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RSSフィード [80] 「誕生」する物語
   
日時: 2015/01/11 18:46
名前: 片桐 ID:WTZkbyas

こんにちは。
連休はミニイベントのチャンス! ということで、今日もやります。ええ、やりますとも!

今回のテーマは「誕生」です。
「誕生」をテーマにこれから90分(八時半まで)で作品を仕上げてください。
なお、「誕生」だけでは話が思い浮かびにくいという方は、以下の任意のお題(作中に使う使わないは自由のお題)盛り込んだ話を考えてみる、というのもありです。
任意お題 「嵐」「ハズレくじ」「なめくじ」「乳首」

投稿は、このスレッドに返信する形でお願いします。
その際、トップ画面からミニイベント板に入ってください。そうしないとエラーが出るようなので。また、修正・削除のため、パスワードは忘れないようにしてください。出遅れた、イベント時間は過ぎているけど参加したい、という方はそれでもかまわないので、ぜひこちらに投稿してくださいね (*^^*) 。

それでは、七時になったらスタートですー。

メンテ

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ナカムラ ( No.1 )
   
日時: 2015/01/11 20:49
名前: 海 清互 ID:a1ebM4q6

沖縄の乳房をかたどった墓からその子は生まれたといった。那覇市の住所を持った紙を渡されると、彼は25の男の手を引っ張って家の中へと上がり込んでしまった。
上京もせず仕事にあぶれた男の薄汚い部屋を、小学3年生ほどのその子は徘徊すると、好んで薄汚いフライパンの残りカスや、インスタント焼きそばの残りを食べて回る。
そうするたびに男は彼の素行を少々おののきながら注意するのである。
男が怯えるのも無理はなかった。少年は髪の毛が白髪交じりのボサボサで、皮膚はいつも粘液が浮いており、 猫背でグルグルと鳴いたためだ。そのような容姿であったため男は五良(グラー、グル)と読んだ。まるでその姿はなめくじかかたつむりのようでもあった。
嵐の夜、男が自殺しようと思っていた矢先、五良は現れた。雨の中ではつややかな肌を持つその少年は、驚異的な腕力で気によじ登ると、首吊りのロープを引っ張り引きちぎってしまった。
母なる墓の前で死ぬのだから、きっと良い場所へと行けるだろうと思っていた矢先の出来事だった。

五良は那覇市の首里金城を無言で指さしながら目を細め喉を鳴らした。
そこへ逝けと指図しているかのようだった。
遠く那覇空港から旅客機が旅立つ音が聞こえ、片や米軍基地からヘリの爆音が轟いた。
暑い夏の日差しを受けて、五良はより一層干からびたように見え、途中飲み物を指さして男せがんだ。男はない金をしぶしぶはたいてペットボトルのお茶を与えると、五良は目を細めてそれを飲み、残りのお茶を頭から被るのだった。
男はいくつか五良に質問したが五良はうん、や、あー、そう等と言うばかりで会話をしようとしない。そのような言葉を使えるのだから一応会話は成り立つのだろうと男は思ったが、何度聞いてもはぐらかすので、男はその内ギラつく太陽に任せてけだるい気持ちで質問を諦めてしまった。

