家族リレー

1・からす瓜

From: KAYO OZONO To: YOSHIO OZAWA
Subject:お久しぶりです Date: Fri, 12 Nov 2010 22:00:57

お父さん(と書くのも不自然な気がしますが)、突然のメールを失礼します。名前くらいは覚えていてくれていると思います。お父さんのメールアドレスは昔母親の手帳をこっそり調べて見つけました。今私は病院に入院しています。もしかしたらもうすぐ死ぬのかもしれません。私は自分のことをお父さんに知ってもらいたくて、今こうしてメールを書いています。

お父さんとお母さんが離婚してしばらくしてから、私はお酒を飲み始めました。まだ中学生の頃です。お酒を飲むようになったきっかけはわかりません。なんとなく覚えているのは、当時の私にとってすべてがどうでもよかったということです。そして、お酒を飲んでいる間は幸せだったのだと思います。酔いの心地よさというものはゆりかごのようなものです。液体がゆっくりと流れ、しばらくして何ともいえない陶酔感につつまれます。音楽を聴きながらお酒を飲んでいると、だんだんとまどろみの中へと溶けていくような気分になります。

中学を卒業し、高校生になると毎晩お酒を飲むのが当たり前になっていました。母はスナックで働いており、いつも夜は遅かったですし、時には帰ってこないこともありました。母は毎晩お酒を飲むので、私は母のお酒を少しずつ、見つからないように盗み飲みしていました。
学校は楽しくありませんでした。友人はいませんでしたし、クラブ活動にも勉強にも興味を持てませんでした。そういえば、あの頃はどこにいても自分の部屋にいるような気がしたものです。教室の中にいても、体育館にいても、電車に乗っていても、自分が自分の部屋のなかにいるような気がしていました。うまく言えませんが、私には外の世界に適用しようとする意思が欠けていたのだと思います。

先生のいうことはしっかりとききました。すべてがどうでも良いので、反抗する気持ちもないのです。きっと間抜けで従順な生徒と思われていたことだと思います。制服のリボンはきちんと結んでいましたし、スカートも膝が隠れる長さにしていました。私はとりたてて美人ではありませんが、顔立ちは整っている方でしたから、いじめられることはありませんでした。容姿で見劣りしなければ、孤立してもいじめられることはありません。

高校を卒業すると私は小さな縫製工場に就職しました。就職して最初のお給料を母に渡すと、次のお給料は敷金にして、小さなアパートを貸りました。独り暮らしをはじめたのです。わざわざ独り暮らしをする必要はなかったかもしれません。ですが、すべてがどうでもいいと思える私にとって母と一緒の生活だけは、唯一我慢ならないものでした。

ところで母は私が入院していることを知りません。最後に会ったのが五年前ですから。お父さんは、母や信一とは連絡をとっていますか? 母と信一のメールアドレスを書いておきます。母のアドレスは、「******@hotmail.com」で、信一のアドレスは「****@hotmail.com」です。気が向いたら母と信一にメールをしてあげてください。母も真一も驚くと思いますが、きっと喜ぶと思います。

話しがそれてしまいましたね。

独り暮らしをはじめると、私の飲酒の量は増えました。土日は朝からお酒を飲むようになりました。仕事中も就業時間が終わることが待ち遠しいのです。あと三時間でお酒が飲める、あと一時間でお酒が飲める、そんなふうにして、仕事を終えてから飲むお酒のばかり考えてしまうのです。それに独り暮らしではとてもさびしくなることがありました。世界中でひとりぼっちになってしまったかのような孤独感に襲われるのです。どうしでもさびしくて仕方がない時にはテレクラに電話し、見知らぬ男性と会うこともありました。今でも駅の構内でティッシュを配る人を見かけると恐くなります。ティッシュの裏のテレクラの広告を見て、電話をかけてしまった自分の過去が思い浮かぶからです。

今日はまだ正月が明けて間もないというのに、日差しが強くて暖かいです。鏡のような博多湾のはるか沖合いに、白い船が浮かんでいます。とても気分がいいです。もしかしたらこんなに気分が良くなることはもうないのかもしれません。私はまるで世界の最果てにいるような気がします。遠くから見ると汚いものは見えません。目にはいること、思い出されることのすべてが輝かしいのです。汚い過去でさえ、いとしく感じています。 

私がまだ幼い頃、一緒に海の中道を筑前志賀の島に渡った時のことを覚えていますか? あの日も日差しが強くて、お父さんは鼻の頭に汗をかいていました。色とりどりの大漁旗を飾った漁船が、船溜りに碇を降ろして静かに寄り添っていました。ひっそり静まり返っている漁村を超えて、村はずれの山道を上りきると、眼下にぱっと玄界灘が広がったことを私は覚えています。

