34℃

 僕は家から出られずにいた。仕事もしたくなかったし、友達も居なかった。だから家にいる、過保護な親に守られ、腹も減らない、恐ろしい程に安定した場所にいる。僕は外を知らない、外はきっと汚くて惨めで愚かで野蛮だから、知りたくもない。愛想笑いも、嘘っぱちも、ぶっきらぼうな店員も、乾ききったネクタイ達も、死に際を振り回す様に鳴くセミ達も、知りたくない。
 それはつまり引き籠り状態にあった。それがいけないとは分かるもの、僕の身体は家にいると健康を保てた。なので親には感謝していた、毎日。

 外はどうやら夏のようだった、部屋の空気が毎日まとわりつくようにドロドロして嫌だった。そんな真夏の暑い日差しを避け、部屋でゲームに励んでいたある日のこと、携帯に一通のメールが来た。
「大チャンス!!最強最高のお祭り企画☆特大花火を貴方にもプレゼント?」
 相変わらずだ、迷惑メールが後を絶たない。携帯電話は、一階にいる両親との連絡用だから全くその役割は一般のそれほど果たせていない。ほとんどアダルトサイト視聴の為の便利な道具になってしまっていた。だからこんなメールばかり押し寄せてくるのだ。
「知らん」僕は無視して消した。
 数分後、再びメールが着た。
「真夏の特別企画!ステージライトと音楽が貴方のビールを旨くする♪♪25歳のはる様からメッセージが届いています!!」
 また消したが、次はすぐに着た。
「私の好意をお受け取りください!!我々は性行為を純粋に楽しむサークルです!!貴方様に素敵な夏をお過ごし頂く為に様々な企画を用意しています☆」
 余計なお世話だ、夏なんか知らない。窓は締め切り、それでも通り抜けるセミの声にうんざりしていたところなのに。
 携帯を置くと、またメールが着た。
「私、こんな誘いは始めてだけど。少しでも貴方が次の時を素敵に過ごせるように、身体を使ってお手伝いしたいのです。あきこ 28歳」
 僕はいい加減開いて読むのも嫌になったので、電源を消して寝る事にした。
 そして夜の7時になったころ、僕は目覚めたので晩御飯を確認する為に携帯の電源を入れて床に置いた。
すると……
ガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!
 と、音を立てとんでもない数のメールが来たのだ。
 僕は見たが、多くは昼間に来たような内容だった、しかし後半着たのを読むと、得体のしれない恐怖を覚え鳥肌がたった。
「はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく」
楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい」
「幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸!!!!!!!」
 こんな言葉だけが羅列され、おびただしい数のメールが届いていた。
「うわあああ!!」思わず携帯を放り投げた。
 あれは一体何だ?身体が震え上がった。
 すると、再び一通のメールが着た。僕は怖くて見られなかった。
 そのとき、階段をゆっくり登る足音が聞こえた。
「母さん?」呼んだが返事はない。
 足音は部屋の前でピタリと止まった。
「母さんってば!!」再び呼んだがやはり返事はない。
 するとまた携帯が震えた、僕は恐る恐る内容を見た。
「貴方様に伝えたいことがございます、下記サイトにすぐにアクセスして下さい。」
 これが一通目。
 しかし二通目を見たときには、まるで真冬のような凄まじい寒気を覚えた。
「再三の好意を踏み躙られた私は、貴方様に直接お話がございます。ドアを開けて下さい。」
 僕は部屋の端まで後ずさりして、全身を震わせ、現実とは思えない恐怖に声も出せずに布団を頭から被った。
 そのまましばらく気を失ったようだった。
 数分後、どうやら眠ってしまった僕を起こしたのは一階から聞こえた母親の声だった。
「ご飯出来たよって!!」
 良かった、僕は安心したがまだ恐怖は消えなかったので母親を二階まで来てと呼んだ。
「しょうがないわね。」
 そして足音の後にノックが聞こえたので、僕はドアをあけた。

__そこは闇だった、まるでドア枠に合わせ黒い板を貼ったような、全く何も見えない闇だった。
 僕は飛び上がった、そして遂に悲鳴をあげてしまった。
 すると、その闇から声がした。

「貴方様の夏は終わりました」

「ご飯出来たよ。」
 僕は目が覚めた、朝の9時だった。見ると母親がいつもの無表情で枕元に立っていた。
 何て恐ろしい夢だった。僕はフラフラと立ち上がり、部屋を出た。すると。
 クシャ
 僕は部屋の前で何かを踏んだ。
「あらやだ、セミじゃない。」
 母親は拾い上げた、それはセミの乾いた死骸だった。
「貴方様の夏は終わりました」
 僕はぞっとした。心臓がせりあがったのを感じた。

 外ではセミが鳴いていなかった。
つかさ
2011年08月20日(土) 13時53分45秒 公開
■この作品の著作権はつかささんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初投稿つかさと申します、宜しくお願いいたします。
稚拙な文ですが、ご意見賜りたく投稿いたしました。
地元はセミが多いのですが、北国だからか昨日あたりから全く鳴いておりません。こんな日になんとなく夏の終わりを感じていまして、こんな作品を書いてみました。
宜しくお願いいたします。

