群生地
第1章 白樺

 北海道の夏は、夜空に咲いた花火のようで瞬く間に闇に溶けてゆき長い静寂と厳しい寒さがやってくる。この地で川や海に入って遊べるのは、真夏の二週間ほどの短い期間だけで、人も動物もこの機を逃すまいと野山を駆け回る。
 僕らの住んでいた村は、そんな北海道の山間にあった。人口5000人ほどの小さな村で小学校と中学校は、あったものの高校は山を二つ越えた隣町にしかなかった。だから村の子供たちは、中学を卒業すると同時に親戚の家や下宿から高校に通う、就職して村の外にでる、そして村に残って家の手伝いをするといった選択を迫られる。しかしほとんどの生徒は、高校への進学を希望するのであった。
 僕は、中二の夏に伯父の工場に勤めることが決まった。聞くところによると伯父の工場は、水産品の缶詰を生産していて東京のほうにも出荷をしているらしかった。進路が決まったことは、嬉しかったが、伯父がいつも持ってきた赤いラベルの缶詰を自分が持って帰るようになりたくなかった。
 この話をすると同級生たちは、早くに進路が決まったこと羨ましがった。でも彼らが本当に羨ましいと思っているのは、就職が決まったことでも村から出られることでもなく、僕が将来についての大きな悩みを一つ放棄したことだと思う。その証拠に彼らは、進路に悩みだすとあからさまに嫉妬するようになった。
「隆司は、いいよな。もう進路決まってんだからさ。俺なんて毎日、親と喧嘩してるよ」
 三年生になるとそれまであまり話したこともなかった同級生たちが日ごとにわざわざ話しに来ては、同じようなことを言うようになった。
 そのためか夏休みだというのにひとりで過ごすことが多い。仲の良い同級生の中村健は、遊びに誘うにも高校受験の勉強が忙しいらしく誘いにくかった。そのうえ彼が勉強会を開いては、みんなで集まって勉強をしているという話を聞くと先んじているはずの自分が取り残されたように感じられた。

