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RSSフィード [37] ご当地小説始めました!
   
日時: 2011/09/04 21:17
名前: 片桐秀和 ID:eyYh/LA.

さあ、今日この瞬間よりまったり始まりました。ご当地小説!
改めて説明しましょう。
ご当地小説とは、TCを利用している我々が、おのおのの住んでいる(住んでいた)地域の名産、観光地、歴史、風俗、方言、などを盛り込み、小説を書いて投稿しようという企画です。何か一点でも作者として思う地元感(地元愛?)が出ていれば、ご当地小説とみなされます!

  投稿場所:このスレッドに返信する形で投稿。一般板への同時投稿も可能(その場合一週間ルールは守ってください)。
  枚数制限:なし
 作品数制限:なし
  ジャンル:不問
感想の付け方:ミニイベント板の感想専用スレッド
    期間:スレッド設置以降無期限
 地域の重複:問題なし
  参加資格:誰でもOK
 
 ※投稿の際、タイトルの横に、どこの都道府県の話か書き添えてくれると、読む方も選びやすくなると思います。お願いします。

といった感じですー。感想は別のスレッドということだけ注意してください。たくさん投稿されると、どこに感想があるか分かりにくいと考えてのことです。また、一般板へ投稿されている場合は、そちらへ感想を書くことを優先した方が、作者さんも喜ぶかも。

えっと、とりあえずスレッドとして立てますが、各地方ごとに投稿分布を載せたり、スレッド主の独り言を書いたりと、定期的にスレッド自体も更新していこうと考えてます。ぜひともこのミニイベントをお楽しみいただけると幸いです。

メンテ

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東京のおいしいお店 ※東京の話です ( No.5 )
   
