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RSSフィード [19] 即興三語小説 ―第100回― 三桁の大台。浮気と不倫は同義らしい
   
日時: 2011/03/26 23:54
名前: RYO ID:Z2OMptMY

 三語が100回です。
 いつのまにか100回です。
 投稿してくださった皆様、ありがとうございます。
 これからもよろしくお願いします。
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●基本ルール
以下のお題や縛りに沿って小説を書いてください。なお、「任意」とついているお題等については、余力があれば挑戦してみていただければ。きっちり全部使った勇者には、尊敬の視線が注がれます。たぶん。

▲必須お題:「負けるな」「美しすぎて、何が悪い」「最後の一枚」
  ▲縛り:100回記念で、縛りはありません
▲任意お題:「美しすぎる罪で逮捕する」「菫の砂糖漬け」「木下闇」「ぽぽぽぽーん」「鼻からうどんを垂らす根性なし」

▲投稿締切:4/3(日)23:59まで
▲文字数制限:6000字以内程度
▲執筆目標時間:60分以内を目安(プロットを立てたり構想を練ったりする時間は含みません)

 しかし、多少の逸脱はご愛嬌。とくに罰ゲーム等はありませんので、制限オーバーした場合は、その旨を作品の末尾にでも添え書きしていただければ充分です。

●その他の注意事項
・楽しく書きましょう。楽しく読みましょう。(最重要)
・お題はそのままの形で本文中に使用してください。
・感想書きは義務ではありませんが、参加された方は、遅くなってもいいので、できるだけお願いしますね。参加されない方の感想も、もちろん大歓迎です。
・性的描写やシモネタ、猟奇描写などの禁止事項は特にありませんが、極端な場合は冒頭かタイトルの脇に「R18」などと添え書きしていただければ幸いです。
・飛び入り大歓迎です! 一回参加したら毎週参加しないと……なんていうことはありませんので、どなた様でもぜひお気軽にご参加くださいませ。

●ミーティング
 毎週土曜日の22時ごろより、チャットルームの片隅をお借りして、次週のお題等を決めるミーティングを行っています。ご質問、ルール等についてのご要望もそちらで承ります。
 ミーティングに参加したからといって、絶対に投稿しないといけないわけではありません。逆に、ミーティングに参加しなかったら投稿できないというわけでもありません。しかし、お題を提案する人は多いほうが楽しいですから、ぜひお気軽にご参加くださいませ。

●旧・即興三語小説会場跡地
 http://novelspace.bbs.fc2.com/
 TCが閉鎖されていた間、ラトリーさまが用意してくださった掲示板をお借りして開催されていました。

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○過去にあった縛り
・登場人物(三十代女性、子ども、消防士、一方の性別のみ、動物、同性愛者など)
・舞台(季節、月面都市など)
・ジャンル(SF、ファンタジー、ホラーなど)
・状況・場面(キスシーンを入れる、空中のシーンを入れる、バッドエンドにするなど)
・小道具(同じ小道具を三回使用、火の粉を演出に使う、料理のレシピを盛り込むなど)
・文章表現・技法(オノマトペを複数回使用、色彩表現を複数回描写、過去形禁止、セリフ禁止、冒頭や末尾の文を指定、ミスリードを誘う、句読点・括弧以外の記号使用禁止など)
・その他(文芸作品などの引用をする、自分が過去に書いた作品の続編など)

--------------------------------------------------------------------------------
 三語はいつでも飛び入り歓迎です。常連の方々も、初めましての方も、お気軽にご参加くださいませ!
 それでは今週も、楽しい執筆ライフを!

メンテ

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木下闇商会 ( No.1 )
   
日時: 2011/04/02 10:00
名前: つとむュー ID:LRpSemwM

※エッチな表現があります(不適当でしたら削除いたします)

 一人細い路地裏を歩くサラリーマン風の男がいた。名前を雄二という。コツコツと響く彼の靴音は、とある古ぼけたビルの前でぴたりと止まった。
「今週もまた来てしまったか……」
 雄二はそう呟くと、ビルの地下に続く階段を下りていく。そして金属製の重そうな扉の前で立ち止まった。
 扉にかかるプレートに書かれているのは『木下闇商会』という文字。
 ごそごそとポケットから財布を取り出し中に入っていたカードを手にした雄二は、それをドアの横にある機械にかざす。どうやらIDカードのようだ。機械のインジケーターは赤く点灯していたが、雄二がカードをかざした途端、緑色に変わってカチャリとロックが解除される音がした。
 そこまではいつもと同じ反応だった。しかしその日は違っていた。機械からぽぽぽぽーんと派手な音が発して地下階段に鳴り響いたのだ。
「うわっ、な、なんだ!?」
 うろたえる雄二に、機械から女性の声のアナウンスが流れる。
『おめでとうございます。今日でお客様は百回目のご来店となります!』
 すると同時に金属製のドアが開き、ぴっちりと体に密着した黒のレザースーツに身を包んだ女性が満面の笑みで雄二を出迎える。
「いらっしゃい、雄二さん。お待ちしていましたわ」
 それは、会員制イメージクラブ『木下闇商会』のナンバーワンホステス、マリーだった。

 会社の上司に連れられて、雄二が初めて木下闇商会を訪れたのはちょうど二年前だった。かなりギリギリのところまでサービスしてくれるのが売りで、雄二もすっかり病みつきになってしまい、それ以来週に一回は通うようになっていた。その甲斐もあり、この一年間はナンバーワンのマリーが相手をしてくれるようになった。最近の雄二のお気に入りは体中を縛るSMプレイだ。マリーも露出度の高いレザースーツでお出迎えしてくれていた。
 いつもの部屋に通された雄二は、服を脱いで下着一枚になる。そしてマリーに向かって縛ってほしいと両手を差し出した。するとマリーはにこやかに笑いながら雄二を制止する。
「雄二さん、今日はご来店百回記念で、縛りはありませんわ。その代わり、たっぷりとご褒美させていただきます」
「ご、ご褒美?」
「そうですわ。女王様からのご褒美、お楽しみ下さいね」
 そう言いながらマリーは雄二に目隠しをする。
「さあ、始めますよ」
「マ、マリー様、お願いします」
 マリーは一つ咳払いをした後、女王様になりきって口調を変える。
「さあ、横になりなさい。ご褒美がもらえるまで良い子にしてるのよ」
 雄二は手探りで床の上に敷かれたマットの位置を確認し、仰向けに横たわった。

 これから何が起こるのか? 雄二が耳をすませていると、入口の方からカチカチという動物の爪が床に当たる音が近づいてきた。それと同時にハアハアという息遣いが聞こえてくる。
「マリー様、それは?」
 不安そうに雄二が尋ねる。
「私の大切なプルプルートちゃんよ」
 マリーはペットの犬を雄二の横に座らせると、冷蔵庫から小さな箱を一つ取り出した。そして蓋を開け、中のものを指でつまんで雄二の胸に乗せる。
「ひゃっ……」
 冷蔵庫から出したばかりで冷たく感じたのだろうか。雄二は小さくうめき声を上げた。
「ふふふ。これはね、菫の砂糖漬け。プルプルートちゃんの好物なの。さあプルプルート、お舐めなさい」
 マリーの号令と同時にプルプルートは菫の砂糖漬けに近づき、舌を伸ばして砂糖漬けとその周辺を舐め始めた。
「うひゃあ」
 ザラザラとしたプルプルートの舌の感触に、雄二は小さく悶える。
「さあ、どんどん置いていくわよ」
 マリーは菫の砂糖漬けを雄二の体に次々と置いていく。胸、腹、おへそ。そしてそれを追いかけるようにプルプルートの舌が雄二の体を這い回った。
「うう、ひょ、うっ、ひゃあ……」
 悶える雄二の顔を見ながら、マリーは砂糖漬けの最後の一枚を雄二の下着の上に置いた。
「これが最後よ。でも、まだいっちゃダメ。これに耐えられたらさらにご褒美があるわ」
「な、なんですか? うひゃ、マリー様。あひっ、そ、そのご褒美とは?」
 するとマリーは雄二の耳元で小さくささやいた。
 その内容に驚いた雄二は、思わず大きな声を出してしまう。
「えっ、マリー様。そんなご褒美してもらっていいんですか? それは法律違反では!?」
「しーっ、静かに。これは私からの百回記念のご褒美。誰にも言っちゃダメよ」
 そして、プルプルートの舐め舐め最終攻撃に耐えた雄二にマリーが体を重ねようとした時、いきなり個室のドアが開け放たれた。
「ご褒美しすぎる罪で逮捕する!」
 驚いた雄二とマリーは体を離す。そして体を起こした雄二は、目隠しを取ってその声の主を凝視した。ドアを開け放ったのは、一人のミニスカポリスだった。

「き、君はアンナじゃないか」
 それは、雄二が最初に木下闇商会を訪れた時に相手をしてくれたホステスだった。
「いくらマリー姉さんでもそれはやりすぎです。この私が許しません」
 アンナは怒りで肩を震わしている。
「あら、ご褒美しすぎて、何が悪いのかしら」
 マリーも負けじと言い返した。
「雄二さんは元々私のお客さんだったのよ。それをマリー姉さんが奪っていったんじゃないですかっ」
 初めて木下闇商会を訪れてから一年間、雄二はずっとアンナに相手をしてもらっていた。ミニスカポリスに罵倒されるのが雄二の夢だったのだ。アンナの決めゼリフは『鼻からうどんを垂らす根性なし!』。その言葉で罵られる度に、ゾクゾクと快感が雄二の中を駆け抜けた。
 しかし雄二が木下闇商会に一年間ほど通い続けると、急にナンバーワンホステスのマリーが彼の相手をしてくれることになった。安定してお金を落としてくれる雄二を、貴重なお客様と店側が判断したからだ。マリーも店から言われて雄二の相手をする事になったのだが、何も知らされていないアンナは自分の客をマリーに奪われたと思っていた。
「お店をやめたら、雄二さんと一緒になるのが私の夢だったのに……」
 いつの間にかアンナは雄二に恋をしていた。
「だったら、あなたがナンバーワンになれるよう頑張ればいいだけじゃないの」
 言いがかりをつけられたマリーはたまったものではない。つい頭に来て、アンナの努力が足りないかの如く言い返してしまった。
「なんて言い方。何様のつもり? 姉さんだからって許さないわ、この泥棒猫」
「いいわよ、来なさいよ」
 マリーに挑発されたアンナは、マリーのコスチュームに掴みかかる。
(どちらも負けるな!)
 ミニスカポリスとSM女王の戦い。そんな夢のカードに、雄二は心を躍らせた。
「きゃっ! 服が破れちゃったじゃないのよ。あんたのもこうしてやる」
「やったわね。お返しよ」
 アンナとマリーがやり合う度に、二人の肌色の面積が増していく。
(こ、これは……すごい)
 二人の戦いの激しさに、雄二の興奮度は限界に近づいていった。
「雄二さんは渡さない」
「あら、雄二さんと絶頂に達するのは私よ」
 二人が雄二の方を振り向いた瞬間、雄二がうめき声を発した。
「うっ!」
「あっ、雄二さん。いっちゃったの?」
「な、なんてこと……」
 雄二は一人で果ててしまっていた。


