向日葵
 ***様 江

 こんにちは

 如何お過ごしでしょうか

 今日は
    向日葵を植えました

 御近所の方から

 種を頂きました

 天気予報は快晴で

 朝からじりじりしており、

 打ち水するのも

 億劫なほどでした


 貴方と出会った日も

 こんなふうな夏の日で

 雲ひとつない

 晴天でしたね


 我が家の庭で

 小さい弟妹達と

 向日葵の種を

 植えてみようかと

 していたところ


 私は十歳で

 貴方はもう少し年上で

 本当に偶然でした

 貴方がお遣いで

 うちに来ていなければ


 ――強烈な何かでした

 真っ青な空を切り裂く

 鮮烈な光の矢と

 爆風

 思わず目を覆った

 私の耳に届く寸前に

 弟妹の悲鳴をかき消した

 轟音の壁


 崩れた塀の下敷きになった

 私と 弟妹達を

 貴方は必死で

 助け出そうとしてくれました

 自分も少なからず

 怪我をしていたのに

 私と 一番下の妹が出られた時

 既に火の手は

 眼前まで迫っていて

 私達は 残る弟妹達を

 置き去りにするしか

 なくて
     貴方は

 呆けている私の手を引いて

 駅の方へ

 走ってくれました

 駅は 人で溢れていて

 悲鳴と 怒号と

 誰かの名前と

 汗と 血と

 よくわからないものの

 嫌な匂いで

 いっぱいでした


 駅の隅っこで

 私は 妹を抱いて

 呆けたまま

 貴方と手を繋いでいました

 たぶん

 何事かも理解できない

      ままに


 どのくらい経ったか

 騒ぎは一向に収まらず

 塀に敷かれた傷が

 ジクジクと痛み出した頃

 貴方はまた

 私の手を引いて


 ホームも人だらけで

 貴方は

 そのうちの誰かに

 ぶっつかっていって

 私は

 無我夢中で

 気がつけば

 滑り込んできた汽車の

 人々の小さな隙間に

 妹ともども

 押し込まれていました



 ――

 扉が閉まる寸前に

     見えた
 貴方は

 赤く爛れた頬で

 笑っていた、

   と

   記憶しています



 私の手には

 いつのまに

 二枚の切符が

 握られていて

 貴方が あの時

 あの誰かから

 掠め取った切符と

 随分あとで

      ……



 感謝しています

 こんなことしか

 言えません

 でも せめて

 せめてこれだけは


 私が今

 呼吸をして

 瞬きをして

 筆をとっていられるのは

 すべて

 貴方のおかげです



 今日

 植えた向日葵は

 たぶん

 この夏が終わる頃には

 咲いているでしょう

 そしてこれが

 私の

 最後の仕事に

 なるのでしょう



 ありがとう

 貴方のおかげで

 私は



 名前を知らない

 あの日の貴方へ

 向日葵を






 今日も変わらず

 青空は

 綺麗でした





   *** **より


時雨ノ宮 蜉蝣丸
2016年08月06日(土) 22時39分18秒 公開
■この作品の著作権は時雨ノ宮 蜉蝣丸さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
フィクションです。
不快に思われた方は申し訳ありません。

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No.6  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:--点  ■2016-08-11 01:23  ID:3mSXxTMsmaU
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ヤエ 様

コメント感謝致します。お久しぶりですね。
前述のとおり、事柄の外側にいる人間が内側の視点を語るのは、なかなか難しいみたいです。外側の視点のまま描いた方が、却ってリアルになったかも。
言葉選びが綺麗と言っていただけて嬉しいです。
ありがとうございました。



楠山歳幸 様

コメント感謝致します。
確かに、展開やら何やら、もっと煮詰めて書いたらよかったと思います。
同時に、誤って認識されている点があるようなので、それをいくつか。

まず、この詩のモチーフは単なる空襲ではありません。実際、落とされた爆弾は一発だけですが、焼夷弾などではありません。
なぜ一発か、一発で十分だったからです。焼夷弾何十発ですら敵わないほどに、街一つ壊滅させるなど造作もないほどに、強力だったから。相手方が対人実験しようとした、という話も聞いています。
消火作業なんてしている場合じゃなかった。彼らはその爆弾を知らなかった、恐らくこのことがなければ、ここまで世界がこの爆弾の危険について知ろうとすることなど無かったかもしれない。
そんな中、街へ向けて救援の汽車が何本も走り出しました。一本目は爆弾投下の約四時間後に発車したそうです。爆弾の危険を知らずに、でも人を助けるために。

