがとうございました。

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エリナリグビー ( No.38 )
   
日時: 2012/09/16 09:59
名前: うんこ太郎 ID:vKvstO/A

ビートルズのエリナリグビーを意訳しました。

※ ※ ※

孤独な人たちが歩いていく
さびしい人たちが歩いていく

エリナリグビー、
結婚式が行われている教会で
ひとりお米を拾い上げている
夢を見ることだけが楽しみ
戸棚から取り出した顔をまとって
窓際でなにかを待ち続けているだけ

孤独な人たち、いったいどこから来たのだろう
さびしい人たち、帰るところはあるのだろうか

マッケンズィー牧師、聞く人のいない説教を書く
だれも必要としていないのに
夜中にほころびた靴下を繕っている
いったい誰のため?

孤独な人たち、いったいどこから来たのだろう
さびしい人たち、帰るところはあるのだろうか

エリナリグビー、教会で亡くなり埋葬された
名前を記した墓だけが残る
マッケンズィー牧師、埋葬のあとで土のついた手を拭った
だれが救われたというのか

孤独な人たち、いったいどこから来たのだろう
さびしい人たち、どこに帰ればいいのだろうか

※ ※ ※

Beatles Eleanor Rigby Lyrics

Ah, look at all the lonely people
Ah, look at all the lonely people

Eleanor Rigby picks up the rice in the church where a wedding has been,
Lives in a dream
Waits at the window, wearing the face that she keeps in a jar by the door
Who is it for?

All the lonely people
Where do they all come from?
All the lonely people
Where do they all belong?

Father Mckenzie writing the words of a sermon that no one will hear
No one comes near.
Look at him working, darning his socks in the night when there's nobody there
What does he care?

All the lonely people
Where do they all come from?
All the lonely people
Where do they all belong?

Ah, look at all the lonely people
Ah, look at all the lonely people

Eleanor Rigby died in the church and was buried along with her name
Nobody came
Father Mckenzie wiping the dirt from his hands as he walks from the grave
No one was saved

All the lonely people
Where do they all come from?
All the lonely people
Where do they all belong?

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加川文一 ( No.39 )
   
日時: 2012/09/23 10:33
名前: うんこ太郎 ID:j/97xChI

加川文一の詩の訳に挑戦してみました。

大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した石川好の「ストロベリーロード」にも
記述がありますが、加川は「南加文芸」というロサンゼルスの同人文芸誌の同人でした。
この文芸誌は戦争中に日系人収容所に収容されていた帰米二世によって
刊行されていたようです。
帰米二世というのは米国で生まれ、一度日本に戻って教育を受けてから
再度米国にもどってきた日系人たちのことをいうわけですが、
移民一世、二世、帰米二世とはそれぞれ立場が異なるため
時代の奔流にまきこまれ、それぞれつらい確執もあったようです。

これから年末までは、日系人それぞれの立場、日系人収容所、
当時の文芸誌など、このあたりの事情をもっとよく調べながら、
この時代の詩をもっと訳したり紹介したりしていきたいと思います。

さて、加川文一ですが、この意訳詩のコーナーで以前紹介した野口米二郎のように
日本で生まれ、英語で詩を発表した数少ない日本人のひとりだそうです。
昭和56年に77歳で亡くなりました。

今回訳してみた詩は内容から推測すると収容所に訪れた春に関する詩ではないかと思います。

しかしながら手がかりはなく、実際のところは分かりません。
もしもこの時代の詩に詳しい方や、ご存知の方などいらっっしゃれば、
教えていただけますと助かります。

※ ※ ※

村の春

山羊がなき声をあげる、暖かく酔いしれた空気のなかを
春に、チューリップと水曜日とを載せて
きいきいと鳴る荷車が、午後の道をゆけば
黄金の平穏が目を覚ます

この平穏は何百年もの間、村を包んだ金色の静けさ
春へと差し込む黄金の日差しを
さえずる鳥と蜂とが数え
その男は土のなかに喜びや憎しみを感じ入り
磨り減ることのない
自分自身のなかの歳月を噛み締める

その男とは意味ではなく、彼は私だ
私はここにやってきて、そして辿り着いていないもの
地上の夢のように後回しになっている
しかし春よ! お前の豊かさで
私の屈辱を覆わないでおくれ
屈辱というものこそは死よりも深いという
だが、この豊かな春の前では
死は所詮深い嘘でしかないだろう

