無音


 音の「はんらん」。
 文字の「はんらん」。
 この世において「静けさ」こそは、最も「きちょう」なもののひとつだろうと思う。

 ぼくは音がこわい。
 とりわけ人のせいかつ音がこわい。
 かぞくの立てるかすかな音でさえこわい。

「きょうみ」のあることに「ぼっとう」しているときだけはそれらを気にせずにいられるけれど、そうでないときはあらゆる音が「くつう」だ。

 それら「よそく」できない音にくらべればまだ、「せんりつ」と「わおん」と「りつどう」からこうせいされる音の方がマシであるので、よくイヤホンやヘッドホンで音楽をきいているが、じつは本当にききたい音楽なんてそうそうない。
 ほかの音をとおざけるためにそれらの音楽を「りよう」しているのであって、だから音楽にすら「へきえき」しはじめている。
 ときおり、「こまく」をやぶってしまおうかと考えることがある。
 それができないのは、自分の「かんせい」にうったえかけてくる音楽や、「こうえん」できこえる「は」のこすれる音、鳥のさえずり、虫の声、そういう美しいものをいっしょに手放してしまうことがおしいからだ。

 文字にもここのところなやまされている。なぜといって、文字を見ずにいられる日がない。文字のわずらわしさをわすれさせてくれるような本にもなかなか出会えない。なにかしら「じょうほう」をえようと思えば、本をよむかインターネットをひらくしかない。
 さすがに目をつぶしてしまおうとかんがえることはない。この世にあるものの形や色にはみれんがあるし、まだ読みたい「ぶんしょう」もある。

 そんなわけでぼくは"せいじゃく"を探して夜な夜な「はいかい」することになったのだ。

 ※ ※ ※

 はじめはとにかくしずかな方をえらんで歩いていった。「じゅうたくがい」はどこもしずかだ。てごろな太さの電柱の下にすわりこんで、ほっと息をついた。

――なんだ、けっこう、すぐに見つかるもんだ。

 じぶんの「へや」にいるよりもこい"せいじゃく"がそこにはあった。「こうきゅう」なワインを楽しむように(ぼくはアルコールはのめないが)目をつぶり、耳でその"せいじゃく"を「たんのう」する。
 2、3日ほどそうして夜をあかした。そうすることがすばらしいバカンスであり、心のなぐさめになった。
 ある夜のこと。
 いつものように自宅の「そば」の「じゅうたくがい」へ足をふみ入れ、気に入った電柱のしたですわりこんだ。そうしている間はどんな言葉も「えいぞう」も「きおく」も、「みらい」も頭の中から消えていく。
 いっしゅん、はだにひりつくような「こどく」が「しんとう」してくるのをこらえれば、ぼくの中にも"せいじゃく"がみちる。

 それにひたっているぼくを、「じゅうだん」がつらぬいた。
 体をかがめてうずくまる。なにがおきたのか「とっさ」には「りかい」することができなかった。それをたしかめようとぼくの目は見ひらかれる、「こまく」ははりつめる。
 目の前に立っていたのは、「がくせいふく」をきた少年たちだった。「かれら」にたいしてなにも、「ひめい」すら上げられずに、ただ「かれら」を「ぎょうし」した。
 ふたたびパァン、と音がする、また、また。
 なんども「だんがん」が体をつらぬいた。
 そのたびに「しし」が「いし」とはかんけいなくはねた。
 「よやみ」にとけこむような色をした「えきたい」が、「どうろ」の上をひたしていく。ずるずる、ずるずる。
 それはどんどん流れだし、町は「けつえき」の「こうずい」になった。

