落ちる家
 こんにちは――。
 このたびは突然お呼び立てしまして、申し訳ありません。ああ、どうぞ座ってください。
 タカナシケイタさん、ですね。はじめまして。帝都大学三年のヨシダユイと申します。今日は遠いところをご足労頂いて恐縮です。
 本物の小説家の方にお会いするなんて、初めてのことです。なんだか緊張します……。『先生』と呼んでもよろしいですか? ……そんな、ご謙遜なさらずに。
 サークルの名簿に先生のお名前を見つけた時には、驚きました。OBに有名な小説家の方がいるとは聞いていましたが、先生のことだったとは存じ上げませんでした。
 以前から著作を読ませて頂いています。でも、私は怖いお話が得意ではないので……。先生の作品を読んでから、浴室に入る時には後ろを確認する癖がついてしまいました。
 どのようにご連絡差し上げれば良いものかと悩んだのですが、先日はお手紙という形で失礼致しました。まさかお会いして頂けるとは思っていませんでした。先生もご多忙の身でしょうし、断られるだろうと想像していたのです。
 あ、いえ、キャンパスは違うようです。先生は文学部でしたね。
 私の専攻ですか? 工学部で都市環境を勉強しています。ええ。まわりは男の子ばかりですけど、女になんて見てくれませんよ。……そんなこと。先生、お上手ですね。
 それにしてもここは少し寒いですね……。ああ、やっぱり。クーラーが効きすぎているようです。
 そういえば、趣味で小説を書いている友人が、よく喫茶店を利用すると言っていました。先生もお仕事はこういった場所で? ……なるほど。騒がしいところでは集中できないのですか。家で仕事をする時には耳栓を。それは徹底していますね。
 そろそろ飲み物を頼みましょうか。私は――温かい紅茶にします。
 その、今日お呼びした用件についてですが……。そうです。先生は古今の怪奇譚を収集なさっていると伺いました。ですから、少しはお役に立てると思ったのです。
 多少、話が前後するかもしれませんが……。
 これは、私が小学生の頃に体験した出来事です。

                  ***

 私の生まれはここから電車で少し行ったA町というところで――ああ、ご存知ですか。
 山に囲まれた、とても小さな町です。私は当時まだ小学三年生でした。
 毎日、学校には徒歩で通っていました。自宅から歩いて三十分ほどの場所です。今では考えられないですけど、田舎の子供には当たり前のことだったのです。
 通学路の途中に、長い坂道がありました。その坂を登り切った高台は、町を一望できるようになっています。遠く霞んだ山稜にかかる雪、眼下に見渡せる家々の屋根の色など、今でも夢に出てくることがあります。
 その高台には、寂れた洋風の家屋が建っていました。外壁はくすんだ灰色で、二階建てでした。私が物心ついた時には、もう誰も住んでいなかったようです。子供だったからかずいぶん大きく感じた覚えがあります。まるで、見下ろされているような……。
 二階に大きな窓がありました。カーテンが閉められており、外からは何も見えません。通りかかるたび、私にはその奥に何かが潜んでいるような気がしてなりませんでした。
 感受性――と言ってよいのでしょうか。私はそれが他人より敏感な体質だったようです。小さい頃から、街外れの踏切や寂れた公園のトイレなど、ふとした場所で立ち止まってはじっと一点を見据えて動かなくなることがあったと、母が話していました。もしかしたら、幼い私には何かが見えていたのかもしれません。
 小学校に上がってからはそういったことはなくなっていましたが、私は直感的に、その家が関わってはいけない場所だと知っていたのです。

 帰り道、私は一人きりで帰ります。私の小学校には集団で下校するという習慣がありませんでした。外出する時に鍵もかけないような田舎だったので、地域全体として警戒心が薄かったのかもしれません。
 いつものように学校から家に帰る時のことでした。人気のない路地を歩いていた私は、背後から異様な気配を感じました。微かに、誰かの足音がするのです。
 最初は特に気にも留めていませんでした。しかし、角を曲がり、路地を通り抜け、あの坂道に差し掛かっても足音は追いかけてきました。そして、段々と大きくなっていきます。
 後ろから誰かが近づいてくる――。
 思わず、背中に緊張が走りました。すぐにでも走り出したい気持ちでしたが、なんとかそれをぐっとこらえました。自分が後ろの足音を意識していることを悟られないように、私は徐々に早足になりました。
 不思議と、その誰かがすぐそこまで来ているのが分かりました。
 とうとうたまらなくなって走り出そうとした時、肩を掴まれました。悲鳴を上げかけて恐る恐る振り向きますと、そこには笑いをこらえた男の子の顔がありました。近所に住む、私の幼馴染でした。
 どうして声をかけてくれなかったのかと、私は非難しました。後ろから近付いて驚かせようと思っていたら、なぜか私が足を速めたので、黙って追いかけたそうです。彼はよく私にそういった意地悪をする子でした。
 ふと横を見ると、例の空き家が夕暮れの陽を受けて立っていました。
 おもむろに、彼が二階の窓を指差します。つられて視線を上げた途端、私は背筋が凍りつきました。つい先日まで閉じていたはずのカーテンが、開いていたのです。
 しかし、それは幽霊の仕業ではありませんでした。先週、仲の良い男の子たち何人かでこっそり忍び込んだのだと、彼は教えてくれました。
 裏手の窓の一つに、鍵がかかっていなかったのです。管理をしている方が閉め忘れたのでしょう。彼らはそこから中に入ったということでした。
 誰も住んでいない空き屋というのは、いつの時代も子供たちにとって好奇の対象となるようです。秘密の基地や隠れ家というものに、男の子は惹かれるものなのですね。私にはどうして自ら進んで怖ろしい場所に行くのか、気が知れませんでしたが……。
 室内には、以前住んでいた方の家具が手つかずのまま残っていたそうです。
 やはり誰も住んでいないらしく、水道や電気は止められていたと言います。彼らは面白半分に蛇口をひねったり、カーテンを開けたりしました。
 調子に乗って彼は、触っていないのに家具が動いたとか、誰もいないリビングから音がしたといった作り話を私に耳打ちしてきました。
 私は聞かないフリをして、その場を立ち去ろうとしました。
 歩き出した私に彼が慌てて声をかけてきます。私は後ろを振り返りました。
 ぞくり、と震えが走りました。窓の向こうに白い服を着た女の人が立っていたのです。窓にぴたりと張り付くようにして、私たちを見つめています。
 ――どうかしたか?
 首を傾げる彼に視線を戻し、再び窓を見上げると、女の人はいなくなっていました。

