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RSSフィード [25] バトンタッチ三語
   
日時: 2011/04/16 23:30
名前: 片桐 ID:wXICQi46

 さて、今日のお題は、

「目付き」「軟膏」「ドップラー効果」「チューリング試験」「ゲシュタルト崩壊」

 この中から、三つ以上の言葉を使って作品を仕上げてください。
 締め切りは0時半。
 誰でも参加OKです。楽しんでみてください。

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崩壊連鎖 ( No.2 )
   
日時: 2011/04/17 01:02
名前: 片桐 ID:WXVvW6ag

 ごめんね祐子。急に呼び出して。どうしても、誰かと話したい気分だったんだ。何か飲み物頼んでちょうだい。ここはわたしが出すから。いいよ、わたしのわがままに付き合ってもらってるんだもん。え? このサングラス、似合ってない――、かな。ううん、そうだよね。これさっき100円ショップで買ったんだ。ちょっとあってさ、今は掛けてるの。危ない人だよね、これじゃ。いいんだ、分ってるもん。わたし、最近どうかしてる。
 彼とは上手くいってるよ。なかなか合えないけど、電話やメールはよくするし、今度の土曜にデートしようって約束もしてある。それは大丈夫。本当に大丈夫。
 聞いてもらいたい話っていうのは、おかしな客の話なの。わたし、古本屋でアルバイトしてるっていってたでしょ。今はもうやめたんだけどさ。うん、今は療養中って感じかな。
 違うよ。別にストーカーとかそういうんじゃない。ただ一度きりあっただけ。その人がお客さんで、わたしが接客したの。先週の水曜のお昼前、買取カウンターに大きな紙袋が置かれたと思って、そっちに目をやると、男の人がいたの。五十代くらいかな。牛乳瓶の底みたいなメガネがあるでしょう? 今どきそんなメガネを掛けてるんだけど、そのメガネ越しにも目付きが悪いってわかるの。おどおどしてるようで、急にこちらを睨んだり、でも目が合うとすぐに逸らす。
 気持ち悪い――、っていうのが第一印象だった。
 でも、仕事じゃない? そんな気持ちはぜんぜん出さないで、笑顔で接客するように心がけた。古くて汚い本ばかりで、結局五十冊で二百円ていうのが、査定金額。よろしいですかってたずねたら、分るか分らないかってくらいに微かにうなづいた。
 お名前、ご住所、年齢、職業をお願いしますってわたしはいった。そしたらその人、急に震えだして……。怖かったけど、ボールペンを渡したの。その人、ボールペンを握るとさらに震えて、息も荒くなり始めた。大丈夫ですかっていったけど、わたしの声なんか聞こえないみたいに、目を見開いて、肩を上下させて、名前の欄にペンの先をあてた。
 横に一本線を引いたのよ、その人。でも、そこでペンは止まって、フーウ、フーウって変な呼吸になって、胸のポケットから財布を取り出してカードを何枚も引き抜いた。自分の名前をどう書くか、不意にわからなくなったのかと思った。その人、名前が書かれているはずのカードや免許証を見ても、首を振って、「違う! 違う!」叫びだした。カードは散らばるし、他のお客さんは何事かって見てくるし、わたしどうしたらいいかわからなくて。そしたらね、その人、ボールペンで目を突いたの。
 それからはもうめちゃくちゃ。わたしは気を失っちゃったんだけど、警察や救急車が来て、その日はお店の営業をいったん取りやめたくらい。
 わたしは従業員専用の部屋で横になっていたんだけど、そのときの映像がなんども頭に浮かんで、怖くて。店長に送られて家には帰ったんだけど、家についても不安でたまらなかった。
 その時ね、わたし、考えちゃったの。どうして、あの人、あんなことをしたんだろうって。自分の名前の漢字をど忘れしたんだって初めは思ったけど、カードを見ても首を振っていたし、違うんじゃないかって思った。もしかしたら、自分の名前が、自分のものじゃないように思えたんじゃないかなって。
 なんとなく、わたしは自分の名前をメモ帳に書いてみた。すんなり書けた。当たり前よね。でもね、なんだか気持ち悪いの。わたしの名前ってこんな感じだったかなって。まるで別人の名前のようで、そもそも人間をあらわす名前なのかさえわからなくなっていった。
 うん、疲れていたんだと思う。だから、その日は睡眠薬を飲んで寝ることにしたの。
 次の日に、鏡を覗いたんだ。酷い顔だった。むくんで見れたものじゃなかった。こんな顔じゃ、彼にも会えないって思った。顔を何度も洗って、もう一度鏡をみた。気持ち悪くてたまらなかった。眼ってなんだろうって思ったことある? 鼻ってなんだろうって思ったことある? どれも改めてみたら変な形をしてる。そんなものがわたしの顔の中に並んでいる。
 わたし、どうかしていたんだと思う。目元を思いっきり引っ掻いたの。血があふれて、痛くて。鏡をあらためてみても、やっぱりわたしの顔。気持ちの悪い部品がついた顔があった。
 軟膏を塗ったりして、血は止めたけど、鏡を見ればまた同じことをしてしまうようで怖かった。あの男に会ったせいでわたしは変な考えをするようになった。あの男に狂ったものをうつされてしまったって思った。
 普段慣れ親しんでいる言葉が急におかしく見えることを、ゲシュタルト崩壊って言うんだって。あの男は、きっとそれが病気まで進んでしまった人なんだと思うの。言葉だけでなく、人の顔や、物の形や、そういった全部が気持ちの悪い形としてみえてしまう病気。それをわたしは運悪くうつされてしまったのよ。だったら、今度はわたしが――。
 ありがとう、聞いてくれて。うん、もういいの。これですっきりしたから。人に話せば楽になるような気がしていたんだ。ここはわたしが払っておくね。
 あ、そうそう、一度このレシートの裏に、名前を書いてみてくれない。
 

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