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RSSフィード [23] はんがったや三語じゃん
   
日時: 2011/04/09 23:25
名前: 端崎 ID:HOr0WLYY

 さくっと三語です。

「どろどろ」「一つ目」「星を打ち落とせ」

 さ、さくっと……?……三語です!
 時間は例によって一時間(というていで)

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神鳥の眼 ( No.3 )
   
日時: 2011/04/10 22:36
名前: HAL ID:FbfssVaY
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 ――あの星が欲しい。
 ユタがそういったのは、リュカが十、ユタが六つのときだった。
 小さな弟が指差した冬の空には、ほかの星よりひときわ眩しく光る、青く澄んだ星があった。それは地元の人々がアス・ハティト《神鳥の眼》と呼ぶ星で、冬至のその日、夜の遅い時間に東の空からゆっくりと上り、ちょうど真夜中に天頂に煌々と輝く。
 星をねだられたリュカは困惑して、懐に入れていたちいさな玻璃玉を出した。玻璃といっても安物で、祭の夜店で売っているような子どもだましの玩具だが、それでもふだんの彼らの手には入らない、ぜいたく品には違いなかった。リュカが仕事を手伝っている玻璃工房の職人が、細工を失敗したからといって、持たせてくれたのだ。
 ――これじゃだめか。お前、前から欲しがってただろう。
 ユタはその小さな玉を眺めて、ちょっと考え込んだ。玻璃玉は星あかりに照らし出されて、うす蒼く輝いてる。小さな傷が入っているので、売り物にならなかったというけれど、それでも兄弟の目に玻璃玉は、じゅうぶんにうつくしく映った。けれどユタは少し迷ったあとで、ぷるぷると首を振った。
 ――あの星がいい。
 ――そうか。
 リュカはしかたなく頷いて、玻璃玉を懐に戻した。
 ハティトは隻眼の鳥で、空におわす神々の言伝を嘴に咥えて、地上へと運んでくるのだという。神々が使う文字は、人のそれとは違っていて、城につとめているような、立派な神学者にしか読めないのだそうだ。そんなたいそうな鳥の眼をほしがる弟を、叱っていさめるべきだったのかもしれないが、あいにくリュカには天高くに住まう神々のくだす天罰よりも、明日に食べるものの心もとなさや、家に帰ったらきっと酔っぱらっていて、彼らに手を挙げるに違いないろくでなしの父親や、そうした現世の不安のほうが、よほどおそろしかった。
 ――じゃあ、いつか、兄ちゃんがとってきてやる。
 ――ほんとに?
 ぱっと頬を上気させて、ユタは笑った。ほんとうだ、と答えるかわりに、リュカは弟の頭に小さな手のひらを載せて、やわらかい髪をかき回した。
 ――でも、どうやって?
 問われてリュカは首をかしげた。
 ――さあ。世界で一番高い樹の上にのぼるとか。
 ――それでも手が届かなかったら?
 ――そうだな。砂漠の馬賊にでも弟子入りして、拳銃を習おうかな。
 リュカがそういうと、ユタは黒い眼をぱちくりさせた。まつげが頬に影を落とすほど、その日の星明りはまぶしく、家路を歩く二人の足元を、あかるく照らし出していた。
 ――星を撃ち落すの。
 ――そうだ。
 リュカがいうと、何が嬉しかったのか、ユタはぴょんぴょんと飛び跳ねた。うさぎのように軽やかに飛び跳ねる弟の、小さく熱い手を、離れていかぬようにと、リュカはきつく握った。
 弟の手は荒れていた。二人が下働きをしている工房では、冷たい水で掃除ばかりさせられているから、あかぎれがなおる間がない。同じ歳の子らが安気に遊びまわり、そこらでどろどろになって転げまわっている横で、昼も夜もなく働かされている幼い弟が、リュカには哀れに思えた。
 リュカは空を仰いだ。神鳥の眼は蒼く冴えて、静謐なまなざしを地上に注いでいた。



 ふ、と息を漏らして、リュカは鼻をこすった。
 火薬のにおいが、鼻腔にこびりついている。いまにはじまったことではなく、父親を撃ち殺した日からずっと、そのにおいは彼の中に染み付いてしまっていた。
 夜闇にまぎれて父親のもとを逃げ出したあと、砂漠の馬賊を名乗る男の前に転がり出たとき、リュカの胸には、幼い日の約束があったというわけでもなかった。しかし、彼をきまぐれに拾った馬賊が面白がって教えると、リュカの銃の腕はみるまに上達し、育ったのちには、馬賊の一団を任されるようにまでなったのだ。
 銃の本来の射程距離をおおきく離れた的でも、リュカは難なく撃ち落した。腕前と面倒見のよさから、仲間うちでは一目おかれ、兄貴分面をしてはいても、いまのリュカは天下のお尋ね者には違いなかった。義賊を気取り、豪華な荷を積んだ隊商を狙いはしても、無意味な殺しはしないし、手下たちにもけしてさせない。そんな題目があったところで、王国軍の討伐隊にとってみれば、ほかの狼藉者たちとなんら変わりないのだろう。
 音も立てずに天幕を掻き分けて、手下のひとりが顔を出した。
「お頭。西側に騎影が」
 そうか、と答えて、リュカは腰の拳銃を撫でた。砂漠では夜に旅をする。ただの旅人かもしれない。それでも用心するにこしたことはなかった。金にもならない殺しをして、火薬と命を無駄にすることなどない。
「発つぞ。片付けさせろ」
 いうと、手下はすっと下がって、音も立てずに天幕の外に出た。
 夜には音が思いもかけずに遠くまで響くから、逃げるのであれば物音を立てずに動くのが、彼らの習いだった。
 リュカが天幕の外に出ると、空には満天の星がひしめいて、どこまでも広がる岩砂漠を、皓々と照らし出していた。その流れを眼でおって方角を確かめながら、リュカの目は無意識に、ひときわ輝く青い星を探し当てた。西の空にゆっくりと傾いていく、神鳥の眼。
 目がこの星を探りあてるたびに、リュカは父親を殺した夜のことを思い出す。
 弟を置いて家から逃げ出して、五年あまりが発つころだった。故郷の町の盛り場まで遠征したのをきっかけに、ふと家へ足を向けたリュカを待っていたのは、あいかわらず酒のにおいをさせた父親と、小さく粗末な墓ばかりだった。
 酔っての折檻が行き過ぎて、壁にぶつけて頭を打ったきり、そのまま二度と目覚めなかったというユタ。十二の歳だったという。ろれつの回らない口調で、笑ってそう話した父親に向かって、リュカは無言で引き鉄を引いた。あの夜にも、空にはアス・ハティトが煌々と瞬いていた……。
 ふと拳銃を抜いて、空に向けた。リュカはつめたく冷え切った銃把を、ゆるく指でなぞる。けれど一つ目の鳥に向かって引き鉄を引きはせずに、そのままホルスターに戻した。星を打ち落とせないのと同じように、死者を冥府から引き摺りだすすべはない。
 ふ、と疲れた息を漏らして、リュカは視線を落とした。手下の告げた騎影が、まだはるか遠い西の地平線に、小さく蠢いている。さほど数は多くはなさそうだ。
 無音のうちに天幕を片付けて、整然と集まった手下たちに向かって、手のひらをふって合図を送りながら、リュカは自分の馬に飛び乗った。

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