私の声が聞こえますか

毎日が同じことの繰り返しだなんて
よくよくありがちな詩人みたいなことは考えたくないのです
確かに似たような毎日ではあるけど
それなりに違う事だってあるわけだし
そんな毎日にいちゃもんつけるほど私は
きっとまだ 本気で生きちゃいないのだから


だのに時々ふっと 自分がいまこうしてここにいるということに対して
拭いようもない違和感をおぼえてしまうのです
たとえばそびえたつあの高層マンションの屋上を見るたびに
誰かがいままさに飛降りようと立ち尽くしていて
それは 私にまるでうりふたつの姿形をしていたり

プラットホーム 混雑する人ごみのしゃべり声の隙間を縫うように
人身事故による電車到着遅延のアナウンスが
もしかしたらその誰かは 私だったのかもしれなくて
見ず知らずの赤の他人様の死を 自分と重ね合わせてみたり

夢にうなされて それに叫んだ自分の声に驚いて醒める午前1時
処方された薬を全部ぜんぶ飲み干してしまえば
何もかも忘れて 深い深い眠りに堕ちていけるかも
なんて そんな夜には決まって頭の中を旋回してしまうのです


自ら命を絶ってはいけません
病気や不慮の事故で
ある日突然 生きることを奪われてしまう人たちが大勢いること
そんなことは誰に云われるまでもなく
解りすぎるほどよく解ってるのです
だからお願いです いまは
いまだけはそんな杓子定規な正論を
私に突きつけないでくださいませんか



あなたがあのとき放った言葉を
私はいまでも忘れることができずにいます
あなたにとってはきっと
取るに足りない 些細な出来事だったかもしれない
いや もしかしたらもう
すっかり忘れてしまっているかもしれません


憶えていますか
あれは私が13歳の春
4月だというのにまだ肌寒い
霧雨が静かにしっとりと地面を濡らしていた
そんな夜の出来事でした
簡単な夕食を済ませたあと
あなたは親戚の家に行ってくるからと云って
家を出て行きましたね
帰りは遅くなるか もしかしたら泊まるかもしれないと
たしかにそう云って家を出ました

そのころ私は 原因不明の頭痛に悩まされていて
その日も後頭部を殴られたようなひどい頭痛が続いていて
あなたが家を出たあとに すぐに眠ってしまったのです

何時ぐらいだったでしょうか
ぴしゃりと玄関の扉を開ける音で目が覚めました
あいつが帰ってきたのだと 寝ぼけた頭で確認しました
機嫌が悪いことは扉の開け方ですぐに解りました

あいつは私たちの寝ている部屋の扉をビシャっと開けると
突然兄に殴りかかりました
母はどこだと怒鳴りながら 殴ったり蹴ったりを繰り返します
兄も寝ばなを起こされ 状況を上手く判断できないまま
殴られ続けていました

兄に反応がないので 次は私の番です

さんざんに殴られました 蹴られました
母はどこだと聞いてきたので
私はとっさに知らないと答えました
あいつはさらに逆上して私を蹴り続けました

それが何分 何十分続いたのかはわかりません
私たちに散々暴力をふるって気がすんだのか
あいつは部屋を出ていき
テレビをつけて笑っています
テレビを観て笑っているのです

そのとき 兄が何を考えていたかは
私には解りません
私はこのままずっとこの家にいたら
いずれあいつに 間違いなく殺されると
そう思いました

起き上がってパジャマにジャンバーをひっかけ家を飛び出しました
深夜をまわった町は どの家も灯りが消えてひっそりとしていました
私はとにかく走りました
母がいるであろう親戚の家まで

家の灯りは消えていました
眠っている人を無理矢理起こせるだけの図々しさを
中学生の私はまだ持ち合わせていませんでした
それでも恐る恐るインターホンを押してみました
反応がありません
もう一度 怖々押してみましたが誰も気づく気配はありません
私は途方に暮れてしまいました

夜が明けるまで 川沿いを歩き続けました
歩きながら「殺す殺す殺す」と何度も口にして

あなたが私を探しに来たのは
夜が明けてからだいぶたったころでしたね


あの時 あなたは一体何を思ったのですか
我慢して家にいればよかったのにって?
本当のことを云わなかった私が悪いって?
面倒なことをしてくれたものだって?