空も海も溶け合っている青一面の景色です。振り向くと葉が殆ど落ちた雑木林の梢に、真っ赤なからす瓜が一つだけ、ぽつんと下がっていました。あの時はまだきっと私の体の中にも鮮やかな赤い血が駆け巡っていたはずだと思います。 

高校を卒業してから十年が過ぎました。今、私の足首はうっ血のために普段の倍くらいに腫れ上がっています。白目の部分は黄疸で黄色くなり、体はかゆく、皮膚は緑がかった灰色です。ちょっと触れただけでひどいあざになり、流血すると血がとまりません。顔や腕には黒いしみができ、髪の毛は抜けはじめました。頭痛や鼻咽頭炎もありますが、服用している薬のせいかもしれません。肝数値は安定してきてはいますが、血小板数は少ないみたいです。医師からは肝移植をすすめられています。ベッドの上でじっと臓器の提供者を待っています。

お父さん、あなたの肝臓を私にくれませんか?

2・ラン

From: YOSHIO OZAWA To: KEIKO OZONO
Subject:お久しぶりです Date: Sat, 13 Nov 2010 19:08:57

お久しぶりです。突然のメールで驚かせてしまったかもしれません。元気にしていますか。恵子さんも驚くと思いますが香代さんから昨日メールを受け取りました。香代さんからメールがきたこと自体が驚きですが、その内容にも驚くばかりでした。本当に香代さんが書いたメールかどうかも分かりません。誰かのいたずらなのかもしれません。しかし、メールには当事者しか知らない過去のことも書かれていました。

恵子さんのメールアドレスは香代さんのメールで知りました。できれば相談がしたいです。すみませんがどこかで会うことができませんか。どこかで会って直接話をしたいと思います。福岡でも、どこでもかまいません。離婚してからもう十五年が過ぎようとしています。私は恵子さんに謝りたいと思っています。そしていろいろとお話したいと思っています。今更会ってくださいなんて、おこがましい限りだと思います。今ではサラ金の督促はきませんね? 私はこつこつ働いて、借金は返済しました。そして再婚し、妻と一緒に東京に住んでいます。

香代さんは自分の過去をメールに書いていました。アルコールに依存してしまい、今では肝硬変で入院しているそうです。容態はよくないようです。私は恐ろしくなりました。なぜなら恵子さんも分かっているでしょうが、私自身、ギャンブル依存症で苦しんだからです。

恵子さんには話していませんが、私の父親は元軍人でした。父は復員後まったく無気力となってギャンブルに溺れ、母は経済的苦境の中で宗教に依存していました。貧困の家庭に育ち、私は中学を卒業すると飲食店で働きはじめました。父親のようにはなるまい、そう心に決めてただひたすら働きました。その甲斐あって、二十八歳の頃には自分の焼き鳥屋を開業し、そこで恵子さんと出会い、結婚をしました。

商売は順調のように見えました。しかし私にも父親と同様にギャンブル癖があったのです。ギャンブルには魅力があります。日常のくびきから離れて、自分を開放することができます。スポーツやゲームと同様に、勝敗を楽しむことができます。結果が悪くてもたいして心を傷つけず、冒険気分を味わうことができます。私は父親と同じように、ギャンブルの魅力にとりつかれたのでした。
競馬、競艇、競輪に信じられないような金をかけました。負けると平気でサラ金から金を借ります。サラ金から金を借りると督促状が家にくるかもしれない。ちょうど香代さんが生まれた頃のことです。私はだんだんと家に帰らなくなりました。協議離婚が成立し、福岡から離れた後も、私はギャンブルで苦しみました。最後には妹に無理やり連れて行かれるようにして医師を訪れ、そこでギャンブル賭博のスクリーニングテストを受け、ギャンブル依存症と診断されました。

人を信じるということは難しいものです。今朝玄関を開けて軒下を見ると、四十歳くらいの婦人と、婦人の子供らしい少女が並べてある植木鉢の前にかがみこみ、ランの葉に触れていました。ときどき軒下の植木を折られることがあるので、不審に思い「何をしているのですか」と声をかました。婦人は立ち上がって「あっ、すみません。この犬がおなかをこわしたらしく、急に植木を汚してしまったので」そう言って私に頭を下げ、チリ紙で手を拭いました。婦人の指と少女の指が、犬の糞に塗れていました。私は気の毒になりバケツに水をいれて差し出しました。二人は礼を言いながら、なおもその水でランや鉢を洗い、何度も何度も頭を下げて帰っていきました。

