誰かに見られている気がする人
 広島県在住の祐一君。
 『おや、立ち上がりました。こんな時間に珍しいですね。半開きの目をして首をボリボリ掻いてます。堕落してますねぇ。さぁて、歩き始めました。どこに行くのでしょうか。おっと、トイレか、トイレに向っています。トイレのようです、トイレのドアを開け、閉めました。』
 
 汲み取り式便所はひどく臭い。便器の中央にぽっかりと黒い満月のように開いた穴を見下ろすと、小便が混じって粘液状になった糞が堆積している。それの放出するアンモニアと糞の織り成す悪臭は重量を持って小空間に充満し、思わず咳き込みそう。目の前で慌しく旋回する蝿を無視し、僕はゴムのゆるんだズボンに手をかけた。
 
 『トイレ内カメラに切り替わります。今ズボンを脱ぎました。祐一君、実に二時間ぶりのトイレです。大か、小か、うむ、小のようです皆様。ただいま、祐一君が小をしております。長い時間の小ですね。親に買わせた午後の紅茶を飲みすぎたからでしょうか。無駄に出しております。まだまだ出ます。午後の紅茶がそのまま出てるように思えますね。金の無駄です。
 時刻は現在午前四時を過ぎております。学生、社会人なら寝ている時間です。しかし、ニートには仕事がない。気力もないようです。』
 
 『さて、トイレから戻った祐一君、また布団に寝転びました。祐一君、この場所を随分と気に入ってるみたいですね。おっと、資料によると、母がこのボロボロの布団を処分しようとしたところ、祐一君は怒り狂い母の顔面を殴り土下座を強要したそうです。一体親が何を悪いことをしようとしたのでしょう。祐一君の為を思っての行動でしょうがね。これは視聴者の皆様も疑問に思っているはずですが、答えは祐一君の中にしかありません。』

 僕はパソコンを開く。ディスプレイは白く眩し過ぎて脳がとろけそうだった。さて、何をしようかと考える。
 どうも、この精子臭い部屋に戻ると何もかもやる気を無くす。そういえば、精子は栗の花の匂いに似ている。そんな事はどうでもよろしい。
 栗の花に囲まれているんだと思うと、なんだか随分、ゴージャスな気分になる。つい、浮かれる。僕は貴族である、と思う。けれども、辺りを見回すと、やっぱり黄ばんだ精子に囲まれている。僕は貴族、というよりも、浮浪者に近い。
 黄ばんだ精子はティッシュの森に包まれている。びくんびくんと、おたまじゃくしは躍動していたが、今や死んだ。
 精子の死んだ数だけ僕は堕ちる。もうだめだ。考えてたら、気が狂う。気晴らしにアイドルでも見ようと思い立った。

 『祐一君、パソコンの画面を見つめています。パソコンに写っているのは…ももいろクローバー!アイドルのももクロの動画です!すごい!ももいろクローバーは週末ヒロインという肩書きで売り出しておりますが、祐一君は毎日週末土曜です!これにはももクロもびっくりです。
 さて、ももクロの後は、祐一君。違法ダウンロードした無修正AVを見ております。なんて事でしょうか、ニートに加えて、法律すら破るとは。救いようの無いクズですね…。祐一君、仰向けになり腹にパソコンを乗せて、性器をしごいております。激しい。激しい。この体力を仕事に使っていただきたい。
 しかしながら、こんなに激しいことが災いしてなのか、祐一君。ティッシュが切れている事に気付いておりません。一体どうするのでしょう。
 おぉっと!早い、早い!三分も持っていません!もう出そうな様子で、腰を仰け反らしています。早い。早漏です。ここで、ティッシュの無い事に気付いたらしく、使っていない左手でティッシュを探しております。しかし、右手は止まらない!
 出る、出る。無駄な精子が祐一君から出そうです。
 おぉ、昨日オナニーに使ったティッシュで受け止めました!』

 僕は射精後、眠気に襲われた。僕の精子。おやすみ。僕のなだらかな表面の精子。栗のエッチな花の貴族な香り。頬ずりしたいぐらい可愛い精子よ。またいつか。

 『さぁもう祐一君は力尽き果てた。ノートパソコンを閉じて、横に置きました。そして性器を露出させたまま、静かに目を瞑っております。
 もう早六ヶ月、このような暮らしぶりです。いい加減彼自身も、この生活に飽きるのではないかと思いますが、そんな兆しもありませんね。』
 
 『一体祐一君はいつ自分の自堕落から一歩踏み出すのでしょうか。一体いつ自分の壁を乗り越えるのでしょうか。皆、壁を越えて越えて、そうやって大人になるのでしょうが、彼にはその勇気はあるのか、ないのか。いつ、親への甘えは無くなり、自分一人で生きていけるようになるのか。
 我々は彼、引きこもりニート祐一君について、とことん皆様にお伝えしていきます。祐一君。祐一君が一人前の立派な大人になるまでずっと。ずっとです。どんなに長い時がかかろうとも、私たちは祐一君にばれぬように彼の自堕落な生活を監視し、皆様に余すところなく、お見せいたします。
 では次週の放送、お楽しみに。落ちはありません。提供、MHKでした。さようなら』
com
2012年10月29日(月) 04時21分48秒 公開
■この作品の著作権はcomさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  com  評価:--点  ■2012-11-06 00:52  ID:.FdyIjK459A
PASS 編集 削除
蜂蜜さん
感想ありがとうございます!
余白ありまくりですね。もっと長くしたらよかったかな。。と思います。

掲示板見ました
えぇ、卒業するんですか!ってことはもう蜂蜜さんからの感想も貰えなくなるのですね…残念です
まだTCに来て日は短いですが色々と蜂蜜さんにはお世話になりました。ありがとうございます。
今後とも頑張ってください。自宅から蜂蜜さんを応援しますね。
No.3  蜂蜜  評価:30点  ■2012-11-06 00:03  ID:fxD0PHpbJtA
PASS 編集 削除
拝読しました。

当サイト卒業にあたり、個人的に僕が今後の発展を期待している作者さん数名の最近作へ、感想を書き残していこうと思いました。『卒業』の詳細は、掲示板をご確認下さい。

コメディタッチで、おもしろかったです。
その他の感想は、だいたい昼野さんと同意見ですが、逆にこれを、もっと長い尺で、延々とやり続けたら、どんな展開になったのかな? また、中継を行っている「MHK」なる団体の正体は? などと、まだまだ、話を膨らませる余白があるように思えました。

僕はいなくなりますが、今後とも、頑張って下さい。

No.2  com  評価:--点  ■2012-10-31 23:01  ID:.FdyIjK459A
PASS 編集 削除
昼野さん
感想ありがとうございます!
平凡ニートでしたか。。印象に残る何か、考えます。
ももいろクローバー可愛いです!!!!!!
ありがとうございました。
No.1  昼野陽平  評価:30点  ■2012-10-31 22:02  ID:/M49zwFIFX6
PASS 編集 削除
読ませていただきました。

随所にユーモアがあって笑いながら読めました。文章も相変わらず読みやすくて良かったです。
ただなんというか絵に描いたような平凡なニートで、さほど酷くもなければ奥深さもないというか、一言で言えば決定的に印象に残るような「何か」が足りなかったかなと思います。
ももいろクローバーは僕も好きです。

自分からは以上です。
総レス数 4  合計 60

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除