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百回記念、おめでとうございます!
それなのにこんな変な作品でスイマセン。
2900文字くらいです。断続的に書いていたので、計4~5時間くらいでしょうか。
冒頭にも書きましたように、内容が不適当でしたら削除いたします。

メンテ
そこにあるから ( No.2 )
   
日時: 2011/04/02 20:27
名前: 脳舞 ID:a7wswWew

 美しすぎて、何が悪いと言わんばかりのその威容に魅せられたからというのは、結局のところ後付けの理由に過ぎなかった。何故山に登るのかという質問に理路整然とした答えを返せる人間は、山に登ることそのものを目的にしているわけではないと私は思う。
 三〇〇〇メートル級の峻険な雪山を登攀している私は、まるでぼろ布のようだった。いろいろなものを置き去りにして一歩一歩を踏み締めて進んでいる。カラビナもスリングも、そしてツェルトさえも今の私の背にはない。そもそも、それらを収納するザックすら持ち合わせてはいない。
 そして何よりも、相棒の姿がない。
 私と水原がコンビを組んで雪山に挑むようになって、もう五年ほどになる。最初は経験の浅い水原をリードする形で比較的易しい雪山を選んでいたのだが、メキメキと腕を上げる水原を見ていると、私の方がそれでは物足りなくなっていった。単独行では不可能な雪山も、水原と手を組めば制覇出来ると思え、実際にいくつもの登頂を成し遂げてきた。
 その集大成として私と水原はこの雪山に挑んだ。海の向こうの山に挑むための腕試しでもあったのだ。しかし、それはもう叶わぬ夢になっていた。

「水原、右のナイフリッジに気をつけろ」
「わかってますって。先輩こそすぐ前のベルグラ踏まないようにしてくださいよ」
 まるでそこから切り取ったかのようにすとんと雪が落ちた細い雪陵に私が注意を促し、お返しとばかりに薄氷の張った岩に水原が言及する――軽口のようで真剣なやり取りを交わしながら、私たちは九合目過ぎを進んでいた。山頂は目前とはいえ、ここからが最も厳しい道程になることを私たちは忘れていたわけではない。
 だが、横殴りの強烈な吹雪によるホワイトアウト寸前の視界ではすべてを見通すことは難しい。それでも先行していたのは私であったから、やはりあれは私のミスだったのだろう。
 深い積雪を蹴り除けていた時、ふいに地響きのようなものが感じ取られ、足元がずれるような感覚が襲ってきた。私は水原に向かって叫んだ。
「吹雪に負けるな、風上に逃げろ!」
 その声が水原に届いたかどうかはわからない。最後まで言い終えないうちに私の体は宙に浮き、白い悪夢に飲み込まれていた。

 脱臼した右肩の痛みを考えないようにするためにも、私はその時のことを思い返していた。私と水原はヒドゥンクレバスの上に乗ってしまったらしい。岩の裂け目――クレバスの上に、雪が積もってそれを覆い隠している状態のものだ。
 一見すればただの雪原だが、要は落とし穴のようなものだった。人間二人分の体重を支えるだけの頑強さがあればどうということはないが、必ずしもそうであるとは限らない。私と水原は雪にもみくちゃにされながら、途轍もない勢いで斜面を滑落していった。
 意識すらも振り落した私が次に見た光景は、目の前に突き立ったアイスアックスだった。雪に突き刺して登攀の手掛かりを作るための道具だが、柄の方が雪に埋もれ鈍色の刃が私の頬を掠めるように光っていた。
 刺さっていたらと思うと背筋が寒くなったが、現実の寒さはそれ以上の厳しさで私を戦慄から引き戻した。
 なんとか上体を起こして辺りを見回してみると、背負っていたはずのザックはどこかへと消え失せており、相棒の姿もなかった。
 雪に埋もれていた足を引きずり出そうと力を籠めた時、体中に強烈な痛みが走った。右肩の脱臼を知ったのはこの瞬間で、それ以外にも胸の辺りが尋常ではなく痛んだ。どれだけの距離を滑落したのかは判然としないが、この程度で済んだのはむしろ僥倖と言えた。死んでいる方が当たり前の事態だったのだから。
 そう考えたところで、私はおそらく雪の下で冷たくなっているだろう相棒の捜索を諦めた。上半身の埋もれ具合からして気を失っていた時間はそう長くはないだろうが、そんなことをしていてはミイラ取りがミイラになるのは間違いない。もっとも、この怪我ではどのみちミイラは免れそうもないのだが。
 そして私は、下山をも諦めた。アイスアックスを拾い上げ、幸いにも靴から外れていなかったアイゼンを確かめると、ほとんど空身の状態で立ち上がった。辺りを見回すと、ザックからこぼれた落ちたらしい煮炊き用のコッフェルや記録用のデジタルカメラが半ば雪に埋もれるように転がっていた。私はカメラだけを拾い上げると、アイスアックスを斜面に突き立てて上を目指し始めた。
 下山は叶わない。ならば頂上を目指すまでだった。その方がまだ可能性があった。
 
 吹雪はいつの間にか止んでいて、気まぐれな雪山の空にはくすんだ灰色が貼り付いていた。外れた右肩の感覚はもうほとんど失せ、あばら骨がぎしぎしと悲鳴を上げていたが、私は何度も気を失いかけながら山頂へと辿り着いた。
 大きな岩に背を預けるようにへたり込んで、私は最後の一枚を撮るべくカメラを掲げた。だが、液晶を覗き込むまでもなく望むような光景は撮れないことがわかった。
 当たり前のことだったが、動転していたのかすっかり失念していた。山の美しさは、山からは撮ることができない。
 私は腕を静かに下ろし大きな溜め息を吐いた。直後、胸の痛みが私の咳を誘った。純白の雪に緋色を点描しながら、私はゆっくりと視界が霞んでゆくのを自覚していた。
「……先輩、やっぱりここでしたか」
 雪に溶けかけていた意識を引き戻したのは、そんな声だった。顔を跳ね上げるようにそちらを見ると、そこに立っていたのは水原だった。
「お前……無事で……?」
 絞り出した私の言葉に、水原は曖昧な笑顔を浮かべた。
「隣、失礼しますよ」
 私の左側に腰を下ろして、水原はひとつ大きな息を吐いた。私と同じく、水原もザックを持ち合わせてはいなかった。今頃はどこかで雪に埋もれていることだろう。
 水原が曖昧に笑った理由はすぐにわかった。水原のウェアの左腕がだらりと下がり、広範囲に赤黒く染まっている。滑落した時にアイスアックスが刺さったのか、それともこの出血の具合からして折れた骨が皮膚を突き破っているのかも知れない。そして、水原の利き手は左だ。
「……済まん、俺はお前を置いて行った」
「それを謝るのはナシですよ。俺だって先輩が埋もれてるのかも知れないのに、こうしてここに来たんですから。先輩ならきっと上を目指すと思ってましたよ」
「それなら、こんな山に誘ったことを謝らせてくれ。無事に帰らせてやれなかった」
「それもダメです。俺は先輩について行くのが楽しくて仕方なかったんですから」
 水原の言葉がいちいち痛かった。私は遠くを眺めて黙り込むしかなかった。
「……先輩、こんな時まで登攀の記録をしていたんですか?」
 そう言った水原の視線は私の左手に注がれている。そこには最後の、いや最期の一枚を撮り損ねたデジタルカメラがあった。
「なあ、水原。もう少しこっちに来い」
「何ですか。裸で抱き合って暖め合うなんてのは御免ですよ」
「馬鹿野郎、そこまで行ったらもう死は目の前だ。まだ少しくらいは……」
 死、という単語を口にしたことでそれとの距離は縮まったような気がした。裸で抱き合うというのは寒暖の区別もつかないほどに精神がやられている状態であるから、それよりは幾分かマシではあったが、もう大差ないことは知れていた。
「……最期の一枚を撮るんだ。思いっきり笑って、後悔なんてどこにもないような顔を残すぞ。右腕は動くか? 動くなら俺の肩に腕を回せ」
 私は左腕を精一杯伸ばして自らと水原にレンズを向けた。水原は何も言わずに腕を私の首の後ろから右肩にそっと回してきた。右肩を脱臼しているのは水原もわかっているだろうが、私が意地を張っているのには気づかない振りをしてくれていた。雪と口元に残る吐血の跡があってはそんなものに意味などはないかも知れなかったが、私は精一杯の笑顔を作った。見えはしないが、隣の水原もきっとそうしているはずだ。
 私は糸の切れた操り人形のように左腕を下ろした。どう映っているのかを確認する力は残っていない。シャッターを切った感触も凍てついた指には伝わらない。
「……俺たち、笑えてましたかね」
 小さく呟いた水原に、私ははっきりとした答えを返してやれなかった。

「……大規模な崩落の痕跡があったそうです。そこから二〇〇メートルほど下の斜面の雪の中からザックやツェルトなどの遺留品が発見されました」
「ザックはわかるが、ツェルトってのは何だ」
「ええと、緊急露営用のテントのようなものだそうで……他に見つかったものでスリングは補助ロープ、カラビナはロープ結束用の金属環、コッフェルが……」
「もういい、聞いてもわからん。事件性がないならもうその件は終わりだ。暇を持て余してるからって舐めやがって」
 報告をする若い刑事の言葉を遮って、初老に差し掛かった刑事が缶ビールを呷りながら不機嫌そうに零した。
「いいじゃないですか、暇ってことは平和だってことですよ」
「だからって雪山での遭難なんか知るかよ。そんなとこで殺人なんかやらかす馬鹿がいるか。山頂で二人が凍死、不審な点なんか何もねえ。お前もそんなの真面目に取り合ってんじゃねえよ」
 宥めるような若い刑事に、初老の刑事が噛みつく。若い刑事は困り顔だったが、何か矛先を変えるものを見つけたらしく、
「不審というか、不思議な点があるんですよ。この二人、亡くなる前に山頂で写真を……あ、フィルムじゃないから画像か。デジタルカメラってわかります?」
「……馬鹿にしてんのか」
「失礼しました。まあその、デジタルカメラで一枚撮ってるんですが、彼らは笑ってるんですよ」
「死因は失血と内臓破裂だったっけか。雪山から転げ落ちたせいでそうなったってんなら、それは落ちる前に撮ったんじゃねえのか。そんな状態で笑ってたら馬鹿だ馬鹿」 
「一度山頂まで行って一枚撮って、それから滑落して、また山頂へってことですか? まあそれも一応考えましたが、そうすると疑問点が出てきてしまいまして」
 面倒くせえ、と顔に出して初老の刑事が先を促した。
「デジタルカメラのバッテリーがザックから少し離れた地点で見つかったんですよ。山頂で亡くなっていた二人の所にあったデジタルカメラにはバッテリーはありませんでしたし、そうなると当然撮ることなんかできませんし」
「よくそんな小せえがモン見つかったな。そのデジタルカメラのバッテリーなのは
間違いないのか?」
「……おそらく。見つかったのはほとんど偶然だそうです。つまり、滑落の時に落としたのだとすれば、二度目の登頂後にデジタルカメラを使うことなんかできません。しかし、画像でははっきり出血した腕が写っています。これはほぼ間違いなく死因になった傷だそうで、一度目の登頂で撮ったとも考えられません。二度目の登頂の時に彼らはバッテリーなしで最期の一枚を撮ったと考えると一番無理が少ないわけですが、無理であることには変わりなく……あ、そもそも二度の登頂があったと仮定しての場合になりますが」
 若い刑事が難しい顔で考え込んでいるが、初老の刑事は軽く笑いながらこう言った。
「山の女神の仕業だな。死にかけた二人に同情してちょびっとだけ力を貸してやったんだろ」
「真面目に考えてください。大体、なんで女神なんですか。女かどうかなんかわからないでしょう」
「どう考えても山は女だろ。エベレストは『虎に乗った貴婦人』とか何とか言われるそうじゃねえか。大体、あの形を見てお前は何を連想する」
 酒のせいなのか心もち下卑た笑いを浮かべ、初老の刑事が若い刑事をからかったが、
「……力こぶですか?」
 本気でそう答える若い刑事に、初老の刑事は苦い顔をした。
「詰まらんやつだな。もういい、今日は帰れ。酒が不味くなる」
 しっしっと追い払うような初老の刑事の仕草に溜め息をついて若い刑事は、
「じゃあ何かあったら連絡下さいよ。すっ飛んで行きますから」
 諦めたように部屋を出て行った。それをとろんとした眼の端で見送って、
「……そうさ、女神の悪戯に決まってんだろ……」
 二本目のビールを傾けて、初老の刑事は机に突っ伏すように微睡み始めた。