私はあの婦人がランにいたずらをしているのではないかと疑ってしまっていたのです。

私は今更自分のことを信じて欲しいとは思いません。香代さんのメールも完全に信じることはできません。ですが、今朝のできごとは私を勇気づけてくれました。ランは冬の寒さに弱い花です。誰かが暖かくしてあげなければ、美しい花を咲かせることができません。

今年の冬は寒くなりそうです。私がここに引っ越してきた時は大雪が降りました。坂道がゲレンデになり、近所の子供たちは喜んでいましたが、私は雪が積もるたびに子供らに「ごめんね」と言いながら除雪をしました。

香代さんが失踪してからもう五年が過ぎます。今の私に何ができるかは分かりません。ですが、厳しい冬の寒さを乗り越えるためには、一人よりも二人の方がまだましだと思うのです。

それから、香代さんのメールアドレスは「****@hotmail.com」です。信一君のアドレスは「***@hotmail.com」です。余計なことかもしれませんが、信一君とは連絡をとられているでしょうか。この機会に連絡をしてあげれば、二人とも喜ぶのではないかと思います。

3・寒ツバキ

From: KEIKO OZONO To: SHINICHI OZONO
Subject:お久しぶりです Date: Sat, 13 Nov 2010 19:08:57

信一君。お久しぶりです。お元気ですか。お母さんは毎日がしんどいです。もう前のようにはなれません。私は苦しみすぎました。香代が失踪してから八年が過ぎ、信一君が家を出てから六年が過ぎるのですね。時間がたつのは早いものだといいますが、私にとっては長い年月でした。これだけ長い時間が過ぎたのですから、私はちょうど家と同じほど大きくなっていると思います。

庭先にある寒ツバキの木を覚えていますか。信一君が小さい頃、信一君のお父さんと一緒に手入れをした木です。枯れた枝を切ろうとすると、信一君は「やめて、木がかわいそうだから」と言いました。でも死んだ枝は切り落とさなければなりません。生きている枝にも毒がまわってしまうからです。私の生命もこの木の枝の毒におかされそうです。私は自分の内部に侵入してくる毒の塊から身を離そうともがきますが、ちょっとでも動くと頭が破裂しそうな感じがします。

今では寒ツバキは私の背丈を追い越しました。もしかしたら、寒ツバキは信一君の背丈よりも高いかもしれません。瞬間ごとにすべてが変わります。固いつぼみがまだ薄紅色の花を隠していますが、もう一ヶ月もすれば鮮やかな花を咲かせるだろうと思います。

本当に久しぶりに、信一君のお父さんと連絡をとりました。連絡といってもメールだけなので、本当に信一君のお父さんが書いたものなのかどうか分かりません。連絡先が分かりましたが、恐くてまだ返信を書いていません。今更なぜ連絡してくるのか分かりません。また借金の肩代わりでもさせられるのではないかと、不安になります。私にはあたり一面が赤く見えます。恐ろしいことです。

メールにはあの人に香代から連絡がきたことと、香代が肝硬変で入院していることが書かれていました。香代はアルコール依存症だそうです。それが本当であればどうして香代はこうなってしまったのでしょうか。そしてこれが本当に自分なのでしょうか。自分が生きていることが私にはわからないのです。
私は香代と信一君を育てるために一生懸命に働きました。ですが二人とも私から離れていってしまいました。胃の中から何かが私を外部に引き出し、今度は内部に引き入れるような感じがします。

私は今日も二つに別れて眠ります。私の半分は眠り、もう一方は眠りません。私は眠らずに眠るのです。私は眠りながら考えます。つまり考えていて、考えていないのです。

信一君、お姉さんのメールアドレスは「****@hotmai.com」です。連絡してみてあげてください。そして私にもメールをください。私の心は止まっています。言葉を書くと私は苦しいです。苦しむ、何を苦しむのか、私には分かりません。

4・クチナシ

From: SHINICHI OZONO To: KAYO OZONO
Subject:お久しぶりです Date: Mon, 15 Nov 2010 11:12:27

姉さん、お久しぶりです。母さんからメールをもらいました。姉さんのメールアドレスも母さんから教えてもらいました。母さんから連絡がくるとは思ってもいませんでした。そして姉さんが母さんに連絡をしたということも信じられませんでした。僕が家出同然に田舎を出て、もう六年が過ぎます。

母さんからもらったメールはよく意味が分かりませんでした。姉さんから連絡があっただなんて、妄言だろうと思いました。でも、もしかしたら本当なのかもしれない。僕は姉さんにメールを送るべきかどうか迷いました。姉さんはあの人にメールを書いたそうですね。あなたは本当に姉さんですか? 本当に姉さんがメールを書いたのですか? それともどこかの誰かが、たちの悪いいたずらをしているのですか?