 家に帰ってから、夕食の席で母に空き家のことを尋ねました。母の話では、以前はあの家にも若い夫婦が住んでいたということでした。
 母に『白い服を着た女の人が窓の向こうに立っていた』と伝えると、母の表情は途端に色を失いました。
 近所では有名な話でした。ある午後の昼下がり、あの家にお住まいだった奥様が二階の窓から転落して……。即死だったそうです。奥様は庭で植物を育てる趣味をお持ちだったようで、窓の真下に細い金属の支柱が並んでいました。それで、運悪く胸を貫かれ……。
 古い建物だったため、窓際の手すりが錆び付いていたのが転落の原因ということでした。窓の外に竿受けがありましたし、洗濯物でも干そうとしていたのでしょう。
 ご主人はそれから間もなく、家を引き払ったそうです。それ以後、あの家には借り手がつかなくなっていました。
 昔から私におかしなものが見えることは、母も知っていましたので、あまり気にしないようにと言われました。その時は私も見間違いだと思っていました。……いえ。そう思うことにしました。

                  ***

 店員さんがきましたね。あ、紅茶はこちらにお願いします。
 ずいぶん寄り道ばかりですみません……。なにしろ十年以上も前のことですし、今では多くのことが曖昧なのです。その帰り道の風景も、幼馴染と何を話していたのかも……。それに私自身、こういう話をすることに慣れていないものですから。
 もともとあまりお喋りが得意な方ではないのです。一つ一つ、整理しながら話すということは難しいものですね。
 え、そんな。先生の訊き方が丁寧なので……。小説家の方は、いろいろな方から取材をなさるのでしょう? だから聞き上手なのですね。いえ本当に。私も話しやすいです。
 はい。では、話を続けますね。
 母には気にしないようにと言われましたが、そう簡単に忘れられるものではありませんでした。ときおり、あの女の人に呼ばれるような夢を見ることもありました。
 忘れようと意識すればするほど、恐怖は増幅されるものです。子供の頃、先生にもそのような経験がおありだと思います。
 毎日坂道を登り切ると、瞼に力をこめてぎゅっと目を瞑りました。足早に空き家の前を通り過ぎるたび、ほっと安堵に胸を撫で下ろすのです。
 私はそのことを幼馴染の彼に相談しました。季節は秋の半ば、薄暗いあの場所を一人で通るのは怖いので、これからは一緒に帰って欲しいと頼みました。彼はサッカーの部活に入っていたため、私よりも少し帰りが遅かったのですが、他に自宅の方向が同じ子はいなかったので、彼にしか頼めませんでした。
 彼はなんだか複雑な表情をすると、部活が終わるまで待っていられるかと尋ねました。私はもちろん、待つと答えました。だんだんと日が短くなってくる時節に、たった一人であの家の前を通るなんて、考えられませんでした。
 放課後、私は一人きりの教室で本を読んで過ごし、グラウンドを走る彼の姿を見つめていました。沈みゆく太陽が、校庭を一面の朱色に染め上げていました。
 そのうちに、サッカー部が練習を終えて片付けを始めたのが分かりました。ゼッケンを付けた子供たちが、一人、また一人と、校庭から姿を消していきます。
 私は彼のことを迎えに行くために、男の子たちが着替える更衣室の方に向かいました。体育館の隣に、体育倉庫と更衣室がありました。私が渡り廊下を歩いていくと、着替えを終えて集まっていた男の子たちが彼を囃し立てました。
 なぜか顔を赤らめた彼は、私に一人で帰るように言いました。
 どうしてそんな意地悪を言うのかと私が問いただすと、彼は黙って行ってしまうのです。追いかけようとしても、ついてくるなと言われました。
 見上げれば、鮮やかな朱が血飛沫のように空を覆っていました。

