少女の涙は苦くて青い
 泣き虫が嫌いだ。あの子が泣き虫だから。泣きながら笑うような子だから。それは人のために流す綺麗な涙だから。そんなところが好きなんだと、アイツが気持ち悪い笑顔で言うもんだから。

 たとえば卒業式。みんなが肩を寄せ合って泣いている輪のすみっこで、私は居心地の悪い笑みを浮かべている、そういう子だった。
 たとえば合唱コンクール。優勝しても落選しても涙を流す同級生の横で、勝てば頬を吊り上げて笑い、負けたらなんとなく悔しそうな表情を繕う、私はそういう子だった。
 涙なんて生理現象だし、出したいなら勝手に出せばいい、っていうか出ちゃうもんはしょうがないと思う。涙を我慢するのって体に悪いらしいしね?でもなんだろう、涙が作り出すあのムズムズする雰囲気は。泣き笑いしながら「もうっ、そんなに泣かないでよ!」「あんただって泣いてるじゃん!」とか、それ自体は別にいいけどイコール美しい青春、みたいなのいい加減やめてほしい。涙と青春をセットにするんじゃねーよ、ってかそんなのただの押し売りじゃんかよって、実はずっと思ってる。言わないけど。
「言ってるじゃん。思いっきり口に出してますけど」
「香坂なら同意してくれるかなって」
「まあ、するけど」
「ほらするんじゃん」
「でも赤城性格悪いなーって思う。ははは」
「……自覚はあるんだけどなあ」
「じゃあ直せよ」
「……ね」
 夕焼けがきれいだ。大通りから一本離れた公園で、私はもうサイズが小さすぎるブランコを揺らしている。隣では香坂もその長い足を窮屈そうに縮こまらせて、同じくブランコにゆらゆら揺られながら夕焼けを見ている。
「ていうか、そんな大口叩くなら赤城は泣かないんだろうね?」
「いやあ、泣くけどね」
「……」
「泣くけど、私の場合はさあ……」
 私だって泣くけど、なんていうか、私の涙は汚いと思う。怒られたとか痛いとか、間違っても青春とはセットになりそうもないことでしか泣かない。というか、そんな子供じみたことでしか泣けない。私の心が汚いからなんだろうなあ。とか、思っちゃう程には、今の私は捻くれている。
「私の場合は、なに?」
「……いや、よく分かんないや」
 泣かないから強い、なんてことはないけど。
 泣けばいいってもんでもないでしょうよ。
 どちらにも行けない私はゆらゆら揺れる。揺れて、どちらに飛び込むこともできずに、ただ全てを蔑みながら、こんな小さなブランコにしがみついている。
「香坂は泣かないよね」
「泣いたって変わらないことが多すぎるからね」
「それは、……強いよね」
「そう?」
 
 うん。
 
 ――つぶやきが、声にならない。
 かすれた声をごまかすようにうつむくと、睫毛を濡らしたぬるい液体が頬を這うように流れて落ちた。しょっぱいよばかやろう。唇が震える。奥歯を噛みしめてブランコの鎖を両手で握って、私はいっそう深くうつむいた。
 ばかやろう。
 泣いたって変わらないことが多すぎる。
 そうだね。そうかもね。静かな公園。目の前の鮮やかな夕焼け。隣にはオレンジ色に照らされた香坂。私がこんなところで泣いたって、何も変わらない。何一つ変わらない。
 私の見えないところでアイツがあの子と笑いあっていることも、手をつないでいることも、一緒に歩いていることも、抱き合っていることもキスしていることも、紛れもない事実であって、それはどうしようもなく揺らがないことで、私がめそめそ泣いたって、何を蔑んだって、何も変わらないことで――。
「私の涙は、汚いよ」
 自分が苦しくて悲しくて悔しくて切なくて、そんなことでしか、そんな時にしか泣けない私は汚い。
 ギシギシとブランコの鎖が軋む音が、ひどく耳障りだ。どうしてこうも、するりと、美しく、滑らかに進むことができないんだろう。
「俺は」
 気持ち悪い自分の嗚咽の隙間から、香坂の声がした。
「……俺は赤城のこと、けっこう泣き虫だと思うけどね」
 横を向いて香坂を見ると、オレンジ色に染まった横顔が美しかった。眩しくて目を細めると、脆い瞼がヒリヒリと痛い。滲んで霞む視界の向こうで、私の視線に気が付いた香坂が「泣くなよ」と笑う。
 ――これは青春の涙なんかじゃない。
 そんなもんと一緒にするんじゃないよ。
 私を笑わせようとガラにもない変顔を決めてくる香坂に、ふふ、と笑うつもりで口元を綻ばせると、耐えきれなくて唇が歪んで、私はやっぱりうつむいた。

 やっぱりもう、泣き虫が大嫌いだ。
中 菜子
2014年05月15日(木) 02時12分28秒 公開
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No.4  中 菜子  評価:0点  ■2014-08-06 22:25  ID:33E/nA6Ip9Y
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はじめまして。感想をありがとうございます。お返事が遅くなってしまい申し訳ありません。
書き手としては誰がどの台詞を言っているのか、登場人物がどんな性格をしているのかを分かり切ったことのように書いてしまいましたが、ご指摘を受けて読み返してみると非常に分かり辛いですね……。勉強になりました。ありがとうございます。

「苦くて青い」はなかなかいい題が浮かばず、やっとの思いでつけたものなので「まさに」と言っていただけて本当に嬉しいです。泣くことについてグチグチ文句言ってるだけの話になっちゃったかな……と不安に思っていたので、涙のニュアンスが伝わった、というお言葉にホッとしました。
感想、ご指摘ありがとうございました!
No.3  かわず  評価:40点  ■2014-07-26 06:30  ID:7Y.L8v70zGg
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はじめまして。拝読しました。

主人公のキャラクターがしっかりと描かれ、涙のニュアンスもとても良く伝わりました。まさに苦くて青い!
また、年頃の少女らしいつらつらとした考え事の中に他人の意見や存在が入ったことで視野が広がり、物語に爽やかさを感じることができました。

香坂が突然出て来たあと暫く会話をしてから状況が説明されてますが、あまり会話文が連続するとどれが誰の台詞なのかと私なんかは少し混乱してしまったので、途中に一つ文を挟んだ方が親切かと思いました。

ありがとうございました。
No.2  中 菜子  評価:0点  ■2014-05-25 12:07  ID:dJ/dE12Tc8A
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初めまして。感想ありがとうございます!

最初の部分の読みにくさは、自分では気づかないところだったのでとても勉強になりました。何も考えずにそのまま書いてしまったのですが、確かに冒頭部部から不親切で「……ん?」となってしまいますね。ご指摘ありがとうございます。

すがすがしい文章と言っていただいて、とても嬉しいです!等身大の少女を描きたかったので、共感してくれる方がいたらそれが一番光栄ですね。ありがとうございました!
No.1  shiki  評価:40点  ■2014-05-22 11:06  ID:eXTv36Gs5Wg
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こんにちは。初めまして。
少女の微妙な感情がよく表現されていて懐かしい気持ちになりました。

ちょっとだけ気になったのは最初の部分がわかりづらかったことです。
「泣き虫が嫌いだ。あの子が泣き虫だから。泣きながら笑うような子だから。それは人のために流す綺麗な涙だから。そんなところが好きなんだと、アイツが気持ち悪い笑顔で言うもんだから。」の、「そんなところが好きなんだ」の部分にカギカッコを付けるか、改行するかした方が読みやすい気がします。
細かいこと言ってすいません。

素直ですがすがしい文章なので、十代の人とか共感する方も多いのではないでしょうか。

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