首里金城についた五良は一目散に中庭へと走っていった。首里金城は城というが実際には墓である。琉球王朝の末裔がそこに祀られている。五良は男がのろのろと歩く中、お茶で元気を回復したのか、一目散に遺跡の中央へと走り去ってしまった。
そういえば、と男は思った。
五良を見た時に、何故自分は警察に届けなかったのだろうか。身元不明の少年に救われたからであろうか。
奇妙な感覚に襲われながら男はなんとなく東室を抜け、中庭への扉を開けた。
中庭は真夏の太陽で陽炎が揺らめいており、そこには五良に似た子供が五人居た。五良を含めて六人である。
奇妙な空気だった。時間が歪められているような、空気が中庭中央にいる五人に集まるような印象を男は受けた。
六人の子供は喚くようにハーモニーを効かせながら男に叫んだ。
「ようこそ、我がムーの末裔!」
「我らは古代ムー王朝ラ・ムーの血を引くもの」
「遥かシュメールより科学を伝えるもの!」
「かごめの秘密を持つもの」
「スメラと繋がるもの」
そういうが早いか空が曇り、小雨とともに雷鳴が鳴り始めた。
男は驚く前に口を開けてことの自体を掴みかねているようだった。すると、少年達の目は赤々と光りだし、頭のなかに声が響いた。
「おお、尚真王の生まれ変わりよ、今こそその力を奮え。アトランティスと繰り広げた闘いはまだ続いている」
男の中に米軍基地が思い浮かび、その基地が爆発と火炎に包まれている姿を見た。
続いて、ある男が大剣を握り、馬上より生首を掲げているのが見えた。
「我が祖である」
アトランティスの五千の軍勢と三万のムーの軍勢は圧倒的戦力差であった。しかし、旧式の槍と弓のみで戦うムーの軍勢に対し、アトランティスは火薬を用いて遠距離より砲撃を加えてくる。
数に対して全く意味を成さないムーの軍勢は幾度の敗走を重ねた。
「ムーは地に沈み、アトランティスもまた神風により地に沈んだ」
長い歴史の奔流が眉間に流れ続け、小さな文明の萌芽と終焉が幾多も繰り返された。
猛烈な勢いで進行する時間の流れのなかで、航空機が飛び交い、撃墜され、チャーチルとルーズベルトはヒトラーを糾弾する。軍隊の行進が見え、キノコ雲が舞い上がった。
アメリカはアトランティスである。そう頭のなかに響いた。

市長の名前は平凡な名前だった。少なくとも沖縄らしくもなく中村といった。
ライバルである、那覇に強力な地盤を持つ喜屋武は爽やかな容姿と手腕、マスコミへの全国的人気を持つ中村に敗退した。中村の裏工作は見事で、講演会時に袖元に金を落としていった愛人を操り、それを元に喜屋武は失脚した。
5年後には色々と黒い噂をまき散らしながらも、中村は防衛大臣のポストを手に入れると沖縄再編の問題へと取り掛かり、米軍を優遇した。
彼は対中国のために米軍の駐留は不可避であるとした。
彼の手は異様にスラっとしており、雨がふらないと痛むのです、とマスコミに語った。夜はサングラスをつけることが普通だった。

風呂を浴びて窓の外を見る中村が居た。遠く首里金城は見える高層マンションの一室で中村はぼんやりと外を眺めた。
いつも頭のなかで彼らが言う。中村はそれに答える。
中国もアメリカも、両方を巧く疲弊させることを考えるのだ。
五良は頭のなかで喉を鳴らした。その姿はもう消えかかっており、中村は自分の姿を夜景の透ける窓辺に写した。腹、足の甲、胸元、両膝に人面の腫瘍が浮かんでいる。
顔は、五良の様に細い目つきとなっていた。
ああ、そろそろお前たちは誕生する。このような回り道などする必要性がない。中村はうごめく肉塊がもたらす苦痛と胎動の中で心沸き立つ喜びを感じた。中国に種子をまいた。それは巨大化し、やがて中国を飲み込むだろうと五良は語った。
面会した中国共産党の主席が謎の奇病で死ぬと、中国各地で奇病は加速的に進行した。
その奇病の名前はSARZと名付けられ、日本国内では厳重な監視体制が敷かれた。
国内の監視体制の厳重さ故に、中村はほくそ笑まずには居られなかった。
保菌者の主が完全にコントロール可能な状態でここにいるとは誰も思いもしないのだ。
中村がそうして呟いた時、廊下から足音が聞こえ、後ろにある扉を乱暴にこじ開けた。
連中は全く躊躇すること無く手に持った銃らしきものを向けると中村に照射した。
中村の判断は素早く、地面を蹴りあげて天井の照明にぶら下がると連中の一人に襲いかかった。しかし謎の集団も素早い動きによりそれを回避すると中村の各人面瘡に向かって銃を発泡した。
白い液体が中村に吹きつけられると、六人に寄生された中村の身体は観る間に溶けてゆく。
中村はやはり、とおもった。あの手のものか。
カドゥケウスの杖のワッペンがつけられたベストを纏う彼らは、崩れゆく中村に幾度と無く照射を繰り返し、中村は消え行く意識の中でアトランティスを呪った。
すっかり泡とかした中村を見ながら男たちのリーダー格は無線に語りかけた。
「マルフタマルマル、目標の殺菌を確認」
「はい。これで増殖した無限記憶体の消滅は10体目です」
「いえ、検体を持ち帰る必要など……は、しかし、彼らの妄想でしょう」

