馴れ初め
 久しぶりに親友に会った。いきなりのできちゃった結婚で随分と驚かしてくれた野郎だ、今はなにかと忙しいのだろう。彼は会うなり僕の頭に奇妙な輪っかをはめると、僕の顔をじろじろと覗き込んでにやにやとした。その態度にはイライラするが、どうやって彼女と出会ったのかを聞くのが先だ。不細工同盟としてずっと彼女いない歴を更新してきたのに、一人で勝手に同盟破棄しやがって。彼はしたり顔で語りだした。

 なになに、僕の馴初めを聞きたいって? 今までゲームと小説書き三昧で、理屈っぽい堅物の僕がいきなりおめでた婚になったものだから、君もあやかりたいのだね。そんなんじゃないって? まあいいや、教えてやるから黙って聞けよ。
 あれは、僕がテレビを観て憤っていた日の出来事だ。テレビの事なんかどうでもいいって? まあ、黙って聞いてよ。
 増税が決ったニュースに僕は激しい怒りを感じたんだ。国民から搾取するなんて酷いじゃないか。政治家は皆いい暮らししやがって。僕に為政者たる力さえあれば、庶民の暮らしをまず第一に考えるさ。でも、僕はどこにでもいる、自分の非力さにがっかりしている、ただのしがない三十男にすぎない。三十歳か、伴侶を得られないままの三十路、毎日少しづつ積み上がる虚しさと焦り、それすらが少しずつ諦めに変わりそうな恐怖に怯える日々だったよ。
 次のニュースを見てびっくりした。なんでも、三十代の独身男性が忽然と姿を消す事件が頻発していて、既に四十七人が行方不明だとのこと。僕は言いようのない恐さを感じて家を出た。気晴らしをするなら散歩に限るってわけさ。
 閑静といえば閑静、寂れているといえば寂れている、とにかく静かな僕の町。なんだか人肌恋しい気持ちになった僕はおもむろに空を見上げた。空には大きな入道雲がもくもくと広がっていくのが見える。夕立でもきたらかなわないと踵を返した僕は、目の前に輝く輪っかがあるのを発見した。それはちょうどくぐれるぐらいの大きさで、僕は何故か目をそらせなかったんだ。
「勇気あるならば来い」
 僕は咄嗟にきょろきょろと周囲を窺った。たしかに今声が聞こえたはずなのに誰もいない。その声は輪っかから聞こえたようだ。好奇心が恐怖心を凌駕した僕は、恐る恐る光の輪に入って行ったんだ。そしてまばゆい光に目がくらんで、一瞬気を失った。

「おお、勇者よ、お待ちしておりましたぞ。ワシはこの国の宰相にして宮廷魔術師たるオザ、貴殿を召還したるものなり」
 しわがれ声に驚いた僕は目をこすって周囲を見渡した。豪勢な石造りの宮殿のような場所にいるようであり、目の前には黒いローブを纏ったいかつい老人がいた。その首には眩い光を放つアミュレットがあって、指には多彩な光を放つ指輪が見える。何故かは知らないが、魔法が込められていると感じた。
――勇者? きっと人違いだろう。臆病な僕には似合わない称号だ。
「それきっと人違いですよ。僕は勇者なんかじゃないです。早くここから帰してくださいよ」
「いいえ、あなたこそが勇者なのです。私の王国のために戦い、そして私と結ばれる運命の勇者様なのです」
 不意に背後から小鳥のさえずりのように耳に心地よい声が聞こえた。驚いて振り返ると、そこには美しい乙女がいて僕を見て微笑んでいる。例えれば満開になる寸前の花、見事なプロポーションを見せつけてくれるすけすけの衣装にはそこかしこに輝く宝石が散りばめられていて、額に輝くサークレットには虹色に輝く宝石が見えた。その潤んだ瞳に見つめられた僕は、勇者も悪くないと思い始めた。彼女は僕の頭に手を伸ばして、彼女と同じ光り輝くサークレットをはめた。そして僕の顔を見てうっとりとした。
「あの、どちら様ですか?」我ながら間抜けな質問をしてしまった。
「私は前国王の娘です。今、この王国は反逆の魔道士による度重なる侵略で危機なのです。お願いです。私の為に戦ってください」
 上目づかいの潤んだ瞳を見て、僕はすっかりのぼせあがった。
「さあ、この純潔戦士の装備を見に付けてください」
 言われるままに煌びやかな宝石に装飾された鎧を着て剣を腰にさし盾を背負うと、凄まじい力が漲ってきて何も恐くないような気がしてきた。

