平日の夜
 姉がご乱心である。
 いつもは真夜中過ぎに帰ってくる姉が、出かけて一時間も経たない内に戻ってきたかと思えば、足取り荒くリビングへ踏み込み、ティッシュ箱の前に座り込りこんで出し抜けに紙を引き抜き始めた。
 リビングでだらりとテレビを見ていた俺は、その光景に驚き思わず咥えていた煙草を落としそうになった。 慌てて煙草を掴んで灰皿へ押しつけると、黙々とティッシュを取り出し続ける姉へ恐る恐る声をかけた。
「どうした姉ちゃん」
 姉はこちらを見ないまま、少しの間を置いて苦々しそうに口を開いた。
「……私可愛い?」
 いきなり何を聞くのかと訝しんでいると、姉は至極真剣そうに難しい顔をして続けて言う。
「あの人が言ったのよ、こうする姿がたまらなく可愛いって」
 あの人とは、姉が粧し込んで夜な夜な会いに行く、最近ご執心の恋人の事だろうか。
「可愛くない」
 気心知れた姉に遠慮は無用と心得て、感じたままを正直に言う。
「やっぱりそうよね。 でもあの人、楽しそうにしているのを見ると怒るのも忘れて微笑ましくなるなんて言うのよ。 どうかしてると思わない?!」
 姉の恋人はずいぶん変わった感覚の持ち主らしい。
 俺の目からは奇妙にしか映らない姿も、誰かの琴線を擽ることがあるのかと新鮮な驚きを味わう。
「少なくとも俺とは好みが合わないな」
 好きだと言うからには、過去に一度はこういう現場に立ち会っているのだろう。 そして恐らくその相手は姉ではない。 さては昔の女と比べられて腹を立てたかと姉の行動を推測した。 
「普通は合わないわ、こんなの。 合ってたまるかって感じよ! だから言ってやったの “そんなのただの奇行じゃない。 貴方って少し優しすぎるんじゃないかしら” って」
 姉の言葉に頷く。 目の前で繰り広げられている光景を見ると、それは間違っていないように思えた。
 長い髪を垂らし一心不乱にティッシュをばらまき続ける姉の姿は異様の一言につきる。
 俺ならば彼女のこんな一面を知ってしまったら、きっと距離を置くだろう。 その点姉の恋人は器がでかいと言えるのかもしれなかった。
「そしたらあの人なんて言ったと思う? お前には分からないだろうな、ですって!」
「俺にも分からないな……」
 姉の横に降り積もったティッシュを見やって首を傾げた。
 見る角度を変えて可愛さを探してみても、一向に見つからない。 やっているのが姉だからだろうか。
「私、悔しくて悔しくて。 やってみたら分かるかと思ったけど、全然分からないわ! ちっとも楽しくない!」
 その間も姉はティッシュを取り出し続けている。 語気に合わせて激しくなっていく仕草は苛立ち紛れに壁を殴るのにも似て、自棄になっているように見えた。
「もう止せよ。 ティッシュが可哀想だろ」
 段々ティッシュが気の毒になってきた俺は、奇行を続ける姉の腕へ手を伸ばした。
「可哀想ですって? 私の方がよっぽどよ!」
 すると、姉はとうとう最後の一枚となった紙を掴んで、勢いのまま頭上へ放り投げた。
「本当に大切にしなきゃいけない存在はあっちだから、もう会えないなんて、どうして!」
「えっ浮気されてたのか」
 姉がこれだけ荒れている理由がやっとわかった。 
 プライドが高く気が強い姉にとって、浮気された上に振られる屈辱は耐え難いものだっただろう。
 手持ち無沙汰になった手を下ろして、俺は新しい煙草に手を着けた。
「気にすんな、合わない人間だったってだけだろ。 次見つけろよ次」
 事の真相が見え始めた俺は次第に姉の様子に興味を失い、いい加減な慰めの言葉をかけた。
「どうして今更!」
 しかし激情に駆られた姉の耳には届かず、彼女は誰にともなくそう叫んで空になったティッシュ箱をぐしゃりと潰した。
「一番大事なのは私だって言ってたのに!」
「ん?」
 煙草に火を付けかけた手が止まる。 その言葉はまるで姉こそが浮気相手のようだ。 怪しくなってきた雲行きに、俺は些か嫌な予感がした。
「子供は嫌いだから欲しくなかったって、言ってたじゃない……!」
 嫌な予感が的中し、潰された箱とティッシュの海に一層の悲壮感を覚える。
「張り合うだけ虚しいだろ……比べるなよ」
 すると姉は張り詰めていたものが弾けたのか、山になったティッシュに顔を埋めて子供のように泣き出した。
「どうして私を捨てるの……」
 ここには温かく見守る父の眼差しも、泣く姉を慰める母も居ない。
 俺は気休めの言葉を失って、火の付いていない煙草を灰皿へ押し付けた。
浅中
2014年10月19日(日) 02時26分05秒 公開
■この作品の著作権は浅中さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめて投稿します。
語彙や表現の少なさ、段落の取り方、文章の説明臭さが自分の改善点であると思っています。
そのあたりを意識して書いたつもりですが、ご意見やアドバイス等あればお聞かせいただけると嬉しいです。
※少し修正しました

