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RSSフィード [64] 卵物語
   
日時: 2014/05/03 00:50
名前: 片桐 ID:BO2fx.UY

来ましたね、GW。
こういう時はミニイベントです! ミニイベントです!
ということでw、テーマは〈卵〉。卵にまつわるお話を書いてください。
投稿は、このスレッドに返信する形でお願いします。
出来が良いから、一般板に投稿したくなった、というならそれもOK!
締め切りは六日二十時。枚数制限はありません。
六日二十時から合評も行うつもりですので、もしお時間に余裕のある方はチャットに入ってみてください。
もちろん、投稿だけ、感想だけ、というのも大歓迎。
GWに予定がある人もない人も、よりGWを楽しむために、奮ってご参加ください。

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星卵 ( No.3 )
   
日時: 2014/05/06 20:47
名前: 片桐 ID:bAHnLEhE

 朝の七時、台所に立った私に、父さんが、スクランブルが良い、と声をかけてきた。普段はそんな注文をしない父さんが、なぜそんなことをいうかというと、昨日新鮮な星卵が手に入ったからだ。私は、はいはい、といいながら冷蔵庫を開け、パックに入りの星卵をふたつ取り出し、フライパンを置いたコンロに火をつける。お皿の角に星卵をカンカンとあてて、まずひとつを割ると、中からトロリとした星卵の中身が出てきて、お皿の中にちいさなふくらみを作った。確かに、鮮度が良いようだ。これなら、栄養価も高いし、味も悪くないだろう。
 私はつづいてもうひとつの星卵を割ろうとするが、そこでふと手が止まった。あらためて見ると、表面がうっすら青い。星卵全体に白いモヤみたいなものがかかっていて、水分を湛えた星卵だということがわかる。もしかしたら、その表面に生命を宿す星卵かもしれない。そこで私はあることを思い立つ。これを、あのケンジくんに見せてみたら、どうだろう。そうすれば、何か話題が広がって、楽しい時間を過ごせるのではないか。それはまったく素晴らしいアイデアに思えて、私はその星卵を、ポケットにしまいこんだ。
 料理を作り終えた私は、父さんとテーブルにつき、いただきまーすといって、スクランブルエッグを食べる。私は濃い味が苦手だから、軽く塩を振って食べるだけだけど、父さんときたら、ソースをたっぷりかけて、さらにぐちゃぐちゃと混ぜてから口に運ぶ。もちろん良い気はしないけど、いちいち気にかけていては疲れてしまう。
「あいかわらず、変わった連中もいるもんだ」
 不意に、父さんがそんなことをいった。父さんは、テレビを見ている。私もテレビに眼をやると、そこには、最盛期を迎えた星漁の映像と、それに反対する市民団体のデモ行進が映し出されていた。ひとつの星の命を軽々しく奪っていいのか、などと彼らは叫んでいるようだ。変わったことをいう人もいるものだ、と思ってしまう。ニンゲンは、何かを食べなければ生きていけない。生きた星である星卵は栄養価のかたまりといえて、私たちにとってはこの上ない食料だ。確かに、天然ものの星を獲りすぎるのは、ある銀河系のバランスから考えてどうかとも思うことはあるけど、私たちが食べているのは、仮に鮮度がいいといっても養殖ものの星卵だ。それさえ食べてはいけないというなら、彼らは何を食べて生きていくというのだろう。
 父さんも私も、ケンジくんみたいに頭が良い方ではないから、ニュースにたいして特別な意見を持つことはない。結局私たちは星卵を食べ終えて、食後のコーヒーを飲むと、登校と出勤の準備にとりかかった。

