今日を生きる
 今日の夕飯は絶対にレバニラだ。
 僕は退屈な大学の講義を聴きながら固く決意した。今からこの満たされない大学生活を充実したものに変えてみせる。そのために、まずはレバニラだ。自分の食べたい物を食べ、渇きを潤す。 
 長ったらしい講義が終わり、友人に別れを告げ大学を後にした。
 山に沈みかけた夕陽が辺りを温かいオレンジに染め、空を飛び交うカラスの合唱が1日の終わりを知らせる。
 レポートと課題に追われ、お昼ご飯にありつくことができなかったのでお腹はペコペコだ。自転車にまたがり、坂を下り、大学の近くのスーパーに到着。
 もやし、ニラ、ニンニクを軽快にカゴへ入れ精肉コーナーへ、さてレバーはどこだ。しかし、今日に限って隅から隅を探してもレバーは見つからない。
 かろうじて鶏レバーは見つかったがレバニラといえば牛か豚レバーだ。今日は決して鶏レバーでレバニラは作らない! そこは断じて譲れない、たとえ、総理大臣、アメリカ大統領、はたまた宇宙人に懇願されても僕の気持ちは変わることはないだろう。
 僕は野菜だけ購入し、主役不在のビニール袋を引っ提げて店を出た。なにもスーパーはここだけではない、辺境の町だがスーパーはもう一つあるらしい。辺境の町のさらに郊外にあるため一度も訪れたことはないが、場所は友達から聞いたことがある。
 僕は自転車をこぎながら妄想した。外はカリッカリ、中はトロリとジューシーなレバーをシャキシャキの野菜とともに口に頬張り、さらにアツアツのご飯を押し込む。濃厚なソースが口いっぱいに広がり、レバーの独特の香り、歯切れのよい野菜がとろけるような旋律を奏でる。
 僕はあふれ出す生唾を飲み込みながらペダルを漕ぐ足にグッと力を込めた。
 40分後、最後の砦に到着した。先ほどのスーパーと比べて恐ろしくこじんまりして、あちこち錆びついた外装は僕を不安の渦に陥れた。ここになければレバニラを食べることはできない。いや、ネガティブなことは言うな、きっとここにあるはずだ。僕は自分を必死に鼓舞し、この弱々しい砦に足を踏み入れた。
 外装とは裏腹に中はこぎれいで、狭い店内に隙間なく商品が陳列され、奥の厨房で作っている惣菜の香りが店内にわずかに漂っていた。意外ときれいじゃないか、僕は軽く胸をなでおろし、焦る気持ちを抑えながら精肉コーナーに駆け出した。
 そして、祈る思いで並べられた肉に視点を走らせた。
 ……な、無い。僕は失意のどん底に蹴落とされ、全身の力が抜けその場に膝をついた。なんと世知辛い世の中だろうか、受験に失敗し、こんな辺鄙な山奥の大学にくることになった。幸い友人には恵まれたが気持は充ち足りることはなかった。とにかく1日を充実させようと奮起した矢先にこれだ。神は僕にレバニラすら作ることを許してくれないのか。満ち足りた日々を送ることも許さないのだろうか。
 ――――帰ろう。しょんぼりしたまま顔をあげたその刹那、はっと息をのんだ。積まれた肉の容器の奥、しゃがんでよく見ないとわからない場所に赤黒く光る肉塊が、ま、まさか! 無我夢中で容器をかき分けそれを掴んだ。 容器には豚レバーという最強の呪文が書かれていた。
「あったどー!」
 僕は容器を高らかに掲げ、我を忘れ勝利の雄たけびを上げた。なんなんだこの達成感は。
 僕の雄たけびは店にいる人に聞かれたかも知れない、いや、確実に聞かれただろう、あんな大声で叫んだのだから、しかし、そんなことはどうでもいい。今、僕は全力で今日を生きている。この殺伐とした現代社会で本当に今日を生きている人がどれだけいようか。楽な方へと逃れ、なんとなく生きている人達に決してこの気持は味わえまい。僕は優越感に浸り陶酔感に包まれ絶頂を迎えた。
「……山田君?」
 背中の後ろで僕を呼ぶ声がして、ぱっと振り向く。
「きょ……京子ちゃん」
 京子ちゃんは僕が密かに好意を寄せている同じ学科の女の子だ。
 ――しまった。見られてしまった。僕は顔を赤熱したマグマのように染めて、冷たい金属のように硬直してしまった。
「あ! それ豚レバーじゃん」
 京子ちゃんがグイッと近づいてきて僕が手に持った容器を見て言った。甘酸っぱいオレンジの香りがする。僕の心臓は激しく揺さぶられ、一瞬気が遠くなった。
 どうやら京子ちゃんも僕と同じようにレバーを求めてこのスーパーにたどり着いたらしい。
 しかし、レバーは一つしかない
「う〜ん山田君、レバーってそれだけしかないよね。……残念だなぁ」
 京子ちゃんが上目づかいで僕をじっと見つめていた。かわいい。パッチリした瞳には星々が燦然と輝き僕の心の一番弱い部分目掛けてきらめく星を連射する。僕は迎撃する間もなく心を射抜かれてしまった。
「どうぞ」
「いいの?」
「ま、まあレバニラはいつでも食べられるから」
「ありがとう山田君、じゃあこれあげるね。さっき大学の近くのスーパーでとりあえず買っといた鶏レバー」
 京子ちゃんの顔がほころぶ、ああ、気持がすき通る。体に巻きついた重い金属が一気に飛び散り、宙を舞わんばかりに体が軽くなる。こうして好きな女の子とお話できたのは1日を充実したものにしようとする努力の結果かもしれない。レバーはそのきっかけに過ぎなかった。
 僕と京子ちゃんは一緒に店を出て、暗くなった夜道を談笑しながら帰り、途中で別れた。
 田舎の夜は早く、ほとんどのお店はすでにシャッターを閉めてしまっている。春の夜風は依然冷たく、火照った体を程よくなでてくれた。
 今日は鶏レバーでレバニラを作る。僕の強固だったはずの決意は一人の女の子に打ち砕かれてしまった。しかし、嘲笑われてもいい。首相でも大統領でも宇宙人でもない、好きな女の子の一言の方がはるかに心を打つのだ。
 これからの大学生活にささやかな望みが見えた気がした。僕は自然とゆるむ顔を抑えることができないまま家路をたどった。
乱れ男道
2013年05月02日(木) 03時29分44秒 公開
■この作品の著作権は乱れ男道さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
生まれて初めて書いた小説らしきものです。色々アドバイスよろしくお願いします。

