言ってはいけない
 乗客でごった返す不快な最終電車が最寄りの駅に到着すると、僕は押し出されるようにホームへと降り立った。
「この冬一番の寒波が、日本海側に襲来したらしいですよ」
 今朝、部下の篠塚が言っていたことを思いださせるくらいの冷気が肌を撫でてきてあまりの寒さに顔を顰め、酔っている身体を縮こませながらじっとしていると、両脇を人の流れが追い越して行く。
 肩を窄めて歩く者、それとは逆にピンと姿勢の良いOL。彼女が鳴らす、ハイヒールのコツコツという音が耳を刺激して遠ざかり、そのうち聞こえなくなった。
 みんな、家に帰るのだ。そんな当たり前のことを考えていたらじわじわと背骨が冷えてくる気がして指先も痛くなってきた。それにしても寒い夜だ。コートと背広に包まれた身をひとつ震わせ、プラットホームをゆく人々の背を追うように僕も足を動かした。
 頭上から淡い色を落としてくる、いくつかの蛍光灯がやけに眩しい。だいぶ飲み過ぎたせいかもしれない。
 シンプルな光沢を放つスコッチグレインの革靴を連れながら歩いていくと、構内入ってすぐのところにある待合所の中で身体を寄せ合っている大学生くらいの若いカップルが目について立ち止まり、ぼんやりとその姿を見つめた。しばらくして僕の視線に気がついたのか、向かって左側にいる、ベースボールキャップをかぶった彼氏がこちらを睨み、立ち上がろうとしたので慌てて顔をそらし、逃げるように歩いた。
 今だけだ、と思った。見返りを求めることなく、互いを信頼し合い、幸せな時間を過ごせるのは若いうちだけだ。――いや、若くても愛なんてものはすぐに冷めてしまう。自分もそうだったからよくわかる。いまから四半世紀前、僕が中学二年生のとき、当時付き合っていた女の子と生まれて初めてデートをした。流行りの恋愛映画を観たあと、ファミリーレストランで食事をして隣町にある大型ショッピングセンターで服でも買おうかと駅まで歩くと彼女がひどく浮かない顔をしていることに気づいた。どうしたの? と訊くと彼女はすこし言いづらいような仕草を見せたあと、僕の右袖を指差して「ご飯粒、ついてるよ」と悲しそうに言った。慌てて袖のご飯粒を取り払うと彼女はさらに悲しい目でこちらを見つめ、「今日はもう帰るね、さよなら」と言い、僕の前から姿を消した。それ以降僕たちはデートをする事がなかった。彼女は極度の潔癖症だったのだ。僕の愛は、たった数個のご飯粒に敗北した。 
 酒臭い息を吐きながら改札機に近づき、上着のポケットからICカードを取り出して緑のタッチパネルにかざした。もう十数年繰り返している動作、酔っていても身体が自然と動いた。短い電子音のあとにゲートが開き、駅前にはびこる人波をかき分けるとその先、誰もいない路地裏へと突き進んだ。



 どこまでも続いていきそうな闇の中をぽつんと照らす古びた外灯、その横にある掲示板には先日の地方自治選挙で大敗した立候補者の嘘くさい笑顔が咲いている。水の中に迷い込んだような、しんとした泣きたくなるほどの静寂が耳に張りつき、じんじんと痛い。ふらつく足をゆっくりと引き連れて薄汚れたブロック塀の前にある電信柱に近づくと倒れるようにして手をついた。次の瞬間、胃の内容物が意思に反してせり上がり、僕はそのままの姿勢で豪快に嘔吐した。
 今月二回目の忘年会、年内最後の大仕事を終えてすこし調子に乗りすぎていたのかもしれない。
 来年四十路を迎えるやや草臥れた身体、アルコールを分解する能力は確実に衰えてきていてそれに比例するように腹も出てきた。もう若いころの無茶は通用しないのかもしれないな――、そうぼんやり考えていたら嘔吐の第二波がやってきて堪えきれず、また激しくえずいた。
 胃の中がカラになるまで吐き続け、背広の袖で涙が滲んだ目尻と汚れた口元を拭う。いつもなら吐くまで飲んでしまうという醜態を晒す僕ではないが今回ばかりは違っていた。

 一週間前、妻の結子が家を出て行ったのだ。

 原因はわからない。十三年前に娘が生まれ、子育てには積極的に参加していたし、家事も出来る限りの協力はしていたつもりだった。
 たまの休みには疲れた身体にムチを打ち、妻と娘の要望を聞き入れてリクエストするその場所にも連れて行った。
 記念日だって忘れたことは一度もない、独身時代二人でよく行っていたレストランを予約して考えられる最高のプレゼントまで用意した。
 でも妻は出て行ってしまった。そんな現実が信じられず、考えれば考えるほど泥沼にはまっていくようで手足をもがれたみたいに痛く、苦しい。
 しばらくは仕事も手につかず、つまらないミスもしていたがまだ三十代で部長という大事な職務を任されている以上、もう失敗は許されないと強く自分に言い聞かせていた。
「――ふざけんなよ、バカヤロー」
 酸っぱい口から溢れた声は情けないくらいに弱々しくて涙が出そうだ。
 一生懸命やっていてもうまくいかないこともある――そんなことは百も承知だったが今回の出来事で己を強く否定されたような気がして、僕はひどく疲れきっていた。
「――愛のないこんな世界なんて滅んじまえばいいんだ、チクショウ」
 矮小な世界で虐げられている頭の悪い中学生みたいにそう呟いた。見上げた空は不愉快なほどよく晴れていて僕の頭上、オリオン座がうるさいくらい輝いている。

 フラフラとした頼りない足取りで自宅まで歩いた。
 ほとんどのアルコールは体内から排出されたはずだが、身体がひどくだるい。結子のことを考えると血圧が自然と上昇して目の前が幾らか赤く染まる。
 堪えられなくなり、バカヤローと叫ぶと近所の犬がけたたましく吠え始めた。
「うるせえッ」
 大きな声を上げて小石を蹴飛ばし、啼き声がするほうを睨んだ僕の目に外灯の下、一台の奇妙な自販機が映った。
 形や大きさはどこにでもある普通の自販機だが可笑しいのはその配色だ。上から下まで濃い紫色で塗られている。とても大きな葡萄アイスのようだ。
 県外から引っ越してきてもう五年以上、朝も帰りもこの道を利用しているがあんな機械は見たことがなかった。今日の朝、あんな自販機なんてあっただろうかとしばらく考え、その光景をぼんやりと見つめていたが、酔いを醒ますために水でも飲もうとゆっくりと自販機に近づいた。小銭を出しながら何を買おうかと商品に目を凝らして、思わず固まった。そこには一種類の飲みものしかなかったからだ。
「真・タブーウォーター?」
 自販機の前面、プラスチックで出来た透明なフェイスには太字のゴシック体でそう書かれていた。顔を近づけ、まじまじと陳列されている飲料を見る。
 通常よりもやや細いボトルに薄い水色の液体が入っているように見える。先端にそれとは対照的なピンク色のキャップが被せてあり、どこか甘そうな印象だ。たっぷりとグロスを塗った若い女の唇のような蓋は内部にある蛍光灯の鈍い光をまんべんなく浴びて、ぬらぬらと妖しく光っている。不意に飲んでみたい欲望に駆られてゴクリと喉が鳴った。すぐに値段を確認しようと視線を這わしたがどこにも記載されていなくて不思議に思い、一歩下がって自販機全体を見回したが、やはり値段は書かれていない。小首を傾げ、どういうことなんだと思っていると突然、ガシャンという大きな音とともに受け取り口に商品が落ちてきた。驚いて辺りを見たが、先ほどと同じような闇があるだけで誰かの悪戯とは思えない。静寂に背中を押されるように、恐る恐る機械に近づいた。
 受け取り口を開けて中身を取り出す。自分の手のサイズに合わせて作られているかのようにボトルはすんなりとフィットし、酔って火照った身体にひんやりとして気持いい。きっとこれは何かの宣伝用で道行く人たちに無料配布されているのだろうと勝手に脳内変換すると、すぐさまキャップを開けて一口飲んだ。
 ほんのりと甘い液体が口内の嫌な酸味を瞬時に消し去り、そして爽やかな後味を残して胃の中に落ちていく。これは旨い。喉が渇いているせいもあり、ゴクゴクと飲み干してしまった。フゥと大きく息を吐いて自販機の隣にあったゴミ箱にボトルを投げ捨てると少しの時間イライラを忘れることができて嬉しくなり、僕は上機嫌で自宅へと帰った。


