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RSSフィード [10] リライト企画!(お試し版)
   
日時: 2011/01/15 23:50
名前: HAL ID:n8i93Q2M
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 ツイッター上でリライト企画が盛り上がっていたのが楽しかったので、こちらでも提案してみようという、堂々たる二番煎じ企画です!(?)
 
 今回はひとまずお試しなのですが、もし好評なようでしたらもっとちゃんと企画として考えてみたいなあと、漠然と考えています。


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<リライト元作品の提供について>

 自分の作品をリライトしてもらってもいいよ! という方は、平成23年1月16日24時ごろまでに、この板にリライト元作品のデータを直接貼り付けてください。

* 長いといろいろ大変なので、今回は、原稿用紙20枚以内程度の作品とします。

 なお、リライトは全文にかぎらず、作品の一部分のみのリライトもアリとします。また、文章だけに限らず、設定、構成などもふくむ大幅な改変もありえるものとします。「これもう全然別の作品じゃん!」みたいなこともありえます。
* そうした改変に抵抗がある方は、申し訳ございませんが、今回の作品提供はお見合わせくださいませ。

 また、ご自分の作品をどなたかにリライトしてもらったときに、その作品を、ご自分のサイトなどに置かれたいという方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、かならずその場合は、リライトしてくださった方への許可を求めてください。許可してもらえなかったら諦めてくださいね。

 あと、出した作品は絶対にリライトしてもらえる、という保障はございませんので、どうかご容赦くださいませ。

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<リライトする書き手さんについて>

 どなた様でも参加可能です。
 こちらに提供されているものであれば、原作者さんに断りをいれずに書き始めていただいてけっこうです。
* ただし、作品の冒頭または末尾に、かならず「原作者さま」、タイトルを付け直した場合は「原題」を添えてください。

 できあがった作品は、そのままこの板に投下してください。
 今回、特にリライトの期限は設けません。

* 書きあがった作品をこちらのスレッド以外におきたい場合は、原作者様の許可を必ず求めてください。ブログからハイパーリンクを貼ってこの板自体を紹介される、等はOKとします。

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<感想について>

 感想は任意です、そして大歓迎です。
* 感想はこのスレッドへ!
 リライトしてもらった人は、自分の作品をリライトしてくださった方には、できるだけ感想をかいたほうが望ましいですね。
 参加されなかった方からの感想ももちろん歓迎です!

メンテ

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【風よ、岩よ、屍よ】 原作:HALさん『荒野を歩く』 ( No.50 )
   
日時: 2011/02/07 03:14
名前: 星野日 ID:LPW3YGtc

 五年。まだ五年しか経っていない。大戦の終幕に発動された大魔法は、この地に大きな傷跡を残した。生き物が住めるようになるにはあと五十年が必要だろうと言われる。しかしじっと足元に目を凝らせば、小さなムカデのような虫が這いずりまわっているのを見つける。ようなというのは、頭が二つあり、胴でひとつにつながり、そしてまた尾の方が二つにわかれているのだ。もともと異世界に住む虫が、大魔法の影響でここに移ってきたのか、それともこの世界の虫に異変が起きてああいう形を取っているのか、それは知れない。なんにせよ、この場所を生身でうろつき回っているというのは驚異的なことだ。私たち人間は魔法障壁帰ったら研究所の人間に虫のことを教えてあげよう。嬉々として採集に来るに違いない。遠くで獣の遠吠えのような音がしたが、あれは風が荒んでいるだけだろう。
「あーにシリアスな顔しちゃってんの」
 私の後ろを付いてきた同行者が方に覆い被さり、酒臭い息を吹きかけてきた。この人の希望で、この古戦場へとくることになったのに、この人にはまったく真面目さが感じられない。
「先輩、重いです」
 しっしと追い払うと「つめたーい」と同行者の彼女はげらげら笑い私から離れる。彼女とは三年ぶりに合うが、一緒にいてため息が止まらない。これが私の憧れた、五年前の戦争の英雄なのだろうか。凶悪な侵略者に対抗するため、当時の魔砲学の最高峰にいる者達で結成された世界の希望。私たちの希望を背負い戦い、大魔法の発動の際に多くの者が命を散らした。先輩はその中の、生き残りの一人だった。不意に私の隣で「ぽんっ」と空気が弾ける開けられる音がした。見るとまた新しい酒ビンのコルクを開けたようだった。英雄である先輩の生活は、今ではすべて税金で賄われている。彼女が水のように煽り酒も当然、税金から出ている。喉を通りきらなかった酒が口の端からぼたぼたと垂れて、乾いた地面へと吸い込まれていく。私は酒には詳しくないが、安い酒でないことは、ラベルの格調からわかった。戦争は世界に混乱と貧困をもたらした。無駄にこぼれた酒一滴の値段で、今世界で苦しむ人を何人救えるだろうか。この乾いた大地に住む虫はかえって水が苦手なのだろうか、先輩のこぼした酒を浴びて慌てて逃げたムカデがいた。それに気がついた彼女はしゃがみこみ「ほれほれー、こっちの水は甘いぞー」と瓶を逆さまにして酒をこぼし虫をいたぶる。私はイライラとして「先輩、行かないんですか」と言いながら足を鳴らした。声色にもずいぶん棘が入ってしまったのは仕方ない。
「こわいこわーい後輩ですねー」
 自分の言ったことにへらへら笑いながら、先輩は殻になった瓶を投げ捨てた。緑色のガラスが岩にぶつかって割れる。赤い地面に散らばった破片は、しばらくすれば得体の知れない虫たちの住処になるに違いない。ガラスに反射した空に、白ばんだ月が映った。こんな調子で歩いていたせいで、もう夜はとくと暮れてしまった。他の者たちが先輩に同行するのを嫌がったはずである。堕落したという話は聞いていたが、まさかここまで重症だとは思わなかった。アルコールに汚染された不快な体臭を撒き散らし、ぼさぼさの艶のない髪をかき回しながら「ねえねえ、彼氏とかで来たの。綺麗になったねえ。私とは違ってさあ、あっはっは」と出会い頭に私に向って言った先輩。美しく、気高く、知的で、優しい彼女は、いなかった。
「ねえねえ見て見て。かっこいーっしょ」
 どこから拾ってきたのか、先輩が槍を持ってきた。穂先が穢らわしく汚れた、大戦時の槍だ。私は思わず数歩引き下がり、怒鳴る。
「ちょっと。捨ててください。汚染されますよ」
 この地域に落ちているものに直接触れるのは危険極まりない。大魔法によって、一帯の物質、生物には形容しがたき呪いがかけられた。ただ歩いているだけならば、法衣や魔法障壁によって呪いを退けられるが、呪いにかかったものに触れば自身も呪いに侵されるかもしれない。
「遠くに捨ててください。それをもって私に近寄らないでください」
「けーちけーち、ばーか」
 先輩はつまらなそうに口を尖らせるが、私に言われたとおり槍を重そうに投げ捨てる。ほとんど足元に落としたような、弱々しい投擲だった。全盛期の先輩ならば、あの槍は地平線を貫かんばかりに、遥か彼方に飛んでいったに違いない。「行きますよ」と先輩の手を引き、その槍から足早に離れた。「えへへ、私妹みたい」ダメだこの人は。
 人なのか獣なのか、魔物なのか。原型も定かではない何者かの骨が私の足にあたった。そんな些細な衝撃で、骨がぼろりと崩れ落ちる。たかが五年、通常ならばこんなにも早く風化はしまい。呪いのせいなのだろう。恐ろしさというか、気色悪さが背筋を駆け上がる。吐き気が込みあげたが、無理くり飲み込んだ。さっさと先輩の用事を済ませ、温かみのある我が家と戻りたい。まともな人間と話がしたい。あれは味方の魔法戦士だったのか、敵の魔物だったのか。もしかしたら、五年前に私が憧れていただれかの亡骸なのかも知れない。
「今の骨っ子、近くにイヤリングがおちてたねー。ヨーちんかなー、あれ」
 後ろで先輩が呟いていた、聞きたくない聞きたくない。吐き気がした。後ろのこいつを捨てて、引き返そうか。一人ならば夜が開ける前に帰りの船に乗れる。さっさと島を離れ、船の上で歯を磨いて、身体を水で流し、頭を洗い、スヤスヤと眠って朝が開けて、ああ嫌な夢だったと思いながらトースターとコーンスープでも飲んで。ああもう嫌だ。
「うへへー、ショックだったかな。うそぴょーん、大丈夫だよ。さっきのは多分、君の大好きだったヨーちんじゃなくて、あまり面識のなかった五班の」
「いい加減にしてください」
 握っていた手を、地面に叩きつけた。先輩が転ぶ。先輩が空いている手に持っていた酒瓶が地面に転がる。じゃばじゃばと酒が溢れる。赤く乾いた大地が貪欲に酒を吸い込んでいく。先輩は「あうーあうー」と阿呆の子のように呻いて、痛がった。私は自分の身体の頭からつま先を、怒りが、憤りが登ったり降りたりを繰り返すのを感じた。
「なんなんですかあなたは。私は、私はあなたを尊敬していたのに。あなたは私のたどり着けない目標で、みんなから尊敬されて、愛されて、すごい、すごい人で。それなのに今のあなたはどうしたんですか。どうしてそうなったんですか。何を考えているんですか。何をして欲しいんですか。私には判らない。あなたが全く判らない」
 全身から搾り出して叫んだ割に、全く意味の伴わない言葉だなと、言ってから思った。こんなの、体力の無駄だ。
「いやーん。怒ったー」
 先輩は何も感じなかったかのように、今までと同じ調子で私を見上げ、けらけらと笑った。ああ、私は、本当に体力と気力を無駄に使ったのだな。そう思った。
「いいよ。私をここに置いていっても」
 先輩は新しい瓶をどこからともなく取り出し、煽る。
「昔のテレビみたいにさ。悪を倒した正義の味方は、次の星にむかって飛び去っていきましたみたいなさ、そう言うのがベストなんだよね。この世界にはもう私、いらないじゃん、みたいなさ。いても邪魔だし、扱いに困るし。怖いでしょ。こんな場所を作れちゃう私たちってあれだよね。戦争終わったのに爆弾は残ってますみたいな。そんなふうにみんながうすうす思ってるのわかるよ。だから置いていっていいよ。ここなら寂しくない、寂しくないんだ」
 ねえ、みんな。そう呟いて先輩が瓶を逆さにする。どくどくと酒が溢れ、乾いた土へと呑み込まれていく。
「ここにはみんないる。あの頃の味方も、敵も、みんないる。だから平気よ。運命とは、最もふさわしい場所へと貴方の魂を運ぶのだ、ってねー」
 ふいーっと先輩はため息をついて、そのままぐったりと力を抜いた。すぐに寝息が聞こえてくる。イライラと、どこにもぶつけ用のない、名前のない想いが全身を駆け巡る。激情にまかせ、「もう知りません」と私はその場をさった。腐っても、大戦の英雄だ。放っておいても平気だという確信はあった。それにしても私にはあの人が判らなくなる。今先輩が話したことを考えながら、方向なんて関係なく歩いた。あんなことを考えながら五年を過ごしていたのだろうか。先輩の言葉には、失望や絶望がにじみ出ていた気がする。隠された悲しみは、塞がれた天火のように、その心を灰にするまで燃え尽くす。そんなものを私は感じた。
 うろつき、時々星を眺め、考えているうちに空は白くなってきた。そろそろ先輩を迎えに行かなければいけない。今日の昼くらいまでには、帰りたい。来た時の調子を考えると無理だろうけど。
 戦争から五年、まだ五年しか経っていない。大地も人も街も、何も癒えてはいない。私はこの五年で、どう変わってきただろうか。そんなの、知らない。




