右脳は微笑する
 小さくて可愛らしい女性。それが双子のマニー姉妹の第一印象だった。予定では姉妹二人とも来るはずだったが、眼前には一人しかいなかった。だが、確かに二人いたのである。
「どうも、弁護士のゴドワードです。ええと、失礼ですが、もう一人はどうされました? つまり、お姉さんか、妹さんは」
 私がそう訊ねると、女性は微笑を浮かべて、右手を差し出してきた。私がそれを握ると彼女は目尻を緩めて、
「アデーレ・マニーよ。よろしく弁護士先生」
「よろしくアデーレ。それでミデーナは?」
 私がそう言うと、アデーレは右手を引っ込め、今度は左手をスッと前に出して、
「ミ、ミデーナ・マニーです。よろしくお願いします、先生」
 全く同じ声音で、且つ全く違う口調で彼女は言った。私はぽかんとして空中に制止している左手を凝視していた。間抜けに口を開けたまま、私の脳味噌は様様な可能性を考えていた。悪戯か、解離性同一性障害か、それともホンモノさんか? 
 困惑する私に、アデーレは非常に慣れた調子で説明をしてくれた。
「私たちの人格は左脳と右脳に独立して存在するの。だから右半身は私アデーレの領分。左半身は奥手のミデーナの領分なの。顔はどちらの物でもあるけれどね。喋りは私の担当よ。ところで、先生。早速お話をしましょう。犬の糞より下らない男の話を」
 いまだに納得出来ない私を余所に、彼女達は訴える予定の恋人の不誠実さを懇切丁寧に教えてくれた。聞けばあまりにも馬鹿げた話で、彼女達の恋人は、二人の人格のことを理解した上で(恐らく不真面目に)、左半身だけを、つまりはミデーナだけを愛撫するというのだ。不平等なので平等に二人とも愛せというのが彼女等の主張らしい。私はこの冗談事としか思えない相談に辟易しながらも、きちんと報酬分の仕事は果たした。彼女達とは何度も話をした。
 彼女達の右半身が、アデーレが恋人を斧で惨殺するまでは。
 彼女達は裁判で死刑判決を受けた。しかし、お優しき陪審員とキチガイじみた人権団体と神の手を持つお医者様がそれぞれ美事に仕事をして下さった結果、死刑を執行されながらも、彼女は生き残った。電気椅子で黒こげになったのは、アデーレだけ、彼女達の左脳だけだったからである。
 刑の執行後に一度だけ、私は彼女に会った。
 麻痺した右半身を引き摺り、歪な微笑を浮かべながら、ミデーナは言った。姉の残滓の言語能力で。
「こここれ、で、やと、わたあたし……ヒと……リ」

志保龍彦
2011年08月12日(金) 22時25分57秒 公開
■この作品の著作権は志保龍彦さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
1000字小説です。感想等頂けたら幸いです。

この作品の感想をお寄せください。
No.8  HAL  評価:40点  ■2011-09-03 21:59  ID:VTNJW6kplLg
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 遅くなりましたが、拝読しました。うわあ怖い……!
 ラスト、ぞっとする怖さの中に、悲劇性が混じって、なんともいえない余韻がありました。美しい掌編。

 右脳と左脳の機能的な違いを活かしたストーリー。言語野は男性では完全に左脳の領域だけれど、女性の場合は左右両方にまたがっているので(ただし左脳がメイン)、左脳の機能を失っても、完全に言葉を失うわけではないのだそうですね。(本格的に勉強したわけではなく、浅い知識なのですが……。)

 一個、小さな疑問が。どうも読解力が低くて恥ずかしい限りなのですが(汗)、
> 平等に二人とも愛せというのが彼女等の主張らしい。
 ふたりが弁護士に依頼したのは、結局、具体的にはなんだったのでしょうか。というか、恋人を何といって訴えるつもりだったのでしょうか。まさか、裁判所から「二人とも平等に愛するように」という判決を得たかった? もうちょっと現実的な何か(慰謝料だとか)、を求めていたのでしょうか。そこだけちょっとひっかかりました。