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三時間半くらい、五千文字弱。任意お題は無理でした。

メンテ
嵐の森で ( No.3 )
   
日時: 2011/04/03 19:58
名前: HAL ID:ELhVxtv2
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 第100回、おめでとうございます!
 記念と思ってひさしぶりに投稿したのはいいけれど、えらく暗い話になってしまいました……。悲劇がおきらいな方は注意願います。
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 ――負けるな。
 その声が、耳の奥に谺していた。アーシャは唇をかみ締めて、ひた走る。雨に濡れた黒髪が頬に張り付く。上がった息がひゅうひゅうと喧しく鳴っている。
 轟々と唸る風。折れた枝が鋭い音を立てて耳元を掠める。嵐の夜、森は普段の穏やかさをかなぐり捨てていた。
 奥へ。もっと奥へ。森の奥深くへ逃げ込めば、誰もそこまでは追ってくるまい。それに、きっと風も樹々に遮られて、いくらかは弱くなるに違いない。
 駆り立てられるようにして、アーシャは走る。ときおり根に躓きながら。手にした角燈には、硝子の風防が設えられてはいるものの、油の残りはもう心もとない。
 アーシャはにじみそうになった熱い涙を、息を吸ってどうにか押し留め、ぐいと顔を拭う。泥水に汚れた顔は、青ざめている。安物の布だけれど、自ら丁寧に仕立てたドレスは、ぐっしょりと雨に濡れそぼって、もとの清楚な美しさは見る影もない。
 ――負けるな。
 耳に何度も蘇るその声に、縋るようにして、アーシャは走る。低く呟くようなあの人の声は、けれど熱を孕んでいた……


 ――申し訳ないが、と、あの人はいった。
「それはわたしに、出て行けということなの」
 そう食って掛かったアーシャに、しかしあの人は、表情を変えずにうなずいた。
 湿った風が吹いていた。屋敷の庭は宵闇に包まれて、ざわめく樹々が二人のやりとりをときおり遮った。
「貴女は美しすぎる」
 その言葉にはじめ、アーシャは笑った。彼には似合わない冗談だと思ったのだ。だから軽く笑い飛ばそうとした。だが、男の表情がちっとも変わらないのを見て、アーシャは笑いやんだ。
「美しすぎて、何が悪いっていうの」
「過ぎた美貌は妬まれる。嫉妬は人を狂わせる」
 アーシャは耳を疑った。あの男の言葉とも思われなかったからだ。なぜなら男はそれまで、一度だってアーシャの美貌を誉めてくれたことはなかった。そんな相手だからこそ、アーシャもひそかに好意を抱いていたのだ。ほかの、彼女の美貌を口々に誉めそやす男たちの誰よりも、そのぶっきらぼうな態度をこそ、アーシャは好んでいた。
 だがその男がいま、苦く唇をゆがめて、彼女の美貌を非難する。アーシャはかぶりを振って、男に詰め寄った。
「そんなのわたしのせいじゃない。好きでこの顔に生まれてきたわけではないわ」
「貴女のせいではない。だからこうして、頭を下げに来た。すまないとは、思っている」
「それなら、せめて口添えをしてくださったって、いいじゃないの」
「俺には、主への恩がある。命に背くことはできない。それに……」
「それに?」
「……急がなければ、貴女の身が危険だ」
 アーシャは笑い飛ばそうとして、失敗した。男の目が、真剣だったからだ。
「何、それ。魔女の疑いでもかけるっていうの? わたしの肌には痣もないし、針を刺したらちゃんと血が流れるわよ」
「奥方様は怒り狂っている。あの方の生国を、貴女は知っているか」
 その国の名前を思い浮かべて、アーシャは口をつぐんだ。古い書物に読んだ、血塗られた歴史が頭を掠めたのだ。
「暗殺はあの国のお家芸だ。貴女も見たことがあるだろう、奥方様が嫁いでこられたときに国許から連れてきたという、若白髪の男を。あの男は、そういう役目のものだ」
 その下男の顔は、アーシャも知っていた。口を利いたことはないが、陰気な笑い方をする男だ。
「奥方様が、あの男に貴女を始末するように命じているところを、俺はこの耳で聞いたのだ」
 そんなおそろしい話があるはずがないわと、アーシャは叫んだ。
「声が高い」
「だって何もかも、誤解なのよ。旦那様との間には、何もなかったわ。指一本、ふれられたことさえないのよ」
「奥方様は、そう思ってはいない。使用人どもが、面白おかしく噂するから」
「それを貴方も信じているの?」
 アーシャがきっと睨みつけると、男は頷きも、否定もしなかった。
「いますぐ、逃げるんだ。この時間なら貴女の姿がなくても、いっときは気づかれないだろう」
「そんな。だって、ここを出て、どうしろっていうの」
 アーシャは震える息を吐いて、よろめきそうになる足を、どうにか踏みしめた。
 男はただ感情の読めない黒い瞳でじっと彼女を見つめかえして、たったひとこと、呟くように言ったのだ。
「負けるな」


 アーシャは泥だらけになった靴を脱ぎ捨てながら、熱い息を漏らす。堪えそこなった涙も、すぐに雨に混じって冷えきってしまう。
 彼は何に負けるなと言ったのだったろうか。美貌の女にまとわりつく偏見と悪意に? それとも奥方の放つ刺客の魔の手に?
 このまま、着の身着のままで逃げ出すのがいいと、男が示したとおりに、アーシャは逃げた。ほかにあてもなかったからだ。着替えを取りに戻る余裕もなかった。
 男に手渡された小さな荷、水の入った皮袋と、わずかな食料、角燈が一つ、それからいくばくかの銀貨。ただそれだけを持って、整備された道ではなく、森の小道を縫うようにして、アーシャは逃げた。夜闇に紛れて、まるで罪びとのように。
 何者かにあとをつけられていると気がついたのは、一刻もしてからだった。


 走っていると、頭に薄膜がかけられたように、思考がまとまらなかった。断片的な思いばかりが、浮かんでは、雨に剥ぎ取られるようにして流れ去っていく。はじめに思い浮かべていた小道ではなく、樹々の間を縫って、道なき道をアーシャは走る。
 奥へ。森の奥へ。もっと奥へ!
 嵐がおさまる気配はなく、樹々の天蓋を縫って落ちてくる大粒の雨が、アーシャの肌を冷やしていく。嵐を避けているのか、森に棲むはずの獣の気配が遠いことが、救いといえば救いだろうか。
 ひときわ太い根に足をとられて、アーシャは転んだ。とっさについた手のひらが擦りむけて、一拍おくれて血がにじむ。それも雨に打たれて、すぐに流されていく。
 アーシャはその場でうずくまった。樹の根元で、雨に打たれながら、ただドレスの裾の破れ目を見つめていた。
 遠く、雷鳴が鳴っている。雨がひときわ強く、森を殴りつけた。
 もう立ち上がれない。


 追っ手に腕を掴まれたのは、足音に気づいて走り出してから、半刻ほどのちのことだった。本当なら、もっと早くにつかまっていてもおかしくはなかったのだ。その男が自分の逃げ惑うようすを楽しんでいたことに、アーシャは地面に引き倒されたあとで、ようやく気がついた。
 引き倒された拍子に破れたドレスの裾に手をかけると、若白髪の男は、下卑た笑いを浮かべた。その血走った目に向かって、アーシャは鋭く叫んだ。
「わたしが何をしたというの」
「旦那様を誑かした魔女が、ずいぶんと立派な口を利くものだ」
 異国の訛りのある口調で、男は嘲笑した。
「誤解よ」
「奥方様がそういえば、それが真実なのさ。諦めな」
 男はいって、アーシャの濡れたドレスを引き剥がしにかかった。どうせ殺すなら、その前に楽しもうというわけか。血の上った頭でそう考えたのと同時に、アーシャは男の首筋に爪を立てていた。女の非力な指で、頚動脈を破れるはずもなく、爪はただ皮膚に小さなひっかき傷を作っただけだったが、男は怒号を上げて、アーシャの頬を張った。
 石にぶつけてくらくらする頭の中で、アーシャは笑った。開いた唇の中に、雨が落ちる。もうどうにでもなればいい。世界が悪意に満ちているのなら、わたしも悪意でそれに報いよう。


 樹の根元に座っていると、風雨はいくらか遮られて、上がっていた息も、徐々におさまってきた。それでもまだ上空では、風の渦巻く音が聞こえている。濡れた服が体温を奪って、アーシャは震えた。
 角燈の灯は、すでに消えていた。膝を抱えて、彼女は目を瞑る。その瞼の裏に、絶息した男の、泥に汚れた若白髪が浮かんだ。剥かれた目玉と青ざめた唇もまた、その視界に焼きついて、離れない。
 毒を塗っていた爪を指先で拭い、アーシャは震える息を吐く。そのとたん、心の表面を覆っていた薄膜の、最後の一枚を剥ぎ取られて、アーシャはけたたましい笑い声を上げた。
 魔女、魔女、魔女! ただ毒と薬のあつかいに長けるばかりの賢い女たちを、どうして世の人々はあれほど無闇に狩り立てようとするのか。彼女を長年苦しめてきたその疑問が、いまになっては皮肉だった。
 毒を使って人の命を奪ったのは、初めてのことだった。自分が震えているのが、寒さのためなのか、感情の高ぶりのためなのかわからず、アーシャはひっきりなしに声を立てて笑った。
 ――負けるな、と、記憶の中で男がいう。
 でも、何に?
 嵐の森でアーシャはむなしく男に呼びかけ続け、その端から、声は雨音に吸い込まれていった。


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 三時間くらい……かな。自分で提案しといて「負けるな」のこのネガな使い方はないよなー、とちょっと真剣に反省しました(汗)
 お目汚し、大変失礼いたしました!