 あれは、そんな現実から逃避するように山に散歩に出かけるようになって数日、夏の匂いが強く感じられるようになった日のことだった。体操服を着ながら登山道の途中で倒木に腰かけて母に作ってもらったおにぎりを食べているとキツネが物欲しそうにこちらを眺めていた。僕は、おにぎりを少しちぎって地面にそっと置いてみたが、どうやら腹が減っているのではなく警戒をしているようでこちらを見て動かない。しばらくは、睨み返していたがあきらめて先を急いだ。
 山の景色は、日ごとに生命力を増していた。それに対してこの展望台から見下ろす村の景色からは、人の欲の強さを感じさせた。特に鬱蒼と生い茂る森林にある切れ目とまだらに空いた穴が、その不自然さをより際立たせている。
「やっほー」
 声は、やまびこになり何度もこだました。村の人間には、聞こえただろうか。いや、聞こえていようが構わない。
「くそったれが。受験がそんなに偉いのかよ。進路で悩めない俺に嫉妬するんじゃねえよ。」
 息が続かなかったため、最後のほうは金切声になっていた。
 後ろから拍手が聞こえる。振り返るとそこには、クラスメイトの笹本理香がいた。長い黒髪を後ろで束ねて学校指定の紺の半パンとTシャツを着ている彼女が、歩幅を大きく取りながらゆっくりと歩みよってくる。
「笹本さん、もしかして今の聞いてた?」
 恥ずかしさのために顔が真っ赤になり額には、汗が浮かんでいる。
「うん、ばっちり」
 彼女は、ピースサインを両手でしながら笑顔で言った。かわいらしい笑顔が今は、ただひたすらに怖い。
「お願いだから、みんなには言わないでください」
 頭を下げている僕の脇を通り過ぎた彼女は、村がみえる位置まで歩いて立ち止まった。
「言わないよ。だって私も今野君と同じこと考えてるもん」
 風で彼女の髪がなびいている。遠い目で村のほうを眺めている横顔には、疲れの色が見えた。
「同じって君も就職組なの?」
「そうだよ。私も中学出たら働くの、それも自分家でね」
「なるほど。じゃあ、笹本さんも愚痴や妬みを聞くのにうんざりしてここまで来ちゃったんだ?」
「まあ、そんなとこかな。」
 二人は顔を見合わせて笑った。そしてお互いに日頃の鬱憤を晴らすように級友の悪口をいい合っていると時間があっといまに過ぎて行く。話によると彼女も三年になってから嫌がらせを受けるようになり今では、完全に無視をされるようになっているらしい。
 山間の地の日の入りは、両側にそびえる山が日光を遮るために早い。そのため下山中に五時の音楽が聞こえてきた時には、帰宅の足を速くした。
「僕の家こっちだからここでお別れだね。さよなら笹本さん。今日は、話せてよかったよ」
 すっと今野は、分かれ道を右側にそれようとした。
「待って」
 振り返ると里香は、太もものあたりを強く握りうつむいている。しばらくの静寂の後、彼女は口を開いた。
「私、いじめられてるの」
 またしばらくの静寂が流れる。
「いじめられてるって、誰に?」
「みんなだよ」
「みんなってクラスのみんな?」
