トモちゃん
「お前は何をやっても駄目だよ。」「お前には出来ない」

また、あの声が聴こえる。
残り20キロの看板が見える頃だった。
練習中に挫いた左足の痛みがカムバックしてきた。
それはすぐに激痛へと早変わりする。

何をやっても続かず、高校を卒業した後にCG、映像の専門学校へ行くも一年でリタイア。
バイトも半年足らずで辞め、何をやっても途中で投げ出す半端な男だ。
いつしか僕の心に住み着いた何かは僕の耳元で囁く。

「お前何をやっても駄目だよ」
「出来損ない」「クズ」

「お前は生きる意味無し、価値無し、資格無し」

最後の言葉は実際に言われた言葉だ。
その言葉を最後にその言葉を発した先生を殴り、退学となった。

そうさ、その通り。
俺は生きる価値無いクズだ。

「そんなことないよ。それは嘘だよ。たっちゃんは本当は誰よりも価値あるんだよ。」
自暴自棄になる僕に対してトモちゃんはいつもそう言ってくれる。
仕事もせずにフラフラとしていた僕にトモちゃんはあるチラシを持ってきた。
「こんなの、どうかな?」
地元で開かれるフルマラソン大会のチラシだった。

「トモちゃん、バカだなあ。そんなの意味無いよ」

僕はそっけなく答えて寝っころがりタバコに火を付けようとした。
トモちゃんはライターを取り上げ、投げつけて叫んだ。
「そんなことないよ!意味あるもん!たっちゃんがやれば出来るってこと、みんなと自分に証明するんだよ!何よりも意味あるよ!何よりも大切だよ!」
そう言いながらトモちゃんはしゃっくり混じりに泣き始めた。

僕は慌てて立ち上がり、伏せて手で覆ったトモちゃんの顔を覗きこみながら弁明する。
「分かった、トモちゃん、分かったよ、俺、出るよ。俺証明するから。そんでから仕事探して美味しい御飯連れてってあげるから。な?」

トモちゃんは涙を手でふいてしゃっくり混じりに答える。
「うん、そいで美味しいお寿司連れていってね。」

大変だ。寿司も大変だけど、フルマラソンはそれの百倍大変だ。
なんてったって運動嫌いだし、ニートで喫煙者なんだから体力なんてある訳無い。

また変な約束をしてしまった。
トモちゃんはきっと、自分がコーチになったかのようにヤル気のはずだ。

案の定、次の日朝五時に起こされた。
「たっちゃん起きるよ!大会まで後2ヶ月しかないんだよ!」

電気を付けて僕の布団を剥いで叫ぶトモちゃん。
「トモちゃん。。七時半に出ないといけないだろう?時間無いし大変だよ。。トモちゃん会社帰ってきてからにしようよ。」

トモちゃんは僕の上半身を力任せに肩で押して起き上がらせる。
「そんなこといってたっちゃん夜になったら夜遅いから明日って言うでしょ!いいから走るの!2ヶ月の辛抱!」

しょうがない。2ヶ月トモちゃんの茶番劇に付き合おう。
どうせ意気地無しの俺がフルマラソンなんて完走出来るわけない。

そんな気持ちだった。
トモちゃんの機嫌取りのためにエントリーしただけだった。
足がもつれそうになりながら今にも前のめりに倒れこみそうになりながら、後ろからトモちゃんは自転車でついてくる。
「たっちゃん!後五キロだよ!たっちゃんなら出来る!たっちゃんは全力を出せる!」

「トモちゃん、もう全力出し切ったよ。もう残りカスでなんとか動いてるんだよ。」
その通りかのごとく、腕をだらんとし、前のめりになる。
いや実際にその通りだ。

しかしそんな僕を裏目にトモちゃんは叫ぶ。
「それは嘘!たっちゃんはまだ本気だしてない!たっちゃん!人生いま本気ださないなら一生本気出さないよ!明日やるなんて嘘!あたしはダイエット明日やるって言ってた時期はずっと体重変わらなかった!」

もっともだ。しかし僕は今やりたくない。
疲れてるんだよ僕は。

昔から、人より出来なかった。
勉強も、頑張ってもテストの結果は平均以下だった。
運動神経も悪い。体育の時間は自らピエロとなり、人を笑かせ、決して自分の力は出さなかった。

僕の唯一の趣味はプローモーションビデオなどのショートムービーを創ること。
しかし僕の創る映像は、斬新過ぎて、とても奇妙でそういう世界が分かる人には分かるが認められるには難しいシロモノだった。

専門学校では先生と生徒の前で自分の映像作品を観せる時間があった。
そして先生達に評価を下される。
僕が下される評価はこれだ。
「趣旨と異なる」「アートチックに創りすぎ。自分の世界に酔っている」
「独創的過ぎてついていけない」「万人ウケはしない」
ごもっとな意見である。僕を否定する。
そして生徒は生徒でこう陰で言う。
「あいつの作品本当に意味分かんないね。気持ち悪い」
僕を否定する。