                                               
◇◇◇



「――お父さんもう六時半だよッ、早く起きないと遅刻しちゃうよ」
 朝っぱらからキンキンと高い、よく通る娘の声が二日酔い確実なオヤジの頭に容赦なくぶつかって痛い。
 逃げるように身をよじるとすぐにしつこいくらい肩を揺すられ、言葉にならないうめき声を上げると大型の動物が起き上がるそれのようにゆっくりと身体を起こした。
「おはよう」
 霞がかった視線の先、千春はどこか嬉しそうにそう言うと口元を手で押さえながら僕を見る。またか、と思った。彼女は昔から何かお願い事があるとこういう仕草を見せる。恐らく本人は知らないだろうが、要求度が高いほど自然と双眸も上目遣いになっていき、傍から見ると少し面白い顔になるのだ。その様子を見つめながら黙っていると、彼女が着ている聖凛中学の青ジャージが起き抜けの網膜には少しばかり刺激が強くて涙が滲んだ。
「ねえ、お父さん」
「――何だ?」
「今日買いたいCDがあるんだけど」
「CD? 先週も買ったばかりじゃないか」
「先週は佐藤ミリヤのだよ、今日はエグザール」
「まったく、よく次から次へとそんなに聴くものがあるなァ」
「ねえ、いいでしょ?」
「――で、いくら必要なんだ?」
「やっぱりお父さん話がわかる、三千円」
 千春はツインテールに縛った頭をちょこんと下げるフリをし、両手で水を汲むように頂戴のポーズを素早く作るとこっちに向かって差し出してくる。しょうがないヤツだなァと声を出すとベッドから降り、寝癖満開の頭を掻きながら机の引き出しを開けて財布を取り出すと、中で五人ほど待機していた野口英世を三人、無条件で放出した。
 男親というのはどうしてこうも娘に弱いのだろう。次こそは厳しくしようと考えて、はや十三年が経過している。僕の心情をよそに千春はありがとうと破顔し、投げキッスをする仕草を見せて寝室を出て行ったが、すぐにまた扉を開けると、
「あ、あとお父さんのスカート汚れていたからクリーニングに出したほうがいいよ」
 と言ってドアを閉めた。
 一瞬目が点になる。お父さんのスカート? アイツは一体何を言っているんだ? 短い時間思考したが二日酔いと寝起きの脳みそはすぐに限界を迎えて溜息をつくと、寝室西側にあるカーテンを開けた。真っ新な朝陽が室内に入り込んで一日の始まりを告げてくる。この頭の重さがなければ清々しい朝だと思った。不意にざらりとした感触が頭の隅をかすめたがそれがなんなのかわからず、構わずにその陽をたっぷりと五分は浴びて大きく伸びをすると、顔でも洗うかと寝室をあとにした。

 洗面所でパジャマの袖を捲ろうとしたとき、左の手首に違和感が走った。
 何だろうと袖をどけて見てみると、そこには黒い色をしたリングがガッチリと填っていた。
「なんだよコイツ――」
 仰々しい見知らぬアクセサリーに、僕の身体は金縛りにでもあったみたいに硬直した。
「お父さんはコーヒーでいいんでしょォ?」
 キッチンの方から千春の声が耳に届いてきて金縛りが解けた。もう一度左手首を強く見る。
 材質は金属で出来ているらしく、指で弾くと突き抜けるような高い音がする。手前の表面、左からグルリと半周するように『2058』と番号まで書かれている。
「なあ千春、コレってなんだァ?」
 朝に似合わない結構な声を出すとすぐに足音がして洗面所の扉が開いた。
「なに? どうしたのお父さん」
 袖を捲り、左腕を上げたまま後ろを振り返った。僕の行動に千春は訳がわからないという顔をしている。
「コレだよコレ、この黒いやつ」
「何、タブーリングがどうかした?」
「タブーリング?」
「そうだよ、朝から寝ぼけないでよ。そんなの生まれた時からみんな付けられてるじゃん」
 みんな付けられている? これは一体どういうことだ? 僕は悪い夢でも見ているのだろうか? まじまじと自分の左手首を見つめている僕に「コーヒーでいいでしょ?」と千春がすこし怒ったように言ってきたので「あ、ああ」と返事をすると彼女は洗面所から出て行ってしまった。
 納得が行かなかったがとりあえず顔を洗って髭を剃り、髪をセットするとリビングにある食卓へと着いた。テーブルの上に視線を落とすと思わず、「あれ?」と声を出してしまった。
「なあ、コーヒーは?」
「何言ってんの、目の前にあるじゃない」
「いや、これ紅茶だよ」
 そう言いながらもう一度カップの中を覗き込んだ。ティーカップの底が薄らと見える赤茶色の液体に芳ばしいあの香り、間違いなく紅茶だった。
「ほら、紅茶だ」
 視線を上げて千春の顔を見ると異星人でも見るような奇異な目を眉毛の下にはめ込んで僕の顔を見返してきた。つまり、これ以上ないくらい呆れているわけだ。
「お父さん寝ぼけすぎ、これがコーヒーでしょ? 大丈夫?」
「いや、お前こそ大丈夫か? どう見ても紅茶だろこれは」
 そうでしょ、いや違うを何回か繰り返しているとキッチンの奥から甲高い鈴の音に似た音が僕たちの耳に届き、彼女はまだ何か言いたげだったが口を閉じるとそそくさとキッチンに歩いていく。パンが焼けたのだなと察し、その背中を見送りながら目の前のお茶を一口飲んだ。うん、やっぱり紅茶だ。ゆっくりとした動作で三口目を飲み終える頃、千春はイチゴジャムがたっぷりと塗られた二枚の食パンを白い皿の上に乗せ、持ってきた。
「結局、飲んでるじゃん」
 呆れたような声を出すと彼女は食卓の上に見事に焦げたパンを置いた。僕はいやいやという感じで首を左右に振る。
「これは紅茶、――それよりさっきお前、スカートがどうとか言ってなかったか?」
「お父さんの? 言ったけどそれが何?」
「父さんは男だぞ」
「見ればわかるよ、お父さんみたいなゴツイ女の人がいるわけないじゃない」
「だったら何でスカートがどうとか言ったんだ」
「やっぱり寝ぼけてる。男の人がスカート穿くのは当たり前じゃない」
「――お前、熱でもあるんじゃないのか?」
 千春の広い額に右手を当てようと伸ばすと、早速トーストをかじっていた彼女はあからさまに嫌な顔をしてそれを避ける。
「熱があるのはお父さんでしょ、昨日飲みすぎたんじゃないの?」
「大したことはないよ」
「大したことあるって。そうやっていつも独りよがりだからお母さんも出て――あっ、ごめん」
 娘はわざとらしく空いた左手で口を押さえると、僕から視線をそらして黙々とトーストを食べ続ける。
 カップに残り三分の一になった紅茶を一口飲んで短く息を吐いた。確かに僕は独りよがりのきらいはある、でもそれは結子がリーダーシップを取れる男が好きだと言ったからで本当はこちらだって相談したいことくらいはある。千春が生まれる前に優柔不断な態度を見せたとき、彼女はとても哀しそうな目をして僕を見た。その目が怖くて今まで無理をしてきたといってもいい。この心情を娘に話してもきっと、男らしくないとか言い訳臭いとか言うのだろうが……。そういうところだけひどく結子に似ている。
 パンを手に取って齧りつきながら睨むようにして千春を見ると、彼女は眠そうに大きな欠伸を一つし、「今日は寝不足だァ、お肌が荒れちゃう」とぼそぼそ呟いている。
「何だ、テストでも近いのか?」
「んー違う、お向かいの伊藤さんチが飼ってる猫が夜中まで吠えていたから眠れなかった。お父さん気にならなかった?」
「ん? 別に気にはならなかったなァ、――ていうか猫が吠えるのか?」
「猫は吠えるよォ当たり前じゃん、犬は吠えないけど」
 可笑しなことを言う娘に反論しようと齧っていたトーストを紅茶で流し込んだとき、「ほら、また吠えてる」と千春が言った。
 聞き耳を立てると向かいの庭先、低くドスの効いたセントバーナード犬の啼き声が薄い硝子戸を透過して僕の耳に届いた。
「あまり散歩させてないからだね、ストレス溜まってるんだよきっと」
 娘はどこか同情するような声音になり、食卓にあったミルクを手に取るとコクコクと飲んだ。その顔をじっと見つめる僕と目が合い、「なに? お父さん」と白く汚れた唇がそう動いた。
「――いや、何でもない」
 真っ直ぐな瞳に射抜かれて軽く動揺し、それ以上何も言えずに僕はテーブルの上にあるトースト皿に視線を落とした。――何かがおかしい。うまく言葉にできないが普段の日常とは違う肌触りが確かにある。しばらくぼんやりと考えていると「ごちそうさまァ」と千春は言って席を立ち、自分が使っていた食器を持ってキッチンへと歩いて行った。チラリと壁にある時計に視線を送ってトーストに手を伸ばした。二日酔いで食欲が湧かなかったが何とか胃にパンを収めると紅茶を飲んで立ち上がった。出勤時間が迫っていた。

 自室のクローゼットからカシミヤ製のスーツを取り出して着替える。いつもならツイードのシングルスーツを着ていくのだが、昨日無茶な飲み方をしてしまったせいで汚れてしまい、仕方なく特別な日にしか着用しないこの高級スーツに袖を通した。いつ以来だろう、本当に久しぶりだ。
 ふと、クローゼットの隅にチェック柄をした丈の長いスカートが置いてあることに気がついた。しばらく見つめ、一体誰のだろうと短い時間考えたが、きっと結子のだろうと思い、気にも留めずそのまま扉を閉めた。
 鞄の口を開いて仕事に必要な物を入れると気合を入れてリビングまで降りた。玄関の方から「お父さん、行ってきます」と千春の声が聞こえ、「おお、気をつけてな」と返すとドアを締める音が静かな室内に響き、すぐに静寂がやってきてこの家にはもう自分ひとりしかいないんだと言うことを再認識させられる。ひとつ溜息を吐いて戸締りや火の元を確認して僕も玄関へと歩いた。靴箱からもう一足ある革靴を出して靴べらを使って履き、廊下の方を振り返って「行ってきます」と誰ともなくそう言い、ドアを開けた。