メンテ
Re: 「誕生」する物語 ( No.2 )
   
日時: 2015/01/11 21:11
名前: 朝陽 ID:ihh4BVxU
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 ウィーウィーは嵐の夜に生まれた。
 いくら記憶力のよい東トートルーの氏族といっても、生まれたその日の記憶を持っているはずはないと皆は言うのだけれど、彼ははっきりと覚えている。それまで自分を包んでいた卵の殻をつつき割って、まだ粘液に包まれた嘴がはじめて外気に触れたその瞬間の感触も、そのあと彼が発したいささか覇気の無い産声、慣習からそのまま彼の名前となったその第一声が、建物を揺さぶるほどの嵐の吠え声に弱々しくかき消されそうになりながらも、かろうじて部屋の空気を震わせたことも、その貸し部屋が、貧しかった両親のおかげでいささか産屋にしては暖房が弱く、寒さのためになかなか彼の翼が開ききらなかったことも、よく覚えている。
 もっとも、彼の記憶に残っているのはそこまでで、次に古い記憶は二歳のとき、同い年のすべての子供たちに先駆けて空を飛ぶことを覚えたときの、危なっかしくよたよたと空を切る初飛行の誇らしさと、尾羽に受けた風の感触にまで飛ぶのだが。
 ウィーウィーは氏族きっての秀才だ。同世代の誰よりも達者に飛ぶし、弁も立つ。東部全域で語り継がれる昔話をいちばん多く諳んじているのも彼だし、夏を迎えてオーリォに旅立ったとき、いちばん遠くの土地まで飛んでいったのもやっぱり彼だった。両親は彼のことを誇りに思って周囲に自慢してまわり、彼は大人たちに誉められるたびに謙遜して冠羽を伏せては見せたものの、内心ではいつも得意になっていた。
 その分だけやっかみを受けることがなかったわけでもないけれど、そこは誇り高いトートルーの赤羽根族だ、よってたかってひとりの子供をいじめるような、姑息な真似をするやつはいなかった。
 負けまいとくってかかってくる相手は、むしろ彼にとっては好もしかった。ウィーウィー自身、負けん気は強かったから、競う相手がいたほうが自分が奮起できることを、自分でもよく知っていた。氏族のうちで彼の次に飛ぶのが早い同じ年の友人は、飛ぶことのほかではそれほど優秀ではなかったけれど、そのことをもってして、ひとつくらいは負けてやってもいいなどとは、彼は思わなかった。
 彼が優秀だったのは、生まれつきの素質ももちろん関係ないとは言わないけれど、むしろ貧しい家庭環境と小柄な体格というハンデに負けまいと、いつも人一倍の努力を重ねてきたことのほうが大きかった。