 結局私は、彼と一定の距離を保ったまま、背中を追うようにして家路をたどりました。それでも、誰かが前にいるというだけで心強かったのを覚えています。
 彼はぐんぐんと進んでいきます。置いて行かれないよう、私も急ぎ足になりました。
 徐々に陽が暮れて、街並みは灰色にくすんでいきました。道端に、幼児が付けるような赤い前垂れを首にかけたお地蔵様が佇んでいました。黄昏時だからか、そういった普段は目につかないような些細なものが、なんだか不気味に感じられました。
 やがて、あの家が近づいてきます。何か悪いことが起こるような予感を感じました。
 私は駆け足で彼の元に近付き、手を取りました。
 驚いた彼は私の顔を見ましたが、そのままにしてくれました。ほんの少し、恥ずかしい気持ちもありました。しかし、得体の知れない何かに追い立てられるような恐怖が、握り締めた手を固くしていました。
 そのとき彼が呟いた言葉を、私は信じられませんでした。
 ――そんなに怖いなら、庭に入って何かいるか見てみようぜ。
 私は全力で彼の袖を引き、嫌だと首を振りました。彼は意地悪な微笑みを口元に保ったまま、私を引っ張っていこうとします。
 手を繋いだままでいてくれるなら……、と観念した私に、彼は頷きました。
 正直、私にも、興味があったのだと思います。何もないことを自分の目で確認すれば、二階にいた女の人も、ただの見間違いだと納得できるように思いました。
 石造りの門扉には表札が彫られていました。三年生の私でも読める漢字でしたが、読み方はよく分かりませんでした。その門扉を通り抜けて、私たちはおそるおそる庭先に入りました。手に汗が滲んでいるのが彼にも分かったと思います。
 辺りはすっかり薄暗く、だんだんと彼も口数が少なくなっていきました。
 庭には細い金属製の支柱が立てられていました。二階の窓枠のすぐ脇には、物干し竿をかけるためなのか『し』の字形のフックが備えられていました。割れた鉢植えや土の中に埋もれたスコップが、目の前に転がっていました。
 洗濯物を干そうとして、真っ白なワンピースを着た女の人が、身を乗り出します。錆びついた手すりに体重をかけると、そのまま真下にある支柱に……。
 一瞬、目の前に血を流して横たわる女の人の姿が見えたような気がしました。
 一刻も早くこの場から立ち去りたい一心で、私は彼に気が済んだかと尋ねました。空は暗く淀んでいました。濃紺色に染められた大気が周囲を満たしています。
 おどおどする私に気を良くした彼は、家の裏側に回ってみようと言い出しました。私は拒否しましたが、それなら手を離すと言われたので、やむなくついていくことにしました。
 灰色の外壁に沿って歩いているとき、近くで誰かに見られているような気がしました。誰もいないと分かっていても、静寂の中に微かな違和感を感じるのです。
 裏手には、白い柵が隣家との間を隔てているだけで、何もありませんでした。
 灯りがなく、足元にびっしりと苔が生えていたためか、私は足をとられて転んでしまいました。ランドセルの蓋が開き、入っていた教科書が辺りに散らばります。
 二人で教科書を拾い集め、それからは慎重に歩くように気を付けました。
 前庭に戻ってくると、彼も満足したようでした。二階の窓の奥は相変わらず深い暗闇を湛えていましたが、変わりはありません。怖いものなど何もないことを確認できたので、私たちは門扉へと歩みを進めました。
 ……どさり、と何かの落ちるような音がしました。
 思わず、私は握った右手に力を込めました。隣に立つ彼の様子を伺うと、彼も緊張した顔をしていました。どうやら、物音は彼にも聞こえたようです。
 私たちは恐る恐る、後ろを振り返りました。
 視界には、ぼんやりと影を伸ばす細い支柱や、盛られた土があるばかりで、それは先程までと同じ光景でした。彼は笑って、猫か何かが塀から落ちたのだろうと結論付けました。
 しかし……振り返った瞬間、私は見ていたのです。白い何かが、二階の窓から真っ直ぐ下に落ちていくのを……。

                  ***

 ……ああ、ずいぶん話し込んでしまいましたね。紅茶もすっかり冷めています。
 お聞き苦しくはないですか? ええ。今思い出しても背筋の凍る思いです。小さい頃の記憶は曖昧ですが、印象に残った出来事はかくも克明に覚えているものなのですね。私も、ここまではっきりと話せるとは思っていませんでした。
 なんだか身体が冷えてきました……。あ、いえ、大丈夫です。でも、先生もコーヒーを飲み終えたようですし、そろそろ出ませんか? 続きは歩きながらでも……。
 そうですね。実は私もそのつもりだったのです。ここにお呼び立てしたのも、ここからなら電車で行くことができるので。それに、小説の題材にするからには実際に見て頂いた方がいいでしょうし。
 いえ、私も半分お支払いします。お気遣いは結構ですよ。いちおう、私もアルバイトをしているんです。
 すみません、時計はお持ちですか? あ、もうそんな時間なのですね。急ぎましょう。日が暮れてしまいます。
 どこまでお話ししたか忘れてしまいました……。ああそうでした。彼とあの家の周りを歩いたところでしたね。本当に懐かしいです。
 彼ですか? 今は確か自動車の専門学校に通っています。最近は会っていませんね。
 いえ、そういう関係にはなりませんでした。たぶんこれからもこのままだと思います。彼を異性として意識するかと言うと、よく分かりません。いまさらな気もしますし……。
 人間、近くにいるとかえって素直になれないものです。
 そうですね。今考えると、あれが私の初恋だったのかもしれません。ああ、話とは関係ないことでした。先を続けますね。

 私たちはそのまま真っ直ぐ帰りました。私の家の玄関で、彼と別れました。
 ――じゃあ、また明日な。
 別れ際、自分が先ほど見たものについて彼に話そうかとも思いましたが、やめました。信じてもらえないのはもちろんですし、彼のことです。そんなことを言えば、今度は家の中に入ってみようなどと誘われるのは目に見えていました。
 ただいま、と声をかけると、母の返事が返ってきました。キッチンからいい匂いがしていました。そんな些細なことに、わけもなく安心したのを覚えています。
 夕食は私の好きなオムライスでした。母にその日に学校であった出来事を話しながら、私はスプーンについたデミグラスソースを舐めていました。
 それから、その日に宿題を忘れて廊下に立たされた同級生の話題になると、母は眉間に皺を寄せて身を乗り出してきました。
 以前から私の担任の先生は厳しいことで有名で、男女構わず手を上げるような人でした。風の噂によると、前にいた学校では体罰が原因で処分を受けたこともあったようです。
 ――何かされたら、すぐにお母さんに言うのよ。
 私は頷きましたが、そういうことはないだろうと思っていました。先生は確かに厳しい方でしたが、宿題を忘れたり、授業中に上の空だったりしなければ、理不尽に怒ったりはしません。真面目にしていれば何も怖いことはないのです。
 話し終えて、私は算数の宿題が出ていることを思い出しました。帰りはあの家のことで頭がいっぱいだったので、つい忘れていました。
 夕食を終えると、机に立てかけたランドセルを開いて算数の問題集を探しました。
 ――ない。
 連絡帳、配布物を入れるファイル、国語の教科書、リコーダーケース。中を探しても、算数の問題集だけが出てきません。そこでふと、教科書の角についた泥汚れに気が付いて、私はハッと思い当たりました。
 あの家の裏庭――。足元に生えていた苔に躓いて転んでしまった時です。ランドセルの蓋が開き、教科書が散らばってしまいました。きちんと全部拾い集めたつもりでしたが、灯りがなかったためか、算数の問題集を置き忘れてきたようです。
 ――どうしよう。
 焦りと不安がじりじりと押し寄せてきました。明日の朝に学校に行く途中で拾うことはできます。しかし、それでは宿題をやる時間がありません。きっと担任の先生にもひどく叱られるでしょう。
 夜のうちに、私はあの家まで忘れ物を取りに行かなければならなかったのです……。

