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RSSフィード [10] リライト企画!(お試し版)
   
日時: 2011/01/15 23:50
名前: HAL ID:n8i93Q2M
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 ツイッター上でリライト企画が盛り上がっていたのが楽しかったので、こちらでも提案してみようという、堂々たる二番煎じ企画です!(?)
 
 今回はひとまずお試しなのですが、もし好評なようでしたらもっとちゃんと企画として考えてみたいなあと、漠然と考えています。


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<リライト元作品の提供について>

 自分の作品をリライトしてもらってもいいよ! という方は、平成23年1月16日24時ごろまでに、この板にリライト元作品のデータを直接貼り付けてください。

* 長いといろいろ大変なので、今回は、原稿用紙20枚以内程度の作品とします。

 なお、リライトは全文にかぎらず、作品の一部分のみのリライトもアリとします。また、文章だけに限らず、設定、構成などもふくむ大幅な改変もありえるものとします。「これもう全然別の作品じゃん!」みたいなこともありえます。
* そうした改変に抵抗がある方は、申し訳ございませんが、今回の作品提供はお見合わせくださいませ。

 また、ご自分の作品をどなたかにリライトしてもらったときに、その作品を、ご自分のサイトなどに置かれたいという方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、かならずその場合は、リライトしてくださった方への許可を求めてください。許可してもらえなかったら諦めてくださいね。

 あと、出した作品は絶対にリライトしてもらえる、という保障はございませんので、どうかご容赦くださいませ。

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<リライトする書き手さんについて>

 どなた様でも参加可能です。
 こちらに提供されているものであれば、原作者さんに断りをいれずに書き始めていただいてけっこうです。
* ただし、作品の冒頭または末尾に、かならず「原作者さま」、タイトルを付け直した場合は「原題」を添えてください。

 できあがった作品は、そのままこの板に投下してください。
 今回、特にリライトの期限は設けません。

* 書きあがった作品をこちらのスレッド以外におきたい場合は、原作者様の許可を必ず求めてください。ブログからハイパーリンクを貼ってこの板自体を紹介される、等はOKとします。

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<感想について>

 感想は任意です、そして大歓迎です。
* 感想はこのスレッドへ!
 リライトしてもらった人は、自分の作品をリライトしてくださった方には、できるだけ感想をかいたほうが望ましいですね。
 参加されなかった方からの感想ももちろん歓迎です!

メンテ

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リライト版『自動階段の風景 ――行き交う二人――』 原作:片桐秀和様 ( No.18 )
   
日時: 2011/01/18 22:57
名前: HAL ID:DC6KyTtw
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 筋書きはそのまま、文章や細部はかなり変えました。HALさんよう、おたく、劣化コピーって言葉を知ってるかい……?(←もうひとりの自分の声)

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 ――生涯で一度くらい、運命的な出会いをしてみたかった。
 暮れなずむ空に押し包まれながら、そんなことを考えていた。
 ごうん、ごうんと、かすかに音が響いている。それは丁度、鼓動のリズムと同じくらいの間隔だ。崖の下に押し寄せる潮騒のように、低く遠く、意識の底を流れる音。
 足の下、ゆっくりと上り続ける自動階段は、ちょうど体の幅しかない。両脇に添えられた手すりも、心細いほど低く、頼りなかった。
 もう二日ほど、こうしてただ立ち尽くし、この階段に運ばれている。視線で足元をなぞれば、白い階段はどこまでも続き、やがて細って空に吸い込まれている。あとどれだけこうしていればいいのか、手がかりはどこにもなかった。
 退屈さにたえかねて身を乗り出せば、はるか眼下に広がる大地。建物どころか、見慣れたはずの地元の地形さえ、切れ切れにかかる雲のむこうに霞んで、確かには見分けられない。いま、どれくらいの高度だろうか。
 ――あの中に、ついこのあいだまで、いたんだよな。
 そんなことを思ってもみるけれど、思考はただ胸の中を素通りしていくようで、実感がなかった。何を掴んだという感触もないまま、すべてが手の届かない場所に遠ざかっていく。ただそういう漠然とした不安だけが、ゆらゆらと体の中をたゆたっている。
 ひとに比べて、特別に孤独な人生を送ってきたというわけではない。……と、思う。友達は多いほうだったし、幸いにして家族との仲もよかった。恋もした。だから、何かが足りないなんて思うのは、ただの贅沢なんだろう。
 だけど、心の奥のほうのどこかに、ぽっかりと小さな空白があるような気がした。普段は忘れていられるけれど、ひとりきりになるとふっと見つめてしまう、ほんの小さな隙間。あるいは欠けたピース。出会うべき誰かにまだ会えないままでいるような、そんな感触。
 自分の考えに、思わず苦笑した。らしくもなく、感傷的になっているのかもしれない。
 視線を前に戻せば、すぐ向かい側に、下りの自動階段がある。数分から数十分おきに、そのうえを誰かが運ばれて、下の世界へ降りていくのとすれ違う。彼らはずいぶんなお年寄りの姿をしていることもあれば、まだほんの幼い子どもの場合もあった。
 下りの自動階段は、ちょっと無理をして手を伸ばせば、届きそうな位置だ。もしかしたら、飛び移ることもできるんじゃないかと思うくらいの。
 だけどそれは、そう見えるというだけで、実際にできることじゃない。手すりを乗り越えて飛び移るどころか、自分で段を上ったり降りたりすることもできないのだ。鎖で繋がれているわけでもないというのに、いま立っているこのステップから、一歩も離れられない。
 またひとり、誰かがゆっくりと、向かいの階段に運ばれて、上の方から降りてくる。白髪の混じり始めた、中年男性。相手のほうが、先にこちらに気がついていたらしく、目が合うなり、会釈をされた。こちらも会釈を返す。その顔が、誰かに似ているような……と思ったときには、男の背中は遠ざかりつつあった。
 誰に似ているのだったかなと、記憶の箱をひっくり返す。有名人だろうか。それとも親戚? 友達の父親? 近所の人だろうか。
 いっとき考え込んでから、ふっと思い出した。可笑しくなって、ひとり、笑い出す。何のことはない、自分を撥ねた貨物トラックの運転手に、目元が似ていたのだった。