 ともかく、楽しませていただきました。拙い感想、大変失礼いたしました。
No.7  志保龍彦  評価:0点  ■2011-08-17 23:16  ID:.Xd9bh1lbTE
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≫百舌鳥さん
感想ありがとうございます。
今回はオチがちゃんと効いたみたいで良かったです。珍しく、本当に珍しく(笑)文体は多分、シオドア・スタージョンを読んでる最中だったので、その影響じゃないでしょうか。もっとも、自分の文体も結構古くさい感じではありますけど(笑)


≫藤村さん
感想ありがとうございます。
これは正確に言うと幻想小説ではないですね。個人的な解釈だと、不思議なことは大体幻想に分類しちゃうんですが、今回のは微妙に毛色が違うというか、幻想に似た別の物です。幻想と言うには肉体的、物体的に過ぎるからかもしれません。と言いつつ、自分でもよく分かってません。説明にならず申し訳ない。


≫zooeyさん
感想ありがとうございます。
不気味なもの、気味が悪いもの、それでいて人を魅了してやまないものを書こうというのが、私の小説執筆の動機の一つではあります。
一つの身体に二つの魂を宿らせる双子というのも、魅力的な不気味さを持つ存在に入るのではないでしょうか。

ミデーナは完全に確信犯です。女は怖いですね。

いつも拙作を読んで頂きありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。


≫ラトリーさん
感想ありがとうございます。
1000字小説は訓練のつもりで書いている部分があります。1000字という限定された字数の中で、どれだけ話を纏められ、オチをつけられるかという。ラトリーさんの反応を見るに、今回は多少上手くはいったようで嬉しく思います。
脳味噌は不思議ですよね。一度ちゃんとした脳味噌小説を書いてみたいです。私が一番敬愛する作家のように。


≫山田さんさん
感想ありがとうございます。
この双子は、いわば完全なシャム双生児です。そういうイメージで書きました。ミデーナとアデーレの関係は最小限匂わすに止めました。全部ばらすと台無しになってしまうので。秘すれば華というやつですね。
アデーレ(左脳)が死んだ時点で、本来なら言語能力が失われるため、ミデーナは喋れないのですが、姉の残滓によって彼女は最後の台詞を呟くことが出来ました。二人の複雑な関係の一端を表しています。
このアイデアは確かにもっと広められそうなんですが、ネタを取って置いても書かないことが多い人間なので、思いついたら結構ぽいっと書くようにしてるんです。
でも、同じネタでもっと煮詰めた長編も書いてみたいとは思っています。


≫ゆうすけさん
感想ありがとうございます。
二人がこのような状態になった原因は1000字という制限上というよりは、物語に不用なために書きませんでした。想像の余地を残した方が良いですので。綺麗に納めるのは得意なんですが、アクの強さを維持するのは難しいですね。精進します。
アイデアは温めていても腐らせるだけのことが多いので、さっさと使ってしまいましたが、このネタをもっと深く追求した長編を書くのも良いかもしれません。
No.6  ゆうすけ  評価:30点  ■2011-08-15 15:09  ID:6m2MqnoU.ZU
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 拝読させていただきました。

 高い技術力だなと、毎度感心しています。なるほど、一人の中に二人ですか、こういう概念もあるんだなあ。脳梁に異常があるとか、双子として生まれるはずだったとか、幼い日の虐待によるものだとか、勝手にいろいろ想像してしまいます。
 このテーマでもっと掘り下げてアクの強い話にした方が面白そうだと思ってしまいました。綺麗に収まり過ぎて、なんかちょっと物足りないです。ストイックなボクサーのように絞り過ぎていて、遊びが足りないような。
 この量に収めるにはもったいないテーマだと思いました。
No.5  山田さん  評価:40点  ■2011-08-13 20:44  ID:iNA2/rsuwOg
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 拝読しました。