この作品の感想をお寄せください。
No.8  乱れ男道  評価:0点  ■2013-05-18 22:33  ID:lN4s2IGtZD.
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お さんこんにちは
感想ありがとうございます。
よくよく考えたらレバニラのレバーは外はカリカリでは無かったです(笑)
ヒロインですが唐突に出てきてしまいましたね。伏線を張るべきでした。
もっと色々な女性を書けるように頑張ります。

感想ありがとうございました。
No.7  乱れ男道  評価:0点  ■2013-05-18 22:23  ID:lN4s2IGtZD.
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山田花子アンダーグラウンドさんこんにちは
遅くなってすみません。感想ありがとうございます。

実は僕も大学滑ったんですよ(笑)
そんな経験を元に今回書いてみました。

感想ありがとうございました。
No.6  お  評価:30点  ■2013-05-13 15:37  ID:wxwaeJFv2JA
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どうもです。
>外はカリ……
レバーてそんな食いもんだったかな……? とりあえず、レバーは焼きより生だよなぁ、くそぅ厚労省め! とか、どうでも良いですね。
まぁ、良いんじゃないですかね、ぼのぼのとして。お姉ちゃんの魅力的がもっと示されてるとなお良いかな。むちむちエロスとか、清楚系エロとか。
まぁ、この娘、レバーなんか喰って何するつもりなんだろうね。単に貧血気味なだけ……かな?
No.5  山田花子アンダーグラウンド  評価:40点  ■2013-05-12 02:30  ID:XbOYgbixTsE
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僕も大学生、しかも僕も志望校に落ちてしまって。
まとまった内容の作品で読み易くて良いなと思いました。
No.4  乱れ男道  評価:0点  ■2013-05-03 05:53  ID:M5QsyOzFGqA
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gokuiさんこんにちは
感想ありがとうございます。

>生まれて初めて書いた小説とは思えない、安定感のある作品でした。大風呂敷を広げずに身近な短編向きの題材を取り上げたのが成功ですね。

○ありがとうございます。プロットとか考えずに行き当たりばったりで書いた割に何とかまとまったと思います。

>京子ちゃんが突然現れるところは、もう少し工夫が欲しいですね。序盤の方でさりげなく京子ちゃんに触れて、伏線を作っておくと面白かったかも。

○確かにヒロインの登場が唐突すぎますね。事前に伏線を張るべきでした。物語の構成等しっかり勉強していかないといけませんね。

今後の参考にさせていただきます。感想ありがとうございました
No.3  乱れ男道  評価:0点  ■2013-05-03 05:19  ID:M5QsyOzFGqA
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卯月 燐太郎さんこんにちは
感想ありがとうございます。