 生まれて初めての、そして最後の交通事故にあったのは、二日前の午後だった。引き伸ばされた、永遠のような一瞬。フロントガラスの向こうには、たったいま居眠りから醒めたというのがありありとわかるような、疲れた男の顔があった。濃い色をした隈。半分まぶたの下りていた目が、まず驚愕に見開かれ、続いて何かを懇願するような色に変わっていくのを、たしかに見たと思う。次の瞬間に眼前を過った、信じられないくらいあざやかな走馬灯。そして衝撃……暗転。
 そうして二十年の生涯は、驚くほどあっさりと幕を引いた。


 日が沈みきるのとほとんど同時に、反対側の空から、月が上ってくる。今日は満月らしい。
 ここで見る月は、赤い色をしている。黄砂のカーテンに遮られたときのそれとも違う、ぎょっとするような色。それがゆったりと、寄せては返す波のように濃淡を変えて、明滅している。
 地上で見るように月が白ければ、星明りも紛れてしまうところだろうけれど、その不気味な月の色が幸いしてか、地上ではなかなか見られないような、みごとな星空が周りじゅうに広がっていく。もし月がなければ、きっともっと素晴らしい光景になるのだろう。どうせなら、新月のときに死ねばよかったかもしれないなんて、そんな呑気なことを考えた。
 もっとも、この階段をあと何日上ればてっぺんにたどり着くのか、よくわかってはいないのだ。五分後ということはないにしても、一時間後なのか、あるいは数日後なのか。月が欠けてもまだ辿りつかないということも、ありえない話ではない。
 もしかして、何十年後だったりして……。思わず首をすくめる。ぞっとしない想像だった。
 それにしても、さすがは死後の世界というべきだろうか、丸二日ものあいだ、延々とただ狭い階段に突っ立っているというのに、足も腰もいっこうに疲れもしない。ただ退屈なだけだ。おかげで、ついわけもなく、小まめに向かい側の階段を見上げてしまう。降りてきた誰かと目があっても、会釈をするのがせいぜいで、話ができるわけでもないのに。
 またひとり、誰かが降りてきていた。その影が視界に飛び込んだ瞬間、わけもなく、どきりと心臓が跳ねた。どうしたんだろう。この二日間ですでに何十人か、へたをすれば百人以上の人々とすれ違ってきて、その誰にも、特別な予感めいたものなんて、感じたりはしなかった。
 でも、どうせすぐに通り過ぎて、それで終わりだ。こう薄暗くちゃ、表情だって見えるかどうかわからない。そう思いながらも、礼儀とおもって、会釈をする。相手も小さく頭を下げた。それでその相手が女性だとわかった。ボブカットの髪がふわりと揺れたのだ。
 ちょうど、彼女とすれ違った直後、足元にかすかなゆれを感じた。
「え、わっ」
 思わず声を上げる。がたん、と音を立てて、自動階段が止まった。振動は小さかったけれど、とっさに手すりにしがみついてしまった。
「なんだろ」
 そういえば、この階段に乗ってはじめて声を出したなと、そんなことに気がついた。隣の彼女に話しかけるとも、独り言ともとれないような呟き。
「どうしたんでしょうね」
 下りの彼女は、返事をかえしてくれた。二日ぶりの、他人との会話。
 声からすると、相手は若い女性のようだった。僕とそう変わらないような感じ。もっとも、これまで死んでいて、いまから生まれなおそうとしている人間の年齢に、普通の基準をあてはめたって、意味はあまりないのかもしれない。
「困りましたね。故障なのかな。ここまで一度も止まらずにきたのっていうに」
 そういってから、いや、困るかなあと思い直した。考えてみれば別に僕には、先を急ぐ理由なんてないのだ。
 でも、彼女にはあるかもしれない。さっさと下の世界におりて、早く新しい人生をはじめたいと思っているのなら、の話だけど。
 ほどなくして、アナウンスが流れた。