姉さんは肝硬変で入院しているらしいと知りました。本当であればきっと苦しいだろうと思います。しかしはっきり書いてしまうと、苦しむことは僕たち家族の宿命だと思います。僕たちは壊れるべき家族に生まれ、そして今でも壊れ続けているのです。いつか完全に壊れてしまうまで、ずっと苦しまなければならないのではないかと思います。

姉さんがアルコールで苦しんでいるように、あの人はギャンブルと借金に苦しんでいます。母さんは精神病で、何を言っているのかが分かりません。そして僕はそんな母さんを見放して、福岡から遠い東北の秋田県にいます。僕はここでナルコスティック・アノニマスに通い、社会復帰を目指しています。ナルコスティックアノニマスは、薬物依存症者のための集まりです。つまり僕は薬物依存症です。もう一度書きます。僕たちは壊れるべき家族に生まれ、そして今でも壊れ続けているのです。ですがそれを止めるすべはありません。生きているということ、それ自体が僕たちを前方へと、未来へと押しやり、僕たちに前進を余儀なくさせるからです。

姉さんがいなくなった後、僕は高校を卒業し、東京の大学へと進学しました。大学では一生懸命外国語の勉強をしました。外国語を習得すれば、将来食い扶持くらいは確保できるだろうと思ったからです。それに僕は姉さんのように読書が好きでした。読む本は決まって外国のものだったので、外国語の勉強は僕の性格にあっていたのだと思います。

僕は大学ではまともな成績をおさめることができたと思います。結果として人並みの仕事に就くこともできました。僕だけは、まっとうに生きていくのだと信じていました。ですが、僕もまぎれもなくこの家族の一員だったわけです。僕は十年以上も中枢神経刺激薬というものを飲み続けていました。この薬にはひどい離脱症状があります。僕はここでひたすら治療に専念しています。公民館の一室を借りて、お互いの本名を知らない薬物依存症者たちと一緒に過去について語り合います。僕は無名の薬物依存症者のうしろに自分の父親と母親の影を見ます。そしてその影の向こう側にもっともっと大勢の人間を見ます。 

会社はしばらく休ませてもらっています。解雇にならないことが本当にありがたいです。そして、心の底から悲しさと憎しみが溢れてきます。自分と家族に対する悲しみと憎しみです。姉さんには、きっとわかると思います。

昨日一輪のクチナシの花が咲いているのを見つけました。もう十一月ですから狂い咲きです。通常花の成長を抑制するホルモンは、寒い気候によって破壊されます。ですがこのクチナシのホルモンは壊れなかったようです。白いクチナシの花が目の前に咲いていることが憎らしく、僕は花を踏みつけました。それから土を掘り返して根を抜きました。自然が壊してくれないのであれば、僕が壊すことにします。僕たち家族のことも、いっそのこと誰かが滅茶苦茶に壊してくれれば良かったのにと思います。

僕たち家族は全員ただ狂っているのだと思います。そして完全に壊れてしまうまで苦しみ続けるのでしょう。

5・桜

From: KAYO OZONO To: SHINICHI OZONO
Subject:Re:お久しぶりです Date: Fri, 22 Apr 2011 14:17:32

信一君。メールをありがとう。随分と遅い返事でごめんなさい。まさか信一君から連絡がくるとは思っていませんでした。薬物依存の治療に励んでいるとのこと、回復を祈っています。信一君はこれまでずっとがんばってきたよね。ずっとがんばってきたのだから、息切れするのも人より少しだけ早いんだよ。だからきっと良くなる。私はそう信じています。

それから、信一君にとっては壊れ行く家族であったとしても、そして実際にそのような家族であったとしても、それでも私達は大切な家族です。私たちはひとつの幹につらなる枝であり葉のようなものだと思います。私たちの幹はとても弱く、乱れたものなのかもしれません。死にかけている樹なのかもしれませんが、今でもまだわずかに繋がりを残しています。その証拠に、信一君からのメールは私に届きました。

私は先月肝移植の手術を終えました。体調は順調に回復しています。私に肝臓を提供してくれた方の名前は知りません。私はこれからきちんとした生活をしていこうと思います。言葉だけでは信じてもらえないことは分かります。それほどまでに過去の負債は重いのですから。