◇◇◇                                      


 今日も呆れるくらいよく晴れている。頭上を青一色の空が占有していて、遠くを飛んでいる旅客機が光の具合だろうか、いつもよりも大きく見える。青いインクを染み込ませた絵筆を一気に引いたような青、新鮮な青。正しく快晴というやつだ。

 最寄りの駅までの道のりは僕の歩く速度で約十分、たかが十分なのだが二日酔いの身体にはその陽射しと距離はひどく厳しい。
 歩き出してすぐに目を開けていられないくらいの鈍痛が脳を突き刺してきて眼球の奥がジンジンと痛み、視界がかすむ。これは今まで経験したことのない二日酔いだ。痛みに耐え兼ねてこめかみをグリグリと押さえながら歩いていると妙なことに気がついた。すれ違う人たちのほとんどが訝しげな表情をして僕の顔を覗くのだ。二日酔いがそんなに珍しいのかと思ったがどうも違うようだ。なぜだろう? 良くわからない。別に寝癖はついていないし、鼻毛だって出ていない。スーツもきちんと着ているし、風呂にだってちゃんと入っている。そんな顔をされる理由は何一つありはしないのだ。どういうことだろう、と首を傾げたがそのまま歩みを進め、通常十分のところ、十三分かかってようやく駅に辿りついた。改札を抜けると、いつもよりも数分遅れたためか、普段利用している一番乗り場は長蛇の列が出来ていて軽く舌打ちを鳴らすと隣にある二番乗り場の列に並んだ。二つ前に立っている五十過ぎの男がせわしなく鞄からスポーツ新聞を取り出してそれを読み始めた。朝の静かなホーム、新聞紙を広げるバサバサという音が一際大きく響いて鼓膜を刺激する。後ろではおそらく若い女だろう、携帯電話で陽気に話す声が聞こえて時折けたたましい笑い声が上がる。バカ笑いに呼応するように頭痛がズキズキと悪化していく。頼むから静かにしてくれ。
「――本当だって前にいるオヤジ、男なのにスーツ着てるんだよ。――そう、ズボンだよズボン。チョーうけるんだけどォ」
 嘲笑を含んだ小声が聞こえてきてこめかみを押さえながら前にいる男の足元に視線を落とした。むさくるしいほどの濃い体毛がびっしりと生えた太い脚が二本、剥き出しになっている。その下グレーのオヤジ臭い靴下が両方の足首をしっかりと守るようにフィットしていて些か滑稽だ。一瞬何が何だかわからなかった。すぐに視線を上げて辺りを見回すと駅のホームに溢れるサラリーマンや通勤客、そして駅員までも僕以外の男たちはなぜか全員スカートを穿いていた。鮮やかな赤や青やグリーンのキュロットスカート、シックな黒のタイトスカートに若い大学生風のイケメン兄ちゃんは脚に自信があるのかピンクのミニスカート姿でどこか得意げだ。なんだよこの光景は――。呆気にとられて馬鹿みたいにポカンと口を開けたまま、しばらく思考が停止してしまった。隣の列にいた小学校一年生くらいの男の子が「あっ」と大きな声を出して僕の方を指差した。
「このひと男なのにズボンはいてるよォ、ヘンなのォ」
 黒いランドセルに似合わない水玉フリルのスカートが風でひらひらとそよいでいる。その子供は僕と目が合うとケラケラと笑った。変なのはお前だろッ、と心の中でつっこんで後頭部を思い切り引っぱたいてやりたかったが周りにいる大人たちがその声でこちらの存在に気づき、空気が一気にざわめきだした。今朝、娘が僕に向けた奇異な眼差しを凌駕する凡そ百二十の冷ややかな目。傍にいる同僚らしき人物と何やら耳打ちをする中年のオッサン、汚いものでも見るように眉間にシワを寄せる真新しいビジネススーツを着た三十路過ぎのOL、珍しいものでも見たのかやけにテンションが高い女子高生の二人組、こちらを指差しながら口元を手で押さえて隣にいる四十代くらいの女にヒソヒソ話をする化粧の濃いオバタリアン、中にはいきなり拝み出す婆さんまで現れてホームは異様な空気になった。一体何なんだよ、おかしいのはお前らの方だろう? 悔しくて顔を歪めていると、軋む音を響かせながらホームに電車が滑り込んできた。瞬間、誰かにコントロールされているかのように僕を物珍しく見ていた無数の目は電車の方を向いて扉が開くやいなやぞろぞろと足並みを揃えて車内へと入っていく。――違う、これは僕がいた世界じゃない。不意に寒気が背筋を襲い、膝が震えた。混乱しそうになった頭をけたたましい発車ベルが包み込んで長くサラリーマンをやっている習性だろうか、反射的に思わず乗り込んだ。身体を押しつぶしそうな勢いの狭小な車内、二日酔いでグラグラと揺れる重たい頭、前にいるオヤジの吐く臭い息、周囲から注がれるナイフのような冷たい視線、少し変わってしまった日常と世界。もう何がなんだかわからなくなり、僕は泣きそうになっていた。


 痛みを伴う重い頭と耐え難い苦痛に耐えること二十分。
 電車はいつもどおりの速度で僕の勤める会社の最寄駅へと到着した。ドアが開くのと同時に外へ飛び出すと振り返ることなくそのまま改札まで歩いた。背中にひしひしと嘲笑を含んだ嫌な気配を感じるが構わず歩き続ける。(おかしいのは僕じゃない、絶対に違うぞ)そう言わんばかりに自動改札のグリーンに光るタッチパネルにICカードを思い切り叩きつけた。駅を出ると東側、長い上り坂が百メートルほど続き、その先に僕の勤める『グローバル・エナジー』がある。会社の主な概要は枯渇資源である石油に代わり、地球に優しいクリーンエネルギーの開発、及び実用化で二十五年前に設立された比較的若い企業だ。僕が入社して以降、着実にその実績を伸ばし続けて今では東証二部上場まで果たしている。

 硝子張りのエントランスまできた時、僕の身体はまた硬直してしまった。ぞろぞろと会社に吸い込まれていく男性社員全員が先ほどと同じくスカートを着用していたからだ。言葉にならない呻き声を喉の奥から漏らすと通りの向こう、同期入社で現在は部下の吉村が真っ赤なフレアスカートを靡かせてこちらに歩いてくる。慌てて彼に駆け寄るとその様子と僕の服装にだろう、吉村は二重で大きな目をさらに大きく見開いた。
「どうしたの部長、その格好」
「いや、こっちのセリフだよ。なんだよそれは」
「何が?」
「その真っ赤なスカートだよ」
「ん、ちょっと派手すぎたかな? 結構気に入ってるんだけど」
「色の話じゃないよ」
 僕は左右を見回して声を小さく絞る。「そのスカートだよ」
 吉村は自分が穿いている熟れすぎたトマトみたいなスカートを一瞥してすぐに視線を上げた。一体どこがおかしいのかわからないという表情をしている。
「何が? それより……」
 そう呟いて彼は僕の下半身辺りに視線を落とすと堪えきれないという感じで豪快に破顔した。
「男がズボンってェ」
「――別におかしく、ないだろ?」
 反論する声が震える。スコットランドじゃあるまいし、男がスカートを穿くほうがおかしいのは当然だったが多勢に無勢、僕の中にある常識はグラグラと揺れ始めて倒壊しそうなほど脆弱なものにすり替わる。吉村はケラケラと笑いながらエントランスの中に入っていき、そのあとを追いかけて中に入るとフロアにいる社員全員が一斉に僕を見た。しんと静まり返る社内、黒いスーツを着た女子社員の変態を見るような尖った視線が突き刺さり、鳩尾辺りがキシキシと痛む。そうこうしているとその後ろにあるエレベーターのドアが開いて新人の頃から世話になっている藤田専務が出てくるのが見えた。これで助かる、と僕は安堵して息を吐いた。しかし、こちらに向かって歩いてくる専務の姿を見て希望が絶望に変わった。ブルドックのような顔に似合わない色白で細く綺麗な脚、確かもうすぐ五十二歳になるはずだが年甲斐もなく思いっきりミニスカートだった。何ということだ。彼は僕の格好を見ると血相を変えてすぐに「こっちに来なさい」と肩を掴んだ。そのまま有無を言わさずズルズルと一階南側にある喫煙所まで引っ張られてしまった。
 専務はガラス越しに喫煙所内を覗き、誰もいないのを確認すると素早くドアを開けて僕を中に押し入れる。急いでドアを閉めると強めの咳払いが狭い室内に響いた。
「まさか、君にそんな趣味があったとはな」
「違うんです専務、聞いてくださいッ」
 真剣な顔で詰め寄ると専務は仰け反るように後退し、「わ、わかった少し落ち着こう」と慌てたような声を出して僕の肩に手を置くと宥めるような仕草を見せる。
「私は人の趣味にとやかく言うつもりはない。でも会社でその格好はマズい、ちょっと待っていなさい」
 彼はそう早口に言うと僕の言葉も聞かず、喫煙所を出て行ってしまった。すぐに戻ってきた専務の手にはグレーの地味な女子社員の制服が携わられている。まさかこれを着ろ、なんていうんじゃないだろうな――専務、冗談ですよね? そう思った矢先、彼はどこか嬉しそうに口を開いた。
「ちょうど君にぴったりの制服があった。さあ、着なさい」
 ブルドックの笑顔ほど怖いものはなく、迫り来る迫力に首を縦に動かざるを得なかった。渋々スーツの下を脱ぎ、グレーのスカートを手に取って見つめると、意を決し、穿く。ズボンのそれとは違う股の風通しの良さ、腿にさらさらと触れる生地が何ともこそばゆい。その恥ずかしさと無防備さに頼りなく足が震えて下腹部がキュっと縮む。専務はなぜか満足そうにうんうんと大きく頷いている。なんだこれは。窓ガラスに映るスネ毛全開、腿毛薄らなスカート姿の僕とそれを享受するミニスカ重役。なんだこれは。ありえない、本当にありえない。眩暈が怒涛のごとく襲ってきた。ダメだ、もう倒れてしまいたい。
「存外、よく似合うじゃないか。これで一層仕事にも精が出るはずだ。そうだろ原くん」
 上から下まで舐め回すように見つめながら満面の笑みを浮かべる専務に僕は引きつった笑いを見せると彼はまた満足そうに頷いて「今年も今日で仕事納め、一緒に頑張ろうじゃないかァ」と青春ドラマに出てくる暑苦しい体育教師のようなセリフを吐いて喫煙所を出て行った。ひとり取り残された僕に罪悪感に似た何とも言えない苦いものが胃の奥からこみ上げてきて思いだしたように頭痛が鳴り響く。神様ごめんなさい。僕が悪いのなら謝ります、だから悪い夢なら早く目覚めさせてくださいッ、毛むくじゃらの足を剥き出しにして、そう心の中で強く願った。


