王冠

 本当に煩わしいったらありゃしない。いつだって監視され一挙手一動のふるまいに気を使わされる。しかもそこから隙を見て逃げ出すなんて、一体どこの昔話のヒロインかと思う。全くもって、何をしたって型どおりで面白くない。前例のないような馬鹿がやりたいというのに、やることなすこと前例だらけで頭に来る。歴史なんてものを作ってご丁寧に保存するからいけないのだ。そいつら全部ぶち壊してやれればいいのに。
 わが国は時代遅れにも絶対王政の、しかも世襲制だ。今の国家体制を築き上げた初代の王様は、確かにそう、ある意味では傑出した人物だったのだろう(勿論全てにおいて優れていた訳ではないだろうが)。その血を継ぐ者たちが同じようにうまく国を治められるかとなると、それはしかし怪しいものだ(何代も前な上に今の王は直系ですらない)。人格というものが遺伝子によってのみ形成されるというのだろうか。馬鹿馬鹿しい、と思う。ならば世襲制などではなくてクローンを作ってそのクローンに後を継がせれば良かったのだ。
 オレは自他共に認めるろくでなしだし、三十路も中盤に差し掛かった今尚、親に、いや国に寄生してお盛んにやってる本気の駄目人間だ。酒も女も博打も大歓迎だ。代わりに堅苦しい形式や社交辞令やら、まして政治なんてものは御免こうむりたい。自分が幸せならそれで充分、なのに何故会ったこともない、一生会うかも分からん民衆とやらのために汗水垂らしてはたらかにゃならんのだ。見返りに国民の感謝? 尊敬? そんなもんはいらない。願い下げだ。金は欲しいが自分が楽しく能天気にやってける分だけでいい。自由民主国家に生まれたら或いは才覚を発揮することが出来たかもしれないが、人生というのは全くもって皮肉なもんだ。
 そのオレが、明日、戴冠するのだという。笑わせる話だ。オレは何処だろうといつだろうと構わず、誰に憚ることもなく「王位を継ぐなんて真っ平御免だ」と言って来た。十代の頃からずっとだ。世話役の爺もその他のメイドも親戚筋も周囲にたむろす権力者も皆それを知ってる筈だ。なのに親父の死後つつがなくオレが王位を継ぐための準備は進められて来た。言葉のなんと無力なものか。社会体制のなんと強固なものか。
 王位についてから、ならば世襲制を辞めればよろしいのです、と爺は親切ぶって助言してきた。だがその為には色々と下準備が必要で根回しが必要で、要は働かなきゃならない。陽気に酒を飲んで女たちの尻をおっかけつつ、悪友どもと賭けに興じる、そんな幸せな日々はその間我慢しなけりゃならん。命令して宰相に全て任せる? それはなかなか良い考えに思えた。
 でもオレは、これでも王というものに憧憬とでもいうものを抱いている。決して自分は自分が理想とするような王にはならないだろう。しかし王とはもっと克己的で寛容でときには厳格さを以って国を治める。そういう威厳あるものでなければならないと思っている。親父のようにそのうち自己陶酔に走って国民にとって迷惑でしかないような政策を強行して嫌われる、そんな風にはなりたくもない。しかしもし自分が王位になんざ就いたときには恐らくそうなるだろう。
 王は居て欲しいと思う。しかしオレのようなのじゃなく理想的な王が。でも今の制度ではオレがなるしかないのだ。厭だ厭だ厭だ。
 と言ったことを、無駄だと思いつつ爺に打ち明けてみたところ、初めて怒りを露にして杖で殴りつけて来たので、芯から腐りきった根性のオレは泣いて止めてくれと懇願した。
「貴方という方は……この国の一大事になってまでそのようなことで……!」
「うるさい! お、お前になんか分かるもんか。分かってたまるか!」
オレはまさに鬼の形相になった爺の前で、旅行用のバッグにひと通りの衣類や生活用品を詰め込んだ。
「こんな国出てってやる!」
 そんなこんなで、戴冠式は免れた。国民は次の王がなかなか決まらないことを訝しく思って、様々な憶測を囁き交わしていた。道に捨てられた新聞でそれをオレは知った。