 どっかーん

 突然の轟音。宮殿の壁が崩れて土煙りが上がり、何者かが侵入してくる気配を感じた。目を凝らすと、貧相な男達が貧弱な武器を携えて叫びながら突撃してきた。「民草の恨みを思い知れ! 今こそ国政を正してやる! 革命だ!」
 あっけに取られている僕の背中を姫が押した。
「さあ、活躍の時です。純潔戦士の力を発揮してください。反逆者どもを蹴散らすのです」そして僕のほっぺに軽く口づけをした。
 すっかり有頂天になった僕は勇気百倍。剣を抜いて踊り出る。反逆者のリーダーと思しき若者が杖を振りかざすと、炎の渦が僕に向かって伸びてきた。しかし僕が軽く剣を振るうと炎は消え去り、それどころか剣の風圧で反逆者どもは吹き飛んで壁に打ち付けられた。「まずい、今度は本当の純潔戦士だ。引け! 撤退だ!」
 反逆者どもは苦痛に歪んだ顔で逃げて行った。僕ってこんなに強かったんだと感動してしまったよ。
「お見事です! あなたこそ我が勇者。真なる純潔戦士です。今宵は宴じゃ」姫の喜ぶ顔を見て、僕の心はかつて味わったことのない充実感に満ちてきたんだ。
 その晩、饗応するという姫に広いホールに招かれた僕は目をまんまるにした。そこには長大なテーブルがたくさん並び、見たこともない酒池肉林がひしめいていた。壁も柱も独特の彫刻が施されていて、イスもテーブルも重厚にして華美、全てが芸術的だった。数多くの召使たちがせわしなく料理を取り分けて、僕と姫に運んでくる。
 その料理の美味いこと、美酒の甘美なること。極楽とはこの事だと僕は心底満足だったよ。隣にいる姫の美しさも最高だし、男なら誰だって有頂天になるはずさ。