メンテ
Re: 即興三語小説 ―第100回― 三桁の大台。浮気と不倫は同義らしい ( No.4 )
   
日時: 2011/04/03 21:21
名前: もげ ID:nLVfYB0k

100回目おめでとうございます!!
今後も末長くお付き合いできることをお祈りいたします。
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「すみません」
 とん、と肩先に当たった感触で反射的に謝罪が口をつく。言ったそばからしまったと後悔が押し寄せてきたがすでに時遅しだった。
 早足に歩み去ろうとする私の肩を男は悪態をつきながら乱暴につかむ。その拍子に目深にかぶったフードが外れ、中からたくしこんだ黄金の髪が滝のように肩へと流れた。男が瞬時に怒りを忘れて息を飲むのが手に取るように分かる。私は思わず舌打ちをし、さっと身を引いて大地を蹴り、男が反応するよりも速くその場から逃げだした。一拍置いて背後から喚き声が聞こえ、その声を聞きつけて集まってくる群衆を思って男の喉を潰してやりたいと本気で思った。
 細い路地に入ってしばらく身を潜め、計画を台無しにした先の男を心の中で罵倒した。まったく、ついてないったら。しかしいつまでも後悔し続けないのが私の美点でもあるので、上がった息を整えるとけろりとその計画を諦めた。
 もうしばらくはこのルートは使えないな。私は髪を後ろでまとめてねじり上げ、またフードの中にしまいこんだ。輝く金色の髪も陶器のように滑らかで白い肌も宝石のように輝く紫の瞳も、それですっぽりと覆い隠す。美しすぎる罪で逮捕するというふざけた法律が現実に横行するこの社会では、私の外見はそれだけですでに死罪に値する。それもこれも4年前に立后したばかりの若きアルドラーダ王の妃、アンギルローザ王妃の炎のようなやきもちに起因するのだが、まったくいい大人の醜い我儘に民衆が躍らされるなんてどうかしている。
「フェイ」
 路地の暗がりに呼ばうと、「は」と短く答えて黒ずくめの痩身の男が現れ膝をついた。
「けちがついたから今日はもう帰るわ。馬を手配して」
 御意に、と呟いて男はすぐに闇へと紛れる。フェイは全てを失った私についてくる奇特な男だ。かつてと同じように振る舞うことは私の良心が咎めるが、変わらず接する彼の態度を見ると、変わらないことが私にできる唯一の事ではないかとも思えてなかなか態度を改めることは出来なかった。
 懐にしまった子袋からクリスタルの輝きを取り出す。宝石の中には一片の花弁。それは母が愛した菫の砂糖漬けだった。甘い砂糖の結晶の中に眠る美しい栄光のかけら。その最後の一枚を口の中に放り込んで奥歯で叩き割る。輝きは口の中で砕けて後味の悪い甘ったるさを残してじきに消えた。悔しさで涙が出そうだった。

 悪法を次々と打ちたてるアンギルローザ王妃が皇后になったのは、故エメリエンヌ王妃が不運な死を迎えたおよそ一年後だった。美しくやさしいエメリエンヌ王妃は民衆から愛され、その息子であるギルデリック王子も誠実な人柄から時期王位に就くということに誰も疑いを持っていなかった。2人の妹姫も美しく育ち、それぞれが近隣の国の王子との婚約も決まっていた。絵にかいたような魅了的な王室だった。
だが、その輝かしい時代も長くは続かなかった。悲劇の始まりは王子ギルデリックの死から始まる。春先の野に誘われて遠駆けに出かけたギルデリックは、冷たくなって王宮へと帰った。落馬事故だった。半狂乱になるエメリエンヌ王妃に追い打ちをかけるように、数ヵ月後、王妃の兄グラバスとその妻であるイエダも旅先で命を落とす。暴走馬車による交通事故。相談役を失った王妃は茫然自失となり、さらに忍びよる魔の手に気付かずに翌年娘のフェンリル王女をも病気で失った。その頃には『呪われた王室』と陰で囁かれるようになり、唯一残ったもう一人の娘であるエルードラ王女を守ろうとする王妃の目は狂人にしか見えなかった。王妃はその頃から公には姿をほとんど現さなくなり、信頼できる部下数人に守られた王宮の奥にある隠された館に閉じこもりっきりになる。そしてエルードラ王女15歳のみぎりに王宮で内々に開かれた成人式典にて、ついにエルードラ王女にも不幸が降りかかってしまった。式典の真っただ中でシャンデリアが落下。真下にいたエルードラ王女の命の火はそこで儚くなる。…ただし不思議なことに巨大なシャンデリアが綺麗に片づけられたころには、その下にあった死体は消えていたという。狂った母が死体を手で掘り起こし、奥の館で綺麗な服を着せて生きているように話しかけているとも、呪いの犠牲者の体は悪魔の生贄になったとも言われるようになったが、真実は依然闇の中であった。
そしてそのわずか1カ月後。不幸を一身に受けたエメリエンヌ王妃自身もまたその運命から逃れることもかなわず。自室で息絶えているのが発見された。公式な発表では病死とされたが、その死に関してはいまだに様々な憶測が後を絶たない。ともあれ、呪われた王妃の血筋はそこでぷっつりと途絶えてしまう。
一方、嘆きの王アルドラーダはと言えば、がっくりと肩を落としたのはわずか半年ばかりのみで、続く半年では娘ほども若いアンギルローザに骨抜きにされてあっさり翌年には再婚を果たす。エメリエンヌ王妃を愛した民衆は当然眉をひそめたが、暗い話題ばかりだった王室に久しぶりに戻った明るい話題に、人々はやがてそれを受け入れていった。
だが、しばらくしてそれは大きな間違いであったと気付く。美しく若いアンギルローザ王妃は、次第に生来の傲慢さで国政に口を挟んでいく。彼女は非常に美しかったが、自分以外の美しさは決して認めなかった。国中の若い娘は顔を出して歩くことは許されなくなり、基準以上の美しさは罪とされ、顔立ちの整った子供が生まれると傷をつけることすら強要した。民衆の不満は高まったが、王妃が編成した騎士団に恐怖して誰も口を出すことは出来なかった。
「美しすぎて、何が悪い。誰に迷惑をかけるわけでもなし」
口に出してみるとなんだか滑稽で笑えた。
「馬の準備が整いました」
 いつの間にか現れたフェイが現れて膝を折って、今の言葉は聞こえたかしらと思わず口に手を当てた。だが彼はぴくりとも表情を変えずに馬を私にあてがった。私はその心遣いをありがたく思って黙って馬に跨がり、短く掛け声をかけて馬の脇腹を蹴ると、馬首を巡らせてすぐに寝床へと引き返した。

 チャンスはまさに天から降るかのごとく唐突に訪れた。たまたま足を運んだバルデスの村の祭りで、王妃がお忍びで見物に来ているという情報をつかんだ。王妃はお忍びでも常に数人の腕ききの騎士を従えているということは有名だったが、しかし王宮から遠く離れた地であれば、それでも十分にチャンスと呼べた。私はすぐにバルデスの祭りの踊り手に志願し、村娘に交じって風の神の面をつけて舞台に立った。魅惑的で美しいダンスを披露すると客席からはため息があがった。私は面の奥から王妃に流し眼を送り、ことさらに腰を振った。王妃がはがみして炎のように燃える赤い目をたぎらせたのが分かる。私は成功したのだ。必ず王妃は接触してくるはずだ。
しかしまさか突然殴られるとは思ってもいなかった。楽屋に戻るなり、王妃は乱暴に戸を開けたててつかつかと歩み寄ると、私の頬を張り飛ばした。フェイが反射的に剣を鞘走らせるのを右手を上げて制する。殴られた拍子にはじけ飛んだ面の下から金色の髪が落ち、紫の瞳で睨みつけると、王妃は驚いた顔をし、次いで鬼の形相で喚いた。「この娘を殺せ!」
さすがに気付いたのかもしれない。私と母は瓜二つだから。王妃の取り巻きの二人の騎士が剣を抜き、フェイは舌打ちして私を引きたててその背に隠した。
「悪魔の娘よ。国を悪へと導く呪われた子よ。その顔がその証拠!お前たち早く処刑を」
 フェイがさっと躍り出てきた背の高い騎士の剣を素早い動きで払い、続いて半歩後ろから切りつけてきた赤毛の男の脇腹を薙いだ。完全に油断していたと見えて一発目は綺麗に決まったが、フェイの腕が予想以上にたつことを知った彼らは次の瞬間には座った目を向けて絶妙な距離を取った。そうなれば腐っても国お抱えの騎士団。それも王妃を守るために選ばれた精鋭二人だ。多勢に無勢ではフェイに万一でも勝てる見込みはなかった。それでも彼は戦うだろう。誓ってもいい。私が命じなければ逃げるなんて真似は絶対にしない。
 だから私は剣を抜いた。こんな機会は死んでも絶対に二度と訪れないと分かっていたから、無謀だと分かっていても自ら可能性を絶つことはできなかった。
「なんだいやる気かい?」
 うすら寒い笑顔で見下す王妃。私は震える足で立ち上がる。
「そうよ。これは母の仇……。菫の砂糖漬けに覚えはあるわね?」
 王妃はきらりと目を光らせて、そして鼻で笑った。
「あんな甘ったるい食べ物のどこがいいのか。私はちょっとスパイスを入れてやっただけの事よ」
 その言葉だけで十分だった。私は大声をあげてフェイを押しのけると、全身全霊を込めて右手を突き出した。途端に腹部に鋭い痛みが走り、甲高い音を立てて短剣が地面を滑る。もつれた足に躓いて肩から地面に転がると、血の味がして目の前が暗転した。しかしここで意識を手放すわけにはいかなかった。恐らく騎士のどちらかが私を切ったのだろう。でもそれを確認することすら時間の無駄だと感じた。ぐぅ、というくぐもった声は騎士のものだったのかフェイのものだったのか。しかし私は懸命に目を開くと、まっすぐに王妃の赤い目を見据えて逸らさなかった。王妃の目は少しうろたえたように見えた。
「私は」
 声を出すと下腹部が激しく痛んだ。思わず閉じそうになる目、しかし私は意地でも瞬きひとつしなかった。負けるな。痛みなど大したことではない。
「私は……あなたを引きずり下ろす為だけに今日まで生きてきた……。母がくれた命は復讐のためにある」
 『殺される』と言っていた。王宮の奥で母は常に暗殺者の影に怯えていた。死んだことにして私を逃がしてくれた母は、好物の菫の砂糖漬けを握らせて私に繰り返し言い含めた。ここを出たらどこか遠くの田舎へ行き、何もかも忘れて静かに暮らせと。だが、そんなことは出来るはずがなかった。兄の死も伯父母の死も妹の死も、全て疑惑の渦の中にあった。そして母が亡くなった時、半分かじった菫の砂糖漬けがその傍らにあったと聞いて疑いは確信へと変わった。アンギルローザ王妃の生家、グレイドラント家の専売特許は毒の調合だ。そして閉ざされた王宮の奥の館にいる母へ届けられていた菫の砂糖漬けを運んでいたゾルアソ人の商人は、その後調べを進めた結果グレイドラント家から多額の資金を受け取っていたことが分かった。
「私はあなたを許さないわ。たとえ命を奪えずとも……故エメリエンヌ王妃の忘れ形見、エルードラ・ド・フォンデンブルグが現王妃アンギルローザに復讐の刃を向けたという事実はもはや消せない」
 刃を向けていた騎士二人が息を飲むのが分かった。
 いつの間にか楽屋の周囲に集まってきていた民衆も一斉にざわつき始める。
「……なんのことやら。ふん、この娘がエルードラ王女だと?どこにそんな証拠がある?これは私を陥れようとする陰謀だわ。王女は死んだのよ。シャンデリアに頭を潰されてね!」
「証拠……?そんなものが必要?」
 私は膝と手で重たい体を持ち上げた。力の入らない膝をどうにか奮い立たせて立ち上がると、姿勢を正して優雅な仕草で周囲を一瞥した。
「……この髪、肌、目、どこをとってもエメリエンヌの血を引いていることは明白!それ以上になにか証拠が必要だとでも!?」
 幸運だったのは、騎士二人の心に一瞬の迷いが生じたことと、例のうめき声はフェイのものではなかったということだった。残った力を振り絞り、袖に仕込んだ守り刀を投げると、それを防ぐものは何もなかった。
 ぎゃあ、という獣のような声がして、王妃が顔を押さえた。
「顔が……!!ああああ!私の顔がぁ」
 その後すぐさま正気を取り戻した騎士二人に私は拘束された。王族を傷つけた私は死罪は免れないだろう。フェイに至っては法廷に上る前に殺されてしまうのは確実だ。でも私は満足だった。彼女にとって一番大切なことは自らの美しさだったから。喉の奥から笑いがこみあげてきて、私はずっと笑い続けていた。なんてくだらないことだろう!ああ!なんて!なんて……!!なんて悲しい私の人生!
 そして私はくず折れて、冷たい大地に眠った。目覚めることは、もうなかった。
(終)

