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RSSフィード [163] 即興三語小説 ―二月が逃げるようにおわる―
   
日時: 2014/02/23 22:44
名前: RYO ID:NFXV.kJ.

 焼きたてのパンのにおいに春を感じた。
 手作りの、朝日の昇るの頃に焼きあがるパンは八時には売り切れる。朝食する人も昼食にする人もいるだろう。手作りだからといってバカにはできない。アナログにはアナログのよさがある。そんな良さが分かる人間でいたいと思う。だからといってデジタルのよさをバカにしているわけでもない。
 クロワッサンにかじりついて、その焼きたての香りを胸いっぱいにほおばる。確かに春を感じる。何を持って春と判断したわけじゃない。それはただの期待かもしれない。目の前にはたしかに、とけ切れない雪が道の端々に残っている。まだ雪は降るかもしれない。それでも確かに春は来ている。冷たい空気が肌に刺す痛みが丸くなり、吹く風は冷たさより季節が変わっていくことを告げてくれる。
 春一番はいつだって、冬の最後を教えてくれる。シンデレラが急いで階段を下りていくように慌しく、吹き荒れる。何人も彼女の後を追わせないように。
 そんな春の訪れが確かにあった。彼女が教えてくれたこのパンをもう食べることはないだろう。それでも確かにこのパンは春のにおいを感じさせてくれた。
 彼女にあげるはずのパンを、生けてある花の隣に残して、その場を離れる。
 きっと春はもうそこまで来ているだろうよ。


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●基本ルール
以下のお題や縛りに沿って小説を書いてください。なお、「任意」とついているお題等については、余力があれば挑戦してみていただければ。きっちり全部使った勇者には、尊敬の視線が注がれます。たぶん。

▲お題:「シンデレラ」「アナログ」「焼きたてのパン」
▲縛り:なし
▲任意お題:なし
▲投稿締切:3/2(日)23:59まで 
▲文字数制限:6000字以内程度
▲執筆目標時間:60分以内を目安(プロットを立てたり構想を練ったりする時間は含みません)

 しかし、多少の逸脱はご愛嬌。とくに罰ゲーム等はありませんので、制限オーバーした場合は、その旨を作品の末尾にでも添え書きしていただければ充分です。

●その他の注意事項
・楽しく書きましょう。楽しく読みましょう。(最重要)
・お題はそのままの形で本文中に使用してください。
・感想書きは義務ではありませんが、参加された方は、遅くなってもいいので、できるだけお願いしますね。参加されない方の感想も、もちろん大歓迎です。
・性的描写やシモネタ、猟奇描写などの禁止事項は特にありませんが、極端な場合は冒頭かタイトルの脇に「R18」などと添え書きしていただければ幸いです。
・飛び入り大歓迎です! 一回参加したら毎週参加しないと……なんていうことはありませんので、どなた様でもぜひお気軽にご参加くださいませ。

●ミーティング
 毎週日曜日の21時ごろより、チャットルームの片隅をお借りして、次週のお題等を決めるミーティングを行っています。ご質問、ルール等についてのご要望もそちらで承ります。
 ミーティングに参加したからといって、絶対に投稿しないといけないわけではありません。逆に、ミーティングに参加しなかったら投稿できないというわけでもありません。しかし、お題を提案する人は多いほうが楽しいですから、ぜひお気軽にご参加くださいませ。

●旧・即興三語小説会場跡地
 http://novelspace.bbs.fc2.com/
 TCが閉鎖されていた間、ラトリーさまが用意してくださった掲示板をお借りして開催されていました。

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○過去にあった縛り
・登場人物(三十代女性、子ども、消防士、一方の性別のみ、動物、同性愛者など)
・舞台(季節、月面都市など)
・ジャンル(SF、ファンタジー、ホラーなど)
・状況・場面(キスシーンを入れる、空中のシーンを入れる、バッドエンドにするなど)
・小道具(同じ小道具を三回使用、火の粉を演出に使う、料理のレシピを盛り込むなど)
・文章表現・技法(オノマトペを複数回使用、色彩表現を複数回描写、過去形禁止、セリフ禁止、冒頭や末尾の文を指定、ミスリードを誘う、句読点・括弧以外の記号使用禁止など)
・その他(文芸作品などの引用をする、自分が過去に書いた作品の続編など)

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Re: 即興三語小説 ―二月が逃げるようにおわる― ( No.1 )
   