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・過去も荒野、今も荒野 → 過去は荒野で今は違う というコントラストのほうが書きやすそう

・五年という時間の経過を感じさせたい。人の風化以外にも

・逆に、五年じゃ変わらないことってなんだろう。

・墓参りみたいなことを、夜に歩いている必然性はなにか

・世界背景をもっと匂わしたい。

・生き残った人が、あえてここで「私は生きているらしい」と思うのは、どういうときか

というところを考えつつ、酒をにおぼれる魔法少女とかどうだろうという考えから生まれました(ぇ
最初は彼女一人でしたが、やっぱり飲んだくれのダメなやつは外からそのダメっぷりを描写したい。ということで、最初に考えた六点を半分くらい無視して出来上がり。後輩がどっか言っている間の先輩の描写が原作だと考えると、整合性がとれるかも!! とか書き終わった後に気が付きました。なんだか取れている気がする!!!(ぇ
最初は売れ残った刺身のつぶやき、とかにしようと思ったけど、思い直してよかった

メンテ
『ノワール・セレナーデ』 原作:紅月セイルさん『ノワール・セレナーデ』 ( No.51 )
   
日時: 2011/02/07 05:40
名前: とりさと ID:fZXA5jA6

 夜の帳を起こすように、雨が降る。
 城戸は、その中を駆けていた。
 冷たいしずくが全身を容赦なく叩く。だが雨に構う余裕もない。傘はさしていない。途中で捨ててきた。走るのに、傘は邪魔でしかない。
「うおっ」
 水浸しのアスファルトに足を取られて思わず転んでしまった。びしゃり、と水を弾くどこか間抜けな音とはうらはらに、全身を打つ衝撃は鈍く響く。
「くそがっ……!」
 悪態をついて起き上がろうとして、全身総毛立つような悪寒に襲われる。
 とっさにアスファルトを転がる。
「ちょこまかとうるせいやつだぁ」
 さっきまでいた場所に、鋭い棘が無数についた物体が振り下ろされていた。ぞっとする。あんなものが直撃したら、ミンチか串刺しか。アイアン・メイデンに抱かれるよりも救いがないに違いない。
 その尻尾の元をたどれば、そこには化け物がいた。全身四角ばった人型の、化け物だ。もう、化け物としか表現のしようがない。
「鬼ごっこにも、そぉろそろ飽きてきたぜぇえ?」
 その化け物が、大きく裂けた口を使って、喋った。
 靴のように丸い爪先をした足が動く。歩くたびに、ずしんと地面が微かに揺れた。
 逃げなくては。
 城戸は立ち上がり駆けだそうとして、しかし遅かった。
「うわっ」
 巨大な手で一握り。身体を掴まれてしまった。
「ひひっ。つぅかまぇたぁ」
「放しやがれ!」
 全力で暴れるが三本の指は小揺るぎもしない。しかもとても生物とは思えないほど、金属的で固い。
「ひひひっ、あぁきらめなぁ」
 ぐっ、と化け物が力を入れる。
「ぐあぁ」
 苦悶の声が漏れる。その気になれば一気に潰せるだろうに、そうしない。化け物は、縦についたひとつ目で、苦しむ城戸を愉快そうに眺めていた。
 ただ、深夜にコンビニに出かけただけだったのに。
 なんでこんな事になったのか。
 城戸は、昼間あった忘れがたい少女のことを思い出した。



 幽霊が見える。
 城戸は、そんな特赦な体質の持ち主だ。
 城戸の目には、今も見えている。
 子供の幽霊だ。おろおろと左右を見渡している。
 城戸は思わず立ち止りかけて、しかしやめる。立ち止って、どうするのだ。あの幽霊の子供に話しかけて、しかしその次は?
 どうもしようがない。幽霊が見えるだけなのだ。その助けになれはしない。幽霊を助けるなんて、できはしないのだ。
 だから城戸は幽霊が嫌いだった。自分は見えるのに、自分は何もできないのだ。そんな無力感に襲われるのが、たまらなく嫌だった。
 城戸は空を見上げた。
 日差しのない曇天だ。救いのない今の気分にぴったりで皮肉である。
「はあ」
 城戸は溜息をひとつ。泣く子を置いて通りすぎようとし
「迷子かの」
 そんなつぶやきに、今度こそ立ち止ってしまった。
 見えるのか。そんな衝撃と共に振り返る。
 それを呟いたのは、城戸と同じくらいの少女だった。紺色のブレザーを着た女子高生だ。帽子をかぶり、中に髪をしまっている。一瞬大学生かと勘違いしそうなほど大人びた端正な顔立ちをしているが、しかし何より人目を引くのは、その目だろう。
 深紅、だった。
「これ、童よ」
 目線を合わせるためにしゃがみこみ、ぽんと子供の頭に掌を乗せる。その少女はごくごく自然に子供に語りかけていた。
 相手は、幽霊だというのに。
「ふえ?」
「案内を、どこにやったかの」
「あんないって……?」
「わからぬか。まあ、大方、道の途中で目移りしているうちに迷子なったのじゃろうな。童らしいとは思うが……バカじゃのう。案内するのは、お主の母ではないのだぞ。道を外したからといって探してはくれぬ……とと。おお、これ。泣くでないよ」
「うえ、ふぇえ」
 そんなことを言っても、道理も分からない歳だ。少女の説教は子供からしてみれば泣きっ面に蜂だろう。ますます泣き顔を歪め、びいびいと声を上げる。
 少女はしばし閉口していたようだが、ふう、と嘆息。
「しかたなのう。ほれ」
 子供その鼻面に、少女がひょいと指を突きつける。反射的にだろう。その不意打ちに、子供がびくりと動きを止めた。
「ご覧」
 その隙そう言って、少女が優しく微笑む。
「ノワール・コルディア」
 唱えた少女の指先に、黒い蝶が現れた。手品のようなそれに、子供の顔がぱあっと輝く。
「わあっ」
「ほれ、これについておき。今度は道草を食うでないぞ。昼だったからよかったものの、夜だったらの。お主なんぞ、ぱくりと食われとっても不思議でないのだぞ」
 少女のよくわからない脅しに、子供は一所懸命こくこく頷いた。少女の指先から離れた黒い蝶々を追って、ふいとどこかに消える。
 それを見届けてから、少女は立ち上がる。そうして、真っ直ぐ城戸のほうに歩いてきた。
「くっくっく。闇夜の姫たるわしも、泣く子には勝てんよ。多くの闇を祓ってきたわしの難敵がかような小さき存在とは、何ともおかしいのう」
 血の如き、紅の目。
 それがはっきりと城戸を見据える。
「なあ、そうは思わんか、城戸よ?」
「……誰だお前」
「は」
 少女の紅い目が、まん丸になった。
「なんじゃ。お主、わしのことを知らんのか?」
「しらねえよ」
 断言する。随分と特徴的な少女だ。その紅い目だけは、一度でも見かけたら記憶に焼き付いて離れないだろう。
「ていうか、なんでお前は俺の名字を知ってるんだよ」
「え、いや、だってのう……」
 城戸は眉をひそめる。少女の不審な態度もそうだが、それだけではない。子供とのやり取りのときもそうだが、おかしな喋りかただ。洋装の制服よりも和服が似合いそうな古ぼけたしゃべりかた。それが、非現実的な紅い目と相まって、随分な違和感を感じさせる。
「はて……いやしかしこれはむしろ、都合がよいのかのう……」
 顔をうつむけて、ぶつぶつと何かを呟く。そんなことをされたら、城戸の不信感はさらに高まるだけである。
「何だよ、お前」
「おお。自己紹介がまだだったのう。わしの名前は紀雅緋和(きがひより)という」
 にっこりと、典雅に笑う。不覚にも、目を奪われてしまった。
 緋和と名乗った少女が、一歩近づいて手を差し出してきた。
「お主、わしのペットにしてやろう?」
「はあ?」
 非常に衝撃的な言葉である。
「うむ、本当にわからんようじゃな」
 だが緋和という女は、かえって満足そうだった。むしろわからないことに安心したような様子だ。
「さて、では順を追って話そうか。この世には、魑魅魍魎が溢れておる。古来よりいまにいたるまで、それはあり続けておる。当然じゃの。魑魅魍魎のもとは、人じゃ。人がある限り、魑魅魍魎もまたあり続けるじゃろう。しかし、中には人に害をなす危険なものもおってのう。それらはディグラフと総称されておる」
「ディグラフ?」
「そうじゃ。そして我が家は、呪術師の家系での。それを祓うのを習わいとしておる。それをちいっとばかし手伝ってくれないかのう」
「……」
 言葉にせずとも視線で察してくれたのだろう。
 信じられない。
 それがすべてである。
 だって城戸は、そんなものを見たことがない。幽霊は見たことはあるが、あれはどこまでも無害なものだ。
 それに初対面の相手をペット呼ばわりするような人間とは、付き合いたくもない。
「悪いな。別をあたってくれ」
「なんじゃ。幽霊は見えても、悪霊、怨霊は見たことはないか。妖怪は信じられんか?」
 緋和は、くつくつと笑う。愉快そうな顔のまま首をことんと傾ける。
「まあ、信じられんのなら、それでもよいさ」
 意外と潔く、勧誘を打ちきった。
 ひらひら、と腕を振り
「では、縁があったらまたの」
 そう言って、緋和という少女は踵を返した。城戸に背を向け、すっと背筋を伸ばした気持ちのよい姿勢で歩いていく。
 ――そういえば、なんで俺の名前をしっていたんだ?
 ふわりと翻ったスカートに、城戸はそんなことを思った。ただそれも一瞬。怪しいやつが離れてくれたのだ。わざわざ追いかけるまでもないと結論を出し、城戸はいつもどおりの帰路に戻った。