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5000字弱。時間は……4時間くらい?
任意お題は全て使えませんでした。
お目汚し失礼しました…!

メンテ
木下闇 ( No.5 )
   
日時: 2011/04/03 23:00
名前: RYO ID:CQwstoXM

 木下闇――見上げれば鬱蒼と茂る木々が降り注ぐ光を通してくれない。いつものように息を潜める。人間に見つからないように。これはもう癖だなと苦笑する。人間の目に映らない術を身につけて、久しい。もう大分板についてきたのだと思う。もう鼻からうどんを垂らす根性なしなどと呼ばせはしない。人間の目に映るということは、まだまだ未熟の者で、鼻からうどんを垂らす根性なしという不名誉な称号がひっそりと仲間内で与えられる。
 とはいえ、先日おかしなことがあった。人間と目が合ったのだ。日の当たる石の上に腰掛けて、おやつに菫の砂糖漬けを食べているときのことだった。菫を口に運ぶ手が、思わず止まってしまった。一枚一枚ゆっくり食べていた菫の砂糖漬けの最後の一枚を思わず落とすところだった。ただその人間はとても美しかった。そうとても美しかった。見とれてしまっていた。風も吹くのを止めた。木々もその枝を揺さぶるのを止めた。小鳥もさえずるのを止めた。時間さえ止まっていた。

 木下闇――目を凝らす。光は降り注いでいるというのに、そこは何も見えない。あれは気のせいだったのだろうか。溜め息を吐く。溜め息に気がついてくれないだろうかと期待を込めて。ぽかぽかとした春の陽気も、ここまで上ってくると暑くてしかたない。登山を趣味にして久しい。自分に負けるなと、毎週のように山頂を目指して登ってきた。そもそも登山を始めた目的はダイエットだったけれど、今ではすっかり山の魅力に取り付かれてしまった。もうぽっちゃりとは言わせない。随分と無駄な脂肪は落としたのだから。
 とはいえ、私の今の目的は山頂にはない。今の目的は、あのとき見た妖精をもう一度見つけることだ。見つけてどうするかは決めていない。ただもう一度、見てみたかった。ぽぽぽぽーんって出てきてくれるといいのにと思う。初めて目が合ったときは、木下闇からちょっと離れた石の上に膝を組んで、紫の花びらをかじっているところだった。あれは多分菫か何かと思うけれど、そんなことより、愛らしさと、神々しさに目を奪われていた。深い緑の髪と瞳と、白い肌。思いがけないことに目を丸くして、時間が止まった様子はなんとも愛らしい。永遠とも思えるくらいの静寂が流れた気がした。

 思えば、人間の目に映らないというのは、人間を見ないということに等しいのかもしれない。人間から見られないのだから、こちらからわざわざ見る必要はないのだろう。それはつまり、ずっとまっとうに人間を見てこなかったということと違いはないのかもしれない。そんな想いに狩られて、焦がれる。あの人間ともう一度会うことは叶うのだろうかと。人間の目に映らないというのが今は恨めしい。これは息をするように、自然と風に乗れるようになるように、勝手に身につき、染み付いていくものだ。やらないことのほうが相当に難しい。今にしてみれば、このような能力はもう恨めしい以外の何ものでもなかった。
 こんな気持ちになるなんて――菫の砂糖漬けが口の中で、ふわりとその香りを広げる。風は緩やかにふわりと乗っていきたい気持ちを、座る石の硬さに刻み付けるようにこらえる。どうせなら、恨み言の一つでも言いたいものだ。私の一族にあるまじき気持ちにさせた恨み言を。
「美しすぎて、何が悪い」
 そう返されるのかもしれない。そう考えたら、おかしくなって、笑いながら、石の上に仰向けになる。やっぱりそこには、木下闇が広がっていた。

 思えば、妖精というのは、ときどき聞く話だった。そのときは妖精なんてと、一笑に付して聞いてたけど。まさか自分が見ることになろうとは。まったく信じてなかったし、今も夢か幻でも見たんじゃないかと思う。信じていなかったものが、眼前にいた。奪われたのは目ではなく、心だったのかもしれない。それは自然への畏怖の念にも似て、でもどこか小さな子どものよくやる空想の産物を思わせて、捕らえて離さない。大人でいることのほうがよほど難しい。
 こんな気持ちになるなんて――切り株に腰掛けて、ペットボトルのスポーツドリンクを飲む。飲み慣れた味がどこかで現実を教えている気がする。風が吹く。強く。山頂が呼んでいる気さえする。山が嫉妬しているのかもしれない。美しすぎる何かに心を奪われることは罪なのかしら? あるいは奪うことが罪なのかしら? だったら、
「美しすぎる罪で逮捕する」
 っていうのはアリかもね。逮捕できても、すぐに放してあげないと可哀想よね。花びらをかじるように儚いんだから。そう考えたら、おかしくなって、スポーツドリンクを飲み干す。やっぱりそこには、木下闇が広がっていた。

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二時間半くらい。二千字いっていないくらいです。
任意まで全部つかってみました。
物語性を排除してみました。どこか童話っぽくしてみました。
対比させてみました。
ある意味実験的ですね。
もうちょっと描写とか感覚が表現できると雰囲気が出たんだろうなと。

メンテ
game2 ( No.6 )
   
日時: 2011/04/04 01:27
名前: 片桐秀和 ID:eyYh/LA.

 ――美しすぎて、何が悪い

 そう書かれた札に、俺は全神経を研ぎ澄ませていた。真新しい畳の上、不規則に数十枚と並べられたうちの一枚がそれだ。視界の中にそれはあり、その一枚が俺のこれからを決める。しかし決してそれ一枚を凝視はできない。他の札も見渡しつつ、その札がある位置を何十回、何百回と確認していた。その札――美しすぎて、何が悪い――と書かれた札さえものにできれば、全ては帳消しになる。いや、それどころか、俺の新しい人生の門出に十分な金が転がり込む。
 俺は対峙する黒衣の男を睨み付ける。男はすでに獲得した十数枚の札を俺にしめし、不気味に笑い続けていた。悟られているはずがない、俺は心の中で繰り返した。

 破綻というものは、気づいたときには手遅れで、生活の端々からのそりのそりとしのびよるものなのかもしれない。高校を出た俺が、地元の工場(こうば)に就職したときもそうだ。はじめは自分に向いている仕事だと思った。工場用ミシンの部品組み立てというのが主な仕事内容で、職場の雰囲気は和やか、社員指導も尻をたたくというよりは、長い目で育てるといった親しみ安い環境だった。俺ははりきって働き、仕事を少しずつ身につけていった。冗談を言い合う仲間もでき、ささやかながらも、人生が軌道に乗っていると感じていた。
 ある日のことだ。俺は間違いを犯した。入荷された部品の数を数え違った。上司に報告し、部品の数を再度報告すれば、それで全て解決していたはずのことだった。しかし俺はそれを隠してしまった。なぜかははっきりわからない。ただなんとなくタイミングがつかめなかったのだ。即座に報告しようと思っていると昼になり、昼に言いそびれて夕方になった。時間は経っていたが、それでも業務に支障をきたさない余裕はまたあった。次の日はちゃんと報告し、埋め合わせをしよう。そう思って、ふいに近くのパチンコ屋に寄った。すぐに帰り、明日に備えるはずが、その日は熱くなって金を注ぎ込み、五万という金を失った。
 次の日、俺は初めて遅刻した。焦りに焦ってバイクを飛ばし、ようやくタイムカードを押したとき、三分の遅刻が、赤い文字で記入されていた。誰も責めたものはいない。まるで、そんなことさえなかったように、俺はその日の仕事についた。そのせいだろうか、俺は上司へ報告するタイミングをまたも逃した。二日が経ち、三日が経った。その頃、部品は備蓄があって、些細な数違いなどは、誰も気にしないのではないかと勝手に思い込むようになった。仮にそれが発覚しても、今まで気づかなかったと言えば、次から気をつけろといわれるだけで、案外ことは終わるのではないか。
 あては外れた。四日目の朝、工場長が呼んでいるといわれたとき、自体が飲み込めずに、なぜ俺がと思った。工場長は、烈火のごとく俺に罵声を浴びせた。気づかなかったんです。気づかなかったんです。そう繰り返す俺の言葉を決して信じようとはしなかった。いや、俺の雰囲気から、それが偽りであると気づいたのだろう。だからこそ、工場長は俺を殴った。カッとした俺は、その場にあるものを蹴り飛ばし、その破片が工場長の額に傷をつけた。怒り狂ったふりをして、その実俺は逃げるようにして工場をあとにした。
 暇をもてあまし、ギャンブルと風俗に没頭すれば、すぐに金など尽きてしまう。当然のようにローン会社の門を叩いた俺は、高利で金を借りたが、それさえすぐにあぶくと消えた。付き合っていた彼女は、しばらく俺を真人間に再生しようと励ましていたが、俺がいつまでも変わらないでいることにあきれ果て、俺のもとを去った。両親が早くに他界した俺にとっての、最後のつながりが失われ、残ったのは自分という人間へのぬぐいがたい嫌悪と、絶望感だ。
 たいした金にもならない家具や親の形見を売って、その日を暮らす。あてどなく街を歩くと、狂った妄想が浮かぶ。いっそ、銀行強盗でもしてみるか。仮につかまっても、刑務所で飯にはありつける。いや、もう一度やり直そう。今までの失敗にとらわれず、もう一度まともに人生を生きてみよう。
 そんな思いが数分おきに繰り返され、俺の精神は磨耗を始めていた。かさんだ借金の返済期日を思うと、もういっそ死んだほうがましではないかとさえ思う。