 どっかーん

 またもや突然の轟音。きっと不埒な反逆者どもだな。どれどれ、勇者様が軽く片付けてやろう、せっかくの御馳走を台無しにしやがって許さん。
 すっかり勇者気どりで身構えた僕の前に、土煙りの中から白いローブを纏った痩せた青年が現われた。彼は並べられた料理を見て溜息をつき、姫とその後ろに控えるオザを見て語りだした。
「おお、姫様。まだ贅沢の限りを尽くしているとはおいたわしや。民草の声を聞かずしてなんの統治者たりえるだろうや? そこの佞臣オザを遠ざけなされませ」
 それを聞いたオザは歪んだ笑みを浮かべ、吐き捨てるように反論する。
「黙れ、赤貧ガンカイ。相変わらず満足に米ぬかすら食えておらぬようだな。いい加減その偽善者の仮面を脱ぎ捨てて我が膝下に跪け。さすれば立身出世は思いのままぞ」
 それを無視してガンカイと呼ばれた青年は後ろを振り返って天空に手をかざした「姫様、これをご覧あれ」すると急に視界が晴れて、ホールの壁に空いた穴から町並みが見えた。ガンカイがかざした手の先の空間が輝き、民草の生活の様子が映し出される。あまりにも貧しい暮らしぶり、やせ衰えた人々の怨嗟の声が聞こえてくる。
「重税によって民を虐げての贅沢、これを正すことが我が天命なり。さあ姫、目を覚ましてください。民の声を聞いてください」
 ガンカイは必死に懇願する。
「黙れガンカイ、わらわはもっと贅沢したいのじゃ! ゆけ! 我が勇者。このいまいましい賢者気どりを成敗してたもれ!」
 姫の叫びが僕の心を激しく揺さぶった。
「そうじゃそうじゃ、とっとと蹴散らしてしまえ!」あとに続くオザのだみ声が耳障りに聞こえてきた。
 どう考えてもガンカイの方が正しい気がするんだけど、姫の美貌に心奪われた僕はなんとなくガンカイに向かって突進した。剣を抜いて斬りかかる。
「君に正義はあるか? 私を倒したらいずれこの国は滅びる。内乱につぐ内乱、国力は疲弊しいずれ他国に攻め滅ぼされる定め。君が勇者なら、私とともにこの国を作りなおそうではないか。きっと姫様も改心してくれるはず」
 ガンカイは僕の攻撃を避けながら説得を続けている。
「姫の偽りの美貌に心奪われたか。そなたは真正純潔戦士、穢れなき高潔なる者、いたしかたあるまいな。今までの四十七人は心通わぬ交わりの経験者であるがゆえに純潔の力は半分であったが、そなたは一切の交わりがないがゆえにその力も凄まじい。では私も奥の手を使おう。いまこそ出番だ、出でよ純潔戦婦」
 ガンカイが手招きすると、ガンカイの後ろからまばゆい鎧に身を固めた美しい女性が現われた。防御力を上げたいのか見た目のセクシーさを向上させたいのか見当もつかない装備の体に見とれていると、彼女は凄まじい勢いで突進してきた。その額に光る僕と同じサークレットが目前に迫る。
 がっしーん
 純潔戦婦が振り下ろす両手持ちの剣をかろうじて盾で防いだ。重い、なんて重い攻撃だ。僕はお返しとばかりに剣を横に払うが、純潔戦婦は軽やかに跳躍してかわした。まさに互角の戦い、それにしてもこの女性もなんと美しいんだろう、僕の心は少しずつ動いた。
「姫様、民を虐げる者は誰であろうと許してはおけません。無礼をお許しください!」ガンカイは叫ぶと、姫に向かって杖を振るった。するとその杖から燃え盛る光球が打ち出された。
 姫を助けなければ! 僕は慌てて姫に駆け寄り身を呈してかばった。
 かっこーん
 姫の額に輝いていたサークレットが、僕の突進のはずみで遠くに飛んで行って落ちた音がする。姫にケガはないだろうか?
「大丈夫ですか? 姫……って誰だお前は!」子供の頃に田舎の鹿児島で見た薩摩黒豚の方がはるかに可愛い! 美食に美食を重ねて無様に肥え太った体と、ほうれい線と目じりの小皺が目立つ私利私欲で歪んだ醜い顔、なんだこいつ、姫はどうなったんだ?
「異世界の三十歳以上の純潔者を召還して勇者に仕立て上げる……貴殿は利用されていたに過ぎぬのだ。この世界では純潔者は力を持つからな。純潔なる者のみが魅惑の力を発揮する純潔のサークレットがなければ姫はその有様だ。さあ、この国をともに……ぐわ」
 ガンカイは唐突に倒れた。その胸に短剣が刺さっている。
「油断したなガンカイ。誰であろうとこのオザの邪魔をするものは生かしてはおかん。どうだ、純潔戦婦とやら、その方が新たなる姫とならんか。この国はお主らが君主となるのだ」オザはそう言って、傍らの姫を蹴っ飛ばした。
 僕は立ち尽くし、純潔戦婦を見た。彼女は困惑しているようだ、困ったような表情もまた美しく、僕の心はすっかり捕らわれた。不細工の味方をして美女と戦うなんて馬鹿げている。僕は意を決して純潔戦婦に叫ぶ。
「一緒に正義のために戦おう。この国を建て直すんだ! 悪い政治家をやっつけろ」
 二人がかりの攻撃でオザを一蹴、ついでに不細工な姫も蹴散らしてやった。こいつらは国を滅ぼす害虫だ。慈悲をかけるのももったいない。
「ねえ、あなたって素敵ね。私はミクっていうの」
 僕達は当たり前のように惹かれあった。お互いがお互いから目をそらすことが出来ないんだ。
「一緒にこの国を建て直そう、そして僕が王になって君がお妃さまだ」自然と口からこんなセリフが出た。
「素敵ね。あなたとならきっと素敵な国が作れそうね」期待した通りの答えが返ってくる。
 僕はたまらなくなってミクを抱きしめた。驚いていたミクだが、そっと僕を抱きしめ返してくれた。これだ、これが欲しかったんだ。ドラマチックな出会い、運命の出会い、ああ、僕はこの日のために生きてきたんだと思ったさ。
 コウノトリを呼ぶ儀式、そこに至るのは極めて自然に思えた。そうしない事の方が不自然、水が低い場所に流れるように、流れた水が川となって海に流れるように、僕たちは自然とお互いを求め合った。お互い初めての体験、全身全霊での行為、いつしか二人意識を失い……。
 気が付けば元の世界、静かな住宅街に僕はいた。全ては夢だったのかと思って手を伸ばすと、ふわっとした何かを掴んだ。
 ぐにょ
「重いよ、ちょっとどいて。あんたどこ掴んでんのよ」
 ミクだ! 夢じゃなかったんだ! 僕はミクの……弛んだお腹のぜい肉を掴んでいた。すっかり姿が変わったミク、その顔は薩摩黒豚よりはまだ可愛いかな。
「ショック! あんたってイケメンじゃなかったんだ!」ミクも僕を見て驚いている。
 しばらくお互いの顔を見て、僕達は同時に言った。
「まあいいか、お互い様だしね」
 僕達はこうして出会い、そして結ばれたのさ。