 それからしばらくして、私は一人夜の道を歩いていました。心臓は激しく脈打っており、今にも気が変になりそうでした。
 忘れ物を拾って、すぐに帰るだけ。もし女の人の幽霊を見たとしても、走って逃げれば大丈夫。私はそう考えていました。
 田舎の道は街灯もまばらです。薄雲に隠れた月明かりが頼りでした。アスファルトには自分自身の落とした影が伸びており、常に誰かに追われているような感覚がありました。
 辺りはしんと静まり返り、吸い込んだ夜の空気は肺を凍らせるようでした。誰かの家の前を通り過ぎたとき、急に吠え出した犬の鳴き声に肝を冷やしました。
 高台を目指して、ゆっくりと坂道を上ります。たまに足を止めては、自分の足音以外に何か聞こえないかどうか、確かめたりもしました。
 漆黒に塗り込められた視界の中に、ぼんやりとあの家の輪郭が浮かび上がりました。
 表札の彫られた門を抜けます。私は視線を足元に固定したまま、二階の窓だけは絶対に見ないものと誓っていました。
 金属の支柱と盛り土の脇を通り過ぎ、外壁に沿って進みました。白い柵が並ぶ裏手までなんとか辿り着きます。私は急いで忘れ物を探しました。
 ――あった。
 目当ての問題集は塀の陰になって見えにくい場所に転がっていました。私はそれを手に取り、土を払います。冊子は夜露のためか少し湿っていました。
 目的を達した安心にそれまでの緊張を緩めて、私は顔を上げました。
 ……すぐ目の前に、白い服を着た女の人が立っていました。
 長い髪が顔を覆っています。口を薄く開き、何事か話したようにも思いましたが、次の瞬間、私はわけの分からない声を上げて逆方向に走り出していました。
 外壁に沿って来た道を引き返し、滑り込むように前庭へ。一息に走り抜けます。
 ほとんど泣きそうになりながら、私は必死で手足を動かしました。
 門扉まであと数メートル。
 ……どさり。
 何かの、落ちる音がしました。
 私の喉から声にならない声が漏れました。すぐにこの場から逃げ出したいと思っているのに、身体は金縛りにあったように動きません。
 強い力で引き寄せられたように、私は上半身をひねりました。
 庭先には、長い髪を垂らした女の人が体を仰向けにして寝そべっていました。その胸を貫き、真っ直ぐ伸びる支柱……。
 ――おいで……。
 声は耳を介さず頭の奥に響いてきます。およそ生気のない彼女の手が、こちらにゆらりと手招きをしました。眩暈を起こしそうになりながらも、私の視線はしっかりとその手に向けられていました。
 ――さあ……。
 足はがくがくと震えて、もう使い物になりません。彼女がこちらにそっと手を伸ばすと、首筋に冷たい手の感触を感じました。
 ――こっちに……。
 突然呼吸ができなくなりました。誰かに首を絞められているような息苦しさを感じます。やがて視線の先で、仰向けになっていた彼女の頭がこちらにごろりと回りました。
 見開かれた瞳は黒いビー玉のように鈍く輝き、口元には歪んだ笑みが張り付いています。朦朧とする意識の中、私は横たわる彼女の姿を目に焼き付けました。
 諦めかけたその時、私は不意にある疑問を抱きました。何かが……。
 ……気が付くと、首元を覆っていた重苦しい感触は消えていました。
 さっきまでのことが嘘だったかのように、身体が軽くなります。しばらく私はその場に立ち尽くしていました。
 視界にあるのは、夜風に揺れる庭草と、月明かりに光る細い支柱だけでした。