◇◇◇ 


 気がつけばもう三時間近く、パソコンを睨みながらキーボードを叩いている。
 仕事内容は以前と変わりなく、ホッと胸を撫で下ろすと、僕はおかしな日常を忘れるように業務に没頭していた。結子が家を出て行ってから一週間、皮肉にも今日が一番集中できたような気がする。不思議と二日酔いの頭痛もしなくなり、身体の疲労もほとんどなくて水が流れるように緩やかに、でも一気に時間だけが過ぎ去った。
 先方とのアポイントメント了承のメールを素早く打ち、それからしばらくして手を止めると不意に机の下を見た。乾燥して白く粉をふいた膝が二つ見えて切なくなり、軽くため息が出る。デスクの引き出しから書類を出したり印鑑を出したりしていると、そのたびに股がスースーしてやけに肌寒い。良くみんな平気だなと周りを見ると出入口側の席にいる、新入社員の桑田君の姿が目に入った。学生時代ラグビー部の主将を務めていただけに体格の良い彼の肩幅は肩パットを三枚重ねにして入れたかのように広く頼もしい。同じように屈強なその足元にはピンクのキティちゃんのプリントが印刷された可愛らしい簡易毛布がかかっていて唖然としたが、僕は(ああ、だから女子は膝掛けを常用しているのか)、と妙に納得して再びパソコンに向かおうと視線を戻したらタイミングよく昼休憩のチャイムが鳴った。