『ご利用中の皆様へお知らせします。ただいま定期メンテナンスのため、当自動階段は一時的に運行を停止しております。お急ぎの方々には大変ご迷惑をおかけしておりますが、いましばらくお待ちください。運行は、数分ほどで再開する予定となっております。繰り返しお知らせします。ただいま定期メンテナンスのため――』
 マイクを通しているようにしか聞こえない声、いかにも義務的な愛想のよさ。駅やデパートの中あたりで流れていても、ちっとも違和感がないような。死後の世界にふさわしい、不思議なことといえば、その声が足元から響いているようにも、はるか天上から降ってきたようにも聞こえるという、その一点だけだった。
 そのことが、なんとなく可笑しいような気がした。くすりと息で笑うと、つられたように、下り階段の彼女も小さく笑い声を立てた。
「意外に事務的なんですよね。こういうのって」
「神様……っていう呼び方でいいのか、よくわからないけど、そういう人たちも、人手不足なんでしょうね。オートメーション化を進めないと追いつかないくらい、人口が増えているのかも」
 いいながら、後半、ちょっと早口になった。くすくすと笑う彼女の声を聞いているうちに、照れくさく思えてきたのだ。彼女は笑いやむと、小声でいった。
「でも、よかったのかも。ずっとぼうっと立ってるだけじゃ、飽きてきますもんね」
 その言葉に頷き返しながら、自分が会話に飢えていたことを、痛いほどに感じた。もっと彼女と、話をしたい。
 衝動的に体をねじって、彼女のいるほうに体を向けると、ちょうど彼女も、こちらを振り向こうとしていた。
 きれいな子だった。
 その鳶色の瞳と、目が合った瞬間、何か形のないものが、胸のいちばん奥に、すとんと落ちた気がした。思わず、自分の胸元を掴む。ずっとあいていた隙間、欠けたままだったピース。さっきの埒もない考えが、頭の隅を過ぎる。
「あの。どこかで会ったことがあるかな」
 これじゃ下手なナンパみたいだ。いうなり自分で赤面した。だけど、彼女は真面目な顔で、小さく頷いた。
「わたしも、いま、おなじことを訊こうと思って」
 その瞳の色は、真剣だった。
 僕だけの気のせいなんかじゃなかった。だけど、どこで会ったのか、いくら記憶を探ろうとしても、何も浮かび上がってはこない。名前を聞いたら、なにか思い出すだろうか。
「俺は武本。武本コウキ。きみは?」
「わたしは丹羽ミキ」
 その名前に、まったく心当たりはなかった。誰か、知り合いと似ているだけなのか。それとも過去に会っているけれど、名乗りあうこともなかったのか。それにしては、彼女をたしかに知っている、というこの確信は、どっしりと胸の芯に居坐っている。
「……ごめん。思い出せない」
「わたしもです」
 二人して、ちょっと黙り込んだ。さっきのアナウンスでは、メンテナンスにかかる時間は数分程度といっていた。あとどれくらいの余裕があるんだろうか。
 もっとこの子と……ミキと、話をしたい気がした。何か、話すべきことがあるような。だけど、自分が何をいいたいのか、よくわからなかった。言葉が見つからない。
 何かいわないと……。焦っていると、彼女が首をかしげた。
「あの。あなたは、どうして?」
 その声の調子で、ミキのほうも、名残惜しいと思ってくれているのがわかった。そのことが嬉しい。
「ああ、俺は交通事故で。一昨日の夕方だったんだけど」
 嬉しかったとはいえ、間抜けなほど明るく、軽い口調になってしまった。だけど、へんに重々しくいうよりも、よかったのかもしれない。そんな一言でも、彼女は痛ましげに眉をひそめたから。
「ああ……。ご愁傷様でした。痛かったでしょう」
「いや、一瞬だったから。痛いって思う暇もなかった。気がついたら、もうこの変な階段の上に立ってました」
 そういうと、ミキはほっとしたように、表情を緩めた。
「そう、良かった。……っていうのも変かな。不幸中の幸いでしたね」
「ああ、そう。それです。俺、変なところで運がいいんだ、昔から。あれ、こういうのは運が良いとはいわないかな」