しかしそんな僕の作品を行きつけのダーツバーで知りあったトモちゃんは「全然意味分からないけどたっちゃんは凄い。たっちゃんは自分の世界持ってるから凄い。かっこいい」
と最高の褒め言葉を与えてくれた。
マニアックな僕の知人は凄い作品だと言ってくれ人もいる。
しかしトモちゃんだけは専門学校のやつらとも知人とも違う。
トモちゃんは僕自身を、僕という存在を唯一認めてくれた特別な、特別な女性だ。

だけど、僕は疲れたよトモちゃん。
僕は結局駄目なんだ。
僕の作品も、僕自身もみんなは価値無いってさ。
そう嘆く僕にトモちゃんは怒って言う。
「そんなことないそんなことない、たっちゃんはいつかみんなに認められて凄い人になる」って。

「たっちゃん凄いよ!タイムも上がってきてるし、最初みたいに死にそうな顔してないし!だから言ったでしょ。やれば出来るんだって」

「トモちゃん、まだやってないさ。本番まで後1ヶ月。俺も最初ヤル気無かったけど強制的に走らされてるうちにタイムも上がってきたし気持ち良くなってきたよ。」


僕も昔はそこまでネガティブでは無かった。
しかし、唯一自信のあった物を否定され続け、唯一の砦が崩壊してからは駄目になった。

仕事を辞め、酒に酔っては喧嘩をし、喧嘩をしては酒を飲み、彼女のヒモになる始末。
僕が夢を捨てた姿にトモちゃんはショックを隠しきれなかった。
トモちゃんはなんとしても、あの夢を見ながら夢に向かって突っ走る「たっちゃん」に戻って欲しかった。
マラソン大会を完走したぐらいで本当に変わるかも分からないだろう。

それはそのチラシを見た時の咄嗟の思いつきだろう。
しかし、どうすれば分からないトモちゃんはそれに賭けた。

トモちゃんはいつもポジティブだ。
マラソン大会三週間前に足を挫いたアクシデントの時もそうだった。
「もう駄目だな。いつもこうやって後ちょっとのところでドジを踏むんだよな。」
ぼやく僕にトモちゃんは反論する。
「まだ終わってないでしょ。たっちゃんはいつも終わってないのに諦める。ていうか諦めるって終わってないのに途中で止めたことを言うんだよ。生きてるでしょ!息してるでしょ!大会まだ始まってもないでしょ!」

最もだ。もっともである。
あるパンクロックバンドの歌のフレーズが頭の中でコダマする。
「諦めるなんて死ぬまで無いから」

マラソン大会までの二週間はトレーニングを中止した。

「たっちゃん」
「ん?」
電気を消した後二人、横になったままともちゃんが静かに喋る。
「あたしね、良く想像するんだ。たっちゃんがマラソン大会やり終わった後、ニート卒業して、なんでもいいから映像製作系の会社にバイトでいいから入って、マラソン大会で自信ついたたっちゃんは人付き合いもスムーズになり、仕事も毎日一生懸命になって、会社で認められて就職するの。そんであたしと結婚して、子供が三人出来るの。いつかたっちゃんの映像作品が認められて世に出るの。そしてたっちゃんはフラッシュをいっぱい焚かれてその後家に帰って来るの。そんであたしが言うの。ほらね、あたしが言ったとおりでしょ。たっちゃんは凄いって。いつか認められるって」

おそらく目を輝かせながら喋るトモちゃんを横目に僕は鼻で笑う。

トモちゃんは僕の手をぎゅっと握り、僕に体をよせて、僕の眼を観ながら真剣な眼差しで言った。
「たっちゃん、想像して。嘘でもいいから、想像して」

僕は言われるがままに想像した。
しばらくして、僕の頬に涙が伝わった。

「たっちゃん、どう?凄いでしょ?」

「本当だ、凄い。ザマーミロ」
「誰が?」
「俺を、否定したやつら」

僕は涙で溢れ、トモちゃんの胸に顔を埋めてずっと泣いた。

「でも、マラソン完走出来なかったらその話どうなるんだい?」
少し泣き止んだ僕が答える。

トモちゃんは凛とした顔で答える。
「たっちゃん、あたしマラソン完走したらニート卒業なんて言った?」
「やり終えたらって言ったんだよ」
「完走でも、終わった、でもない。「やり終えたら」だよ。」

トモちゃんは、凄い。僕の何倍も。何百倍も。

俺は出来る、出来るんだ。
そう信じこみ、このマラソン大会に挑んだ。

しかし、トラブルが重なる。
このマラソン大会がここまで上がり下りのアップダウンが激しいとは。
緩やかな坂道は僕の体力を一気に奪ってくる。
僕とトモちゃんは抜けている。
普通は大会コースを把握して練習して大会に挑むもんだ。