日時: 2014/02/24 00:39
名前: 苗穂乂 ID:14IXUu5Y

ドイツのパンはどっしりと固い

 千葉のシンデレラ城のモデルになったというノイシュバンシュタイン城をあとにして、ボクらはとても気まずくなっていた。
 シンデレラ城が商業主義のハリボテだとしたら、そのモデルとなったバイエルンの城も狂った王が中世に憧れて近代につくらせたハリボテに過ぎなかったからだ。城の中を見学しても、玉座も台所も広場もとても陳腐だし、最も力を入れてつくられたという地下の湖の間に至っては、安っぽい映画のセットを見せられた気分になったのだ。
「私達ったら、あんな偽物のお城をさらにまねしたお城のあるところで結婚式を挙げたのね」
 初デートの思い出の場所だったTDLでの結婚式には友達も大勢駆けつけてくれた。
 ベイエリアのホテルでの披露宴でも大喜びだった。
 ちょっと背伸びしてやってきたドイツのロマンチック街道の新婚旅行。
 夢見がちな彼女との新生活の門出にふさわしいと思っていつもよりも残業増やして資金をためてやってきたのに。
 もしかしたら成田離婚コースかななんてことが頭をよぎり泣きたくなる。
 ボクはそんな弱気を覚られたくなくて、わざとぶっきらぼうに彼女に話す。
「そんなこと言うなよ。キララだって楽しんでたじゃないか。それより、早く汽車に乗らないと、ミュンヘンの博物館に間に合わないぞ」
「せかさないでよ。時間が遅くなったのは、ユウタが英語もドイツ語もわからなくてバスを間違えたからじゃない。披露宴のあとそのまま成田で飛行機のって、ミュンヘンまで直行便があるのに、お金ケチって、イスタンブルール経由の飛行機で休みなしできたから疲れたのよ。モウ信じられない。新婚旅行ケチるような貧乏男とこれからやってけるのかしら」
 わめき散らすキララの暴言にボクは切れそうになるが、バスの中で周りの外国人——ここでは、ボクらの方が外国人だけど、英語でもドイツ語でもない訳の分からない言葉を話す観光客だらけなので、彼らだってたぶんドイツの外国人だ——が冷ややかにボクらを眺めているような気がして、気後れして声も小さくキララをなだめる。
「わるかったよ。そうおこんないでくれよ。ミュンヘンに行ったら、熊のぬいぐるみやおもちゃの博物館にいって、それからビールとソーセージだからさ」
「ホンと信じられない。『熊のぬいぐるみ』じゃなくてシュタイフって言ってくれる? ドイツにいこうって言い出したくせに何にも知らないのね。それにビールやソーセージって気分じゃないの。疲れたからついたら早くホテルに行きましょう。あー、でもとっても疲れているからユウタは同じベットじゃなくてソファーで寝てよね」
 これだけ罵声を浴びせられてもボクはなんとか自制した。結婚するとオトコを大人にするというのは本当だな。以前だったら、デジタル式にいきなり切れていたけれど、いまではアナログ時計の短針のように怒りもゆっくりと少しずつしか高まらない。
 結局ボクらは、汽車でミュンヘン駅に着いて、そこからタクシーでホテルに向かい、彼女はさっさとキングサイズベッドを一人で占領してふて寝をしてしまった。ボクは、稼ぎのことや語学力のなさまであげつらわれて、もはや彼女を取りなす気も失せて、一人で街に出かけた。
 みんなや両親へのお土産はなにがいいかなあ……ミュンヘンの名物って何だろう……あの良く見るメガネみたいなパンだとしょぼいし、ビールのジョッキは重そうだし——なんて一人で街を歩きながら考えているともうどうでも良くなって、ボクはビアホールでビールと茹でソーセージを頼んだ。ドイツ料理は塩辛いというけれど、その日のソーセージはさらに塩っぱく思えて、ボクは大ジョッキでビールを三杯も飲んでそのままビアホールでぶっ倒れた。
 ビアホールは、ガストホフという宿屋兼居酒屋のような店だった。ボクはパスポートを持って歩いていたので店の主人が心配してそのまま泊めてくれた。
 翌朝ボクは気がつくとたどたどしい英語で店の主人に礼をいい、勘定を払ってホテルに駆け足で帰った。
 見知らぬ土地に一人置き去りにされたキララは、わがままを言い過ぎて捨てられたのではないかと思って、一晩中泣いていたのだろうか。さすがに憔悴していた。
 伏し目がちの彼女に、「昨日の晩、何も食べていないだろう? おなか空いたろう、朝ご飯にいこう」と静かに語りかけると、下を向いたまま「ウン」と応えて、とぼとぼと廊下をついてきた。
 ホテルの朝食会場は、コンチネンタルスタイルでコーヒーとパンやチーズ、ハムを自分で選んでくるビュッへスタイルだった。
 ボクが彼女の分も含めて二人分とって席について、薄切りのパンの上にチーズとハムをのせて口に運んだ。
 チーズやハムは薫り高くて美味しいのに、パンは黒くて固いドイツパン。ぼそぼそとして、コーヒーで流し込まないととても食べられない。
「やっぱり、キララがつくってくれる焼きたてのパンが食べたいね。日本に帰ったらよろしくね」
 あれだけ昨日理不尽な目に遭わされたのに、思わず、ボクはそんな言葉を彼女にかけていた。
 彼女は下を向いたまま小さな声で「昨日はゴメン」とつぶやいて、今度はボクの目を見ながらにっこりと「ウン、いっぱい焼いてあげるね」といった。

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