OverBrain〜支離滅裂〜
〜〜続き続けるプロローグ〜〜
 そこには1人の少年がいた。
 光ひとつ無く、夜だというのに星も見えない。そんな中にぽつんとひとつだけシルエットが浮かび上がる。
 淡い黒のうえから黒の絵の具で塗ったようなものだ。そんなあいまいな黒は、1人の少年とひとつの建物をかたどっていた。
 そんな彼が見る先にはひとつ。見た目からは一般的な家とは言えないような、いわゆる洋風な屋敷だ。
 庭といえる庭も無く、手入れもされていなく雑草は伸びたい放題となっていた。
 ツルはその屋敷の壁へと巻きつき、光ひとつ点いていないその建物は、熱帯のジャングルを連想させた。
 そんな人がいるとは思えないような建物へ、少年はためらいも無くドアを開けた。
 整備されているはずもないドアは、鉄特有の甲高い音を響かせながら開いた。
 もちろん屋敷の中も暗闇であり、人がいるようには感じられないが、少年は足を止めず歩き続ける。
 長い、長い廊下にひとつのシルエット。
 コツコツと同じ間隔で足音はその廊下を響き渡らせる。
 やはりここも掃除されていないのか、歩くたび赤いじゅうたんからは埃が舞った。
 コツ、コツ、コツ…………………………。
 リズミカルに鳴り響く足音は、急に止まった。
 少年の前には、ひとつの扉があった。
 その扉だけは妙に生活感があり、埃ひとつ無い。
 ドアを開ける。
「やっときたネ」
 そこには妙なニュアンスでしゃべる1人の老人がいた。
 白ひげを生やし、ぱっと見70歳程度に思えるが、そんなしゃべり方が彼を近寄りがたいような不思議な空気をまとった人間へと変えてしまう。
「話を聞きに来た」
「そんなノ知ってるヨ」
 そう言いつつ少年は老人と向かい合うように置いてあるイスへと座った。
 老人はこの部屋を居住空間としてあるのか、この部屋だけはいくつか火の点いたロウソクが置いてあり、ゆらめきながら辺りを照らしていた。
「どこから話したらイイノかナ」
 老人はゆっくりとした動作で、お茶を注ぎ少年の前に置く。
「そんなの決まってる」
 少年は目の前のお茶には目も当てず、続ける。
「この壊れた世界の初めからだ」

〜〜お話の始まり〜〜
 崩れ、もはや廃墟と化した世界がそこにはあった。
 擬似太陽計画から50年たったこの世界は、人間の生きていける環境ではなかった。
 辺りを見回すが、もちろん人影などあるはずも無い。
「まあ、俺たちがいること自体がイレギュラーなんだろな〜〜〜」
 オレは気楽な口調で横の男に話しかける。
「そりゃそうだろ。こんなところにいたら、ヤツらの標的になること間違い無しだろうからな」
 と、オレのパートナーであるアイストは近くにある石を蹴りながらそう言った。
 石はコロコロと転がり、ひび割れた地面の中へ消えていった。
 改めて辺りを見回す。
 ひびが入り、近くにある大きな建物のガラスは全て割れ、ひどいものでは地面に大きなクレーターのようなものまである。
 ここがどんな場所なのかわからないくらいに壊れた場所でも、かすかに、残り香のように近くには壊れた飛行機があった。
 この空港の飛行機、今じゃ全部壊れてるんだろなぁ。なんてオレは思考する。
「やっぱ世界中どこに行ってもこんな感じだなぁ」
「逆に、建物があって人が普通に住んでるほうが奇跡だろ」
「まあこんな世界になったらなぁ……」
 飛行機を見る。羽が折れ、もう二度と飛ぶことのできないであろうその機械を。
「成田空港ってこの国で一番大きな空港なんだよな?」
「ああ……そうだったと思うけど?」
「飛行機の数、少なくないか?」
 アイストもオレと同じように辺りを見ながらそう言った。
 言葉通り、この空港には飛行機はほとんど無かった。
 今確認できるだけでも、3機しかない。もちろん全て、使い物にはならない状態だったが。
「まあ、とりあえずここにいても仕方ないし……オレは本部のほうに行くよ」
「……ああ。そうだな」
 アイストは、暗い顔でそう返した。
 ――わかってる。わかってるんだ。
 だけど、オレは気づかないようなフリをする。
 どうすればいいのか、わからなかったから。
 ――いや、実際はわかってたのかも知れない。
 だけど、その選択肢を選ぶという考えはオレには無かった。
 迷うことだって無い。
 ――そう言っておきながらこれだもんなあ。
 今、事実アイストの顔を見てどうしようもない気持ちに困惑する自分もいた。
「じゃあな。気をつけてやっていけよ」
「……ああ。もともとはここが俺の出身だから。楽しくやっていくよ」
 それでも、オレはこの選択が正しかったと思うんだ。
 ――じゃあな。と
 2人の間に砂埃を上げ、風が舞う。
 アイストの見る先には、ここまで来るのに利用したヘリコプターが。
 オレの見る先には、朽ち果てた空港の建物が。
 2人は別れを告げる。
 それぞれが、それぞれの道へと歩き始めた。

〜〜オレ達の生きる場所〜〜
「こりゃ、いつ足場が崩れてもおかしくねえよなぁ」
 ヒビだらけの床の上を歩きながら、オレは誰に言うでもなく口にする。
 アイストと別れた後、オレは空港のロビーへ行った。
 そこは外の状態と何の変わりも無く、ガラスは割れ、床はヒビだらけだ。
「ここで合ってるんだよなぁ」
 とりあえず、小型情報端末であるHACを取り出し確かめた。
 もちろんさっき見たときと内容が変わるわけでもなく、数分前に見た通り集合場所は空港のロビーだ。
「ハア。どうなってんだ?」
 さっきからずっとオレはこんな調子だった。
 集合時間が間違っている。なんてわけでもなくキッチリ日本時間での午前10時。そして今は午前10時30分だったりする。
「おかしいだろ〜。時間厳守だろ〜〜」
 ぼやいても相手が来るわけでもなく
「ハア〜〜〜」
 また、ため息をつく。
 吐いた息は少しだけ白かった。
 ――まあこんなに寒けりゃ息も白くなるわな。
 上を見るとちょうど空が見えるように天井が崩れ落ちていた。
 そこから見える太陽は、まだ昼だというのに薄暗く、奇妙に思える。
「まあ、この景色にもなれたけどな」
 そう言いながら近くにあったボロボロのソファーへと座る。
 ――こんな状況だから仕方ないのかもしれないんだけどな。
「擬似太陽計画、か」
 ポツリとつぶやく。
 いまから、70年も前の話だ。
 本当に、比喩でもなんでもなく太陽は一瞬で消えた。
 太陽から地球までの距離は約1億5千万mだ。それは太陽の光が地球までに届くのに約8分かかるということでもある。
 なのに、だ。
 太陽と同時に、光も全て失われてしまった。
 もちろんこの世界は大混乱なわけで。パニックが収まるのに数ヶ月要したらしい。
 らしい。というのもオレはそれを見てないからだ。
 というか。生まれてさえいない。
 このことについては全て、タカから手に入れた情報だ。
 閑話休題。
 というわけで、その名の通り暗黒の世界になってしまったわけだがそれに対して何の対策も取らなかったわけではない。
 それが擬似太陽計画だ。
 これも計画名から分かるとおり、無いなら作ってしまおう。という考えで太陽と同じ質量、同じ素材を使い太陽をもう一度作ってしまおうという計画だ。
 結局その計画が実行されるのは、10年も先の話だ。
 結果は、失敗。
 ――というか、失敗してなかったらこんなことにはなってないだろうなぁ。
 何を間違ったのかはいまだに不明だが、出来た太陽は元の太陽の10分の1の明るさしかないものだった。
 計画は正しかったとは思う。
 だけど、正解ではなかった。
 むしろ、失敗。大失敗だ。
 ――まあ、それはこの世界を見たら分かることなんだろうとは思うけど。
 その時、フッと一瞬目の前を影がよぎった。
 ――――――敵だ。
 戦闘への思考に切り替えると同時に、ホルスターから銃を引き抜く。
 銃を構え、五感全てを研ぎ澄ませる。
 ――なんで気づかなかった?
 考え事をしていたからと言っても別段油断していたつもりはない。
 空港のロビーだ。見晴らしもいい。敵がいたなら気づかないはずが無い。
 ――どういうことだ?
 ――それに、この、音。
 いたるところから、ヴォン。ヴォン。と空気を引き裂くような音が絶え間なく響く。
 後ろから殺気。
 ――来る!
 咄嗟に斜め右に転がりつつ、銃を向けるが。
 ――いない?
 おかしい。確かに殺気を感じた。
 それに転がる瞬間、耳元で何か空気を割くような音も聞こえた。
 あれは何か、鋭利なものを振り回し取たりしたときにしか聞こえないような音だ。
 それくらいの判断はつく。
「ックソが!」
 再び感じる殺気にオレは敵を確認する前に、その方向に向かって引き金を引く。
 パン。と乾いた音と同時に弾が発射されるがもちろん当たらない。
 代わりに、その方向にあった石柱に少しひびが入るだけだ。
 そして
「ッツ!?」
 右肩に突き刺さる。
 それはとても白く。
 それは少し反ったような形で。
 まるで日本刀のようで。
「おっととっと」
 それ以上の攻撃を受けないように、オレは無理やり体をひねるようにしてそれを抜く。
「今の多分、牙だよなあ」
 ――毒性の粘膜とか持ってたらやだよな。
 床に飛び散った血を見る。
 深呼吸。
 ――っと。少しパニックになっちゃってたな。
「ほんと。勘弁してよ〜〜」
 間延びしたような声を出し、オレはゆっくりと息を吐いた。
 前を見る。先ほど変わらず、敵の姿は見えない。
 ――――よし、じゃあ、殺そうか。
 右、左、上、後ろ、右、右、左、上。
 殺気を感じ取りながらオレは少しずつ敵の動きを把握していく。
「お前、速いな〜〜」
 右。
 横っ飛びにはじけるようにオレは動く。
「結構オレ、スピードには自身あるほうなんだぜ?」
 下。
 地面を破壊するように出てくる敵を、転がるようにして避ける。
 パラパラと、壊した床の破片の中に一瞬白く尖ったものが見えた。
 ――主に噛み付く攻撃を仕掛けてくる、日本で出没、スピードに特化?
 少しずつ断片的に分かっていく情報から、こいつの攻略法を導いていく。
「わっかんねえな〜〜。お前、何?突然変異とかそんなやつ?」
 返事をするはずも無く、また破壊した床の穴の中へ敵は消えていく。
「そこまで速いやつもなかなかいないよ?」
 後ろから殺気。
 おそらく、また同じ部分に攻撃を仕掛けようとしてる。
 そこまで理解していても、オレは動こうとはしなかった。
 ヴォン。耳元で響く。
 ――今だ。
 ほんの少しだけ体をずらす。
 左に少しだけ。それだけで、敵の攻撃を完全に避けきる。
 右手近くに先ほど見た牙が見えた。しかも俺の血が滴っている状態で。
 なんだか牙が俺の血を欲しがっているようにも見えたが
「あげないよ」
 その牙を、躊躇無く両手で思い切り掴む。
 少し右肩が痛むが、今は無視。
「オラァ!!」
 そのまま背負い投げするように投げつけ、目の前にあった石柱へと叩きつける。
 ……が、その瞬間に敵は消えてしまった。
「……え?」
 厳密には、石柱に直撃した瞬間に。
 現に石柱にはさっきまではなかったヒビがある。
 それに、確かに一瞬だけ見えた。
「ミラージュ?」
 そいつに関する知識を、頭の中から引き寄せる。
 元メクラヘビ。全長約15センチメートル。
 外的なダメージ、主に鱗の部分を形成するDNAの配列異常により背中部分が変化した生物。
 見た目だけで判断するなら、「ドラゴン」「竜」「ナーガ」などど呼ぶのが適切だろう。しかしそういった幻想の生物とは大きさ、身体的能力が果てしなく違う。
 確認された中で一番大きな個体でも、子供程度の大きさしかなかったはずだ。
「やっぱり、スピードに特化してるな」
 一般人には確認することも出来ないような速さをミラージュは持っていた。
「……ぐらいだったと思うんだけどなぁ」
 首をひねる。
 もし、今のがミラージュならありえない。
「オレの動体視力、ミラージュ程度ならまだ追いつけるはずなんだけどなぁ」
 それでも、視えなかった。
 そもそも、ミラージュ程度に苦戦するはずが無い。
「あと、大きさだよなぁ」
 ミラージュがあまり大きな被害を与えないのには、いくつか理由があった。
 群れを成さない。
 個体が少ない。
 そして、なによりも人を殺せるような武器が無いことだ。
 ミラージュの攻撃方法は、牙だ。
 しかも細い、細い人間の体に突き刺そうとすれば牙のほうが折れるような細さだ。
「この傷」
 オレは、今も痛む右肩を見る。
 ――ミラージュの牙でこんな傷にはならない。
 とりあえず、オレは服の袖をちぎり傷を止血することにした。
 既にミラージュから常に感じ取っていた殺気は消えていた。
「……ミラージュかどうかもわかんねーけどな」
 オレはさっき座っていたソファーへと、再び座りなおす。
「疲れた〜〜。はあ〜〜〜」
 オレはかすかに冷たさを感じながらゆっくりと目を閉じた。
 気づけば、もう時計の針は11時を指していた。
「痛いな」
 いや、ちょっと笑い事になるようなレベルの痛みじゃないんだよ。
 多分このままの状態でいたら、致死量に達するレベル。
 戦闘とか集中してるときは気にならないんだけど、一旦集中が切れると傷のやばさに気づくよね。
 あんまり傷は見たくないので目はつぶったままでいることにした。
 そのかわり、周りの状況には神経をめぐらせておく。
「あいつ、何人殺ったんだ?」
 投げ飛ばす瞬間に、一瞬だけ見えたミラージュの足元。
 そこには大きな傷跡があった。それだけでも判断はつく。銃痕だ。
 戦った形跡はある、なのにあいつは生きていた。ということは人間側が死んだってことだろ。
 短絡的かもしれないが、そう考えるのが一番正しいと思う。
「ありゃ近いうちに殺しといたほうがいいな。結構な被害が出ると思うし」
「何言ってるんですか?」
「おわあああああああああああ!!??」
 オレは転がり落ちるような形でソファーから離れる。
 ――いや、もうひどい転がりようだったと思うんだけど。
 心臓バクバク言ってるし。
 てか、あれ?なんで気配感じ取れなかったんだろう?
 さっきといい今といい、オレ鈍ってるのかなあ。
「だ、大丈夫ですか!?」
 また背後から声をかけられた。
 振り返るとそこにはタカの制服を着た男性が驚いた顔で俺を見ていた。
 恥ずかしーーーーー!
 心の中でだけとりあえず叫んでおく。
「びっくりした〜〜。君がタカの?」
「はい。……すみません、迎えが遅れてしまって」
 彼は少し幼さを残したような顔でそう言った。
 その顔は正直、こういった戦いの中に放り込んでいいのかと迷わせるくらい幼く見えた。
 タカに入る条件を考えれば、彼は14才以上だろうが見た目だけで判断するなら10才程度を思わせる。
「いや、いいよ。あれでしょ?この地帯近くで危険が見られた、とかそういうことでしょ?」
「えっと、はい。実はそうなんです。なんで分かったんですか?」
「そいつとついさっき戦ってきたから」
「え!?けど……あ…………でも」
「殺すことはできなかったんだけどね。逃げられちゃった」
「はあ…………」
 そう言う彼の顔は驚きとすこし呆れたような表情だった。
「いや〜〜〜〜強かったよ。あれ、ミラージュなの?それとも突然変異の違うやつとか?」
「両方とも正解だと思います。こちらの研究員のほうではミラージュの突然変異、というのが今のところ一番有力な説ですね」
「思う。ってことはまだ完全には分かってないってことだよな?」
「はい。まだまだ日本は技術も追いついてないような状態でして……アメリカの足元にも及ばないような状態なんです」
 すみません。と彼はぺこりと頭を下げる。
「いや、そこは仕方ないことだとは思うし別に責めてるわけじゃないから。……っと、君名前は?」
「エフと申します」
 ――エフ?ああ、コードネームか。
 エフはどうやら自分のコードネームを知っているらしく、オレのことをそう呼ぶと空港の出口とは関係の無い方向へ歩き出した。
「どこに行くの?」
「日本本部、東京のタカのハングアウトです」
「ハングアウト?」
 聞き慣れない言葉にオレは首をかしげるが
「えっと……アメリカではどう言われてたのかは知りませんがタカの基地のようなものです。一般人も生活しています」
 ああ、そういうことか。そう思いつつオレはさらに質問を重ねる。
「どうやって行くの?」
「海中内にありますからね、一旦海の近くまで地下を歩いた後ハングアウトまで続いている海中道路を歩きます」
「結構すごいじゃん。そう言う技術はアメリカより上だと思うよ?」
「ありがとうございます」
 端的に言うエフだったが、その顔はなんだか誇らしく見えた。
「ここが地下トンネルへの入り口です」
 そう言いたどり着いたのは、空港の隅にあったマンホールのように丸く開いた穴だった。
 そこを覗こうとしても、その先に広がるのは暗闇ばかりで何も見えない。
「ここから約8メートル下にトンネルがあります」
 ――つまりは、ここから飛び降りろって言うことね。
 8メートル程度の高さから落ちたところで、着地さえ何とかすれば大丈夫なはずだ。
 ――というか。
「エフはどうやってここまで来たんだ?」
「――えっと、実はわたしもOverBrainなんですよ」
「え?」
「非戦闘員なのに、って感じですよね」
「……まあそりゃ驚くよ。なんで戦闘側に来なかったの?」
 基本的にタカに入っているものは自ら希望して入った者だけだ。
 自分が出来ること、自分にしか出来ないこと、そういう行為をするために善意で入ったものばかり。
 そういう団体に入っているにもかかわらず、エフは研究側にいると言う。
「前後が違うんですよ。タカに入った後にOverBrainになったんです」
「けど、今からでも変われるんじゃないか?」
「――今は時間が許さないんです」
 そう言うエフの目は悲しげで、これ以上追求する気にはなれなかった。
 それでもエフは話を続ける。
「本部に着いたら分かると思います」
「りょーかい」
 そう言ってオレ達2人は暗闇の中へ消えていく。
 ――それは、まるで、こんな世界の少し先の話を表わしているようだった。