それでもようやく重い腰を上げて
別れることを決めてくれたこと
本当に私 心の底から嬉しかったのです
あの夜行動を起こしたことは間違いじゃなかったのだと
きっと私や兄を守るために決断してくれたのだと
そう思っていたのですよ


「兄は専門学校があるから
近くの親戚に預かってもらって
あんたはしばらくあの家に残って」


あの時あなたは たしかに云いました
「あの家に残れ」と


思わず自分の耳を疑いましたよ
まさか そんなことを云われるなんて
思ってもみませんでしたよ


あなたはあとでそんなことは云ってないといいましたが
私のこの耳は確かに憶えています
となりでおばさんも聞いていたのだから
言い逃れようはずはありません



それからも ことあるごとにあなたは私に云いました
「勝手についてきたくせに」と
「嫌ならあいつのところへ行けばいい」と



思えば小さいころからそうでしたよね
あなたはいつも どこか私に冷たかった
私の物心ついて最初の記憶がなんだかご存知ですか
あなたの刺すように冷たく睨みつけるその視線ですよ


あなたに助けを乞うた私が間違っていたのでしょうか
あのとき外になんか飛び出さずに我慢していれば
私さえ我慢していれば それでよかったのでしょうか


たとえそうだとしても
あなたがそういうふうにしか思っていなかったとしても


私は自分が間違っていたとは思いたくないのです
現にあなたをあいつと別れさせることができたのですから


たとえあなたにとって私が「あなたの血を引く子」と思わず
「あいつの、あのばあさんの血を引く子」としか思っていなくても


ただ これだけは云わせてください
あの夜 私に暴力をふるったのは
あいつだけではありません
あなたも同じです
鋭い刃のようなその言葉で
私を切りつけました


この体にあいつの血が流れているということを
その血にどれだけ苦しめてきたかということを
容赦なく私に突きつけては責め続けてきました


多くを望んだわけじゃない
贅沢な暮らしがしたかったわけでもない

ただ暴力に怯えることも 機嫌を窺ってビクビクすることもなく
家族3人つつましく 平穏に暮らせたらそれでよかったのに

過去もあいつも何もかも 早く忘れてしまいたかったのに
あなたはそれさえも許してはくれなかった


一体私があなたに 何をしたというのですか
何故そんなにまでして 憎まれなければならないのですか
あいつに似てる ばあさんに似てる
そんなことを云われたって
私にはどうすることもできないじゃないですか
どうにもできないところを責めれば
私が黙っていいなりになるとでもお思いですか





生まれてすみません だなんて
もう私は口に出したりしません
生まれたことを責められ虐げられねばならないほど
私は何ひとつ悪いことはしていない



だからもう お別れいたしましょう
私たちは最初から所詮 ただ憎しみ合いいがみ合うだけの
なんとも頼りない血という糸でかろうじてつながっていた
名ばかりの親子でしかなかったのですから



さようなら
さようなら おかあさん
さようなら
大キライおかあさん



もう二度とお会いいたしません

陽炎
2013年08月30日(金) 19時46分09秒 公開
■この作品の著作権は陽炎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんな長くて暗く重たい詩を
最後まで読んでくださった方
本当にありがとうございます

親の暴力や暴言に傷つけられながらも
いまだそこから逃れることも出来ず
ひとり、苦しんでおられる方々の
たったひとり、たったひとりでもいい

この詩があなたに届いてくれたなら......
そんな切なる願いを込めて

この作品の感想をお寄せください。
No.6  陽炎  評価:--点  ■2013-09-11 13:43  ID:g3emUcYnoi6
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☆ゆうすけさんへ☆

返信が遅くなってしまい、申し訳ありません
まずは、こんなに長くて重く暗い詩を
最後まで読んでいただけたことに深く感謝です

そして、いつもながら丁寧に感想を書いてくださって
本当にありがとうございます

今回のこの詩には感想はつかないかもしれない、と思いつつ
それでもいい、誰かひとりでも読んでくれる人がいてくれたらと
そんな思いで投稿した詩でした

母親との長い長い戦いの序奏、とでもいいますか
あの日のことを思い出すと、どうしてもね
冷静でいられなくなる自分がいて
もう過去の辛かったことを思い出しても
心を乱されたりするもんか、と
自分に何度も言い聞かすんですけど
やっぱりどうして感情的になってしまっていたんですけど

でも今回は、ちゃんと描こうと思って挑みました
できるかぎり感情を抑えて
あったことをあったままそのままに描くのは
なかなか骨の折れる作業でした

なぜ母はあのとき、あんなことを云ったのか
「勝手についてきた」っていう
その「勝手に」とは、一体どういう意味なのか
ずっと考えていたんですよね
きっと母にとってはあの夜の出来事なんて
いつもの延長線上の出来事ぐらいにしか思ってなくて
それよりも「ばあさんとあいつの血が流れてる私が憎い」っていう
答えを導こうとすればいつも決まってそこに行き着いてしまう
母が何度も何度も同じ言葉を口にするたびに
その答えは私の中でより強固なものとなっていくのが解る