                  ***

 もうすぐあの高台が見える頃です……。なんだか、こうやって肩を並べて歩いていると昔を思い出します。こんな風に幼馴染の彼とこの坂道を歩いたものです。
 そうですね。どうして助かったのか、私にもよく分かりません。ただ、彼女が私の前に現れた理由はなんとなく分かる気がします。
 亡くなった彼女のお腹の中には、まだ数カ月のお子さんがいたそうです。
 坂道の頂上は町の一番高い場所にあります。辺りが夕闇に包まれる頃、眼下の家々には明かりが灯っていく。そこにある暖かな家族の営みを見つめながら、彼女は幾度となく、自らの死の瞬間を繰り返したことでしょう。
 毎日ランドセルを背負って前を通り過ぎていく私のことを、彼女は生まれて来なかった娘さんと重ねていたのかもしれませんね。
 ああ、そうです。その角を右に行けば……。さすがに、よくご存知ですね。
 ……すみません。私は一つ、嘘をついていました。
 実は最初から知っていたのです。先生が、以前あの家にお住まいだったことを。ええ。気持ちは分かります。奥様が亡くなられた家にいつまでも住み続けるなんて、とても……。
 理由ですか? 石造りの門に表札が彫られていました。三年生の私にも分かる漢字で、『小鳥遊』と。とても珍しい苗字ですし、大きくなってから読み方を知ったので、覚えていたのです。
 ですから、先生の――タカナシさんのお名前をサークルの名簿で見つけた時には、私も驚きました。下の名前まで同じでしたから、ご本人だと確信しました。
 思えば私が今の大学にいるのも、何かのご縁なのかもしれません。
 一つ、訊いてもいいですか? 奥様が亡くなられた日、先生は何をしていましたか。
 すみません、こんな不謹慎なこと。ただ、なんとなく気になるのです。
 そうですか。その日は一階の書斎でお仕事を……。それでお昼ごろ、庭に奥様が落ちた音に気付かれたのですか。
 悔やみきれませんね……。いえ。嫌なことを思い出させてしまい申し訳ありません。
 え、首を絞められているとき疑問に思ったこと、ですか?
 とても些細なことです。二階の窓のすぐ脇には竿受けが作られていました。だから私は勝手に、奥様は洗濯物を干そうとして手すりにもたれかかり、運悪く転落したのだと想像していたのです。
 ですがそれならなぜ、幽霊として現れた奥様は『体を仰向けにして寝そべって』いたのでしょうか。これでは、背中から落ちて支柱に貫かれたことになってしまいます……。
 不思議ですよね。
 あら、どうかしましたか? お顔の色が優れないようですが……。
 着きました。先生の昔のご自宅です。
 そういえば先生は喫茶店で仰いましたね。騒がしいところでは集中できないから、家で仕事をする時には耳栓をしていると。
 それなのに、奥様が二階から落ちた音には気付けたのですね……?
 ……。
 やはり先生が奥様を……。そうですか。先生のような方でも書けなくなることがあるのですか。それで、それを奥様から責められて。
 ええ。でもきっと、奥様にも先生の辛さは分かっていたと思いますよ。
 やはり人間、近くにいるとかえって素直になれないものです。
 それにしても、変わらないでしょう? 折れかけていますが支柱もまだ残っています。さあ前を見てください。奥様の亡くなられた場所ですよ……。
 先生? 目を逸らさないでください。
 ……どさり。
 ほら、そこに――。


おしまい
Phys
2011年11月27日(日) 11時22分48秒 公開
■この作品の著作権はPhysさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは。
研修の勉強しなきゃいけないのに、土曜に遊び、日曜に小説を書いているダメ社会人です。

最近、ちょっと自分の作風が固定化されているという自覚があったので、がらりと雰囲気を
変えてみました。(成功しているかどうかはあれですけど……)

それと、作者はサスペンス作品を書くことに不慣れなので、あまり怖くないかもしれません。
こうした方がいいよ、といったアドバイスなど残して頂きますと、作者はうれしいです。

最後までお読みいただいた方には、本当にありがとうございました。

この作品の感想をお寄せください。
No.14  Phys  評価:0点  ■2011-12-11 17:17  ID:IPU/7Uof3nE
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陣家さんへ

いつも参考になるコメントありがとうございます! これ、陣家さんが書いた
方が百倍おもしろいのでは……? とコメントを拝見して真剣に考えてしまい
ました。

>崩れ落ちる”落ちる家”を見つめながら抱き合う二人で終劇

ものすごく魅力的な改稿案です。そのまま盗んでアップしてしまいましょうか。
(陣家さんにばれませんように……)

>心霊探偵ユイでまた続編も可能なんじゃないか

続編、書けたらいいなぁ……としみじみ思いました。私は登場人物をきちんと
生きた存在として描くことが苦手です。そしてミステリ仕立てにする癖がある
せいか、終幕と同時に全ての登場人物たちが存在意義を失う、という魂の希薄な
物語になっています。シリーズものを続けられる筆力がついたときには、必ず
実現させますね。たぶん、数年はかかりますけど。笑

>いつもの分かり易いんだけれども納得のいく締め方
恐れ多い評価です。文章表現自体は分かり易いというか、幼いとは思っている
のですが、納得がいくかどうかというと甚だ怪しい書き手です。改善の兆候も
見られません。処置なし、です。

ただ、今構想を練っている中編は、きちんと人の心を描いたお話にしようと
思っています。年末に実家でおもちをほおばりながら書こうかなぁ、なんて
考えたり、です。

というか、陣家さんの新作、今か今かと待っています。待ちきれないのでもう
年末までに投稿してください……。(強要?)

温かいご感想ありがとうございました。
No.13  陣家  評価:40点  ■2011-12-06 21:19  ID:1fwNzkM.QkM
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拝読いたしました。
なんかちょっと遠慮気味にしていたら、すっかり乗り遅れてしまいました。
遅ればせながら、感想書き込みさせていただきます。

怪奇ミステリー物ですね。
ジャンルを問わず常に新しいフィールドを広げていこうとするチャレンジ精神はすばらしいですね。
なんて言うか、書き手さんの無限の可能性をかいま見せてくれているような気がしました。
僕はPhysさんのある意味実直なお話作りが大好きです。
丁寧な伏線回収と、几帳面なストーリー。
誤解を恐れずに言うならば、無骨とも言えるわかりやすい展開。
これって、一度でもお話作りを自分で経験してみれば分かることですけど、簡単なことではないですよね。
そういうのに真摯に取り組んでらっしゃる姿勢にとても共感しております。
そういう意味で言うと前作のコールドスリープのラストは、ちょっと意外でした。
いつもの分かり易いんだけれども納得のいく締め方とはちょっと趣が変わっていましたので。
で、今回も……ちょっと僕が思っていたPhysさんらしさとはこれまたちょっと路線を変えてきたのかな、という感じがしました。
いや、ほんと、勝手な思いこみであって、これはこれで新たな挑戦には違いないとは思うんですが。
ただ、ありあまる構想力が若干裏目に出ている部分もあるのかな、という思いも頭をよぎりました。
もうちょっとかみ砕いてというか、ネタをしゃぶり尽くす勢いで掘り下げるのもありかなあ、と。
冒頭、”タカナシケイタ”というカタカナ表記を憶えていれば、表札のくだりの部分でまあ、なんとなく『先生』の出仕に関わる事件ということなんだろうなあ、というあたりは予想できました。
その後の幽霊が語るアリバイ崩しは強引ながらも納得しました。でも実は霊媒体質の主人公に啓示をを与えたのは水子?!
そこまでは予想できませんでした。というかちょっと分かりにくかったかも。
分かり易くするとしたら……
今私の住んでいる家でもあるのですよ。のあたりから
→主人公のしゃべり方を子どもっぽく変化させる
→うらみつらみで先生を追いつめていく
→逆ギレした先生が主人公に襲いかかる
→幼なじみの男、お助けに登場(夢枕に女の幽霊が云々)
→先生ベランダから墜死
→崩れ落ちる”落ちる家”を見つめながら抱き合う二人で終劇
どうですか、ベタですねえ。
元の趣もなにも無くなってますよね。
勝手に無茶苦茶リライト企画でお許しください。
でも心霊探偵ユイでまた続編も可能なんじゃないかと思ってしまいますね。
巻き込まれ型だけども、被害者のみが知る真実を語る口寄せ種明かしで難事件を次々に解決、みたいな。
ありがちかなあ?