 七階にある社員食堂に行き、いつも食べているA定食が載ったトレイを手にするとテーブルに歩いた。今日は天気がいいので窓際、一番日当たりの良い席に陣取ると対角線にあるテレビへと視線を流した。ちょうどNHKのニュースがやっていて僕と同じくらいの歳の男性アナウンサーが真剣な面持ちで原稿を読んでいる。無論スカート姿で、だ。うんざりしながらも立ち上がり、カウンター横に設置されている水氷器から水を持ってきて一口飲んだ。旨くも不味くもない凡庸な水、以前と同じで嬉しくなり、僕の顔は無意識に綻ぶ。
「部長、どうしたの笑って。何か良いことでもあった?」
 吉村が銀色のトレイを持ってこちらに近づいてくる。朝と同じ真っ赤なスカートが外からの光に反射して見ている両目に痛い。いや、色々な意味で痛い。曖昧に返事をすると彼はまだ三十代にもかかわらず「どっこいしょ」と老人みたいに言い、隣に腰掛けた。何気なく彼がテーブルの上に置いたトレイを見て、思わず口に含んだ水を吐き出してしまった。吉村がうわっと大きな声を出した。
「部長何してんですか、汚いなァ」
「それ、何だよ?」
 彼が持ってきたトレイを指差すと吉村の強い視線は一度その上に落ちたがすぐにこちらを見返してくる。目の色が晦渋に染まっていた。僕の言うことはそんなにも難解なのだろうか? 黙っている彼にもう一度口を開いた。
「――それ、食べ物なのか?」
 トレイの上には紫色をしたドロドロの液体がたっぷりとカレー皿によそられていた。横には真っ黒な焦げとも虫の死骸ともつかない何かが茶碗のなか山のように盛られ、時折炭酸が弾けるようなプチプチという音を奏でている。何だかわからないがおぞましい光景だ。背筋を悪寒が駆けて鳥肌が広がった。至極気持ち悪い。
「何言ってるの部長、ただのCランチじゃない」
「Cランチ?」
 頭の片隅にある朧ろげな記憶を懸命に辿る。――いや違う、この時期のCランチは鯖の味噌煮定食だったはず。今まで数回しか頼んだことはなかったが確かそうだ。以前、肉料理ばかり食べていた部下の斎藤にCランチを勧めたところ、「俺、鯖アレルギーなんです」と申し訳なさそうに言っていたからまず間違いない。そう思い返していると吉村はそうだよと頷いて、これが美味いんだと呟きながら右端にあるスプーンを手に取って紫色の液体をぐるぐるとかき混ぜ始めた。途端に動物の腐敗臭のような強烈な臭いが辺りに漂い、反射的に鼻を摘んだ。吉村は熟練のソムリエが芳醇なワインの香りを嗅ぐそれのように液体が入っている皿を持ち上げると目を瞑り、クンクンと鼻を鳴らして匂いを堪能し始める。おいおい、マジかよ? そう思ったのも束の間、彼は得体の知れないその液体をズズズッと味噌汁でも飲むようにして美味そうに啜った。あまりの奇行っぷりに僕は鼻を摘んだまま固まってしまった。一通り飲むと今度は茶碗にある黒い物体をスプーンで掬い、大きな口を開けてバリバリと咀嚼する。堅い物が砕ける、尖った音の間に虫の腹が破けるようなプチプチという柔らかい音が混ざり合い、ひどく不快だ。両方の耳を押さえたくなったが片手ではそうもいかず、僕は椅子の上で身体をくねらせた。
「部長、何してるのよ大丈夫?」
 顔を背けたくなるような臭い息を吐き出しながら彼は言い、それでも手は休めずに黒い物体を口に運び続けている。呆気にとられて見つめているとテレビから注意を促す大きな電子音がして僕たちはそちらに目を向けた。ニュース速報が入ったのだ。画面上部に《タブーワードに『愛している』が加わったと正午に政府が発表 翌日正午から施行される模様》とだけテロップが流れた。目が点になった。男性アナウンサーが一際真剣な表情になり、先ほど流れたテロップと同じ内容を何回か大きな声で繰り返す。タブーワード? わけがわからなかったがアナウンサーの鬼気迫る迫力に何かヤバイことなのだろうと直感する。しばらくそのままの姿勢で画面を見ていてハッと思い出した。すぐに左の袖を捲ると剥き出しになった黒いリングが僕の目に飛び込んだ。
「――またか、今年は多いなァ。もうこれでトータル十七個目だな」
「なあ吉村、タブーワードってなんだ?」
 無意識に出た声は自分でも驚くくらい震えていた。彼の手が止まり、僕の顔を覗き込むようにして見つめ、きっかりと目が合う。その眼差しは黒く塗りつぶされた底の見えない穴のようで、ゾクリとした寒気が精神に深くまとわりつく。
「どうしたの? タブーワードを知らないなんて冗談にもならないよ。馬鹿にしてる?」
「いや、そうじゃなくてさ」
「そうじゃないならなんなの? 今日の部長なんかおかしいなァ。やっぱり馬鹿にしてんでしょ?」
「違うんだ、本当に知らな――」 
 弁解しようとした瞬間、食堂脇にある廊下から轟音が鳴り響いた。鼓膜が破れたかと思うほどの馬鹿でかい音、ほぼ同時に吹き飛ばされそうなほどの風が巻き起こり、何がなんだかわからないまま飛ばされないよう必死にテーブルの角にしがみついた。向かいの大きな窓ガラスがビリビリと激しく振動して粉々に割れた。近くにあった無人のテーブルや椅子がバタバタと倒れ、遅れてきな臭い匂いが食堂に漂う。その異常な事態に息を飲むと僕は震える足で立ち上がり、恐る恐る廊下側に顔を出した。
 薄い水色の床が、ある一箇所だけ抉られたように大きな穴が開いていた。その周りを黒ずんだ赤色が四方に飛び散っていて猛烈な血の匂いと爆薬の匂いだろうか、酸っぱい刺激臭がそのあとを追いかけてくる。穴のなか、革靴を履いた足首から下だけが冗談のように転がっている。飛び出た骨が漂白したみたいに真っ白で網膜に突き刺さった。不意に猛烈な吐き気が込み上げて、反射的に嘔吐した。混乱しかけた脳だったが、誰かが爆死したのだとすぐに理解した。周辺を濁ったような白煙がゆらゆらと立ち上り、天井にある割れた蛍光灯付近でひとつになると風もないのに左右に流れていく。声が出ない。ここは平和な日本ではなかったのか? 突然現れた戦場に僕の思考は完全に停止してしまった。時間も音も止まった世界、しばらくしてバリバリという不快な音だけが僕の元に戻ってきた。吉村はその光景に眉一つ動かさずに平然とスプーンを動かし続けている。いや吉村だけじゃない、食堂にいる僕以外の人間は誰ひとりとして取り乱す様子はなく、皆それがごく当たり前のように昼食を続行している。聴力が戻ってきた耳に誰かの笑い声も届いてきた。わけがわからない。悪夢を見ているような苦い感覚に襲われながら、ふらつく足で席に戻った。そうするしかなかった。
「あーあ、間抜けだなァ。【タブーを口にする】そんな初歩的なミスをするなんてさァ」
 口から黒い欠片をひとつ飛ばし、吉村は人間とは思えない冷めた目つきでそう言った。その態度に沸々と怒りが込み上がり、僕は声を荒らげた。
「お前、何言ってんだ? よくそんなことが言えるな、人が……人が死んだんだぞッ」
 彼の顔を睨んだが、吉村はそれがどうしたと言わんばかりの表情でスプーンを持つ手を止めない。しんと静まり返った食堂、不快な咀嚼音だけが正常だった。
「何言ってるの部長、タブーワードを言ったらリングが爆発するんだよ。そんなの当たり前だよ?」
 吉村はそこまで喋ると僕の後ろに視線を流して、「彼、もしくは彼女かは知らないけどさ、爆死した人もわかってた事なんだからそう熱くならないでよ。まあ、人間いつか死ぬわけだし」
 朝の挨拶をするようにさらりとそう言うと、彼はまた黙々と料理とも呼べないそれを食べ出した。
 違う……違うぞ、なんだよこの世界。恐ろしさで膝が震え、怒りと不安で涙が浮かんでくる。身体の内側、危険だと本能が警鐘を鳴らし始めた。僕はいてもたってもいられなくなり、彼を残したまま食堂から逃げるように走り出た。
 爆発場所とは反対側、廊下の突き当たりまで行くとエレベーターのボタンを強く押した。扉が開くと無我夢中でそのまま飛び乗り、一階のボタンを半ば殴るように押すと壁に倒れ、背を預けた。人工的な鈍い光に照らされた内部、その冷たさがまるで吉村たちの心のなかのようで視線が歪み、頬を流れた涙を袖で拭う。しばらくしてエレベーターが一階に到着し、フラフラとした足取りでロビーを抜けて外に出る。真冬の寒風が剥き出しの足に吹き付けて凍るように寒いがもうどうでも良くなっていた。どこに行けばいいのかわからず、ただひたすらに彷徨い歩いた。
 冷たく恐ろしい街を抜け、温かみのある場所を求めて僕は歩き続けた。ふと気がつくと、いつの間にか大きな公園の中にある赤いベンチに腰をかけていた。ぼんやりとした視線を右に動かすと出入口付近、三台のブランコが設置されていて近くにある幼稚園の園児たちだろうか、付き添いの先生らしき女性と楽しそうに遊んでいる。雲ひとつない蒼穹からは眩い光が足元の芝生に降り注いでいて、一時寒さを忘れさせてくれる。まるで平和そのものだ。――でもこの世界は僕のいた世界じゃない。左太腿の上、手首の黒いリングがその陽を浴びてぬらぬらといやらしく光った。溜息が出た。諦めと憤りと悔しさがまぜこぜになった熱を持った息、冷えた空気に溶け込んで一瞬目の前が白く歪んだがすぐに消えた。
「チクショウ、ふざけんなよバカヤ――」そこまで言った時だった。
「その先は言わないほうがいい」
 嗄れた声が咲き、驚いて顔を上げるといつの間にか僕の隣に男が座っていた。
 もう何年も洗っていないと思える皮脂で固まったボサボサの髪、細い氷のように冷たく尖った切れ長の眼に顔の面積の半分以上を埋め尽くした無精髭、黒ずんだ頬の皮膚は人間というより黒犀のそれのようで見るからに硬そうだ。拒食症のロバのように痩せた身体にボロボロのジャンバーを着こんでいる。歳は僕よりも十個ほど上だろうか? しばらく考えたが判然としない。穿いている黒のロングスカートも顔同様にかなり汚れてはいたが上着ほどではない。最近購入したものだろうか、その様子を訝しげに見つめていると男は垢で汚れた上着のポケットから右手を出して髭で埋もれた唇の前で人差し指を立てる。
「馬鹿まではいいが野郎をつけちゃいけない。爆発しちまうぞ」
 男の言葉に寒気がして左手首のリングを凝視した。それまで重さを感じなかったが今は酷く重い気がする。指先が微かに震えだした。口の中に溜まった唾液を飲み込み、震えを止めようと右手でリングを包み込むようにして押さえつけた。黙っていると男が続ける。
「――アンタ、この世界に来たばかりだな? 動揺の色が顔に出てるよ、初心者マークだ」
 ぎょっとして男の薄汚れた顔を強く見つめた。彼は真っすぐに前だけを見据えている。
「――どういうことですか」
 男の双眸がゆっくりと僕を捉える。真っ黒な眼、だと思った。
 先の見えない洞窟の入口に一人立たされたような不安感が内側で湧き上がり、意識に反して身体の震えが強くなる。男はボロボロのその面貌を少しだけ崩した。笑ったのだ。
「十三年前の俺に良く似てんだよ、気持ち悪いくらいにな」
「十三年前? もしかしてあなたも違う世界から来た?」
 男は僕の言葉には答えず、垢で黒ずんだ右手の先を持ち上げると前方を指差した。そして土気色した薄い唇で独り言のように何やらつぶやき始める。何事かと耳を傾けた。
「あーあ、あのオバタリアンまたあんなところで犬の糞させてやがる。いつも持ち帰らないでそのままなんだ、まったく困ったもんだな」
 彼が指差した先、髪の長い中年の女性が柴犬を散歩させている。犬は用を足し終わったのか、後ろ足で忙しなく地面を掻き、そこだけ砂煙が上がった。しばらく眺めていて朝の出来事を思い出し、男の顔を凝視する。
「やっぱりあなた、元の世界から来たんですね? この世界じゃどういうわけかあれは猫という呼び方になっている」
「――アンタで七人目だ。六人目は一昨年のまだ暖かい時期だったから二年半ぶりくれえかな」
 男はそこまで言うと草臥れたジャンバーのポケットから煙草を取り出して吸い始めた。四分の一が灰に変わる頃、彼は「色々と聞きたいか?」と血色の悪いその唇を動かした。僕はすぐに頷く。
「この世界はよ、【タブーワード】で構成されちまってんだ。タブーワードっていうのはもうそのまま、絶対に言ってはいけない言葉ってことだ。十三年前、ちょうど俺がこの世界に迷い込んじまった日の翌週、突然そのリングが国民全員に配られて身につけるように義務付けられた。色々調べたらよ、その前年に凶悪な事件が多発していたんだ。天下の神宿駅乗っ取りに始まって国会議事堂爆破だとか首相官邸襲撃とか。きっと政府の要人たちは怖かったんだろうなァ――だからコイツで国民を監視しようとした」
 彼は着ている上着の左袖を捲りあげて手首のリングを出すと煙草を挟んだ人差し指と中指の先で中央を二回、トントンと叩く。
「最初は過激な言葉を言わせなくすることでテロ行為を抑止するのが目的だった。丁寧な言葉を使わせることで穏やかな人格になるだろうと。くだらなくて笑っちまうだろ? 無論、当時は浅はかだの人権侵害だの色々言われていたなァ、まあ当然といえば当然だ。でも政府は本気で世の中がよくなるとそう考えていた。誰もが初めはこんな馬鹿げたことすぐに終わるだろうと思っていた、だけど違った。テロ行為が減ったんだ、それも劇的に。偶然かもしれねえが国民は何も言えなくなっちまったんだ。それからの政府はもうやりたい放題よ、さっき報道されていたワード『愛している』もあと二十二時間半ほどしたら言えなくなる。困ったもんだな」
 彼は一旦そこで言葉を区切り、「まあ、でも俺には愛す女なんかいねえけどよ」とどこか寂しそうに微笑んだ。タブーワードのことを詳しく教えてくれと懇願すると、彼は十七個あるというそれを丁寧に地面に書いてくれた。ほとんどが過激な言葉だった。二つほど卑猥な言葉も含まれている。馬鹿らしくなり、心の中で唾を吐いた。
「――元の世界に戻る方法はないんですか?」
 僕の問いかけに彼は細い目をより一層細くさせ、眉間に深い縦皺を走らせた。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか? 男は鋭く舌打ちを鳴らすとそのまま黙り込んでしまった。少しの時間待ったが状況は変わらず、僕は小さく息を吐き出してぼんやりと前を見ていた。ふと、この世界にもいるはずの結子はどうしているのだろうと思った。元の世界と同じように僕を毛嫌いし、どこかにいってしまったのだろうか? わからない。僕はまた溜息をついた。
「――ひとつだけある」
 吐き出した息の間を縫うようにその言葉が響き、落ちていた視線を上げた。男の鋭い眼差しがこちらに突き刺さる。内蔵まで見透かされそうな深い黒目が僕を捉えて身体が震えた。
「まあ、あるといっても絶対的な確証はないがな。それでもアンタ聞きたいか? 無駄かもしれんぞ」
 僕は短い時間逡巡したが、でもすぐに頷いた。このおかしな世界から抜け出せるのなら何でもするつもりだった。男は僕の目を強く覗き込むと、そうかと独りごちる。すぐに髭の中に埋もれたその唇を動かした。
「もう一回飲むんだよ、アレをな」
「アレ?」
 こちらの憂色をよそに彼は右手をコップに見立てて口まで持ち上げると、それを飲むような仕草をする。言っている意味がわからず、僅かの間考えた。彼はまた同じような動作をして僕を見る。
「飲んだんだろ? アンタもあの水を」
 男の言葉で脳裏にぼんやりと紫の自販機が浮かび、同時に口の中をあの甘い液体がかすかに蘇る。何という商品名だったか思い出せず、彼の細い目を見ながら短く頷いた。
「真・タブーウォーターを飲んだか、やはりな。俺も飲んだんだよ、十三年前に。あの日はちょうど月末の給料日で、仕事終わりに駅近くの居酒屋で軽く一杯やった帰り道だった。少し気持ちよくなってフラフラと歩いていると紫のワンピースを着た若い女が左手に麻のカゴを携えて立っていた。なんだと思って近づく俺に、女は水色のペットボトルを差し出してきた。今思い出してみても綺麗な色をしていたなァ、暫く見蕩れていると女は薄らと微笑んで俺の手を無理やり取るとそれを握らせた。そのまま女はどこかへと消えてしまい、残された俺は喉も乾いていたし丁度いいやとその水を飲んだ。生まれてきてこれ以上美味い水は飲んだことがなかったよ、夢中で一気に飲み干しちまった。で、その日は上機嫌で誰も待っていない安アパートに帰っていった。異変に気づいたのは次の日の朝のことだ。いつものように六時半に目覚ましが鳴って煎餅布団から這い出た。いくらも飲んでいないのにやけに頭痛がひどくて頭を押さえながら台所のシンクで顔を洗い、パジャマに上着を引っ掛けて近くのコンビニまで朝飯を買いにいった。おにぎり二個とお茶をカゴに入れてレジに持っていくとよ、店員のあんちゃんがミニスカート姿で仕事しているじゃねーか。なんだこの店? と思ったよ。まあでもジロジロ見るのも失礼になるし、そのまま会計を済ませて外に出て変わった店もあるもんだなと家路について、テレビを観ながら早速おにぎりを食い出した俺の目は画面に釘付けになった。テレビの中、出ている男たちが全員スカートを穿いてやがった。吃驚したよ、慌ててチャンネルを変えてみたがどの局も一緒だった。そうこうしているうちにタブーリングが配布されてこの有様だ。不可思議な世界に迷い込んじまった、と思ったよ」
 彼は短くなった煙草を愛おしそうにゆっくりと吸い、倍の時間をかけて煙を吐き出す。名残惜しそうに地面に捨てると思いを断ち切るようにボロボロの靴で踏み潰した。
「ここからが本題だ。俺も最初はこんなくだらない世界からの脱出を試みた。はじめはどうしたらいいか全くわからなかったがしばらくして俺と同じ、元の世界から迷い込んだ連中がポコポコと現れたんだ。皆一様に疲れきっていて一目見てここの住人じゃないことはすぐにわかったよ、目が違うんだ。それで色々話を聞いていくうちにあの水が異世界の扉を開く鍵になっているんじゃないのかという結論に達した。皆飲んでたんだ、不思議なことにな。そんな中、元の住人だったひとりが突然消えたんだ。『あの水を飲んだ、元の世界に帰る』という書き置きだけを残してな。親しいやつに訊いたところ、そいつは一口だけ残していたらしい。俺たちは必死になってあの水を探し回った――だけど見つからなかった。もしかしたらこっちの世界では真・タブーウォーターの存在そのものがないのかもしれん。早く向こうに帰りたい、そう思ってもう十三年が経過しちまった」
 彼はそこまで言うと垢で汚れた面貌を崩し、疲れとも諦めとも取れない乾いた笑みを広げた。
「こんな不毛な世界でも長く浸かっているとよ、段々感覚が麻痺してくるんだ。新しく何かを開くよりも今あるものにぶら下がる方が楽なんだよ実際。結局俺もこんなもの穿くようになっちまったしな」
 寂しく濡れた視線が黒のロングスカートの上に落ちて、そのあとをため息が追いかけた。
「そんなに自分を卑下する必要はありませんよ、僕も探します、このくだらない世界から一緒に――」
 そう言いかけた時、遠くからサイレンのようなものが聞こえ、辺りに響いた。拡声器がハウリングを起こした時のようなとても耳障りな音、ザラザラとした嫌な感触だけが耳の奥に軌跡を残した。
「――トリシラベの時間みてえだな、面倒くせえ」
「とりしらべ?」
「ここらの地域じゃ毎月第三火曜日は政府が国民を取り調べるんだよネチネチと。違法な行動や反逆的な思想を持ってねえかとな」
 彼は自分のリングを一擦りして、億劫そうに腰を上げた。
「行きたくはねえけど行くしかねえな、サボるとよ強制的に爆死させられちまうからな」
 そう呟くとゆっくりと歩き出した。もう一度リングを見つめると僕も立ち上がり、彼の背中を追った。何かわかるかもしれないと思った。公園の奥にある出入口から住宅に隣接している細い裏道を無言で歩く。陽は建物で遮られ、日陰に入るとひどく寒い。奥歯を噛み締めながら足を進めるとすぐに交通量の多い大通りに出た。横断歩道で一旦立ち止まり、信号が青になるとまた歩き出す。五分くらい経っただろうか、突然彼は「今日もたくさん集まってやがるなァ」とどこか揶揄するように呟いた。視線の先、歩道には溢れるくらいの長蛇の列が出来ている。人垣の向こうには大きな倉庫のような建物があり、入口に軍服を着た男たちが数人立っているのが見える。その光景を見ていた僕たちを赤ん坊のけたたましい鳴き声が包み、声のするほうに首を振り向けると最後尾に並んでいるまだ若い母親の背中には一歳くらいの乳児が背負われていて、白く柔らかそうなその腕にも黒いリングが填められており、ひどく眩暈がして身体がふらついた。その様子を心配したのか、彼が「おいおい、どうした?」と声を出して僕の左肩を掴んだ。大丈夫だ、すまないと礼を言って右手を挙げて視線を前に戻した。