 そうそう、お前に付けたのがそのサークレットさ、お前もよく似合っているよ。もう一つあるからさ、誰か女の子見付けてはめてみろよ。きっとお似合いのカップルになれるから。
ゆうすけ
2012年06月23日(土) 17時32分18秒 公開
■この作品の著作権はゆうすけさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ギャグなどを投稿させていただいております「枯れ木も山のにぎわい要員」ゆうすけと申します。

馴れ初めを聞かれたときに、どこまで狂った角度の妄想話を膨らませられるか? 人知れず挑戦したものです。

お菓子をつまみ食いしたような食感を目指して書いたものでして、軽い気持ちで読んでいただきたく思います。
日々の気持ちを詩にすると壮絶な感じになる近頃です「今はただ、後に続く我が子らの、礎となる我が身と思へば」

読んでくださった方に感謝いたします。

誤字修正 HAL様に感謝です。6/26

この作品の感想をお寄せください。
No.19  ゆうすけ  評価:0点  ■2012-10-01 18:32  ID:epAsdNViBjs
PASS 編集 削除
えんがわ様 レスが遅くなって申し訳ないです。

 スナック菓子とか清涼飲料水のような、気楽に飲食できて滋養なないけど美味しいみたいな、そんな雰囲気を目指して書きましたので、ある程度は達成できたのかなと思います。
 一人こっそりと音読して、ひっかかる処がないか確認しております。口に出して読むのは恥ずかしいですけど、推敲にもなりますし、他所様に読んでいただくからにはまあ一応。
 アクションシーンですね。これもまた挑戦してみたいテーマです。今作は展開を急ぐあまりさらっと流してしまいましたし。
 多忙ですけど、文芸は期限を考えなければ生涯を通じて楽しめると思いますので、筆を折ることなく書いていく所存です。
 
No.18  えんがわ  評価:30点  ■2012-09-27 21:47  ID:Kihk3/i8Shs
PASS 編集 削除
拝読しました。
何処か騎士道物語を終わらせた、ドンキホーテを思い出しました。あとテレビゲームのmoonとか。
もう手垢が付きすぎてるくらいの、異世界召喚ファンタジーもの。それを皮肉りながら、でも何処か根底に悪意じゃなくて愛情を感じるのでした。

虚構に対して現実を見せつけられながら、お互いにオチで納得する妥協っぽさ、だけど幸せそうだなぁ、と思いました。不思議です。

純潔。確かに女性なら許せるのに、男性だと凄く屈辱的なものを糧にする、乙女っぽい、状況に流されっぱなしの主人公に共感しました。
突然、富と力を手に入れたら、こう考えるよなぁ、っていう心の動きがリアルで、それが舞台のファンタジーっぽさに混じって、化学反応を起こしてるような。
意図されて配置されただろう定番なキャラクタもすんなり染み込み、文章もすらすらと入り、とても読んでいて清涼飲料水のようにゴクゴクと頭の中に入ってきました。

個人的にもっと見たかったものは。
純潔戦士と純潔戦婦の戦いを、もうちょっと剣撃やアクションシーンを絡めた長目のもので、見たかった気がします。
そうするとメリハリがもっと出て、展開がもっとドラマチックになるかも。
えと、個人的な好みなので、聞き流してください。
No.17  ゆうすけ  評価:0点  ■2012-09-03 22:05  ID:epAsdNViBjs
PASS 編集 削除
お様 どもども〜
しっとりと読ませる大人のゆうすけ……そんな作品書いたことありましたっけ? 毎度勢いにまかせて細かいところをごまかしたようなのばっかりな気がします。とはいえ、書いてみたいとは思っておりますし。中二作品よりは理解しやすそうですし。

楠山歳幸様
初期バージョンにまで感想をくださってありがとうございます。いつもこんな事ばっかり考えているんですよ。いかに日常が忙しくても、魂だけは言葉の羽をまとって自由でありたいものです。
No.16  お  評価:30点  ■2012-09-02 20:22  ID:.kbB.DhU4/c
PASS 編集 削除
どもどもー。
まぁなんというか、皮肉が効いていて面白かったです。
最後の「まあいいか、お互い様だしね」というのが生々しくて。
勢いのある作品で楽しかったですが、たまには、しっとりよませる大人のゆうすけさんも見てみたいです。
でわでわ。
No.15  楠山歳幸  評価:0点  ■2012-08-30 21:36  ID:3.rK8dssdKA
PASS 編集 削除
 読ませていただきました。面白かったです!
 車の運転という動的な感覚からキャトルシュミレーション(?)そして生殖行為のストレートパンチ。格闘技シーンも戦隊ものみたいなノリで面白かったです。宇宙人、少しかわいそうな気もしましたが理不尽さに笑いました。TC全体ではわかりませんが、僕はイケイケなノリも好きです。
 ありがとうございます。
No.14  ゆうすけ  評価:0点  ■2012-08-30 17:34  ID:1SHiiT1PETY
PASS 編集 削除
楠山歳幸様
思わぬ高評価、ありがたく頂戴いたします。このふざけたノリが私の持ち味だと私的には思っておりまして、いつまでもこのノリで文芸を楽しみたく思います。
実は今作には複数のバージョンがありまして、初期バージョンはまったく違った展開なのです。あまりにも私の趣味が暴走しすぎたので没にしたのがこれです。