>>NHK連続テレビ小説「あまちゃん」<
いいですね、観ていて心がほんわかとしてきます

○すみませんアパートにテレビがないので「あまちゃん」を見えません。監督がクドカンなので面白いだろうなと思っていたらやっぱりネットでは結構評判いいみたいですね。

良い点と問題点を分けて箇条書きに書いてくださったので非常にわかりやすくて助かります。

●「今日を生きる」というタイトルがいまいちでした。
○ズバッとマッチするタイトルが見つからず、悩んだ挙句これになりました。難しいです。
●話はわかるが描写が少ないし、臨場感(生活感、そのほかもろもろの場面に「読み手」がいるような雰囲気にさせてほしい)を描いてほしい。
ドラマに深さを感じさせるところがない。(掌編のユーモア系なので、そこまでは描く必要はないともいえるが。作品が長くなる場合は、ユーモアの中にも別れとかいろいろ入れると、奥行きが出て来る)
○臨場感、ドラマの深さ、納得しました。
確かに臨場感がないですね。初めの方に場所の描写を入れれば印象が変わりますね。あとドラマの深さですが、ちょっと一本道すぎましたね。改めて読むと深さがないです。頭空っぽにして読める感じになってしまっています。

●文章上の細かい点に注意したほうがよい
○おっしゃる通りです。ご指摘を受けるまで気づきませんでした。
描写に関してはいろんなところから吸収して少しずつ上達させていきたいです。

HNはあるゲームのキャラの必殺技名を使わせてもらっています。

非常に参考になりました。感想ありがとうございました。
No.2  gokui  評価:50点  ■2013-05-02 23:31  ID:SczqTa1aH02
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読ませて頂きました。
生まれて初めて書いた小説とは思えない、安定感のある作品でした。大風呂敷を広げずに身近な短編向きの題材を取り上げたのが成功ですね。
京子ちゃんが突然現れるところは、もう少し工夫が欲しいですね。序盤の方でさりげなく京子ちゃんに触れて、伏線を作っておくと面白かったかも。
はじめてということでちょっとあまく評価して、満点あげます。これからも頑張ってくださいね。
No.1  卯月 燐太郎  評価:40点  ■2013-05-02 22:12  ID:dEezOAm9gyQ
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「今日を生きる」読みました。


>NHK連続テレビ小説「あまちゃん」<
いいですね、観ていて心がほんわかとしてきます(笑)。

では、御作の感想。


■よい点。

●物語がわかりやすい、構成がよい。
●興味を惹くストーリーがテンポ良く展開されていた。
●状況がわかりやすい。主人公のレバニラに対しての執念とこれからの大学生活の予感が描かれている。
(上に関連して、いろいろ能書きを垂れながら人生観、「社会観」まで下記「A」のように述べているのに、好きな京子ちゃんの前に撃沈(笑)。)
A>>今、僕は全力で今日を生きている。この殺伐とした現代社会で本当に今日を生きている人がどれだけいようか。楽な方へと逃れ、なんとなく生きている人達に決してこの気持は味わえまい。<<
●登場人物のキャラクターがよい。(主人公はもちろん京子も豚レバーを頂くだけではなくて「鶏レバー」のお返しをしている)

●作品が明るいので、読んでいて楽しいです。
●文章のバランスがよい。
●テーマがわかりやすいし、好感が持てる。
●ストーリーに軽い緊張感がある。(レバニラが買えるのかどうか)


■問題点。

●今日を生きる」というタイトルがいまいちでした。
●話はわかるが描写が少ないし、臨場感(生活感、そのほかもろもろの場面に「読み手」がいるような雰囲気にさせてほしい)を描いてほしい。
ドラマに深さを感じさせるところがない。(掌編のユーモア系なので、そこまでは描く必要はないともいえるが。作品が長くなる場合は、ユーモアの中にも別れとかいろいろ入れると、奥行きが出て来る)

文章上の細かい点に注意したほうがよい。

>そのために、まずはレバニラだ。自分の食べたい物を食べ、渇きを潤す。<
●「レバニラ」で「渇きを潤す」は少し変に思う。「渇きを潤す」は水分系になると思う。

>空を飛び交うカラスの合唱が1日の終わりを知らせる。<
●カラスが鳴くのは夕方というイメージがある。まだ、夜があるので一日は終わっていない。
特に主人公は「レバニラ」に執念を燃やしている時間です。

>そして、祈る思いで並べられた肉に視点を走らせた。<
●「視点」は「視線」で、下記のようになる。
>そして、祈る思いで並べられた肉に視線を走らせた。<

●「1日」「40分後」は基本として「一日」「四十分後」または「四〇分後」


■改善策。

●描写と臨場感があれば、作品に厚みが出ると思います。
(生活と町を描写して、臨場感を出す)
――――――――――――――――――

●点数は四〇点にしておきますが、長い作品の四〇点とは意味合いが違ってきます。
短い方が書くのが楽なので。


HNすごいですね「乱れ男道」様。


それでは、今後も頑張ってください。
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