※ ※ ※

The goats yawn in the warm drunk air.
In the spring the tulips and Wednesdays
And creaking cart on the afternoon road
Wake the gold atomosphere of centuries
Settled deep in the village peace.
And in the spring where the gold of sunlight
Is numbered by hummingbirds and bees,
The man attends to his earthly joy, hated
Year in and year out by his identity
Which no other proof can reduce.
The man is not a meaning but he is I,
I who came and could not quite arrive,
Postponed as an earthly dream.
But O spring! out of your contentment
Do not praise me overmuch for my humility,
For humility is deeper than death,
And death at its best is but deepest lie.

メンテ
ナバホ族の詩 ( No.40 )
   
日時: 2012/10/09 11:26
名前: うんこ太郎 ID:hZfFUIH2

風の跡

はじめに命を吹き込んだのは風でした。
命を与えてくれているのは、
今、口から出ていく風なのです。
風が吹くのをやめるとき、私たちは死ぬでしょう。
指先を見てごらんなさい、
風が通った跡が見えるから。
最初の男と最初の女が生まれたときに、
ふたりに吹いた風の跡が見えるから。


***

ナバホ族の風の詩、ぬくみちほ訳。
日本人強制収容所のあったマンザナールには、ナバホ族の居留地もあった。
アリゾナの砂漠の土地で、日系人とナバホ族にも接点があったのだろうか。

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John Okada ( No.41 )
   
日時: 2012/10/15 04:51
名前: うんこ太郎 ID:Pbi4blp2

--僕たちはいわゆる日本人らしい考えをもって暮らしていた。アメリカに住んでいてもそれで許されている時代だったから。それからしばらくして僕は半分だけの日本人になった。アメリカで生まれて、アメリカで育ち、アメリカで教育を受けたから。

--だけど半分だけアメリカ人というのでは十分じゃない。半分だけなんて空っぽみたいなものだ。僕はお母さんの息子じゃない、日本人じゃない、アメリカ人でもない。

"we were Japanese with Japanese feelings and Japanese pride and Japanese thoughts because it was all right then to be Japanese and feel and think all the things that Japanese do even if we lived in America. Then there came a time when I was only half Japanese because one is not born in America and raised in America and taught in America"

"But is is not enough to be only half an American and know that it is an empty half. I am not your son and I am not Japanese and I am not American."

 ジョンオカダの「ノーノーボーイ」は邦訳もでていますので、読まれた方もいらっしゃるかもしれません。第二次大戦中、日系人強制収容所内では米国への忠誠を問う調査が行われました。日本への忠誠を捨てて、アメリカへの忠誠を誓うか、という内容の問いに対して日系人はイエスかノーの選択を迫られたのです。答えが「イエス」であればアメリカ兵士として収容所から戦場へ送られました。答えが「ノー」であれば収容所にひき留められました。

 「ノーノーボーイの」主人公であるイチローは日本人移民一世である両親を想い、日本への忠誠を捨てきれませんでした。そのため強制収容所に残りますが、戦後収容所から出ると、戦争でアメリカ兵士として戦った日系人たちからは軽蔑されます。日本人としても、アメリカ人としても、生きづらくなってしまったイチローはどのような未来を築いていけばよかったのでしょうか。
 

ジョンオカダ (WIKIPEDIA):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%80

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ブレードランナー ( No.42 )
   
日時: 2012/10/21 11:54
名前: うんこ太郎 ID:nX.dFaGo

 寄り道です。映画ブレードランナーのラストシーンのセリフの意訳に挑戦してみました。三年という限られた時間しか生きられない労働用レプリカント。宇宙で過酷な労働に従事したレプリカントがこれまで見てきた光景を語る場面です。ヴァンゲリスの素晴らしい音楽もあって感動的なシーンとなっています。

I've seen things you people wouldn't believe. Attack ships on fire off the shoulder of Orion. I watched C-beams glitter in the dark near the Tannhauser gate. All those moments will be lost in time... like tears in rain...

 俺は誰も信じられないようなものを見てきた。オリオン座の近くで燃え尽きていく戦闘機を見た。タンホイザーゲートの闇のなかに超新星の誕生を見た。みんな時間のなかにまぎれて消えてしまう。涙が雨にまぎれてしまうみたいに。

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