ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
RSSフィード [13] 落ち込んだりもしたけど、私は三語です。
   
日時: 2011/02/06 13:54
名前: 片桐 ID:bAHnLEhE

さーて始まります。三語。
今日は各自が今まで書いたことのないジャンルに90分でトライ。
三時半くらいまでに投稿してください。
お題は「満月」「鴉」「果肉 」「熱気、」「冷たい」「崩玉」
以上の中からみっつ以上使って作品を投稿してください。

メンテ

(指定範囲表示中) もどる スレッド一覧 お気に入り 新規スレッド作成

冷たい肉 ( No.1 )
   
日時: 2011/02/06 16:18
名前: HAL ID:86HvrjsQ
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/


 ※ グロ注意! 猟奇描写を含みます。

----------------------------------------

 鴉がやってきて彼女の目玉を穿ろうとするので、わたしは棒をこしらえて、彼らを追い払わなくてはならなかった。
 世界はがらがらと崩れ去って、それはあっけないほど簡単に瓦礫の山と化してしまって、たしかにわたしは世界が滅びても彼女ひとりが幸せになってくれればいいと願ったけれど、いつかたしかにそう祈りはしたけれど、こんなことは望んでいなかった。たしかに世界は滅び、たしかに彼女は幸せだといって笑ったけれど、たしかにその口許はいまも満足そうな微笑を浮かべてはいるけれど、それでもわたしの思い描いた未来は、こんなものではなかった。
 鴉を追い払わねばならなかった。があがあと喧しく騒ぎ立てて、彼女の肉をむさぼろうとするこの忌々しい鳥たちを。だけど手近な棒といったら、崩落した建物からはみだす無骨な鉄筋くらいのもので、それは女一人の腕力でむしりとれるようなものではなかったから、わたしはしかたなく彼女の大腿骨を取り外さなくてはならなかった。
 骨は、もう肉の残っていない脚から、力をこめるまでもなく外れたけれど、それがあまりにも手にしっくりと収まったので、わたしはよけいに悲しくなって、わあわあ泣きながら、鴉の群れを追った。
 振り回した骨から、何か汁のようなものが飛んで、地面に落ちた。血液だか髄液だかわからないその濁った液体は、すぐに瓦礫の中に紛れて見えなくなって、わたしはまた嗚咽を漏らした。残さずに食べてねって、彼女はいったのに。あたしが死んだら、あなたがかけらひとつ残さず、きれいに食べてねっていったのに。
 何羽もいた鴉たちは、憎々しげにわたしをにらみつけると、東の空へと逃げ去っていく。また戻ってくるぞと、その濡れたような背中が語っていた。お前が飢えて死んだ頃、お前の屍肉をあさりにくるぞと。いくらでも好きに喰らえばいい。わたしの肉も、内臓も、眼球も。だけど彼女には触れさせない。彼女の肉の欠片ひとつさえ、お前たちがついばむことは許さない。
 わたしは手に残った骨の、関節の部分に舌を這わせて、そこにかすかにのこった液体を舐めとった。その味が苦いのか、それとも甘いのか、痺れたこの舌にはもう感じ取ることができなかった。
 世界であなたとわたし、ふたりきりだったらよかったねって、口に出したことはあったけれど、それはこんな意味じゃなかった。
 だけど彼女がいったから。あたしが先に死んだら、あなたが残さず食べてねって、そういったから。そうしたら二人、いつまでも一緒だねって笑ったから。だから、わたしは。