 ※ ※ ※

 「つぎ」に目をつけたのは「はいきょ」だった。
 かつては「りようしゃ」の多かったデパートも、今はくちかけ自然に「せんりょう」されつつあった。
 「けいたいでんわ」の明かりだけをたよりに足をふみ入れると、「ていたい」した空気に「はい」がいやがる。ほこりっぽく、なにやら「すみ色」をした虫もいるようだった。
 それでも広い「くうかん」にひびく自分の「くつおと」は"せいじゃく"をかんじさせた。パーカーのぼうしを前にもってきて、「はな」と口をおおえばたえられる。
 柱のひとつに「せ」をあずけて目をとじた。
"せいじゃく”は「くつう」をわすれさせてくれた。「はい」もだんだん、その「くも」のようなやわらかさに「かんねん」して、おちついてきた。
 人の集まる「ばしょ」にまた人があつまって、こんなすばらしい「ばしょ」がとりのこされる。そのままでいい。どこにも「きんしつ」に人がいたりしたら、それこそぼくの「いばしょ」はなくなってしまう。
 この"せいじゃく"があればなにもいらない。「しょくじ」もいらない。「くうき」だって。このままぼくもくちて「ほね」になってしまったっていい。
「※※※」
よく聞きとれない声がぼくの"せいじゃく"を「だいなし」にした。
 「め」をあけるとぺぬぺぬした「えがお」の「おめん」をつけた「おとな」たちの「しゅうだん」が、こちらへおしかけてくるところだった。みんなおなじ「おめん」をしている。
「すーつ」の「むれ」。すごくふとっているひとや、すごくやせているひと。
「※※※」
「※※※※」
 みんな何かをいっているけれど、あまりいっせいに言うからよくきこえなかった。みんながかぶっている「おめん」を「ぜんぶ」はぎとってやりたくなった。
 こちらにむかってくる「おめん」たちのほうへ、ぼくは「ゆうき」をふりしぼってたちむかった。そして、
「せんとう」にいたひとの「おめん」にとびついて、それをひきはがしてやろうとした。
 でもできなかった。その「おめん」は、「せっちゃくざい」で「かお」につけられていたのだ。
 そんなことをしたら、「いっしょう」「おめん」をはがせなくなってしまうじゃないか。
「きょうがく」して「ちから」のぬけたぼくに、「おめん」のひとびとはいっせいにおそいかかってきた。
 みんないっしみだれぬうごきだった。ぼくはなんだか、その「おめん」がうらやましくなった。
 「ひとなみ」におぼれて「いき」ができなくなった。みんないったい、あの「おめん」を「いつ」「どこで」かったのだろう。ぼくもどこかであの「おめん」をかえただろうか。
「※※※※」
「※※※※※」
なにを言っているのかとにかくうるさくてひっしでみみをふさいだ。
「ひめい」をあげたぼくを、「おめん」のおとなたちは「はいきょ」からそとにほうりだした。

 ぼくは「どざえもん」だった。

 ※ ※ ※

「かみさまのごかご」をかんじたことはない。
 でもいろんな「ほん」にかいてある。そしてそれはとても「すばらしい」らしい。
 そんなに「すばらしい」なら"せいじゃく"もそこにあるはずだとおもって、ぼくはそれにすがることにした。
「じたく」のちかくの「こやま」の「じんじゃ」にいって、そこにある「とびら」をあけて「なか」にはいった。
"せいじゃく"があった。
「じかん」もきえた。
「ばしょ」もきえた。

 けれどこんどは「かみさま」がじゃまをしにきた。
「こんなところでなにをしているんですか?」
「かみさま」がきいてきた。
「"せいじゃく"があります」
ぼくはこたえた。
「なにをしているのか、ときいているんです」
「かみさま」がまたぼくにきいた。
「"せいじゃく"といっしょにあるのです」
「かみさま」はくびをかしげた。
「なにか、こまったことがあるなら「そうだん」にのりましょう。でも、ずっとこんなところにいてはいけません」
「かみさま」がなにをいっているのか、ぼくにはよくわからなかった。なにもこまったことなんてない。ここにいれば"せいじゃく"があるんだから、ぼくにはそれでじゅうぶんだった。
 とつぜん、「かみさま」は「はんにゃ」の「おめん」をつけてぼくの「うで」をちぎった。
「あし」をちぎった。
「かみ」をむりやりひきぬいた。
「お前のような分からず屋はこうしてやるぞ、え、こうしてやるぞ」
ぼくはこわくて、わんわんと「こども」みたいに泣きながらそこから逃げ出した。

 どうやら、「かみさま」もぼくが「きらい」みたいだった。心にうかんできたその「ことば」に、ぼくは「ぜつぼう」した。

 ※ ※ ※

「うれしい」ってどういうことだろう?
「たのしい」ってどういうことだろう?
 ぼくにはよくわからない。
 みんないろんなときに「うれしい」っていう。「たのしい」っていう。でもそういうときに「うれしいということ」がぼくのもとにやってきたことはないとおもう。「かみさま」といっしょで、それがやってくるひととやってこないひとがいるんだとおもう。
 ぼくにはやってこない。なんだかずるいとおもうけど、でもいいんだ。ぼくには"せいじゃく"があるんだから。
"せいじゃく"があるときはそう思えた。

"せいじゃく"があったのに。
"せいじゃく"だけが、あったのに。

 ぼくはあるきつづけた。どこをあるいているのかわからなくなるようにあるきつづけた。
 ぼくはあるきつづけた。どれくらいあるいてきたのかわからなくなるようにあるきつづけた。
 それはすこし"せいじゃく"とにていたけど、いまではよりいっそう、音がこうずいになってあたりにみちていた。
 なんだか「からだ」がおもい。「きぶん」がおもい。「そら」が「なまりいろ」をしてぼくの「せ」にのしかかっているみたいだった。
 かすかにぼくのなかにあった「きれい」なものたちがそれにぷちぷちとつぶされて「おと」をたてた。その「おと」がきこえるたびにぼくは「からだ」をふるわせてなきたくなった。
「まえ」よりずっと、「じめん」がちかくにかんじられた。
 あるいているのにどこにもいけない。あるいているのにじかんがうごかない。なにもかもが「はこにわ」みたいで、「きみょう」な「おそれ」でいまにも「あし」をとめてしまいそうだった。
 この「はこにわ」をつくったのは「だれ」だろう? その「だれか」がぼくから"せいじゃく"をうばっているんだろうか。それが「かみさま」なのかもしれなかった。