 そのウィーウィーはいま、冷たい岩の上に這いつくばっている。
 羽根はあちこちすり切れ、自慢の冠羽も半ばで折れて、ところどころにのぞく地肌が痛々しい。鉤爪がいくつも欠けて、後ろ脚からは血が滲んでいる。
 二度目のオーリォだった。北に向かって飛んでいるうちに、同じ気流に乗って風と戯れていたきれいな白い娘が、彼をからかうようにひらひらと尾羽をひらめかせた。夢中になってそれを追いかけるうちに、ウィーウィーは我を忘れた。前の季節に出会った女の子と、今年もおなじ場所で会う約束をしていたけれど、そんなこともすっかり頭から飛んでいた。オーリォは血を騒がせ、少年たちを愚かにさせる。氏族きっての秀才でさえ、例外ではなかった。
 北部グルーの、海からいきなりそそり立つような高い山々のあいだを縫って、気流にのって上下しながら飛ぶうちに、いきなり相手の姿を見失った。
 まだ成人したばかりだった去年の夏にも、氏族のほかの誰よりも遠い土地まで北上したウィーウィーだったが、気がつけばその去年の土地の上も、とっくに飛び越していた。北の大地を撫でるつめたい風が、かつてどの空でも経験したことのないほど気まぐれに踊ることをうすうす察したときには、もう遅かった。
 突風に煽られて、ウィーウィーは崖にたたきつけられた。そのまま断崖にしがみつくことも出来ずに、彼は風に流されて紙切れのようにひらひらと落ちた。海の上だった。凍るような冷たい波しぶきが、彼の翼をぬらした。それでもかろうじて、波間に呑まれる前に、彼は羽ばたきを思い出した。
 本格的な雷雨が襲いかかる前に、洞穴のなかに滑り込めたのは、奇跡と言ってもよかった。だがそこで、残された全ての体力が尽きた。オーリォの前に、うんと腹ごしらえする者もいる。だがウィーウィーは体が重くなることを嫌って、ほどほどの食事で済ませるようにしていた。脂肪をたくわえておかなければ長旅はできないが、体が重くなりすぎれば無駄なエネルギーを使う。
 胴体に巻き付けるポシェットも、一番小さくて薄いものにした。たいした荷は持ってゆけないが、それでよかった。ほかのやつらのように、わずかばかりの非常食を持って行くこともしなかった。自分がつぎの町までの距離を読み違えるようなへまをするとは思っていなかったからだ。
 彼の作戦は、ある意味では成功したと言えた。今年も誰よりも早く先陣をきって、彼は初夏の空を軽やかに飛んだ。途中までは同時に出立した友人たちと一緒だったが、気がついたときには彼らを遥か後ろに置きさって、まっしぐらに翔けていた。だがいまは、そのことが災いしていた。いつもオーリォのときにはしじゅう燃えるように熱い体の芯が、すっかり冷え切っていることに、ウィーウィーは気がついた。
 寒さに朦朧としかける意識の中で、何をやっているのだろうと、ウィーウィーは自問した。たしかに彼が追いかけてきたのは、きれいな女の子だった、故郷の町ではちょっと見ない、白く透き通るような羽の色をしていた。だが、だからといって何だというのだ。
 はじめて見かける、よく知りもしない女の尻を追いかけて、予備知識もない複雑な地形に飛びこんで、天候の変わる兆候も見落とす。いつもの彼だったら絶対に有り得ないようなことだ。
 ひとたび熱が去ってしまえば、それに振り回された己の愚かしさばかりがあとに残る。オーリォとはそういうものだ。


 生まれてくるときも嵐だった。洞穴の外を吹き荒れる、激しい風の音を遠くに聞きながら、ウィーウィーはそのことを思い出していた。あの風に煽られて軋んだ産屋、ここよりはもっと南の土地で、若い夫婦が夏をすごして子を産むためのその安い貸部屋の記憶、寒さに震えながらこの世界に産み落とされた、あの瞬間のことを。
 血は大して流れていなかったが、とにかく体が冷え切っていた。体はろくに持ち上がらず、かぎ爪の届く範囲に食べられそうなものは見当たらない。不幸中の幸いというべきか、体中を支配していた痛みは、嵐がおさまるのに合わせて、徐々に引いていった。


