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RSSフィード [79] 「ピリオド」小説にピリオドを。
   
日時: 2014/12/21 15:58
名前: 片桐 ID:6ioV39hw

こんにちは。
今日もミニイベント開始です。
テーマは「ピリオド」 
縛り(執筆上の約束)として、作中に寒さに関する描写を入れてください。
制限時間はこの後、60分(16:00~17:00) 文字数無制限
このスレッドに返信する形で投稿してください。
なお、投稿の際は、トップページからミニベントの欄をクリックして、このスレッドを開いてから投稿してください。そうしないとエラーが出るようなので。

ピリオドは、何かに一区切りがつく、つける、というような意味でも使われますね。
一年のピリオドでもいいし、仕事、恋愛、趣味、夢、色んなものにピリオドはあります。
それぞれが考える、「ピリオド」をテーマとした小説を書いてみてください。

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おまけ的な一本 ( No.6 )
   
日時: 2014/12/23 23:16
名前: 片桐 ID:HG2F1jOg

 その黄色い、小指の爪ほどの大きさの丸薬の名を、アルピアという。
 ひとたび飲みこめば、命と引きかえに真理に到れるといわれる薬だ。
 死は刹那に訪れるため、いかなる真理をえたのかを他者に告げることはできない。しかし、アルピアを飲んだものは、決まって幸福そうな笑みを浮かべたままに事切れるため、一応は<何か>に到ることができたのだとされている。


1、

 その日、カルモが午前の仕事を終え、昼食を取ろうとアパートに帰宅すると、妹のリラがベッドの上で冷たくなっていた。青白くなった顔には、不思議と満ち足りたような笑みが浮かんでいて、とうとうこの時が来てしまったのだと、カルモは悟った。
 カルモが、リラの小さな額に手を当てると、外で冬の冷気を吸った自分の手のひらより、なお冷たくなっている。それがいけないことに思え、カルモは暖炉に向かい、マッチを擦りはじめた。まさか、部屋が暖かくなれば、リラが蘇ると思ったわけでもない。ただ、とても寒がりだった自分の妹がまだこの家にいる間は、自分としてできることをしてやりたいと思った。
 マッチは湿気ているためか、なかなか火がつこうとしない。
 カルモは焦りだして、マッチを次々取りかえて、擦過させる。力が入りすぎているのか、何本も折ってしまう。ようやく火がつき、暖炉の薪に火をうつし、燃え上がる炎を見たとき、不意に涙が頬を伝った。いけない、と思い、慌ててコートの裾で拭って、妹の方に眼をやった。まるで、自分は泣いていない、今のことはなしにしてほしい、と懇願するように。
 ――リラはきっと、ずっと求めていた答えに到ったんだ。その人生は意味あるものだったんだ。なら僕は泣いてはいけない。それに、うすうす気づいていたじゃないか、いつかこういう日が来るってことは。
 リラは赤ん坊のころに謎の高熱を発し、それからというもの、なぜか身体がほとんど成長しなくなった。ひとりでは満足に歩けず、その人生のほとんどの時間をこの部屋のなかで過ごした。頼みの両親さえ三年前に逝き、それからカルモとリラはふたりで暮らしていた。カルモは十歳から大人に混じり、町の近くに流れる河で、漁の手伝いをすることで生計を立てた。仕事は過酷で、リラにいつも疲れた顔を見せてしまう。そんなカルモの姿を見るたび、リラは、ごめんなさい、と口にした。気にしないで良いんだよ、とカルモがいうと、リラはあわてて笑顔を作るが、無理をしているのは明らかだった。
『ねえ、兄さん、人間ってなんのために生きているんだろうね? どうして生まれて、どこに向かうんだろうね?』
 いつからかリラはそんなことをよく問うようになった。
<人間>とは、他でもない<リラ自身>のことを指しているのだろう。そう気づかないわけにはいかなかった。だが、兄とはいえ、カルモも子供であることにかわりはない。ろくな答えなど浮かぶはずもなく、そんなことより楽しい話をしようよ、と話を切り換えるのが常だった。
 部屋がようやく温まったところで、カルモはふたたびリラに歩み寄った。
なにげなく布団を掛け直してやると、ベッドの傍らに茶色い瓶を見つかった。アルピアの入った薬瓶に違いない。数年前、両親が亡くなったころにやってきた薬売りを名乗る人物が、無料で置いていった。アルピア、という薬品名と、それを飲めば真理に到れるが、ただし劇薬だ、という言葉を残して。それはこの町の住民すべてに配られたらしく、これまで数え切れない人間が、真理と引き換えに命を落としている。危険な薬とわかっていてなお、多くのものが捨てずに家に置いておくのは、この貧しい町で、誰もが生活苦にあえぐなか、なお生きねばならぬ意味はなんなのか、という問いの答えを求め続けているからなのかもしれない。
「ねえ、リラ、答えは見つかったかい? その答えに満足したかい?」
 カルモが何度問いかけようと、リラが何をいうわけもなく、ただ静かな笑みが返されるばかりだった。


