| かげろう |
|
線路のずっと向こうで陽炎が、ゆらゆらと揺らめいている。 まるでそこだけ、凹凸のあるガラスをあてたようにイビツな世界がみえる。ゆらゆらと揺らぐそのさまは、束の間に燃えあがる恋の炎のようだ。 やがてあっけなく消えてしまう、そのあるかなきかの儚げな揺らめきは、あるいは、人の生にもたとえられるだろうか。 スグルは、かつての恋人、あゆみのことを想い出していた。 スグルとあゆみが別れた日も、陽炎立つこんな暑い日のことだった。 スグルたちは、別れ話を一度もしたことなどなかった。 ふたりは、なしくずし的に、終ってしまったのだ。 突然にやってくる別れの方が、どれだけ幸せだろう、とも思う。 別れというゴールが見えているにもかかわらず、ずるずると地を這うように愛の残骸を引きずっていくなんて、辛すぎる。 しかし、そんな終焉もあるのだ。 あゆみは、大阪の生まれだったが、スグルの前では一度も大阪弁を喋ったことがなかった。それが、どういうことなのか、スグルにはよくわからないが敢えて喋らなかったということではないような気がする。 大阪で生まれ育って東京にやってきたあゆみ。 あゆみとは、大学で知り合った。 最初は、大学がいやでいやで仕方ないようだった。自分が望んだ学校に入れたのけれども、自分が描いていたものとはだいぶ異なっていたらしい。 スグルと付き合うようになってとりあえずは通ってはきていたが、いつ大学を辞めてもおかしくはないといった感じだった。 それから二年間ほど、スグルはあゆみとつき合ったわけだけれども、ずっといつかは俺達は別れるんだろうな、という予感めいたものがスグルにはあった。 たとえいくら好きでも、男と女が一緒に生きていくとなると不可抗力的な様々な障害があるものなのだ。つまり、スグルたちはそれを乗り越えられなかった。 自然消滅みたいにして別れてから、二年ほどたったある日。 突然、あゆみから実家の方に電話がかかってきた。母親から、そのことを聞かされ、スグルはほんとうに驚いた。 忘れもしないあゆみの電話番号。 いったいどうしたのかと思い電話してみると、あゆみ本人がすぐに出た。 「借りているＣＤを返したいの」 あゆみはそう言った。 スグルは、別に断る理由もないから、待ち合わせはどこにすると言われて、咄嗟に渋谷と答えていた。 スグルは、いつも渋谷で待ち合わせをしていたことを思い出した。 東横線の改札。あゆみは、横浜に住んでいるから、スグルが以前住んでいた吉祥寺との中間地点が渋谷だった。 そうして、ふたりは、想い出がいっぱい詰まっている渋谷で二年ぶりに再会したのだけれど、なんとあゆみは妊娠していた。 もうはっきりと、そうとわかるほどお腹は大きくなっていた。 入ったこともないパスタ屋さんで、お昼を食べながらふたりは、とりとめのないことを喋った。 主に、スグルは聞き役だったけれど、あゆみの近況を聞きながら、この女性が俺のかつての恋人だったんだな、なんて他人事のように思った。 あれほど、こいつとなら死んでもいいと思っていた女性だったのに、こんなにも人の心とは変わるものなんだなぁと、感慨深くそう思った。 そして、お昼を食べ終わって、ちょっとお茶してから、ふたりはまた別れた。 あゆみは、横浜へ。 スグルは、吉祥寺へ。 以前には、東横の改札まで送りにいったものだったが、スグルはそれもおかしいと思って、渋谷のスクランブルのところで、あゆみと別れた。 そうして、別れてから、あっ、と気が付いた。 ＣＤを返して貰っていなかった。だが、あゆみもむろん忘れてきたわけではないだろう。 井の頭線の電車に揺られながらスグルは思った。あゆみは、もしかしたら、妊娠した自分を見せたかったのかもしれない。 でも、なぜ？ スグルには、わからなかった。 |
|
国府津
2012年10月24日(水) 02時03分45秒 公開 ■この作品の著作権は国府津さんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
| この作品の感想をお寄せください。 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| No.2 桃太郎の雉子 評価：40点 ■2012-11-04 08:08 ID:qwuq6su/k/I | |||||
|
読み辛い所が一箇所も無く終までｽﾗｽﾗと読めた。まう少し、二人の同棲の何処がどう合わ無かったか僅かでも書いて欲しいかと思ったが、、、こういうｽﾄｰﾘｰならこの長さが丁度良いようにも考えられる。ｽｸﾞﾙは多分一生結婚し無いと思った。家の父の様に、結婚生活というものが無理な男も居るから。妻子に多大な時間と手間を割かないと結婚生活は維持出来無い。多分ｽｸﾞﾙは富豪となり孤独な老人になるんだろう。彼女は、多分又舞い戻って来無いように彼に見せたんだろう 文章が謎めいて居り良かった。 |
|||||
| No.1 国府津 評価：0点 ■2012-10-29 23:15 ID:MoCvENvvWTk | |||||
|
夕凪さま。 ご感想、どうもありがとうございました。 わかりやすいものを書くよう、より一層精進いたします。 |
|||||
| 総レス数 2 合計 40点 | |||||
| E-Mail(任意) | |
| メッセージ | |
| 評価（必須） | 削除用パス Cookie |