「初期バージョン」
 残業の帰り、暗い山道を一人運転する。中途半端に造成された山道は、そこかしこにゴミの不法投棄がある。ふと湧き上がる苛立ちを鎮めようとラジオのスイッチを入れた。スピーカーから流れるKポップの得体のしれないリズム感に、寧ろ苛立ちが増した私はラジオを消そうと手を伸ばした。その刹那、不意にラジオが消えた。のみならず、眩い光につつまれて……。

 目を開けると銀色の天井が見えた。
――どこだ、ここは?
 私は銀色のベッドに寝かされていた。起き上がり周囲を窺う。幾何学模様が組み合わさったような半ドーム状の部屋の中心に私はいた。驚いたことに隣にも人間がいた。私より若干若い女性が高鼾で寝ている。
 
きゅいいいいん

 壁の一部が消失して、そこに得体のしれない生物が出現した。異常に膨れ上がった頭前部、大きい瞳、華奢な四肢。その顔からは何故か非常に高い知性を感じた。こいつはいったい何者だ?

「私は遥か遠い宇宙からやってきた科学者だ。この星の生物について調べている。今は生殖機能について観察中だ。君たちにその行為を見せてもらいたい」
 突然脳内に音声が響いた。
「驚かせて済まない。君たちの言語については既に研究済みなのだが、音声出力をするのは無駄なので、直接君の脳内に語りかけさせてもらった。さっそくだが生殖行為をやってみせてほしい。その気にならないならそのベッドにあるスイッチを押してくれたまえ。目の前にいる異性に発情するようになる」
――生殖行為? やれってことか? いや、それはいいけど……。

「ぎゃあああああ! 何アレ! 宇宙人だ!」
 私の傍らにいた女性が悲鳴をあげた。彼女は私の陰に隠れて「やっつけて! キモいあいつをやっつけて!」と宇宙人を指さして泣き叫んだ。
――よし、ここは大和魂の見せどころだ!
 私は素早く宇宙人に接近すると、その腹部に前蹴りを叩きこんだ。そして後ろを向きつつ宇宙人の頭部を肩に担いでジャンプ! そのまま尻もちをつく。
――喰らえ! ダイヤモンドカッター!
 頸部及び顎に損傷を負った宇宙人は仰け反って倒れた。その左足首を右腕で抱え込み、両脚で挟み込んで固定し、背筋を使って後ろにのけぞる。
――喰らえ! アキレス腱固め!
 アキレス腱固めは痛みこそ与えるがダメージ自体は少ない。ゆえに次の技に移行するのだ。抱えていた左足の踵に右前腕部を引っ掛けて膝を支点に内側に捻る。
――喰らえ! ヒールホールド!
 ぷちぷちぷち
 宇宙人の膝関節靭帯が切れる音が聞こえた。
「やめろ…やめてくれ、なんたる野蛮な種族か」
 脳内に響くその懇願も、スイッチのは入った私には届かない。身体をひねって逃げようとする宇宙人の動きに逆らわず、その左足つま先を右手でつかみ、左手を回しこんで右前腕を握り、そして全力で捩じりあげる。
――喰らえ! アンクルホールド!
 ぼっきん
 左足首が尋常ならざる角度にねじ曲がる。「ぎゃあああ」宇宙人の悲鳴が、もはやBGMにしか聞こえない。さらに身体をねじって逃げようとする宇宙人をあえて回転させつつ膝が正面を向いた瞬間に捕縛、足首を両手で掴み、両脚で脚の付け根にしがみつき、背筋を使って全力で反り返る。
――喰らえ! 膝十字固め!
 ぼっきん
 左膝が曲がってはいけない角度に曲がった宇宙人は、はいつくばりながらどこかに逃げて行った。
 後に残された私とその女性。ほう、好みではないか。私は、黙ってこっそりとベッドのスイッチを押した。