〜〜別れと誓い〜〜
 アズに別れを告げた後、オレはヘリに乗り込む。
 オレ――――アイストはタカでも群を抜いて体が弱い。もしブレインに襲われれば、逃げることもできずに殺されるだろう。
 もちろん研究員だから、という言い訳も出来るがそれを入れても弱すぎた。
 研究員も実際に現地に行き、敵を見て研究するし襲われることだってある。
 そう言うときの対処法を研究員は学んでいるし、周りには自分を守ってくれる戦闘員だっている。
 それでも、オレには常に危険が付きまとっていた。
 銃は反動がでかすぎてまともに当てることはできない。足は遅く体力も無いので逃げることも出来ない。
 別に一般人よりも運動神経が無いわけではない。タカの個々の性能が高すぎるのだ。
 研究員ならプロのスポーツ選手程度の運動神経はあるし、戦闘員ならなおさらだ。
 ――――それでもここに居られるのは、研究員としての成果がいいからだ。
 敵の動きを見れば大体の攻撃方法は分かるし、どういった生態なのかもすぐに理解できる。
 ただ、その能力を生かせることが出来るのは実際に敵を目で見たときだけだ。
 もちろんアイストと共にする戦闘員には死のリスクも高まる。
 入団して1年たつ頃には、アイストと共に任務に出ようとする者はいなくなった。
 事実、共に任務に出た者で死んでいった者もいた。
 全員、死んだ原因は逃げ遅れたアイストを助けて――――だ。
 タカはアイストを生態調査の任務には出さなくなった。
 その才能はタカにとっても大きな利益となったが大きな損害もあった。ただその損害が利益を上回っていただけだ。
 戦闘員が何人もいるわけではない、むしろ研究員よりも少ない。
 アメリカのアズとアイストがいた支部にも戦闘員は100人程度しかいなかった。

 生態系調査任務。

 4回目の調査。
 戦闘員の死亡。
 だれでも失敗はあると言いきかせる。

 12回目の調査。
 戦闘員の死亡。

 目の前で腹を裂かれる戦闘員。
 その傷からあふれる血、内臓。
 目の前が真っ赤に塗りつぶされる。
 その時、あぁ――――
 もう無理だ。
 オレにはこれからもタカをやり続ける気力はなくなった。
 そんな時だ。
「お前はさ、人を救いたくてここに来たんじゃないの?それは十分に立派なことだろ」
 と、言葉をかけられた。
 その言葉はオレにとっては生きる気力となって、オレにとっての光となった。
 オレはアズにできる限りの情報を与える。アズはその情報をもとにオレを敵から守る。
 アズの戦闘力の高さ。そしてアイストの分析能力はその2人の関係を保ち続けた。
 アズと出会い、1年後。
 アズは戦闘員のリーダーとなり、オレは個人用の研究室を与えられるまでに昇格した。
 その一年間、オレはこれ以上ない充実感を感じていた。
 しかし、そういった時間ほどすぐに終わりを迎える。
 もっと早く会っていれば―――そう思う。
 アズへ日本からの応援依頼が来た。内容は、東京所属のリーダーになってもらいたい、とのことだった。
 断ることも可能だったが
「オレは行くよ」
 アズはそれを断らなかった。
 聞くには今の東京は危険な状態になっているらしい。
 タカは基本的に国内ではそれなりに支部のやり取りがあるが、国同士ではあまり交流はない。
 そんな関係にあるのに『日本』は『アメリカ』に頼った。
 ――正直に言うならオレは日本なんてどうでも良かった。
 あってもなくても同じ。そんな存在だった。
 アズはオレに『人を救うために』なんて言ったが、オレはオレの周りの世界だけを守りたかっただけなんだ。
 ただの小さな島国の本部になんて、オレの『希望』を取られたくはなかった。
 だけどそんなこと、アズに言えるわけがない。
 本当の意味での世界を救うと誓ったあいつに言うことなんてできるわけがない。
 だから、待っていようと思うんだ。
 依頼の期間は、2年半。死ぬまで会えないわけじゃない。
 それまでに、自分は今以上の力をつけよう。アズの力になるために、そしてこのオレの世界を守るために。

〜〜問いを解く〜〜
 コツコツとトンネルの中を響く音に加え、水の音も聞こえた。
「何分くらいで着く?」
「海中道路までで10分くらいの距離ですかね。海中道路は機械式になっているので1分もあれば着きます」
「へえ。やっぱ日本も結構すごいじゃん」
「そうですかね?」
 そう問いかける、エフはさっきまでと打って変わって平淡なしゃべり方だった。
 ――ここに来てから、か。
 途中でオレも気付いていた。
 このトンネルを歩いて数分、そのくらいからエフは変な緊張感を持っていると思う。
 周りを見渡す。
 歩き始めたときにはまだ明かりもあったが、今は真っ暗な状態だ。
 それでも、視ることはできた。
 オレ達の所属しているタカの名前の所以でもある。
 そっとトンネルの壁に手を触れる。
 少し冷たく、湿っている感じがした。
 それから
 ――ヒビ?
 そこには大きなヒビがあった。
 それはヒビと呼ぶにはあまりにも大きすぎて、亀裂と呼ぶほうが正しいように思えた。
 そしてその近く、そこには赤黒くペンキを塗りつけたような。
 ――鉄臭い。
 血の臭いだった。
「なあ、これ」
「ハングアウトに着けばわかります」
 これ以上何も話したくは無いといわんばかりに、エフは答えた。
 ――少し読めてきたな。
 今の日本の状態。そしてハングアウトの状態。
 後は何でオレがここに呼ばれることになったのかも。
 タカというのはこの世界が壊れだしてから真っ先に作られた組織だ。
 誰によって作られたかは不明。どこが初めのタカなのかも不明。
 それは少しずつ、世界中に広がっていった。
 オレにはわからないが、まだタカの無い国もあるのかもしれない。
 基本的にこのオレ達の組織であるタカの目的は、ブレイン感染動物の研究とその対策だ。
 データで分かるだけでも既に10億人以上が被害に遭い、そのほとんどが死んでいる。
 今、この瞬間だって誰かが死んでいるのかもしれない。
 そんな現実が許せなくて、オレはタカに入った。
 まだ入って4年だが1年前にはアメリカのリーダーにもなった。
 そこでいくつかわかったことがあった。
 タカには各支部のリーダーの上に『翼』という団体がある。
 何をしているのかも不明な団体だった。リーダーのオレですら遭ったのは2、3回しかない。
 だから実質的にタカをまとめているのは各支部のリーダーたちだ。
 日本のタカはどうなのかは知らないが、2年以上もアメリカのリーダーであるオレを呼ぶのには大きな理由があるはずだ。
 ……というか、理由は多分分かる。
 ――ここのリーダーに何かあったんだ。
 良くても重傷で動けない状態か、ひどければ死んでいるか。
「おっと、いけないいけない。こんなのオレのキャラじゃないな。気楽に気楽に」
「はあ?」
「いやこっちの話」
 深呼吸。
 嫌な空気に持ってかれるとこだったなあ。
 前を見ると数時間ぶりに、光が見えた。
 もう海に近いのだろうか。
「あと少しで海中道路に着きます。エレベータのような仕組みで1人ずつしか入れないのでアズさんからどうぞ」
 そんな俺の考えを読むかのようにエフは説明する。
「いや危険度から考えたらエフのほうが先に乗ったほうがいいんじゃないか?」
「わたしもOverBrainですよ?心配は無用です」
「そっか。じゃあオレから乗るわな」
「はい」
 そうやって着いた海中道路はオレの想像以上に、未来的だったりする。

〜〜絶望の始まり〜〜
 それは突然だった。
 ヘリの中に不愉快な音が流れる。
 それは規則正しくピ、ピ、ピ、ピ、ピと流れ続けた。
 レーダーを見る。熱を感知し、ある程度の距離と大きさを計算するものだ。
 基本このレーダーは、市民の救助か任務中の敵の探索を目的とされている。今回は後者のものだった。
「大きさは大体人1人分くらいか。高度は2000メートル……」
 今分かる情報から敵を絞っていくが、いまいち把握できない。
 ただ、今分かることは
「ここに向かってきてるな。距離は10キロ、今のスピードならあと10分って所か」
 淡々とつぶやいていくが、アイストの頬には冷たい汗が流れる。
 さっきも言ったが、アイストに戦闘能力なんてものは無い。
 襲われれば、死ぬだけだ。
 震える手で、限界までヘリのプロペラの回転数を下げる。
 ヘリが少しずつ下降していくのを感じられた。
 ――気付くな、気付くな、気付くな、気付くな。
 心の中で何度も願いレーダーを見つめる。
 ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ…………。
 止まった?
 ふぅ――と安堵する。
 それでも、気付かれないようにゆっくりとプロペラの回転数を上げようとする。
 しかし
「故障か?」
 回転数は少しも上がらない。それどころか少しずつ減少し続ける。
 すぐさま思考を切り替え、次の行動を考える。
 正直、先ほどまでの緊張に比べたらヘリの故障なんてそこまでの危険には思えなかった。
 HACの人工衛星による地図を開く。
 ――良かった。丁度近くに島がある。海に着陸した後、そこまで泳ごう。
 少し考えてフッと笑う。
 海に着陸ってのもおかしいけどな。
 なんて、先程の安堵感からかそんなことを気楽に考える。
 着陸する際の衝撃に耐えるため前かがみになり頭を手でおさえる。
 ――グチャ。
 たとえることのできないような、通常の世界では流れることはない音。
 その音のスピーカーとなった部分である下腹部を見つめる。
 そこには、昔、自分を守るために死んでいった仲間たちと同じ光景が広がっていた。
 赤く染まっていく服、死が近づいてくる感覚。そして何より、日本刀のように美しく弧を描いた白くとがったモノが腹からつき出ている。
 思考能力が低下する。何も理解できない。
 気付けば、その白いモノにオレの体は空中へと放り出された。
 その際にヘリの正面にあるフロントガラスはオレの体により割られ、砕け、その破片は体を切り刻む。
 痛い。
 なんで? 
 分からない。ああ――――――――――――死ぬ。
 もともと人間にある『生きたい』という本能は既にギルの頭には無くなっていた。
 そもそも最初の出血が既に致死量に到っている。
 それでも,体に刻み込まれた状況判断という任務では必要不可欠といっていいほどの作業は無意識におこなわれる。
 空中から先程まで自分のいたヘリを見る。
 そこには異様な空間が漂っていた。
 ヘリの後方部分はどうなればこうなるのか――その部分だけ切り取られたように無くなっていた。
 数秒後。 
 落ちることもなくヘリは空中で爆発した。
 爆発した際の煙の中から出てくる敵。
 それを目にしても、アイストにはこれが何なのかは分からなかった。
 この場にもし、アズがいれば気付くだろう。
 ――ミラージュ。
 それを確認したときには、既に目の前。目と鼻の先にそいつはいた。
 その牙にはギルの血が赤くこびりついている。
 ――なぜだ、レーダーには反応しなかったはずだ。
 ギルは今レーダーに反応しなかった理由を目の前で確認した。
 けれども、今のギルには気付かない。
 それも仕方の無いことかもしれない。その理由自体を可能にすることができたミラージュの能力自体イレギュラーだ。
 気付けばミラージュはアイストの目の前まで飛んできて―――目が合う。
 そこには口から血を流し赤い涙を流している自分の顔がうつっていた。
 ただ、今わかることはひとつだけだった。
 ――オレ、死ぬんだな。
「最後の悪あがきくらいはさせてもらうぞ」
 ポケットに入っていたHACを取り出し、ある操作を行う。
 海へと落ちるのを感じながら、オレはゆっくりとHACをしまう。
 もう海まですぐそこだ。
 上空を見ると、既にミラージュは消えていなくなっていた。
 べつに、ミラージュは食べるために人を殺しているわけではない。
 ミラージュには、ミラージュなりの世界があって。それを守るために殺している。
 ――結局は、オレと同じだな。
 フッ、と小さく笑う。
 もう体の感覚は無く、指先すら動かすことはできなかった。
「あーーあ。終わっちまった」
 誰に言うのでもなく、ポツリと呟く。
 アズ。そしてオレの世界。
 本当に、前触れも無く終わった。
 もうここまで来ると、諦めもつくんだなあ。
 そうぼんやりと考えながらも、オレの体は止まることなく落ちていく。
「さよなら」
 体が水面に叩きつけられると同時に、大きく水しぶきが舞う。
 オレの体は海へと沈んでいった。