私には簡単な抜け道を通ることはできませんでした。私がたどってきた道は、自分自身で止めることができなかった道だったのです。いろいろな形で痛みをつきつけられて、ようやく厳しい現実に目を向けることができたのです。私は強要されなければ謙虚になれず、現実を受け入れることもできなかったのです。

これからしばらくは一人で頑張っていこうと思います。今は就職活動の真っ最中です。といってもまだ療養中なので求人紙を読んでいる程度ですけれど。お酒は昨年入院してからずっと飲んでいません。退院して働けるようになったらホームヘルパーになろうと思っています。私に臓器を提供してくださった方のためにも、だれかの役にたつようにしっかりと働いていきたいと思っています。そして私が一人前になった頃にはきっと福岡に遊びに来てください。信一君が来なくても私が遊びに行くからね。

ところで先日私はお父さんとお母さんそれぞれに会いに行きました。黄色い花を持って二人の墓に水を打ち、お線香をあげてきました。墓は思ったよりも荒れていたので、きれいに掃除をしてきました。お父さんもお母さんも生きてはいません。信一君にメールを書いたのは母ではなく、私です。
本当にごめんなさい。

お母さんが交通事故にあったのはもう三年も前のことです。私はお母さんの死を知った後、身辺整理をするために、子供時代を過ごしたアパートを訪れました。お母さんの部屋は散らかり、サラ金の借用書や分厚い馬券の束が見つかりました。たくさんの見慣れぬ薬が散らばっており、私はその汚れた部屋の中でお母さんの手帳を見つけました。手帳にはお父さんと信一君の連絡先だけが書かれていました。

私がお父さんにメールを書いた時、お父さんはすでに死んでいました。借金を苦にした自殺だったそうです。死ぬ前は性格が乱暴になり、泣いたり笑ったりしていたそうです。夜も眠らず見張っておかないと、家を出て行き、兄弟の顔の見分けもつかなかったそうです。信一君。あなたの言う通り私達家族は全員狂っています。私たちはたった二人の狂った家族です。そして私はその事実を受け入れなければなりませんでした。

私はお父さんになったつもりで母にメールを書きました。そして母になったつもりであなたにメールを書きました。気が触れていますよね。でも、私は両親のことを理解したかったのです。病に侵され、両親を失った私には、自分の心の整理が必要だったのです。狂った家族であっても、それが私の拠り所だったのです。

全ては私の一人芝居であったので、信一君がお父さんのメールにも、お母さんのメールにも返信をしなかったことは知っています。私は信一君が心を閉ざさないでいてくれるように願っています。未来に対して希望を持って欲しいと祈っています。

クチナシの花はきっと今年の夏も一斉に咲くでしょう。その時に遅れて咲く花があっても、花は摘みとらずにいて欲しいのです。一度壊れてしまったものは元には戻らないかもしれませんが、壊れかけであればまだ治る希望があります。母が良く言っていましたね。枯れた枝は折り取らなければならない。そうしないと生きている枝も枯れてしまう。都合の良い考えかもしれませんが、父と母は私たちを生かすために死んでいったのではないでしょうか。現に私たちは両親に命をさずかり、今もこうして生きています。

病院のベッドから見える窓辺には、桜が咲いている様子が見えます。去年の春は花をつけなかった桜の枝が、今年はきれいな花に包まれています。もう福岡には春がきています。東北地方はこれからかもしれませんね。五月中旬までにはそちらでもきっと桜が満開になるのでしょう。

今から私たちは枝を伸ばしていかなければなりません。そうしていれば、太い幹となれる日がいつかやってくるのかもしれません。

私たち家族の回復と再生の物語は、これからようやくはじまるのです。
OZ
2011年02月07日(月) 23時28分07秒 公開
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■作者からのメッセージ
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

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No.11  OZ  評価:--点  ■2011-03-05 04:05  ID:4MvGQJq3VCA
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ω ̄)様