 列は少しずつだが確実に進んでいき、あと五十人ほど消化すると僕たちの番になろうとしていた。中では一体何が行われているのか外からではわからない。入口のシャッターは降りたままで固く閉ざされており、内部の様子は伺えない。立ち並ぶ人たちの隙間から奥にある出入口を覗こうと首を伸ばした瞬間、建物の中から轟音が響いて地面を揺らした。先ほどと同じ音、誰かが爆死したのだと思った。突然のことで驚いて腰が抜け、そのままアスファルトの上にヘタり込んだ。赤ん坊の鳴き声がひときわ大きくなり、爆発で震える空気をさらに震わせる。次いで中から不快な笑い声が木霊した。周りの大人たちは異常な出来事を当然のように享受していて、だからこそ列に並ぶその姿は皆同じ顔に見えた。寒気が身体を襲い、胃がぎりぎりと痛んだ。何とか起き上がり、助けを求めようと隣の男を見ると彼はまっすぐ前だけを見据えながら「この世界は所詮こんなものだよ。十三年間もいるんだ、俺はとっくの昔に慣れちまった」そう淡々と言葉を吐く。恐ろしいことだと思った。この異常な世界やそれに慣れてしまった大人たちも。頭を振って視線を振り戻した。悪魔の宴が行われている建物の内部を想像しただけで胃液が逆流して口の中がひどく酸っぱくなる。顔を歪めると僕は逃げるようにして視線を右側、歩道の方へと逸らした。気持ちとは裏腹に快晴の空から透き通る陽が降り注ぎ、そこだけ見ると元の世界と何ら変わらない。不意に結子や千春、会社の仲間たちを思い出し、涙が溢れて頬を濡らした。
「おいおい、アンタなに泣いてんだよ? しっかりしろよ」
 男は嫌そうに舌打ちを鳴らして「お、あそこ見てみろよ、えらくイイ女がいるじゃねーか。泣いてる場合じゃねえぞ」と言葉を続けた。頬を袖口で乱暴に拭って彼の言う場所に目を向ける。すぐに身体が雷に打たれたように硬直した。

 そこに結子が立っていた。

 意志の強さを表すような大きな瞳、高くはないが整った鼻梁、上品な薄い唇には僕の好きな淡い桜色の口紅が引かれている。いつもの結子だった。彼女は僕と目が合うと意味深に笑んで、そのままどこかへと歩き出した。
「結子ッ」
 僕は叫ぶとそのあとを追いかけた。後ろから「アンタどこ行くんだよッ」と男の声が聞こえたが、もう関係なかった。                                                            

