蕎麦を食いに
 野次馬根性溢れるシゲのせいで、俺とオギーは近場の心霊スポットに駆り出されていた。トンネルと言っても二十メートルあるかないかの短いもので、それを時間をかけてゆっくり歩く、という話だった。
「出る、出るんだって、ホント」
 どこからの情報かも分からないものを頑なに信じ、シゲは楽しそうに口にした。三人とも、所謂零感れいかん。仮に幽霊がうじゃうじゃいたとしても、全く気づかないだろう。
「いねえじゃんか」
 オギーは喉の奥からケッケッケッと声を出すような、特徴のある笑い方をした。怖がりたいからこんな廃墟に来ているのだろうに、昼間だから全然怖くない。確かに真ん中辺りは光が全く届かず躓かないか心配だったが、それ以外はなにも問題がなかった。
「ホント、出るんだって、ホントだよ」
 シゲこと重谷は、さっきから同じことしか言っていない。まあ、いつものことだ。
「二十五にもなって、なにやってるんだろうな俺ら」
 飽きれるように溜め息を吐いた俺は、一番最初にトンネルを出た。そこに雪国があるわけでなく、自分の身体が小さくなっているわけでもなく、使われなくなった道路が真っ直ぐ伸びているだけであった。フリーターのオギーはケッケッケッと笑って、よれよれのスニーカーでシゲの尻を蹴った。シゲは蹴られた箇所をさすりながらにやにやと笑い、やり返す。三人の中で一番頭が良いくせに、馬鹿なことを提案して二人を振り回すのはいつもシゲだ。一年浪人したものの、誰もが知っているレベルの高い大学に入り、今は院で博士を修得するために頑張っているらしい。専門学校卒の俺にはよく分からないが、このまま研究職にでも就くのだろう。
「おし、蕎麦食いに行こうぜ。この先に有名な場所があるんだ」
「さては、最初からそれが目的だな?」
 そんなんだから太るんだ、と、オギーはシゲの頭をぽんと叩いた。俺は二人のやりとりを、目を細めながら見つめるのが好きだ。社会的地位や学力が全然違うこの三人の気が合うのは、小学生のときからの付き合いだからだろう。特にシゲは、暇を見つけては俺たちと遊んでくれている。無精髭とアイロンも掛けていない服が、その忙しさを物語っていた。
「痩せたらかっけえのによぉ」
 ちょうど五年前、成人式のときの同窓会での話だ。小中とイケメンでモテモテだったシゲが来た瞬間、女のがっかりした顔がちらほら見られた。……まあ、その後彼奴の学歴を聞いた彼女たちは、瞬く間に表情を明るくしていたが。それから、シゲは軽い女性不信に陥ったらしい。賢い奴は大変だな。
「博士課程が修了したら考えるよ」
 それを聞いた俺は苦笑する。
「院に入る前も言ってたぞ、それ」
 三人で爆笑しながら、蕎麦屋に入った。老夫婦がやっている、なんとなくほっこりするような小さな蕎麦屋だ。席が埋まっているが、会計を済ませている家族がいるので、片づけが終わったら座らせてもらえるだろう。
「三人ね、はい、ちょっと待っててちょうだい」
 腰の曲がった老婦人が、せっせと丼を片づけ、机を拭く。頃合いを見計らって、俺たちは椅子に座った。品書を二人の方に向け、逆さから文字を読む。もりそば、鴨南蛮、天ぷら、田舎、……ほうほう、親子丼もあるのか。こういう店の親子丼って、美味しいよな。
「天ぷらそばと親子丼にしようかな」
 シゲはそう言って、熱い茶をずずっと啜った。飲み方が、二十五歳の若者とは思えない。じじくさい奴だ。