〜〜アメリカ<日本?〜〜
「ここが日本東京本部。通称『ハングアウト』です」
 オレが着いたときに初めてかけられた言葉がこれだ。
「すごいな」
 オレが着いたときに初めて発した言葉がこれだ。
 ――これ、アメリカより断然すごくないか?
 自分自身に問いかける。
 いや、あまりにもすごすぎてほんとに驚いた。
 そこにはあまりにも大きな液晶や、大量のコンピューター。そして自然のものとは思えない色をした液体の入った大きなカプセルがあった。
 ここに来る前にとりあえず応急手当てとして包帯を肩に巻いておいたが、結局は応急処置でしかない。
 あとで治療室の場所でもエフに聞いておこうと、オレは考える。
「あれ何に使うんだ?」
 早速聞いてみるがエフには聞こえなかったのか近くにいる警備員と話していた。
 おそらくハングアウトに入るための手続きを行っているのだろう。
 オレたちの所属しているタカの一番の敵は脳暴走型非認症に感染した動物、通称ブレインだ。
 この脳暴走型非認症という病気は太陽が消えて数年後に蔓延した病気だ。
 被害は合計で40億にも及び、人間以外も入れると数え切れない数になるだろう。
 当時はこの病気を感染症だと思っていた。
 しかしそれは違った。結局それがわかるようになったのは、数年後の2078年のことになる。
 原因は擬似太陽計画によって生まれた薄暗い太陽である。
 それは大量の放射能を発し、それが動物へ大きな影響を与えた。
 それが脳暴走型非認症だ。
 致死率は98%しかしなぜか、それは人間の場合のみで、それ以外の動物の場合は0%だった。
 人間以外の動物が感染した場合、数ヶ月頭痛や発熱といった症状の過程の後に脳を破壊する。
 結果、ブレインという化け物になる。
 ある生物は巨大化し、ある生物は羽が生え、ある生物は火を吐く。
 そしてどの生物にも共通して見られる症状がひとつだけある。
 ――人を殺す。
 まあそのために『タカ』という機関が生まれたんだけどね。
 気楽な口調で、暗い話題に向けてオレは思考を集中させる。
 だから基本的に敵なのは動物であるブレインだ。
 基本的には。
 本当にごく一部の話だが、ブレインを殺すことを批判する人間達もいる。
 ――そりゃ、愛犬が目の前で得体の知れないものになって襲い掛かってきたら混乱するかもしれないけどさ。
 そう言う人間達はブレインを殺すことが仕事であるタカを敵視する。
 仕事を邪魔するだけならまだいいのだが、ひどいときにはタカの施設にブレインをわざと入れる連中もいる。
 そういった連中を取り締まるためのものなのだろう。
「お待たせしました。今から施設の説明をしたいんですが……大丈夫ですか?」
 疲れてないか?エフはそう言いたいんだろう。オレは答える。
「オッケーー。別に大丈夫」
「了解しました。ではこちらに来てください」
 そうしてこの馬鹿でかいドームのような研究所を通り抜け、数分の間廊下を歩き続ける。
 その時に何人かタカのメンバーにすれ違った。
 4、5人程度だけだったが、疑問に思うことがあった。
 ――眼。
 すれ違う人間誰もがオレを見るときの目が普通じゃなかった。
 簡単に言うと、敵視されている。
 普通、人が見たことの無い人間を見る時の目は無関心だ。
『嫌いでも好きでも無いってのは、無関心って言うんだ』
 どこかで聞いたことだ。
「なあここには戦闘員って何人いるんだ?」
「54人ですね」
 エフは即答する。
 ――そりゃそうだろうな。戦闘員ってのは人数が少ないからね。研究員にとっても大切な人員だろうから。
「そっか。結構多いんだな〜〜」
「アメリカではどうだったんですか?」
「だいたい70人くらいだったかな」
「………」
 ――少ないって言いたいんだろうな〜。
 アメリカの支部なら基本500人くらいは、いるだろうから。
 いろいろ理由はある。
 アイリスのことだってあるし、なによりあの事件のせいだ。
「ごめん。あまり言いたくない事だから」
 聞かれる前に口止めしておく。
 言いたくないというよりか、言った後にそのときのことを思い出して怒りがこみ上げてきそうだったから。
 正直、今だって少し怒りがこみ上げてきてる。
 胸の奥からくすぶるような炎。押さえつけないと一瞬で爆発しそうだった。
 ――赦さない。
「――――――」
「――――?」
「アズさん!!アズさん!!!」
 大きく肩を揺さぶられる衝撃に我を戻した。
「ごめん、ごめん。少し考え事してた」
 そういって笑うが、エフは少し釈然としない顔だった。
「それなら良いんですが……」
「あ。あれがそう?」
 なんだか詮索されそうだったので、無理やり話を変えるためにそう言って向こうにある扉を指差す。
「はい。第二研究所です。先ほど通った所が第一研究所となっています」
「なんで2つも?」
「第一が生態研究で、第二が戦闘とか武器とかの研究になってるんです。ブレインを生きたまま保護するのも大きな施設が必要となるので分けているんです」
「へーー。ってことはさっきのカプセルみたいなのってブレインを閉じ込めるためのものなの?」
「はい。あの液体には睡眠作用などブレインが抵抗できないようにするための物質を混ぜているんです」
「……なんて言うか。アメリカより発達してるね」
「そうなんですか?」
 エフは驚いたような、うれしそうな顔をして問いかけた。
 ――ハングアウトが好きなんだなあ。じゃなきゃこんなには喜べないって。
 まだ来たばかりの自分にとっては共感できない部分ではあったが、いつかこうなりたいと思う自分がいた。
「ここで少し待っていてください」
 第二研究所に入るとすぐにエフはそう言って近くにある機械に手を伸ばした。
 それは子供の背丈くらいの大きさで、キーボードや液晶もついていた。
 そのキーボードをカタカタとエフは叩く。
「目の前の部屋に入ってください」
 聞こえた直後、目の前の扉が開く。
 その中は何も無く正方形の白い部屋だった。
「ホワイトキューブみたいだなあ」
 思ったことを口にしてみる。
 ホワイトキューブとは、現代美術の美術館にある真っ白な部屋のことだ。
 作品のほかのものが感情に干渉させないように作った何も無い部屋。
 そんな部屋で寝たらどんなんだろうなぁって昔考えたことがある。
「いや、今寝るわけにもいかないんだけどね」
 そんな馬鹿なことを言っていると突然部屋の照明が消えた。
 と、同時に目の前に立体のホログラムが現れる。
「なんだ、これ?」
 ゆっくりと近づいて見てみると、それは地図だった。
 見た感じ多分ハングアウトの。
『お察しの通り、ハングアウトの地図です』
 どこについているのか、部屋にあるスピーカーからエフの声が聞こえた。
『もともとは戦闘のシミュレーションを行うための装置なのですが、このような使い方も出来るんです』
 くるくると目の前の立体の地図は回る。
『ではとりあえず重要な施設から説明します』
 マイク越しに聞こえるキーボードの音と同時に、目の前のそれは一気にズームし建物の中の部分を示した。
『まずは地下一階から説明させていただきます』
 さらにある程度までズームするとそれは止まった。
 見えるのは廊下と、一定の間隔である扉だけだ。
『この階はほとんどがプライベートルームとなっており、一般市民もここで生活をしています』
「じゃあオレもここで生活するのか?」
『はい。アズさんの部屋はここになります』
 マイクも設置されているのか、アズの問いかけにエフが答えるとさらに地図は移動し、ひとつの部屋を表わした。
『では地下二階の説明に入ります』
「オッケーー」
 この時は簡単な説明だけで終わるんだろうと楽観してたんだけど、このハングアウトという建物は予想以上に大きく説明に30分以上もかかった。
 ………………あれ、アメリカより上なんじゃないかなあ。

〜〜英雄〜〜
「なあ、戦死者の墓に連れてってくんない?」
「墓……ですか?一番下の階にありますが」
 一通りの説明が終わった後、オレはエフにそう言った。
 理由は簡単でただ単に墓参りがしたかったから。
 あとひとつ。というかこっちの理由のほうが強いが、このハングアウトのリーダーが死んだかどうか確かめるため。
 エフにたずねても答えは返ってきそうにないし。
「近くにあるエレベーターから行くことが出来ますが……」
「りょーかい。ちょっと行ってくるわ」
 やっぱりエフは来ようとはしなかった。
 ――やっぱ、死んだのかな。
 少しだけ予想から確信へと変わる。
 仕方なく1人で部屋から出た。
 部屋を出てすぐ右を見るとエレベーターがあった。
 水圧を利用した電気をほとんど必要としないものだ。
「ここには驚かされることばかりだなあ」
 アメリカではこんな代物はなく、そもそもエレベーター自体存在しなかった。
 擬似太陽計画以降、アメリカは戦闘に関しての技術に特化して研究してきた。
 つまりはアメリカは、戦闘に関しては日本よりも上だろうがそれ以外は別だ。
 日本は生態研究に重点を置いて研究している。
 脳暴走型非認症の病原体を見つけたのも、日本だ。
 ――だけど、これじゃあな。
 HACを取り出して一部の情報を見つめながら、思う。
 それは日本の安全状況に関する情報で、戦闘員の死亡率や一般市民の死亡率をデータ化したものだ。
 戦闘員の死亡率――43%
 一般市民の死亡率――12%
 一年間に死ぬ確立を今までのデータから計算し、今年の確立を調べる。
 ――高すぎる。
 アメリカだったらどちらも5%程度のはずだ。
「43パーセントって」
 フッと笑う。あまりもの高さに笑えた。
「今から半年で5パーセントにしてやろーじゃんか」
 誰に言うとでもなく、1人つぶやく。
 夢とか、妄言とかそう言うものではなくその言葉は自信に満ちていた。
正義ジャスティス
 オレの呼び名だ。
 それを呼ぶ者はみんな希望に満ち溢れた顔をしている。
 なぜか?
 決まってる。
 アズ。その彼の生き方が彼の周りにいるものに希望を与えるからだ。

「キレーだな」
 エレベーターの外側はガラス張りとなっていて、外の海の景色が一面に広がっていた。
 太陽はもちろん薄暗く海に差し込む光は綺麗とは言えなかったが、それでも2037年から汚染の止まったこの海は美しく感じられた。
 既に魚のほとんどは脳暴走型非認症のせいで死んでしまい、見ることができなくなった。まともなのは放射線の届かない深海の魚のみだ。
 ――こんな世界になって美しいなんて感じたのは久しぶりだなあ。
 エレベーターはゆっくりと沈んでいく。
 スイッチのさす先はB7。一番下のフロアだ。
 エフからの説明では2階までのほとんどが生活スペースとなっており、それよりも下の階が研究室となっているらしい。
 そしてB7。この階は唯一重要性の無い階と言ってもいい。
 ――まあ、重要性だけが全てなはずが無いしな。
 まだ見たわけではないが、この階は縦横30メートルの正方形に切り抜かれた空間となっているらしい。
 そこまで大きな空間となっているにもかかわらず、既に半分以上が墓で独占されているらしく新しいフロアの増築も計画されているらしい。
 エレベーターのランプはB5の部分でオレンジ色に光っている。
 水圧を利用するためそこまでスピードが出ないのが、このエレベーターの難点だった。
 ――別にスピードを求めてるわけでもないんだけどな。
 自分で難点だなんて言ったが、オレはゆっくりと過ぎる時間を感じるのが好きだ。
 特にこういう景色を見ながらなんてのはいつまででも飽きない気がする。
 光はB6を指す。
 それに比例するかのように日光も少しずつ暗くなり、もうほとんど真っ暗な状態だ。
「着いたか」
 エレベーターは何の前触れも無く急に止まり、ドアが開いた。
 水圧のせいか耳が少し痛い。
「フッ」
 鼻の穴をふさいだ状態で、一瞬息を吐こうとする。いわゆるノッキングというものだ。
 思ったよりも気圧の差が大きかったらしく、空気の出る音が聞き取れるくらいに大きく鳴った。
「今日は驚くことばかりだなあ」
 そのフロアはどういう技術を使っているのか一面に草が茂り、草原となっていた。
 それは、今となってはなかなか見ることのできない本物の植物だった。
 そして数メートルの間隔で正方形の腰ぐらいまでの高さの石が置いてある。
 一歩足を前に出す。
 久しぶりに見る植物を踏むのは少し気が引けた。
 気のせいだろうが、その瞬間風が吹いたようにも感じた。
 ゆっくりと歩いていく。
 ここに来て何をしようとかどうしようとかは考えていなかったけど、とりあえず前に見えるほかの石よりもひとまわり大きい石のところへ行こうと思う。
 歩く途中に見えた石には、汚れ一つない真っ白な部分に文字が掘られていた。
 良く見てみるとどうやらキリスト教か何かをもとにした墓なのか、綺麗な筆記体で日付と名前が書かれている。
「here is a resting placeか」
 ――死は人を燃えるように生きるための最も重要な糧だ。
『だから、死のために、生きる』
 アメリカでの仲間に言われた言葉だ。
 その言葉を言った時、そいつは真剣な目をしていた。
 オレの生き方とは全く反対の方向を向いていたから賛成もできなかったけど、その目を見ると何も言えなかった。
 ――けど、なんだかなあ。
 ――死ぬために生きるなんて辛すぎない?
 人の人生にあれこれ言うつもりはないから、それはどうしようとそいつの勝手だ。
 けど。
 それでも。
 それでも、オレはオレのやり方でいく。
「死にたい」なんて言うやつも助ける。
「死のために生きる」なんて言うやつも助ける。
 それがオレのやり方だ。
 ……なんて誓ってみるけど。
「柄じゃないなあ」
 こういうのをアイリスに言うと、「お前らしい」っていうけどさあ。
「やっぱ、柄じゃないよなあ」
 不意に風が吹いた。
 建物の中だから自然的なものじゃなく、空調機の起こす風だ。
 でも、この草原という空間では少し気持ち良く感じられた。
「ここか」
 一番大きな石に近づいてつぶやく。
 それを見た瞬間に確信した。
「ここのリーダー、死んだんだな」
 掘られている文字は全部で2行。
『3/12』
『Messiah』
 それはオレと同じ称号持ちの人間だった。
「救世主、か」
 ほんの少し聞いたことがある程度だが知っていた。
 オレよりも先に称号を手に入れたタカの戦闘員だ。
 ――聞いた時にはまだリーダーではなく、メンバーなだけだったと思うけど。
「今が4月22日だから……一ヶ月前くらいか」
 HACを見ながら確かめる。
 石の上には白い花が置かれてあった。
 それはまだしおれてはいなく、ついさっき置かれたような感じだった。
「救世主」
 自分と同じ称号持ちが殉職したのには少し、思うところがあった。
「守る側が死ぬ、なんてな」
 称号を手に入れるにはいくつか方法がある。
 大量の命を救う。重要な任務を果たす。素晴らしい功績を成す。といろいろあるが、タカの上部である『翼』が称号を渡すべきだと判断すると、称号持ちとなれる。
 基本的に称号持ちとなれば危険な任務を受けなければならなかったりと、デメリットの方が多いがタカのリーダーになりやすかったり、給料が高かったり機密の情報などを閲覧することができる。
「まあ危険だらけだけどな」
 それでも称号持ちの中に、文句を言うものはいない。
 理由は簡単で、称号は簡単な努力では手に入らない。
 手に入れるほどの努力をするものは人のために、タカのために、働いている人間ばかりだからだ。
 ――この救世主だってその人間の1人であったはずなんだ。
 自分だってその1人だ。
 救世主がなんのために働いていたのかは知らないけど。
 きっと命を救うために生きていたはずだ。
 称号名である『救世主』からしてもそうだと思う。
 ――『破壊者』とか『暗殺者』みたいなやつらとは違うだろうし。
 だとすると、やっぱりそう言う人間が死ぬってのは
「辛いなあ」
 軽く、そう言う人間を殺す世界を恨みたくなる。
「これからはオレが引っ張っていくよ」
 つぶやく。
 これは誓いだ。
 自信はないけど、確信はないけど。
「絶対に、お前の作った世界は壊させない」

