もし君が水死しようものなら
 自分という存在が今
 こうして詩を書けているのは
 かつて僕の母が
 水死しかけた僕の命を
 救い出したからだ

 救い出すというこの言葉は
 水の中から何かを掬い上げることと
 僕の人生においては重なり合って意味付けされてきた

 救い出すとは
 自ら掬い上げることであり
 それは金魚掬いのように
 危うく紙を破ってしまうという
 危うさを孕んでいる

 母はその時
 幼い妹を片手で抱っこしながら
 もう片方の手で水面に浮上している僕の腕を
 死に物狂いで掴んだという
 
 僕は水中で
 夥しい海草が幽霊のように巻きついた
 一台の怖ろしい自転車の怪物を見た
 今でも僕があらゆる建造物の中で
 廃墟化した遊園地に神聖さを感じるのは
 この幼年時代の記憶に来歴があるのかもしれない

 慌てふためき
 必死で息子の腕を掴み取る母の顔が
 僕には今しっかりと見えている
 息が詰まりそうなこの記憶の中で
 僕は水浸しになりながら
 掴み返した母の腕を離さなかったことだろう

 救い出すということは
 他者が暗い水に沈み込みそうになっているのを見て
 全力で有無をいわせずに掬い上げるということなのだ
 死にたいから死なせてと
 たとえ君がいったとしても
 僕はそんな君の頬を平手打ちするよりも先に
 水死しかけている今の君の腕を
 絶対に掴み取る

 母が死に者狂いで掴んでくれたこの腕を
 僕は僕の理由で沈み込ませたくはない
 だから君がもし
 精神の水死を感じているのだとすれば
 この僕の腕を
 死に物狂いで掴んでみよ

鈴村智一郎
http://slib.net/a/178
2011年01月13日(木) 21時54分13秒 公開
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No.2  鈴村智一郎  評価:--点  ■2011-01-31 01:38  ID:r/5q0G/D.uk
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としおさまへ

感想が遅れて申し訳ないです。
有り難い御言葉、本当に感謝しております。
普段、かたくるしい文体を使うことが多いので、「せせらぎ」のような文体を詩で表現したい気持ちがあります。
ですから、リズムに対してご意見をいただけて、本当に嬉しかったです^^

内容面でも、とても深く読み取っていただけたこと、心より感謝いたします。
No.1  としお  評価:40点  ■2011-01-25 15:12  ID:kWriX7DAQx.
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 読ませていただきました。
 素晴らしい詩ですね。
 そして、衝撃的な内容ですね。
 ただ、どうしてか不思議にも、読んだ文章のリズムはひどくゆったりとした、せせらぎの流れのように感じます。そして、どうしてか私の心に湧いたイメージは、あなたの先の『ロンギヌスの告白』があるせいでしょうか? どうしてかこの詩を読んで、『イエスのバプテスマ』の場面の連想でした。
 本式のバプテスマは、水の中に全身を浸し、授洗者によって掬い上げられることによって、新たに生まれ直す、と、私はかつて、聞いておりましたので。
 作者様はカトリックだそうで、もしかするとこの体験は、二重の意味で意味深かったのでは……と私は思わずに居られません。
 それでは。
 
総レス数 2  合計 40

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