ご感想ありがとうございます!
>あたし低脳なんすが、この姉は何の為に、こういう手紙を、一人残った弟に出したのでしょうか?
一見物腰低く見せかけて、なかなかに強い姿勢が素敵です。いやご気分損ねて
しまったらすみません。何気に私はω ̄)様のファンだったりするので、
悪意はまったくありません。
あたしも低脳なんすが、ヒッチコックの「サイコ」みたいに登場人物が
別人格になる不気味な雰囲気みたいなものがだせればと思ったので、
姉から弟にこのようなメールを出させました。
あとはやっぱり家族ですから弟に対する愛情もきっとあるでしょうし……。
ですが書き込み不足が目立ちますね。うう。
せっかくいただいたご質問への回答となっているかどうかあまり自信が
ありませんが、ともかくご感想ありがとうございました!
No.10  ω ̄)  評価:40点  ■2011-03-01 18:59  ID:qwuq6su/k/I
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 こういう作品を書くのは、自分には無理だと思ったが、、、矢張り、小説はネタが要るかなと慨嘆させられた。確か以前読んだ時、結局弟しか残って無かった筈で。何にしろ、文章が非常に読み易く ストーリーがかなり辛い一家の話だったが、終いまですらすら読めた。ネタが大した事無い場合でも、読み易い文章は大切だなと実感させられた。あたし低脳なんすが、この姉は何の為に、こういう手紙を、一人残った弟に出したのでしょうか?
No.9  OZ  評価:--点  ■2011-02-14 21:17  ID:4MvGQJq3VCA
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フラ二ー様、いえ、zooey様

ご感想ありがとうございます。私もアメリカ文学が大好きです。いえ大好きでした。小説を読むという行為が生活の一部ではなくなってしまった現在でも、南部の作家たち、とりわけサザンルネッサンスの作家たちの作品だけは読み返すことが多いです。そしてフォークナー。まったく身の丈に会わない言及に狼狽すると同時にミーハー的な気持ちで嬉しいです。

>フォークナーという作家を少し学んだのですが、その作風に似たものを感じました。
フォークナーの作品には暴力的芳香、無数の混声、独自の時間観が溢れており、それをこのようなちゃちな書簡体で表現することは不可能なので、どのようにしてzooey様がフォークナーの作品と本作の作風に類似性を感じたのか逆に問いかけてみたいくらいです。しかし、実は母から信一にあてたメールでは、「響きと怒り」の冒頭部で繰り広げられるBenjyの心象を、おこがましくも真似しようと試みました。といってもこの手法はすでに手垢がついたものですが。手垢がついているからこそ身の程知らずにも、アロワナ以下の存在の私でさえも投稿作品に転用することを考えてみたわけでが、随分とちゃちなやり方なので、ただひたすらひとり赤面するだけです。

>終わらない苦しみ、親から子へ受け継がれる憎しみ、壊れ続ける家族、
これはいつか書きます。人間皆平等にうんこがしたくなるように、私もうんこがしたいからです。今はうんこがたまるのをじっと待っています。きっとくっさいうんこがでると思います。ですが、うんこため過ぎたら糞つまりでそのまま死ぬかも。だから姑息にも体位を微妙に変えつつ色々とトライしてみるわけです。でもうまくいかない。私は男ですけれど分娩の苦しみはそこそこ分かるのではないかと自惚れています。だって近所の薬局に下剤を買いにいったことがあるもの。わざわざいつも行く薬局から100m離れた隣の薬局に行ったもの。

「男、糞づまり、死亡」

そんな死亡欄の記事がうっすらと目に浮かぶ毎日です。いやん。

ご感想ありがとうございました!
No.8  zooey  評価:50点  ■2011-02-14 02:05  ID:qEFXZgFwvsc
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初めまして、読ませていただきました。

迫力のある素晴らしい作品だったと思います。
私は大学時代にアメリカ文学をやっていて、そこでフォークナーという作家を少し学んだのですが、その作風に似たものを感じました。

ほかの方でも書いてらっしゃる方がいましたが、
信一のメールから、とくに暗く深い情熱めいた憎しみが、強烈になり、引き込まれました。
「壊れるべき家族」という言葉や花を踏みつける描写など、
その狂気、どうにもならない苦しみや憎しみ、そして宿命をこれ以上ない強さで表していたと思います。
それがこの作品の大きな魅力だと感じました。

ただ、「壊れるべき家族」がこれからどうなるのか、描かれていない部分が、残念と言えば、残念でした。
「家族」という、もしかしたら、ずっとその憎しみが受け継がれていく可能性があるものを扱っているのだから、
その終わらない苦しみ、親から子へ受け継がれる憎しみ、壊れ続ける家族、みたいなものをラストで暗に示したら、
壮大な作品になるなぁ、なんて、勝手に考えました。

ただ、これは相当勝手な意見なので、一読者のただの感想としてとらえてください。

私も、このくらい暗い情熱を描けるようになりたいですが、難しそうです^_^;
ありがとうございました!
No.7  OZ  評価:--点  ■2011-02-11 17:40  ID:4MvGQJq3VCA
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伝屋様

いつも親切なご感想ありがとうございます。

>この感想が作者様にとって幾ばくかの意味を持っていれば幸いです。

幾ばくかどころか大いに意味を持っています。私は伝屋様のコメントを
励みにしています。

私は異常に小心者です。よくこれで会社勤め(営業)が勤まるものと不思議
なくらいです。自分でも笑えてくるほど小心で、これを伝えるにはどうした
ら良いか?