そんなに憎まれながら
何故にこんなにもこの人のために我慢しなきゃならないのかと
別々になったほうが、お互いのためなんじゃないかと
そう気がつくまでに、随分と長い月日を経てしまいました

こんな詩でも、どこかの誰かが掬いあげてくれる
何かを感じてくれる人がいる

そう思えるだけで、この詩を描いてよかった
投稿してよかったと、心からそう思います
ありがとうございました


◇*〜*追伸*〜*◇
  「飲食店制覇」って、面白そうですね。
  怖いお店って店主に怒られたりするんですか?
  まずい店というのも、お金をドブに捨てた気分になりそうですが
  話のネタにはなりますよね
  気温もだんだんと涼しくなって、秋らしくなってきましたね。
  秋は魚もおいしい季節ですしね。秋刀魚が食べたいなあ。
No.5  ゆうすけ  評価:50点  ■2013-09-07 09:56  ID:ka2JhsoTEZ6
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素っ裸、まさに丸裸、己の最も隠しておきたい深い傷、忘れ去りたい過去、忌まわしい記憶、振り返りたくないあの日、もう感じたくない季節、ここまで堂々と立ち向かうまでに、向き合うまでに、真正面から見据えるまでに、いたいどれほどの苦悩が、苦闘が、苦痛が、苦悶が、のたうち回って、足掻いてもがいて這いつくばって、やっとここまで歩いてきた、愛したいのに愛せない、嫌いだと言えるまでに費やした日々、自分が悪いと思わされてきた呪縛、注ぎ続けても漏れ続ける壊れた愛の器、せめて自分は、自分だけは、注いで満ちる愛の器を心の芯に持っていたい、与えて増える愛の器、ああ、まずは自分を、今生きている自分を褒めて、認めて、そして愛して、慈しんで、そして微笑んで生きていこう。

そんな感想を抱きました。数日前に読んだのですが、やっぱり重いですね。どすんときます。
全ての子供たちが、祝福の中に生まれてきて欲しいと強く感じますよ。生まれてくる理由……生まれてきた理由……語り尽くされながらも語りきれていないテーマ。
こういった場所でも、これをテーマにして語るのもありだと思います。私が書いた小説の「BIRTH」も、陽炎さんの詩に影響を受けておりますからね。自分の主観、信念、言葉、魂を作品に込める、当初は恥ずかしくてできなかったのですが、陽炎さんの詩を読んで作品の中で叫びだくなったものです。作人に込めた想いは、誰かの心にきっと届くと思います。

豚肉はビタミンB1が豊富なので夏バテ対策にいいですね。貧血気味だったら牛肉か、マグロやカツオもいいですよ。やっぱり食べないと元気でませんから、しっかり食べないとね。若い頃「飲食店制覇」ってのをやりましてね。近所から行ったことのない飲食店をしらみつぶしに行くって挑戦なんですが、怖い店とか不味い店が多くて頓挫。話のタネにはなりましたけどね。
No.4  陽炎  評価:--点  ■2013-09-07 09:41  ID:g3emUcYnoi6
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☆SHIRIAIさんへ☆

いつもありがとうございます
こんな長くて重い詩を最後まで読んでいただけただけでも感謝です

ご指摘の視覚的効果の件ですが
回想の部分は字下げするつもりで
入力の段階で、スペースを入れてたんだけど
投稿ボタンを押して、プレビュー画面では字下げされなくて
何回か試したけどダメだったんで

以前はできたはず(というか、左寄せとか入力通り、中央揃えってのを
選択できる機能があった)なのに
タグを使うか迷ったんですが
そのまま投稿してみたわけですが

自分としてもそこの部分に納得が行かず
ご指摘を受けてもう一度試してみましたが
やはりダメでした
(あとでどなたかに方法を聞いてみようと思います)
なので、斜線にしてみました

あと、寝ばなの件もありがとうございます 
No.3  SHIRIAI  評価:40点  ■2013-09-06 22:52  ID:7sERtROrdZk
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こんばんは。

こういう詩もありだと思います。感情と自制心が共存していて、嫌みは感じませんでした。冷静な物見から、思いを吐き出していく流れもいいと思います。
見ための問題なだけですが、「あなた」が登場する場面の前に、視覚的な区切りが欲しいとだけ思いました。大した問題ではないです。

[誤字]
寝鼻は寝端ではないかな。
寝始めのことならば。

ありがとうございました。
No.2  陽炎  評価:--点  ■2013-09-06 07:38  ID:g3emUcYnoi6
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☆佐柳さんへ☆

お読み頂き、ありがとうございます
No.1  佐柳  評価:0点  ■2013-09-05 00:20  ID:9HLXbBZTWqY
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良いと思います。自分は、解り合うことから逃げて来ましたけれども。
総レス数 6  合計 90

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