「クラスメイトもそうだけど最近は、お父さん」
 空気が張りつめた。隆司は、何かを言いたそうに口を動かしているが何も聞こえない。
「お父さん、私のお風呂と着替えをのぞくんだ」
 里香の肩が小刻みに震えている。それが怒りと恥辱のどちらから来るものなのかは、うつむいた彼女の顔からは、分からない。だが隆司の脳裏には、のぞきをする彼女の父ではなく里香の裸が浮かんでいた。
「ねえ、今野君。わたしと付き合ってくれない」
 いつの間にか里香の眼が隆司を強く見つめている。隆司は、また何かを言おうと口を動かしている。眼をそらすこともできないでいると里香が口を開いた。
「私のこと好きじゃなくてもいいよ。これは、ただのあてつけだもん」
今にして思うとあれが彼女なりの精一杯の反抗だったのだろう。
「あてつけってなんだよ。僕と付き合っても何も解決しないだろ」
 隆司は、声を荒げた。
「それでもいいのよ。どうせ私には、何もできやしなんだから」
 視線をふと外すと里香は、展望台で見たのと同じ遠い目をした。
「今野君、私と付き合って」
 彼女は、また隆司の眼を強く見つめてはっきりと言った。
「私、お父さんと何もしてくれないお母さんに見せつけてやりたいんだ。だから今野君、私のこと好きじゃなくてもいいよ。けど一つだけお願いがあるの」
 隆司は、里香の胸元を見つめていた。Tシャツの下のふくらみは、大人とも子供ともつかない魅力と里香が確かに女だという事実を与える。
「お願いって何?」
 彼女の足は、白く細い。それに太ももの前で強く握られている手や腕も少し力を入れれば折れてしまいそうに思える。
「来週の夏祭りの夜にお父さんに覗かせながら私とセックスしてほしいの」
 里香は、隆司の腕をとり胸にそっと押し当てた。隆司の体が硬くなり腕は、力が入りすぎて動かない。頭から血が引いて股間に血が集まっていくのが感じられる。
「俺でいいの?」
「隆司君だからだよ」
 夕闇のなかでまっすぐな白樺たちがおぼろげに見える。日は、すっかり落ちてしまい空には金星だけが輝いていた。
「わかった」
隆司が答えると里香は、それまで胸にあてていた腕を引き離す。
「じゃあ明日、あの展望台で10時に待ち合わせね」
 素早く振り返ると里香は、早足で闇の中に消えていった。去り際の彼女の言葉が頭の中でやまびこのように繰り返す。
 隆司は、里香が見えなくなると走りだした。硬くなった男根がこすれて痛い。しばらくして痛みのために立ち止まるとあたりは薄暗く人の気配もなかった。隆司は、ズボンをおろして前かがみになると男性器をしごきはじめた。
 頭の中に里香との卑猥な妄想が鮮明に浮かぶ。はだけた浴衣の合間から見える彼女の白く細い脚を下から上へ撫でるように触る、抱き合って耳の後ろの匂いを嗅ぐ、そして彼女の恥辱により歪んだ口を手で塞ぎながら彼女の肌を露わにする。
 不意な喪失感が襲ってくると目の前の低木の葉が揺れた。手には、まだ彼女の胸の柔らかな感触がある。彼女の匂いがしないかと手を顔に近づけてみたが、ただ汗と精液の匂いがするだけになっていた。