〜〜様々な交差〜〜
 2回目のエレベーターから見る風景は 、光が逆に射し込むような形で幻想的でいつまでも見ていたいものだった。
 特性的に下降するのは遅く、上昇するのは速いのか、上にあがるのは降りた時よりも半分の時間しかかからなかった。
「エントランスは……1階だったよな?」
 ついさっきアイリスに説明された記憶を手繰りよせながら、オレはエレベーターから出る。
 墓から出ようとした時、HACにメールが来ていた。
 HACは電波塔と呼ばれるような携帯電話の通信に必要な建物をブレインに壊され、その応急処置として作られた端末だ。
 疑似太陽計画以降、早くからあったものだが応急処置と呼ぶには性能が良く、改良が続けられ使われている。
「自己紹介ねえ」
 エフから来たメールは簡単簡潔な内容で『自己紹介して欲しいので、エントランスに来てください』だった。
 正直ため息が出る。
 ――ここに着いた時から気付いてたんだけど、絶対オレって歓迎されてないよね?
 ほとんどのオレを見る目は敵視に近いものだった。
 ――だいたいが戦闘員だったから多分、救世主の死が理由だと思うんだけど……
「嫌だなあ」
 サボりたくなる。
 ……まあ、そういうわけにもいかないから行くんだけどさ。
 エレベーターから先は一本道で、そこを抜けるとすぐにエントランスがあった。
「もう少し待っていただけますか?まだ全員集まってなくて……」
「別に良いけど。全員って研究員も?」
「いや、戦闘員全員って意味です」
「そっか」
 エントランスにはもうエフがいて、オレを見つけるとすぐに話しかけて来た。
 エントランスはとても広く円状の形をしていた。
「50メートル走できるな、これ」
「そうですね」
 表現が面白かったのかエフはクスクスと笑った。
「エフは能力なんなの?」
「能力?」
「ほらOverBrainなんだろ?」
「ああ、キリングライフのことですか」
「キリングライフ?」
 ――聞いたこと無い言葉だな。
「アズさんの言う『能力』のことですよ。日本ではこう呼ばれてるんです」
「救世主にキリングライフか。日本は希望ってのが好きなんだな」
「まあ、こんな世界ですからね」
 エフは苦笑しながら答える。
「で?エフはなに?」
「実はわかってないんです。脳波を検査した限りではもうキリングライフを発動できてもいいんですけどね」
 申し訳なさそうにエフは答えた。
 ――表情豊かなやつだなあ。
 喋り方的に生真面目なのかと思ったら、笑ったりと結構見た目と同じように幼い感じがする。
「アズさんは空間破壊フェイトブレイクでしたね」
「そう。なんでも壊せる空間破壊フェイトブレイク
「もう防御力なんて関係ないですね」
「良く知ってんじゃん。オレについての書類とか貰った?」
「はい。アメリカから送られてきたので、一通り目を通しておきました」
「優秀だねえ」
「いえそんな。っと、そろそろ集まったのでよろしくお願いします」
 気付けばエントランスには50人程度がオレたちのまわりに集まっていた。
 ――やっぱりこうなるわな。
 そこにあったのは見渡す限り敵視、敵視、敵視。
 逆にそれ以外の感情で見る人間を探す方が難しいくらいだ。
 エフを見ると困ったような顔で笑っていた。
 ──愛想笑いってやつ?
 オレ自身はハーフで完全な日本人でもないし、アメリカにずっといたのでそういう表情を見たことがなかった。
 ――変な顔。
「はあ」
 笑ってられる状況でもなく、オレはため息をついた。
 ――ん?彼女……
 1人隅っこで座っている女の子に目を向ける。
 可愛いからとかそう言うわけじゃなくて……いや実際可愛いんだけど、それが理由じゃ無い。
 彼女だけがオレに対して、憎しみとか怒りなんかの感情をもって見ていない。
 というか、興味が無いと言わんばかりに無視だった。
 完全にうつむいちゃってるし。
 それになんだか、彼女もオレと同じ目を向けられていた。
 近くにいた、脱色したのだろうか白っぽい髪の男が彼女の近くへと歩いていく。
 ――あ、蹴った。
 彼女の肩にかかるくらいの赤い髪が揺れる。
 男性は気付かなかったかのように、そのまま歩いていく。
「…………」
 キレそうだなあ。
 頭に血が登っていくのを感じる。
 その男は今更気付いたかのように、彼女を見た。
 その目はまるで、汚れたものを見るような目で。
 ――――――――ブチ。
 頭の奥からそんな音が聞こえた。
 考える前に体が動いた。
「何、やってんの?」
「――――!?」
 手を捻り、軽く持ち上げる。
 それだけでそいつは声にもならない悲鳴をあげた。
「何、やってんの?」
 さっきと全く同じことを聞く。
「え……あ……」
「蹴ったよね?」
「え……え……?」
「謝ろっか」
 そう言って、無理やりそいつを彼女の前に連れて行く。
 彼女はそんな騒動が起きているにもかかわらず、うつむいたままだった。
「ふざけんなよ!」
 我に返ったのか、手をふりほどきそいつは叫んだ。
「ふざけんなよ!蹴ったよ!?それが当然だからなあ!何もわかってない新入りが口出ししてんじゃねえよ!!」
「何?」
 確かに言い方によっちゃあ新入りだけど……彼の言葉は怒りしかない今の感情にさらに油を注ぐような形にしかならなかった。
「ふざけんなよ?」
「やめてください!」
 争いに気付いたのか、エフが割って入る。
「なにやってるんですか!?そんなことやるためにここにいるんじゃないでしょう!?」
「……ッチ」
 そいつは背を向けると一度も振り返らずに歩いて行った。
「アズさん。こういうことはこれから先は起こさないでください」
「……悪かった」
 本当はあいつとはもう一度話し合うつもりだったが、エフのその真剣な目には、否定することはできなかった。
「自己紹介、お願いします」
 言い方はお願いでも、それは命令のように感じた。
 あらためて、全員の前へ立つ。
「アメリカのリーダーだったアズだ。称号は『正義ジャスティス』。今回、任務でここのリーダーになることになった。よろしく」
 自分の称号を言うのはあまり好きなことじゃないが、脅しを含めた意味で言っておくことにした。
 効果はあったようで、メンバーはざわついている。彼らの感情の半分は怒りで半分は戸惑いだ。
 ついでに言うと、感情にまかせて自分の称号を言ったオレ自身も自分に対して怒りもあった。
正義ジャスティスって、あれか?救世主と同じような」
「称号持ちってやつだよ」
「しかもリーダーになるって……ふざけんな」
「俺たちのリーダーは救世主だ」
 小さく囁くような声は少しずつ、ざわつきへと変わっていく。
「何か質問ある?」
 それを突き破るようにオレは問いかける。
 それだけで、ざわめきはピタリと止まった。
「じゃ、オレはこれで」
 端的にそれだけ言うと、オレはエレベーターの方へと歩き出す。
 それは怒りに身を任せただけの、後を考えない行為だった。
 このメンバーとはこれから先、一緒に協力しなければならない。
 こいつらがどうなってもいい。
 2つの感情が渦巻く。
 ――さっきのあいつと一緒じゃないか。
 とりあえず今は、全部無視して寝る事にした。
『ふて腐れて寝るなんて。子供か、おまえは』
 アイリスの言葉を思い出す。
 つまるところ、ここに来て早々のホームシックだった。

 傷を放っておくわけにもいかないので、部屋に帰る途中に治療室に寄っておいた。
 HACにハングアウトのマップデータがダウンロードされていたので、すぐに場所はわかった。
「あれ、君新人?」
 部屋に入ってそうそうに、中にいた看護婦にそう問いかけられた。
 ちょうど食事時間のためか、彼女の机の上には弁当が広げられている。
「新しくここのリーダーになったんだ」
『新人』という言葉が嫌なことを思い出し、オレはそう言い放った。
「ってことはあれね……えーと、アズくん!」
 ニッコニコな顔で指差されてしまった。
 正直、対処に困る。
「あ……えーと」
「いいのいいの、エフくんから全部聞いてるから。肩、怪我してるんだって?」
 肩を優しく触りながら話しかける彼女に少し戸惑う。
「え……ああ…………まあ」
「とりあえずここに寝てくれる?」
 ポンポンと彼女は2つあるベッドの1つを叩く。
 それに従うようにオレはベッドに腰掛けるが、
 そこで見えた。
「ん?これって……」
 それは彼女の座っていたところの机にあるHACで、
 あ、ちなみにHACは男と女でロゴが違うんだ。
 男性のHACは裏に今にも飛びかかりそうなタカが、女性のHACには翼で自分を抱え込んでいるようなタカが描かれている。
 ……んだけど。
 オレはワナワナと震える。
「お前、男じゃねーーか!!」
 叫んだ。
 ありったけの声で言った後、机の上にあるHACを叩きつける。
 腹が立つことにHACは少し跳ねるだけで、壊れることはなかった。
「あらあら、元気ねえ」
 手を口にあてて、野郎は微笑む。
「ふざけんなよ!?なんだよその訳わかんない嘘。どう見ても女だろーが!」
「そんなこと言われてもねえ。男の子に生まれたんだからしょうがないじゃない」
 パニックになりすぎて訳のわからないことを言うオレに、野郎は返す。
 もっともだ、もっともな言葉だけど……
「うわーーなんだそれーー。普通に綺麗な看護婦だと思ったのにーー」
 オレ、ベッドへダイブし、転がりまわる。
「あら、下心満載ねえ。あと私のことを野郎呼ばわりは止めてくれない?」
 ホホオと笑う野郎の笑い声が癪に触る。
「え……なに?オカマとかそういうやつなの?てかなんで、心の声まで読んでんだよーー!」
 ムクリと顔だけ持ち上げて野郎を見る。
「オカマ?そんなんじゃないわよ。体は男の子だけど、心は女の子なのよーー」
「訳わかんねえ!!」
 オレ、再び顔を枕に埋め込んで叫ぶ。
 とりあえず、彼女(もうあきらめた)は女の子らしい。
「はあ……じゃあ治療してくれる?」
 心身共に疲れたオレは、ベッドにうつぶせに寝る。
「あら、ひどい傷ねえ」
 服を背中まで下ろし、彼女は顔をしかめた。
「そうなの?自分の背中は見えないからどうなってんのか、わかんねえんだ」
「見えないからって……ああ、そうね。あなたは」
 彼女が何を言おうとしているのかわかった。
 オレの書類の中にあったんだと思う。
「うん。無痛病だから」
「そう……じゃあ痛みは一切ないのね」
 そう言いながら、彼女は傷をポンポンと叩く。
「痛みが無いと分かった瞬間に傷に触るのはやめてくれ」
 彼女の手を払う。
「無痛病って言っても、感触とかはあるんだ。自分にとって害なものだけ排除してるっぽい」
「OverBrainになる際に?」
「ああ、それまでは痛みも感じたんだけどな。まるで戦闘マシーンだ」
 はははと笑う。それはとても乾いた笑みだ。
 痛みも無く、OverBrainの能力としての最大のデメリットですら自分には関係が無い。
 これを戦闘マシーンと呼ぶ以外に何がある?
「それはちがうんじゃないの?」
「えっ?」
 予想していた状況とは違い、彼女はさも当たり前だと言う様にオレに問いかける。
「そう……かな?」
「ええ。あなたはこんなにも人間らしいじゃない」
 彼女の手がオレの頬に触れる。
 ひんやりと冷たかった。
「って!!」
「なに?」
「お前、男だろーーが!!」
 パシンと手を払い、再びベッドにダイブ。
「うわーーーー。嫌だーーーー。冷静に考えたら、今の野郎と野郎が変態プレイしてるだけじゃんかーーー!!」
 オレ、転がりまわる。
 隣でホホホと笑っている野郎を今すぐにしばきたかった。

「これでよしっと」
 彼女は綺麗に包帯を巻かれたオレの肩をポンポンと叩いた。
「サンキューー。どれくらいでこれって治る?」
「そうねえ、大体1ヶ月ってとこかしら。……というか、あなたにとっては治るも治らないも関係ないんじゃないの?」
「いや、やっぱ重傷になるにつれて体が動かなくなるんだ。動かなくなるっていうか、脳からの命令を完全に遮断してるって感じ」
「死のレベルに達しそうになるとなるんでしょうね。OverBrainの副作用は?」
「痛みはもちろん無いけど、使いすぎると視界が狭まったりするかなぁ」
「そう」
 彼女は近くにある紙に何かをサラサラと書きながらうなずいた。
「また精密な検査をしましょう。いつが暇かしら?」
 そう言ってカレンダーを見る彼女を無視して、オレは脱ぎ捨ててあった服を着る。
「ねえちょっと、聞いてる?」
「うん、聞いてるよ?だけどその検査は必要無いんだ」
 オレはドアのノブに手をかける。
「検査はアメリカでしたことがある」
 告白じみたようにオレは彼女を見つめる。
 ――みんな、心配がるから言いたくはないんだけどなぁ。
「オレの脳ってのは、もういつ死んでもおかしくないらしいんだ」
 彼女が絶句する。
 何かを言い出す前にオレは部屋を出る。
 ドアが閉まりきる前にもうひとつ言っておく。
「これ、みんなには秘密ね」