お仕事大変そうですが、がんばってください。
失礼いたしました。
No.12  Phys  評価:--点  ■2011-12-04 22:47  ID:5SJrANTs.8U
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みなさまへ

稚拙な作品に感想をお寄せ頂きまして、本当に恐縮しています。今回は初めて
ホラーっぽいものを書こう、という入門作品のつもりで書いたものなので、
一つ一つのコメントがたいへん参考になりました。落ちダメダメです……。泣

昼野さんへ

私自身、巧みな叙述のテクニックや洒脱な文章表現は最初からあきらめている
書き手です。TCの上手い方と張り合っても絶対に敵わない、と自覚している
次第です。

自作のコンセプトとしては――なるべく構成を見通し良く組み立てて、適度に
伏線を張り、分かりやすい表現を用いてリーダビリティを高める、というもの
になっています。というより、私の実力では構成や話の筋くらいしか差別化を
図る手段がないのです。もっと驚くような展開でなければ読んで頂けないのだ
と実感しました。
このたびは、ありがとうございました。

楠山さんへ

いつもありがとうございます。温かいコメントを拝見して、楠山さんは優しい
方なのだなぁ、と感謝しています。リュックサックを持って山歩きをしている
楠山さんにお怪我がないよう、思いを馳せています。(届いていますか?)

私自身、ランドセルに宿題がないという事態に肝を冷やした経験が幾度となく
あるので、もうこれは実体験さながらです。笑 怖い担任の先生も小学生の頃
のことを思い出して書きました。(本当に怖い人だったんですよ……)

今は勉強が忙しくて少しずつしか読めていませんが、感想がまとまったら楠山
さんの新作にもコメントを残させてください。失礼します。

星野田さんへ

初めまして。詳細なコメントありがとうございます。ホラーというジャンルが
わからない門外漢、は作者もそうです。というか、どうやって書いたらいいか
さっぱりだったので、一人語り形式の雰囲気で押し切った意欲作(?)です。
慣れない語りの形式をとったせいで、余計に粗さが目立ってしまったようで、
ただただ申し訳ありません。少しは楽しんでいただけたのなら、作者としては
何よりです。

最近は、浮気はダメです的な訓話→変な設定の少女小説→病気の奥さんを持つ
夫から見た家族の繋がり→SFもどきの変なミステリ、という流れでいくつか
作品を投稿させて頂きました。なるべく色々な種類の話を書こうと、意識的に
試している段階です。試行錯誤は楽しいですし、こうやって作者の至らなさを
自覚させてもらえる、みなさんのコメントがとても嬉しいです。頑張るぞって
気持ちになります。
このたびは、ありがとうございました。

zooeyさんへ

ありがとうございました。ホラーっぽいものを書くに当たり、zooeyさんに
「なってないよ!」と言われるんじゃないかと思ってびくびくしていました。
でも、否定的な意見を避けて感想を書いて下さったようで、安心しています。

私は物語の筋を進めるために文章の厚みをざっくりカットしてしまう節がある
ので、淡白なのはそこに原因があるんだろうなぁ、と反省しています。恐怖を
じわじわ煽るという技術については、zooeyさんの佳作「ノックの音がした」
を参考にしようと考えています。(あれは本当に上手だ、と思いました)
このたびは、ありがとうございました。

弥田さんへ

お久しぶりです。稚拙な作品を読んでいただきまして、恐縮です。弥田さんの
作品を先日久方ぶりに現代板で見ることができ、ちょっと嬉しくなりました。
感想は相変わらず役立たずだったとは思いますが、ファンの一人なので今後も
よろしくお願いします。

背筋がぞわり、とする怖い描写というものがいったいどんなものかよくわから
ないので(作者はなんでも怖がるので)、もう書き殴りみたいな小説になって
しまいました。終わり方、もう少し考えたいと思います。うむむむ、です。

時折挟まれるどうでもいいような話題がけっこう好きだったりします。自分が
普段ふと気になっているアイテムや、過去に印象的だった物(お地蔵様とか)
などを登場させて、話の筋をぼかしている作者なのです。
このたびは、ありがとうございました。

ゆうすけさんへ

ありがとうございます。先日、ハルミさんのお話読ませて頂きました。古参の
ベテラン作者様の作品に感想を残すのはなんだか緊張するので、実はゆうすけ
さんのギャグ作品にひそかに共鳴しつつも、コメントを控えておりました。笑

複数の仕掛けを効果的に収束させられるように、精進したい次第です。遊びと
勉強については、私の学生時代からのテーマなので、頑張って両立したいなと
思っています。そんな日々に疲れた心の拠り所がTCです。模範的なユーザー
です。
このたびは、ありがとうございました。

蜂蜜さんへ

お目通し頂きまして本当に恐縮です。もう穴があったらはいりたいです。蜂蜜
さんに読まれるとわかっていたならこんな恥ずかしい作品投稿しなかったのに
……。(そういう問題ではないですが)