日時: 2011/10/04 00:56
名前: ねじ ID:.b.6/J0k

 十二時から一時までが、東京地裁のお昼休みだ。
 日比谷公園のベンチに座って、僕たちは延々と話を続ける。さきほどまで傍聴していた、二つの裁判について。一つは窃盗。一つは詐欺だ。いつものことだが二つとも、三十分ほどの裁判を聞いた限りでは、事件の概要はほとんどつかめない。僕たちは弁護士、検事、裁判官、そして被告の断片的な、そして、外部の視線を拒絶したかのような予定調和な発言の数々から、どうにか事件の全容を作り出そうとする。決して答えのわからないパズル。
彼女の関心は特に詐欺事件に集中している。裁判長の、被告の母親に対する「実家は一戸建てですか」という質問を、何度も何度も口真似する。
「こういう事件って、再犯ばっかり」
「二つとも、執行猶予中でしたね」
「コース取り間違えてるよね」
「コース取り?」
 言葉の意味が取れずに聞き返すと、彼女はちらりと僕の目を一瞥する。
「人生の」
 ああ。
「あのお母さん、すごいきょろきょろしてたよね。気の毒」
 さして気の毒とも思ってなさそうな口調で言い、スニーカーのかかとで、土を削る。
「酔っ払って隣の人の部屋に入るって、どういう感じなんだろ」
 それは詐欺事件ではなく、窃盗のほうの話だった。僕は苦笑して、さあ、とだけ答える。彼女は気にしたふうでもなく、どんどん言葉を繋ぐ。
彼女の話は飛び飛びになり、最近読んだ推理小説や、政治家や、彼女の家に沸くというコバエにまで言及していく。ときおり、彼女の小さな色の淡い唇はふっと閉ざされ、僕たちの間に沈黙が下りる。秋の初めの乾いた風が、木々を、そして彼女の細い髪をささやかに揺らす。その音さえ聞こえるみたいだ。それはどんな会話よりも、僕たちの間を近しくする沈黙だ、と僕は勝手に思う。
 まばらな長い細い睫を伏せて言葉を捜すように下唇をかんでいる彼女のことを、実は僕はよく知らない。名前も知らないし、連絡先も、年齢も、どこに住んでいるのかも、正確には知らない。知っていることは、彼女が裁判の傍聴を趣味にしていること、東京に来たのは最近だということ、化粧をほとんどしないこと、首筋を覆うその細い髪を、一度も染めたことがないこと、そして、結婚している、と、いうこと。そのぐらいだ。
 僕は法学部の二回生で、週にだいたい二回ぐらい、実益をほんの少し兼ねた趣味として、裁判を傍聴している。整理券が配られ、ニュースで法廷画が流れるような話題性のあるものには興味はない。いつも、傍聴人も五人いるかいないか、というしみったれたものばかり傍聴している。被告はたいてい中学のときにクラスに一人はいた柄の悪いやつがそのまま更正せず大人になったようなどこにでもいそうな人間で、たまに証人として呼び出されている被告の家族も、親戚にいてもおかしくないような、本当にごく平凡なおばさんだったりする。その、近しいのにとてつもなく遠い、あの感じ。
 こうやって言葉と、そして沈黙を交わすようになる少し前から、僕は彼女を知っていた。といっても、姿を見たことがある、というだけだけれど。初めて見かけたのは、入口の手荷物検査を、亡羊と突っ立って待っている姿だった。人より細い線で描かれたかのようなそのどこか淡い姿は、裁判所の無骨で物騒な雰囲気の中、ふわりと浮き上がるようで、彼女がどうというより、何か不思議な風景として、記憶の隅に刻まれた。
その後も入口や廊下、そして法廷で、彼女を見かけることがあった。傍聴しているとき、彼女は細い首を僅かにかしげ、怪訝そうに眉を寄せ、膝に乗せた黒い布の鞄をぎゅっと抱きかかえている。そしてその姿勢のまま、動かない。淡々とした裁判に似つかわしくない子供のような無防備な没頭ぶりが、奇妙で、面白かった。彼女が一体どういう人間なのか、ふいに興味が沸いた。
だから、声をかけた。一つの裁判が終わり(車に関係した詐欺事件だったと思うのだけれど、そういう裁判の常として、一体どういう事件だったのかよくはわからなかった)、法廷を出た彼女に、よく来ていますね、と、言ってみた。彼女はぼんやりと色の薄い、少し斜視気味の目で僕を見上げ、あなたもね、と答えた。親しみはこもっていなかったけれど、拒絶の気配も、そこになかった。
それ以来、僕たちは朝十時前に地裁で待ち合わせるようになった。待ち合わせといってもいい加減なもので、彼女が来ることもあるし、来ないこともある。そこに法則性を見出すことは今のところ僕にはできていないし、彼女に理由を尋ねることもない。そしてもちろん僕も、来ることができない日がある。それでもだいたい週に二回は、二人の時間を持てる。二つぐらい裁判を一緒に傍聴して、昼休みの間、日比谷公園や裁判所の食堂で、それについて話し合う。一時になると、彼女は帰り、僕も学校に行く。そういうことを、もう二ヶ月ぐらい繰り返している。
ナンパ、と呼ぶしかないのだろうけれど、あの行為についてそんな言葉を使われるというのは、不当な気がする。僕は二十年生きてきて、あのときを除いてナンパなどしたことはないし、これからだって、しないだろう。そういう人間じゃないのだ。その言葉と、僕との間には、法廷にあるあの柵に似たものがある。同じ空間にいることもあるけれど、僕は「こちら側」の人間で、「そちら側」に行くことは、ない。
「おなか、すいた」
 脱力したように、彼女が言葉を漏らす。そして僕の答えを待たず、ところどころが白っぽく掠れている黒い布の鞄から、コンビニの袋を取り出した。中にはいつものように、野菜ジュースのパックが一つと、菓子パンが二つ、入っている。野菜ジュースのパックにストローを突き刺し、一口啜ると、パンの袋を一つ、開ける。チーズの蒸しパンのようだ。