そのうえ途中で雨が降ってきた。
体が冷え、体力が余計消耗される。
あろうことが残り約半分と言うところで左足が傷みを訴えだした。
ゴール地点で手を合わせているトモちゃんの顔が目に浮かぶ。
(なぁ、お前にはやっぱり無理なんだよ)
「そうかなぁ。」
(そうだよ)
「いや、信じない」
左足を地面に着地するたんびに、激痛が走る。
そのため左足を上げないで走るこにした。ズルズルと走る。
このマラソン大会は6時間30分までにゴールを完走しないと完走賞を貰えない。
順位も時間も関係無い。ただ僕は完走したという証が欲しい。
35㌔地点では、練習の時に言った通りに既に残りカスしか残っていない気がする。
既に走れなくなり左足を引きずりながら歩いている。
ここまで、何度となくあの声と戦ってきた。
意識朦朧の中、やつがまた語りかけてきた。
もう無理だよ。そのへんでいいよ
もう限界だろう。それだけやったらトモちゃんも褒めてくれるさ
やっぱり無理だったんだよ。
「やっぱそうかなあ。そうだよなあ。」
そうだよ。止まれ。


「お前には生きる価値無し、意味無し、資格無し」
椅子にどかっと座りそう言い放つ、あたかもそうだといわんばかりの蔑んだ顔の先生の顔がフラッシュバックする。

僕はその瞬間、立ち止まった。


「そんなことない!!たっちゃんは凄い!!!」

立ち止まった瞬間にトモちゃんの張り裂けんばかりの声が聴こえた気がし、体がビクっとなった。

そして背中を押されたようにすぐに走りだした。
足の痛みが消えた。疲れが吹き飛ぶ。
気付ば僕は全力疾走をしていた。
周りのランナーをごぼう抜きをする。みんな後ろから全力疾走をしてF1のごとく走り去る僕に唖然としている。
ランナーズハイってやつかな。
やっぱりトモちゃんが最後に背中を押してくれた。

残り3キロの看板が見える。そんなこと、お構いなしだ。

残り1キロでトラックに差しかかった。
どでかいアーチのゴールが見える。

相変わらず僕は全力疾走だ。
ゴールの真ん前はランナーを今か今かと待ち構える人と、完走して力尽きてる人でいっぱいだ。

トモちゃんは何処だ。トモちゃんが見えない。
「たっちゃん!!」
トモちゃんの張り裂けんばかりの声と同時にゴールの前の人だかりがビクッとなり海を割ったようにゴール前が二つに割れる。

全力疾走をする僕を見て、トモちゃんは目を丸くしてキョトンとする。
そりゃそうだ。普通想像するのは死にそうになりながらヨタヨタ走りながらゴールを目指す僕だ。
この光景は想像力豊かなトモちゃんでさえ想像出来なかったみたいだ。

そして僕は全力疾走のまま完走をした。
タイムは6時間17分42秒。ギリギリのタイムであった。

僕は完走したのだ。
誰が?この僕が。


僕の中の、全ての不可能が消えた。


僕には全てが可能なんだ。



泣きじゃくる小柄な、いつも小さいがいつもより小さなトモちゃんの肩を抱きしめ、肩で息をしながら途切れ途切れに言う。

「トモちゃん、俺明日からバイト探すよ。出来たら映像系。でも皿洗いでもなんでもする。そんで、ショートムービー作品のコンテスト応募したり、色々する。順番はちょっと違うけどバイト決まったらお金を貯めて婚約指輪買って結婚しようってプロポーズする。そんで、子供二人、造ろう。その後のフラッシュをバンバン焚かれたりするのはオマケみたいなもんさ。無くてもあってもいいよ。でも俺はもう諦めないよ。生きてるからね。」
トモちゃんは僕の胸にうずくまったまましゃっくり混じりに答える。

「たっちゃん、子供は三人がいいよ。後、美味しいお寿司も忘れないでね。一番初めに約束したでしょ。」

知らずに、周りに僕たちを囲んで人だかりが出来ていた。
そりゃそうだ。ゴール前で人の波が割れるほど叫んだトモちゃんと全力疾走でゴールした僕の二人が抱きあってるんだ。
圧倒的にドラマチックじゃないか。
このドラマチックな僕とトモちゃんによるマラソン大会物語のエンディングさえも想像力豊かなトモちゃんも想像出来なかったろう。

「いいぞ!感動した!」
わっという歓声とともに拍手が沸き上がる。

雨上がりの美しい夕焼けはこのストーリーの幕を閉じるのには最高のベストショットとなった。



「完」
せがみ
2013年08月18日(日) 17時22分41秒 公開
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No.2  せがみ  評価:0点  ■2013-08-20 22:44  ID:L6TukelU0BA
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感想ありがとうございます。
みなさんに比べて文章が稚拙な気がして恥ずかしかったのですが。
評価貰えて嬉しいです。
No.1  最大限大輔  評価:30点  ■2013-08-18 22:59  ID:iTSlrGY1bNY
PASS 編集 削除
気持ちいい物語でした。
夢に敗れた男と、男の夢を応援する女・・・。
マラソンを完走して初めて、夢を追い続ける勇気を持った男の再起のストーリーでした。
ごちそうさま。
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