テレビ番組の「ダウンタウンのガキの使い(略)」を見たことはあります
でしょうか? その番組にはヘイポーというびびり屋の演出家が登場する
のですが、私の小心者レベルはあれくらいだと思います。
(伝われば良いのですが。自分としては非常に的確な表現だと思います。)

そんな小心者なので、仕事でつまずきやすく、つまずくたびにやたらと
へこむのですが、暗い気分で自宅に帰ったあとにこのサイトで伝屋様の
コメントを見ると励みになります。いつも丁寧に色々な方の投稿作品を
読みといてコメントをされていて、心の底からすごいと思います。
すごい人を見たら励みになりますよね。

…なんだか微妙に暗くて尚且つあやしい方向に話が向かっていきそうな
気配にしてしまったので、このあたりでやめておきます。
本当にありがとうございます。

今日は雪がふっています。外出もできないので、これからがっつり
コメント書いていきたいと思います。
※ちなみにお酒は飲んでいませんので。
No.6  伝屋  評価:50点  ■2011-02-10 23:39  ID:twF8.viieRI
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読ませていただきました。
はじめのうちは、自分自身に疲れ切ってしまったような淡々とした文章のなかに、ただ花の思い出だけがくっきりと美しい言葉で浮かび上がっている、そういう素晴らしい作品だと思っていました。
ところが読み進めていくうち、この家族の抱え込んだ狂気と対面させられていき、そしてとうとう5節でことの真相に行き当たったとき、僕はこの物語はなんというおそろしい狂気を孕んでいるんだろうと戦きました。そして同時に、その狂気を抱えたまま、むしろその狂気という逆光のなかにこそ浮かび上がってくる希望の姿を見ました。希望、と単純に書いてしまうのは正しくないかも知れません。
OZ様の作品を読ませていただくたび、僕は簡単に言い表せない、それゆえにその作品が誕生する必然があったのだという、ある感情のようなものが核の部分にあるのを感じてきました。今回は特に、その感情が強烈であったように思います。そして明らかに、それは作品を一段高いところに持って行っていると感じます。
言葉足らずな表現しかできなくてすみません。この感想が作者様にとって幾ばくかの意味を持っていれば幸いです。
それでは。
No.5  OZ(ほろ酔い馬鹿)  評価:--点  ■2011-02-09 21:48  ID:4MvGQJq3VCA
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■ねじ様

ご感想ありがとうございます。

>どこまで意図したものなのかはわかりませんが、
衝動的に書き上げるタイプなので、特別な配慮はありません。
読み返すと設定に致命的なミスがあり、誤字脱字も多くて恥ずかしいです。
面倒なので直しませんけど。
私は意図的に計算のできるほど知能は高くありません。
いわゆる天然ですので、ゆるめに見てやってください。

>彼女の今後が本当に明るいものなのか、読者にかすかに不安を抱かせる。
そうですね。基本的に狂ったひとたちの話ですから、今後も暗いでしょう。

>個人的には、最後の一文はここまではっきりと名言しないほうがよかったかな、と思います。
すごくありがたいご指摘です。私は当初袋小路に迷い込んだような
プロットを練っていました。最後は希望のない文章にしようと
思っていたのですが、書き綴るなかで結局は自らの欲望に負けました。
投稿作品の質はどうであれ、私は希望を明確に提示したかった。
ただそれだけの、非常に単純なことです。

■楠山様

点だけつけるのはやめてください。点はつけなくても良いので楠山さんの
コメントが欲しいです。ほらほら、もっとほしいのかい、エエ。
なんていうのもOKです。困ったものですね。
作品の背景となる心情は整頓整理です。
収めるべきものを、きちんと収めたかったという、それだけでした。

■としお様

>苦業の姉弟の再生の物語として書いたのでしょうけど、
うん。勘ぐりです。狂っているひとたちを書いただけです。

>あなたがこの小説を書き留めながら、心の内にどの様な思いを内包していたのか、非常に気になるところであります。
真面目に書くと、私はオナニーが大好きなので、次はオナニーを題材にした
詩を書こうと思いm… いえ。すみません。それはもう書きました。

私は世界を織物に例える比喩が大好きです。
ほつれた糸も、しっかりした糸も縦に、横へと結ばれて
織物ができあがります。
私には世界をそのように捉えたいという願望があります。