 嵐が去ったあとには、快晴がやってきた。時間の感覚はとっくにどこかに去っていたが、太陽の位置からすると、嵐はどうやらひと晩じゅう吹き荒れていたらしい。
 彼はかろうじて体をひきずって、洞穴の入り口ちかくまで這い寄った。視界にとびこんできた空は青く高く、これまでの長くはない人生の中で彼が見てきたどの空よりも澄みわたっていた。
 そのままぼんやりと、空を見ていた。あまりに空が青かったので、しまいにウィーウィーの目は眩んだが、彼は気にしなかった。嵐が去ってもまだ自分が生きていることが不思議だった。
 そのまま何度か、うつらうつらしては目を覚ましてということを、彼は繰り返した。痛みはまだ残っていたが、ひとごとのように遠かった。まるで慣れた自分の部屋で、昼寝でもしているかのようだった。
 だから、羽ばたきが近づいてくるのを、彼は聞いていない。
 何度目かに目が覚めたとき、彼は自分が夢を見ているのだと思った。そうでなかったら、さっきまでのオーリォの道行きと遭難とがすべて夢で、自分はまだ育った町を旅立ってはいなかったのだと。なぜなら彼の目の前には、いるはずのない人物の顔があったからだ。
 いま、彼の目の前にいるのは、友人のひとりだった。氏族のうちで彼のつぎに飛ぶのが早い、あの赤羽根族の若者だ。いつも彼を追い抜けないことを悔しがって、負けん気を発揮してくる相手、自分に刃向かってくることを喜びながらも、彼が心のどこかで見下してきた、その人物だった。
「どうして」
 夢ではないとようやく得心してから、ウィーウィーはそう言った。声を出してから、喉が痛んでいることに気がついた。さっきまで潮のように引いていた波が、それこそ潮が戻って押し寄せてくるように、ふたたび彼の体中を満たしはじめた。
「どうしてって、お前のようすがおかしかったから」
 困ったように、友人は言って、翼の先でそっと彼の傷のようすを探った。それからほっとしたように、折れてはいないようだなとつぶやいた。
 オーリォ用の軽装にしては、相手の身につけている荷物が多いことに、ウィーウィーは気がついた。彼の視線に気がついたのか、友人はちょっと冠羽を揺らして、「お前を見失ったあたりの近くで聞きまわったら、それらしいやつを見たっていう女の子がいたから」と言い訳のように付け足した。
 嵐が収まるのを待って、このあたりを飛んで探しまわっていたのだと、友人は言った。それから彼に、非常食の入った袋を、何でもないふうに差し出した。翼さえ折れていないのならば、食べて眠ればどうにか飛べるようになるだろうと、そんなことを言いそえて。
 ウィーウィーは一言もなく、相手の差し出した食べ物を受け取った。それからいっとき黙りこくって、その袋を見つめていた。自分のかぎ爪が震えていることに、彼は気がついた。
 このとき彼は生まれてはじめて、心の底から、誰かに負けたと思った。それから、そんなふうに思った自分の驕りに、それが傲慢だということに、ようやくのことで思い当たった。
 食べられそうにないのかと、友人が心配そうに聞いてくるのに首を振って、彼はうつむいた。それから長い時をかけて、ようやくその口を開き、中に入っていた栄養価の高い非常食を、おそるおそる、一口ずつ、噛みしめた。自分の恥と思い上がりとを、じっくりと咀嚼して飲み下すように。

メンテ
Re: 「誕生」する物語 ( No.3 )
   
日時: 2015/01/11 21:39
名前: マルメガネ ID:Rt/6Mivg

それは果たして、問題はなかったのか。
 ウブスナ博士は思う。
 同じ遺伝子を持ち、同じ容姿の羊が誕生したことには世界中が度肝を抜かれ、一大センセーショナルを起こした、歴史上初のクローン羊のドリーが誕生して半世紀以上が経った世界。
 いまやその技術は進化を遂げ、クローンのみならず、遺伝子を保有する卵子や精子まで作れるようになり、生殖産業が興った。
 その産業は一部の厳密たる医療の分野のみ限られ、厳しい倫理の審査をパスして初めて適用されるものであったが、もはや起こることはないであろうと思われた世界大戦争の勃発により、その体制は崩れ、有能なる兵士を作り出すためにそれらが用いられた。
 多大な犠牲を払う代わりに無人兵器が開発されもしたが、生殖産業の発達により、性別を持たぬ者が作られたのである。
 博士の懸念は広がり、最初の基本的な原点を考えれば、それらは非常に間違いであることにいささか疑問を感じない産業のありかたに警鐘を鳴らし始めたが、誰ひとりとして彼に耳を貸すものはいなかった。
 すべて戦争という色に染まり、なんら苦もなく作り出された兵士が戦場に送られているという事実がすっかり定着してしまっているのだ。
 戦況といえば、東側枢軸側と西の連合連盟、そしてその中間の中立同盟の三つ巴戦となっていつ終わるかも定かではない状況になっている。
 そのそれぞれの戦線に作り出された多数の兵士が任務を負わされ、そしてそれぞれの大義名分のもとに戦線に送られる。
 そんな毎日が繰り返されているのだ。
「東側枢軸がなにやら新型兵器を開発したそうだ」
 ある日、そんな噂が流れ始めた。
「我々もこうしてはいられない。すぐさま、その新型兵器とやらを上回る兵器を創り出せ」
 政府、軍令部が躍起になって研究所のそうそうたる科学者に命令を下した。
 それから数ヵ月後。
 戦争は終わった。
 互いに開発した新型兵器の打ち合いになって、一瞬で終わった。
 残されたものは、廃墟と焼け野になった大地と汚染された海と空だった。
「ああ、なんということだ。あれほど言っていたのに」
 ウブスナ博士が嘆く。
 能力としては優秀だが、生殖力を持たない兵士ばかりがたくさん帰ってきた。
「先生。どうなさいますか?」
「どうするも、こうするもあるまいよ。彼らの遺伝子をもとに、また新人類をつくるしかあるまい」
 ウブスナ博士はそうつぶやき、深い溜息を漏らした。
 第三次世界大戦後の復興は気の遠くなるような大事業となるのは確かだった。
 そして彼らの後を継いだ研究者が三代続いたあと、ようやく新人類の祖となる者が誕生した。
 新人類の祖となった者はやがて数を増やし、世界中に散らばり、そこでまた変化をし、数を増やしていったのだった。
 そしてまた新しい歴史が始まったのである。