蜂蜜さんのような研ぎ澄まされた文体、欲しいです。私の表現力はなまくら刀
ですので、なんとか必死で研ぐことで近づけるよう努力したいです。擦り減り
過ぎて刀身が脆くなってしまう可能性もありますが……。
このたびは、ありがとうございました。
No.11  蜂蜜  評価:20点  ■2011-12-03 20:31  ID:r27o9k2g/Ao
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文体がもっと研ぎ澄まされていれば40点をつけたかったです。
No.10  ゆうすけ  評価:30点  ■2011-11-28 18:30  ID:YcX9U6OXQFE
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拝読させていただきました。現代歴史板の活気が眩しい、SF板愛好家のゆうすけです。

恐怖が上手く描けていると感じました。どうなっちゃうんだろう? と、読み始めたら止まらない、この引き込みが素晴らしいです。夜中に一人で問題集を取りに行く所がいいですね。
どさり、この音が本当に聞こえるようです。

皆に指摘されていて気の毒なんですが、ラストのオチがよくわかりませんでした。複数の仕掛けがからまっているように感じましたので、簡略化してメイン一本強化をしたらより恐怖が深まるように思います。タカナシ先生を追い詰めていく過程がいいかな。

土曜に遊び、日曜に小説、いいじゃないですか。人生楽しみましょうよ。遊べる時に徹底的に遊びつくすのがいいと、いい歳した今思っているおじさんの意見です。
No.9  弥田  評価:40点  ■2011-11-28 02:22  ID:ic3DEXrcaRw
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拝読させていただきました。

おもしろかったです。話の内容もさることながら、「時折挟まれるどうでもいいような話題」がなんだか真実味を添えてくれて、女の子が白いなにかを発見するたびに背筋がぞわりとするのでした。
ただやっぱり、ラストはちょっと性急すぎたかな、と思います。(僕も乗り移られたのだ、とは気づきませんでした……><)

偉そうにごめんなさい。ありがとうございました。
No.8  zooey  評価:30点  ■2011-11-28 01:51  ID:1SHiiT1PETY
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こんばんは。読ませていただきました。

やはりうまいなあと思いました。
プロットがしっかりしていて、それをすうっと自然に進めていく筆致がすごいなあと思います。
やはり伏線の貼り方も自然で、それが自然に回収されていました。
説明を最小限に抑えて、それでも読み手に状況を把握させていけるのはすごいですね。

ラストはちょっと淡白だったかなとも思いました。
もっと「先生」を心理的に追い詰めるような描き方のでも良かったかなと。
淡々としているところから、どんどん、どんどん、描写を濃くして恐怖をあおるようにすると、かなり怖いだろうなあなんて思いました。

あと、ほかの方も書かれてますが、ラストは状況が少しわかりにくかったかなと思います。

ともあれ、とても楽しく読ませていただきました。ありがとうございました。
No.7  星野田  評価:50点  ■2011-11-27 22:56  ID:ZTkblJXjeI6
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 こんにちは。はじめまして
 読み終わっても感想を書かないままにしてしまうことがよくあって、本作についても「ホラーってジャンルはあまり読まないし怖いの苦手だし…!!」とおもって感想を一度控えたのですが、なんとなく心に残った作品でしたのでやはり感想を書こうかと思います。たとえば本作の(たぶん)怖がらせシーン的な部分は「ゆゆゆ幽霊怖い怖い怖いから、さささっと読み飛ばして次のシーンいこう、次のシーン」みたいな読み方をしていなかったとも言えないという(失礼ですね…すみません)。
 ですので、ホラーというジャンルがわからない門外漢のちょっと外したひとりごと、くらいな気持ちで感想受け取ってくださいな。

 はじめの方は、「よく覚えてないけど、小学生くらいに体験した怖くて不思議なこと」みたいな雰囲気があって、それがすごく印象的で好きでした。周辺の風景とかはなんとなくしか覚えてないんだけど、妙にくっきりと脳裏に残っている高台の洋館の風景とか。そこのカーテンが閉まってるとか閉じてるとかを、妙にはっきり覚えているとか。
 この作品がなんだか心に残ったというのも、ホラーっぽさよりも、奇妙体験的な要素が見え隠れする本作のそういう部分に魅力を感じたり、自分の琴線にふれられたからなのかもしれません。
 作中では「体験談」である過去の世界と、「インタビュー」がされている現代がいったりきたりするんですが、体験談にひきこまれてずっと過去の世界にいるような気分でこの作品を読みました。洋館だけははっきりくっきりみえる、その周辺はぼんやり、みたいなかんじの夢のなかのいるような感覚をずっと味わえなが読めたというのが、なんか好きだったというか。うまく言葉に表せません(笑)。おばあちゃんが昔体験した戦争の話を聞いている感覚にちかいかも? 本人の体験談だから本人の印象に残っているところは聞いていても生々しく思い浮かぶんだけど、昔のことすぎて、よく思い浮かべられない感じもあるみたいな。そういうしらない場所のしらない風景的なものが思い浮かぶという感じに、妙にはまった変な読者ですが許してください(笑)。

 まあ、そんな変な読み方をしていたせいか、最後のほうで館に行った辺りが展開が早くてちょっと置いていかれた感じがありました。「タカナシ先生がこの洋館にすんでいた」というのは、なんとなくそうかなーと思っていたことでもあったので納得はできたのですが、ヨシダさんの立ち位置が急によくわからなくなって。他の方の感想で「娘の幽霊がとりついて」というので、ああなるほど!!ってなりましたが、なるほどとはなるけど納得ができないというか…!!