……ふざけすぎるのもよくないので、シリアスとのバランスを考えていこうと思います。
No.13  楠山歳幸  評価:50点  ■2012-08-27 20:42  ID:3.rK8dssdKA
PASS 編集 削除
 かなり遅れ馳せながら読ませていただきました。
 面白かったです。あの「鉄の意志」と同じ作者かと思ったぐらい面白かったです。僕は活字をイメージに変換するのが苦手なので、こういった邪魔者を馬で蹴散らすような突き抜けたテンポの作品も好きです。確かにベテラン様方から見れば物足りなさがあるかも知れませんが、一つでもリアル性やら精神性やらを入れると折角のバランスが崩れると思います。まるでデッサン力に物を言わせた簡素な水彩画のような洗練さを感じました。
 経営者の方々にとって消費税はかなりきついですね。そういうやるせなさをnbutaいえ黒豚に揶揄したような所も奥ゆかしく面白かったです。
 失礼しました。
No.12  ゆうすけ  評価:0点  ■2012-07-18 18:26  ID:1SHiiT1PETY
PASS 編集 削除
返信を書きに来ました。熱い職場で汗だくのゆうすけです。暑さで脳が緩くなっているので変な返信を書きそうです。

かなたん様
お久しぶりです。SFホラミス板愛好家として、かなたんさんの帰還を待っておりましたよ。おお! ついに作品を出してくれましたね。早速拝読させていただきますね。
今作は、ミクシィ日記に書きながら、半年ほど寝かせては書き直しをしたものなんですよね。バージョン1は、UFOにアブダクションされる話でしたから。我ら妄想族ですからね。かなたんさんの描く少女とかロリコンとかも見事だと思いますよ。投稿してくださった作品にも出るかな〜変な期待したりして。

zooey様
女性が読んだらドン引きされるかなと危惧しておりましたが、皆さま大人の対応をしてくださって、慈悲の心に涙が出そうです。
男ってバカだな〜、この作品で言いたかったテーマを読み取っていただいて嬉しく思いますよ。
「人間は見た目じゃないで心だ!」と嘯きながらも、お見合いをした相手の美しさに心奪われつつ無残に打ち砕かれたあの日の私の純粋無垢な心とか、とほほな経験は全て作品の核となり種となりますからね。とほほな経験、とほほな思い出、せめて創作の財産に昇華したいものです。
ギャグの手法として、「ポリシー自縄自爆」ってのを考えています。俺はこうしないと気が済まないんだ! と前半で宣言したキャラが後半でその言葉に縛られて苦しんで、結局自爆してしまう。これも、私自身が無駄なこだわりで苦しんだ青年時代を客観的に見て笑えると思ってのことなんです。
政治のあり方についての言及の少なさ……今作では前ふりの割に回収が微妙でしたね。こういったテーマの作品も書きたいんですよね。「大人検定」とか「信長が復活して日本を統治」とか、書きたいテーマはたくさんありますけど時間がないのが悲しい。
No.11  zooey  評価:30点  ■2012-07-16 18:06  ID:1SHiiT1PETY
PASS 編集 削除
読ませていただきました。

面白かったです。
皮肉が全体にわたっていい味わいを出していました。
前半は、国民から搾取する政治に怒りを覚えて自分が政治家だったら…と考えているのに、
いざそういった立場に立たされた時には、美女に心動かされてそんなことどうでもよくなってしまう、
というのが、何だか男ってバカなんだなあという感じで、良かったです。
変に気取りがない方が、楽しく読めますね。
私は結構、ヤルことばっかり考えてるような男性キャラクター好きですよ。キャラクターなら。

そして後半、サークレットの説明があってから、まあやっぱり女戦士も不細工なんだろうなあと思っていたんですが、
やっぱり不細工でしたね。
でも、不細工だってお互いに分かっても、まあいいかお互い様だし、というそのあっさりとした感じが気持ち良かったです。

ただ、前半の政治云々の部分がラストの方では薄くなってしまっていて、少し物足りないかなと思いました。
めちゃめちゃなようでしっかり考えられている作品だと思うのですが、
現代についても、姫様が統治していた世界についても、ラストでその政治のあり方に何らかの言及があった方が、
よりスパイシーないい味わいになった気がします。

でも、全体として楽しく読むことができました。ありがとうございました。
No.10  かなたん  評価:30点  ■2012-07-16 10:08  ID:A1kyEuqeoCs
PASS 編集 削除
お久しぶりです。読ませて頂きました。
お馬鹿なノリの超展開を勢いで突っ切る作風(?)、というのでしょうか。ゆうすけさんの良さが存分に発揮された作品だと感じました。
いかにもなオタクがどのようにしてゴールインしたか。
素直に行くはずがないと色々と考えながら読みましたが、想像の斜め上を行く展開でしたね。
「そんなのありかよっ!」とツッコミ、笑いながら読み進めました。