「ねえ、ケンジくん、これ見てくれない?」
 中学校の昼休みに、私はケンジくんに、例の星卵について聞いてみることにした。教室のなかにはほとんど人が残っておらず、人目の気にしなくてすむのが幸いだった。
難しい本を読んでいたケンジくんは、私の声に気づくと、こちらを向いて一瞬呆けた顔をし、それから人さし指でメガネを掛け直した。
「ああ、佐伯さんか」
 私の方はケンジくんと名前で呼ぶのに、ケンジくんときたら、いつまで経っても私のことを名字で呼ぶ。そんな態度が毎度悲しいのだけれど、でも、他に特別親しい女の子もいないみたいだから、私にだってまだチャンスはあると信じている。
「へえ、水を湛えた星卵か。これをどこで?」
 ケンジくんは、私の予想通り、この星卵に興味を持ってくれたようだ。
「えっとね、昨日父さんが買ってきた星卵のパックに入ってたんだ。朝になってから気づいたの。もしかしたら珍しいものかもしれないって」
「なるほどね。じゃあ、養殖ものの星卵というわけだ。でも、水を湛えているというのは、確かに珍しいよ。顕微鏡でのぞいてみたら、すでに生命が誕生しているかもしれない」
「ホント?」
「うん、ちょっと待って」
 そう言うと、ケンジくんは、机の横に置いた大きなかばんの中から、常に常備している小さめの顕微鏡を取り出した。対物レンズの下に星卵を置くと、接眼レンズに眼をあてる。
「うん、間違いない。生命が育っているね。爬虫類が見えるよ」
「爬虫類?」
「こういう星にはよく繁栄する生物たちのことだよ。地面を這うように歩くから爬虫類。星のサイズから比較するに、かなり大きめの爬虫類だといえる。今の段階では、彼らがこの星の食物連鎖の頂点に立っているようだ。見てみるかい?」
 私は頷いて、接眼レンズに眼をあてる。ケンジくんの温もりが残っていて、ちょっと照れてしまうが、今の私はあくまで知的好奇心に溢れた女の子。そういう子としてケンジくんが喜ぶようなことを言おうと、その爬虫類というものを覗き込むことにした。
 そこには確かに生き物がいた。全身を鱗に覆われた、変な生き物たち。私は思わず、キャ、と声をあげて、後ろ向きに倒れ、思い切り尻餅をついてしまった。
「あはは。そんなにびっくりしたかい?」
 私は無言で頷くよりなかった。正直、爬虫類というものが、気持ち悪くてしかたなかったのだ。
「まだ、進化の段階としては、初期にあたるといえるね。肉体的な大きさによって食物連鎖が繰り広げられているだけだから。でも、ちょっと刺激を与えると、変化を促すこともできるよ」
「そ、そうなの?」
「うん。知的生命体を意図的に発生させるんだ。僕と似た、ヒト型が生まれる可能性だってある。僕が手を加えてみてもいいけど、どうする?」
 心なしか、ケンジくんの声が弾んでいるように思えた。
「じゃ、じゃあやってみて」
「わかった」
 ケンジくんは、星卵を手にすると、その一点を、小指でパチンと弾いた。
「よし」
 そう言って、ケンジくんは、満足そうに頷いている。
「え? それだけ?」
「ああ、これだけで、この星卵の上では信じられないほどの変化が起きているはずだよ。それこそ、さっきまでこの世界の覇者として君臨していた爬虫類たちが絶滅するほどのね。だからこそ、また新たな生命系が誕生する可能性があるのさ。明日また持ってきてくれない? その時には、もしかしたら、知的生命体が反映する星卵になっているかもしれないから」

 家に帰った私は、星卵にらめっこしていた。
もっとも、心のなかはケンジくんでいっぱいで、今日ふたりでした会話を頭のなかに何度も思い浮かべて、ひとりにやける。そして、知的生命体さん、どうか育ってくれていますように、と何度も願った。だってそれがかなえば、もっとケンジくんとの会話が弾むに違いないから。
 延々そんなことをしていると、私はついに、ある考えにいたってしまった。
 ――明日、ケンジくんに告白しちゃおうか。
 ずっと名字で呼ばれるだけの私だったけど、いつまでもそのままではいたくない。でも、私にそんな勇気があるだろうか。私は目の前の星卵を見ながらふと思う。そうだ、自分のなかで願賭けをしよう。ケンジくんがいう、知的生命体さんが育っていれば、告白はきっと成功する。
 私は、それこそ卵を温めるように抱きしめ、育ってね、育ってねと祈りながら眠った。