この詩は、自分の切符を大切な人にあげて助けようとした人の話がモチーフです。どんな爆弾だったか? 日付からわかると思います、八月六日午前八時十五分のことです。
伝わらなかった力不足ですかね。ありがとうございました。



游月 昭 様

こんばんは。コメント感謝致します。
罪悪感、というものについてですが、(言い方として不適切やもしれないですが)今回あまり上手く機能させることができなかったな、と思っています。「私」が罪悪を感じる場面が二つ重なってしまったのもあるかな、と。
ただ、この詩のモデルにおいて、俺は「罪悪感」そのものは切っても切り離せないと考えています。目の前の家族や友人を、後ろ髪を引かれる思いで置き去りにして生き残った人がたくさんいる。実際、多くの人が爆風により家屋の下敷きにされ、逃げられず焼死したとも聞いていますし。

意味がある、といっていただけて嬉しいです。読者の方々に「意味がある」と思っていただくことこそ、この詩の存在意義なのだと。

嘘っぽさについて、視点を間違えた感が否めないです。俺は事件の当事者ではありませんから、どうしても事実をモチーフにしたフィクションではリアリティを欠いてしまう。
今度は「外側の人間」として書いてみようかな、と。向日葵ももう少し。
ありがとうございました。
No.5  ヤエ  評価:50点  ■2016-08-08 07:57  ID:BymBLCyvz/o
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お久し振りです。
相変わらず、美しい言葉選びだなぁと感嘆しました。
全体的に鮮やかな色が印象的でしたが、内容の割にサラリと読めてしまったのは、言葉選びのなせる技なのか、しかし、サラリと読めてしまっても良いのか、と少し考えさせられました。

ありがとうございます。
No.4  楠山歳幸  評価:20点  ■2016-08-08 00:33  ID:Q9JgogUpaCM
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 読ませていただきました。
 読みやすい文章がとても好印象です。
 力量も感じました。

 ただ、 游月さんのご指摘の通り設定や描写はもう少し煮詰めたほうが良いと思います。僕もファンタジーでさえ設定はしっかりしたほうが良いとご指摘を何度かいただきました。
 敵機が来れば現代でも空襲警報ぐらいは鳴るでしょう。そこは街の中なのかよほどの郊外なのか。火の手と書かれていますが、どうも爆弾が1,2発しか落ちなかった印象です。僕は空襲は街の隅まで爆弾や焼夷弾を落としたのではないかという印象があります。当時、火を消すまで逃げてはいけないという風潮もあったそうでそれで逃げ遅れた方もいたそうです。焼夷弾が身体に刺さった方もいたり、火は来なくても機銃掃射された話も聞いたことがあります。防空壕にいてもです。そんな中まず、汽車は動けないでしょう。動いた所があったら僕の知識不足です、すみません。

 難癖つけてしまいましたが、今の時期、こういう作品を発表するのは大事だと思いました。
 失礼しました。

 追記
 僕は詩版でも何度もフィクションを書いてたりしていました、すみません。
 
No.3  游月 昭  評価:50点  ■2016-08-07 16:08  ID:YsjZ.3o0GEo
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こんにちは。
志、大いに結構だと思います。

フィクションだとして、
「掠め取った」事に作者が「貴方」に「強い思い」を表したかったとしても、別のエピソードの方が「私」に不必要な「罪悪感」を与えさせたというイメージを読者に与えなくてすむのではないかと思いました。
あと、フィクションを書く時の注意点として、化学的、物理学的に事実の範囲内にあるかということも考慮しないとそれこそ「嘘っぽく」なる懸念があります。
私はこの詩に少し嘘っぽさを感じました。
設定に限って、読者に有無を言わさない程度のものが必要かなと思います。

しかし、圧倒的な力での人権侵害、それによって起こる、死、別離など、描く事に大きな意味があると思います。

書き忘れました。後半、涙出そうになりました。
それと、ついでに、もっとひまわりを強く印象付けた方が作品として良くなるんじゃないかと思いました。
失礼しました。
No.2  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:--点  ■2016-08-07 14:32  ID:3mSXxTMsmaU
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野良人 様

コメント感謝致します。
作り話、ということについては否定しません。ですがこの世界で、何もかもがノンフィクションでなければならないということはないと思います。たとえ虚構であったとして、ひょっとしたらあったかもしれない話、事実を知ろうとするきっかけになれば、それで十分と思うのです。
それでは。
No.1  野良人  評価:0点  ■2016-08-07 13:08  ID:/dxzQ0Wmf36
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何だ又作り話か、詩では其れを嘘と言うんだよ…
総レス数 6  合計 120

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