小説のはらわた
 ロートレアモンの「マルドロールの歌」を、枕頭の書としている男――名を健二といった――が、近所のホームセンターで、イングラムサブマシンガンと、弾薬を購入した。購入するさいに馴染みの店員が「わかってると思うけど、明確な使用目的のない銃の携帯は、銃刀法で禁止されている」と言った。健二はぼそっと「嫌な国だ」と答えた。
 銃の入ったケースを抱えて帰っていく健二の後ろ姿を見て、先ほどの店員が「あいつも好きだな。今月だけで三丁買ってるぞ」と言った。別の店員――眼帯をつけていた――が「大人しそうに見えて、凶暴なものを秘めてるんですかね」と答えた。「いつか事件でも起こさなきゃいいけどな」ショーケースを磨きながら店員が言うと、「そんな根性はないでしょ」と呟くように眼帯の店員が答えた。

 ホームセンターから帰宅すると途中で、健二はシューティングレンジに寄り、新しく買ったイングラムを撃った。あまり命中精度はよくなかったが、フルオートで打つとやたら弾の排出が速く、あっという間に人型のターゲットがズタズタになり、そこが気に入った。
 射精を終えたような気分で家にかえり、イングラムを部屋の銃を陳列している棚に入れた。銃を陳列する棚は無数にあり、部屋の大半を占めていて、ぎらぎらとゴキブリのような、鈍い光沢を放っていた。
 健二は本でも読もうと思い、ベッドに置いてある「マルドロールの歌」を手にとり、寝そべって読み始めた。
 彼は「マルドロールの歌」のとりわけ第二の歌に惹かれていた。その章では、残忍な性質ゆえに、孤独である青年が、ついに自分とおなじような残忍な伴侶を見つける、しかしその伴侶とはこともあろうか、雌の鮫で、彼は鮫を獣姦するというような内容だった。健二は残忍さ故に孤独な青年と自分とを重ねあわせていたのだった。実際、健二には友人も恋人もいなかった。あるのは蒐集した多量の銃と弾薬だった。それらを自分の恋人であると錯覚してた頃もあったが、どこか違うと思った。恋人であるというより、自分の身体の一部のようなもの――例えばペニスのような――だと思った。
 第二の歌を読み終えると、本を閉じて、傍らに置いた。そして数日前から読んでいた小説を手にした。剣と魔法の世界のファンタジーだった。そういったジャンルは好みではなかったが、その小説にはそれこそ雌の鮫のような残忍なヒロインが出てくる、とどこかで聞き、それが気になって読み始めたのだった。残忍なヒロインは名をララアといった。
 小説の内容をかいつまんで書くと、数百年のあいだ眠っていたドラゴンが目を覚まし、その影響で他の怪物も目覚め、たびたび王の領地に入って、強姦や窃盗や放火などの悪さをする、そこで王は十五人の膂力溢れるメンバーに、ドラゴン殺しを命じる。ドラゴンは森の奥深くの洞窟にいる。しかしメンバーは、ララアが仲間と喧嘩をし、斬り殺したのをきっかけとして、仲間割れをする。ドラゴンや怪物をそっちのけで互いに殺し合い、さらには食料や金を得るために、民家などを襲ったりする。彼らはドラゴンや怪物なみに害悪な存在となる、というような内容だった。
 妙な小説だなと思いながら健二は読み進めた。読んでいるうちに登場人物や怪物や街の描写などが生々しく実感するようだった。