 あれを、断ったのが悪かったのか。
 あれを受けていれば、いまごろ苦しむこともなかったのだろうか。
 そんな現実逃避はしかし何の助けにもならない。ぎりぎりと締め付けてくる感触は、どうしようもなく逃れられない本物だ。
「さぁってぇ。どっから食おうかねえ?」
 ぎょろりと睨むひとつめ。先が二股に分かれた舌が、ちろちろと顔をなめる。
 生理的嫌悪で、ぞっと鳥肌が立つ。元が人だと言うが、信じられない。間近で見れば見るほど、醜い化け物としか思えない。
「やぁっぱりぃ、頭からガリガリいくのが一番かぁあ?」
「く、そ……が。しる、かよっ」
 せめてもの抵抗も、身体を締め付けられているせいで、切れ切れとしたものになる。
 大きく裂けた口が、にたぁっと歪む。
「おおそうかぁ。じゃあおしえてやるよ。頭から食ってのはな、最高にうまいんだぜぇえ」
 化け物が、ぐばぁっ、と大口を開く。前のめりになり、城戸を覆う。
 ああ、死ぬのか。
 城戸の頭に浮かんだのは、そんな陳腐な一行だった。
「獲物が恐怖で泣き叫ぶ声が、一番良く聞こえるからなぁ! あひゃはひゃあはひゃひゃあは――あ?」
 ぽとり、と。
 化け物の腕が落ちた。
「愚図が」
 凛と、声が響いた。
「その汚い手を、わしのペットから放さんかい」
 化け物の腕と一緒に、どすん、と城戸は地面に落ちる。そうしてふと、それに気がついた。
 巨大な、鎌。
 雨がいつの間に止んでいたのか、遥か上空の雲が割れる。かすかな月光を反射して、化け物の腕を切断した刃がぎらりと光った。
 それが、ぐるんとまわる。地面に尻もちをうった城戸は、痛みも忘れ半ば呆然とその軌跡を追って鎌の持ち主を見た。
「ディグラフよ」
 声の主は、かつり、と足音を立てて陰から出てくる。
 こんな時間に道端を歩いていたら補導されかれない格好の、ブレザー。だが昼間と違い帽子はない。惜しげもなく月光の下にさらされているその髪の色は、真っ白だった。
 紀雅緋和。
 忘れようにも忘れられない、深紅の瞳を持った少女だ。
「元は人が、闇に呑まれて、畜生以下まで堕ちたか」
 化け物に、その見かけよりもなによりも。人をいたぶる心根が醜いと言った。
「うぎゃぁああああぁあああ!」
 いまさらのように、ディグラフが叫ぶ。腕を切られた痛みにのたうちまわる。
「お前……」
およお、城戸よ。縁があったようじゃのう」
「だれがペットだよ」
 真っ先にそんな見当違いな言葉が出たのは、まだ城戸が混乱していたからだ。
「おう」
 緋和の眉が下がる。不本意、という顔だ。
「なんじゃ、お主。命の恩人に対して、それか。この状況で図太いことだが、礼のひとつもいえんとは……ふんっ。お主なんぞにペットの名称はもったいない。餌で充分じゃな」
 どこかすねたようにそっぽを向く。
 さっきまで食われかけてた身としては、冗談にならない名称である。反論しようとして、ふと城戸はあることに直感する。
「お前もしかして――」
「うぁあ゛ぁああ」
 問い詰めようとした城戸の言葉が、ディグラフの叫びに遮られる。
「貴様ぁ、貴様ぁあ! ノワール・プリンセスぅうう!」
「ああ、やはり知っとったか」
 切られた腕を押さえてうめくディグラフに、緋和は鷹揚に頷く。
「そうじゃ。主らの怨敵の闇夜の姫。世の裏に住まう最古の呪術師の本家、『紀雅』の第三十一代当主の予定者じゃ。往生せい」
「くそっ、くそっ、くそぉおおぉおおお!」
 ディグラフが叫び声を上げる。城戸を追いまわしていたような余裕は一切ない。大音声をまき散らしながら大地を揺らす、大熊が如き吶喊。その巨体が迫ってくるのは、ただそれだけでも恐ろしい。
 それに対し、緋和は鎌を構えるでもない。いっさい慌てることなく、鎌を無造作に宙に放った。
「ノワール・コルディア」
 そう緋和が唱えた瞬間。
 ずぶり、と、地面から出てきた白い腕が、宙にあった鎌を受け取った。
 いや、違う。白い腕などではない。それは、骨だった。骨の腕が、月光がかたどった緋和の影から出てきたのだ。
 それは、腕だけではないらしい。城戸が見ている間にも、窮屈そうに影から出てくる。城戸の主観では、その全容が出てくるのはひどくゆっくりに見えたが、ディグラフの突進を考えればそれはほんの数瞬で出現したはずだ。
 八本腕の、骸骨。しゃれこうべに王冠を乗せ、各々の腕に死神の鎌を携えた闇の精霊。
「深淵王」
 深淵王のハデス。それが、名前。
 緋和は己が従える精霊に、命令を下す。
「やれ」
 たったの一言。緋和が言うと同時に、深淵王の腕がかすむ。
 一閃が、八閃。
 死神鎌の銀閃がまたたく。
「――――!」
 悲鳴すらも上がらない。一瞬をさらに八等分する斬撃。ディグラフはばらばらに切り刻まれて宙を舞った。
「うおう」
 吐息とも、感嘆とも、畏怖とも取れるものが城戸の口を突いてでた。ディグラフの死体は、宙にあるうちに銀色の光に覆われ消え去った。
「できれば次は真っ当な生涯を過ごすのだぞ」
 その光を見送り、緋和はそう呟いた。