「俺も親子丼食べたかったんだよ。ってことでシゲと同じの頼むわ」
 家を出てからずっと歩いているので、春とはいえ、身体はすっかり冷え切っていた。シゲが選んだものが魅力的に感じた俺は、温かい天ぷらそばを頼むことにした。オギーは天ぷらうどんを一杯。蕎麦を食いに行くと、いつもこいつだけうどんを頼む。値段は数十円しか変わらないのに。先程のおばあさんを呼んで、シゲが注文を言っていく。割烹着の似合う老婦人はメモをとることもなく、覚えた注文を厨房の老人に伝えた。なかなか好印象だ。
 十五分ほど待っただろうか、談笑しながらだったので短く感じたが、最初にシゲと俺の親子丼がきた。卵がなんとも言えないとろとろ加減で、半熟な黄身の部分や白身、出汁の色に染まった部分が絶妙に混ざり合っている。さらに頂上では、卵黄が早く潰してと言わんばかりに俺を見つめていた。
「うわあ、美味そうだなあ」
「すまんオギー、先にいただくぞ」
 シゲと俺はそう言って、割り箸を割った。シゲはいつも綺麗に割れるのに、俺は必ずどちらかの体積が大きくなってしまう。
「いいよー」
 オギーは天ぷらうどんが届くまで携帯を触った。箸でぷるぷるの卵黄をそっと突く。潰れなかったので、今度は強く。薄い膜から一気に橙が溢れ出た。どろりとした溶岩に浸食された部分をいただく。うん、本当に美味しい。やっぱり蕎麦屋だから、出汁が旨いな。下から顔を覗かせている白飯と、ちょうどいい割合で食べられるよう、少し濃いめの味付けがされている。家じゃ出ない味だ。
「お、きたきた。いただきまーす」
 メインの天ぷら蕎麦、続いて天ぷらうどんがテーブルに置かれる。天ぷらと蕎麦が別になっているのが嬉しい。オギーは待ちきれなかったかのように、手を合わせて、天ぷらを汁の中に突っ込んだ。俺も出来立てを食べたいので、親子丼は一旦中断して、天ぷら蕎麦に移る。まずはあつあつのえび天を一つ。なにもつけなくても旨い。出汁に負けない厚い衣が、ざくっざくっと音を立てる。次は、汁に漬けていただく。ああ、少ししんなりした衣も、ぷりぷりとした海老と相性抜群だ。
「出た、チゲ」
 七味唐辛子を惜しみなくぶっかけるシゲを見ながら、オギーがケッケッケッと声を出す。極度の辛党のシゲは、なにかにつけて七味を愛用しているから、チゲとも呼ばれている。
「いや、旨いんだって、ホント、旨いんだよ」
 チゲはそう言って蕎麦を啜った。麺が真っ赤じゃないか。俺も、肝心の麺をまだ食べていなかったな。……心地良い歯触り、気持ちの良い喉越し。最高だ。親子丼を完食し、出汁を最後まで飲み干して、俺は茶を飲んだ。オギーとシゲも食べ終わり、俺たちは金を払って店を出た。いやあ、美味しい昼飯だった。
「今度、いつ遊ぶよー」
 帰り道では、いつもオギーが次に遊ぶ日を訊く。……もしこれがなければ、この日を最後に一生遊ばなくなるかもしれない。そう思うと、俺も空いている日を思い出しながら、なるたけ多くの日を提案する。結局は、シゲの都合次第だが。
「そうだなあ、来月末なら空いてるかもしれないなあ」
 シゲは無精髭の生えた顎を触りながら、トンネルの中に入った。俺たち、なんでここに来たんだっけ。
「……うわあ!で、出た!」
 光が一切ないトンネルの真ん中、オギーの叫び声がこだました。