「疲れた」
 事前に聞いておいた自分の部屋へと入り、そのままベッドへダイブする。
 称号持ちの特権なのか、部屋は異常に大きくベッドは無駄に機能のいいスプリング式だった。
「うおお」
 飛び込むように乗ったせいか、ベッドはグワングワンと揺れた。
 部屋の小さな窓からはほとんど明かりは差し込んでいない。時計を見ると17時だった。
 今の太陽は日が弱いためか夜はすぐに暗くなるし、朝は明るくなるのが遅かった。
 ボーっと、何も考えずに窓を見つめる。
 明かりが暗くなるのを見ているといつの間にかオレは眠りに落ちていた。
「んっと」
 ふと意識がもどった。
 辺りはもう真っ暗で外からも物音は聞こえない。
 静寂した空間だった。
 HACに電源をいれる。
 待ち受け画面の時計は2:56。ついでにメールが数件来ていた。
 その中の1つには、アイリスからのもあった。
「あーーヤバ。アイリスからじゃん」
 ――あいつ、時間に厳しいからなあ。
 長い間寝ていたので、もう眠気は一切無かった。
「うっわ。汗がヤバい」
 体は汗でベトベトで、服も砂埃がすごかった。
 ベッドから飛び上がるように腰を上げる。
 スプリング式なのもあって、ビックリするほど体が浮かんだ。
 2つしか無いドアの、廊下に通じている方とは違うドアを開ける。
 いろいろとしたい事はあったが、汗の不快感が我慢できなかった。
 ドアを開けた先には、ガラス製のドアと今開けた物と同じデザインのドアが1つずつあった。
「ん?」
 多分ガラス製のとは違う方が、風呂につながるんだろうけどガラスを挟んで見えた景色に興味がわいた。
 そこには何も無い、海中をくりぬいたような空間があった。
「ベランダ?綺麗だなあ」
 床も天井もガラス製で、どこを見ても海の景色が見れるようになっていた。
 あとある物いえば、手すりくらいか。
「設計ミスじゃね?」
 どう考えても、手すりが必要な部分では無かった。
 ――ここ、称号持ち専用の部屋だろ?そんなやつに手すりって必要か?
 考えたら、負けってやつなのかもしれない。
 ここに来たついでにメールを返しておこうと、HACからメール機能を起動する。
 受信メールは2件だった。
 1つはアメリカ側のタカからで、もう1つはアイリスからだ。
 どっちも任務についてなのだろうと予想していたが、どちらも外れた。
「画像だけ?」
 アイリスのメールにはカメラで撮った写真のデータだけだった。
 ――文章も何もなしか。
 アイリスらしくなく少し違和感を覚えつつ、オレはデータのダウンロードを始める。
 10%
 24%
 58%
 98%
 ――――――100%
 HACはダウンロードしたデータの展開を始める。
「…………ミラージュ?」
 そこに写っていたのは、通常のものとは比較にならないくらい大きなミラージュだった。
 それには嫌というほど見覚えがあった。
 その写真は今にも喰いついて来そうな大きな牙が見え、その後ろではヘリコプターが爆発している。
 まるで、戦争だった。
「え……?」
 考えようとしなくても、思考は勝手に進む。
 撮影者は?この後どうなった?このミラージュは?いつの写真だ?
『全部わかっているはずだ』
 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。
『この写真を撮ったやつがどうなったかなんて、分かってるだろう?』
 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 その声から逃げるように、オレは次にメールへと画面を変える。
 だけどその行為には意味も無く、さらに追い討ちをかけた。
「嘘……だろ…………?」
 内容はアイリスが殉職したという通知だった。
「お前が……死ぬなんてありえない」
 混乱。そんな言葉では表現できないくらい、思考は乱れていた。
「なんで……だよ。オレが戻ってくるまで待ってるんじゃなかったのかよ」
 次に来るのは怒りで。
「待ってるって、言ったじゃんか」
 最後に来たのは、悲しみだった。
「うっ、うああ、うあああああ」
 目から流れ出る温かい雫は止まる事を知らず、流れ続けた。
「アイ……リス。あいりす」
 舌もまわらなくなり、オレはただ泣くだけだった。
「なん……で。なんで……だよお!」
 何に問いかけてるのさえ分からず、何を問いかけてるのさえ分からなかった。
「うあああああああああああああああああああああ!!!!」

〜〜波乱万丈〜〜
 辛い、暗い、黒い、紅い。
 見えない、視えない、観えない、ミエナイ。
 ふと気付くと、オレはそこにいた。
 何かを触っている感覚も無く、というかもう五感全て働いていないような感覚。
 この感覚は、知ってる。
 だけど自分のこととは思えなかった。
 むしろ完全に他人の。他人事のように思える。
 ──イタイ。クライ。
 自分とは違う感情が流れ込んでくる。
 ──タスケテ。
 気持ちが悪い。吐き気がした。
 そんな状況なのに
「助けてやる」
 無意識の内に口がうごいていた。
 ──タスケテ、タスケテ、タスケテ。
「どこにいるんだ!」
 叫ぶ。
 すぐに返事は返ってきた。
 ──ココ。
 今まで見えなかった目は、いや暗闇が見えていたのかもしれない。
「けど、あれ?オレの目は……」
 とにかく、目の前に赤く光るものがあった。
 それに向かって走ろうとした瞬間だ。
 世界が一気に消えようとした。
 言葉では説明できない状況だが、後ろにあった暗闇が音を立てて壊れ始めたんだ。
「クソッ!」
 判断。とりあえず、あの光に走る。
 距離感がつかめなかったのでどこまで走ればいいのか分からなかったが、思ったよりもすぐに着いた。
 少なくとも、今も壊れている後ろより早くにたどり着くことはできた。
「お前はだれなんだ?」
 ──ダレ?
「オレはアズ!お前は!?」
 ──オレハ、オレハ……アアアア!!
「え?」
 オレの足元は一瞬で消えた。
 落ちながら、けれどなぜかオレは落ち着いていて。
 赤い光を見ていた。
 意識を失う瞬間、オレはその光に何かを見た。
 あれは────人?

「アズさん!アズさん!」
 自分の名前を呼ぶ声にオレは目を覚ます。
「おはよ」
「おはようございます」
 そこにいたのはエフだった。
「何?何か今日用事でもある?」
 意識したわけではないが、妙に突き放した言い方になってしまった。
 寝たままというのもあれなので、体を起こそうとしたが
「うわっ!」
「大丈夫ですか!?」
 体は鉛のように重く、動かすことさえ困難だった。
「なあ、オレ最初からここで寝てた?」
「はい。お酒でも飲んだんですか?臭いですよ?」
「多分飲んでたっぽい」
「?」
 エフは頭にハテナマークを浮かべるけど、それ以上の説明はできなかった。
 ──だって覚えてねーんだもん。
 横を見ると机の上にはいくつかの酒瓶が転がっていた。
 しかも全部ウォッカ。
 どんだけ飲んだんだ、オレ。
「あーー体重い」
「体には気をつけてくださいね。水、いります?」
「お願い」
 エフはこくりとうなずくとキッチンの方へと向かった。
「夢、だった」
 思い返すが、夢のようには思えなかった。まるで現実だ。
 現実離れした現実だった。
 そこで気付く。
「握りっぱなしだったのか」
 右手にはHACが握り締められていた。
 画面は昨日の夜と変わらず受信メール画面だ。
「お前、死んだんだな」
 改めて実感が湧いた。
 ──あ、ダメだ。泣きそう。
 目が熱くなる。湿気てくるのが分かった。
「あーーー弱いなあ、オレ」
「何言ってるんですか。強いですよ」
「そうじゃねーーんだよなあ」
 どうぞ、とエフは汲んできた水を俺に渡す。
「で、どうしたの?今日は」
「いや、本当なら任務をお願いしたかったのですが……この様子じゃ無理みたいですね」
「ちょっと待って」
 そう言って出て行こうとするエフを呼び止める。
「行くよ、任務。行かせてくれ」
「けど、その体調じゃキリングライフも使えないんじゃ……」
「大丈夫」
「でも」
「大丈夫」
「……わかりました。とりあえず、任務の内容を送っておくので確認してください」
 呆れたようにエフは言うと、HACをいじり始めた。
 オレもHACを確認する。
 内容は、キラー殲滅作戦というものだった。
「キラーか」
「はい。危険ですよ?」
 それでも行きますか?そんな内容を含んだ言い方だった。
「どうすればいい?」
「10分後にヘリポートへ行ってください。手配しておきます」
「サンキュー」
「仲間はどうしますか?今回はほとんどの戦闘員がこの任務に駆り出されることになってるんですけど……」
「いや、オレ1人でいいわ」
 1人で戦いたい気分だった。
 本当のことを言うと、アイリスのことを今は忘れたかったんだ。
 誰にも邪魔されず、忘れれるくらい戦闘に集中したかった。
「了解しました」
 今度こそ、エフは部屋を出て行く。
 5分後、オレはヘリポートに到着した。

「さてと」
 持ってきた武器をヘリの中で広げる。
 準備する時間もなかったし、必要もなかったからとりあえず持てるだけ持ってきた。
「これと、これと……あとはこれくらいか」
 いくつか、キラーと戦闘する際に必要な武器を選んでいく。
「これくらいで十分か」
 1つ1つ念入りに調べる。
 ──撃つ時になって動かないとかシャレになんねーからね。
 デザートイーグルをベースとして作られたタカ専用のハンドガンであるホークオブサーブをホルスターに入れる。
 ついでに太ももの部分に、限界の7発をこめたマガジンを巻く。
 7発なんて少ないと思う人間も多いと思うが、仕方のないことだった。
 ──1つ1つ弾の中に爆弾入ってるもんなあ。
 自分のホークオブサーブを見る。
 通常ならその銃身にはバージョンである2.1と掘られているが、アズのものにはforMHと書かれていた。
 アイリスに作ってもらった特別製だ。
「for make heroか。なあアイリス。オレ、お前の望むような人間になれたかな?」
 今はもういない戦友に話しかける。
「そろそろ着くんで、よろしくお願いします」
「オッケ〜。ハッチ開けて」
「わかりました」
 パイロットはそう言うと、なにやらボタンをいくつか押し、トビラを開けた。
 ヘリは着陸はしない。その間にブレインに攻撃されるかもしれないから。
 一気に風が吹き込んでくる。
「じゃあ行ってくるわ」
「どうかご無事で」
 下を見る。
 ──地面までだいたい10メートルってとこか。
 こんな所から飛び降りれば、足の骨が折れるだろう。
「よいしょと」
 それでもアズは迷わず飛び降りる。
 重力に逆らえるわけでもなく、体は下降を始める。
 ──強化。足。耐久に特化。
 脳に命令する。
 普通、人間は脳に命令する時無意識に行う。
 それを意識的にした。
 足の構造が変化するのを感じた。
 着地する。
 周りが見えないくらいに、砂ぼこりが舞う。
「よし。行くか」
 それでも、足は無傷だった。
 一応、足を振って確かめておく。
 ──痛くないな。うん、無傷だ。
 周りはうっそうとした森で、視界が悪い。
 足元もさっきの衝撃で抉った部分以外は、雑草が隙間なく生えていた。
「うっわーーー。リアルだわ」
 見た先には、大きな木の枝にヒモが吊るしてある。
 いわゆる樹海ってとこだ。
 HACを確認する。
 GPSを利用した地図を起動して、キラーの場所を確かめる。
「ウソだろ〜」
 口調は変わらず、心拍数は倍に。
 敵の居場所はオレの後ろ。約5メートルだった。

〜〜戦闘〜〜
「いやいやいや。勘弁してくださいよ」
 言いながらも、思考を戦闘に切り替える。
 ホルスターからハンドガンを取り出し、後ろに構える。
「!?」
 ──速!
 キラーは振り向くと目の前にいた。
 その人間のような外見をもつ敵は、そのまま構えっぱなしの銃をわしづかみしようとする。
「反則だろ!」
 思考。とりあえず武器を壊されるのは、避ける。
 強化したままの足で蹴り飛ばす。
 それはまるでボールのように数十メートル先へと吹っ飛んでいく。
「戦略的撤退!」
 追撃することもなく、アズは走り出す。
「さよなら〜〜」
 戦闘開始数秒で、戦闘から逃げる。
 思考する。今からどうするか。どうやったら勝てるか。
 正直、頭が混乱している。
 だけど、混乱している頭でも分かることはあった。
 ──さっきのまま戦闘に入ってたら殺られてた。

 さて、どうする?
 自問する。答えはなかなか出なかった。
 ──キリングライフは使うしかないだろうなあ。
 キラーは多分、先ほどの攻撃程度では無傷だろうと予想をつける。
「あいつと正面衝突はやばいだろ」
 全ての身体能力を限界まで引き上げても、キラーの身体能力に追いつくか分からない。
 ──動体視力、筋力を強化。
「来たな」
 秒速20メートルの速さは、一瞬でオレとの距離を詰める。
「お前、人間みたいで嫌なんだよなあ」
 人間のような外見をしているところから、サルかゴリラかがブレインとなったものだと判断されているが、今もまだはっきりとしていない。
 言葉はしゃべらない。ただ、その形が人間みたいだというだけで、戦闘に躊躇がうまれた。
 だけど、躊躇なんてものがあって勝てる敵でもなかった。
 キラー。
 名前の由来は、その被害数から来ている。
 確認されているだけでも、キラーに殺された人数は何千人といる。
 だから、キラー。
 危険度はほぼマックスだった。
 マガジンを巻いている右足とは逆のハンドガンを取り出す。
 こっちはホークオブサーブ2.1だ。
 アイリス特製のものとは違って、量産型。
 通常、この銃に込められているのは小型爆弾を搭載した弾だ。
 体液に反応するか、無線により銃から操作して爆発させることが可能。
 爆発範囲は小型にもかかわらず、半径50cm程度を消し去る。
 小型爆弾と言っても1つ1つの弾の大きさは異常で、7発が限界だ。
 対してホークオブサーブforMH。これにはGPSが仕込まれていて、撃った直後からアズの脳波に干渉して弾の位置情報を伝える。
 2.1とは違って、音も小さくサイレンサーが装着されていた。
 左に持った2.1をゆっくりとキラーへと向ける。
 ──敵はまだ気づいていない。一撃で殺せるとは思ってないけど……
 迷わず引き金を引く。改良され、女子供なら肩を外すほどのデザートイーグルはほぼ反動のなくなったホークオブサーブとなり、最小の反動でキラーに向かって弾を吐き出す。
 すんでの所で気づいたのか、キラーは弾を握りつぶす。
「お前の反射神経と筋力には驚かされるよ」
 止まらずもう一度引き金を引く。
 2発目は爆弾とは違うもので高電圧を発するものだ。
 触れれば、一瞬で敵の意識を刈り取る。
 ただしブレインは動きを一瞬止めるくらいのもので、ほとんど効果のない弾だ。
 キラー以外には。
 キラーは次は握りつぶすようなことはせず、地面を蹴って跳んだ。
 オレはそのままキラーへと向かって走り出す。
 ──両足の強化。
  頭が熱くなるのを感じた。
 跳ぶ。
 何メートルも上にいるキラーのさらに上へと行き。
 蹴り落とす。
 強化された足はコンクリートを破壊するような力でキラーを地面へと吹き飛ばし、そのまま体を地面に埋める。
 地響きと砂ぼこりがおきる。
 ここまでで、5秒。
 さらに砂ぼこりの中に向かって、2.1を撃ち込む。
 マガジンは爆弾と高電圧のものを交互にいれているため、3発目は爆弾が発射される。
 爆発。
 50センチとはいえ、あたりに爆風を生み、砂ぼこりを風が吹き飛ばす。
 ──うわ。いねえ。
 ため息。
 そこにはいるはずのキラーがいなかった。
 重力に従って体が落ちる瞬間、確認する。
 ──影が重なっている。
 無理やり、体をひねって上を見る。
 そこには握力だけでオレの頭を砕こうと手を広げるキラーがいた。
「つまるところさ、オレは戦闘をスピードだと考えるんだ」
 答えが返ってくるとは思わないが、オレはキラーに話しかける。
「攻撃しても遅ければ当たらないだろ?」
 オレは左足を斧にみたてて、キラーへ凪ぐ。
「でさ、キラー。お前は遅すぎる」
 足に触れた瞬間、キラーは真横へと吹き飛ぶ。
 ここから先は、オレが攻撃し、キラーが受けるだけの戦闘と言う名のリンチだ。