「へっくしゅん!」
「なんじゃ、エサ。くしゃみなぞしおって」
 呆れたように緋和が言う。そういう彼女は何故かちっとも濡れていない。
「仕方ないだろが、あんだけびしょぬれになったんだからよ。ていうか、なんでお前は濡れてねえんだよ」
「無能なエサと違ってのう、わしは精霊の力で闇をまとえるのじゃ。現世より姿も消せれば存在も隠せる。雨などに濡れる道理もなかろう」
「……ああ、そうだ」
 そこで、城戸は目を細める。
「お前、俺のことを囮にしたろ?」
 でなくば、あんなタイミングで助けが入るわけがない。おそらくは、いま自分で告白した反則的な力を使って城戸のそばにいたのだろう。そもそも襲われたのも、城戸が緋和にあった日の夜なのだ。作為を感じて当然である。
「おや、気づいたか」
 だが緋和に悪びれた様子もない。城戸の指摘をあっさり認めて笑う。
「この町にはしばらくおるのじゃが、ここのところディグラフがこそこそと隠れてのう。ずいぶんと狩ったおかげで、警戒し始めてなかなか尻尾をださん。なにかおびき寄せる手段がないかと思案しとる時に、『紀雅』の遠縁がこの町に住んどると聞いての。囮になるのは『紀雅』の縁者であるお主が適任と判断したまでよ」
「は? 遠縁?」
「うむ」
 緋和が頷く。
「どうやら本気で知らんかったようじゃが、お主はわしの親戚じゃ。『紀雅』は分家を増やし続けてその数を増やしておるからのう。お主の霊視の能力も、『紀雅』の血によるものじゃ。ただ、お主の家は本家『紀雅』からは随分と離れてしまっておるが故、当主予定者たるわしのことも、ディグラフのことも知らんかったのじゃのう。まあ、知らぬなら知らぬで、こっちで勝手にやってしまおうと思っての」
 なるほどなるほど、と城戸は頷く。全然知らなかったことだが、ここまで来て緋和を疑う気もない。そこまでは、いい。色々と衝撃の事実が明らかになった気がするが、まだ納得できる。
 重要なのは、緋和が勝手にやってしまった何かだ。
「ようし、じゃあ落ちついて聞くぞ」
 城戸は、緋和の紅い目としっかり視線を合わせて聞いた。
「なんで都合よく、今夜俺は襲われたんだ?」
「簡単じゃ。ディグラフの獲物となるのは、見えるものなのじゃ。ディグラフは見えぬものは襲えないからのう。まあ、見える人間を食べ続けたディグラフは見えぬ人間も喰らえるようになるのじゃが……それは別じゃな。
 しかしディグラフとて、そう都合よく見える人間は見つけることはできん。わしも、最初のうちは見える故に向こうから勝手に襲ってきてくれて楽だったよ。ようするに、見える人間と知れば、ディグラフは寄ってくるのじゃ。そうとなれば簡単。お主が見える人間じゃと、ディグラフに教えてやればよい。ちょいと特殊な方法で、お主が見える人間だとここらのディグラフにリークさせてもらったぞ」
 ぶつんと音を立てて、城戸の何かが切れた。
「ふっざけんなアホがぁああ!」
 全力の叫びだった。
「む、阿呆とはなんじゃ。傍流が本家の、ましてや当主予定者たる何たる口を聞くか」
「いや知らねえよ! 本家とか傍流とか俺の人生でいままで関係した事ねえよ!それよりどうしてくれんだよ。いまの話を総合したら、俺、これからずっと襲われるってことだろ!?」
「返り打ちにすればよかろうが」
 いとも平然と答える。パンがなければお菓子を食べればいいのに。意味は繋がらないが、マリー・アントワネットもこんな感じでかの有名な台詞を言ったに違いないと確信させられる調子だった。
「いやあ、さすが本家とやらの人。言うことが違いますねぇ」
 ひくひくと口元がひきつる。
「さすがに今のお主のままでは無理じゃということぐらいわかっておるわ。ディグラフとの闘いかたを、わし自ら教えてやろう。なに、お主とて腐っても『紀雅』の血を引いておるのじゃ。そんじょそこらの霊能者よりは大成しようぞ。それともなんじゃ」
 ひょい、と紀殿顔を覗き込む。
「ディグラフに関わるのは、嫌か?」
「……あたりまえだろ」
 当然だ。殺されかけたのである。
「ふむ」
 しばらく考え込んでたようだが、口を開いた。
「わしはの、ディグラフを狩るのは人を守るためだけではないと思っておる」
「え?」
「ディグラフはの、自殺をした人間の魂のなれはてじゃ」
「自殺……?」
「主に、じゃがの。多くの教えにおいて、自ら死を望んだものは許されぬ。生と死の流れから外され、もがき苦しむ。人を喰らえば戻れぬのではと妄執に取りつかれ、現世で暴れまわる。それがディグラフじゃ」
「……」
「しかしの、いくら喰らったところでディグラフが人に返ることはない。生と死の流れに沿えるわけでもない。罪を重ねたものの行く道は、消滅じゃ」
「……自業自得、だろ」
「むろん、それはそうじゃろう。自分で死を望みながら、自分勝手に生を望み人を殺しまわるなど畜生以下の所業じゃ」
 緋和は否定することなく受け入れた。
「だけれどものう、わしはそれでもディグラフを救いたい。わしが狩れば、ディグラフは、真っ当な生と死の流れに返ることができる。だからこそ、わしは人を守りディグラフを狩るのじゃ」
 その思想が異端だろうことぐらいは、城戸にも分かった。何故殺した者をも救うのか。そうやって追い詰められることだってあるだろう。
 無言でいる城戸になにを思ったか、緋和は微笑んだ。
「長々とすまんかったのう。考えてみれば、無茶をいった。お主にも、無理にとはいわん。しばらくは堪えてもらわんと仕方がないが、少々無理をしてでも早晩ここらのディグラフの全てを片付けよう」
「いや」
「ん?」
 初めてでた緋和の好意。それを、城戸は否定した。
 幽霊が嫌いだった。けれども、考えてみれば幽霊自体が嫌いだったのではない。幽霊に対して無力だった自分が嫌いだったのだ。
「俺は、お前の考え方、好きだぞ」
 城戸は、緋和に向かって手を伸ばす。
 いつだって見ているだけというのが嫌だった。いつも、助けたいと思っていた。幽霊もディグラフも一緒だ。そしてこの少女は、そのやりかたを教えてくれるというのだ。
 ならば、受けるのが当然だ。
 ディグラフの恐怖がなんだ。生まれてこのかた付き合ってきた、あの無力感のほうがよっぽど恐ろしい。
「そうか」
 緋和が、にっこりとほほ笑んで城戸の手を取る。
 照り輝く月下で、ふたりはしっかりと握手を交わした。


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原作の設定を、精いっぱい使って書いた、つもりです(目逸らし)。いや勝手につけ足したり、三人称にしたり、シーン増やしたりは、変な解釈のしかたしたりしてますが……書いてて楽しかったです! 
紅月さん、勝手ながら原作お借りしました。ありがとうございます。おかげさまで、楽しいひと時を味わえました。

メンテ
「荒野を歩く」リライトへの感想 ( No.52 )
   
日時: 2011/02/08 03:41
名前: 星野日 ID:/aMyahrM

 HALさんの「荒野を歩く」についてリライトした作品について感想を。読み比べるの楽しいですね!!
 再構成された語り手も、世界観も、みんな独自のものが描かれているのに、どの作品にも共通するのが登場人物の無名性というのが面白いかも。

> HALさん作「荒野を歩く」のリライト( No.16 ) 片桐さん
> 風は果たしてどちらに向かって吹いているのだろう。
 リライトを書くときに、五年という月日が何を残し、何を変えたのかを書きたいなあと思いました。だからでしょうかこの作品の一部、
> 勝利とも敗北ともつかぬままに戦が終わり、もう五年という月日が流れていた。戦果を上げた兵士が称えられた期間が過ぎ、それを吹聴すれば人殺しと呼ばれるようになるだけの時。戦で恋人を失った娘が過去を忘れ、あらたに嫁いで母親になるほどの時。そして、人も町も変わる中で、変われない者らが心の燻りを持て余し続けた時。それが五年という月日だった。
 を読んだ時、「おおこれだ、これを書きたかった、やられた」と思わせられました(笑
 終わり方が原作からはひと捻りしてあって、こういう読み方というか、書き直し方もあるのだなと思えました。原作の雰囲気や描写に引きづられていると仰っていますが、作品としては原作のそういうものと、片桐さんの付け加えた物語なりがよく融合していて、まとまり良くなっていると思います。真面目にリライトした作品だな……!! と我が行いを恥じる(ぁ

>HALさんの荒野を歩くのリライトです ( No.17 ) 新地さん
> 真夜中、荒れ野を転がる岩岩はどれも、錆が浮いたように、うっすらと赤い。
 すごい。独特の世界が出来上がっている。これがリライト……!!! 書き直しどころか、いい意味での再構築、といっていいくらい、違う味わいになってますね。勉強になる。髑髏が薬になるとか、瓢箪とか、細部のちょっとした演出に、知的さや世界を作るセンスを感じます。こういうの、ちょっと昔の作品に本当にありそうで。原作を呼んで浮かぶ風景と、まったく違う風景が思い浮かびました。面白かったです。

>リライト作品「そして、しゃれこうべたちは見つめ続ける」 ( No.22 )紅月 セイルさん
>荒野は相変わらずの静寂と嘆き声のような冷たい風にその身を曝していた。
 作者さんの意図すいるところではないかも知れませんが、序盤の方に「しゃれこうべ」の頻出さが、なんだか面白かった(ぇ。かつて、こんなにもしゃれこうべが出てきた作品はああっただろうか!!(?
 原作者さんも感想で仰っているように、前向きな方向性が意表を疲れたというか、「おお、たしかにこれもありだ」と眼から鱗でした。原作とあまり使われ方の変わらない手向けの酒なのに、この話の流れだとなんとなく肯定的な意味合いの小道具に見えてくるから、雰囲気って不思議ですね。そういう意味でも面白いなあと思った作品でした。一作品を展開させただけというか、派生させただけなのに、ここまでいろいろな作品ができるんだなあと。