 仲間を皆殺しにしたララアは、食料を得るために、民家を襲った。民家に入ると中には子供が二人と、その母親がいた。その三人ともを、剣で切りつけて殺した。そしてテーブルの上にあった残りものと思われる食事を食べていると、ふと玄関がガチャと開く音がした。そちらを振り向くと、三匹の怪物がいた。全身がペニスだらけの怪物だった。ララアは剣で切りつけたが、思ったより硬いペニスだったようで、あっけなく折れてしまった。ララアは剣の柄の部分を投げ捨て、窓から飛び出し、走って逃げた。数十分も走りつづけ、それこそ何キロも走ってあたりの景色が大分変わってきた。それでも怪物らは追ってきた。どこかに逃げ込もうと、道のすぐ脇にあった民家の玄関をダンダンと拳で叩いた。
 ダンダンと部屋の玄関が叩かれる音がした。健二は小説を閉じて、玄関を開けると、一人の女が急いで入ってきた。ララアだった。小説の描写と完全に一致していた。浅黒い肌、白い髪、緑色の目、すらっとした体型。
「怪物に追われてるの! かくまって!」
 とララアは言った。
 健二は部屋の棚からバレットライフルを取り出し、炸裂弾を装填して、玄関の前へと照準を向けた。やがて全身がペニスだらけでキノコの束みたいになっている怪物が三匹、入ってきた。健二は引き金を引くとバレットライフルが火を吹き、怪物が爆発した。怪物の全身のペニスがちぎれて飛んだ。続けて他の二匹を撃った。怪物らは次々と爆発し、ペニスをぶちまけた。ちぎれた無数のペニスは、床でビクンビクンと、のたうちまわった。それをララアが足で次々と踏み潰し、アハハ! と笑った。ペニスはぐちゃぐちゃになった。
「ありがとう、助かったわ」
 とララアは言った。
「ちょうど何かをぶち殺したいところだった」
 健二はそう答えた。
 まだ煙の出ているバレットライフルを棚に戻し、茶でも飲む? と健二は言うと、いただくわ、とララアが答えた。
 お茶のカップを受け取り、一口すすると、ララアは「すごい武器だったね。あれなに?」と言った。
「銃だよ。集めるのが趣味でな。本当はぶっ放したいんだけど」
 健二はそう答えた。
「銃っていうのか。初めて見た」
 ララアは部屋の周囲の棚をきょろきょろと見渡し、「これ全部、銃だね。すごい」と言った。
「ねえ、わたしドラゴンを倒さなきゃいけないの。手伝ってくれない?」
 ララアはそう言った。
 健二は現実と小説がごっちゃになってる、と思った。でもどうでもいいかと思い、あまり深く考えずに、「嫌だね」と言った。
「そんなことより、クーデターでも起こして王を殺そう。武器はいっぱいあるし」
 健二はそう続けると、
「え! いいねそれ!」
 と、ララアは緑色の目を、輝かせて言った。
「ドラゴン退治はどこかの馬鹿に任せよう」
 健二はそう言うと、
「素敵。あなた狂ってる」
 とララアは笑った。
「君もそうとう狂ってるよ」
 と健二は言った。
「私、狂ってる人、好きなの。でもいままでそんな人に出会ったことがなくて」
「俺も狂ってる人が好きなんだ。でもそんなそんな人には同じく会ったことがなくて、ずっと孤独だった」
「私とセックスする?」
「そうしよう」
 健二とララアは、ベッドで猛獣が互いに喰い合うような熾烈な性交をした。ララアは陰毛も白色だった。
 そうして健二は、「マルドロールの歌」第二の歌におけるような邂逅を実現したのだった。

