まさかのモテ期 (改稿版3)
 さえない性格のうえ、動物にたとえるなら「豚」以外思いつかない残念な顔立ち。しかもデブり気味。どこでもスペースを取るので女性から煙たがられることもしばしば。
 そんな僕に絶好のチャンスが到来した。

「幅取ってんじゃねえ!」
 コンビニで立ち読みする傍ら、ガラの悪そうな鼻ピアス少年が足蹴りをかましてきた。
「ゴブッ……すみましぇん」
「他の客に迷惑なんだよ」
 いつものことだ。努めて縮こまっているつもりなのに僕の豚足、ではなく人脚は贅肉の付き方が激しくてぴたりと閉じることが出来ない。電車の席でも必ず「詰めろ」とすごまれてしまうのだ。
「ふん。DQNめが」
 誰にも聞き取れぬ小声でそっと呟く。ところが脇のファッション雑誌棚を占領している女子高生軍団が、負け豚ならぬ負け犬の遠吠えを目ざとく察知して
「ぎゃはははウケる〜」「今の見た」「笑えるんだけどぉ」
などと嘲笑い始めた。これ以上グラビアを堪能していれば恥の上塗り、消え去りたい思いで店を後にした。
「……けど、やっぱさっきの女豹ポーズは見納めしておきたいな」
 無料でエロスの世界に浸れるのは二次元空間だけなんだからと、結局1ブロック先の書店にぶらり立ち寄ったとき。
 絶世の美女と目が合った。瞳の虹彩が薄茶なのを見ると、ふわりとしたブルネットのセミロングヘアも染色していない地毛のようだ。彼女は頬をピンク色に染め、妙にもじもじしていた。銀行、コンビニと行く先々に姿を現して僕に話しかけたそうにしている。初めは都合良すぎる想像を必死でかき消していた僕だったが、次第に期待が膨らんできた。これはまさか?
「あの、何か御用ですか」
不意を突いて話しかけてみると、潤った目元を見開いた彼女は
「……ッ」
 決心したように頷くと、ぎゅっと僕の両手を握りしめ
「アナタニ人並ナラヌ運気ヲ感ジマス。あぶらかでぶら人ニナッテクダサイ」
と、のたもうた。
「うぎゃあぁ」
 この女、危ない匂いがぷんぷんするぞ。とっさに固く握りしめられた手を振りほどき、自宅へ逃げ帰った。特に追ってくる様子もないので僕は心底ホッとしたのだった。

 翌日のニュース。
 まさかのまさかだった。元アラブ領土の超金持ち独立国家・アブラカデブラ王国が誕生し、件の彼女が王女様だったと判明するなんて。なんでも占いがマイブームで、某有名占い師に会うため来日してたらしい。先に教えとけ。
 クサクサしながら朝のゴミ出しに行くと、女性が通りがかった。見慣れない顔だからご近所さんではない。人気アイドルの佐々本ハルカそっくりな、どえらい美女。なんと、僕を一目見たとたんに顔を真っ赤に染め始めた。
――アナタニ人並ナラヌ運気ヲ感ジマス――
 王女が言っていたではないか。今度こそ嫌でも期待してしまう。まさかのまさかのまさか?
 女性はさんざん逡巡したのち、うるうる湿潤する上目使いの瞳で告白してきた。
「アノ…………ぽんぴこぴー人ニ、ナッテクダサイ」
 やたーっ!
「はい、喜んで!!」

 ポンピコピー、ポンピコピー……
 そうして俺は今、UFOに乗って宇宙空間を飛行している。嘘だろぉぉ。
「念願ダッタ地球人ノ婿ガ捕マッテ良カッタナ」
「エエ。現地語デ話シ掛ケタラ、不審ガリモセズ引ッカカッテクレルンダモノ。コヤツノ生息地デめすドモヲ研究シテ、顔ヲ合成シタ甲斐ガアッタワ」
「オ前ハ異人種ガ好キダカラナー。コノおすモ飽キタラぽい捨テダロ?」
「モチロンヨ。多少すぺーすでぶりガ増エタトコロデ、環境汚染ニモナラナイワ」
「うぅ……ポンピコピーしか聞き取れねぇ」
 何だろう、この胸騒ぎ。事態が加速度的に暗転してることだけはヒシヒシと伝わってくるんだけど。