 幸い、というか、路上生活者にはならずに済んだ。城を出たその日の夜に、駅の近くのベンチで途方に暮れていたところを、近くの酒場のマスターが拾ってくれたのだ。オレはこの国を出たい、とマスターに打ち明けた。今時こんな時代遅れの国から逃げ出したがる連中は多い。マスターはそれなら手配をしてやってもいい、それなりに金はかかるがと言った。生憎オレはすっかり頭に来ていて金を持ってくるのを忘れていたので、しばらくマスターの酒場で働かされることになった。
 それにしても、危うく一国の王になろうとしたオレが、酒場では何の役にも立たないことよ、と毎晩情けなく思ってよく眠れない日々が続いた。あまり情けなさ過ぎてうっかり城の生活が恋しくなってきたりもした。しかし戻りたくはなかった、絶対に。オレが王になんてなれない、なっちゃいけない。いっそマスターがなった方がよっぽどマシだ。
 マスターは良き経営者でありよき教育者でもあった。要領の悪いオレに掃除の基本から辛抱強く教えてくれた。他人のいうことを聞くというのも滅多にない経験だったもので、マスターは呆れ返っていたが。
 店の備品をもっと良いものに変えればいいじゃないか。取り扱う酒をもっと良いものにすればいいじゃないか。もっともの分かりの良い客だけ入れればいいじゃないか。オレは正直に思ったことをずけずけと言ったが、マスターは子供に言い聞かせるように一から順に説明してくれた。
「お前にはお前の慣れ親しんだ雰囲気ってもんがあるんだろう。でもこの町の、この通りの、ここに寄ってくる客には客に、入りやすい店ってもんがある。良い質の酒ばかり入れていくらこれは旨いって言ったところで払う金がないんじゃ客は寄り付かん。金持ちを相手にやる店もあるだろうが、"オレが"そういう客を相手にやりたくないんだ。たまには客と殴り合いだってしたい。時々食い逃げされる分、別の時には酔わせて高い酒を売りつけてやりたい。そういうここが"オレは"気に入ってるんだ。それでいい」
「まるで王みたいじゃないか」
「そうとも。ここがオレの王国さ。制度としての国なんて厄介なだけだ」
「じゃあ国なんていらないな。王もいらない」
「まあ良い王様なら歓迎するがね。そうじゃないなら余計なことはしないで、お飾りでいて頂きたいものさ」
「お飾りくらいならいらないだろう?」
「そうかねえ? じゃあ、美女はずっと裸でいればいいと思うか?胸元の開いたセクシーなドレスを着てくれるのがオレは一番好きだがね。ずっと裸じゃありがたみがない。いざってときに裸になってくれるくらいが丁度いい。脱がす楽しみもあるしな」
オレはマスターの言に妙に納得させられたのだった。
 あと少しで逃亡に必要な金が溜まる、というところで、オレは大臣たちの放った刺客に見つかって城に連れ戻されてしまった。どうも、マスターが密告したんじゃなかろうかという気がしてならない。多分最初からオレのことを知っていて、オレが預けていた逃亡費用をネコババし、かつ密告することで報奨金を密かに受け取ったんじゃなかろうかと。
 オレはそう思ってたからわりと頭に来ていて、もうどうなろうとオレの知ったことじゃない、という気分で戴冠式に出てやった。こんな国ぶっ壊してやるという気分で。頭にうやうやしく乗っけられた王冠を見て、どうせお飾りならこれがあれば充分じゃないかと思った。王座に王冠だけ置いとけばいいのだ。しかしそんなお飾りになってたまるかと思った。
 それからそのときの怒りを原動力にオレは動きまくった。情報規制を可能な限り緩めて検閲を禁止した。お陰で横領で私腹を肥やしていた奴らは痛い目に遭っている。ざまを見ろだ。
 オレは頭にキてやっただけなのだが、爺も国民もやたらとオレを褒めた。こんな国ぶっ壊してやるつもりでやったのに、何故か褒められている。よく分からんが気分は悪くなかったので、国外逃亡の夢は諦めた。
渦巻三郎
http://uzumakisaburo.blog.fc2.com/
2012年03月11日(日) 02時51分50秒 公開
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■作者からのメッセージ
なりゆきって素晴らしい。