 翌朝、二人は寝起きの性交を楽しんだ。健二は射精を終えたあと、務めている工場に電話をかけ、今日は休むと伝えた。
 健二はスポーツバッグに多量の銃を入れて肩にかけた。そして二人で近所のガストへ行き、朝食をとった。二人共『ステーキお好み和膳』を注文した。
 店内を珍しそうに見渡しながらステーキを食べてるララアを見て、
「こういうところ、初めて?」
 と健二が聞くと、うん、と言った。
「一つ聞いていい?」と健二は言った。
「なに?」
「君は小説のなかの人物?」
「え、何それ?」
「いや、何でもない」
 健二はそう言って、ひょっとしたら自分の存在も、誰かが書いた小説の人物なのかもしれないと思った。そしてその小説を書いてる人物も、誰かが書いた小説なのかもしれない、などと愚考した。
 ステーキを食べ終えて、ドリンクバーのコーヒーを飲みなながら、健二は
「王の城ってどこ?」
 と聞いた。
「X市よ」
 コーラを飲んでいるララアは答えた。
「ここからA線で五駅だな。飲み終わったら行こう」
 と健二は言った。

 彼らはA線の電車に乗った。ララアは電車も初めてのようで、車内を珍しそうに見ていた。
 やがてララアは車内の窓から見える高層ビル群を「すごい」と言いながら眺めた。健二もぼんやりと窓の外を眺めた。
 やがてX駅につき二人は電車から降りて外へ出た。健二はスマホのアプリで王の城の場所を調べ、「ここから十分くらい歩くから」と言った。ララアは「歩くのは得意よ」と笑みを浮かべて言った。
 大都市の、ビル群に囲まれた道を歩いていると、やがて高層ビルの立ち並んでいる間に、ひっそりと石造りの城があるのを見つけた。
 城の門の脇にいる甲冑をつけた二人の衛兵は、ララアの姿を認めると、門を開けた。その向こうには幾何学的に構成された庭園があった。道の両脇には、草木で作られた迷路と思しきものや、噴水などがあった。
 二人は目の冴えるような原色の草花に囲まれた道を歩き、城内に入った。城内の床には市松模様があり、壁には少年の裸体を描いた壁画があり、あちこちに少年の裸体の彫像があった。
「王は城の最上階にいるわ」
 とララアが言った。
 階段をのぼり、最上階へ行き、王のいる部屋の扉を開けると、そこには緋色の絨毯がしかれ、部屋の奥にきらびやかな王座に座った王が、パイプを吹かしていた。王は太りに太っていて、皮膚は脂でぎらついていて、淀んだ目をしていた。王の両脇には、全裸の少年らが立っていて、給仕をしていた。まだ皮を被っているペニス。
 王はララアの姿を認めると、パイプの紫煙をぷっと吹かし、淀んだ目をかっと見開き、
「ドラゴン退治はどうした! その男はなんだ!」と言った。
 ララアは健二に視線を送ると、彼は腰からガバメントを抜き、パンパンパンパンパンと王を撃った。
 王が血反吐を吐いて死ぬのを認めると、健二はスポーツバッグから多量の銃器を取り出し、駆けつけて来た衛兵に、銃口を向けた。

 そして健二は王となり、ララアは女王となった。
 二人は幸福に暮らした。
 ドラゴン退治はどこかの馬鹿にまかせた。
昼野陽平
http://hirunoyouhei.blog.fc2.com/
2015年05月08日(金) 17時14分59秒 公開
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No.4  昼野陽平  評価:0点  ■2015-06-11 21:08  ID:uQhiKmCHatg
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おさん

感想ありがとうございます。
あっさりですね。この作品に関しては自分のテイスト出せなかったかなと思います。
二人で殺し合いはやはりやるべきだったかもです。
ありがとうございました。
No.3  お  評価:30点  ■2015-06-06 23:17  ID:4XlrxbZ8Xgo
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こんちわ。
ずいぶん、あっさりに感じました?
ちょっと前に流行ったゾンビものとか結構過激なのとかあったように思うので、慣らされちゃった感はあるかもしれません。
二人で殺し合いにならなかったのが意外な感じがしました。
いくらでも膨らませられそうなネタではありますね。
No.2  昼野陽平  評価:--点  ■2015-05-10 16:55  ID:WAsaT1.9mKY
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ゆうすけさん

お久しぶりです。感想をありがとうございます。

作品と作品がまざるところはもうちょっといろいろやった方が良かったなと自分でも思います。
ララアの描写も足りないですね。残虐さももっと色々強調した方が良かったです。
全体的に暴れ方が物足りなかったのかなと思います。

ありがとうございました。
No.1  ゆうすけ  評価:30点  ■2015-05-10 14:24  ID:7Ifq/xqLE0U
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 拝読させていただきました。お久しぶりです。

 まさかのファンタジーな展開に面喰いながらも、昼野さんならではの退廃的で投げやりな主人公の性癖が得体の知れない面白みを醸し出していますね。
 作品の中の作品と作品が混ざる展開、もうひと押し展開すればメタな面白さが加わりそうです。読んでいた作品に自分の未来が書かれていたとか。
 仲間を殺したララア、明確な描写が欲しかったです。やはり金髪でグラマーな美女ですよね。せっかく残虐なわけですし、主人公にも一撃与えた方が魅力が増すと思いました。
総レス数 4  合計 60

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