「任務。終わったぞーー」
『了解です。今からヘリを送るので、近くの廃棄工場で待機してください』
 それだけ言ってHACは切れた。
 さて、行くか。
 HACからGPSを起動しようとした時だ。
 HACから危険信号であるアラームが鳴った。
「ん?なんかあったか?」
 GPSが起動される。
 その画面に映るのは中心にある青い小さな点と、その周りに30はある赤い小さな点。
「うっわ。マジかよ」
 青は自分を表し、赤はその他の人間以外の生命体を表す。
「背水の陣ってか」
 こんな状況だってのに無意識のうちに口が斜めになる。
 わかってる。戦闘が今は楽しいんだ。
 アイリスを殺したブレインを殺すのが楽しいんだ。
「いいねえ────来いよ」
 遠くにいる大量のキラーを見る。
 戦争だ。
 ──一撃で仕留める。
 2.1をホルスターへ戻し、forMHを自分の真下へと向ける。
 ──敵のスピードを考えるとここまであと5秒ってとこか。
 頭の中で数える。
 5
 4
 3
 2
 1
 5匹、キラーが見えた。
 0
 撃つ。
 真下に弾は発射される。
 そのまま流れるような動きで、キラーの足元へもう一発。
 弾から発される特定の周波数はオレの脳波へと干渉し、座標を知らせる。
 ──キリングライフ発動。空間破壊フェイトブレイク
 ──第一の座標から第二の座標までを除外する、第一の座標より半径20メートルを破壊。
 脳が限界を振り切る。
 一瞬だけ、視界が真っ黒になった。
「よし、終了」
 視界がもどった頃には、キラーはもうそこにはいなかった。
 空間ごと破壊されたのだ。
 ──よしよし、キリングライフも調子いいぞ。
 HACを確認しても、映るのは青い小さな点だけだ。
 さて、行くか。
 地図から工場を探し、歩き出す。
 数歩歩いたところからは、雑草も生えてない荒野となっていた。
 数秒前まで生えていた木も一本残らずなくなっている。
「だからあんまり使いたくないんだよなあ」
 そこにはある物全て、空間破壊フェイトブレイクによって壊された荒野が広がっていた。

〜〜そして、戻る〜〜
「それがアズのキリングライフか」
「そうだヨ。キミにも覚えがあるんじゃないかナ?」
「ああ、そうだな」
 乾いた口を潤わすためにコップへと手を伸ばすが。
「空っぽだ」
 コップを引っくり返して、老人に見せる。
「そうかイ。じゃあアズの好きだったコーヒーを入れてあげヨウ」
 そう言って老人はゆっくりとした動きで立ち上がり、空になったコップを持って行った。
 手持ち無沙汰になった少年は部屋にあった1つに目が留まる。
「ホークオブサーブか。あれは……4.0?」
 アズたちの時代から10年後の機種でバージョンが、2.1から弾数は10発になり、爆発の威力も高くなった銃だ。
 ただ、今の6.7に比べたらその性能すら大きく劣る。
「あいつのか」
 少年はコーヒーを入れる音のする方向を見た。
 やがて、その音は止まり、やはり老人はゆっくりとした態度で歩いて来た。
「ホラ、飲んでみるといイ。最近じゃコーヒーも飲めない世界だカラ」
 湯気の立つコップからは香ばしい匂いがした。
「ありがとう」
 珍しく少年は素直に礼を言うと、コップを口へと近づける。
 少し冷えるのを待ってから、コーヒーを口へと運ぶ。
「うまいな」
 少年はつぶやいた。

「うまいな」
 フー、とオレは一息いれる。コーヒーからは湯気が立っており、香ばしい匂いがした。
 もう一度コーヒーを口へと運ぶ。
「やっぱり仕事の後はコーヒーだなぁ」
 熱いコーヒーは喉を通っていき体を中から温めているようで、心地よかった。
「はあ、疲れた」
 意味もない言葉を口にする。
 そうせずにはいられなかった。
「どーゆーことだよ、これ」
 悪態をつく。
 食堂にいるほとんどの人間が、静寂を保ったままだった。
 カチャカチャと、皿にフォークが当たる音しかしない。
 そして、時折見せる彼らの目。
 それは殺気と呼ぶには薄すぎるもので、けれどそれ以外に言い表す言葉もなかった。
「歓迎されねーなぁ。なんでかなぁ」
 分かることは少しだけ。
 救世主の死、あとは……あれ?
「うっわ。そんだけだ」
 情報の少なさに、今更気づく。
 ちょっとは、自分でも調べた方がいいか。
「ピピっとな」
 そう言いながら、HACの電源をいれる。
 いくつか入力した後に液晶に映ったのは、機密情報に関するものだった。
 さらにいくつかボタンを押す。
 エフに事前に聞いておいたリーダーの権限を証明するパスワードだ。
「よしっと」
 パスワードを入力することによって、いくつか機密情報を見ることができたが、
「んーーーあんまし必要なものでもないなぁ」
 人事異動、キラー殲滅作戦、etc……といくつかあるが、目的のものとは思えなかった。
「って、これあの娘じゃん」
 人事異動についての書類の1つに目が留まる。
 それは、自己紹介の時に見たあの赤い髪をした少女だった。
 データによると、ちょうど二ヶ月前にロシアからここに来たということだった。
 彼女はロシアで有能な戦闘員で、日本にスカウトされたらしい。
「ふーん。どうしても日本は希望ってやつが欲しかったらしいな」
 日本は最強のチームを作りたかったのか、救世主を中心としたこの娘ともう1人の青年で編成されるチームを作ろうとしたらしい。
 そのチームを英雄に見たてることで、人々に活気を与えようとしたらしいが、
「救世主は死亡。彼女は1人になり、青年は他のチームに加わる」
 最悪だなあ。
 まあ、とりあえず少しは分かった。
 彼女も違うところから来たって書いてるけど……嫌われてるような感じだったな。
 あの時のことを思い出し、嫌な気分になる。
「ん?」
 そこで気づく。
「あれ?この青年って……」
 そこに映っていた顔写真は3つ。
 1つは救世主、1つはあの娘、もう1つはあの時に彼女を蹴った白い髪をした男だった。
「こいつら、同じチームだったのか」
 意外だと思いながら、それもそうかと納得する自分がいた。
『新人が勝手な口を聞くな!!』
 確か、こんな感じのことをあいつは言った。
 あの言葉にはこういうことが含まれていたのかと、少し考える。
「さて、どうするかねえ」
 間延びした声。
 少しだけだが、情報が手に入ったので良しとしよう。
 窓を見る。
 まだ光が差し込み、明るみがあった。
 ──夜まで任務するつもりだったんだけどなあ。
 朝から出発して、今が午後2時。
 今日が終わるには、まだまだ時間があった。
 キリングライフ使ったからな、一瞬で終わっちまった。
 デメリットだってあるから、あまり使いたくはないんだけど。
 キリングライフを使う時に一番怖いのは副作用だ。
 人間が普段、使用している脳の割合は20%以下。
 そんな機能をオーバークロックして80%以上まで使用すること自体、危険なことだった。
「手、ヤバいわぁ」
 コーヒーを持つ手が震える。
 これもキリングライフを使った直後からだ。
 右手は小刻みに震えるようなものではなく、コーヒーの中身がこぼれるかのような揺れだった。
 左手で持ち、一気にコーヒーを流し込む。
 空になった紙コップをゴミ箱に投げると、きれいな円を描いて中に入った。
 ──さあ、この状況の打破といこうか。

〜〜再び〜〜
 とか、威勢良く言ったもののどうしよう?
 オレは食堂を出て、廊下を歩きながら考える。
 まだ、キラー殲滅作戦の任務に大勢行っているのか、すれ違う人間は少なかった。
 考えてはいたけれども、既に答えは出ているようなものだった。
「成功するかどうかわかんねーけど」
 自分のことは自分が1番分かってる。
 オレはまだ、心の整理がついていない。
 ふと、気まぐれに悲しみが襲ってくる。
 普通そうだろ?何年も一緒にいたやつが死んだんだ。
 数時間程度で忘れれるわけがない。
 俺たちはずっと仲間であり続けて、それは無限に続くものだと思っていたのに──そんな考えは一瞬で打ち砕かれた。
 今、そんな状態。
 時間が解決してくれるなんて簡単な言葉もあるけど、今はその時間を待つことができる暇なんてなかった。
 ──そんなに待ってたら、ハングアウトは壊れちまう。
 今、現在だって進行形でヒビが入り続けてるっていうのに。
「とりあえず、彼女と話をするか」
 答えは決まっていた。

 現実ってのはいつでも唐突にやって来る。
 たとえば、話をしようと思っていた人間が前触れもなく急に現れるような。
「昨日、会ったよね」
 エレベーターの中、彼女に話しかける。
 そこにいたのは、昨日の自己紹介の時に蹴られていた少女だった。
 未だ、頭は現実に追いついていない。
 何言ってんだよ、オレ。
 心の中で苦笑する。
 彼女はオレの問いに答えることなく、プイッとそっぽを向いた。
「名前、なんて言うの?あ、嫌だったらコードネームでもいいけど」
 名前とコードネームは、私的な場面と戦場とで使い分ける人間が多い。
 たとえ怪物相手だとしても、殺すという行為は大きく精神に干渉する。
 そのためか、戦場では殺しとしての人格、普段の生活では名前を使い切り分けている。
 その境目を曖昧にしないようにか、名前を教えたがらない人間が多かった。
「コードネームは……リアです」
 彼女は、ほとんど聞こえないような小さな声でそうつぶやいた。
「リアか。オレはアズっていうんだ、よろしくな」
 そう言って手を差し出すが、彼女はまたプイッとそっぽを向く。
 ──あっちゃあ、外したかな。
 沈黙。
 リアは一言もしゃべろうとはしなかった。
 エレベーターはゆっくりと降りて行く。目的地は最も下のフロアだった。
「なんでそんなに黙ってるの?」
「私に話しかけない方がいいよ」
 当たり前のように会話が成立したので、少しドギマギした。
「なんで?」
「私が嫌われてるから……私と話すとあなたも嫌われる」
 ──へえ。
「心配してくれてるんだ?」
「違っ!?」
 顔を真っ赤にしてリアは咳き込んだ。
 不謹慎だけど、その顔はとても可愛かった。
「……もういい」
 そう言ってリアはまた黙りこくる。
 横目で彼女を眺める。
 彼女の髪は思っているよりも、赤くはなかった。
 ピンクというよりかは、薄い赤って感じだ。
 ──アルビノ?
 なんだか、微妙に違う意味の言葉を思いつく。
 白のキャンパスに赤い絵の具を部分部分に塗りつけたような髪をしていた。
 ──薄いな。
 リアの存在は、暗いというよりも薄いと言ったほうが正しいような気がした。
 その髪の色と同じように。
「何?」
 視線に気づいたのか、リアはこっちを向く。
「いや、リアの髪って」
「ああ。OverBrainした時にね。なぜだかわからないけど、こうなったの」
 リアはオレが喋り終わる前に、答えを言い切ってしまった。
「てか、あれだな。話しかけるなって言っておきながら、話しかけてきたな」
「っつ!?うるさい!」
 リアはまた、顔を赤くする。
「ごめんって。オレ、ここに友達いなくてさ」
「で、私をからかうの?」
 うわ、あからさまな皮肉だ。
「だからごめんって。それよりさ、なんでオレって歓迎されてないの?」
「なんでって……」
 リアは言葉に詰まり、苦い顔をする。
「いやオレ的にはさ、アメリカのリーダーってことですごい歓迎されると思ってたんだけど」
「そう……多分、それは私のせいだよ」
「え、それって」
「着いた」
 エレベーターが開く。同時に、エレベーターの中に風が吹き込んできた。
「アズはここになにしに来たの?」
 リアはオレの顔を見ずにそのまま歩いて行く。
 その手の中には白い、小さな花が数本握られていた。
「なんのためにって、リアがここに来たから着いて来ただけ」
「そっか」
 彼女はそれ以上何も言わなかったし、何も言うなと言っているような感じがした。
「ここって」
 リアの止まった先はここにある中でも最も大きく石碑で、
「うん。救世主のお墓」
 リアはゆっくりとひざまずく。
 白い石碑にひざまずく1人の少女の光景は、神に懺悔する1人の修道女のようだった。
 彼女はオレには聞こえないような小さな声で何かを言った後に、そっと白い花を置いた。
 その声は聞こえなかったけど、読唇術ぐらいはオレにも使えた。
 いや、言い訳をさせてもらうと使う気はなかった。
 聞くというより、聞こえるといった感じ。
 そうして聞こえた声はただ一言だけ。
『ごめんなさい』

「なあ、1つ聞いていいか?」
「なんですか?」
 オレの問いかけには、「はい」でも「いいえ」でもなかった。
「とりあえず言わせてもらうと、軽い気分で聞くわけじゃない、真剣な話だ」
「は……い」
 小さな声でリアは答える。
 顔はさっき見せたのと同じ、苦くかなしそうな顔をしていた。
 オレは大きく息を吸い込む。
 この空気にやられたのか、オレは柄にもなく緊張していた。
「なあ……なんで、救世主は死んだんだ?」
 なんでこの問いかけが出たのかは分からない。
 聞いた今でも、なぜだか分からない。
 ただ、この質問の答えは彼女から聞かなければならないと思ったんだ。
「……………………」
 リアは沈黙を保った。
 表情が次々に変わっていく。
 その中には1つも楽しそうな顔はなかったけど、
 それでも彼女はグッと目をつぶった後、何かを振り切ったような、決心した顔でオレを見た。
「私は……」
 リアは、口を開ける。
「私は」
 彼女が何か言おうとした時だ。
 けたたましくサイレンが鳴った。
 その時にはもう、思考は切り替わっていた。
 瞬時に理解する。
 ──ハングアウトに、ブレインが攻め込んで来た。
 だけど、少し疑問が残る。
 任務のせいで戦闘員が少ないのはあるが、それでもここを守るのに必要な人数分は残してあるはずだ。
「「それなのになんで?」」
 声が重なる。
 どうやらリアも同じことを考えていたらしい。
「ん?」
 耳元で、微かに電子音がなる。
 特殊な音波を使ったHACからの通知だった。
 内容はエフからのもので、すぐにエントランス近くの会議室に来いということだった。
 リアのほうにも同じメールが来たらしく、HACを確かめ終わったところだった。
 顔をあわせ、うなずく。
「行くぞ」
「はい」
 ──話は後だ。