「いやはや、お困りのご様子」
 芝居がかったせりふを聞いたのは、なんとか働き口を見つけようと、コンビニで求人情報誌を立ち読みしているときだった。見れば黒いスーツの上、黒いコートを羽織った初老ほどの男が俺の顔に向いている。面倒ごとの予感に俺が立ち去ろうとすると、
「おや、お仕事を探さなくてよろしいのですか? 期日は一週間後でしょう? 日当制のお仕事を探さない限り、面倒なことになりますよ」
 俺は振り帰る。求人情報誌を見ていたのだから、職にあぶれていることは分かるだろう。薄汚れた俺の服を見れば、金に困っているとも分かるだろう。だがなぜ?
「なんで借金のことを知っている? あんた何者だ?」
 黒衣の男は、黒い帽子を脱いで、一礼した。
「失礼。私には少しばかり変わった力がありましてね。困った人を見ると、放っておけない。ついつい――」
「何が変わった力だ。どうせローン会社の回り物だろう。期日には返す。それで文句ないんだろう。なんとかする」
「ほう、しかし」男は俺を値踏みするように見ると、「なんとかは、このままではできませんね」
「そんなことは――」
「二つ誤解を解きましょう。私はローン会社の回し者ではありません。そして、むしろあなたにチャンスを与えるためにやってきたのです」
「チャンス?」
「ええ、ゲームをしましょう。簡単なゲームです。その結果で、あなたの借金が帳消しになり、さらにこれからの人生を十分に暮らせるほどの金が転がり込む可能性すらあります」
「どんなゲームだ?」
「フフ。話が早い。乗り気と見ました」
「どんなゲームだと聞いてるんだ!」
 男は気味の悪い笑みを浮かべてると、その片手を前に伸ばし、指を鳴らした。

 暗転。

 気づいたときには、俺は和室に座っていた。向かいで黒衣の男も胡坐をかいている。俺と男との間には、無数の札が不規則に並べられていた。
「カルタ、などはいかかですかな」
 夢か幻か。俺はついに白昼夢を見るほど病んでいるのか。呆然としていると、不意にパチンと目の前で男の両手が打ち鳴らされる。あまりに、あまりにリアルな音。
「残念、これもまた現実なようですな」
「あんたの仕業か?」
「ええ、申しましたでしょう。少しばかり変わった力がある、と」
 認めざるを得ないだろう。仮にトリックがあるのだとしても、これほど大それたことができるなら、もちかけられたゲームの結果で、金をくれるという話も、まったくでたらめだとは思えない。
「何をすればいい? どうしれば、金を?」
「そうですな。一枚とれば、借金を帳消しにしましょう」
「一枚?」
「どれでも一枚というわけではありません。最初にあなたが決めた一枚です。これからこの部屋の中に、札に書かれた文句を詠みあげる音声が次々に流れます。あなたが決めた一枚の文句が読めれたとき、それを私よりさきにとることができれば、借金は私が肩代わりしましょう」
「本当か?」
「ええ、嘘偽りありません。しかしこれだけではつまらない。さらに、最初に決めた札――「指定札」と便宜的に言っておきましょうかね。それ以外の札をあなたがとっても、一枚について、十万円さしあげます」
 俺は考え込んだ。あまりに有利すぎる。
「そう、あなたに有利すぎる」男は俺の心を見透かしたように言うと、「もちろん私もゲームに参加したいのでね、これだけではありません。指定札を私に取られたなら、あなたには少々つらい目にあってもらいます。さらに、お手つきはいけません。これにも同様のペナルティを課しましょう」
「つらい目とはなんだ?」
「まあまあ。つまりはお手つきせずに、指定札をとればいいだけのことです。あなたが指定したカードをあなたが取る。断然あなたに有利だ。勝負はどちらかが指定札をとるまでとしましょう。つまりは、あなたが指定札を取ったなり、とられたなりと宣言した時点で終わります」
「本当にそれだけ、裏はないんだな?」
「何をあなたが裏と思うかはご自由ですが、ルールとしてはそれだけです。私はこういったゲームが大好きでして」
「分かった。どうせこのままじゃ、俺の人生ジリ貧だ。やってやる。やってやろうじゃないか」

 指定札を決めることがもっとも重要だとは分かった。最低でもその札を俺が取れば、俺の借金は消え、当面の心配はなくなる。問題はどの札を指定札にするかだ。
 黒衣の男は今背を向けて座っている。俺がそう指示したのだ。札を選ぶ際、視線で指定札を見抜かれては困るからと、背を向けるように言った。男はそれを快諾し、すんなりと背を向け、ごゆっくりどうぞ、などといいのけた。
 俺は目の前に並んだ札を見渡す。観察すれば、よくある「いろはカルタ」だ。五十音全てから始まる札があり、愛してるといってほしい、一度ならず二度までも、とふざけたフレーズが印刷されている。俺は考える。男がカルタというゲームを持ちかけた以上、やつには相当の自信があるのだろう。
「あんたが札の配置をあらかじめ覚えているってことはないだろうな? 俺をここに連れてくる前に全て記憶しているということは」
「では、今のうちです。好きに並び替えてください」
 またもやあっさりと快諾されたことに俺はかえって不安を抱くが、悩んだすえ札の配置を変えることにした。残った問題は、指定札をどうするか、だ。
 男に近いと不利ではあるだろう。しかし、自分に近すぎてもそれが指定札とばれて危険度は増す。ならば、中間、どうとも判断がつかない位置にある札を指定札とするのがもっとも安全なのではないか。いや、やつはそこまで読んで、むしろ中間の札から位置を把握するかもしれない。
 俺は散々迷った末、自分の比較的近い位置に置かれた一枚。
 
 ――美しすぎて、何が悪い

 と書かれた札を指定札とした。
「決めたぞ」
 俺が言うと、男はおもむろに振り返った。
「さてさて、どれが指定札でしょうかね。私にとられぬよう、どうぞがんばってください。では、はじめましょうか」

 ゲームが始まる。
 俺はできるだけ視点を定めぬように、全体を見るよう意識しながら、体を前傾した。まさか一枚めに詠まれることはないだろう。いや、ありえないことではない。いつでもあそこに、あの札に手を伸ばすよう集中せねば。

 ――面白いほどに、切なく

 不意に部屋に響いた言葉が、札を読み上げたものだと気づく。違う、指定札を詠んだものではない。俺はほどけた緊張のままに、その札を探した。
 数秒が過ぎる。
 見つからない。どこにある。
 男の手が伸びて、それがどこにあるか、ようやく分かった。札を手にした男は、「いや、カルタとは難しいものですね」とあごをさすった。「私はこのゲームが始めてでして、慣れるまでには時間がかかりそうだ。しかし、あなたがすぐに緊張を解いたことは分かりました。指定札ではないのだな、と」
 俺は言葉を返さず札だけを見る。どこまで本心なのかは分からないが、俺が緊張を解いたことは間違いない。この男は、俺を観察している。観察することを楽しんでいる。
「あなたにとっては、むしろ指定札が早めに詠まれると幸いと言えるでしょうか。万が一、いや、五十分の一ですね、五十分の一で最後の一枚になってしまえば、それこそたんなる瞬発力の勝負となる。私が年寄りであることを鑑みればただたんに不利とも言えないかもしれませんが」

 ――走るには、遠い距離

 男が話しているうちに、次の一枚が詠みあげられた。指定札ではない。しかし、その札には覚えがあった。俺の目の前にある一枚だからだ。男はまだその場所に気づいていないらしく、見当違いの場所を探している。取って良いのか? 俺の中にそんな思いが過ぎった。お手つきには指定札を取られた場合と同様のペナルティがあると言っていた。だが、いくらなんでも間違いようがない。十万という金が、いとも簡単に手に入るのだ。
 俺はおもむろに手を伸ばし、札に手のひらを当てた。男を見る。
「オオ、そんなところにありましたか。道理で見つからないはずだ。おめでとうございます。これで十万円があなたのものだ」
「本当なんだな?」
「ええ、そうせねば、盛り上がらぬでしょう。しかし気をつけてください。あまり欲を掻いて、お手つきすればそこでゲームは終わります。慎重に、しかし機は逃さず、あなたもこのゲームを楽しんでください」
「ひとつ聞きたい。途中で、俺が指定札以外の札をとって、得られた金に満足すれば、そこで降りてもかまわないのか?」
「なんと嘆かわしい。そんなことをして何が面白いのです。始めに決めたように、あくまで指定札が取った取られたと宣言された時点でゲームは終わりです」
「わかった」
 やはり指定札が問題なのだ。俺は浮ついた気持ちを持ち直し、改めて体を前傾させた。

 札は次々詠みあげられる。
 男が取り、あるいは俺が取る。そんな攻防が静かに続いた。指定札がいつ詠み上げられるかわからず、俺はこの生涯で最大の緊張感をもって、ゲームに望む。負けるか、負けてたまるか、と自らを奮い立たせながら。

 ――美しすぎて、何が悪い

 不意に詠まれたその文句に、俺は体をびくつかせた。万が一にも間違った札を取らぬよう、全神経をその札一点に定めた。
 手が重なる。
 冷たい手だと思った。これが人間の手かと思うような手。
 その手は、俺の下にあった。
「おお、これは私が先に取ったことになりますね」
 男はあっけなく言いのける。俺は唖然として、その様を見ていた。
「どうかしましたか?」
「――いや」
「なんだ、あまりに巣頓狂な顔をされるから、これが指定札かと思ったのですが」
「違う、あと少しで十万を逃したのが悔しいだけだ」
「ほうほう。そうでしたか。私の勘違いだったのですね。では、さて、指定札はどれだろう。札もかなり減ってきた。そろそろ詠み上げられるかもしれません」
 俺は高速に事態を解析する。指定札は俺しかしらない。あくまでそれは宣言されて、男に分かるものなのだ。次に俺が取った札を指定札にすればいい。それだけだ。簡単なことだ。

 札は次々詠み上げられる。
 その全てを男が取った。事態に混乱した俺は、体がうまく反応せず、自分の近くにある札さえとることができなかった。
 残りは五枚。
「あなたにとっては不運ですな。ここまで減ってしまえば、運の要素が大きい。私も五枚全ての位置と内容を覚えてしまいました。ここからは瞬発力勝負ですかな」
 俺は答えない。答えることができない。
 指定札はもうないのだ。俺は残り一枚を指定札とし、それが詠まれた瞬間に、全速で取りに行く。そして指定札を取ったと宣言せねばならない。