 とおりかかった「ごみおきば」に、「アイスピック」がすててあるのがめにはいった。ぼくはそれをひろって、「あること」をかんがえながらまたしばらくあるいた。
 ぎりぎり、がんがん、どわん、どわん、どわん……。
 もうきれいな「おと」はどこにもない。「くにじゅう」どこも「こうじげんば」みたいだ。いつもどこでも「ショベルカー」が「ビル」をこわしているみたいだ。

「アイスピック」をにぎって。
 その「先端」を、耳の「あな」に向けた。ひとつ大きく「いき」をすって、手に力を込めた。

 轟々と降り続ける雨に打たれていた。どこか郊外の道の途中で、近くにはプラタナスの木を囲むようにしてベンチが据えられていた。
 そのベンチの一角に女の人がひとり座っていた。こんなに雨が降っているのに傘も差さないで、身体が雨に濡れるに任せて顔を俯けていた。
 顔を上げた女性と目が合う。雨ではっきりと見えた訳ではないけれど、ぼくはその女性が泣いていたのだと思った。
 なのに、その女性はぼくと目が合うとほほえみを浮かべた。多分、ぼくも傘を差していなかったからだと思った。

 アイスピックを握った手を下ろして、ぼくもほほえんだ。

 ※ ※ ※

 どうしてもっとはやくきがつかなかったんだろう。
 音が「はんらん」しているのはぼくの「そとがわ」じゃない。「うちがわ」だったんだ。
 音や文字を「うちがわ」にとじこめて、ずっととじこめているうちに、それがあふれだしてしまっていたんだろう。
 音と文字を、外にだしてやらなけりゃ。そうすりゃどこにいたってきっと、ぼくは"せいじゃく"とともにいられる。
 音と文字を「へんかん」して、ぼくはそれを「かたち」にした。その「へんかんこうどう」をとっている間、ぼくの「うちがわ」にあいた「すきま」にすこしずつ"せいじゃく”がみちていくのが分かった。
「えんぴつ」と「かみ」だけあればそれは「かんたん」なことだった。外に出してやった「かたち」は自由になれてうれしそうだった。

 「あしさき」がすーすーすると思って見てみると、「指先」から「くうき」にほどけていっていた。「みずうみ」にたちこめる「きり」のように、それはしばらくただよって、「そら」をのぼって「くも」に「ごうりゅう」していった。

 ぼくはもうすぐ「ぜんしん」が「くも」になるかもしれない。
 そうしたらきっと、いろんなひとがうかべるほほえみに、もっときがつけ

辰巻
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2014年10月16日(木) 20時47分47秒 公開
■この作品の著作権は辰巻さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
読みづらい作品だとは自覚しています。読み切って下さっただけでもありがたいです。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  辰巻  評価:0点  ■2014-10-19 20:50  ID:ULN/hIWlPbo
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 感想下さりありがとうございました。

>>八回さん
 『ペルソナ』というゲームがあって、人は誰でも心に仮面をつけているのだという説を聞いたことがあります。この主人公は、その仮面を持っていないのかもしれません。

>>ローズさん
 少し意識したところはあるかもしれません。なかなか、うまく書き出すのは難しいです。
No.3  ローズ  評価:30点  ■2014-10-18 21:16  ID:JRdJZW/4KHM
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???
自閉症などの障害を持った人から見た世界でしょうか?
No.2  無花果  評価:30点  ■2014-10-17 07:52  ID:L6TukelU0BA
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拝読いたしました。
(感想らしい感想はかけませんがご了承ください…)

なんというか、私は彼が彼の世界を理解するのはちょっと難しいなあと思いました。
かみさまが手足をちぎるシーンやアイスピックを利用するシーンが痛々しくて、うわあ、となりました。

内容が面白いというか、雰囲気が好みなので、読んでいて読みにくさは感じませんでしたが、ところどころでてくる漢字には何か意図があって漢字にしてるのかな?と思いました。

自分の思ったことつらつらかいただけなのでスルーしていただけるとありがたいです…
No.1  八回  評価:30点  ■2014-10-16 21:25  ID:myjKqV1Q02w
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読ませてもらいました。
読みづらさは最初だけでした。独特の世界観が漂っているような感じがして、そこに足先だけ少し浸れたような気がします。
一ヶ所だけ浮いて見えたのが、「おめん」の「おとな」が襲いかかってきて「おめん」を羨ましく思うという部分です。ここだけ理解で来ませんでした。
締めというか、落としどころも良かったと思います。
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