◇◇◇


 すぐに追いかけたはずだったが、僕は結子の背中を見失っていた。
 息を切らしながら辺りを見回すといつの間にか狭い路地裏へと迷い込んでいることに気がついた。家人以外の進入を邪魔するような錆びた剥き出しのガスメーター、腐食しかかったグラグラの勝手口、どこからともなく聞こえる何かの低いモーター音、誰かが魚でも焼いているのだろうか、芳ばしい匂いが漂っている。路地の隙間、薄く切り取られた空から真冬の白い光が降っているがこちら側には届かず、夕方のように薄暗い。足元に転がる木屑や表面のロゴが消えかかったコーラの瓶を跨いで僕はその先へと歩を進める。ほどなく行くと芳ばしい匂いに混じり、香水の甘い香りが鼻をくすぐった。結子が好きな香水の匂い。僕たちが初めてデートをしたとき、横浜の店で彼女にプレゼントしたその香水だった。意識を集中させて香りを辿る。突き当りの道を左に曲がると小さな門が見えてきた。誰かが今しがた開けたのか、観音開き式になっている右側が風にゆっくりと揺れている。あそこにいるのかもしれない、僕は急いで近づくとその門を潜った。入ってすぐのところにある猫の額ほどの庭には背丈の違う小ぶりな向日葵が二本咲いていた。ひどく季節はずれだが、鮮やかな黄色い花びらを見ていると心が少しだけ癒される気がした。庭を抜け、奥には低い平屋建ての家屋があり、その縁側に結子は静かに腰掛けていた。
「結子」
 近づくと、彼女はこちらを一瞥してまた薄く微笑んだ。すべてを悟っているような穏やかな表情、しばらくすると幼い頃を想い返すように遠い目をして前を向いた。彼女の隣に座り、同じように視線を這わした。こちらに背を向けている季節はずれの向日葵、古びた小さな門、地面の湿った何とも言えない匂い、それらがとても懐かしい。僕が七つの時、取り壊されてしまった祖父の家とどこか似ていて聞こえてくる息遣いや鼓動までもタイムスリップしたようだ。
「――月をね」
 突然、結子がそう言い、僕は視線を彼女へと向けた。丁寧な筆使いで描いたような繊細な横顔、真昼の空を見上げるその顔に、緩やかに陽が差し込んで先端をきらきらと輝かせている。
「皆は夜空に浮かぶ月を眺めていると思っているのかもしれないけれど、実際は違うの。月が私たちを見下ろしているのよ」
 言葉の意味を汲み取れず、じっと彼女の瞳《め》を見つめた。結子は僕の顔を見返してすぐに薄く破顔した。
「――元の世界に、戻りたいと思う?」
「――ああ、決まってるさ」
「こっちの世界は嫌い?」
「君は好きなのか? こんな世界が」
「私には選ぶ権利なんて初めからなかったのよ、差し出された宿命をただ享受するだけ。ねえ、あなたはどう思う?」
 そう訊かれて、短い時間考えた。何と答えたらいいのかわからない。息が詰まるような静寂だけが存在を主張して、やけに喉が渇く。そんな僕を見かねてか、彼女はまた口を開いた。
「――あなた、言ったのよ」
「えっ?」
「女は男に尽くすものだ、それがお前の使命だって。私、悔しくて泣いたわ」
 そう言われて頭の中が固まってしまった。そんな発言をいつしたのか、覚えてはいない。どういう事なんだと尋ねようとしたがうまく言葉が出てこず、空気の漏れる情けない音が口の前で鳴った。
「覚えてないでしょ? 無理もないわ、あなた酷く酔ってたから。背広をクリーニングに出し忘れただけであそこまで言われるとは思わなかった」
「ちょっと待ってくれ」
「何を待つの?」
「――君は本当の結子なのか?」
 彼女はまた前方に視線を向けた。そして、少しだけ躊躇うような仕草を見せてから薄い唇を開いた。
「前に――、そう、あれは千春がまだ小学校二年生の頃だったわ。当時流行っていた『おたま物語』っていうオタマジャクシの形をしたキーホルダーをあの子すごく欲しがっていて、でもあなたはそんなもの必要ないと言い、買ってあげなくて。それであの子、つい出来心で万引きをしてしまった。結果的に未遂で終わったけれどあなたは強くあの子を叱った」
「それは親として当然――」
「本当にあの子のために叱ったの?」
 結子の大きな瞳に見据えられて僕は息を飲んだ。あの時、僕は課長に就任したばかりで先輩社員や同期の連中からも色々と妬まれていた。せっかく苦労して手に入れたポスト、昇進は些細なスキャンダルでも命取りになることを僕は知っていた。そんな折、飛び込んできた娘の不祥事。僕は千春のためと言いつつ、結局自分の身を守るため娘の白く、か弱い頬を叩いたのだ。
「――勿論、あの子のためだよ」嘘だった。
 そう言うと彼女は憂いを秘めた寂しそうな顔をしておもむろに立ち上がり、奥の座敷へと消えた。追いかけようかどうしようか短い時間迷ったがすぐに土足のまま屋内に上がった。日本家屋特有の採光性の悪い薄暗い部屋、まるで僕の心の中を映したようだ。座敷の障子を開けると八畳ほどの部屋の真ん中、樫の木か何かで拵えた飴色のテーブルがぽつんと置いてある。結子の姿はなかった。そのテーブルの上に一本のペットボトルがあった。見覚えのあるボトルに身体が震え、慌てて駆け寄ると手に取った。薄い水色のボトルに艶めかしいピンク色のキャップがあの時と同じようにぬらりと光る。真・タブーウォーターだった。なぜここにあるのか不思議だったが、これで戻れるかもしれないと安堵して息を吐き出すと大きく肩が揺れた。
「あなたって、いつもそうなのね」
 静かな和室に結子の声が響いて身体がびくんと波打った。声のしたほうに急いで振り向いたが彼女の姿はどこにもなくて、心の内側を妙な胸騒ぎにも似た何かが駆けた。その感覚に押されるようにボトルを掴むと全力で縁側まで走り、そのまま庭に飛び降りた。小さな門を屈んで潜ったその時、路地に軍服を着た二人の男が立っていた。一人は五十代くらいの痩せ型で身長は一七五の僕と同じくらい、異様なほど眼つきが鋭く、左頬には大きな傷が縦に走っている。その傷を見ているとなぜか脚の筋肉がぎりぎりと緊張して息が浅く漏れた。向かって左側、隣にいる男はまだ若く二十代半ばくらいだろうか、背は低いがガッシリとした体格で漂う雰囲気は如何にも軍人のそれらしい。僕と目が合うと男たちはニヤリと嫌な笑みを顔中に広げた。
「ナンバー2058、原涼介だな?」
 背の低い方がそう言い、こちらに向かって歩みを進めてくる。その刹那、『逃げろッ』と頭の中で誰かが叫んだ気がした。僕は踵を返すと男たちとは反対側、結子がいた日本家屋の脇にある先ほどよりもさらに狭い路地裏へと脱兎のごとく逃げ込んだ。途端に怒号が後ろから追いかけてきたが構わず走り続けた。地面に転がる腐食した木屑や煉瓦の破片を踏みつけながら無我夢中で走った。
『トリシラベを欠席したら爆死させられる』
 ホームレスの彼の言葉が忙しなく吐き出される息の隙間から顔を覗かせ、ゾクリと背筋が冷えた。普段の運動不足が祟ったのか、すぐ太腿に乳酸が溢れ出して思うように脚が上がらず、それでも前に出そうとすると見事に躓いて倒れた。遠くから聞こえてくる男たちの叫び声に慌てて隠れることができそうな場所を探した。一件の古い長屋が視界に入り、僕は一目散にそこへ駆け込んだ。しばらくして男たちの重い足音が戸の向こうから聞こえてきた。恐ろしさで身体が震える。ペットボトルを抱えながらどうか見つからないようにと神様に祈った。男たちは何やら外で話をしている。聞き耳を立てていると突然リングが大きな音を出して赤く点滅し始めた。驚いてリングを凝視していると戸の外から男たちの嘲笑が届いてくる。
「あと五分で爆発する。終わりだな」
 その言葉を残して二人の気配が遠ざかっていく。
「う、嘘だろ?」
 あと五分で死ぬ? その事実に僕の頭は追いつけず、パニックを起こしそうになる。どうにかして助かる方法はないのかと混乱で狭まる視界で辺りを見回すと奥に下駄箱があり、その上に赤いバールのようなものが置いてあるのに気がついて急いで駆け寄った。ボトルを手放して長さ五十センチ程のそれを右手に持つと片膝をついて左腕を土間の上に寝かせる。一つ深呼吸すると躊躇することなくリング目がけて振り落とした。リングとバールが衝突する甲高い金属音が暗い玄関に響いたが危機を知らせるような赤い点滅は変わらない。大声を上げてもう一度振り落とした。先ほどよりも力を込めたつもりだったが点滅は変わらないどころか益々そのインターバルを速めていく。何回か繰り返したが結果は同じだった。絶望で力が抜け、するりと右手からバールが落ちてカランと乾いた音を奏でると、緊張の糸が切れたようにストンと膝から崩れた。死ぬ間際は走馬灯のように過去を思い出すというが何も回想することはなく、出てくるのは乾いた笑い声だけだった。力ない視線を下駄箱の上に流すとあのペットボトルが目に映った。すべてはあの水がいけないんだと怒りとも後悔ともつかない感情が身体の内側を支配して僕は立ち上がった。フラフラとした足取りで近づくとボトルを手に取り、キャップを開けた。男の言葉が脳裏に蘇ったが世の中そんなにうまくいくことなんてあるわけがない、ともう一人の僕が内側で囁いた。涙が溢れ、視界がぼやける。ボトルを強く握り締め、彼の言うことは真実であって欲しい、そう心の中で叫ぶと僕はこの世で最期になるであろうその水を一口飲んだ。液体が喉を通過して胃に落ちていく頃、リングが劈く音を出した。
「――爆発する」
 その言葉が溢れた瞬間、目の前が真っ白に染まった。
 ――僕の三十九年という短い人生が、そこで終了した。