>「ボウズへ」/HALさん「荒野を歩く」に宛てて ( No.31 ) おさん
>ボウズへ
 何この渋い雰囲気。実はゴーシュを読んで、そのままHALさんの原作も読まず「ボウズへ」も読んでしまったりしました。そんなわけで、「荒野を歩く」をリライトするとき、この作品に引きづられないことをかなり意識した。だからあえて魔法少女をかいたという面もある(ぇ)。「酔っぱらいを描写するにはだれか観察する人がいたほうがいいのでは」とかいたのも、この作品の語り手の、酔っぱらいっぽさに対抗してでした。あれ、引きづられていないよね……!?
 上手いなと思うのは、調子のいい語り口と、前へ前へと進む語り手を映すような描写と、気持ちと、周りの殺伐とした風景などの描写などが綯交ぜになって自然と描かれていること。おかげでスラスラと読みながら、場面や人物の心理が読み取れる。真似したい良いテクニックですね。ゴーシュの時も感じたのですが、良い意味で原作のリライトになってるなあと思います。原作を読んでからこれを読み「ああ、こんなふうに書けるのか」みたいなひとつの回答が見えるというか。竜の頭蓋骨のあたりの再構築は素敵すぎると思う。
 しいて難点を上げるなら「さっきから背中でがちゃがちゃ音をたてる酒瓶を、バックパックから取り出す。」が妙に客観的で浮いているような感じがするってところでしょうか。まあそれは細かいところですがともかく、全体的にとてもいい雰囲気で、面白かったです。やられた。

>『吹きすさぶ風に乗って』リライト『荒野を歩く』HAL様 ( No.49 ) 笹原さん
>吹きすさぶ風に乗って
 原作を読んだ時、詩にしたらよさそうだなと思ったのですが、先をこされました!! 嘘です。詩にチャレンジしたけど難しかった……
「嘆く骨ばかりの木/嘆く殻ばかりの虫」から一転して第三節で「ほむら/ほむら/瞼に映る」と変わったのが、鮮やかに感じられました。静かな場所で目を閉じ、風に当てられながら昔を回想する。そんな状況を一緒に感じられた。
 HALさんの原作が風景描写に力を入れてある作品で、その特徴をうまく抽出できていて上手いなあ、と。詩を作ろうとしたとき、「私はまだ生きていてもいいのだ」という部分をなんとか演出しようと思ったのだけど、こういう方向性もクールで素敵ですね!

>【風よ、岩よ、屍よ】 原作:HALさん『荒野を歩く』 ( No.50 ) 星野田
タイトルが内容とマッチしてませんね。チャレンジした詩のなかのワンフレーズをタイトルにもってきただけなのでした。

メンテ
紅月セイルさん「孤高のバイオリニスト」のリライト+otherへの感想 ( No.53 )
   
日時: 2011/02/10 07:40
名前: 星野田(感想 ID:DWDZ7GTQ

>リライト作品『夜に溶ける』( No.8 )HALさん
 両方ドロンちょ!(?) 彼だけというのは思いついたけども、両人共というのは考えなかったなあ。バイオリン弾きにだけ見えているような描写でしたが、彼にだけ彼女に気づいた理由はなんだったんだろう、と思うのは無粋かな(物語の主軸はそこではないですしね)。これは個人的な想いですが、かの男女には死霊ではなく生霊であってほしいな、みたいに読んでいて感じました。交通事故とかで二人とも意識を失って三ヶ月がたった。ある日二人がほぼ同じ日に目を覚ます。男の子は「なんだか歌に呼ばれているような気がして」と語り、女の子は「素敵なバイオリン弾きさんとあった夢を見たの」と笑った。みたいな。とかってに話を作ってみました(ぁ
 儚げな雰囲気が素敵な作品だったと思います

> 歌の奇跡 ( No.23 ) ウィルさん
「歌が世界中に広まる」「歌を知ることで帰ってくる彼」「それをバイオリン弾きに語る話の流れ」などの設定というか、物語の流れが実にスムーズ…そうか、こう書けばよかったのか。「女が歌うのは戦いに出向く兵士が家族に向ける歌」というくだりが、歌う彼女が今まで生きてきた歴史を感じさせる設定で素敵でした。さりげなくこういう演出をつくれるのはかっこいい。
 読み終わって「あれ?」と思ってのが、冒頭で「明るい雰囲気の町に追い出されるように郊外に出た」「私は嫉妬した。そこまで彼女に想われる男と、そこまで人を好きになることができた女に」という下りから、この語り手にも何か物語があるに違いない。と思わされたのにそこには触れられず話が終わってしまったことでした。悔やまれる悔やまれる!!!(ぇ
 とにもかくにも、よいリライトだったとおもいます。HALさんも感想でおっしゃっていますが、詩から物語を起こそそれを読み比べるのって楽しいですね!!!

>「バイオリン弾きのゴフシェの奇跡」/紅月セイルさん「孤高のバイオリニスト」に宛てて ( No.32 ) おさん
ちくしょう!このやろう!(ぁ
いい物語だ…!!
ラストで描かれる、「みんな忘れてしまったけど、彼が幸せにした家庭ではことあるたびに『あのバイオリン弾きさんが』と話題に上がる」というバイオリン弾きのあり方が。+゚((ヾ(o・ω・)ノ ))。+シュキーー! でした。…いま満喫で感想打ってるんだけど、変換がすごいな。「好きでした」の変換ですごいのでた。うん。
全体的に上手い、いや美味い作品でした。ちくしょう。ほんとちくしょう。

>『河のほとりにて』 紅月セイルさん「孤高のバイオリニスト」のリライト作品 ( No.36 ) つとむュー さん
「君はポツリとありがとう。彼岸過ぎたら僕の部屋も、あたたかくなる」みたいな
 呼び止められた名前が似ていて立ち止まる。という話の導入が自然だなあ。きれいにしめくくられる話ですね。奏でられる曲が副題になりそうな雰囲気があって、よいとおもいました。改変まえは読んでいませんが、まとまりのよい、良い物語になっているとおもいました。男女両方ともがでてきて、お互いがピアニストに相手のことを語るというのが、思いつかない展開というか、こういう書き方もあるのになんでやらなかったんだろう、自分、とか思いました…
 ちょっと思ったのは、この話は鷹斗を主軸において展開していますが、盲目の彼に女や男が語るという物語構成なのならば、風景描写といか、光景の描写はあえて書かないほうがまとまりがいいように思います。さざなみや汽笛の音で波や船の存在を感じるのはとてもいいとおもうのですが、水面に写る橋なんかはちょっとじゃまかも、みたいな。感想として…!!

>自作
 歌う彼女が音痴、というのはなかなか良い設定ではなかったかなと思ったりする。自歌自賛でした。


*************

>『ノワール・セレナーデ』 原作:紅月セイルさん『ノワール・セレナーデ』 ( No.51 ) とりさとさん
 これは絶賛しないではいられない!!!
 城戸君の立場が原作とはずいぶん変わりましたが、これはありですね。っていうか、うわーやられた。読んでいてきゅんきゅんしました。続きはいつでしょうか!!!(ぁ
 ここにもう一人、渋いおっさんとかが出てきたら個人的には最高だなとか、いやなんでもありません。
 しかし餌とはひどい…城戸君の扱われのひどさと、でもへこたれない彼の態度が素敵過ぎますね。いいもん読んだ!!

ところで、ふと思ったこと。弥田さんの「Fish Song 2.0」とミックスして「孤高のバイオリニスト」をかけはしないかとか、いやなんでもありません。

メンテ
感想とお礼 ( No.54 )
   
日時: 2011/02/12 13:49
名前: HAL ID:FCR0XlkA
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

> つとむュー様 『Fish Song 2.06』への感想

 おお、なんだか斬新なリライト。原作にある不思議さ、非現実感、そういう部分を完全に排除した形でのリライトは、こちら一作だけでしたね。(少なくとも、いまのところは)あくまで現実世界にある普通の風景、という位置づけで、そこにすごく意表をつかれました。
 命名やMCのあたりが、やや強引な感がありますが(笑)、「――その時、わたし、あの子だった。」からはじまるくだりの使い方が、なるほどなあと思いました。


> 笹原様 『吹きすさぶ風に乗って』へのお礼と感想

 わああ、ありがとうございます! すごい! 詩になってる……!
 なんだろう、物悲しさがぎゅっと詰まったような、切ない感じがします。すごいなー。短文でもこんな空気を作れるんだなあ……。う、うらやましい。
 自分が詩心のない人間で、詩をかくことができないというのもあって、とてもうれしかったです。ありがとうございました!


> 星野田様 【風よ、岩よ、屍よ】へのお礼と感想

 ありがとうございます……! わあ、なにこれ面白い! そして主人公が女の人になってるー!
 英雄の背負う影、主人公の抱える闇の痛々しさもですが、後輩のキャラがまた魅力的で、うわあ面白い!(大事なことなので二回いいました)

 あとがき? を拝読しながら「そっか、しまった!」ってなったのが、夜に旅する理由のところでした。「昼夜の寒暖の差が激しい砂漠などでは、夜に旅をします。昼に歩くと消耗するのと、夜に休むと冷えるから、そして、星を見て方角を確かめながら歩くためです」……っていうようなことを、書くときにずっと意識していたので、それをちらっとでも作中に書いておけばよかったなあって。いまさらですがー。

 リライトもですが、読み比べての感想も、ありがとうございました……!