 2、
 葬儀が終わった翌日から、またカルモは働きだした。
 ソテの町近くの河で、河魚の漁を、この時期手伝う。大人に混じって網を引き、それが終われば網から魚を傷つけないように取りださなければならない。年の終わりが近いとあって寒さは厳しく、作業で熱をもった身体全体からも白い湯気が立ち昇る。動きつづけていなければ、即刻凍えてしまうこともあり、休む暇などみじんもなかった。
「おまえの妹はアルピアを飲んだらしいな」
 網から魚を外していると、隣で同様の作業をしているひとりの男が、カルモに話しかけてきた。なぜ知っているのかと一瞬考えたが、狭い町のことだ、案外誰もが知っていることなのかもしれない。
「はい」と、カルモはひとこと答えた。
「ほう、やはりニヤニヤしながら死んでいたのか?」
「きっと、真理というのを知れたんだと思います。満足した笑顔でした」
「真理、ね。まあ、死人に口なしというからな。その可能性もゼロではなかろうよ」
 不快なものがうちによぎった。カルモは、作業の手をとめて、男の方を見る。すると男もカルモの視線に気づいたらしく、こちらを見返した。
「何を睨んでやがる」
 男にいわれて初めて、自分はそんな顔をしているのだと知った。
「いや、あの」
 どう答えていいかわからない。そもそも、自分は何を不快に感じたのかもはっきりしていないのだ。
「アルピアのもうひとつの噂を教えてやろう。あれはな、国の偉い連中が、増えすぎた人間を減らすために考え出した、大嘘の産物なんだとよ」
 カルモはやはり何もいえない。この男はいったい何を、何のために話そうとしているのだろう。
「真理なんて見えるはずもない。ただの毒薬なのさ。顔の筋肉が緩むだけのよ。まあ、即効性があるわけだから、苦しまずに死ねると考えりゃ、上の連中も多少は情けがあるのかもしれないぜ」
「そんなはずは……」
「だから、噂だって。さっきもいったじゃねえか、死人に口なしってよ。真理なんて御大層なものが見えたという可能性も万が一にならあるわけだ。まあ、俺なら家族には絶対勧めないがね」
「だったら、僕の妹は、リラは……」
「さてね、どうしても知りたいなら、おまえもアルピアを飲んでみろよ。真理は見えなくても、俺のいうことが正しいかどうかなら死ぬ間際にわかるだろうぜ」
「冗談でもそんなことはいわないでくれませんか」
「なんだよ、怖いのか。自分の妹が無駄死って認めるのがよ」
 そう男がいったのと同時に、気づいたときにはカルモは相手に飛びかかっていた。男は漁の仕切りをする親分の息子だ、ことを荒立ててはただではすまないだろう。そういう思考が一瞬頭によぎるが、突きだす拳を止めるには至らなかった。
「くそが!」
 そう言い放ちつつ、男はカルモの拳を受け止めると、もう一方の太い腕で、カルモを容赦なく殴りつけた。カルモが地面に突っ伏す。口のなかがざっくりと切れたようで、鉄の味が口にいっぱいに広がった。それでもカルモは、立とうとした。こらえきれないほどの激しい怒りがうちに渦巻いていた。しかし、今度は脇腹に激痛が走る、何度も、何度も。男が怒り狂って力任せに蹴りつけているのだ。
 他の大人たちが騒ぎだした。やめておけ、相手は子供だぞ、という声がカルモの耳に届く。
 しかし、男がもう一度大声を上げたかという瞬間に、後頭部に衝撃がはしり、そこでカルモは意識を失った。

