一瞬、クローを九郞と読み違えた故の愚行でございます。某旧神とはまったく関係ありません。ごめんなさい。 ( No.34 )
日時: 2011/02/25 02:29
名前: 弥田 ID:EbiirMgI

 眼下にひろがる光景は星々。ベランダから眺める景色は、無限の田んぼと、ぽつぽつ点在する民家と電灯と、それだけだ。空と陸との境目は闇にまぎれて、世界は、夜空とぼくとあとは彼女と、たったそれだけで構成されている。
「きれいねえ」
 と、隣に佇む彼女は言って、ぼくのあたまをそっと撫でた。目を閉じれば、ふふ。とちいさく笑って。
「やあらかい髪」
 ぎゅう、と抱きしめてくるので、にゃあ、と一声、尻尾をふる。嬉しいです、わたしはワタシハとても嬉しいです。
 ひとしきりじゃれあって、すう、と腕が離れていく。体温が遠ざかり、開いた空白に、ひんやりと夜気が流れ込む。ぶるり、とぼくは震える。
「すこし、寒いね。九郞、ホットミルクでも飲む?」
 飲む。
 うなずけば、じゃあ、ちょっと待ってて、と部屋のなかにはいってしまった。ベランダに、ぽつんとひとりきりになる。世界の構成要素がひとつ減って、夜空がそれだけ間近になる。ふいにあらゆるものごとを鋭く知覚する。濃密にたちこめる暗闇。地平線の向こうの、工場の稼働音。パトカーのくるくるまわるサイレン。排煙と吐瀉物のまじりあった匂い。どこか遠くで犬が鳴いている。うぎゃあ、うぎゃあ、と鳴いている。うずくまって耳をふさいで、その声を聞かずにいられたらどれだけ良いのだろう。うぎゃあ、うぎゃあ、と鳴かねばならない犬を思って、ぼくはひとすじ涙を流した。
「おまたせー、て、あれ? なんで泣いてるの? どこか痛い? 大丈夫?」
 心配げな彼女に、ふるふる首をふってみせる。やさしい彼女は、それでもなお浮かない目つきをしながら、表情だけは笑ってみせて、
「飲む?」
 すとん、とおいた平皿には、あたたかな牛乳がなみなみと張られて、絹のようなつややかな湯気がほんわかと昇っている。舌でなめると、すこし、あまい。
「あつい」
「ほんと? 冷ましてあげよっか?」
「うん」
 彼女は四つん這いになって、ぼくとおんなじ姿勢で、ふう、ふう、と牛乳に息をふきかける。こういうときの彼女が、いちばん身近に感じられて、ぼくは好きだった。そっと身体を寄せると、しんぞうの、とくん、とくん、と音がする。
「まこ」
「うん? なに?」
「なんでもない。呼んだだけ」
「あら」
 彼女は笑って、ぼくも笑った。うぎゃあ、うぎゃあ、と悲しい声は続いているけれど。神さま、ぼくは悪い子です。どうか罰してやってください。マンションの最上階に住むというえらい神さまに、心のなかでそっとお願いする。だけど、神さまはおそろしいひとだ。ぼくがほんとうはそんなこと、ぜんぜんまったくこれっぽっちも望んでいないということをよく理解していらっしゃる。とくん、とくん。と、この音をいつまでも聞き続けていたい。いたいんだ。ぼくは本当に悪い子だ。
 人さし指で、彼女の頬をなぞる。やさしい気持ちになる。自分をゆるしてあげよう、と思う。しあわせになったって別にいいのだ、と思う。
 彼女の体温にくっついたまま、手の甲にそっとキスをした。
 うぎゃあ、うぎゃあ、うぎゃあ、うぎゃあ。
 とくん、とくん。とくん、とくん。
 それはここちよい夜のノクターンであった。


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紅月さんのをリライトさせていただきました汗汗汗。
リライトというか、二次創作ですね汗汗汗。
なんか、いろいろとごめんなさい汗汗汗。