> とりさと様 『ノワール・セレナーデ』リライトへの感想

 おおー。原作の少年漫画っぽさがさらにUPした感じがする! キャラクターの魅力がさらに前に出てきたのと、状況説明と演出をうまく絡めているのとで、原作のいいところを活かしつつも、さらにぐっと引き込みが強くなった印象があります。原作の主人公のちょっとへたれっぽい感じもそれはそれで好きなんですけど、リライトのほうは、少年漫画の主人公向きな前向きさがありますねー。
 楽しく読ませていただきました。もしよろしければ、みんなの掲示板で正式稼動したリライト板のほうも、ときどきのぞいてやってくださいませー。

メンテ
HAL様「荒野を歩く」のリライト ( No.55 )
   
日時: 2011/02/28 22:50
名前: ねじ ID:G2QRS7lg

 夢の中で、彼女はいつも、こちらを見ている。あの大きな瞳を見開いて、小さな唇を引き結び、ただ、こちらを見ている。
 何かを、言わなくてはならない、と思う。何かを。あの時には伝えられなかった言葉を。彼女に捧げるべき言葉を。何か。
 だが、言葉は喉に重たく蟠り、俺の唇は動かない。彼女は、じっとこちらを見つめている。俺を。あの、黒い、強い瞳で。俺の目を。じっと。あのときのように。何か。言わなくてはいけないのに。何か、とても大切なことを。
 そして、気付く。
 彼女は、もう、いないのだ、と。俺だけが、生きているのだ、と。
 そして、俺は自分の叫びで、目を覚ます。

 ここは、どこだ。
 低く唸る風に、微かに異音が混じっている。どうやら、鳥の鳴き声のようだ。何かを引き裂くような、あるいはもっと直接的に、断末魔のような、甲高く耳障りな、鳴き声。
 昼には赤黒く見える大地には、断末魔めいた鳴き声のほか、生命を感じさせるものはない。砂というより小石まじりの風が、ただ吹き荒れるだけだ。背中で、がちり、と重たくガラスが鳴った。風に足を取られながら、どうにか進む。街道を外れてから、五時間。命あるものには、一度も出会うことはなかった。行くべき方角に向かっているという確信もないまま、足を運ぶ。月が、不吉なほどの白い明るさで、夜空を飾っている。
 ここは、どこだ。
 口の中に溜まった砂が不快で、吐き出そうとした唾を、しかし飲み込む。ざりざりとした唾液が、喉の半端な部分に引っかかる。
 ここは、どこだ。
 頭の中にはただ、その埒もない疑問しかない。ここは、どこだ。ここは、どこだ。問いは、脳裏に響く足音のように、一歩進むごとに頭に浮かび、消えていく。ここは、どこだ。言葉から、意味が剥がれ落ちるまで、問い続ける。ここは、どこだ。
 砂を踏む音。耳元で布がはためく音。遠い鳥の悲鳴。
 ここは、どこだ。
 月と星から、方角を推察する。進路からはおそらくそう外れてはいないことを、消極的に確認し、のろのろと足を運ぶ。
 ここは、どこだ。
 不意に、その言葉が、頭蓋の内側に突き刺さる。ここは。ここは。
 月は、雲ひとつない空に冴え冴えと光り、地面を照らす。黒く沈む大地に浮かぶように、白く丸いものが、そこかしこに散乱している。月明かりを吸い込むように、白く、丸く、輝いている。人の、骨が、輝いて、いる。
 ここは。
 問いを打ち消すように、足を運ぶ。砂が入り、目が痛む。


 五年も経てば、全てはただの歴史になる。あの破壊も、あの恐慌も、あの混乱も、戦場に行かなかった人間には、紙の上の出来事、そうでなければせいぜい苦渋に満ちてはいるが過ぎ去ってしまった思い出でしかないのだ、ということを、この頃思い知らされる。今でも悪夢を見る、ということ、自分の中で、決して戦は終わってはいないのだ、ということを、その人々にどう説明すればいいのか、わからない。というよりも、それはそもそも不可能なことなのだろう。あの場所にいなかった人間が、あんなことを信じられるとは、思えない。自分があの場所に、それまでの二十一年で育んでいた人間としての全てを踏みつけにされ、置き去りにしてきた、ということ。そしてそれが、もう決して取り返しがつかない、ということ。それを、一体誰にわかってもらえるというのだろう。
 そしてたとえば、そう、たとえば、今でも彼女の夢を見る、ということを、一体誰に言えるだろう。こちらをにらむように見据えるあの昏い焔のような黒い瞳を、日と風に強く洗われたような形のいい額を、高いが細い清潔な鼻を、すっきりと滑らかな頬を、そして、少年のようなその顔の中で、花のように鮮やかにつややかだった、あの唇を。そこから覗く、青いように白い歯を。軍服に包まれ、いつでもまっすぐ伸びていた背を、そして、細い、頼りない腰を。子供のように小さな肩を。なんの飾り気もなく、ただそこにいただけで、しかしどうしようもなく幼く美しかった、彼女のことを。
 初めて見たとき、とてもこの世のものとは思えなかった。白い、裾の長い衣は、曇り空の下でもそれ自体が輝いているかのように豪奢に煌き、頭につけた薄いベールはかすかな風にも優雅に翻った。その下で、その美しい少女は、静かに瞼を伏せていた。何か、花の香りが、埃と汗と、それから血の匂いを洗うように、柔らかに漂っていた。戦場に突如降り立ったその少女を、兵士たちは呆然と、半ば恍惚と、迎えた。
 その天女のような少女は、実際のところ、自分では及びもつかないような戦歴を持つ軍人で、歴戦の猛者とでも呼ぶべき存在だった。夢のような登場のすぐ後、ドレスではなく軍服に身を包み、胸元にはいくつもの勲章を燦然と輝かせ、朗々と響く低い声で、彼女はこう宣言した。
「私は君たちを守るためにここに来た!」
 花の香りが、まだ漂っていた。あれは薔薇の香りだと、誰かが言った。
 彼女は戦乙女だった。もうほとんど伝承の中にしかいないような、稀な性質の少女。清らかな身をもち、祈りを捧げ、戦場を守る、乙女。あの少ない人員で、あれほどの期間持ちこたえられたのは、ほとんどが彼女の力のおかげだった。尊厳も感受性も血と痛みと飢えに塗れたようなその戦場で、彼女だけは、ごく自然に、ただ生きていた。生きて、祈っていた。
 実際、彼女はこんな前線に来るような人間ではないのだ、と兵士の間では囁かれていた。彼女の父親は政治家で、本来ならもっと平和な場所で、その平和をもっと堅固にするために祈っているような人間なのだ、と。
「ぴらぴらのドレスを着て、柔らかいベッドで眠って、毎日薔薇の匂いの水で顔を洗うような生活っていうのも、私は嫌いじゃないけどね」
 彼女は自分のような二等兵が相手でも、対応に分け隔てがなかった。
「では、どうしてそうしなかったんですか」
 疑問をぶつけると、彼女は眉を跳ね上げて、おかしそうに笑った。からかうような洒脱さの中で、目だけが無骨なまでにまっすぐに、こちらを見据えていた。彼女はいつもそうだった。その目に見据えられているときだけは、そこが戦場であることを、すぐそばに死が迫っていることを、忘れた。彼女と向き合っている瞬間だけは、俺は、自分が人間であることを思い出した。
「誰も、そりゃ前線にいけとは言わなかったよ。でも、本当のことを考えたら、私は行くべきだ。それが正しいことだろう。だから、来たんだ。それだけだよ」
 思考をただ生き延びることと殺すことだけに使うことに慣れた頭では、彼女の言葉が、よく理解できなかった。
「正しいこと?」
 彼女は頷いた。
「そうだよ。正しいこと」
 そして、俺の中の奥の奥を見極めようとするかのように、つるつるした広い眉間に皺を寄せ、じっと此方を見つめるのだ。
「人はいつだって、正しいことを求めるものだよ。違うかい?」
 俺は答えなかった。彼女の黒檀ほどに黒い大きな瞳が、自分の中の熱で、俺の中にいる、脅えも倦怠も知らない、誰にも傷つけられない柔らかな部分に、直接訴えかけていた。正しいこと。正しく生きる、ということ。
 ただ突っ立っている俺に、彼女は目元をふっと緩めた。日に焼けて骨ばった、しかしとても小さな手で、ぽん、と軽く、俺の肩を一つ叩き、自分の持ち場に戻っていった。
 肩に、柔らかな、けれど確かな感触を持ったまま、彼女の背中を見た。自信に満ちたような、すがすがしくも勇ましい、大きな歩幅と伸びた背筋。まぶしいような心地で、目を細めても、彼女の輪郭だけが、どこかくっきりと浮き立っていた。