こういった、良い意味で脱力するお話というのもいいですね。
自分にはない力です。
誰にもマネできない、自分だけの妄想、というのでしょうか。
そういったものを大切にしないといけないなあと思った次第です。

ツッコミどころ満載だけど、作品的には完成されていると思います。
拙い感想失礼しました。
楽しい時間をありがとうございます。ではでは。
No.9  ゆうすけ  評価:0点  ■2012-07-16 09:14  ID:dZDA6s9Jnbw
PASS 編集 削除
返信を書きにきました。くそ暑い事務所で一人仕事する(ふりをしている)ゆうすけです。
 
 陣家様
おはようございます。
私って勢いしかないんですよね。私はじっくり書くのが苦手なので、つい展開を早くしてしまうんですよ。現歴板の女性作家達の作品を読むと、私って子供っぽい作風だなって自分で思います。
シモネタとかオヤジギャグとか、好きなんですよね。一応作品とするからには私なりにマイルドな味付けにしようとはしています。
陣家さんのその危険な香り漂う作品、読みたいですよ。オタクネタに暴走したり、シモネタで女性読者をドン引きさせたり、それもまた嚢中の錐の如き個性だと思います。

G3様
おはようございます。
スタイル……確立しているのでしょうか? 自分だとわからない、っていうかこういうのしか書けないだけかも。
冒頭に出てきた聞き手である「僕」、そうですね、締めに登場させるのを忘れてしまって無駄な存在になってしまいました。とほほ。
因みにオザとガンカイにはモデルがおりまして、某政治家と孔子の弟子です。
No.8  G3  評価:30点  ■2012-07-15 22:45  ID:v1oYWlDv7GQ
PASS 編集 削除
こんばんは。読ませて頂きました。ゆうすけさんらしい書き方だなぁ、と思いました。良くも悪くもスタイルが確立しているというのは羨ましい限りです。
お話し的には、まあいっかっていう気楽さがある意味良いのかもしれませんが、私としては、魂の美醜に気づいたからとかの救いがあっても良かったかなと思いました。(つまらないかも知れませんね)いっその事、実物の不細工なのに気づいて殴り倒して去って行くというのもありかも知れません。
それと気になったのは、最初に出てきた「僕」ってどこに行っちゃったんだろう?という点。最後に出てきて締めてくれるか、出さなくてもよかったのでは?と思いました。又は、長い付き合いの友人に馴れ初めを訊かれたので、語りだしたという方がスマートだった気がします。
ではまた。
No.7  陣家  評価:30点  ■2012-07-14 15:03  ID:1fwNzkM.QkM
PASS 編集 削除
拝読しました。

いやあ、勢いがあります。
シモネタとかおっしゃっていますが、どこがシモネタなのか気が付かないほどゆうすけさんらしい、さわやかな展開にしか思えませんでしたよ。
これがシモネタなら、僕の作はどんだけ低俗なのだろうと不安に震え上がります。
ただのセクハラ?

そしてこのいつもながらのごり押し結果オーライは読者に強烈なアピールを与える場合もあるでしょうけど、同時に自己改革に絶望している自分のような人間にはどこか現実ばなれしていて感情移入が難しいかもしれません。

でもこの横紙破りな展開がゆうすけさんの持ち味でもあるのでしょうね。

お互い多忙とは思いますが、忙中閑有りでがんばりたいと思っています。
ちなみに今僕が書いているのはシモネタどころか削除対象になるんじゃないかと思えるくらいの不謹慎な作になりそうです。
アップするかどうか迷っております。

それでは次回作も楽しみにしております。
No.6  ゆうすけ  評価:0点  ■2012-07-06 19:11  ID:1SHiiT1PETY
PASS 編集 削除
白星奏夜様
おおお! 戦国ファンがいた! いかにも別所長治の辞世の句に影響を受けていますよ。散り際の美学といいましょうか、戦国武将の辞世の句って高潔にして壮絶で泣けますよね。雲井の空に名をとどむべき 雲井にあげよ山ホトトギス 名を高松の苔に残して 
仕事に生きる男のバイブルは山岡 荘八「徳川家康」だと思っておりまして、この中に出てくるセリフ「責任は重いほどいい。それが人を作る」ってのが私に力をくれるんですよ。重き荷を背負って遠き道を行くがごとく、生きて行こうじゃありませんか。
閑話休題
私のシモネタギャグに付き合ってくださってありがとうございます。女性が読んだらドン引きするだろうとは自覚しております。こういう話を書くのは、個人的にはとても好きなのですが、次回はシリアスなものを書こうと思っております。
No.5  白星奏夜  評価:30点  ■2012-07-02 18:58  ID:ZnM0IRCgEXc
PASS 編集 削除
こんばんは、白星です。