第2章 多肉植物

 村の誰もが私の事を知っていた。そのために私には、人に名前を意識して教えた記憶がない。大人たちは、私のことを「笹本さんとこのお嬢ちゃん」と呼び、子供たちも「笹本旅館の子」と私のことを呼んだ。
 この村で里香という名前を口にするのは、父と義理の母だけだった。義母は、おとなしさだけが取り柄のような人物で、私が8歳の時に旅館で仲居として働きだし、9歳になったころには、父と結婚していた。結婚当時の彼女は、24歳と父より一回り近く若かったが、とりたてて美しいというわけでなく、なぜ父が義母を娶ろうと思ったのか今でも分からない。
 二人が結婚をしたころ祖父母は、すでに他界しており私のことを里香と呼ぶのは、父だけだった。初めこそ義母も私を「御嬢さん」と呼んでいたが、少しすると「里香ちゃん」と呼ぶようになった。私は、あの女に名前を呼ばれるのがたまらなく嫌だった。
 そんな私の心境を察したのか義母は、用があるときはいつも誰かに私を呼びに行かせるようになった。父は、そんな私たちの関係を見かねて私に義母を「おかあさん」と呼ぶように言ってきた。そして私が父のために義母のことを「おかあさん」と呼ぶようになるとあの女は、目に見えて機嫌がよくなった。
 中学三年生になったいまでも私たちの関係は、変わっていない。義母は、私が「おかあさん」と声をかけている限り機嫌がよかった。
 そんな中三の夏休みに入ったある晩に父がひどく酔って帰ってきた。引きずるようにして寝室につれていき父を布団の上に仰向けに寝かせると私は、襖を閉めて暗がりの中で父の顔を見ようと顔を近づけた。
 次の瞬間、父の腕が私の首の後ろに回った。入れ代わるようにして布団に押し倒すと父は、私の体をまさぐり始めた。鼻息を荒くして私の胸に顔を押し当てて尻を強く掴んだ。そして乱暴に体をくねらせながら私の体の上をなめるようして恥部に手を伸ばす。
 手が私の恥部に下着の上から触れたとき父は、私の耳元で死んだ母の名前を囁いた。私は、なぜか父を突き飛ばしてしまった。
「お父さん、やめて」
 私が叫ぶと父は正気にかえったようで固まったまま動かない。私の声を聞きつけた義母がふすまを開けると薄暗かった部屋に光が入ってきた。光にてらされる父の股間は、そそり立つ男根によりはっきりと膨らんでいる。私がうっとりとそれを眺めていると義母が口を開いた。
「あなた、何をしてるの」
 義母は、今まで見せたことのない形相で父を睨み付けていた。おとなしさだけが取り柄の女だと思っていたが案外に嫉妬深いようだ。父が黙ったまま答えないでいると義母は、近くにあったものを手当たりしだいに父に投げ始めた。
 父の額にインタスタントコーヒーの瓶が当たり真っ赤な血が流れ出してくる。私は、耐えられずに2人の間に入った。
「おかあさん、やめて」
 義母は、電話機を投げつけようとしていたが、父の額からの出血を見て手を止めた。そして、寝室の中が静かになると騒ぎに気付いた従業員たちが集まってくる足音が聞こえてきた。義母は、あわてて襖を閉めると彼らに父が転んで頭を怪我したので冷えた濡れタオルを持ってくるように言った。
 その一方で私は、義母に今日は寝るように言われたので部屋に戻りベットに横になって服を脱いだ。上着からは父の匂いがする。里香は、父の匂いを嗅ぎながら首筋、胸、尻、太もも、そして恥部へと父と同じ順に体を触った。
 なぜあの時に父を突き放したのだろう。里香は、天井を見つめながらぼんやりと考えた。
 次の日になると父は、里香を避けるようになっていった。義母にいたっては、目も合わそうとしない。2人の間でどんな話し合いがあったのかは、わからないが居心地はよくなかった。しかし友人の家に遊びに行こうにも就職組の里香は、3年に進級して以来同級生に無視されている。何もできずにただ部屋にこもっていると気が滅入ってきた。たまに気分転換として散歩には出かけていたが、もやもや感が大きくなるだけでしかなかった。
 しばらくすると里香は、風呂や着替えの時に視線を感じるようになりだした。最初は、気のせいだと思っていたがある日、視線が父のものだったことを里香は悟った。脱衣所に人の気配があったので覗いてみると父が里香の下着の匂いを嗅いでいたのだった。
 娘に欲情している父がたまらなく愛おしかった。死んだ母でなく私に、義母でなく私に。そう思うと今すぐにでも父を襲ってしまいたい気持ちが湧き上がってくる。しかし、父が私を私がしてしまったように拒絶してしまわないか不安だった。
 音を出さないように慎重にその場を離れると、その日も気持ちに区切りをつけられないまま散歩に出かけた。里香の足は、山の方へと向いている。
 