この作品の感想をお寄せください。
No.5  南 洸助  評価:30点  ■2015-03-16 07:39  ID:cfb8N5jS3PQ
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読ませていただきました。
あまり短編は読まない方なので、私的な感想ですが、面白かったです。
ティッシュと煙草。この二つが親に捨てられたであろう姉と弟の怒りや悲しみの捌け口(表現手段?)なのかなと考えちゃいました。親和性も高いかなと。
ただ、二人の設定の開示が最後の方にしかないので、もう少し長くてもいいと個人的には思いました。
No.4  浅中  評価:0点  ■2014-10-30 22:20  ID:g3emUcYnoi6
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お返事が遅くなりすみません。

姉の描写については、改善の必要があると感じます。
そして結論に関して長くなりますが説明させていただきます。
この話は孤児のトラウマをテーマに書いたもので、姉弟は幼い頃両親に捨てられ、孤児院で育ち、その後二人で家を借りて住んでいるという設定があります。
姉が子供の真似をするのも、ただ恋人に振られて自棄になっているだけではなく、愛して欲しい人に捨てられ愛されなかった幼い頃の自分と、愛する人から選ばれて愛を与えられている子供の姿とを比べ合わせて、
こうすれば愛してもらえるのか、愛してもらえたのか、という遣る瀬無い思いがあったからです。
そして彼女はたまらず泣いてしまいますが、その事情を飲み込んだ弟は気持ちが分かるからこそ、姉の姿を見て動揺します。彼からは気の強い女性として写っている姉が泣き出すほどの出来事は、同じく親に捨てられた自分にとっても他人事とは思えなかったためです。
火の付いていない煙草を消すというのは、そんな感情を表現していました。
その他言外に含めた感情も、表に出さない状態で全て見透かしてもらえるなどとは思いませんが、一部分については表現の端々で掴んでもらえることができたらいいなと思って書きました。
しかし、このように説明しなければならないということに関して、己の技量不足を感じています。
今後はもっとイメージを広げてもらいやすいような文章づくりにチャレンジしようと思います。
ご指摘ありがとうございました。
No.3  ローズ  評価:10点  ■2014-10-28 14:41  ID:JRdJZW/4KHM
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八回さんと同意。取れかかってるつけまつげとか、茶髪とか。

あと結論の付け方がちょっとわかりにくいです。
No.2  浅中  評価:--点  ■2014-10-20 19:18  ID:g3emUcYnoi6
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八回様

お返事が遅くなってしまい申し訳ありません。
確かに文章の読みにくさなどを気にして背景や描写を極力少なくしていたので、イメージへの繋がり難さを覚えるかもしれません。
今後はもう少しそのあたりを気にして書いてみようと思います。
ご感想ありがとうございました。

No.1  八回  評価:20点  ■2014-10-19 19:57  ID:myjKqV1Q02w
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読ませてもらいました。習作ということでしょうか。
読み終わってこの作品の魅力がもっと増すには何が必要かと考えたときに、姉の描写だと思いました。
特にティッシュを箱から引き抜く行為、奇行と書いてありますが、今ひとつイメージがつきません。リビングのテーブルに置かれたティッシュ箱から一枚一枚ティッシュを引き抜く、単純にそれだけでしょうか。「一心不乱にティッシュをばらまき続ける」とありますから、ただ単純な引き抜いているだけの図は想像しにくいです。説明臭さを気にしてわざと省いたのかもしれませんが、その奇行ぐあいが分かる説明が一文でいいから欲しかったです。
また姉の帰宅時の服装、化粧などの描写も欲しいと思いました。プライドの高い姉とありますが、それが分かるような外見的特徴の描写があれば、もっとイメージを膨らませて読めたと思います。
読みにくさや文章的にひっかかるような点は特にありませんでした。
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