 歩みを進めるにつれ、骨は数を増していく。軍服までも身に纏い、そのまま柩に横たえたいような一揃いもあれば、獣に食い荒らされたかのように、折れ、砕けているものもあれば、飴細工のように溶け、捻じ曲がっているものもある。自然の手によるものとは思えないその造形。魔術でしかなしえない形での、殺戮。
 魔術。それらの前で、我々がなんと無力だったことだろう。加護を与えるはずの戦乙女を擁していながら、敵側に強力な魔術師が参戦したという情報がもたらされた後、戦況は徐々に、だが確実に不利になり、負傷者は陣営に溢れ、増えすぎた死者にはやがて弔いの言葉さえかけられなくなった。殺すため、生き残るため以外の何一つ考えず、話さなくなった兵士たちの間でも、状況は火が灯された蝋も同然だということは、公然とした事実だった。
 敗戦の、そして死の気配。それは陰鬱な雰囲気という漠然としたものなどではなく、現実的な痛みとして、我々を苛んだ。空気は紙やすりのように皮膚を、神経を削り、生きていくその一秒一秒が、すでに戦いだった。
 人は、脆くもあるが、強靭でもある。生きたい、とは誰もすでに考えてはいなかっただろう。だが、生きなくては、という、その前提は、ほとんど揺らぐことはなかった。我々は、生にしがみついた。生は既にそれ自体で拷問だったが、手放すという選択肢はなかった。良識や理性や、そういったまっとうな生活で身にまとっているものを何もかも剥ぎ取られ、残っていたのはぎらぎらと燃え滾る生命の源泉、生きなくてはという、自己ではなく生命そのものの要求だけだった。
 今となってみると、空恐ろしくなる。自分の中に息づく、生命、という得たいの知れないものの持つ、力。自分自身の存在には、社会的にも、あるいは自分自身に対してさえも、いかほどの価値もなくとも、ただその存続を、何に変えても求める力。
 足を運ぶ。夜気に、体が冷えてきた。目的地までは、おそらくそう遠くはない。足は疲労に痺れ、荷を負うための紐が肩に食い込んで痛む。
 もしも、今、死ねと言われたら、抗わないだろう。
 そう考える。それはとても簡単で、安らかなことのように思えた。生きている、ということ。あの戦を、生き延びた、ということ。それにどれだけの意味があるのだろう? 帰還したとき、母と妹は生きていて、顔を会わせる前から、泣いていた。まだ幼い妹の柔らかな頬を首筋に感じ、暖かな涙が胸に注がれたとき、気付いた。自分の中にはもう、それを喜ぶようなものは残っていないのだ、と。お前の涙を捧げられるべき兄は、もうどこにもいないのだ、と。
 何かに足を取られ、躓く。舌打ちをして足元を見ると、頭蓋骨が、虚ろな眼窩をこちらへと向けていた。つま先で脇へよけようとして、躊躇する。
 これが、彼女ではないと誰に言い切れるだろう。
 腹の中に、重たい空虚が溢れ、すっぱいものが舌の奥までせりあがる。視線を無理に引き剥がし、進む。もうすぐだ。もうすぐ、そこへ着く。
 あのときのことを、思い出す。記憶が薄れそうになるのを恐れるように、瘡蓋につめを立てていつも新鮮な痛みと血をそこにもたらすために、何度でも。
 限界だった。死はそこまで来ていて、誰にもそれは避けられないのだと分っていた。恐怖と苛立ちは限界まで膨れ上がり、ほんの少しの棘があれば、爆発してしまうことを、誰もが感じていた。
 きっかけは、なんだったのだろう。兵士たちの、食料だか何かを巡る、ほんのちょっとした諍いだった。五、六人の、暴力と罵倒が入り混じる、ほんのちょっとした、しばらくすれば疲労の中に埋まってしまうような。
 あの時、彼女がたまたま、そこを通りかからなかったら。彼女が、彼女一流のあの正義感から口を出さなかったら。そう言うことも、できるだろう。だが、きっかけなど、なんでもよかったのだ。あのとき彼女がそうしなかったとしても、いずれきっと、他の何かが棘となり、同じことが起こったのだろう。
「そんなことをしている場合じゃないだろう! 君たち!」
 思い出す。あの荒んだ場にはまるで似つかわしくない朗々と響く声は、そのとき、俺の耳にさえ耳障りだった。殴られ倒れていた兵士は立ち上がり、鼻血に塗れた顔で、怒鳴った。
「うるせえこのクソアマ!」
 それが呼び水となったかのように、その場にいた、諍いとは何の関係もない兵士たちも、口々に彼女を罵倒した。彼女は、その場に呆然としたように立ち尽くした。小さく口を開き、何の屈託も困難も知らない、ただの少女のように。
 もはや一つ一つの言葉など聞き取れない、耳を聾する怒号の中、俺は自分の胸のうちに、何か途方もなく暗く、醜いものがあることを自覚していた。そして、それは頬を張るようなこの罵声に共鳴し、俺の喉から今まさに、飛び出したがっていた。彼女はただ、立っていた。困惑したように眉を寄せ、心細い様子で。
 そんな、普通の少女のような姿で。
 その瞬間、俺の中にあった何かが、焼ききれた。俺は、喉が切れるほどの勢いで、叫んだ。
「俺たちは、どうせ死ぬんだ! このまま、見殺しにされるためだけにここにいるんだ! あんたが何を祈ったって、どのみち死んじまうんだ! こんな場所のどこに正しいことなんかあるんだ! どうせ、どうせ死ぬのに!」
 叫びは血の味がした。彼女ははっとしたように、俺を見た。怒号は納まる気配など見せず、鼓膜を殴りつけていた。俺の掠れた叫びは、おそらく波に飲まれたひとすじの水のように、彼女の耳に意味のある言葉としては届かなかっただろう。けれど、彼女は確かに俺を見た。その黒い、よく光る目で。かちり、と視線が噛み合った、その一瞬。俺は祈った。
 何を祈ったかは覚えていない。ただ、祈った。俺の中の善きものも悪きものも強いものも弱いものも全てで、その一瞬、彼女の瞳に、祈った。
 どうか。どうか。お願いだ。どうか、あなたが。
 彼女は、瞼を伏せて、俺から目を逸らした。
 わけのわからない怒りに襲われて、俺は彼女に飛び掛り、その顔を、殴りつけた。あっけなく彼女は床に倒れた。手のあまりの手ごたえのなさに、泣きたいような心地になり、それを振り払うように、軍靴で彼女の肩を、蹴りつけた。誰かが、俺を羽交い絞めにした。そして、痛みに低く呻く彼女の、上着を引き剥がした。彼女の肩は白く白く、悲しいほどに小さかった。怒号はなり続けていた。
 そして誰かが、彼女の肌へと、手を伸ばした。
 彼女は僅かに目を開き、此方を見た。そして、目を、閉じた。
その後のことにも、彼女は抵抗を、しなかった。


 月を背負うその岩を、仰ぎ見る。これほど小さかっただろうか。かつて戦場を睥睨する竜の頭骨、あたかも死と力の象徴だったそれは、今は、ただの少しばかり大きな岩でしかない。地面を埋め尽くすかのような人骨が、僅かに戦火の激しさを、偲ばせるだけだ。
 とても、本当のこととは思えない。何もかもが、間違っている。
 戦乙女の守りを自らの手で剥ぎ取った後は、あっという間だった。禍々しく輝く焔が目を焼き、気がつくと、病室の床に横たわっていた。あの攻撃の後、俺たちの知らぬ場で全ての決着はつき、戦は終わった。あそこで生き残ったのは俺と、ほんの僅かばかりの人間だけだった。その中に、彼女の名はなかった。
 背嚢を下ろし、壜を取り出す。硬く閉ざされたガラスの中、月明かりを反射し、薄桃色の液体が、緩やかに煌いた。
 寒さに痺れた指先で、扱ったこともない繊細な栓を、どうにか開く。きゅぽ、と軽い音を立てて、壜は開いた。
 風が、薔薇の香りを、振りまいた。
 唇を噛み締め、赤黒い大地へと、その香水を、注いだ。馥郁たる、というには鼻腔を刺激しすぎるその香りは、かつて、彼女がつけていたものだ。あの日。白いドレスに身を包んだ彼女が。「君たちを守るためにここに来た!」といった彼女が。黒い瞳に、何か強い、尊いものを光のように抱いて輝かせていた、彼女が。
 もう、どこにもいない、彼女が。
 脚が萎え、腰を下ろす。汗に濡れた皮膚が風に冷えて粟立つ。肺が、軋み、痛む。自分は、生きていた。彼女はもう、どこにもいないのに。正しいこと。彼女はそれだけを信じて、ここへやってきた。そして、俺と、ほんのわずかばかりの人間は生き残り、彼女は死んだ。何もかもを奪い取られ、決定的に汚され、傷つけられた末に。正しいこと。
 彼女の白い身体とその感触を思い出し、俺の中の本能が、僅かに反応しかける。嫌悪で臓腑をかき回され、嘔吐しそうになる。いっそ、何もかも吐き出してしまえればいいのに。この皮膚の下に詰まっているもの全て、吐瀉物のほうがいくらかましな程度のものだ。
 顔を覆い、目を閉じる。やや薄まった薔薇の香りが、鼻腔をくすぐる。こんなことをして、何になると言うのだろう。彼女はもういない。どんな香りも、どんな祈りも、どんな謝罪も、届かない。届けることは、許されない。
 決して。



ご、ごめんなさい…

メンテ
遅くなったお礼と感想 ( No.56 )
   
日時: 2011/03/05 10:52
名前: HAL ID:hN0o3Ew2
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

> ねじ様 『荒野を歩く』リライトへのお礼と感想
 お礼が遅れました……! リライトありがとうございます!
 じわじわっと明らかにされていく過去の陰惨な出来事。原作では出し切れていなかった怖さ、生臭さ、凄惨さが加わって、濃厚な物語になっていて、おもわず激しく嫉妬……! 嫉妬しつつも、嬉しい>悔しいな感じで、ごろんごろん転げまわっていました。
 戦乙女の世間知らずな理想主義の、まぶしさというか、痛ましさというか、こう、すごくぐっと胸に迫ってきて。余韻の苦さも。
 あと(星野田さまのバージョンもですが)、世界観が魔法アリの異世界ファンタジーになっていることが、個人的にこっそり嬉しかったりします。実際、自分でも剣と魔法の世界のつもりで書き出したはいいのだけれど、60分厳守の即興三語だったこともあり、筆力不足で、世界観を盛り込むところまで追いつかなかったのでした……orz
 ありがとうございました!!