メンテ
Re: 「誕生」する物語 ( No.4 )
   
日時: 2015/01/12 01:20
名前: きか ID:Jli51YcQ

みそっかす、そう呼ばれて生きてきました。
優秀な兄たちと、残りもののハズレくじばかり掴まされて生まれてきた俺。
優秀な家族の唯一の失点。
生まれてくる場所を間違えた取り替えっ子。
兄たちを知る大多数の人は、どうして兄たちと同じようにできないのかと、まず苛立ちを俺にぶつけてきます。
不真面目だ。もっと真面目にやれ。手を抜くんじゃない!
けど、その熱意は次第に諦めになり、最後はいつも同情の眼差しに変わるんですよ。
俺だって、努力しなかった訳じゃないし、諦めていた訳でもない。
けど、兄たちと同じようなことをしたくても、俺がやると良くて不格好、ほとんどが失敗で、どうしてかうまくいかない。
『どうして。』
母親から泣きそうな表情で尋ねられても、理由なんて、俺にだってよくわからないんだからどうしようもない。
一生懸命やったし、うまくいかない原因についてだって、同じくらい一生懸命考えた。
俺も家族の一員なんだと認めて欲しかったから、俺なりに頑張ったつもりです。
頑張って頑張って頑張って……。
なのに、どうしてもうまくいかない。
同情されると腹がたちました。
憐れみの視線が憎かったです。
なのに、仲良くなればなるほど、そうした目を向けられることは増える。
それが嫌で周囲と距離をとるうちに一人でいる時間が増え、そのうち俺はいつも一人でいるようになりました。
だって、一人でいるのは楽だったんですよ。
期待されることもなければ、ため息をつかれることもない。
心当たりのないことで叱られることもなかったし、無理に頑張れと励まされることもなかった。
俺は失敗作だから、だからなにもかもうまくいかない。
それは仕方のないことで、どうしようもないこと。
なのに周囲は勝手に期待して、勝手に失望し、ため息をつきながら同情し励ます。
早く学校を卒業して社会人になって、ここから遠くにいくことだけを夢見てました。
誰にも比較されず、失望されない、そんな場所に行きたかったし、そんな場所で生きたかった。
それだけが、当時の俺の望みだったわけです。


インターネットがある時代に生まれてよかったと、心底思っていますよ。
ネットは、現実ではまだ逃げ出せなかった俺に、擬似的な逃げ場を提供してくれました。
混沌とした情報の海のなかでは、俺はなにものでもなく、なにものにもなれた。
HNしか知らないやつらだったけど友達もできて、一緒にバカがやれるのが嬉しかった。
えっと、リアルについて話すことはほとんどしなかったです。
けど、漫画やゲーム、好きな芸能人に流行りの話題、そんなのにまじって、時々冗談混じりで愚痴がこぼれました。
世知辛い世の中。報われない人生。
でも誰も、くだらない、もっと頑張れなんて言わなかった。
だから救われた。
正直、オーバーヒート気味の現実からここまで逃げて、ようやく受け入れられたような気がしました。