第3章 裸子植物

 昨日は、あれからまっすぐに家に帰ると服を洗うはめになった。上着には、はっきりと精液がついていており、とても隠し通せるものでなかったためである。
 慎重に人を避けて家まで帰り、母が出てくるより先に部屋に駆け込んで体操服を着替えた。服をかばんに詰め込めこんで着替えると幸いにも同じような体操服で出かけていたので気づかれなかった。
 隆司は、昨日と同じ道のりを歩いている。道程には、乳白色の液体がついた低木があり、触ってみるとまだ完全には、乾いておらずに粘り気があった。その低木にかかった自分の精液からは、展望台から見た村の景色と同様の不自然さを感じる。青々とした葉にある一筋の線が自然と対立する人間の欲のように思えたのだ。
 展望台は、白樺の群生地を抜けた先にあった。白樺たちの足元には、熊笹がみっしりと茂っており人の侵入を拒んでいた。数本の黒っぽい樹は、幼い白樺たちで彼らは、年月と冬の寒さに耐えることで徐々にその身を白く染めてゆくのだった。
 群生地を抜けて展望台につくとまだ約束の時間には、ずいぶん余裕があった。断ることを彼は、決めていたが彼女に対する好奇心をまだ捨てきれないでいた。父親の前でセックスをしようなどと思う彼女が不思議でならないのである。
 しばらくすると里香がやってきて隆司を見つけると微笑みながら腕をふり近づいてきた。昨日と同じように中学校の体操服を着て長い髪を後ろで束ねている。
「おはよう、隆司君。昨日のことだけど……」
 里香がそこまで言うと隆司があわてて言った。
「そのことだけど、なかったことにしてくれない。ごめん、俺にそんな度胸はないんだ。本当にごめん。」
 隆司は、頭を深々と下げる。
「何言ってるの、昨日約束したでしょ。いまさら怖気づくなんて男として情けないと思わないわけ。それとも何、私じゃ嫌だって言うの。」
 次々に罵声を浴びせる彼女の表情には、先ほどまでの笑みがない。まるで何か憎たらしいものを見るような目で隆司をにらみつけている。
「違う、そういうわけじゃないんだ。俺には、あんなことをする度胸がないんだよ。笹本さんの父さんの前でそ、その……」
「何?最後までいいなさいよ」
 隆司は、今朝のことを思い出していた。早起きをすると体操服を両親に見つからないように風呂で洗ったのだ。お湯に濡れた精液は、ゆで卵のようにぽろぽろと固まり排水溝へと流れて行った。自らそんなものを見せたがる心境とは、いったいどのようなものなのだろう。
「笹本さんこそおかしいとは、思わないの。普通なら父親の前でそんなことできるわけがないじゃん」
「私は、そんなこと気にしてないよ。私が聞きたいのは、あなたが私とセックスをするかしないかってことなの」
 里香は、ためらわずに核心にふれた。
「さっきも言ったように俺には、そんなことできない」
 隆司は、てっきり里香がさらに怒り出すものだと思っていた。しかし、里香は、物静かになるとすり寄るように近づいてきたのだった。
「ねぇ、今ここでしない」
 手をそっと隆司の胸に当てながら言う。里香は、同年代の女子の中では背が高く、隆司と並ぶとわずかに里香のほうが大きかった。そんな里香に気圧されたのか隆司が動かないでいると里香は、指を胸からへそのあたりへゆっくりと撫でるようにおろした。
 喘ぐような吐息が漏れる。里香は、勝ち誇ったような顔をすると腕を隆司の後ろに回した。耳元では、隆司のあらい鼻息が聞こえてくる。そして今度は、隆司の太ももの裏をなでるとまた吐息が漏れた。
 体をさらに寄せると何か固いものが下半身にあたった。少し離れて里香が下を向くと隆司もまた同じように下を向いていた。顔を上げると目があい、お互いに笑った。
「口では嫌だって言っていても、体は正直なのね」
 里香が笑って言うと隆司は、理性のタガが外れたように展望台のわきの草地に里香を押し倒した。肩を押さえて馬乗りになると鎖骨のあたりから首筋を顎の先までなでるようにさわり、体を倒して無理矢理にキスをした。
 ずいぶんと雑なものだったが今で感じたこのない興奮を里香は、覚えずにはいられなかった。それにしても男という生き物の強さを改めて実感させられる。里香は、体をよじろうとしても全く動けなかった。
させるがままの状態になっていたがキスを終えた隆司は、服を脱がそうとやきもきしている。
「もう一度キスしなさいよ」
 じれったさを覚えた里香が命令口調で言う。隆司は、うなずいてもう一度キスをした。里香は、腕を隆司の肩越しに手を回すとキスをしながら草地の上を転がり、今度は里香が隆司に馬乗りになった。
「引き返すなら、ここが最終地点。この先には、なにもないよ」
 里香は、言い終わると隆司の手を取りその中に客が忘れていったコンドームを入れた。