メンテ
「まだ若い君へ」 原作:HAL様「あなたがキライ」 ( No.57 )
   
日時: 2011/03/27 17:10
名前: ねじ ID:lZjYXu72

 年を取る、ということは、寝た女に対して、父親めいた気持を抱くようになることなのだろうか。
 ミネラルウォーターのペットボトルを半分ほど開け、シーツからはみ出した丸い肩を眺める。その肌の滑らかさと血色のよさは、半ば非現実的で、いまだに僅かにうろたえてしまう。君がこの部屋にいる、ということ。自分の前に、その若くて柔らかな美しい体を、あまりにも無防備に投げ出している、ということ。
 煙草を吸いたくなるが、水をもう一口飲むことでどうにか誤魔化す。君には、自分は禁煙をしているということになっている。といっても、吸う量は僅かにも減ってはいないので、おそらく気付かれているのだろう。煙草というのは、皮膚にも、血にもしみこむものだから、深く口付けるような関係なら、気付かれないわけがない。けれど、君はニコチンがしみこんだキスにも、私の下手な嘘にも、何も言わない。いっそ、言ってくれればいいと思うのだ。言ってくれれば、私は今、チェストの中のセブンスターに手を伸ばすことも出来るし、何より、君のために煙草をやめることができない、という事実に、後ろめたさを覚えることも、きっとなくなる。
 君はひどく無邪気な様子で、枕に顔を埋めている。幸福そのもの、というその姿は、あまりにも混じりけがなく純粋で、神々しいほどだ。何かたまらないような心地で、その小さな肩へと、そっと手を置く。
「そろそろ起きなよ」
 君は口の中で言葉にならない声を噛み締め、シーツにしっかりとしがみつく。子供じみたその仕草に、どうしてこんなに困惑してしまうのか、私にもわからない。君はこんなところにいるべきじゃないのだ、と、その両肩をしっかり掴んで、諄々と言い聞かせたい衝動に駆られるが、しっかり肉体関係を持っている私がそんなことを言うのは滑稽を通り越して卑怯でしかないので、無難な、いつもの言葉を口にする。
「明日、仕事なんだろ」
 君は億劫そうな生返事をして、でも、不承不承ながらも、瞼を開く。
「送るし。車の中で寝てなよ」
 優しい言葉をかけるのは、容易だ。君は私を見ずに、うん、と曖昧に頷いて、シーツからのろのろと抜け出した。その瞬間に、私は決して慣れることができない。どうしてだか、理不尽な気がするのだ。君がここから出て行く、ということに。理屈に合わないことだが、それも、きっと仕方のないことなのだろう。君がここにいることに対する違和感も、君がここを出て行くことに対する違和感も、どちらが正しいということはない。ただ、そこにあるだけだ。
 正しいこと、というのがあるのだ、とかつてなら思っていた。誰かを傷つけるにしろ面倒ごとを背負い込むことになるにしろ、全てが自然で無理がない状態にかちりと嵌り、それから全てが正しくスムーズに進む、あるべき姿、というのがというのが。
 いかにも不服そうに、服に体を押し込む君は、それをまだ、信じているのかもしれない。
 小さなオレンジの明かりを反射して、君の肌が、ぼう、と暖かく、浮かんでいる。

 帰りの車の中で、君はほとんど口を聞かない。本当は、言いたいことがあるのだと、拗ねた子供のように口を結んで。その閉ざした唇で、こちらをじっと見つめるその瞳で、百の言葉よりももっとこちらに多くを訴えかけても、けれど、言わない。だから私も、何も言わない。
 本当は私にも、言いたいことはいくつもある。そんな風に傷つく必要など何もないのだ、とか、君のことは、私なりに大切に思っている、とか、こんな男に、そんなふうに自分を投げ与えるのはやめなさい、とか。
 けれど、そのどれも君がほしい言葉ではないことは、わかっている。だから、言わない。
 君がほしいものは、もっと違うものなのだろう。たとえば来週の約束とか、そういう些細なものなのだろう。そして私には、それを言うことはできない。言うこと自体は容易で、言ってしまえ、と揺れることもあるが、でも、できない。
 それは、青春時代まるごとともに過ごし、自分の皮膚のように近く感じていたにも関わらず、結婚直前で私の弟と駆け落ちしたかつての恋人のこととも、この年になっていまだ不安定と背中合わせの多忙から脱せられない仕事のこととも、じりじりと年老いていく両親のこととも、ある意味ではまったく関係のないことだが、また、まったく同じ重さで、全てに関係のあることでも、あった。
 問題はただ、私がそれら全てを潜り抜けた三十八歳の男であることと、そんな男から見たらまだ幼いほど若い君の、息苦しいほどに思いつめたまなざしだった。
 顔の半分に、じりじりと皮膚を焦がすような視線を感じながら、私は車を走らせる。ハンドルを繰る指に、眼鏡の奥で細めた目尻に、君のまなざしが触れ、熱を持つ。夜の道を滑る小さな車の中の酸素が、徐々に薄くなっていくような、居心地の悪さ。
 この居心地の悪さを、もうしばらくは味わいたいと考えるのは、おかしいだろうか。
 だが、車はいつもと同じだけの時間をかけて、見慣れた、だがそれ以上のものにする気はない町並みへと辿り着く。
 ゆっくりと、滑らかに、車を止める。君は私の横顔から視線を滑らせて、ほんの一秒、瞼を伏せる。そして、その幼いふくらみを持つ唇に、微笑みに似た表情を浮かべる。
 夜に不似合いに無骨な音で、君はドアを開け、飛び跳ねるように車から降りる。少年のようなつたない乱暴さでドアを閉め、私に、微笑みかける。
「送ってくれて、ありがと」
 私は君よりは少しばかり自然な笑みを浮かべ、頷く。君は小さく息を吸い込んで、私にそっと、大切なものを差し出すように、尋ねてくる。
「来週は、会える?」
 私はそれに、気付かない振りをする。
「わからない。電話する」
 君の瞼が、ぴくり、と痙攣する。瞬きには少し長く目を閉じ、そして目を開く。
「待ってる」
 私は小さく頷いて、窓を上げる。君は静かに、自分の家へと入り、ドアを閉ざす。私はエンジンをかけ、自分の家へと帰っていく。煙草の匂いのしみついた、居心地のいい、私の家へと。


せっかく直接お願いして書くのだから!と張り切っていたのですが、どうにも上手く行きませんでした…申し訳ないです。

メンテ
感想&お礼 ( No.58 )
   
日時: 2011/04/02 20:11
名前: HAL ID:spG9NCEE
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

> ねじ様「まだ若い君へ」への感想とお礼

 ごめんなさい、お礼が遅くなりました! チャットでお話したからか、とっくに感想を書いたつもりになっていました……(汗)

 ということで、リライトありがとうございます! 原作には男の年齢を書いた覚えがないのにこの設定、まさに萌えツボどストライクで、心の中を読まれたかと思って動揺しました。ぎゃー!(じったんばったん)
 いっこいっこの表現が好きすぎます……! あのビミョーな原作を、こんな素敵な恋愛小説にされてしまうと、もう嫉妬の炎に悶えていいやら、萌えに悶絶していいやらです。でも最終的に嫉妬よりも嬉しいのが勝ち四回読みました。幸せであります。
 ありがとうございました!

メンテ
お礼と感想と ( No.59 )
   
日時: 2011/04/06 03:27
名前: 藤村 ID:JgdnTtKo

たいへん遅まきながら、リライトしてくださった方々、ありがとうございます。楽しんで拝読しました。

>>弥田さん……( No.9 )
襖に落書きがしてある、っていうのがどことなくリアルで、お酒でうろんになっているところにぐっとアクセントのある感じがすげーなと思いました。こわくなっている……!
部屋のなかのことにはあえて触れない、というのも視点かえるとできるんですね。語り口もふらふらというかふわふわというかしていて、あああー、って感じでした。まっさきにリライトしてくださってほんとにありがとうございます。

>>HALさん…… ( No.34 )
「どすどす」という直接的に振動している感じとか「いやな臭い」や熊が「とぼとぼと」部屋を出ていくところとか、肺にあたらしい空気が入ってくる感覚とか、いろんな、こまごまとしたところが挿入されていて、なんて丁寧なんだろう、と感嘆しきりです。そういうものの入ってくる余地があったのだなあと思うと、なんだかうれしい気がします。あっちへいけ、のリフレインが特にそうだと思うんですが、感情的な部分を推すことで定まるものがあるんだなあ、と思いました。こんな小さな作品までリライトしてくださってありがとうございました。

>>星野田さん……( No.46 )
完敗です。たまりませんでした。大喜びです。ほんとうにありがとうございます。なんてぼくは無力なのでしょう。わーい。

いろいろ勉強になりました。どうにかこうにか、なんとかしたいと思います。
ほんとうにみなさんどうもありがとうございます……!

メンテ

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