こういうの結構、好きです。はちゃめちゃ過ぎて笑いました。

結局、可愛く見えるものの方に従ってしまう純潔戦士の節操の無さがリアルでしたね((笑) でも、最後は結ばれちゃったので、男女の仲は分からないものです。ファンタジー世界に行ってみたい自分としては、わくわくする設定でした。でも、こんな馴れ初めは絶対に嫌です((笑)

今はただ、後に続く我が子らの、礎となる我が身と思へば

辞世の句みたいです。別所長治の「今は只 恨みもあらず 諸人の 命に代わる 我が身と思へば」を思い出しました。お仕事、ご家庭、支えられますように。

ではでは、今回はこの辺で失礼致します!!
No.4  ゆうすけ  評価:0点  ■2012-07-01 13:55  ID:dZDA6s9Jnbw
PASS 編集 削除
山本鈴音様 女性が読んだらドン引き必至の作品に感想ありがとうございます。

こういうギャグの積み重ねって書くのがとても楽しいんですよね。今は亡き旧サイトでは、シモネタギャグばっかりを投稿していたものです。

セリフの後に改行しなかったのは、スピード感を出すためでしたが間もあった方がよかったかもしれませんね。サークレット登場のタイミングと合わせてまだまだ練込が足りなかったようです。
No.3  山本鈴音  評価:30点  ■2012-06-27 00:04  ID:xTynl89qwNE
PASS 編集 削除
読ませていただきました。

何という話でしょう。黒豚の件は笑いました。
薩摩黒豚だなんて酷い、検索したら豚でも結構可愛かったですよ(?)
大切なサークレットがあっさり外れるお粗末さ!
つくづくギャグに徹した作品ですね。
最後で一応、親友とミクがカップル成立しているので物語が救われています。
二人ともそれで良いのかと問いたくなりますが(笑)

細かい点ですが「大丈夫ですか? 姫……って誰だお前は!」の後はインパ
クト強なので改行があると良いような。

一つ、冒頭でネタバレしている輪っかですが、いきなり最後に出すのでは駄目でしょうか?
その方が、オチで話がぐっと締まる気もします。
No.2  ゆうすけ  評価:--点  ■2012-06-26 17:45  ID:1SHiiT1PETY
PASS 編集 削除
HAL様 シモネタ作品に感想ありがとうございます。

女性が読んだらドン引きするであろう思っておりまして、「男の切ないバカさ加減を笑う作品」のつもりなのです。およそ女性が思い描く理想的男性像ではなく、可愛い女性を見たらその見た目だけでのぼせあがってしまう薄っぺらな男性像なんですよね。
オリンピックに出る選手にしても、美男美女ばかり報道されるのは私は気に食わないんです。なので皮肉も込めてそんなキャラの悲哀を描いてみました。

このサイトには、細やかな感情の機微を丁寧に描いたり、丹念に構築した異世界を見せてくれる作家さんがおりまして、これはとても真似できないと思っております。とにかく最低限私しか書かないようなものを書いていこうとは思っております。
なにかと忙しいと思いますが、HALさんの次回作を期待しておりますよ。
No.1  HAL  評価:30点  ■2012-06-23 20:11  ID:TJ2naFcY.Dw
PASS 編集 削除

 拝読しました。そして笑わせていただきました……。

 なんとなく突進したって。戦婦って。純潔ってそういう!? 等々、細かい笑いのポイントが次々にやってきて、最後までニヤニヤしながら読ませていただきました。
 シモネタって、女性読者的にはかなり好き嫌いがあるものだと思うのですが、男って馬鹿だなあ的な、こういう明るいスケベさは、素直に読んでいて楽しいです。

 しかし、姫が悪逆非道でも美女なら味方するのに、不細工だとわかったとたん害虫呼ばわりかい! いろいろひどいな!
 といいつつ、そういう微妙にイイ話になりきれないナサケナサが、可笑しみにもなっていると思うので……うん、でもやっぱりひどい(笑)

 一か所、ちょっと気になった表記が、
> 上目ずかいの潤んだ瞳を見て、
「上目づかい」ではないかなと思うのですが、わざとだったらごめんなさい!

 ともあれ、大変楽しく読ませていただきました。つたない感想、どうかお許しくださいますよう。
総レス数 19  合計 320

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除