薄氷雪
http://usurahiyuki.web.fc2.com/
2014年03月21日(金) 18時53分52秒 公開
■この作品の著作権は薄氷雪さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは、2回目の投稿です!
HPでキリ番200を踏んだ方にリクエストをいただいて書きました!
お題は、
・三人組
・トンネル
・天ぷらそば(うどんでも可)
でした。
最初は天ぷらうどんを選んだ人は処刑されるみたいな、変わったお話にしようと思ったのですが、
よくよく考えてみると、こういうのんびりした感じのお話や、料理を食べるお話を書いたことがないなーと思ったので、こういうお話になりました。
行きつけの蕎麦屋の天ぷら蕎麦を想像しながら書いたのでよだれ出まくりでした(汚い)

偶然にもついさっき、親が「明日の昼蕎麦食べに行こう」と言ったのでびっくりしました(´∀`*)
明日が楽しみですー。

この作品の感想をお寄せください。
No.10  薄氷雪  評価:0点  ■2014-08-09 22:12  ID:fY15r/wIRSA
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中 菜子さん、お返事遅くなってごめんなさい!こんにちは(*・ω・*)
良い評価頂けてとっても嬉しいです(´∀`*)
今は夏休みで帰省中なのですが、また明々後日にいつものおそばやさんに行くことになりました(@'ω'@)♪
本当に美味しい店なので、味を思い出しながら書きました!
美味しそうな感じが伝って本当にうれしいです(*ノωノ)

以前投稿したときに「会話が少し不自然」というアドバイスをいただいたので、それを直してみました(・ω・´)
仲の良い(ただの腐れ縁?)三人の男がどんな話し方をするのかなーって想像して書きました!
後は、中学生のとき仲良かった男友達と久しぶりに会ったときの会話の内容を思い出したりしました

コメント本当にありがとうございました!後、返事が遅くなってごめんなさい(;ω;`)
また腕を上げて、もっともっと美味しそうな描写ができるようにします!!
No.9  中 菜子  評価:40点  ■2014-05-15 02:21  ID:NZ/R2jceXO.
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はじめまして。読ませていただきました。
ご飯の描写がすごいですね!拝読しながらお腹すいたなあ……と思ってしまいました。美味しいご飯を食べている場面で、本当に美味しそうと思わせる描写ができるのが羨ましいです。
とても読みやすい文体とストーリーで、するする読むことができました。特に会話文の自然な感じが大好きです。三人が話しているところが聞こえてくるみたいでした。
面白かったです!ありがとうございました。
No.8  薄氷雪  評価:0点  ■2014-05-05 06:40  ID:I.EMJB0ijCM
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大学生になり、忙しくてなかなかこのサイトに遊びに来られず、気づくのが遅くなりました!本当にごめんなさい!

片桐秀和さん>
コメントありがとうございます!!
>遥かに進歩
この言葉を頂けてとっても嬉しいです!(´∀`*)
前作を書いてから……そうですね、三年は経ったでしょうか。
こうやってコメントしていただけて、一歩ずつ前進できてるのが実感できました(*・ω・*)
わたしの三年は無駄じゃなかったみたいです!( ´▽`)ノ
これからも沢山小説を書いて、文章力をつけていきたいと思います(・ω・´)
No.7  片桐秀和  評価:30点  ■2014-04-11 19:09  ID:n6zPrmhGsPg
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こんにちは。遅ればせながら読ませていただきました。
前作は数年前に書かれたと仰っていたと思いますが、
本作はそこから遥かに進歩した作品であると思いました。
作者さまの年齢(詳しくは忘れましたが)から考えるに、かなり良いと思います。
雰囲気ものの小説と言え、あらすじはいたってシンプルですが、
描写が作品を生き生きとしたものにしていますね。
この雰囲気は、一見真似できるようで、相当のセンスがなければ書けるものではない気がします。
現時点で、作者さまのオリジナルと言える作品世界(ファンタジーだったでしょうか)が、
どんなものであるか、がぜん興味を抱かされました。

これからも、ますます良い作品を書いていってください。ではでは。
No.6  薄氷雪  評価:--点  ■2014-03-22 23:20  ID:uFxsqFJnvGY
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楠山歳幸さん、コメントありがとうございます、初めまして!

きっと三人は他のところでは違う仮面を被っているのだろうけれども、三人でいるときは幼い頃のまま、自然体で接しているのかなー。
わたしも、大人になってもこういう関係の友達がいるかな、いるといいな!
そう思って書きました!