ある日、好きなものについて語ろう、と仲間の誰かが言ったんです。
『お前らの得意分野って何よ?』みたいな感じで。
『オレまじで食い物についてなら話せるわ』というやつがいれば、『じゃあこっちはアニメかな、○○とかマジ神』と続き、本とか映画とか時計とか音楽、車に電車に模型にフィギュアと次々にネタがでてきて、それがすごく楽しそうで。
だから、俺も、と続けようとして、ふいに手が止まって気付かされました。
得意とか、好きなもの、が何一つ思い浮かばない、ってことに。
愕然としましたよ。
確か、興味があることならあった気がします。
けど、俺が誇らしげにそれを自慢しても、兄たちは大した手間もかけず、俺よりもっとスマートに、それをこなしてみせる。
俺はただ圧倒されながら、立ち尽くして見守るだけ。
不思議ですよね。
ただ見てるだけなのに、ずっと長い間そうしていると、自分がすごくちっぽけなものに思えて、何もかもにもう手が届かないような気がして、手を伸ばすことすら辛くなってくるんですよ。
俺はそれをどうにかして誤魔化したくて、興味がなくなったと嘯いて、俺にも家族にもそれ以外のみんなにも、なかったことにしようとしました。
元々本気じゃなかった。
だから辛くなんてない。
もう興味なんてないんだから。
そしてそれはうまくいって、いつしか本当に、自分自身、何に興味があったのかさえ思い出せなくなった。
つまりは自業自得なわけです。
何かに執着したことをしめすようなものはないか、部屋を見回しても、目にうつるのはわりと物がなくシンプルな、だけどありきたりでよくありそうな、それだけの部屋。
特に目を引くものもなければ、引っ掛かりを覚えるものもなく、しばらく真剣にその何かについて考えてみたものの、ふいになにもかもめんどうになって、俺は丸投げして周りに聞いてみたんです。
『なあ、俺の得意分野ってなんだと思う?』
しばらくあれこれ下らない冗談でまぜかえされた後、オチのように、
『あーまあ妥当なトコで落ち着けるんなら、絵じゃね?』
誰かが言いました。
『イラスト系じゃなくて普通な感じのやつ。こないだ落書き大会したとき、普通に上手いって感じしたからそれで。』
まわりもそうだそうだ、なんかうまかったし、才能あるんじゃね、と同調していくその様子を見ながら、俺は一人固まっていましたよ。
あれはなんと表現したらいいんですかね。
身体中が沸騰して、恥ずかしくてたまらなくなる、あの感じ。
はじめてでした。
俺だって、誉められたことがないとはいいませんよ。
けど、大抵の場合、その後に『だからもっと頑張りましょうね』と言葉が続きます。
頑張らなければならないこと前提での誉め言葉。
努力は認めても、それ以上のものではないという線引き。
だから、無条件で何かを誉められた、しかもそれが、少なくとも俺の方からは親しみを覚えている仲間に、ということが、恥ずかしくて照れ臭くて居たたまれなくて、……嬉しかったです。本当に。
そりゃ上手いって、確かにあのときも言われましたけど、お世辞とか冗談だとばかり思ってて、悪いけど、信じてませんでしたから。
幸せってこう言うことを指すのかって思いました。
認められることがあるなんて思ってなかったから、嬉しくて嬉しくて、ただ嬉しくて。



それで、俺は自惚れて、こうして画家になったわけです。
ね、俺という画家が誕生したのは、ただ誉められたことが嬉しかったから。
それだけなんですよ。
言いたいことですか?
もしも子どもが何かに興味をもったら、無条件で誉めてあげて、ってことぐらいですかね。
自信がついて調子に乗り、手に職をつける俺みたいなやつもいるんですから。
それで生活できるようになるなら、安いものだと思いませんか?

メンテ

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