 解離性同一性障害だと、人格はひとりずつ現れるけれど、この女性のケースは常に二人で同じステージに立っているようなものなんでしょうね。
 なんとなくシャム双生児的な印象を受けました。
 例えば二人で協力しあっていければ何も問題はなかったんだろうけど、思うにこの二人の場合は問題があったようですね。
 もしかしたらアデーレはミデーナにそそのかされて殺人を犯したのかも知れない。
 そう考えると最後のセリフもよりゾっとしてきます。
 いずれにしてもミデーナにとってアデーレは疎ましい存在だったのでしょうね。
 そうか……右脳が死滅した段階で人格だけじゃなくて、右脳の機能そのものも消えちゃったわけですね……。

 このアイディアだともっと色々と発展できそうに思います。
 それぞれが人格を持つだけじゃなくて、例えば右と左で性別が違うとか。
 どうせだったら体も両性具有にして、そのせいで性同一性障害がダブルで発生したりとか。
 悪ノリしそうなので、このあたりでやめておきますが、もっともっと長い作品でも良かったんじゃないかな、と思いました。
 1000語という括りに拘りがおありなのかも知れないですが、この点だけがちょっと残念に感じました。

 面白かったです。
No.4  ラトリー  評価:30点  ■2011-08-13 13:31  ID:x1xfMMn8lDg
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 読みましたので、感想を。
 いきなり個人的な話で恐縮ですが、私、生まれた時は左利きでした。鉛筆で書くのを右に矯正したら、ハサミや絵筆を持つのも自然と右になりました。しかし箸や刃物を握ったり携帯を操作する時は左手だし、生まれつきの利き手のほうが気になるので左への愛着も捨てがたいものがあります。
 もし、二つの脳にまったく別の人格が宿っていたら。身近に感じる話題の上、無駄のないスピーディな展開でさらりと読めました。いきなりえげつない場面を目の前にたたきつけてくるところがさすがです。
 正直なところ、気になる点が何も思い浮かばないのが気になる点です。気づきが足らないだけかもしれないので、むしろこれは自分にとっての課題ですね。ううむ。
No.3  zooey  評価:50点  ■2011-08-13 02:16  ID:qEFXZgFwvsc
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こんばんは、読ませていただきました。

『蓄笑』もそうでしたが、タイトルが良いですよね。
不気味で面白そうと言うと幼稚な表現ですが、そんな印象を受けて、読みたいなと思わせてくれました。で、すぐ読みました。
内容も、期待を裏切らないもので、特にラストの不気味さ、
そして、タイトルとミデーナのセリフがカチリと音を立ててつながるような感じが心地よく、
且つ、女は怖いなと、女ですけど思いました。

志保さんの作品は、毎回楽しみにさせていただいています。
また読ませてください。

No.2  藤村  評価:30点  ■2011-08-13 01:26  ID:a.wIe4au8.Y
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拝読しました。
どうもぼくはこういうのを読みつけていないからか、感想を書くのが得意でない気がしているんですが、うーん。
1000字で、この話、という抜け目なさみたいなものはすごいとおもいました。ぼく書けないどころかおもいつかないです。それでもある意味でトンデモな設定の(ディティールに突っ込むわけではないのですが)それをたとえば幻想というのなら幻想のとびたつ地点、みたいなものがどうしてもしっくりきませんでした。この作品の最大のおもしろみというのはけっしてそこではないとおもうのですが、ギミックのために出現した幻想、のようにみえてそこがなんとしてもわかりませんでした。でも落とし方はほんとに、むりです、ぼくはたぶん一生おもいつかないです。
No.1  百舌鳥  評価:40点  ■2011-08-13 00:43  ID:8LZXuP92z.U
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呼ばれた気がしたので飛び込んでみた!

1000字小説とゆーことですが、うまいことやりやがったなこの野郎!的な巧さw じょーずーww
前フリがありがちかなーと思ってたのに。ラストでこーくるとはなー。ここだけで30点。
ただなぁ、文体で評価に迷います。私はけしてキライじゃないけど、でも古さを感じる。でも時を経た古さじゃないのです。うむむ。
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