時間という迷宮
夜のことです
コンビニの前を通り過ぎ
電柱ふたつ追い越して
真っ赤なポストにたどり着く

こんな風に道を歩いていると
ふと思うことがあるのです

いま後ろを振り返ったなら
コンビニの前を通り過ぎる
“過去の私”がいやしないかと

そう思えば思うほど
私は後ろを振り返ることが恐ろしくてたまらないのです

だってもし
コンビニの煌々とした白の明りが
のそのそ不恰好に歩く“私”を照らしだしたなら
私はきっと吸い込まれるようにして
そちらへと飲み込まれてしまうでしょう
時間という一本道の暗がりに
迷い込んでしまうでしょう

ほら
あなたも背後を振り返って御覧なさいな
振り返って
現実世界ではない
どこか暗い一本の道を想像してみてください
そこに、あなたの姿がありますかしら
もしも
見つけてしまったのなら
それは“過去のあなた”に違いありません

ああ私の背後には
いったい何がみえるのかしら

――過去
振り返っても目を細めても
もう到底叶わないその道の
一本道の最果てで
私は生まれたのかしら

はいはいで床を歩きまわり
頭にたんこぶ作って
幼稚園で育てたトマトをたべて
あまりのすっぱさにトマト嫌いになって
いやいや参加した
学校のマラソン大会で入賞しちゃったり
焦る気持ちで空回りしながら
テスト前日に徹夜なんかしてみたり

――現在
正確にいえば
家へかえるべく一人さびしく夜道を歩いているところ、
とでもいうのでしょうか

はやくくつろぎたい
でも一日の疲れが体を少し重くしていて
それでもその疲れに飲み込まれてしまわないよう
背後の暗がりに吸い込まれてしまわないよう
こうして思考を巡らしている“現在の私”

――未来
そう、未来
もしかして一生懸命に目を凝らしたなら
未来の私を垣間見たり出来るのかしら

もうあと五分で家にたどりついて
暖かな夕食の香りに乱舞して、
もうあと一時間ほどで
地上波初登場の感動映画を堪能して
もうあと六時間ほどで
布団の中へ軽くダイブする
そんな未来の姿なら
目を細めてみれば見つけられるのかしら

ああ、あらあら
困ってしまったわ

“過去の私”がいて、
“現在の私”がいて、
“未来の私”がいるのならば
今そんなことを考えている私は
ほんとうに“真実の私”
ほんとうに“現在の私”なのかしら

もしかして過去のある日に
真っ暗な時間の道の
後ろを振り返ったり
先に目を凝らしたりして
後ろという名の過去に引き戻され
先という名の未来に引き込まれてはいないかしら

途方もなく長い一本道で
星の数ほどの私のなかに
ひとたび真実の私が
置いてきぼりになったり
先走ったりしてしまったなら
いったいぜんたい
私はどうやって真実の私を
見つけられるでしょう

ああ、あらあら
困ってしまったわ

時間の一番先頭を走っていると思っている
“現在の私”
もしかして以前に先頭を走っている最中に
過去へと引き戻されてしまった
“置いてきぼりの私”なのじゃあないかしら

だとしたら
“私”が明日だと思う未来でさえも
以前に “私”が過去に引き戻された時
前だけを見つめて歩き続け
私と袂を分かった“真実の私”にとって
すでに過ぎ去り
見とめることも叶わない
遠い過去の昔話でありはしないかしら……

―――……
――――……
くわばら、くわばら
こんなこと考えていたら
本当に迷い込んでしまうかもしれないじゃない


ねえ皆様
皆様は
自分の時間という一本道の先頭を
本当に走っていると言えますかしら

本当はもう
何処かのある日に
長い長い一本道で
迷子になってしまったのではなかったかしら

そうして知らぬうちに、
振り出しに戻ったり
先に進みすぎたりしているのではないかしら
 
ねえ、皆様
皆様も背後を振り返って御覧なさいな
振り返って
現実世界ではないどこか暗い一本の道を
想像してみて下さい

そこに、あなたの姿がありますかしら
香咲ふう
2011年01月03日(月) 21時21分46秒 公開
■この作品の著作権は香咲ふうさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
不思議なテイストです。
ちょっとでもドキっと感じて頂ければ幸いなのですが。。

この作品の感想をお寄せください。
No.3  香咲ふう  評価:0点  ■2011-01-09 21:50  ID:aNf544Ntfvo
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>鈴村智一郎さま
感想ありがとうございます(>ω<
なにやら興味深い感想をいただきまして、ふむふむ言いながら何度も読み返させていただきました!
ただ私のこの詩は鈴村さんが最後に言ってくださっている通り「考えたことを書いた詩」ただそれだけであります(笑)
ただ漠然と考えたことを詩として人に伝わるように言葉にしていく点が骨をおったため、伝わったと言っていただけてほっとしました。
本当に、丁寧な感想をありがとうございました(^▽^*


>OZさま
読んでいただいただけでなく、感想を残していただき本当にありがとうございます!
理屈っぽく感じたというご意見に、私のほうでもうなずいてしましました(笑)くどいかな、くどいかな、と思いながらも伝わらないよりは良いのではないかとふっきれたあまり、意外とだらだらと長くなってしまったのが本当のところです。
また精進して頑張りたいと思います。本当にありがとうございました(^▽^*
No.2  OZ  評価:40点  ■2011-01-07 21:43  ID:4MvGQJq3VCA
PASS 編集 削除
すばらしい詩だと思いました。
難を言うと後半が理屈っぽく感じてしまったので、
7連目の以下で終わっていても良いかもしれないと思いました。
>ああ私の背後には
>いったい何がみえるのかしら

しかしながらその後に続くこのフレーズは最高だと思います。
>振り返っても目を細めても
>もう到底叶わないその道の
>一本道の最果てで
>私は生まれたのかしら

拙い感想申し訳ございません。
No.1  鈴村智一郎  評価:40点  ■2011-01-07 00:46  ID:r/5q0G/D.uk
PASS 編集 削除
素晴らしい詩でした。

とても哲学的で、言葉もはっきり伝わりました。
時間をテーマにしていますが、読んでいて、二つのことを考えました。
一つは、循環論です。
これは、「かつて起きたことは、再び繰り返される」という思想で、ピュタゴラス学派やオルフェウス教団などが持っていた時間論でした。
キリスト教では異端ですけれど。
二つ目は、可能的世界です。
これは、ライプニッツが考えた、「もう一人の可能的な自己」のことで、今という時点から、無限の可能性を持つ「可能的自己」が「可能的世界」で、それぞれ生きていく、という発想です。
これをテーマにした小説には、ボルヘスの「八岐の園」があります。
ちなみに、ボルヘスにも、香咲ふう様と似たテーマで思索している詩があります。
私はこれを読んでいて、「感じたことを書く詩」よりも、「考えたことを書く詩」に一つの可能性を見出しました。
もちろん、詩なので哲学する必要はありませんが、これは大いに哲学した詩だと思います。
深夜になかなかの貴重な時間をありがとうございました^^
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