 ――困ったほどに、やわらかく

 男が取る。

 ――間違ったなんて、いわないで

 男が取る。

 残り三枚。
 俺は一枚だけに的を絞っていた。他の札は全てすて、その一枚をだけに集中していた。それを取り、宣言する。指定札を取ったと宣言する。

 ――酸っぱいけれど、思ったほど

 俺は叫び声を上げながら、その札を取った。札を掲げ、喜びを表現する。
「取った、取ったぞ! これが指定札だ。間違いない」
 そういって笑みを浮かべてながら男を見たとき、俺の浮ついた気持ちは一瞬で凍った。
 笑っている。不気味に、見透かすように。
 男は言う。
「指定札をもう一度確認してください」
「なにをいったい?」
 俺は改めて手にした札を見る。そこにあったのは――。

 ――美しすぎて、何が悪い。

「馬鹿な。これはあんたが取った札だろう」
「ええ、私が取った札です。しかし、指定札はそれだ。そして、今読み上げられた札ではない」
「違う。俺は間違いなく」
「間違いなく?」
 俺は間違いなく、指定札ではない札を、指定札として取ったのだ。
「あなたが指定札だと宣言したとき、それがあなたの手元に飛ぶように細工しておきました」
「いかさまじゃないか!」
「どこかいかさまなんですか? 確認するためのことです。私は普通にゲームをし、指定札を運良く取った。あなたは信じないでしょうが、私は純粋にゲームを楽しみましたよ。あなたの様子から、とうに指定札を私が取っていると気づかざるをえませんでしたが」
「始めから俺をはめるつもりだったんだな!」
「嵌めたつもりはありませんがね、あなたが葛藤するさまはなかなか面白かった。人間というのは、興味深い生き物です」
「俺をどうする気なんだ?」
「あなたには、とりあえず生きてもらいましょう。私はその観察をしていきます。あなたはこれからも、小さな嘘から人生を狂わせるのでしょうか。なかなかの見物だ」

 明転。

 気づけば、コンビニで立ち読みをしていた。何かが起こった気もするが、頭がぼやけて思い出せない。俺は求人情報誌を読んでいたようだ。大学卒、要経験、要資格、そんな条件が並んでいる。
「畜生、馬鹿にしやがって」
 どうやって誤魔化そうかと考える自分がいた。

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書きながら考える話じゃなかった……。物語の破綻に気をつけよう。

メンテ
実はそれが正しい関係 ( No.7 )
   
日時: 2011/04/04 04:36
名前: とりさと ID:xSQqeFMg

 斉藤美貴は、大切なものをふたつ失った。


 ぽつんと、佇んでいた。そこには、かつて美貴の家があった。美貴の家は金持だったので、敷地が随分と広かった。立派な一軒家だった。
 しかし、いまはなにもない。軽い爆心地あとのようになっている。それが、失った大切なもののひとつ。
 そしてもうひとつは。
 きぃ、と門が開く音がする。
 振り返ると、そこにはとある動物を彷彿させる少女がいた。頭に何重も帽子をかぶっている。
 宇佐見御凪。
 とある動物みたいな名前をしている少女である。
 友達だと思っていた。確かにそう思っていたのだ。
「申し訳ございませんでした!」
 いきよいよく頭を下げた。
 美貴はそれを無視して、少女の頭に何重にもなって被さっている帽子をむいていく。謝罪なんて、そんなものをされても面白くとも何ともない。一枚、二枚、三枚……そして、最後の一枚をゆっくりはぎ取ると、ぽぽぽぽーんと、ウサミミが飛び出て来た。
「……半信半疑だったけど」
 もちろん、付けものではない。もふもふ感たっぷりの本物の耳である。
 ウサミミをひっつけた少女は、下げていた面をゆっくり上げた。
「見ての通りでございます。宇佐見はあいたたたぁあ!」
 見ての通り何なのか。訊くより先に、とりあえず両方まとめて掴んで引っ張ってみると、悲鳴が上がった。人類にこんな耳が生えてる筈もない。人類でないということは、宇宙人なのだろう。この家をふっとばして現れたUFOちっくなものを見ていたから、納得しやすい。
「宇佐見は大変痛いです! おやめください!」
「お前が宇宙人だっていうのは分かったわ」
「無視! しかしご納得いただけて恐悦至極でございます! ついでにその手を離していただければ、宇佐見は飛んで喜びます!」
「生身で月まで飛んで行けないのなら、離さないわ」
「か弱い宇佐見には無理でございます!」
 涙を滲ませて訴える。こんど宇宙船で連れて行ってもらおう、と思いながら手を離す。
「さてウナギ」
「この耳をご覧になっても相も変わらずウナギ呼ばわりなのですね……」
 何をいっているのやら。美貴にとってウナギはウナギである。うさみみなぎを略してウナギ。ウナギ以上にぴったりの呼び名など存在しないし、ウナギ以外の動物に分類などしようがない。他にどんな呼び名があるのか教えてほしいぐらいだ。
 ともかく、聞きたいことはまだまだたくさんある。
「なんで宇宙人のあなたが地球に来て、わたしの同級生として普通に高校通っていたのかしら。教えなければ、あなたも人類になれるわ」
「もしや宇佐見のプリティーな耳をちょんぎる心づもりで!?」
「ばかね。引きちぎるのよ。……あら、おかしいわ。これじゃあ、ウナギから人間へとランクアップしちゃうわね。ご褒美になるじゃない」
「一から十まで、つるっとまるっとお教えいたしますとも!」
 慄きから落ちつくためか、宇佐見はこほんと咳して一拍入れる。
「この宇佐見、もとより隠しだてするつもりはございません。故郷の星より、無理を言ってひとりここに居を移しておりますのはもちろん訳がございます」
「つまらない理由じゃないことを祈るわ。留学とか視察とかほざいたら、かば焼きにするわよ」
「もちろん違います! 理由の面白さは折り紙つきでございます。さてさて、宇佐見の星には、相性診断機というものがございます。完全無欠に人との相性を計れる機械でございます。宇佐見達はそれを一人につき人生で一度きりしか使えません。診断機で生涯の伴侶を選ぶのが最も一般的な使用用途ですが……しかし宇佐見はそれを『宇宙一気の合う人』という条件で診断いたしました。そこで見事該当しましたのが、美貴なのです! そう。宇佐見は美貴と会うためにはるばる何億光年のかなたよりここに訪れたのです!」
 どうです、とばかりに宇佐見は両腕を広げる。花咲かんばかりの満面の笑みだ。
 美貴は、それに一言。
「呼び捨てるな馴れ馴れしい」
 嫌悪感丸出しで顔をしかめ、さらには地面に唾を吐くジェスチャー付きだ。
 ウナギはたじりと後ずさり。
「あ、あれ? う、宇佐見と美貴は友達でございましょう……?」
「ウナギが何を言ってるのかしら。さばくわよ」
「せめてしばく程度にとどめてくださいませ!」
「ウナギ。友達だなんて、寝言は冬眠か永眠してから言いなさい。あんたさっき私の言うことを聞くって言ったわよね。下僕にさせてくださいって泣いて頼んだわよね。だから、呼び方は美貴さま。み・き・さ・ま。ほら、いってみないさい」
「美貴さま! 宇佐見にそんな記憶はございませんが!」
 おや、と首を傾げる。美貴の思い違いだったろうか。
 それでも、ちゃんということを聞く辺りがウナギのかわいいところだ。
「あの菫の砂糖漬けのように甘くて美しい友情はいまどこへ!? 思い出してくださいませ。高校に入ってからこれまでのささやかながらも美しい日々を!」
「それは逮捕されたわ。美しすぎる罪で逮捕するっていって、おまわりさんが空のかなたに連れて行ったのをさっき見たもの」
「美しすぎて、何が悪いんでございましょう!? この宇佐見、母船に乗って追いかけて、いますぐ取り戻してみせますとも!」
 母船。
 そう。その母船こそが全ての元凶である。
「わたしの家をふっとばした母船」
「う゛」
 失言、とばかりに表情をひきつらせる。
「里帰りするウナギを迎えに来た。ウナギの両親が。酔っぱらって。うっかり出現させる座標軸を間違って。うちと重なって出現して。結果。うちを跡形もなく爆散させた。あの母船」
「あ、あれはうちの両親も決して悪気があったわけでは」
「知ってるかしら。交通事故って、飲酒の時のほうが罪が重いのよ」
「もちろん補償は致しま」
「そんな当たり前のことを恩着せがましく言わないでちょうだい」
「申し訳ございません……」
 ウサミミをしおらせ、しゅんとうなだれる。そんなウナギに、美貴はなんとなく初めて会った時のことを思い出していた。



 だいたい一年前、高校入学の初日。
 頭に帽子を何個も重ねた少女が、美貴の左隣の級友だった。
「こんにちは。斉藤美貴よ」
「こんにちは、宇佐見御凪と申します」
 美貴はへえ、と声を漏らす。
「とある動物みたいな名前ね。あなたのイメージにぴったりだわ」
「そうでございましょう」
 動物みたいな名前をした少女が、にこやかに笑った。
「宇佐見のことは、ぜひともお気軽にウサギともウサミミとでもお好きにお呼びになっ」
「よろしくね、ウナギ」
「宇佐見はそんなニュルっとしておりませんよ!?」
 いじめがいのありそうなこだなぁ、と。
 実はそんなことを初対面の時から思っていた。



「まあ、いいわ」
「ほんとうでございますか!」
 ウナギのウサミミがぴんと立つ。
「家がなくなっちゃったから、とりあえずウナギのところに住むわね。ウナギ。あんたはしばらくわたしの奴れげふんげふんペットよ」
「うう、奴隷とペットのどちらがマシかは分かりませんが……もちろん、宇佐見に拒める道理はございません。ございませんが……くじけそうではございます」
「負けるな、ウナギ」
「そう思いますなら、せめて手心くださいませ……そういえば、美貴さまのご両親はどうされたので?」
「あなたの両親と意気投合して宇宙のかなたに飛んでいったわ」
「宇佐見は聞いておりませんよ!?」
 驚愕の新事実を知ったウナギの反応にくすくすと笑う。
 家と親友。大切なものを失ったその後。
 斉藤美貴は、奴隷もといペットを一匹手に入れた。

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そういえば宇宙人ネタってかいたことないなと思ってやってみました。
だいぶ遅れました。
え、感想かけって? はい。もちろん書きます……

メンテ
感想です ( No.8 )
   
日時: 2011/04/05 08:04
名前: つとむュー ID:3TgED3s6

100回目の開催、おめでとうございます。
同じお題で書かれた作品をいくつも読むことができると、とても勉強になります。
今回は、お題「美しすぎて、何が悪い」の使い方が難しかったです。
それを焦点にして感想を書いてみたいと思います。


脳舞さん

「美しすぎる」ものは雪山ですか! これは思いつかなかった。お見事です。
内容もとても綺麗で、しかも緊迫感があって、つい引き込まれてしまいました。
読んでいるうちに、加藤文太郎の話を思い出してしまいました。この雪山のモデルはどこでしょう?
三○○○m級の山なら山頂付近に山小屋があるのでは、というのが小さな疑問点です。