 まさかのまさかのまさかのまさかだった。
 たった四日後に飽きられるなんて。
「サテ。ドコニ捨テヨウカ、コノ生ゴミ」
「ひぃぃお助けー!」
 人間必死になれば成す、なさねば成らぬ何事も。スピ●ドラ●ニングもビックリの上達ぶりで、四日の間にポンピコピー語を完全マスター出来るとは思わなんだ。悪意筒抜け。もはや悪もはや悪運に取りつかれているとしか思えない。女王の予言はそういうことだったのか? いいや、きっと大逆転が訪れる。そう祈るほかない。
「きゃぷてん、地球カラ電波通信ガ入リマシタ」
「ナンダト。映像ト音声ヲツナゲ」
 つー、つー。
『麗シノ豚ノ君、私ノ声ガ届イテマスカ?』
 スクリーンに映し出されたのは、見覚えある美人女性の姿。
「あっ……アブラカデブラの王女様!」
『宇宙人ニ拉致ラレテぴんちダト聞キマシタ。モシモ私トノ結婚ヲ再考シテクレタラ、自家用すぺーすしゃとるデ迎エニ行ッテアゲマス。コンナ時ニ交渉事ナンテ酷デスガ……』
 やったー、ようやく幸運が巡ってきたんだ! まさかのまさかのまさかのまさかの、そのまた。
「いいとも! いいですとも! 即、式を挙げましょう」
『マジデ? 嬉シイワ。私ナンカト結バレテ後悔シマセンカ』
「とんでもない。願ったり叶ったりさ」
 直後。王女はケダモノのごとく前歯をむき出し、さかんに舌なめずりをした。
「王女様――?」
『ヨカッタ☆ コレマデノ元夫達ニハ、結婚シナケレバ良カッタト恨マレテ来タモノ。イクラ私ガ新婚生活ニ飽キテ、三日デ彼ラヲ食用家畜牧場ニ回シタカラッテ』
「………………」
「ヨカッタナ地球人」


 後悔はしたくない。驚異的語学力が身についたうえに、パッとしない僕のような人間が平凡に生活してたら一生味わえない経験なんだから。見方によっては幸運ともいえるだろう。
 けど、まさかの×100まさかだった。
 非モテ男の僕が美しい王女と暮らす三日間の新婚生活を美女アレルギーで過ごすなんてね。 《完》
山本鈴音
2012年05月08日(火) 22時18分50秒 公開
■この作品の著作権は山本鈴音さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
改稿で色々と加筆し、主人公の心理描写も多めにしました。

これでSFホラーというのも、おこがましいのですが。
細かい言葉の使い方からストーリー全体の流れ他なんでも、批評・感想お願いします!

この作品の感想をお寄せください。
No.10  山本鈴音  評価:--点  ■2012-08-07 17:55  ID:xTynl89qwNE
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王捨文様

感想、ありがとうございます。

言葉遊びに気づいてもらえて嬉しいです。
読者層が決まってない文章では特に、知らない人の多いものは使わないのが無難でしたか。
矛盾点に言い逃れをしようとして結果使ってしまいましたが……
ちょっと苦しい感じが出ているかも。

褒めてくださり、ありがとうございました!
テンポは早過ぎるくらいですが……もう少し中庸を目指したいです。
No.9  王捨文  評価:30点  ■2012-08-05 14:58  ID:zDw.Ei.W7Gs
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拝見いたしました。
「デブり」と「デブリ」のかかった軽妙な笑いなど、思わずクスリとさせられてしまいました。

ただ「DQN」や「スピ●ドラ●ニング」など、描写の点で読者の特定の知識に任せるような表現があったのが、読者層を選ぶ作品になってしまうようにも見受けられます。

とはいえ、とてもテンポの良い作品で物語の展開を楽しませていただきました。
No.8  山本鈴音  評価:--点  ■2012-07-12 21:47  ID:xTynl89qwNE
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マサチューサ様

感想ありがとうございます。

モテなさ加減の描写が無きまま始まっていましたね。
「どこでもスペースを取るので」あたりを膨らませたらいいのでしょうが、
デブネタを面白く消化出来る自信がありません。
そういえばポンピコピーしか聞こえないはずなのに……!?
盲点でした(汗)
作者が分かってることを自明と思ってはいけませんね。肝に命じます。
No.7  マサチューサ  評価:10点  ■2012-07-12 12:44  ID:oCtkFZvppYg
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 こんにちは、お初です。ロムりです。
 もてない男の悲哀をもうチョビット冒頭にほしいかな? と思いました。
 ボンビコビーは笑えました。ただ、そうしか聞こえないはずの主人公が「飽きられてしまった」と言った部分に戸惑ってしまいました。突然彼女の態度が豹変した、とかのほうがいいかも? まあ、読者はわかっているので、どうでもいいことかもしれませんが。
 文章は読みやすかったです。
 それでは、がんばってください。
No.6  山本鈴音  評価:--点  ■2012-06-26 23:26  ID:xTynl89qwNE
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ゆうすけ様

感想有難うございます。
そんな、モテないなんて御謙遜を……。謙遜と受け取っておきます(笑)

やはり急展開すぎますか。
テンポが速すぎるのは、書き上げた後冷静に読み返すのを恐れてるのかもしれません。
(直視出来ない作品を投下するのも問題ですかね^^;)
もっとゆったり、映像に置き換えるくらいの気分で書いたほうが良い物になるのですが。

ラストは王女に食べられず、ただ捨てられるストーリーが頭の中に。
それを書ききれず投げ出してしまったのが正直な所……。
書き手の私が無計画な性分なので、はっきりイメージしたオチから調整するのも手ですね。うーん、難しい。