 手でちぎったりせず、そのままかぶりつく。咀嚼という作業をほとんどせずに一つ食べ終えると、もう一つのパンを取り出し、袋を破る。チョコレートの入ったクロワッサン。見ているだけで自分の喉が詰まりそうになるスピードで、黙々と口に運ぶ。空になったパンの袋をコンビニの袋に戻すと、するすると野菜ジュースのパックを啜る。細い首がこくこくと小気味よく鼓動する。軽くパックを潰して野菜ジュースを啜りきると、それもコンビニの袋につっこみ、そのまま立ち上がって、ゴミ箱に袋を捨てた。
 昼食の所要時間は、一分に満たない。
「おなかいっぱい」
 つまらなさそうに言い捨てて、薄いおなかに手を当てる。いつもの彼女だ。
 ベンチに戻り、鞄を抱える。ぼんやりと宙とも地面ともつかないあたりを見つめ、つぶやいた。
「おいしいものが、食べたいなあ」
 僕は笑ってしまう。
「お昼、食べたばっかじゃないですか」
「だって、これは燃料みたいなもんだもん」
 かかとで地面を削り、削った土をぽんぽん、と靴底で叩いて地面をならす。
「おいしいもの、食べたいなあ」
 眉を寄せ、切ないぐらいの実感をこめてのたまう。
「食べればいいじゃないですか、おいしいもの」
「東京のお店とか、わかんないもん」
「自分で作るとか」
「自分の料理、美味しくない」
 確かに彼女は料理上手なタイプには見えない。そう思ったことが伝わったのか、咎めるように言葉を継ぐ。
「別に私、料理下手じゃないよ。ただ、自分が作った料理は自分の思った以上には美味しくならないじゃない。わくわくしない」
 そんなものだろうか。僕は彼女のもろそうな手首と、すんなりとなめらかな指を見る。料理と彼女が、どうしても上手く結びつかない。旦那さんのためなら、この手で料理もするのだ、と考えるけれど、どうしても、イメージができない。
「学生のときは、パンも食べ歩いてたんだけど」
 そちらのほうがまだ、想像ができる気がした。
「パン、好きなんですね」
「好き。ケーキも好き。ピザとか、パスタとか、小麦のものが好き」
 日差しに顔を向け、うっとりと目を閉じ、唇には軽い微笑みさえ浮かんでいる。つやつやと頬が輝き、睫の先にきらきらと光が踊っていて、いかにも幸福そうだ。僕は感動にも似た驚きで、その表情を見守る。僕の中の彼女は、そんな顔をする人ではなかったからだ。
 彼女には、僕の知らないことが、たくさんある。
「大学の近くにはね、おいしいパンのお店が、たくさんあったの」
 熱っぽい早口で、彼女は語る。その大学は、どこにあるのだろう。僕は思うが、たずねることはしない。
「昼休みになると、近所のパン屋に急いで行って、チーズとベーコンのパンを買うの。焼き立てで、トレイに乗せるとトレイ越しに手に温度が伝わるぐらい熱い。それと甘い系のデニッシュとか買って、その辺で急いで食べるの。チーズのやつはバケットの表面がぱりぱりで、チーズが焼けどしそうなぐらいとろとろで、ベーコンの油で噛むと口の中に飛んで、本当に美味しい。本当に、美味しい。デニッシュもざっくざくで」
 おいしそうですね。僕の相槌に促されるように、うん、うん、と頷いて、彼女は滔々と捲くし立てる。
「他にも美味しいお店がいっぱいあって、手に持つとずしってするぐらい餡子のはいったあんぱんのお店とか、焼きたてのくるみパンが何種類もあるお店とか、いっぱいあるの。ちょっと遠出したら田舎なのにすごく有名なパンのお店もあって、ときどき行ってた。すごく小さい店で、三人もお客さんいたらいっぱいになっちゃうんだけど、いろんなパンがばーって置いてあって、いつも何かが焼き立てなの。パンはもう具がいっぱい入ってて、メロンパンにはバターがじゅーってしみてて、何食べても噛んだら具が落ちないようにするのに必死だし、食べ終わったら手も口の周りもべったべたになっちゃうの。美味しいの」
 美味しいの。と、彼女は繰り返し、目を閉じる。ああ、とため息とない交ぜになった声を漏らす。
「おいしいもの、食べたいなあ」
「東京にも美味しい店、たくさんあると思いますよ」
 そう言ったのは、単純に、そう思ったからだった。僕だって、一応生まれも育ちも東京なのだから、そういう店ならいくつか知っている気がした。大学の近所のカツサンドが有名なパン屋とか、教授や芸術家が集まるチーズケーキが美味しい喫茶店とか、他にも、ぱっとは思い浮かばないけど、色々。知っている気が、したのだ。けれど、その言葉が耳に届いた途端、その馬鹿馬鹿しさに気付き、恥ずかしくなる。
 彼女は顔を熱くする僕を見て、ふ、とひどく穏やかに、目元を緩めた。その目尻に、細かな皺がよる。その皺に、この人は僕より年上なんだ、と思い知る。もしかしたら、彼女と出会って、初めてそう思ったのかもしれない。
「……そうかもね」
 その声の落ち着きに、僕はわけもなく、苛立ってしまう。そんな顔をして笑ってほしくなかった。僕の知っている彼女は、そんな顔で笑う人じゃない。でも現実に彼女はそんな顔をするような女性で、それをただ、僕が知らなかっただけなのだ。地裁の入口に、頼り無く、亡羊と立ちすくんでいた、彼女。その淡い輪郭の中に封じられたものの、一体何を僕は知っているというんだろう。
「おいしいもの、食べたいなあ」
 目を伏せ、今までよりずっと小さな声で、彼女はまた、繰り返す。
「おいしいお店に、行きたいなあ」
 飴のように、言葉を舌先で弄る。
 連れて行ってあげたい、と、思った。東京のおいしいお店に、彼女を、連れて行って、あげたい。
そう、思うのだけれど、僕にはそんなお店の持ち合わせが、ない。ひとつも、ない。
 彼女のスニーカーが、がりがり、と、地面を削る。僕と彼女の間を、その音が、埋めている。
 時計を見る。もうすぐ、一時になる。

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