この作品の感想をお寄せください。
No.6  つかさ  評価:0点  ■2011-08-21 21:14  ID:ZpjL6.iITns
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ラトリーさん、はじめまして。
ご意見をありがとうございます。
確かにセミに関してはもう少し大事にすれば良かったと思いました。やはり何らかメールをするきっかけみたいなものを書けば良かったですね。
次回はもっといい作品を書きます。
宜しくお願い致します。


No.5  ラトリー  評価:30点  ■2011-08-21 02:36  ID:x1xfMMn8lDg
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 こんばんは(むしろおやすみなさいの時間ですが)。ラトリーと申します。読みましたので、感想など書いてみます。

 着眼点がいいですね。スパムメールの無機的なしつこさは自分も日頃から感じているので、そんなものが意思をもったように大量に送られてきたらとんでもないことだ、と主人公の心情に共感しながら読み進めておりました。外で遊ぶイメージの強い夏にあえて部屋で引きこもっている人の外部との接点は、それこそケータイなどの電子機器や部屋の出入り口くらいしかないわけで、現代風の味をもったホラーとしていろいろ、さらなる発展を模索できそうな気がします。
 実を言うと、何を勘違いしたのか自分、メールの送り主をずっと母親なんじゃないかと思いながら読んでたんですね。いつまでも引きこもっている息子に激怒した母がついに狂って……みたいな。ホラー的な現象に何でも理屈をつけようとする悪い癖が出たせいかもしれませんが、セミが深く関わっているということであれば、何かしらの伏線となるようなものを文中にさりげなく紛れこませてみるといいのではと思います。

 文章については、下地がしっかりしているとお見受けしました。細かな表現ですとか、知識や経験が異なる他の人の目に触れた時にどう映るかなどを考えつつ執筆されると、また作品に磨きがかかるのではないでしょうか。
 僭越ながら、自分からは以上です。次回作もお待ちしております。それでは。
No.4  つかさ  評価:0点  ■2011-08-20 22:15  ID:yoLhllZJ1NY
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山田さん、はじめまして。ご意見ありがとうございます。
作品の意図を感じて頂けて幸いです。
文章は正直まだ書き始めたばかりでして、自分でもまだ悲しいほどに拙いものしか書けません。
沢山読み、沢山書いて精進致します。
宜しくお願い致します。
No.3  山田さん  評価:30点  ■2011-08-20 21:46  ID:.WwVyG/QyxU
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 拝読しました。

 なるほど。
「はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく」
「楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい」
「幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸幸」
 これらはセミの鳴き声を模したものなんでしょうね。

 セミだって何年も土の中でそれこそ引き籠り状態ですごしているわけですよね。
 そして地上にでてせっせと鳴いて、短期間で逝ってしまう。
 まさに「夏は終わりました」状態になってしまうわけですよね。
 セミとこの主人公を重ね合わせると、色々な箇所が合致しそうですね。
 そんなことを考えると、ちょっと深い物語なのかな、なんて思ったりもしました。
 まぁ、あくまでも僕の個人的な受け取り方ですが。

 正直、文書はまだまだしっかりとはしていないと思います。
 ただ、これからどんどんと書いていけば自然と上手くなるかと思います。

 色々とつっこみどころはありそうな作品でしたが、僕は結構楽しめました。

 失礼しました。
No.2  つかさ  評価:0点  ■2011-08-20 22:16  ID:yoLhllZJ1NY
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陳家さん、はじめまして。貴重なご意見ありがとうございます。
はっと気が付かされるご指摘でした、きちんと推敲したつもりでしたがまだまだ浅かったと思いました。
これからも度々投稿しようと思います。
宜しくお願い致します。
No.1  陣家  評価:30点  ■2011-08-20 20:39  ID:1fwNzkM.QkM
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拝読させていただきました。
陣家と申します。

電話を掛けてくるリカちゃんならぬ、メールを送りつけてくるセミ。
着想はなかなか面白いと思いました。
リカちゃんの場合はひき逃げされた恨みを晴らしに来るとかの前フリがあってこその恐怖感なんですが、本作では主人公がスパムメールにパニクる理由としての前フリが特に無いのでインパクトが弱そうです。
分かり易い構成を狙うならある程度セミの目的を固定してしまった方がいいと思いました。好きに想像してくださいと言うのも有りですけどちょっと曖昧すぎるかなあと。

前フリコレクション
1.復讐目的 => 主人公のセミに対する無為な殺戮行為
2.道ならぬ恋慕の果てのストーカー目的 => 何気ないセミに対する救済行為
3.なんか逆恨み => セミちゃんのブログに何気なく書き込んだ無気力な独白
4.おせっかいな説教目的 => 日がな一日ゲームばかりしてる主人公を窓の外から毎日見せられていたマンウオッチングが趣味のセミ

本作での作者様的な狙いとしては4の感じが一番近いのかなあと思います。

あと一つだけ、日常から親との連絡に電話を使ってるのに部屋に起こしにくるのはOKなんでしょうか?

短編はとにかくアイデアとストーリーが命だと思っています。文章はそれを表現する単なる手段なので特になにも言うことは無いです。
また面白い作品を見せてください。失礼致しました。
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