〜〜記憶〜〜
 走りながらぼんやりとオレは考える。
 ──ここに来たのが昨日の14時かぁ。で、今が14時。まだたった1日しかたってないんだけどなぁ。
 ため息をつく。
 ここに来てからいろいろなことが起きすぎた。
 後で、エフに聞いてみるとやはり、ブレインが攻め込んで来ているらしい。
 しかもたった1匹でなぜか前触れもなく、エントランスに現れたらしい。
 ──なんでかなぁ。
 疑問だらけだ。
 聞くところによると、エントランスにいた数人の戦闘員がブレインと戦ったが、全て返り討ちにあったらしい。
 どれだけ強いやつなのか考えて、再びため息をつく。
 キラーに今回のブレインに、危険度高いやつばっかりだぁ。
 心の中で泣いておく。
 それでも、表情はいつもの気楽な感じで。
 いつもオレが、気楽な口調で、気楽な表情をするのにはいくつかわけがあったりする。
「ここだと思います」
 そう言ってリアが立ち止まった先は、パスワードで開くタイプの電子扉だった。
 カチャカチャと扉の横にあるキーボードを叩くと、扉はゆっくりと開いた。
「ここは核爆弾でも吹き飛ばすことができないような部屋になっているの」
 リアはそう言うと、部屋の中へ入った。
 オレも続いて中に入る。
 部屋の中は照明が1つもなく、暗闇の中にエフはいた。
 ほかにも腰にある装備から判断するに、戦闘員が1人と逃げ遅れたのか数人一般市民もいる。
 だがエフはオレたちに気づくこともなく、薄く照らすパソコンの液晶を見ていた。
「こんな、こんなことになるなんて」
 暗闇でも見えるくらいエフの顔色は悪く、決して健全とは言えなかった。
「何が起こったんだ?」
 オレたちも液晶を覗く。
 このハングアウトの監視カメラをモニタしているらしく、右下には小さくEntrance roomと書かれていた。
 エフはオレの声に大きく肩を震わせて、口を開く。
「おそらくですが、ハングアウトの入りこんできたブレインは、ミラージュです」
 エフは大きく深呼吸をした後に、説明を始めた。
 その名前には覚えがあった。
「そいつ、異常に大きくないか?」
「はい、そうですが……」
「ここに来る前に、戦ったんだ」
「そうでしたか。……実は一度このブレインが入り込んできたことがあるんです」
 エフはパソコンからもう一つのデータを操作する。
 液晶に映ったのは、ミラージュの情報だ。
「普通なら大きさは1メートル程度でしょうが、この個体は6メートルはあります。そして、もう1つ」
 エンターキーを叩く。
「このミラージュはキリングライフと同等の能力を所持しています」
 画面は切り替わり、つい数分前に起こったのであろう3人の戦闘員とミラージュの戦闘動画が流れる。
『クソッ!これ以上ここを壊されてたまるか!』
 その1人がそう叫びながら銃をミラージュに向ける。
 そして、銃声とともに爆弾付きの銃弾が発射される。
 もしこれが直撃すれば、どんな敵でも一撃で殺せるだろう。
 たとえ、このミラージュであっても。
 しかし、
『あいつどこに行きやがった!?』
 それが現実になることはなく弾はミラージュの後ろの柱に当たり、爆発した。
 避けたのでもなく、ミラージュはそこにはいなかった。
 その光景が、記憶とかぶる。
 ──あの時の。
 ミラージュがいたところは、まるでブラックホールのように真っ黒に塗りつぶされていた。
 ここからは悲惨な動画でしかなかった。
 1秒。
 発砲した男の背後にまるでガラスが割れたかのような、ヒビが空中に浮かぶ。
 2秒。
 そのひび割れた空間を破るように、白く少し弧を描いた刃が突き出る。
 日本刀のように美しいその刃は彼の背中に入り込み────腹から突き出る。
 3秒 。
 彼は倒れ、その刃はひび割れた空間へともどっていく。
 状況を理解した残りの2人がキリングライフを使おうとする。
 1人の右手からは発動の予兆か、何かきらめくが──
 その右手は無くなった。
 ──ただ、その右手があった部分には黒いボールのような形をした、何かがあった。
 4秒。
 1人の右手からは血飛沫が舞い、残りの1人の両足の付け根にも同じブラックホールがあって、
 ──両足が吹き飛んだ。
 全部で4秒。
 それだけで、戦闘のプロでもある人間が3人もやられた。
 そして、一番最初に現れたブラックホールからミラージュが現れる。
 その白い牙は、赤く、染まっていた。
 ここで動画は止まる。
「もう気づいたとは思いますが──」
 分かってる。だから、オレはエフには最後まで言わさず
「ああ、オレと同じ……空間破壊フェイトブレイクの持ち主だ」
「はい、私もそう思っています」
 そう言って、さらにエフはパソコンに触れる。
 次に現れたのは、ミラージュに関する情報だった。
 能力使用時の脳波、干渉力、
 効果、それに対する対策など。
 それは今までにもよく見てきたブレインの調査書だった。
 ただ1つ、対策方法の部分が記入されていない所を除けば。
 脳波は、オレの脳波に酷似していた。
「なんで……キリングライフは人間にしか使えないってのが常識だったはずじゃない」
 震えるような声でリアが問いかける。
「はい、確かにそうだったんですが……リアさんはわかっているでしょう?」
 問いかけるような不思議なことを言いながら、エフはオレを見る。
「救世主はこのミラージュに殺されたんです。彼とリアさんともう1人の3人での行動中のことでした」
 全てがつながっていく。
 しかし、頭の中でカチリとはまる寸前に、何かがはさまる。
 今はそれを最優先するべきではないので、思考を一点に集中する。
「被害はどうなの?」
「確認できるだけでも死者2人。負傷者は14人です。」
 エフは答えを用意していたように、間髪いれずに答える。
 ──オレはここのリーダーだ、だから。
 部屋にはオレを含めて戦闘員が3人と、エフと一般市民5人。
 全員を見渡した後に、オレは口を開く。
 ──リーダーとして、最善の行動をしろ。
「さて、この状況を変えてみようか」

「これでいいか?」
 3分という短い時間の後に、オレは全員に問いかける。
 長机には一枚の紙に、脱出ルートや各自の対応している仕事を書いている。
 とは言っても、短い時間のため簡単で当たり前のことしか書かれていない。
 エフを道案内とした一般市民の脱出に、オレたち3人での戦闘員の救助とミラージュの排除。
 簡単だ。
 簡単で難関だ。
「負傷した戦闘員は、最初に入って来たトンネルに送ってください」
「オッケー。とりあえず2人のキリングライフも教えてくれない?」
 リアともう1人の男に目をやる。
 さっきは気づかなかったが、その男の右目には眼帯がつけられていて、左目しか使えない状態だった。
 怪我しているのかと一瞬考えるが、すぐに答えはわかった。
 眼帯は白い包帯という傷を治すためのものではなく、黒に赤いラインのはいったもので古傷を隠すためのものだった。
 その男は、残った左目でジロリとオレを見ると、
「能力名は未来空間。状況把握を専門として戦ってやるよ」
「能力名は脳波侵入ブレインクラック。攻撃も援護も可能だけど……援護のほうが得意だと思う」
 リアは少し、戸惑いがちにそう言った。
 正直、そんな戸惑いとか迷いがある状態で戦闘に入ってもらいたくはないが、時間がそれを許さない。
「効果について細かく説明している時間はないから、戦闘中に合わせていこう〜」
 2人は了解した、と言うようにうなずく。
「オレの能力は空間破壊フェイトブレイク。効果はこれだから」
 顎をしゃくって液晶をさす。
「注意できることは3つ。1つ目は、空間破壊フェイトブレイクは攻撃力を数値にすれば無限だから。ガードなんてものは考えないほうがいいぞ。2つ目は使用時に空間の破壊すると同時に空気もなくなるから、風切り音がする。風の音が聞こえたら、全力で逃げろよ。3つ目は注意と言うよりは、命令だ」
 そう言ってオレは片目をつぶって、全員を見る。
「──死ぬな」
 戦いは始まった。

「さて、と」
 手首を回しながら、首を鳴らす。
 既に、エフたちは別ルートから外へ脱出を始めている。
 オレたち3人は、急ぎぎみに装備の用意をする。
 運良く、オレは任務に出た時の格好だったためホークオブサーブforMHを所持していたし、会議室の一部は武器庫のようになっていたため、必要なものは全て揃えることができた。
「それ、日本刀ってやつ?」
「ああ?知ってンのか。外国人ってのはこういうの見て、ジャパニーズサムライなんて言うんじゃねーのかよ」
 黙ってたから、寡黙な奴なのかと思えば……やけに攻撃的な奴だなぁ。
 残っている目は鋭く、視線だけで人を殺せるんじゃないかってぐらい目つきは悪かった。
 ──だけど、そういうの嫌いじゃないなぁ。
 なぜか、ラッドのことを不愉快には思わなかった。
 言葉が悪いだけで、中身は違うような気がした。
「でもさ日本刀なんかじゃミラージュと戦えなくない?」
 ミラージュってのは、元々はネクラヘビってのがブレインとなった結果の個体だ。
 背中の鱗は異常に発達して翼になってるし、ほかの部分の鱗も鉄並に硬い。
 それこそ、そんな細い日本刀で切りかかれば、日本刀のほうが折れるくらいの硬さだ。
「お前、バカか?普通の玉鋼で作った日本刀なんか使うかよ」
「なんだよーーそんな言い方すんなよーーじゃあ何でできてんだよーー」
 ラッドは呆れたようにオレを見た後、バカにしたようにため息をついた。
「アラミド繊維って知ってるか?ナイフでも切れない繊維ってヤツだ。それを芯にしてダイヤモンドと玉鋼とチタンを使って作ってるンだ。斬るっていうよりダイヤモンドの粒で引きちぎるって感じだな」
「へえ。特殊な技術ってやつ?」
「ああ、多分そうだろ。日本ってのは技術こそが力だと考えてる節があるからな」
 ラッドは雑に日本刀を腰にさした。
 リアも準備はできたようで、両手にホークオブサーブ2.1を二丁。そして、太ももにもさらに二丁巻いていた。
「リアは二丁使いなの?」
「ええ、女だから筋力には自信がないの。それに援護だから攻撃されることを気にする必要もないし」
 リアは真剣な目で銃を念入りに確認する。
 オレは、とりあえず銃のマガジンから高電圧弾だけ抜いて小型爆弾のみにした。
 両足の太ももには、小型爆弾のはいったマガジンが1つとforMH用のGPS搭載の弾の入ったマガジンを巻いていた。
「さて皆さん、準備はできましたか?」
 おどけた調子でオレは2人にたずねる。
 効果はあったようで、リアはクスリと笑った。
 その時だ。
 オレの背後──つまりエントランスの方向で轟音と共に、セメントの砕ける音が聞こえる。
 そして響き渡るような叫び。
 ミラージュの咆哮だろう。
「バカなことしてる時か。お前ら行くぞ」
「いやいや、それはオレのセリフだろーー」
 目の前で起きる破壊と惨劇の戦場の中へ、オレたちは堂々と真正面から入り込んだ。
 ──まあ、作戦なんてほとんど決めてないからこうなっただけなんだけどね。

 ありきたりの言葉だけどそこには、地獄が広がっていた。
 思っていた異常に背中を貫かれた1人の出血はひどく、彼の周りには赤い水たまりがある。
 両足を失った彼女は壁を赤く染めて、倒れていた。
 そしてところどころ亀裂が入り、柱は砕け、歩くにもままならないような中にミラージュは君臨していた。
 まだこちらには気づいていないのか、ミラージュは大木のような尻尾を振り回して柱を一本、また一本と破壊していく。
 オレは負傷した3人の座標設定を細かく頭の中で計算していく。
 式が組みあがるのに比例するように、視界が赤く染まっていく。
 ――キリングスキルの使いすぎかなぁ。
 手の震えが未だに治っていなかったのに、いまさら気づく。
 リアは目を瞑り、キリングライフの発動に集中する。
 一瞬、違和感を感じた後に手の震えが止まった。
 それだけではなく視界も元に戻り、キリングスキルの発動までのスピードも上がっているのが分かった。
『アズの副作用は全部取り除いた。後は頼むわよ』
 リアの声が直接頭の中に流れる。
 これがリアのキリングライフか。
 だったら、オレもみんなに良い所見せないとなぁ。
 ――対象は3つ。座標は先ほど設定した通り。送る先はここから南東に1000メートル。
 風切り音と共に、空間破壊フェイトブレイクが発動される。
 3人は一瞬で消えた。今頃はトンネルの中にいることだろう。
 それに気づいたのか低い声を出しながらミラージュがオレたちを見る。
 さて、これで小難しいことは終わった。
 あとは戦うだけだ。