第4章 虫媒花

 その日は、快晴だった。今にして思い返すとあの場所で里香と会ってから雨の日は1日もない。渓流の流れるこの土地では、水不足を心配するほどではなかったが下流の地域では、取水制限が設けられたらしかった。
 夏祭りは、神社の境内で開催される。彼女の父親は、宿泊客の相手をするために宿にいるらしくコトは、彼女の部屋で催されることになっていた。
「お父さんは、見てることしかできないから大丈夫」
 僕が弱気になる度に里香は言った。その自信がどこから来るのか僕には、分からないが知りたくもなかった。
 夕方になると神社から太鼓や笛の音が聞こえてくる。隆司は、父から借りた藍色の浴衣を羽織り、里香との待ち合わせ場所の鳥居の前にいた。浴衣もこの目立つ待ち合わせ場所も里香の提案だった。
「隆司もクラスのやつらを見返したいでしょ」
 里香にそう言われたときは、反論ができなかった。それに祭りに誘いをかけてきたクラスメイトは、一人としていなかったのだ。
 提灯に照らされた参道を里香が小走りにやってきた。近づくにつれ石畳と下駄の擦れるコツコツとした音が聞こえてくる。白地に朝顔をあしらった浴衣を着た彼女は、髪をあげて黒い下駄をはき、手には、小さな赤い巾着を持っていた。
「里香は、いつも俺より遅れてくるな」
「隆司が早く来ているだけよ。それにいい女は、男を待たせるものなの」
 里香は、悪びれるようすもなく言うと社のほうの様子を伺った。
「クラスの奴らは、もう来てるの」
「ああ、もういるよ。男女の3人ペアだったぜ。きっと今頃かき氷でも買っていると思うよ」
 僕たちが手をつないで歩いていくと彼らは、笑えることにかき氷を買っていた。
「かき氷2つください。ブルーハワイといちごでお願い」
 隆司が注文をすると級友たちは、2人のほうを振り返った。
「ねぇ、隆司。私は、メロンがいいな」
「分かったよ、里香。おじさん、いちごをメロンに変更して」
 2人のわざとらしいやり取りを彼らは、じっと見ている。隆司は、かき氷を受け取ると今になって彼らに気が付いたふりをした。
「あれぇ、中村、それにみんなもどうしたの。こんなところで奇遇だね」
 彼らが何をいいあぐねていると里香が隆司の手を引いて言った。
「隆司、射的やらない」
 里香の声は、かつてないほど甘ったるさだった。
「分かったよ、里香」
 隆司は、じゃあねとだけ言い放つと里香と腕を組んで射的屋のほうへ向かった。大声を上げて笑いそうな自分を抑えるので精一杯だった。
 その後も2人は、クラスメイトを見つけては見せつけるようにいちゃついた。時には、かき氷を食べさせ合い、時には、お互いの体をわざとらしくくっつけた。隆司は、こんなにもいやらしいことが平気で出来てしまう自分が恐ろしくなったが、里香という存在がある限り醜さを彼女と分かち合うことができた。そして時には、「ああ、この女は俺よりずっと醜い」と思い込むことで救われもした。
 2人の計画は、最終段階に入っていた。隆司は、里香の部屋に裏口から忍び込むと里香が父親を呼んでくるまでの間、級友たちのあっけにとられた表情を思い出していた。ドロドロとした何かがこみ上げてくるが甘く心地がいい。隆司は、この密の味を里香とともに知ったことがたまらなく気持ちのいいことに思っていた。そして最後の仕上げとして残されたものは、お互いの体から滴る蜜を嘗めあう姿を彼女の父親に見せることだけだった。
「お父さん呼んできたよ。5分くらいでくると思う」
 里香は、そう告げると明かりを落として隆司の口を吸った。2人は、お互いに浴衣を脱いで思い思いに密の中に沈んでいく。遠くから聞こえてくる祭りのお囃子が甘美な記憶を呼び起こした。
 廊下から足音が聞こえてきた。里香は、嬌声を大きくして隆司の上で腰を踊らせいている。襖が開き一筋の光が部屋に差し込んできたが、それ以上光が大きくなることはなかった。
大きな足音が遠ざかっていく。里香は、急いで浴衣を羽織ると足音の方へと走りだした。その一方で隆司は、裸のまま襖が完全に開いて光のさしてきた部屋の中でただ茫然と天井を見つめている。隆司は、立ち上がり浴衣を着なおすと足音の後を追ってみた。
 廊下を歩いていくと里香のものと思われる喘ぎ声が聞こえてきた。声の聞こえてくる部屋をわずかな隙間から覗くと隆司の里香に抱き続けていた違和感は解消された。里香は、父親と悶えるように交わっていたのである。
「この女は俺より醜い」
 隆司は、自分より下の存在に安堵を覚えると旅館を後にした。
サニー
2012年12月09日(日) 23時04分20秒 公開
■この作品の著作権はサニーさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは、サニーと申します。