 わざとおどけてみせると、ミキはかろやかな声を立てて笑った。その声の響きに、胸の奥がじんと暖かくなる。
 ミキは、笑いをおさめると、しんみりと呟いた。
「そっか。じゃあ、わたしは明後日かな」
「何が?」
「生まれるのが」
 ああ――。思わず息が漏れる。
「そっか。俺が二日、ここを昇ってきたんだから、同じだけ降りたら」
「たぶん、ですけど……ね」
 ミキはいって、ちょっと微笑んだ。
「おめでとう」
「ありがとう。でも、ちょっと不安もあって」
「え、そう?」
 意外だった。だけどたしかに、さっきからの彼女の態度は、喜びに満ちているというには、落ち着きすぎていた。
「生まれなおすときに、いままでのことはみんな忘れてしまう。わたしがいまのわたしでいられるのは、あと二日だけ。そう思ったら、なんとなく……怖くて」
 とっさに、言葉に詰まった。いまの彼女の心境を想像しようとしてみるけれど、それさえもままならない。輪廻転生なんてことを、いままで二十年生きてきて、真面目に考えたことがあっただろうか。どういう声をかけていいのかわからない自分が、もどかしくて、悔しかった。
『ご利用中の皆様へお知らせします。現在実施中の定期メンテナンスは、あと三分ほどで終了する見込みとなっております。今しばらくそのままでお待ちいただきますよう、お願いいたします。繰り返し――』
 また例の声が、どこからともなく降ってきた。残る時間はわずか。何かもう少し話をしたいという思いに押されて、ろくに考えもせずに、とにかく口を開いていた。
「あの月って、なんで赤いのかな」
 変なことを訊いてしまった。すぐに後悔したけれど、彼女は笑うでもなく、すっと月を見上げた。そのまなざしが澄んでいて、思わず彼女の横顔に見とれる。
「あれは、命の色、なんだって」
「いのち」
 僕は繰り返して、空を見上げた。赤い満月、この世ならぬ月。
「そう。もう尽きた命と、新しく生まれる命」
「へえ……」
 あらためて眺めると、なるほど、あの赤さは、血潮の色なのかもしれないと思えてきた。ゆっくりと明滅を繰り返す光の加減は、そう、鼓動と同じリズム。それを見つめているうちに、ふと、これから先のことに思いが向いた。
「そうだ、ねえ。俺がこれからいくところって、どんな場所なのかな。まさか、地獄みたいな――」
「ふふ。まさか、大丈夫。静かなところだから。それこそお話の天国と違って、蜜の川が流れてるわけじゃないけど。でも、ゆっくりできると思う」
 彼女は可笑しそうに笑って、説明してくれた。
「へえ。そこで、どんなふうに暮らすの」
「下の世界を眺めてすごすの」
 思わず、眼を瞬く。それはずいぶんと、呑気な話のように思えた。
「え。ただ見るだけ?」
「そう。わたしは二十年くらい、ずっと見続けてたかな。それである日、気がついたら、やっぱりこの階段の上にいて」
「それって、でも、かなり退屈じゃないのかな」
「そう……そうかも。でも、わたしは嫌いじゃなかった。生きているときには、見られなかったものが、たくさん見られたし」
「へえ」
 まだあまりピンとこなくて、首をひねっていると、彼女は小さく声を立てて笑った。
「なんだか変な感じね。わたしたち、会ったばかりなのに、妙に打ち解けてる」
「ああ、うん。やっぱりどこかで、前に会ったことがあるのかな」
 言ってから、自分の馬鹿さ加減に呆れた。彼女が二十年、この上の世界にとどまっていたというのなら、二十歳で死んだ僕と、現世で会っているはずがないというのに。
 二十年――はっとした。
「思い出した」
 僕は、よほど驚いた顔をしていたんだろう。怪訝そうに、ミキが首をかしげた。ああ、どうしていままで、彼女のことを忘れていたんだろう。忘れていられたんだろう。
「やっぱり、俺たち、会ったことがあるんだ」
「え。だって……」
「二十年前に。ここで。この、自動階段の上で」


