通り過ぎるいくつかの事情

ドーナツショップは今日も混み合ってる

女子高生たちはさっきから
誰が誰と付き合ってるかで盛り上がっていて

若い母親は ベビーカーで眠る赤子を尻目に
さっきからずっとスマホをいじくってばかり

サラリーマン風の男性は
甘ったるいドーナツをかじりながら
ノートパソコンを忙しげに叩いてる

混み合う店内
バイトの女の子たちは 商業的スマイルを見せながらも
どこか疲れを隠しきれない

そして私はといえば 窓際の席に座って
アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら
ただなにげなく ぼんやりと窓の外を眺めていた


平日だっていうのに 街は人であふれていて
誰もかれもどこを目指しているのか
足早に歩く人たちばかりだ
そんなに急いでどこへ行くのだろう
尋ねてみたい気もしたが
そんなことは意味のないことだと
すぐに視線をそらした


絶え間なく流れる人ごみを避けるように
ベンチに寝そべっているあの老人
ボロボロになった上着を
肌掛けがわりにかけて
眠るともなしに目を瞑っている


ふと 彼にもかつて親がいて兄弟姉妹がいて恋人がいて
つつましく暮していた時代があったかもしれないと
考えてみたりした

あの老人は今頃 誰に会いたいと思っているのだろう
誰にも会いたいと思っていないのかな
思っても仕方がないことだと 諦めてしまっているのかな
何もかも捨てて 何もかもから解放されたくて
彼はいま あおベンチで横たわっているのかな


たとえば春
満開の花びらが ヒラヒラと風に舞い落ちるとき
夏 容赦ない灼熱の太陽に ジリジリと肌を焼かれるとき
秋の夜長 真ん丸いお月様にじっと見つめられるとき
冬 身を切るような寒さに身をさらされたとき


故郷のことを懐かしく思い出すことがあるだろうか
いや きっともう遠い過去の記憶として
うすぼんやりとした灯りが揺れているだけなのかもしれない


なんでそんなこと 思ったんだろう
そんなこと考えたって 何の意味もないのに
あの老人はずっとあのベンチで眠っているだろうし
明日もあさっても そうしているだろうし
私だって いつまでもここにいるわけじゃない
行き交う人々は 誰もあの老人を避けるように
足早に通り過ぎていくけれど


          あの人々を 私は責められない
          あの老人を 私は直視できない


あの老人がいま 幸福か不幸かなんて
私にはわからないけれど
仕事がなくて 住む家も追われて
そんな生活になってしまったのか
あの老人が すべての俗世間に嫌気がさして
自ら進んでそんな生活に入ったのか
それは誰にも解らない
真実はあの老人の胸の中にしかない
その胸の中でしか咲けない花を
あの老人はきっと持っているのかもしれない


生きれば生きる分だけ重くなっていくものたち
誰だって好き好んでそんな重たい荷物を背負い込んでるわけじゃない
気づいたらいつの間に背負い込まされてて
降ろすことも許されず
だから仕方なく 抱え込んでるだけの話じゃないか


誰だって幸福になりたいのは同じじゃないか
いつの間にか選んだり選ばされたりしてきた道が
いまの自分にたどり着いているだけの話で
それが間違いなのか正解なのかは
誰にも解らないし誰にも決められるわけがない




考えたらたまらなくなってしまって
胸やけしそうな思いを必死でこらえながら
ただひたすら
薄くなったコーヒーをすすったんだ


 
陽炎
2016年12月02日(金) 21時44分11秒 公開
■この作品の著作権は陽炎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
街の風景はとても忙し気に見えていたのに
その老人のいる空間だけ別の時間が流れているようで
思わず詩にしてしまいました

この作品の感想をお寄せください。
No.4  陽炎  評価:0点  ■2016-12-20 21:10  ID:3MOjXOnubh.
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☆まあちゃさん(まさよさん)へ☆

返信が遅くなってしまい、申し訳ありません
いつもありがとうございます

情景を思い浮かべていただけてうれしいです
私も、あの風景を思い出すと何故か涙が出てきます
まざまざと生は生易しくないということを
見せつけられたせいでしょうか

ありがとうございました
心より感謝


☆時雨ノ宮蜉蝣丸さんへ☆

返信が遅くなってしまい、申し訳ありません
いつもありがとうございます

自分が選んできたから、いまの自分がある
そう思っていましたけど
実は否応なく選ばされてきてここまできてしまった
そっちのほうがしっくりくるような気が
最近はするようになりました
……だからといって誰かのせいにしようとか
それは違うと思うんですけど

ベンチに寝そべる老人は、世捨て人のようですけ
きっと本当には捨てていないものがあるんじゃないかと
それが切実で、自分もそうなってしまうのかという想いと重なって
きっと寒くなってしまうのかもしれません

ありがとうございました
心より感謝


☆ヤエさんへ☆

返信が遅くなってしまい、申し訳ありません
いつもありがとうございます

良いなと思っていただけてうれしいです
共感していただけてよかったです

ありがとうございました
心より感謝
No.3  ヤエ  評価:50点  ■2016-12-05 17:59  ID:BymBLCyvz/o
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こんにちは。
視点の移り変わりと、緩やかな時間の移り変わりが、穏やかに描かれているのが、独特の雰囲気を伴っていて、良いなと思いました。
最後まで3連が、凄く共感できました。
No.2  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:30点  ■2016-12-05 00:23  ID:eFOY3cHRZZU
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誰が決めたわけでもない選択肢と、背負いたくて背負ったわけではない荷物達。不満を漏らせば「無責任」だの「根性無し」だの叩かれて、逃げたい自分が本当に価値のない存在みたいに思えてくる。
天地がひっくり返ろうが、大陸が海に沈もうが、嫌な物は嫌だし、不満なことは不満なのだと、わかっているはずなのに。
逃避することが罪ならば、闘えない者達はどこへ行けばいいのか。

灰色の景色に、妙な既視感が合わさって少し寒くなりました。
良いにしろ悪いにしろ、いつか自分がこの老人のようにならない保障がないことが、腐るばかりの青いこの身には、きっと怖いのだと思います。
ありがとうございました。
No.1  まあちゃ  評価:50点  ■2016-12-03 21:58  ID:XqpBrAirbIU
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読んでいて情景が浮かんできました、
なぜか止めどなく涙が流れて。。
この涙は何なんだろうって思ったの。

まさよです。(#^.^#)
総レス数 4  合計 130

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