3、
「明日からは来なくていい」
 それが、ようやく意識を取り戻したカルモが聞いた、親方からの言葉だった。カルモが、待ってください、といおうとすると、親方は無言で首を横に振った。
 帰り道を歩いていると、いっそうに冷え込みはじめた冬の空気が全身の傷を突いてくる。道いく人々が、驚いた顔をたまに見せるのは、きっと自分がよほどひどい格好と顔をしているからなのだろう。
 なんとかアパートにたどり着き、玄関のドアを開けた。外と大差ないほどに冷えたこの部屋に、ひとりきりでいなければならないのだと思うと、不安でたまらくなる。それでもベッドに向かい、湿っぽい布団を頭からかぶった。
 ようやく少しは身体が温もりはじめたというころ、不意にリラの笑顔が頭によぎった。
 小さなリラ、寂しがり屋のリラ、たったひとりの妹。さまざまな思い出が頭のなかに浮かんで消えるが、どうしても消えないのは、最期に見せた笑顔だった。
「違うよね、リラ。リラは無駄死になんかじゃないよね?」
 頭のなかのリラは、決して答えてくれない。
 ――知りたい。本当のことを。人間がなぜ生きているのかなんて知れなくてもいい。リラの人生に意味があったのだということを僕は知りたい。それを知れるのなら、命だって惜しくない。
 カルモは、ベッドから起き出すと、ふらふらとした足取りで、戸棚に向かった。そして、捨てようとしたはずなのに、どうしても捨てることのできなかったアルピアの薬瓶を取りだす。しかし、蓋を外してなかを覗き込んだが、一粒のアルピアさえ残ってはいなかった。残っているのは、小さく丸めた紙がひとつのみ。
 それを開いてみると、誰のものか間違うはずもない、懐かしい文字が並んでいた。

<わたしは兄さんの妹で良かった。それだけで生まれた意味になる。自慢の兄さん、大好きな兄さん。わたしは答えを急いでしまったけど、どうか兄さんは生きて。生きて答えを見つけて>

 読み終えると、カルモの身体が徐々に震え出し、ついには、うおうと叫んで拳を床に叩きつけた。
「それは、勝手だよ! 勝手すぎるよリラ! 僕がどれほどきみを愛していたか知っているかい? アルピアの飲んで死んでしまったリラを見たとき、どれほど打ちひしがれた思いでいたかわかるかい? 周りの連中がリラを悪くいおうと、役立たずだといおうと、僕はリラがいるからがんばれたんだ。リラが支えになっていたんだ。そのきみが先に死んでしまって、それでも僕ひとりに答えを探して生きろっていうのかい? あんまりじゃないか。それはひどいよ! それはずるいよ!」
 思いつく限りのことを口走ったカルモは、つづく言葉に詰まると、床に崩れ落ち、大声で泣きわめいた。
 どれほどそうしていたのかはわからない。それでも、窓の外から入る陽がほとんど消えたころ、涙と鼻水に塗れた顔をごしごしと拭うと、ゆっくりと立ち上がった。
 不意に風を浴びたいと思い、窓を開けはなつ。冷たい風を受けて、傷だらけの頬はやはり痛むが、それでもカルモは、今はしばらくこのままでいたかった。
 カルモは思う。この年、多くのことが終わった。リラは逝き、なお自分なりに生きようとしたが、ついには生活の術さえ失ってしまった。これから生きることはますます辛くなるだろう。それでも、生きて答えを見つけて、とリラは願うのらしい。でも、リラがいう、答え、とはなんなのだろう。自分の人生の意味だろうか。それとももっと大きな、例えばこの世界が狂った原因だろうか。その元凶に立ち向かえということなのだろうか。それとも、また全然別のことなのだろうか。わからない。今はなにもわからない。だけど、ひとつ間違いないことは、自分は生きていかなければいけない、ということ。リラのために、自分自身のために。だったら、そうだ、自分にはひとつのピリオドがいる。すべてを終わらすためではなく、次を始めるためのひとつの区切りが。どんな些細なものでもいい、ひとつの印となるものが欲しい。
 カルモが何気なく夜空を見上げたとき、そこにちょうどひとつの星があった。一番星なのだろうが、カルモは星に詳しくないから、名前さえさっぱりわからない。しかしそれは冬の夜空のなかでくっきりと明滅し、自分の今の気持ちを締めくくるのに最適なものに思えた。
「名も知らぬ一番星をピリオドに、か」
 そうがらにもなく呟いている自分に気づいて、カルモは静かに笑った。


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完全にイベントの枠外になっちゃいますが、ピリオドというテーマでもう一本書きました。結局慌てて書いたことに変わりなく、内容的には中途半端にはなっちゃってるのですが、先日投稿したのが、あまりに残念なものだったので。長いし、感想は別にいりませんので、すみっこにおかせてください。

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