喫茶店
さっきから
テーブルの上に浮いた小さな心臓が一つ、脈もないのに弱く鼓動している
冷めたコーヒーカップを受け皿に置くとき、震える手でカチャカチャ音をさせてしまって
気まずく思いながら
新聞紙を広げた初老の男を見遣る振りをすると
僕の頬に溜め息混じりの煙を吹きかける君
何食わぬ顔で
「外、霰が降っているね」と言っても
黙ったまま吸いかけの煙草を空の灰皿に押し付けて
無表情にカップの縁を指でなぞり
終いに俯いてしまう君
弱ってしまって、僕も俯き
もう帰る、と言われるのを待ちながら
小さな心臓を握り潰しそうになるのを抑えている
抉られた胸の穴を覆い、顎の下で脚をこすり合わせる拳大の蝿
そいつを追い払えない僕を君は許せないのだろう
「どうしたいのよ」
顔を上げると、君は泣いている
咄嗟に何かを言いかけて、僕は唇を噛み締めた
ここで僕が席を立ったら、君は君で耐えられなくなるだろう
僕には何もないから
ここは少し暗くて寒いから
僕を置いて、もう行きなよ
「……」
昨夜見た夢の中では
裸の君に背中から抱きしめられ
二人笑いながら
街の朝を浮き上がっていた
今は霰も止んで
小さな心臓も消えて
僕は君を慰める事さえしない
A
2015年03月12日(木) 06時00分46秒 公開
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作者からのメッセージはありません。

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No.4  A  評価:0点  ■2015-03-28 00:37  ID:O6O0a8UCtXM
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游月 昭さん

ご感想ありがとうございます。

煙草のお話は、最初に投稿した『沈黙の練習』でもしていただきましたね。もう一年近くになるのか……まさに、「間」が主題なのですが、今回は耐えられない沈黙が露わになるような感じを書きたかったのです。火を点ける場面を書かず、消すのを普通じゃない感じにする事で、間を許されず詰められていく場面を書きたいと思いました。

僕は最近煙草を吸います(笑)緊張がほぐれて、仕事した後とか吸うと気持ち良いです。
No.3  游月 昭  評価:40点  ■2015-03-26 09:56  ID:1K/KT8CGgX.
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Aさん、おはようございます。

細々といろんな仕掛けがありますが、中でも面白いのは「間(ま)」ですね。

随分前に亡くなった伯父が「煙草を吸う人」について話しました。
「煙ば肺に入れて喜んどらせば、何が良かろかて思うとばってん、話しの途切れた時に煙草ば取り出して火を点けよらすとば見れば、『間(ま)』のうまって良かなって思うとさ」
沈黙の「間」が耐えられない時、ってありますね。この詩には「煙草に火をつける」「〜消す」という「間」のアイテムが使われていませんね。しかし、その代わりに「霰」の音が使われています。早く緊張から逃れたいという事を表すアイテムとしては面白いチョイスだなと思いました。おそらく作者は煙草を吸わない?(^皿^)
No.2  A  評価:0点  ■2015-03-17 01:04  ID:O6O0a8UCtXM
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笹竜胆さん

ご感想ありがとうございます。ほとんど想像で書いたのですが、「自然に」という事なので、それほど違和感なく読んで頂けたようなので嬉しいです。尊敬と嫉妬…恐縮ですとしか言いようがないです。最後は僕もどうすればいいのか、悩みました。ぶつんと切りたくなかったんですよね…なら、切らなければいいか、と。「心臓」は、変な奴かと思われるかもしれませんが、幽かに見えた事があるんですよね。リアルな体験としては、ほほこれだけなんで、見抜かれたな、と思いました(笑)
No.1  笹竜胆  評価:40点  ■2015-03-14 23:19  ID:OCJ64bKiypI
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二人が自然に存在する詩、というのにこの頃憧れていて。サクッと書いているAさんに尊敬と嫉妬を覚えます。私ならそれこそ耐えきれなくて、二人を別れさせてしまうけど、結末をつけずに終えているのもすごい。
表現としては、「テーブルの上に浮いた小さな心臓」が面白かったです。
総レス数 4  合計 80

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