 私とケンジくんは、放課後の理科室にいた。理科室にある最新の顕微鏡で星卵を観察しようということになったのだ。顕微鏡に星卵をセットしたケンジくんは、早速レンズを覗き込んでいる。今は星卵に集中しているから、かたわらで彼の横顔を見つめる私には全然気づいていないはずだ。
「育っているね」
 ケンジ君がふとこぼした言葉が私の心を貫いた。やっぱり育っていてくれたんだ。昨日あれだけ祈った甲斐があった。私の胸はいっきに高鳴る。だったらやるべきことはひとつ。
「あのね、ケンジくん、突然なんだけど……」
 私は、途切れ途切れになりながらも、必死で言葉を紡いでいく。
「駄目だね」
 それは、あまりに唐突なケンジくんの言葉だった。
「駄目?」
「ああ、この星卵はもう駄目だ」
「ど、どうして?」
「佐伯さん、きみはもしかして、この星卵を無理に温めたりしなかったかい?」
「昨日、ちょっと撫でたりはしたけど」
「星卵を育て、観察しようとするなら、僕らは、干渉しすぎてはいけない。星卵の上に住むものたちからすれば、僕らは自然現象にひとしい存在だ。生命体としての次元が違うんだよ。無計画な干渉をしてはいけない」
「そんなに大変なことに?」
「ヒト型の知的生命体が確かに繁栄している。爆発的に数を増やし、自然界の頂点にたっている。知的水準は高く、科学技術がものすごい勢いで進歩もしている」
「それがどうして駄目なの?」
「問題は進歩の速度さ。自分たちが持つ能力を律する術を、彼らは持ち合わせていない。大きな戦争が何度かあって、今はひとまず落ち着いているが、おそらく近いうちにとりかえしのつかない事態がおきるだろう」
「とりかえしのつかない事態って?」
「昨日、僕が卵を小指で弾いただろう? その星の生命系をいっきに激変させるほどのショックだ。それを彼らは、自分たちの力で引き起こす。必ずとは言えないけれど、ほぼ間違いない。そういう例を、そういう星卵を、僕は何度も見てきた」
「じゃあ、この星卵は?」
「そうだね、悲惨なことが起きる前に、料理して食べるのが一番かもしれない」
 私はそこで黙り込んだ。
 星卵が駄目になる。そんなことはどうでもいい。星卵の上には、何十億の知的生命体がいて、それ以外にも何兆という生命体がいるんだろう。彼らが滅ぼうが、どうなろうがどうでもいいことだ。そんなことより私は、ケンジくんを目の前にして、何も言い出せない自分が嫌だった。願掛けは失敗に終わったのかもしれない。それでも、私は今さら自分の気持ちを抑え込むことなんてできない。
「ねえ、ケンジくん、私は――」
「佐伯さん、今回はまた残念だったね。でも、まためずらしいと思うものがあれば持ってきてよ。佐伯さんとは、これからも星卵探し仲間として仲良くしてもいたい」
「そうじゃなくて、私」
「ごめん、佐伯さん、そういうことだから」
 そういうこと?
 私が事態を飲み込めないでいると、彼は、用があるからと、カバンを背負って理科室を出て行った。私はひとりたたずむ。そして、そういうこと、をようやく理解しはじめると、恥ずかしさがこみ上げ、悲しさが溢れ、わけのない怒りまで感じ始めて、声をあげて泣きはじめた。
 どれほどそうしていたのか、涙がようやく枯れたころ、彼が片付けていかなかった顕微鏡が気になった。星卵もまだ顕微鏡のステージの上にあって、何気なしにレンズを覗き込む。
 どこまでも荒れ果てた世界が広がり、生命のほとんどが死滅しているということは私にもさっせられた。私のせいで滅んだ世界だ。ある廃墟を見つけると、そこに数百のヒトが、薄汚い格好で生活していた。そのうちの一人が空を――こちらを――見上げ、私の方に指さす。すると、周りのヒトたちも一斉にこちらを見上げ、私を見てケラケラと笑った。まともなものはもう一人も残っていないのだろう。それでも、最後の抵抗というように、私という人間を嘲笑っている。
 私は、顕微鏡から眼を話すと、その星卵を手にし、一息に握り潰した。

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