 ミキは息を呑んで、目を見開いた。その瞳に揺れる戸惑い。こんな話を、信じろっていうほうが無理なことだ。だけど、筋道立てて説明するだけの時間はなかった。焦る心を押し留めて、言葉をさがす。どうしても伝えたい言葉だけを。
「君に、ずっと伝えたかったことがあるんだ」
 口に出すと、その言葉はしっくりと胸の奥になじんだ。そう。僕は彼女をさがしていた。ずっと、ずっと、長いあいだ。二十年前から、いや、もしかすると、何百年も、何千年も前から。
「ずっと前から、君のことが好きだった。話をするのも今日がはじめてなのに、変に思うかもしれないけど」
 僕らは何度も、ここで出会っていた。この場所でだけ。繰り返し、繰り返し。
 それはいつも、ほんの一瞬の邂逅。言葉を交わす間もない、視線の交錯。
 いまの姿をした彼女が死んで、僕が生まれなおしたときにも。その前の僕が死んだときも。もっと前のときにも――。それは、確信だった。既視感なんていうあいまいなものじゃない。魂の底に刻まれた、たしかな記憶。
 赤い月明かりの下で、僕は見た。はじめは驚きに見開かれていたミキの目が、ゆっくりと、理解の色を浮かべるのを。そしてその瞳から、大粒の涙がひとすじこぼれて、彼女の頬を伝うのを。
「わたしも」
 ミキは一度言葉を詰まらせた。それから喉をふるわせて、いった。
「わたしにも、やっとわかった。わたしたちは何度も、ここですれ違っていたんだね」
 その声にこめられた熱を感じた瞬間、胸が震えた。
「わたしもあなたに、会いたかった。ずっと」
 その言葉だけで、何もかもが満たされるような気がした。死を悟ったときにも流れなかった涙が、彼女の思いを感じた瞬間、堪えようもなく、僕の中からあふれた。
『皆様にお知らせします。定期メンテナンスは、無事に終了いたしました。まもなく運行を再開いたします。お急ぎの方にはたいへんご迷惑をおかけしました。繰り返しお知らせします――』
 弾かれたように顔を上げる。階段がかすかに振動するのがわかった。せっかくこうして、思い出せたのに。せめてもう少しだけでも。
 ミキのほうに向きなおると、視線が絡み合った。彼女の目が、哀しみに揺れる。だけど容赦なく、アナウンスは終了する。階段が振動を大きくする。
 突き動かされるように、叫んでいた。
「俺は……俺は、君のことを思っている。ずっと、この上から君を見守っているから。君が忘れてしまっても、僕は覚えている。君が悲しんでいるときには、俺も泣く。君が喜んでいるときには、俺も笑う」
「でも、生まれてしまったら――」
 彼女のいいたいことはよくわかった。いまのミキがとっているのは、あくまで過去の生の姿。生まれ変わったら、彼女は別の人間になる。
 そしてその瞬間を、僕はおそらく、見ることができない。下の世界に生きる、膨大な数の人々の中から、僕が彼女のことを見つけられる保証なんて、どこにもない。
「それでもきっと、僕は君を見つける。君がどんな姿になっても、必ず。約束する」
「……わたしも」
 ミキはまっすぐに僕の目をみつめて、うなずいた。
「わたしもきっと、あなたのことを思い出す。そして、次にあなたが生まれなおしたときには、わたしがあなたのことを、見守っているから」
 とっさに手を伸ばしていた。同じように差し伸べられた彼女の手に、かろうじて触れる。その小指をそっと、絡ませあう。
「約束」
 顔を見合わせて、ちょっと笑った。くすぐったいようなぬくもりが、胸の奥に宿る。わけもなく確信が湧き上がる。大丈夫、この気持ちを、きっと覚えていられる。
 ごうん、と鈍い音がして、階段が動き出す。繋いでいた指が、するりと解けた。
「大丈夫。だって俺たちは――」
「そうね。わたしたちは――」
 お互いの声はすぐに聞こえなくなった。だけど、下っていく階段に運ばれながら、まっすぐに僕を見上げるミキの目は、僕の魂の底へと、たしかな熱をもって焼きついた。
「大丈夫」
 もう一度だけ、そっと呟く。自分に言い聞かせるように。
 赤い月に見守られて、夜空の中を、ゆっくりと自動階段が上っていく。どこまでも、どこまでも。
 やがてたどりついた場所で、僕は地上に生きる彼女をさがすだろう。そして何十年かのあいだ、静かにその生を見守り続ける。彼女の命が尽きる、そのときまで。


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 幸せでした……! 結果、出来はともかくとして(汗)、書かせていただきながら、とても楽しかったです。己の実年齢も忘れて、きゃーきゃーいいながらリライトしていました。何このお話素敵すぎる……!

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