まずは自身の作品を客観的に見られるようになりたいです。それが一番の難関ですけども(>_<)
No.5  ゆうすけ  評価:30点  ■2012-06-26 18:00  ID:1SHiiT1PETY
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拝読させていただきました。枯れ木も山のにぎわい要員のゆうすけです。


もてない男の悲哀の話。私の好きなテーマです。実際にもてなくてさえない男としての経験を生かしての作品もよく書きましたし。世の中、無駄なものなんかないのだ! 失敗とか後悔とかって、作品の種にすればそれは人生の糧さ。
閑話休題
軽快なノリでぐいぐい話が展開しますね。ジェットコースターのようです。ちょっと早すぎだと感じました。その場その場で、主人公の感情のうねりをもうちょっと描いた方がより面白くなりそうだと感じました。
オチについても、むしろ王女に食われちゃった方がインパクトがあるかも。そりゃカマキリか。う〜む、やっぱりオチの積み重ねは、最後のオチをつけるのが難しいですね。冒頭から仕込んでおかないと取って付けた感じになりますし。
No.4  山本鈴音  評価:--点  ■2012-05-11 23:11  ID:xTynl89qwNE
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zooey様

感想ありがとうございます。
短編は書くのも読むのも好きなので、褒めていただけて有難いです!

ご指摘どおり、ストーリーを転がすのに一杯一杯になっていました。
後から読み返すと、何とも浅い……
読者の方と一体になれる部分、もう少し作ってみようと思います。

「のに」で展開が先にバレてしまってますね!
自分が最後を知ってるものだから(←当たり前ですが)こうしたネタバレをつい書いてしまいます(>_<)

後半、蛇足でしたか。。。
読み直したとき、王女が物語の前半で使い捨てされているような気がしまして。
やはり後付けの話は、付け足し感が拭えませんね……。
一応、王女が再登場するシーンは残したいので、もう少し主人公の気持ちに寄り添いながら読み易さを追求しようと思います。
No.3  zooey  評価:30点  ■2012-05-10 22:26  ID:1SHiiT1PETY
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読ませていただきました。

文章がすっきりとトリミングされていて、ショートショートに相応しくていいなと思いました。
私にはこういう文章は書けないので、うらやましいです。

ただ、もう少しペースダウンした方がいいのかなという気がします。
なんというか、読み手が主人公と一緒に一喜一憂する余裕がないというか、
その前に次の段階に進んでしまっているような印象を受けました。
ラストのオチも、やはりある程度主人公に寄り添っていた方が効果があるのではないかなと思います。

あとは、冒頭の「そんな僕に絶好のチャンスが到来した……のに」というところの「のに」の部分がない方がいいのではないかなと思いました。
そこに逆説的な意味合いが暗示されてしまうと、読み手は結局物語がどの方向に進んでいくか分かってしまうので、
驚きが薄れてしまう気がします。
こういうショートショートではオチの方向性も分かってしまうと、ちょっと楽しみが減ってしまうように思います。
と感じるのは私だけかなという不安も覚えつつ……。

あとは改稿前から読ませていただいていたのですが、
私はどちらかというと改稿前のものの方がすっきりと落ちていて好きでした。

ただ、物語の流れや、オチなどはとても面白かったです。
すっきりとした読みやすさも良かったので、
そういったいい部分は残しつつ、もう少し読み手のペースに合わせてもらえたら、より楽しい作品になるのかなと思いました。
No.2  山本鈴音  評価:--点  ■2012-05-11 22:56  ID:xTynl89qwNE
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白星奏夜様

感想ありがとうございます。

絶好と絶交、混同してました。
紅の豚はダンディーですね、確かに比喩としておかしいので修正しました。

私自身から見ても読後の満足感が欲しい所なのですが……
宇宙の藻屑となった結末で、すっぱり終わってないんですよね(汗)
起承転結に苦戦しております。
No.1  白星奏夜  評価:30点  ■2012-05-08 22:32  ID:8eZ32nCHAgE
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こんばんは、白星と申します。

ブラックユーモアと言えば良いのでしょうか、おもしろかったです。モテ期が本当にあるのか、どうかはさておき、急に女性が近付いてきたら警戒してしまいますね。最後は、可哀想ですが、安易にのった主人公の自業自得かも(笑)

冒頭で、絶交のチャンスとあるのですが、おそらく絶好ではないかと。
ほんとに、余計な一言ですが、紅の豚が素顔を晒したら、残念な顔というのがぴんとこなかったです。映画の内容を見ていたら、紅の豚の素顔はおそらく悪くないものなはず。それなら、見たまま紅の豚、の方が雰囲気が伝わる気が。はい、重箱の隅をつつくような真似です。すみません。

流れは、とても軽快だと思ったので、もっと長く読みたいと思いました。
拙い感想ですが、失礼致します。
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