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No.6  渦巻三郎  評価:0点  ■2012-03-24 16:42  ID:1sRTIIP26tE
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>>HALさん
 感想ありがとうございました。

 自分は本を読むとき、リズム運動のように読んでしまい、あまり内容を吟味出来ない傾向があるのですが、それがそのまま書く作品にも現れてしまうようです。本当は内容の濃い世界観ある作品に憧れるのですが、まあそれはそのうちで、今は書けるものを書けばいいのかなと半ば開き直り気味だったりします。
 ここに投稿しているからには、良い点も悪い点も他の方の評価を受け入れて、自己評価のギャップを知って、その溝を埋めて自分の作品に対する客観的な視点を得たいなとは思っています。

 そんなこんなで、僭越でも拙くもなく、とても参考になりました。重ねて、どうもありかとうございました。
No.5  HAL  評価:30点  ■2012-03-20 18:48  ID:371ETsysh9I
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 拝読しました。軽妙で小気味のいい語りにつりこまれて、楽しく一息に読みました。飾らないシンプルな文体なんですけど、それでいて気持ちのいいリズムがあり、かつすっと意味の頭に入ってくるのが、さりげなくうまいなと思いました。(……なんていうのも、ずいぶん僭越ないいかたで恐縮ですが・汗)

 たしかに甘ったれのバカ王子なんですけど、本人がいうようには性根も曲がってないし、むしろ根はあんがいまじめっぽいのに、ちょっと悪ぶってみせてるようなところがとてもかわいらしくて、親しみのもてるいいキャラクターだと思いました。

 どっしりした重厚な話や、大きな盛り上がりのある感動的なストーリーとはまた違いますが、なんだか読んでいてクセになるような面白さがありました。またぜひ読ませてください。

 楽しませていただきました。拙い感想、どうかご容赦くださいますよう。
No.4  渦巻三郎  評価:0点  ■2012-03-17 07:14  ID:a/gC/vBvQJo
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>>ゆうすけさん
 感想ありがとうございました。短めの話をたくさん生産しているので、いいところで終わってしまう、というのはありがちになってしまっているようです。もうちょっと短いなりに構成を作れたらいいのかなと思います。
 主人公はよくも悪くも素直な性格なので、この後政治に目覚めて更に良い治世になるかもしれません。対外交渉なんかもからめてくれば、それなりの長さが書けたかもしれませんが、それはどうも自分のキャパシティーをオーバーしてるかもしれません(笑
No.3  ゆうすけ  評価:20点  ■2012-03-16 10:22  ID:1SHiiT1PETY
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拝読させていただきました。

主人公が王様になって好き勝手に動き始めてこれから面白くなりそうって時にぷっつりと終わってしまったように感じました。周囲を困らせてやろうという主人公の行為が、結果的に汚職や腐敗を払しょくして国民に支持されていく、そんな話になりそうだと感じましたので。
主人公の自然体っぷりが軽妙であり、感情移入しやすいのでこのキャラをもっと活躍させたら面白くなりそうです。
No.2  渦巻三郎  評価:0点  ■2012-03-16 04:12  ID:aqEz7sssnWM
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 感想ありがとうございました。

 世界観の描写はついつい怠りがちでよく指摘される点でもあります。なかなか書くスタイルを変えるのがうまくいかないのですが、少しずつ直せていけたらいいなと思います。

 とにかくお気楽な世界を書こうと思って書きました。少しでも気に入ってくださるところがあったのはうれしかったです。
No.1  ねじ  評価:30点  ■2012-03-16 00:04  ID:uiv4pJVFId6
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読みました。

正直に言うとありがちな話だと思うのですが、文章が読みやすくてところどころに魅力的な文があって、好きだな、と思いました。特に国と美女についての例え話がいいです。
全体的にもののわかった人が書いていると思える安心感がありました。
ただ、もうちょっと世界観についての書き込みがあるともっと楽しめたと思います。

私からは以上です。
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