>「……俺たち、笑えてましたかね」
きっと女神はこの言葉を聞いていたのでしょう。最後も良かったです。


HALさん

中世の欧風作品ですね。「美しすぎる」のは主人公で、直球勝負で突き進んでいるのが好印象です。
キーとなる男性の名前が出てこないので、主人公は好意を持っているはずなのに何故名前が?と最初思いましたが、このラストなら納得です。
自分の作品ではそういう試みをしたことがないので、機会があったら試してみたいと思います。

もしかすると、この「男」は捕まって殺されてしまったのかも……
そんな漫画があったことを思い出しました。


もげさん

これも中世欧風作品ですね。「美しすぎる」のは王妃で、主人公にも当てはまりそうです。
HALさんの作品と似たような舞台になったのは「美しすぎる」の影響でしょうか。
両作品に「毒」が出てくるのも興味深いです。
HALさんの作品は「負けるな」を追求した作品で、この作品は「美しすぎる」を追求した作品。
舞台が似ているので、テーマによる対比ができて興味深かったです。

終盤は、物語にすっかり引き込まれました。
今回の作品の中で、一番の悲劇かもしれませんね。
「菫の砂糖漬け」の使い方が上手いと思いました。


RYOさん

「美しすぎる」は妖精でしたか。
「木下闇」との相性が良くて、心地よい詩的な雰囲気がよく出ていたと思います。
しかし……
「鼻からうどんを垂らす根性なし」と「美しすぎる罪で逮捕する」を入れ込むのはちょっと厳しかったかも(笑)
この二つを入れるには、作品をコメディにするしかないと個人的には思うのですが、
そこをあえて詩的に攻めた姿勢に脱帽です。


片桐秀和さん

「美しすぎる」はカードに書かれている言葉でしたか。
これは、どんなお題にも使えるの手なのであまり多用は出来そうにありませんが、
「美しすぎて、何が悪い」と対比される言葉が沢山あって面白かったです。
特に「困ったほどに、やわらかく」って……何?(爆笑)
それにしても、主人公のこの性格は死んでも直りそうにないですね。
最後のオチが効いていると思いました。


とりさとさん

「美しすぎる」は友情ですね。そしてまさかのSFもの。
作品のテーマは友情でした。やはり多くの作品で、内容が「美しすぎる」ものに引っ張られていますね。興味深かったです。
「ウサミミナギ」が「ウナギ」になったり「ウサミミ」になったりするのが面白かったです。
うさぎが出てきたら、ぽぽぽぽーんも仕方がないなあ、と思ってしまいました(笑)


自作品

「美しすぎる」をひねくれて使ったので、他の方の作品と比較できません(これじゃ、勉強にならねえ)
「木下闇」も固有名詞にしちゃったし、「鼻からうどんを垂らす根性なし」も無理して使ったので苦しいです。
(というか、鼻からうどんを垂らす根性なしってどういう状況なんですか? 笑)
他の方の作品がすごく良かったです。読んでいて楽しかったし、いろいろと勉強になりました。
そろそろラ研のGW企画が始まるみたいなので、4月中旬~5月は三語にあまり参加できないかもしれません。

メンテ
Re: 即興三語小説 ―第100回― 三桁の大台。浮気と不倫は同義らしい ( No.9 )
   
日時: 2011/04/09 00:57
名前: もげ ID:CqTunUFI

改めて100回目、おめでとうございます!
今回も素晴らしい作品揃いですね!
感想書きます。

>つとむュー様
 『ご褒美しすぎる罪』…!やられました!
 そういう使い方…好きです…(笑)
 木下闇商会もなんだか違和感無くて笑いました。
 お題回収率№1じゃないでしょうか。
 スピード感があってさくさく読めました。
 どちらかと言えばアンナちゃんの方が好みです。
 (聞いてない)

>脳舞様
 おおお…登山もの…!
 私まったくその分野に無知なもので専門的な知識にうっとりです。
 骨太なストーリーがとても面白かったです。
 私もこんな話を書いてみたいです。
 最後に一旦現場を離れて俯瞰で第三者からの追記を入れて、
 また一種の不思議な余韻を残して終わるエピローグも好みでした。
 非常に引きこまれる作品でした。

>HAL様
 期せずして同じような舞台になりましたが、やはりまったく違う作品に
 なったところが非常に興味深いです。
 始め全くの非力かと思われた主人公の、最後の思いがけないどんでん返しに
 思わず膝を打ちたくなりました。
 強い女性は大好きです。
 そしてやはり情景描写と心理描写が素晴らしい。
 読んでいると映像や音や手触りが感じられて感服です!

>RYO様
 詩的な表現が心地良い話でした。
 交互に視点が切り替わって進みながら、結局2人は交差しないところが
 面白いと思いました。
 『もうぽっちゃりとは言わせない。随分と無駄な脂肪は落としたのだから。』
 にくすりとしました。対比されてるだけに余計に。いい技法だ…メモメモ(笑)

>片桐秀和様
 世にも奇妙な物語かはたまた笑うセールスマンか。
 こういった話大好きです。こういうのが書けるのはうらやましい。
 お話の中に教訓が入っていますね。
 恐怖とはこのようにして使うべきですね。勉強になります。
 酸っぱいけれど、思ったほど……何なのか気になります!

>とりさと様
 宇佐見がめっちゃかわいいです。
 口調がたまりません。
 『せめてしばく程度にとどめてくださいませ!』
 のくだりと、
 『宇佐見はそんなニュルっとしておりませんよ!?』
 ですごい笑いました。
 読み手を笑わせられるってとてもすごいことだと思います。
 二人のやりとりがとても楽しかったです。


>自作
 Wordから貼り付ける段階でなぜだか段落が一部消えてしまいました・・・なぜだ・・・。
 読み返して気づきました・・・。読みづらくて大変申し訳ありません。
 ちょっと内容詰め込みすぎました。もっと丁寧にシーンを書ければいいのに。
 また、せっかくの100回記念にこんな暗い話で参加してしまってすみませんでした(汗)

 皆様の作品の完成度の高さに脱帽しました。
 大変勉強になります。
 そういえばギャグとシリアスがうまい具合に入った物語を目指していた頃を
思い出したのでまたぞろ挑戦したいと思います。

メンテ
Re: 即興三語小説 ―第100回― 三桁の大台。浮気と不倫は同義らしい ( No.10 )
   
日時: 2011/04/09 23:18
名前: ねじ ID:fqmEsDjo

百回目おめでとうございます。
お祝いの言葉代わりに簡単ですが感想を。

>つとむュー様
「ぽぽぽぽーん」の使い方が冴えていました。テンポがよくてくだらないんだけど正しくくだらないというか、最初から最後まで馬鹿馬鹿しくて楽しかったです。

>脳舞様
三語でここまでの骨太でくるか…!というのにまず驚きました。
最後に第三者の視点になったことで、二人のささやかな救いに説得力が出たのもよかったです。

>HAL様
「負けるな」の使い方が…!
こういうもやっとする話を、形をきっちり作ったうえですごいもやっと書けるのがHALさんのすごいところだなあ、と思いました。

>もげ様
「菫の砂糖漬け」の使い方がかっこよくて、いかにもファンタジー的なけれんみがあっていいなあ、と思いました。もう少し長さが必要なのかな、とも思いますが、最後でテンションががっとあがってよかったです。

>RYO様
ふわふわした世界でなんだかきゅーんとしました。萌え。結局二人が交わらないのがくすぐったくて切ないです。

>片桐様
カイジと思いきや笑うセールスマン。ルール指定の穴をこういうふうに使うことで、主人公の人間の小ささが際立っていてよく出来てるなと思いました。

>とりさと様
か、かわいい…!
宇佐見ちゃんが可愛くて反応がよくていじめたくなります。うさぎと見せかけてうなぎ、というネーミングのセンスもいいです。

バラエティー豊かな回で、読んでいても楽しめました。
皆様お疲れ様です!ありがとうございました!

メンテ
遅くなりました、感想とお礼と反省です ( No.11 )
   
日時: 2011/04/24 14:03
名前: HAL ID:8FArVVbA
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

> つとむュー様
 いたるところに100回記念っぽさがあふれていましたね(笑)そして任意お題の消化っぷりに戦慄しました。ご褒美……(笑)
 ご心配されている件ですが、とりあえず、本作は禁止されている「官能小説」には当たらないんじゃないでしょうか。(というか、そういえば三語板でも官能禁止なのかな……?)


> 脳舞さま
 力作……! うわあ、ノリで適当にごまかしまくった我が身が恥ずかしい! 男のやせ我慢というか、強がりというか、いいなって思います。
 雪山、もともとお詳しいのでしょうか、それとも資料等で調べられたのでしょうか。脳舞様は引き出しが多いと思ってはいたけれど、あらためて感動しました。
 登攀時のエピソードや過去の話などを増やして、中編くらいの長さで書いても、読み応えのあるお話になるかも……なんて、三語作品に無茶振りをしてみます。


> もげ様
 わ、こちらも大作! 三語にめずらしい構成でしたね。中世風ファンタジーって書きたいけど勉強不足で書けないので、すごく羨ましいです。
 中盤が、ちょっとあらすじっぽい感じに省略されているのがもったいない気が……って、三語なのに無茶を言ってみます。
 ラストが悲しいです。悲しいのですが、負の力強さ、みたいなものがあって、カタルシスを感じました。


> RYO様
 鼻からうどんの強引さに吹きました……。美しいお話のはずなのに、お題のおかげでカオスなことに……(笑)
 ファンタスティックというか、可愛らしいですねー。それにしても、美人と美人がお互いに見蕩れあって賞賛している話って、なんか傍目には妙な感じがしますね。二人の性格や立場や考え方の違いなどは、もう少し強調して対比してあっても面白かったかも。


> 片桐様
 片桐さまが書かれるものには、どんな短い作品にも物語があって、それがものすごく羨ましいです。話の先を想像させる予感、読みすすめさせる牽引力も。
 自分の失敗を隠したい、ごまかしたい。そんな身近な感情がきっかけだっただけに、主人公の弱さを突き放しきれず、勧善懲悪的な痛快さとはまた違う、なんともいえない読後感でした。
 いっこだけ気になったのが、私の読解力の低さの問題なのですが、ラスト一行で、どうやって(資格や学歴を)誤魔化そうか、というのが、一瞬すっと飲み込めなくて、読み返してしまいました。
 札にかかれた言葉、話には関係ないんだけどなんとなく思わせぶりな、絶妙なセレクトがいいなと思います。


> とりさと様
 うっかり宇佐見ちゃんに萌えころされそうになりました。なにこのこ可愛い!!
 そして笑わせていただきました……。宇佐見ちゃんのセリフに被せてくる美貴さんのドSな言動がたまりません。
 笑えて和めてしかもじわっといい話。羨ましい! 書けるものならこんな小説が書きたい!


> 反省文
 任意の「木下闇」を使うつもりで舞台を森にしたというのに、なぜか時間を夜に設定した私はどうしようもない鳥頭。
 回想シーンのつもりのところと、現在進行形のつもりのところの区別が、なんかわかりにくいと思いました。悪い癖がでました。
 明るい話が書きたいです……
 ねじ様、ありがとうございました! 後味のいい話が書きたいです……。がんばります。

メンテ

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