 彼女の呼吸が止まり、その心臓が脈打つのをやめると、わたしは動かなくなった彼女の体を、もう一度だけ抱いた。
 生きているとき、あれだけ熱く、やわらかくわたしを抱き返した彼女の肉は、どう触れてもぎこちなく軋んで、いくら愛撫を重ねても、そのこわばりは二度とほぐれることがなかった。彼女の体の内部には、かろうじてかすかなぬくもりが残っていたけれど、それが新たに生み出されたものではなく、消え行こうとする最後の熱のなごりなのだということは、頭で理解するよりもさきに、苦しいほど肌に沁みた。わたしは嗚咽を漏らしながら、彼女を抱いた。自分の指から、肌から、舌から、少しでも彼女に熱を移そうと、そのなごりを留めようと、必死に肌をこすり合わせた。
 彼女の体の中に、もはやどんなかすかな熱の残滓さえ見出せなくなると、わたしはよろめきながら、この水場まで彼女を負ぶってきた。水は汚染されているかもしれなくて、その証拠といわんばかりに、いきものの棲む気配はかけらもなかったけれど、それでも目に見えるかぎりは、泥で濁ることもなく澄みわたって、涼しげなにおいを振りまいていた。いまも底のほうに、割れた水道管らしいものがゆらゆらと見えている。
 その冷たい水で彼女の肌をていねいに洗いおえると、わたしは手元に唯一残ったまともなナイフで、彼女の足の肉を、ゆっくりと削いでいった。それを口に運んで、かすかに甘いような、塩気のうすい彼女の肉を舐めながら、痛いよって、そんなふうに彼女が顔をしかめるのではないかと思って、何度も顔を上げたけれど、彼女の死に顔はあいかわらず、満足そうに微笑んでいた。


 二度目に鴉の襲撃にあったとき、自分の腕を見て、わたしは思わず笑い声を上げた。彼女がきれいだといって撫でてくれた自慢の肌は、斑に黒ずみ、痩せこけて、青黒い血管を浮かび上がらせている。爪はひび割れ、皮膚はかさついて、指は節くれだっていた。生きながら朽ちていこうとしている自分の体を見下ろし、痩せて薄くなった胸を、あばらの浮いた腹を、擦り傷だらけになった足を擦って、わたしは笑った。その笑い声をどうとったのか、鴉たちはすごすごと東の空へ逃げていった。
 あの日から、空はいつも曇っている。一度だけわずかに冷たい雨が降って、彼女の頬をいくらか濡らしたけれど、あとは昼も夜もなく、暗い灰色の雲がどこまでも空を覆っているばかり。その空に舞うのは、忌々しい鴉ばかりで、そのほかの鳥も、野犬も、一度たりとも見かけなかった。
 彼女の下肢を食べ終えたあとは、太腿へ、下腹部へ、脂で鈍くなったナイフでこじるようにして内臓をひとつずつ取り外すころには、あたりにすえた臭いが立ちのぼり始めた。はじめは熟れた果肉のような色をしていた彼女の肉は、もはや褐色に変じて崩れて、それでもわたしは黙々と、彼女をむさぼり続けた。あばら骨の間の肉をそぎ落とし、黄色い脂肪を吸って、太い血管を舌に載せて、凝った血の錆びたような味にえずきながら、わたしは彼女の肉を咀嚼し、血の塊を舐めて溶かして、ゆっくりと自分の中に取り込んでいった。
 硬くなった肉を噛み締めつづけた下顎は、疲れきって痺れ、これでは最後に残った彼女の骨を噛み割ることなど、とても無理なのではないかと、その不安だけがいつもわたしの頭の中を占めていた。
 蛆がわかずにすんでいるのは、時節柄だろうか、季節の移ろいなんてもう遠い過去のもののように思えたけれど、それはただの錯覚で、気温は一日一日、確実に下がっていく。
 凍えるのが先か、飢えるのが先か。このあたりで地面の下に埋もれもせずに露出している死体は、彼女のほかには見かけないし、仮にあったところで、彼女以外の肉など、食べる気になれるはずがない。
 彼女の頬に歯を立てると、自分の歯がぐらぐらと、危なげに揺れるのがわかった。だけどもういい。あともう少しもってくれれば、それでいい。残りはわずかだ。これほど腐敗が進んでも、まだ満足そうに微笑んでいる、この顔で最後。
 どこか遠くで、鴉ががあがあと喚いている。ああ、ほんとうに耳障りな連中だ。少しのあいだくらい、黙っていられないものか。どうせもう、それほど待たせはしないのだから。

----------------------------------------
「鴉」「果肉」「冷たい」
 ジャンル縛りは「エログロ」でしたが、どう見てもエロ足りてませんね。ちぇっ。

メンテ

(指定範囲表示中) もどる スレッド一覧 お気に入り 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード (記事メンテ時に使用)
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存