 オレたちはじりじりとミラージュとの距離を縮める。
 敵の空間に入るか入らないか、そんなぎりぎりの距離まで。
 それに対しミラージュは低いうめき声を出すばかりで、少しも動こうとはしない。
『今わたし達は脳波侵入ブレインクラックで脳波がつながってる。念じるだけで3人全員に聞こえるから』
『へえ、面白いもん持ってんじゃねえか』
 ラッドはにやつきながら、カチリと日本刀を少しだけ鞘から外す。
 その格好は居合い抜きの姿勢だ。
 剣術の中でも最強って呼ばれる技だな。
 あまり詳しくない知識をひねり出しながら思い出す。
 2人のどちらからもなんとも言い表しにくい感覚が伝わってくる。
 リアが脳波侵入ブレインクラックを、ラッドが未来空間を発動した証拠だった。
 リアもラッドも支援型だったはず。だったら――
 ――オレが行くしかないな。
 発動。
 ただし空間破壊フェイトブレイクではなく、身体強化。
 この能力はオレにしか使えないものだ。
 足、動体視力、瞬発力など今必要な機能を判断し、強化する。
 足で地面を蹴る。
 景色はぶれ、蹴った地面にはヒビが入る。
 オレは瞬時にミラージュの背後へと回り、ホークオブサーブ2.1を突きつける。
 思考は既に戦闘という一点に収束されていた。 
 迷わず引き金を引く。
『頭を伏せろ!!!』
 ラッドの声。考える前に体が動いた。
 何かが頭の上を通る音。オレの右にあった柱が爆発した。
『気をつけろ!俺にわかることは0.2秒先の未来だけだ』
 そこまで至ってやっと気づく。
 ――オレの撃った弾を移動させた?
 もちろんミラージュは無傷で、グルリとオレを見る。
 目が合った。
 一瞬。時間にすれば0.1秒以下の時間、体が硬直した。
 キリングライフとかそういうものではなく、ただ単純に本能がそうさせた。
 だがそのほんの一瞬が命取りとなる。
 見えるのはミラージュの白く、赤くにごった刃。
 考えてみれば、まだこの時ならオレはその攻撃を避けることができたはずだ。
 だけど、その光景が目に焼きついて離れなかった。
 あれは/数時間前/アイリスからのメール/内容/死/添付ファイルのみ/中身/画像/それは/確か
 ――今、オレが見ている光景。
 わかった。わかってしまった。
 こいつが、こいつがあいりすをころした。
 ころした、ころした、ころし、ころ、コロし、コロシ、コロシタ。
 いつの間にかオレはまるでミラージュのように咆哮していた。
「アアアアア゛アアア゛アアア゛アアア゛アアア゛ア゛アアアアアアアア゛!!!」
 キリングスキル。空間破壊フェイトブレイク。開放。
 何も考えられない、何も考えたくない、何も考えるな。
 ――今、目の前にいるこいつをコロせ。
 視界が真っ暗になる。
 オレがこのエントランス全ての存在、空間を破壊したからだ。
 音を伝える空気は無くなり、光も破壊される。
「はあ、はあ……はあ」
 空間破壊フェイトブレイクをやめる。
 今まで空気の無かった真空の部分に、空気が戻ろうとして乱気流が起こった。
 全てを破壊したはずだった、破壊したはずだったのに。
「なんで死んでねえんだよオオおおおおおお!!」
 そこには先ほどと変わらずミラージュは君臨していた。
 エントランスは全て破壊したはずだ。
 しかし柱の破片や瓦礫以外は元のままで、リアやラッドも無事だった。
『アズ、正気を戻せ!このままじゃやられるぞ!』
 ラッドの声が聞こえる。冷静になるとはいかなかったが、少し自分に戻れた気がする。
 だが、それは逆に心のアラームを打ち鳴らし始める。
 ミラージュは一瞬だけオレの能力に戸惑ったようだが、すぐに状況を把握する。
 そして一番最優先すべき行動を行おうとした。
 つまるところ、オレを殺そうとするわけだ。
 ミラージュの牙はオレの頬に触れ、
 ――数ミリ、オレの体に入り込んだ。
 温かいものが頬を流れ、その部分が焼けるように熱くなる。
 しかもオレの体は空中にあり、逃げることも避けることもできない状態だった。
 いや、本当ならどうとでもやることができたはずだ。
 空間破壊フェイトブレイクに右手にあるホークオブサーブ2.1。今の状況を打開する方法はいくつでもあったはずだ。
 しかし、
 ――この光景。
 画面いっぱいにミラージュの牙が写り、その白い歯は赤く染まっていて。
 その光景がダブって見え、氷のように固まった。
 体が無意識に何も思考させないようにしようとする。
 ――あ。
「クソおおおおおお!!!」
 この状況のやるせなさにオレは叫ぶ。
『オラアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
 ラッドの咆哮が聞こえる。
 片方は金属のはずがないのに、金属のぶつかる音がした。
 ラッドの日本刀とミラージュの牙が火花を散らす。
空間破壊フェイトブレイクを使え!」
 脳波侵入ブレインクラックを介してではなく、直接ラッドは叫ぶ。
 ――ラッドは確かに空間破壊フェイトブレイクを使えと言った!だけど、それでどうすればいい!?
 思考は最高の速度で動こうとするが、まだ時間が足りなかった。
 どうすればいい?どうすればいい!?どうすればいい?どうすればいい!??
 目の前では光の速さのレベルで日本刀と牙がぶつかり合う。
 だがこのコンマ何秒という時間だけでもラッドが押されているのが見て取れた。
 ――覚悟を決めろ!今という現状をオレが変えるんだ!
 ――発動。
 この時のオレは攻撃を考えていたはずだったが、思考の奥底では逃避を考えていたらしい。
 空間破壊フェイトブレイクの瞬間移動能力を使い、3人をエントランスの最もミラージュから距離の離れている部分へと移動する。
 空間破壊フェイトブレイク空間破壊フェイトブレイク能力を使い、3人の周りにドーム状に空間を壊しどんな攻撃も通さないシェルターじみたものを形成する。
「――――――――――」
 誰かが言葉を発した。
 しかし空間自体を破壊し、空気すら存在しないため音を通すものがなくなったためオレたちに聞こえることはなかった。
『悪い、これしか方法が思いつかなかったんだ』
『どういうことだあ?この空間ってのはよお』
『グラビドンすらこの空間には無いようね。私たちが生きてること自体が不思議だわ』
『……まあ、説明するのが難しいんだけど。とりあえずこういう空間だって割り切ってくれ』
 よし、冷静になれてきた。
『どうしたンだよ。急に動きが鈍くなりやがって』
 ラッドは少し苛立ったようにオレに問いかける。
『……少しあってな。とりあえずこれからのことに話さない?』
『………………』
『…………………………』
『あれ?なんで無言?もしかして無視されてる?』
『俺はリアがしゃべるべきことがあると考えてるから黙ってるンだけどな』
『私は……』
 また黙るのかと思い、少し気を緩ませようとした瞬間。
『私がミラージュを殺してみせる』
 彼女は覚悟を決めたようにそう言った。
『――――――――――』
『――――』
『――――――――?』
『――――――――――――――?』
『――――――』
『――――――――――――』
 さて、作戦は決まった。
『じゃあ、行くかぁ』
 オレはキリングライフの発動をやめて、前を見た。
 暗い闇は一瞬にして切り替わり、目の前に再び地獄が広がる。
「よおミラージュ、相手してやるよ」
 オレは敵を確実に認識するため、さっきを持った目でミラージュをにらみつける。
 ミラージュは今まさに、その太い尻尾で柱を壊さんとしていた。
 ミラージュもこちらに気づき、咆哮する。
 その声はビリビリと地面が振動するほどで、オレたちはそれに反応するように身構えた。
「行くぞ」
 オレは小さく2人告げる。
 本当に小さく呟いただけだったが、2人には聞こえたようで、どちらも小さくうなずいた。
 ──行くぞ。
 自分に言い聞かせる。
 心臓はほかの2人にも聞こえるんじゃないかと不安になるくらい高鳴っている。
 今からやろうとすることを考えれば、仕方ないと思うけど。
 誰が失敗しても作戦は成り立たない。
 作戦の失敗はオレかリアの死、もしくは全員の死に直結していることを意味していた。
 ──さあ、覚悟を決めよう。
 右手をゆっくりと腰の高さまで持ち上げる。
 そしてその手を左の向かって、凪いだ。
 ──空間破壊フェイトブレイク。発動。
 フッと一瞬だけ視界が遮られた後にオレは銃を構える。
 銃口の先にあったのは空を飛んでいるミラージュの後頭部。
 オレが移動した先は先程と同じミラージュの背後だった。
 ゴツと銃の先がミラージュに当たる。
 今引き金を引けば、100%直撃するだろう。
 しかし、それを0%にするのがミラージュの能力だ。
 火薬の爆発する音と、空気の裂ける音。
 もちろん直撃するわけもなく、弾は壁を砕くだけだった。
「ここからが本番だ」
「そンなこと、最初からわかってンだよ。」
 自分のいる位置より上でラッドが悪態をつく。
「おらよ!!」
 再び火薬のはじける音がした。
 しかし今回はオレの持っているホークオブサーブ2.1ではなく、ラッドの持っているホークオブサーブforMHだった。
 ラッドのキリングライフである未来空間で0.2秒先のミラージュの位置を調べ、オレの空間破壊フェイトブレイクでミラージュを殺す。
 それが、オレたちの作戦だった。
 ただし、空間破壊フェイトブレイク自体で殺すわけではなかった。
 ホークオブサーブforMHの効果によって、頭に直接その弾の位置を知る。
 ──発動。位置座標は(125,491)。
 その位置はオレたちから見てすぐ下だった。
 そこにミラージュによって創られた空間破壊フェイトブレイクとオレによって創られた空間破壊フェイトブレイクが現れる。
 そしてその1つからはオレたち2人を突き刺そうとする白い刃が、そしてもう1つからはリアが現れた。
 彼女は右手にきつく握られたホークオブサーブ2.1 があって、
「これで……終わりよ」
 血が滲むくらい握られたホークオブサーブ2.1に指をかけ、悲しそうな顔をして
 ──引き金を引いた。
 それはひび割れた空間をも割砕き、大きく口を開いたミラージュの、のど奥へとねじ込まれる。
 弾はミラージュの体液に反応し、小型爆弾へ着火され、爆発した。
 ピッとリアの頬に赤く温かいものが、飛び散る。
 オレたちはその音に戦いの終わりを聞いた。
 ──絶望の始まりの号砲とも知らずに。

〜〜乗り越えた先に〜〜
 戦いから数時間。
 一般人や研究員もハングアウトに全員が戻り、戦闘員も背中を貫かれた男以外は負傷はあるものの、致命的な怪我をしたものはいなかった。
 ──以外は。
『どうしようもなかった』そんな言葉で片付けることもできるかもしれない。
 だけど、オレにはできなかった。
「……クソ」
 こんな現実を作った世界自体をうらんだ。
 だってそんな言葉で片付けたら、アイリスはどうなるんだよ。
 もしアイリスの死をそう言って片付けるやつがいたら、オレはキレるだろう。
 だから、そんな言葉は絶対に使いたくはなかった。
「この世界、やっぱやってらんねーなぁ」
 愚痴るようにそうつぶやく。
 少し、泣きそうになった。
 こんなのでオレ、ここのリーダーやってけるのかよ。
 今、ハングアウト内では必死に復旧活動が行われているはずだ。
 特にエントランスの被害はやはりひどく、下手するとその部分一体が水圧などで完全に崩れる可能性だってあるらしい。
「今オレがいるべき場所はここじゃねーだろ」
 オレは1 人ヘリポートでポツリとつぶやく。
 それはほとんど自虐的なものと言ってもよかった。
 ブワッと急に強い風が吹いた。
 ふと後ろを向くと、ちょうどエフがエレベーターから出てくるところだった。
「お疲れ様でした」
 唐突にエフはそう言った。
 エフの顔はまだ少し疲れているように見え、顔色も悪い。
「オレは……正しかったのかな」
 何が、とは言わない。
 だけど、エフは全て悟ったようにオレに優しく問いかける。
「正しかったかどうかはアズさん、あなた自身が決めることじゃないですか?」
 それは、とても、正論だった。
「わからないんだ。確かにオレは正しいと思ったことを行ったはずだ。だけど──」
「その内容が正しかったとは思えない?」
「……ああ。人が大勢死んだ、戦闘中オレは理性を失った、ハングアウトに大きな支障がでた。それを正しいとはやっぱり思えないんだ」
 ここに来て、初めてオレは弱音を口にした。
「アズさんは多分、完璧を目指しすぎているんですよ。今回はできる限り被害を抑えた。それでいいじゃないですか」
 ──だけど。
「アズさんは昔のことを気にしているんですね」
「ほんと、お前は何でも知ってるなぁ」
 お手上げだ、と言うようにオレは肩をすくめる。
「書類を読んだだけですから。……これはアズさん自身が判断することです。どうせ私が何を言っても聞き入れないでしょう?」
 言われて気づく。
 ──ああ、オレはただ慰められたいだけなんだ。
 エフの言葉は弱く、薄い自分に気づかされた。
「悪い。ありがとう。ちょっと1人にしてくれるか?」
「寒くなってきましたから、風邪には気をつけてくださいね」
 それだけ言うと、エフはエレベーターへ戻っていった。
 今はその優しさがとても心に染みた。
 オレは右胸のポケットから、いつもは吸わないタバコを取り出す。
 本当に時々、アイリスに誘われて一緒に吸うくらいだ。
「やっぱり、マズいなあ」
 泣きそうになりながら、ため息をつく。
 いろんな感情が混ざりすぎて、どれに向けて悲しんでいるのかわからなかった。
「それなら吸わなければいいじゃない」
 背後から呆れたような声。
 振り向くとそこにはリアがいた。
「エフがあなたのこと探してたわよ」
「さっき来たよ。すれ違いになったんじゃない?」
 そこまで重要には考えていなかったらしくそう、とそれだけ言ってオレの横に来る。
「何か用事があって来たんじゃないの?」
 煙を吐いてオレはリアにたずねる。
「いつも、任務が終わるとここにくるのよ」
 あまり話すつもりはないらしく、リアは簡単に説明した。
「そっか」
 オレもそれ以上しゃべることはなく、ただリアの横でタバコを吸うだけだった。
「ねえ、救世主のお墓の前であなたは尋ねたよね?」
 タバコを吸い終わる直前でリアは唐突にそう言った。
「そうだな」
「あの時は空気に流されて言いそうだったけど…………決めた」
「何を?」
「あなたに全て言うわ。なにが起こったか、なぜ救世主は死んだのか」
 改めて言うつもりなのか、彼女はオレのほうに体を向ける。
 その彼女の目はもう迷いはなく、真剣な目をしていた。
 ゆっくりと口を開く。
 なぜか、オレにはその行為がスローモーションに見えた。
「私は────────」
 思えば、この時からだったのかもしれない。
 彼女がオレにこのことを話した時から、オレたちはこの世界の真実に向かって進み始めたんだ。

〜〜始まりのエピローグ〜〜
「とりあえず序章と言うべき部分はこンなものカナ」
 老人は緩慢とした態度で、コップを机に置く。
 時計はもう夜の2時を指していた。
 今日は遅いからもう帰れということだろう。
 少年は言葉からそう読み取り、イスから腰を上げた。
「明日は何時に来たらいい?」
 部屋から出る前に少年はそう問いかける。
「そうだネ。夕方6時くらイならちょうどいイんじゃないかナ」
 老人は時計を見ながら少年に伝える。
「わかった」
 少年はそれだけ言うと部屋を出た。
「君は、この世界をどう生キていくのかナ?」
 1人部屋に残った老人は、扉に向かってそう尋ねる。
 ロウソクの火を1つ1つ消していく。
 1つ消すたびに赤く照らしていた部屋は赤黒くなり、奇妙な光景を表した。
 最後の1つを老人は消す。
 フッと部屋は完全に暗闇となって何1つ見えなくなり、部屋は寝静まっっていく。
 暗闇の奥から、老人の声が聞こえる。
「これで、やっと長い長いプロローグが終わった」

 ──まだ物語は始まったばかりだ。

Zodiac
http://evolib01ob.web.fc2.com/
2011年04月05日(火) 00時21分57秒 公開
■この作品の著作権はZodiacさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
Zodiacと申します
もとはゲームのシナリオとして書いたものですが、小説としても読めると思います。
つたない文章ですがよろしくお願いします。

この作品の感想をお寄せください。
No.1  お  評価:30点  ■2011-04-07 14:17  ID:E6J2.hBM/gE
PASS 編集 削除
楽しく拝読させていただきました。
こんちわ。
速い展開で物語が進んでいき、手に汗握るアクションを楽しませて貰いました。
ゲームシナリオということで、まぁ、なるほどと腑に落ちるところもありました。うーん。やはり、小説としては書き込みが薄いかな。言葉だけが表現手段という媒体なので、もう少し、言葉での演出を盛り上げていかないと、小説としては、少々、淡々としてしまいがち。動きは速く、そのぶんで引き込まれる反面、情感とかが薄いので、読後感が、薄くて軽い。すぐに忘れちゃいそうです。まぁ、ゲームだからと言ってしまえば、それまでですけど。
一番気になったのは、同じ文章の流れの中で一人称と三人称が切り替わるところ。あまり意味があるとも思えないし、余計な混乱を招くだけかなと。
あと、独自の世界観が繰り広げられるんですが、そこの説明というか描写が少ないので、ちょっとわかりにくい感もあったり。まぁ、この辺は、長い物語りの一部なので、あえて語りきらなかったと言うことなのでしょうが。
それとまぁ、軍事的組織の割に規律が緩いなぁとか、いくつか設定的な部分で、釈然としないところもありました。
とはいえ、総じて、アクションSFのラノベとして、楽しめました。
総レス数 1  合計 30

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除