◇◇◇ 
   

 ガタンと大きな音が鳴り、光ひとつない真っ暗な景色が突然終わりを告げた。
 ぼんやりとした映像が徐々に焦点を結んで一つになり、目の前にはネズミ色をした物体が広がっている。――ここは天国なのだろうか? それとも――。覚束ない頭でしばらく考えていると、聞き覚えのあるアナウンスが天井から緩やかに降ってきた。
『次はァ聖凛、聖凛です。お出口は左側です』
 その声に促されるように顔を持ち上げた。鈍色の光で照らされた空間、そこにあるのは仕事帰りで草臥れた様子の大人たちやどこかへ行った帰りだろうか、腹立たしいほど溌剌とした若者や化粧の濃い女たちが中身のない話で盛り上がっている。――皆死んでしまったのだろうか? その割には明るい声が、蔓延る雑音と一緒に鼓膜へと張り付く。ぼんやりと眺めていると時折、身体をくすぐるような細かな振動が皮膚の神経を通過してひどく懐かしい。――ここは電車の中なのか? 僕はもう一度左右に視線を流した。滑稽なほど身を寄せ合っている乗客、黄ばんだつり革、腰掛けている座面は必要以上に熱せられていて長く座っていると気分が悪くなる。いや、それよりも――、目の前に立っている五十代後半くらいの男の下半身を見つめた。僕は目を大きく見開いた。男はグレーのスーツを着ていたのだ。すぐに自分の足元に視線を落とした。僕も同じようにズボンを穿いていた。そこにあるすべての事象はいつもと同じ光景だった。
「――僕は、戻ってきたのか?」
 直後、電車が減速し始めて身体が前に引っ張られる。電車が完全に停止して僕は一つ息を吐くと立ち上がり、人波をかき分けて冷えたホームへと降りた。
 通行の邪魔にならないように端に寄ると乾いた空気を鼻から吸い、口から勢いよく吐き出した。もう何年も呼吸をしていなかったかのように何回か繰り返した。動作の最中、不意に左腕の重さが気になり、恐る恐る上着の左袖を捲り上げた。すぐに金属の鋭い色彩が見えて、一瞬鼓動が高鳴った、が良く見るとそれは腕時計だった。オメガのスピードマスターデイト、六年前頑張りが認められ、課長に就任した暁に結子がプレゼントしてくれたその時計だった。しばらく腕時計を見つめ、袖を元に戻した。――全部夢だったのだろうか? 改札口に向かいながら今まで起きたことをゆっくりと反芻した。夜中の見知らぬ飲料、不可思議な世界、耳を劈くような爆発、床に転がる人間の一部分、吉村の凍りつくような眼、ホームレスの男が発していた饐えたような汗の臭い、季節はずれの向日葵に結子の寂しそうな声と美しい横顔、あれらは一体なんだったのだろう? 上着の内ポケットからカードを取り出してパネルに翳すと改札を出た。皆が家路に急ぐ中、少し歩いたところで空を見上げる。白い息の向こう側、いつかと同じようにオリオン座がうるさいくらい輝いていた。


 あやふやな記憶を頼りに自販機があった通りまでやってきた。外灯がぽつんと一基だけしかない、闇に侵食されかけた世界。その光の下に紫色をした機械はなかった。急いで駆け寄り、地面を調べたが撤去されたような跡もなく、やはりあの出来事は悪い夢だったのだろうか、と僕は思い始めていた。
 肌寒い家路を歩いているとどこからか犬の啼き声がする。その声を聞きながら今までのことを僕はまた思い返していた。結子が出て行ってしまった本当の理由、なぜか千春に甘いこと、忙しさを言い訳に結局僕は逃げていたのだ。長年連れ添った夫婦でも『言ってはいけない』ことがある。僕は今日、それを学んだ。馬鹿な夫、父親で悪かったと心の中にいる二人に僕は誠意に頭を下げた。
 自宅に着くと一階にあるリビングの明かりが点いていることに気がついて不思議に思い、時計を確認した。時刻はもうすぐで零時を回り、明日になろうとしている、早寝早起きの千春ならとっくに就寝している時間だ。少し気になったが疲れていて消し忘れでもしたのだろうと思い、キーケースから鍵を取り出して玄関のドアを開けた。中に入るとそこにブラウン色で細身のパンプスが一足脱いであった。踵がきちんと揃えられた脱ぎ方、まさかと思い、慌てて革靴を脱ぐとバタバタとリビングに上がった。
 温もりを感じさせるオレンジ色の光が広がるリビングの中央、そこに結子が立っていた。僕を見つめる大きな目は相変わらず意志の強さを提示し、薄く綺麗な唇は内面に持つ女性らしさを際立たせている。いつもの結子だった。僕がその一歩を踏み出そうとしたとき、彼女が言葉を発した。
「――あなた、一週間もいなくなってしまってごめんなさい」
 飾らない正直な言葉が胸に浸透して、僕は素直になることができた。泣きそうになるのをこらえると彼女の顔を強く見つめた。
「いや、僕のほうこそすまなかった」
「あなたは悪くない、私が幼かっただけよ。――あなたの気持ちがどこにあるのか、少し確かめてみたかったの」
「結子」
「千春は知ってたのよ」
「え?」
「私が一週間で戻ってくること」
 それを聞いて、ここ最近娘がやけに冷静だったことを思い出した。やはり僕は父親としてまだまだ甘いのだ、と再認識した。
「君は悪くないよ。悪いのは、いや、馬鹿なのは僕のほうだった。ごめん」
「それはお互い様――ううん、私のほうが馬鹿だった。大切な家族だものね」
 互いにそう言うと僕たちは屈託なく微笑んだ、まるで出逢った頃のように。
 僕たち夫婦はまだまだお互い未熟だけれど、だからこそ結子には僕が必要で僕には結子が必要だと強く確信した。もう一度二人笑うと、どちらともなく歩み寄った。
「おかえりなさい」と結子が言い、「ただいま」と僕は返した。
「結子」
「ん、何あなた」
 こちらを見つめる彼女の強い視線に負けないように軽く咳払いをすると姿勢を正した。
「いつもありがとう。愛しているよ」
 その声はすぐに消えてしまったが僕らの心の中に永遠に残り続けるだろう、確証はないがそんな気がした。

                                   
◇◇◇


 久しぶりの休みだというのにまた朝っぱらから千春の甲高い声が寝室に響いている。しばらくすると彼女は予想通りにこちらの身体を揺すってきた。まったくワンパターンな娘だと思っていると強引にかけ布団を剥ぐられてしまった。今まであった暖気が一瞬のうちに消滅させられて、眠気も一緒にどこかへと吹き飛んだ。仕方なく草臥れた身体を起こす。
「おはよう」
「――おはようじゃないよ、頼むからもっと寝させてくれよ」
 寝起きでほとんど開かない目を精一杯見開くと、娘の顔を睥睨する。千春は右手を口に当てて、にやにやと笑いながらこちらを上目遣いで見返してきた。ドキッとした。
 まただ、今度は何を言い出すつもりなんだコイツは。
「ねえ、お父さん」
「――な、何だ?」
「私、犬飼いたくなっちゃったァ」
「犬ゥ?」
「そう。向かいの伊藤さんチでね、今度新しく犬を飼うことになってそれがスッゴク可愛いの。ねえ、いいでしょ?」
 何だ、そんなことか。僕は内心ホッとしてベッドから下りる。凝り固まった関節を解すように肩をぐるぐると回した。
「ねえ、いいでしょ? お母さんはお父さんがオーケーなら飼ってもいいって言ってるし。お願い」
「うーん、どうしようかなァ?」
 僕はわざと勿体ぶって返事を濁す。千春は居てもたってもいられなくなったのか、
「本当に可愛いんだって、ほら窓からも見えるよ」
 と言い、僕の腕を窓際まで引っ張っていくとすかさずカーテンを開ける。
「ほら可愛いでしょ? 犬ってさ、チョー癒されるよねェ」
 向かいの庭先、黄色く巨大なキリンが僕の目に映った。          ――了――
藍山椋丞
2013年09月28日(土) 11時37分14秒 公開
■この作品の著作権は藍山椋丞さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
*12月1日、終盤を少し修正しました。

勢いだけで書いた作品なので、展開不足やおかしな点が多々あると思いますがご感想を頂けると嬉しいです。

この作品の感想をお寄せください。
No.2  藍山椋丞  評価:--点  ■2013-10-02 21:33  ID:i/iCocdcxPo
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gokui師匠(笑)、ご感想ありがとうございます!
やはり妻の出て行った理由が弱かったですね。もっと精進いたします。
娘の態度は私もおかしいなと感じていて、最後らへんに「実は娘は母親が一週間程度で帰ってくることを知っていた」という描写を入れようと考えていたんですが、見事に書き忘れていました。アカン!(笑)
次回も頑張ります!ありがとうございました!
No.1  gokui  評価:40点  ■2013-10-01 22:21  ID:SczqTa1aH02
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読ませて頂きました。
勢いだけで書いたわりにはまとまってますねえ。しかも、ミステリーあり、コメディあり、感動ありのてんこ盛りの作品に仕上がってます。
難点は妻の出て行った理由が弱いことですね。記憶がない程に酔った男の戯言を根に持つっていうのは、その時点で夫婦仲崩壊してるような気がするのです。
それから、母親がいなくなったというのに娘の態度が日常的すぎること。リアリティがありません。もっとも、リアリティが必要な作品かどうか微妙な作風ですけどね。
オチは完全に予測出来てしまいました。私はゾウだと思っていましたけどね。(でも、ゾウは日本ではペットとして飼うことが出来ないらしいです)
全体的に完成度が高く、楽しませて頂きました。今後も頑張って下さいね。次回も期待しています。
総レス数 2  合計 40

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