北海道の絵葉書が届いたので北海道をテーマに書いてみました。
ファザコンは、決定していたのですが義母にするか義父にするかで悩みました。
どちらでも個人的には、おいしいんですよね。

ご意見とご感想をいただけるとうれしいです。

この作品の感想をお寄せください。
No.5  サニー  評価:0点  ■2013-01-13 00:39  ID:gLIHkLer5N6
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帯刀穿さん
感想ありがとうございます。

やはり最後がすこし唐突すぎますね。
書いている時には、これでよかった気になっていたのですが
結末は、勿体つけたほうがいいと今になって思います。
No.4  帯刀穿  評価:40点  ■2013-01-05 21:03  ID:DJYECbbelKA
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出だしから、綺麗に読めて、最後まで飽きさせない作り。
ストレートでいながら、文面の途中で読み返すところもなく進める。
他の人も口にしていたが、セックスは地域によって早くからする人はするようであるし、何ともいえない。
唐突と感じたのは、俺より醜い、だろうか。
しかし全体的な完成度は決して低くないと思われる。
No.3  サニー  評価:--点  ■2012-12-27 03:16  ID:8e1Jm3WWRKk
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すみません
最近は、忙しくて返事が遅れてしまいました。

zooeyさんへ

いつも的確なご指摘ありがとうございます。
物語に一貫性がないというのが最大の反省点なのかもしれませんね。
読者の視点は、1つなのでそこにも注意を払うべきでした。


名無さんへ

感想ありがとうございます。
名無さんの作品も読ませていただきました。
No.2  zooey  評価:30点  ■2012-12-14 03:40  ID:LJu/I3Q.nMc
PASS 編集 削除
読ませていただきました。

今まで私が読んだサニーさんの作品はあまり多いわけではありませんが
その中では、一番好きだなと思いました。
テーマが面白いと思います。
娘から父への偏愛と、外側から覚えるその「異常さ」への優越、
という、人間が持つ歪みを見据えて描いているのがいいなと思います。

ただ、ちょっとテーマの割には掘り下げが浅いかなとも感じました。
特に隆司が抱える歪みがあまり描かれていないので、
ラストの「オレより醜い」という部分が唐突な感じがしました。

また、このラストにするのであれば、
途中で里香に視点を切り替えない方がいいのではないかなと思います。
里香という人物がはっきりつかめない存在で、
その偏愛の正体も、途中段階でははっきり分からない方が、
ラストの衝撃は大きいのではないかなと思います。
外側から、ミステリアスな女の子を見つめ、探る、という方がいいのかなと。

あとは、なぜ年齢が中学生なのかなと思いました。
内容的には高校とか大学とか、
もう少し肉体的にも精神的にも成熟してないと、ちょっと違和感があるかなと。

それと、中学生だったらもう少し青臭いやりとりになるのではないかなと思います。
何となくセックスが彼らの中で当たり前のことになっているような印象を受けてしまいました。
セックスする事自体は別におかしくないと思いますが、
セックスの捉え方に中学生らしい幼さが見えないなと思いました。

時々、会話や仕草に違和感もあったのですがこれは私だけかもしれません。

それと、途中途中で一人称だったのがいきなり三人称になってしまったり、
キャラクターの呼称が今野から隆司にころころ変わってしまったりして、
ちょっと読みにくいかなと思いました。
すぐ直せるところだと思うので一応。

いろいろ書きましたが、
サニーさんが持っている感覚は独特で、とても面白いなと思いました。
ありがとうございました。
No.1  名無  評価:50点  ■2012-12-10 16:06  ID:L7Ej4Yn/HiQ
PASS 編集 削除
 植物で物語を展開する連作短編。
 簡素な文章で分かりやすく、内容も深みある作品だと思います。
 次回作が待ち遠しいです。
総レス数 5  合計 120

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