父親が、出された料理を味見もせずに七味唐辛子や山椒をかけるので、それを思い出しながらチゲ(シゲ)を描写してみました(・ω・´)

イラスト、褒めてくださってありがとうございます!
HPに載せる際の挿絵として描いたものなのですが、黒が好きなので背景が真っ黒になってしまいました。他の絵もまっくろけです……w

三人はとても仲が良いけれども、やっぱり道が分かれてしまっている(言葉お借りします!)ので、もしかしたらこの関係は脆く崩れてしまうかもしれない。
オギーはどう考えて次の約束を提案しているのか分からないけれども、無意識に「三人が離れ離れになるのは嫌だ」と思ってるかもしれません。

ラスト、やっぱり評判悪いですね!
わたしもものすごく書き直したくなってきました(´∀`*)
うぐぐ、思い浮かばない……。
素敵なオチを教えてくれる神様が舞い降りてきたら、改めて投稿しようと思います(・ω・´)

感想を下さり、ありがとうございました!
No.5  楠山歳幸  評価:30点  ■2014-03-22 22:06  ID:3.rK8dssdKA
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 初めまして。読ませていただきました。

 道が分かれてしまった友人が会って童心に戻る、台詞というか掛け合いというか、のんびりというより雰囲気があって良かったです。
 僕はグルメではないのですが、食事の描写も物語に合っていて面白かったです。唐辛子に共感してしまいました。
 イラストも良いですね。上手です。バックの黒も個人的には意表を突かれた感じです。

 >この日を最後に一生遊ばなくなるかもしれない
  この言葉が昔と今を表しているようで、じん、と来ました。

 個人的にはラストの「出た」は無くても良かったかな?と思いました。

 失礼しました。
No.4  薄氷雪  評価:--点  ■2014-03-22 18:34  ID:uFxsqFJnvGY
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わわっ!二人の方から感想をいただけるなんて感謝感激です!
(今嬉しさのあまり顔が真っ赤ですw)

そうですね、わたしもちょっとオチが弱いなーと思った部分もありました。
どうも、わたしが書いた他の作品を見ててもオチが印象薄い感じがします……
なにかいいオチが思い浮かんだらいいんですけど(;ω;`)

こちらこそ、読んでいただけて光栄です!コメントありがとうございました!
No.3  zooey  評価:30点  ■2014-03-22 17:11  ID:L6TukelU0BA
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はじめまして、読ませていただきました。

面白かったです。
特に何があるわけではないけれど、
しっかりと三人それぞれに血がかよっている感じがして、
とても人間味のある作品だなと思いました。
運ばれてきた品物の説明など、丁寧に描かれていたので
とてもイメージしやすく、かつ、作品を豊かにしているなと思います。

構成的にもきれいかなと思います。

ただ、ラストはうまく落ちてると思うのですが、
文章にするとちょっと物足りないようにも感じますね。
おそらく、映像や漫画などだったら、
風景など周囲の様子が同時に入ってくるので、充分なラストかなと思いますが、
小説としては、もう少し見え方を工夫されると、より面白く仕上がるのかなと感じました。

ありがとうございました。
No.2  薄氷雪  評価:--点  ■2014-03-22 14:40  ID:uFxsqFJnvGY
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コメントありがとうございます!!
ついさっき、親子丼と天ぷら蕎麦をいただいてきました!
親子丼の卵がとろとろで美味しかったです(´∀`*)
小さいときから仲の良い三人のお話、をイメージして書いてみました!

トンネルでなにが出たのか……
お化けか、オギー(荻野)がただ見間違えたのか、ご想像にお任せします( ´▽`)ノ
No.1  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:30点  ■2014-03-22 13:47  ID:17CVQgNMT2A
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こんにちは。初めまして。読ませていただきました。

親子丼食べたい! ちなみに卵は半熟が好きです。
とある若者達の休日って感じですね。俺も友達と休みに遊ぶことがありますが、基本インドア。今度はどっか行きたいなぁ。

天ぷらうどん食ったら処刑される話よりずっといいですよ。
最後トンネルで何が出たんですかね?「レシート忘れてるよ〜」とかって蕎麦屋のお婆さんがダッシュしてきてたら最高ですね。
どうでもいいですが俺はうどんより蕎麦派です。

楽しかったです。ありがとうございました。
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