投稿の背景には、雷雨がふるう荒れた心情はありません。
おしなべてみると私の過去は平凡そのものだと思いますし、
作中で表現したかったことは狂った糸があっても
織物全体としてはよく仕上がるものではないのだろうか、
なんとなくそんな感じだけでした。

■ゆうすけ様

感想書いている暇があったら次作を書いてください!
なんて、余計なお世話ですね。

※皆様読んでいただいてありがとうございます。

No.4  ねじ  評価:30点  ■2011-02-08 23:06  ID:cjW80xOISDo
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読みました。

心に残る作品でした。
どこまで意図したものなのかはわかりませんが、なんともいえない不穏な雰囲気が全体を覆っていて、読み終えた後も結末の救いとは裏腹に、どこか暗い陰りが残るところが、この作品独自の美点だと思います。救いを見つけたように見える姉の思考に、やはりどこか壊れたままの部分があり、彼女の今後が本当に明るいものなのか、読者にかすかに不安を抱かせる。こういう読後感はなかなか味わえないので、楽しめました。

ただ、個人的には、最後の一文はここまではっきりと名言しないほうがよかったかな、と思います。

身勝手な感想を失礼いたしました。
No.3  楠山歳幸  評価:50点  ■2011-02-08 22:52  ID:sTN9Yl0gdCk
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拝読しました。

 ただ、圧倒されました。もう、評価点を入れさせていただくだけにしょうかと思いましたが、それではただの荒らしになってしまうので……。

 >お父さん、あなたの肝臓をわたしにくれませんか?
 この一文でただならぬ作風を感じ、引き込まれました。
 一見、もめ事があった時のやりとりの手紙風の中に垣間見る狂気、「けつ顎物語」のような派手さがない分正直、ゾ、としました。それだけに身内を信じよう(信じたい?)と思う気持ち(もう表現という言葉を越えているような……)もリアルです。淡々と語らわれる文章も妙にリアルで、前作の詩とは違った生命力を感じます。
 としお様のおっしゃる通り、どのような思いで書かれたのか気になってしまいます。痔のときのようにOZ様が巧みなだけかもしれませんが……。

 毎回で恐縮ですが、僕の浅い経験と低い精神年齢では陳腐な言葉しか出て来ません……。
 拙い感想、失礼しました。

No.2  としお  評価:40点  ■2011-02-08 15:42  ID:kWriX7DAQx.
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OZ様へ
読ませていただきました。

最近私は驚く事ばかりな気がします。
思えば私はTCを知ったのはサーバトラブル前後の事だったので、OZ様の文体は全然知らなかったですし、『面白くてエキセントリックな詩を書く人』と言う認識しか無かったのですが、この様なダイレクトな、告白調の文も書く人だったのかと驚いています。(ちなみに楠山様のラノベも驚きでしたが)
そして貴作を読ませて頂いて思ったのは、『ああ、文にはボディブローの様に、じわじわ効いて来る文もあるのだなぁ……』と言う事でした。
そもそも実は、私がこの文を読んだのは昨日でした。ただ、その時は特別ピンと来ず、う〜ん……と言う感じで文を閉じたのですが、夜、文の幾つかが頭の中でリピートし、煩悶の末、こうしてコメを残す事にしたわけです。
頭の中で、激しくリピートしたのは信一の文でした。

『僕たちは壊れるべき家族に生まれ、そして今でも壊れ続けているのです。いつか完全に壊れてしまうまで、ずっと苦しまなければならないのではないかと思います』

『僕たち家族のことも、いっそのこと誰かが滅茶苦茶に壊してくれれば良かったのにと思います』

文が、頭の中で何度もリピートしました。
正直、OZ様は苦業の姉弟の再生の物語として書いたのでしょうけど、私には最後の文すら色褪せるほど、信一の文の印象が強烈でした。
思えばOZ様の文は、これまでどれも静かな語りなのですが、でも読み返せば読み返すほど、その内に隠された、業火の様な激しさ、荒れ狂う雷雨の様な衝撃が秘められている様な気が致します。あなたがこの小説を書き留めながら、心の内にどの様な思いを内包していたのか、非常に気になるところであります。
拙い感想、失礼しました。
それでは。
No.1  ゆうすけ  評価:40点  ■2011-02-08 13:13  ID:DAvaaUkXOeE
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拝読させていただきました。

メールの文面のリアリティが素晴らしく、容器を見て中身の形状が分かるように人物像が浮かび上がってきました。淡々と語るところが、逆に激しく伝わってきます。読み始めたら目を離せなくなり、一気に読み終えました。
衝撃の最終章、意表を突かれました。

OZさんの作品は、じわじわと心に沁みてきますね。
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