貴方の愛し方
「貴方のお父さんが大好きなの。愛しているの。そばにいたいの、ねえわかる?ねえ、貴方がいなければよかったのに」
 そういった彼女の目は狂気をはらむでもなく、怒りもなく、悲しみも含まれていなかったように思う。ただただ、そうであればよかったのに、という切望。その表情は優しげですらあった。
 ままならない現実に途方にくれる子供のようないとけなさ。ああ、この人の望みを叶えてあげることが出来ないことが悲しい。
「あの人はね、貴女のことを愛しているの。わかっていたのよ。だけどね、悔しいの。あなたはあの人の一番なの。わたしじゃないの。わたしのことをあいしているより、あの人は貴女を愛しているの」
 まばだきすらなく淡々と私を見つめるその瞳が揺らぐのが不安で、かすれたような不快な声しか、出なかったけれど、その人を呼んだ。
「お義母さん」
「お義母さん、おかあさん、そんなふうによばないで、わたしはあなたのおかあさんになりたくてなったんじゃないの、あの人を愛していただけなの、ねえ、分かって。わかって。後生だから、ねえ、お願い」
「分かってあげられないです。お義母さん、あなたは、ずっと、わたしのおかあさんだった。貴女は優しい母で、ずっとわたしをいつくしんでくれたんです」
「いいえ、ちがうわ、あなたはあの人の一番だから、あの人に優しくされたくて私は貴女に優しくしたの、愛しているふりをしていたの。それだけなのだわ。それを理解して頂戴」
 私を傷つけたくていう彼女の言葉は鋭利に見えてその実私の心を撫でていくだけで、少しも傷つけることはない。
 その証拠に彼女の腕を抑える私の手は少しも揺らいだりしない。
「それでもあなたは私のおかあさんなんです。生みの母は違っても、おとなになって社会に出るまでずっと私を育ててくれた。あなたは私の母なのです。その気持は生涯変わることはないでしょう。私はあなたにころされたとしても、きっとあなたを恨むことは無いと思います」
「なんてこと、なんということをいうの。なんて馬鹿な子なの?あなたって人は。だからあなたはキライなの。あの人とちっとも似てやしない。あの人はね、とても正しい人だったの。間違いのないひとだったの。それなのにあなたはそうやって過ちばかりをおかすの。今もそう。どうしてなの?あなたさえいなければ、わたしは」
「それは、あなたが間違っていると思うからですよ。私は私の正しさを遂行するべくここにいるのです」
「お願いよ。消えて頂戴。私の前から消えて頂戴。あの人を愛してるだけなのに。どうしてそれが分からないの、あなたがじゃま、じゃまなの、てをはなして!私を、わたしを……!」
 
わたしをしなせてください、なんて。叶えられるわけ無いでしょう?

薄暗い仏壇の前。通夜も葬儀もようやく終えた。あれほど父を溺愛していた母が、取り乱しもせず人形のように全てをつつがなく終えたのは、きっとそのためだったのだろう。
それを遮る私はなんて非道な、親不孝なこどもなのだろう。
 病気の床の父は言った。あいつは後追いをするかもしれないなあ。
「そんな馬鹿なことさせないよ」
 答えた私に、父は複雑な笑みを浮かべて何も言わなかった。父も母を愛していたから。一人は寂しかったのかもしれない。
 二人の望みがそれならば、わたしの行為はエゴでしか無い。
 堰が切れたかのように、火がついたように、母は泣いた。
「あなたのそばにいれないわたしに、なんのかちがあるの?ねえ、お願いよ、お願いよ、助けて、苦しい。ああああああ、ああああああああ!!」
 ―――彼女は、私を恨むだろう。

 長い夜が明けようとしていた。
「ねえ……」 
 泣きつかれて眠っているかと思っていた彼女からかすれた声をかけられる。
「あなたは、わたしのために、わたしをいかしたのだわ。わかっているの。ははおやだもの」
 年にしては美しい人だったが、腫れぼったい目が疲れを感じさせた。
「でもね、もう、わからないわ。わたしはどうしたらいいのかしら?」
 私は、途方に暮れてしまう。
「いきているのは、しあわせだとおもっていたの。だけど、あのひとがしあわせにしてくれていただけなのね。生きていくことは、地獄だわ」
 それでも彼女の独白は続く。

「ねえ、あなた、私はこれから」


―――あなたをうまく、愛せるかしら……?
眼鏡さん
2014年01月08日(水) 23時57分13秒 公開
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No.1  昼野陽平  評価:0点  ■2014-01-10 16:20  ID:NnWlvWxY886
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