 あとこれは、ホラーというジャンルである以上、もしかしたら仕方ないことかもしれませんが……なんていうか、怖さを感じさせるために空気とか状況を描写する必要があるのはわかるのですが、そういう部分に表現の濃さというか、悪く言えばくどさみたいなのを感じます。それが口語体の文章と相まって、より一層くどいなと感じてしまったような。(先に上げた「昔のことなのに妙にはっきり覚えているのが良いな」という感想とは矛盾するかもしれませんが…!!)
 例えば
『忘れようと意識すればするほど、恐怖は増幅されるものです。子供の頃、先生にもそのような経験がおありだと思います。/毎日坂道を登り切ると、瞼に力をこめてぎゅっと目を瞑りました。足早に空き家の前を通り過ぎるたび、ほっと安堵に胸を撫で下ろすのです。/私はそのことを幼馴染の彼に相談しました。季節は秋の半ば、薄暗いあの場所を一人で通るのは怖いので、これからは一緒に帰って欲しいと頼みました。彼はサッカーの部活に入っていたため、私よりも少し帰りが遅かったのですが、他に自宅の方向が同じ子はいなかったので、彼にしか頼めませんでした。/彼はなんだか複雑な表情をすると、部活が終わるまで待っていられるかと尋ねました。私はもちろん、待つと答えました。だんだんと日が短くなってくる時節に、たった一人であの家の前を通るなんて、考えられませんでした。』
 という部分があります。文体としては良い意味で簡潔でわかりやすいのですが、同時に読みながら頭の片隅で「誰かと会話しながらの説明でこういう言い方はするかな」という違和感をなんとなく感じるというか。
 この作品の形式的に「ホラー作家のタカナシ先生が、女子大生から聞いた怖い話をまとめたテキスト」というのでなら、タカナシ先生の編集が入ってるのだろうな、というふうに納得は出来るのですが…というかそういうふうに読んでいたのですが、そうすると最後のシーンでタカナシ先生が当事者になるのがなんとなく府におちなくなってしまって。つまりラスト的に、この作品は現在進行形ですすむ出来事をヨシダさんの口述で表現したもので、タカナシ先生に編集する余裕はない、となってしまうのではないかなと思ったと言いますか。

 そんなかんじで、もやもやを楽しんだり、もやもやに翻弄されたりした思いを本作の読了後にいだきました。自分が何を感じたのかをまとめる意味でも感想を書きたかったのかもしれません。全体的には、むしろ空気や物語を楽しめて読めました(もやもやしているゆえに長々と書いてしまってはいますが(笑)。)
 誤字脱字、失礼な言い回しがありましたら申し訳ありません。ではでは。
No.6  楠山歳幸  評価:30点  ■2011-11-27 22:50  ID:3.rK8dssdKA
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 読ませていただきました。

 人の描写がとても素敵でした。
 女の子の怖がり方、淡々とした語り口、とても雰囲気が出てました。
 男の子の恥じらいといたずら心も面白かったです。子供だったため失ってしまった初恋、思わずキュンとなりましたが、伏線と知って思わず上手いと思いました。
 >そこにある暖かな家族の営みを見つめながら、彼女は幾度となく、自らの死の瞬間を繰り返したことでしょう。
 ここも彼らを上手く表しているようで良かったです。

 ランドセルの中に宿題が無い。ここが一番怖かったです(いや、そこかよ、ですが)。

 変な感想、失礼しました。どうか聞き流してやって下さい。
No.5  昼野  評価:30点  ■2011-11-27 22:40  ID:FJpJfPCO70s
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読ませていただきました。

文章はうまいなあと思いました。単に上手いだけじゃなくて読んでて心地よく感じる文章でした。
プロットの組み立ても上手ですね。見習いたいです。
お話的にはちょっと王道というか、もうちょっとびっくりさせる何かが欲しかったかなと思います。
自分からは以上です。
No.4  Phys  評価:--点  ■2011-11-27 17:55  ID:5SJrANTs.8U
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みなさまへ
とても具体的で、参考になるアドバイスありがとうございます。そして、関連
する作品を教えて頂けて嬉しいです。普段、ホラーものは自分から観ることが
ないので、これをきっかけに手を出してみたいと思います。(研修後、に…)


うんこ太郎さんへ

たまに休憩時間などに詩板を開き、詩を読ませて頂いています。初めてうんこ
太郎様の詩を読んだ時、(失礼ながら)ハンドルネームとのギャップに驚いた
ことを覚えています。笑

かなり無理をしている、と思わせてしまったところは、やはり作者の実力不足
なのだなぁと納得しました。ミステリ的な展開が好きなので、収束させようと
狙っていたのですが、なんだか肩すかしになってしまったようです。

私はよくやってしまうところなので、少しずつ読み手の皆様の感覚に近づける
ように頑張りたいと思いました。(アドバイスありがとうございます!)

桐野夏生、さんはある作品を読んでから避けるようになったのですが、あまり
毛嫌いせずに手を伸ばしてみようと思いました。最近は高橋克彦さんのホラー
短編を電車で読んでいます。(それがきっかけでこの作品を書きました)

西川美和さんは、ディア・ドクターを撮った方ですよね? とても感性溢れる
作劇をなさる方だと認識しています。私は普段あまり映像作品に触れることが
ないのですが、「ゆれる」見てみたいと思います。(研修後に……)

うんこ太郎様は、とても美しい言葉を使われる方という印象を持っています。
これからも、詩を通じて日常の気付きを感じさせてくださいませ。失礼します。


HALさんへ
ありがとうございます。分かりにくい点など指摘して頂けて感激しています。
HALさんは優れた書き手さんであると同時に優れた読み手さんでもありますね。
作者より作品のことを正確に分析されてしまうと、恥ずかしくもあります。
(恥ずかしがってないで改稿しろという話ですが……)

ちなみに作者の意図としては、HALさんがご指摘してくださった、「主人公を
のっとっている霊の主観」のつもりでした。霊媒師さんの降霊術みたいなものを
イメージしています。(発想が稚拙すぎますね……汗)

>表現というか、細部のこまかな描写に、読んでいて作品世界に引き込まれるような力があって
なんだか、HALさんにそれを言われるのは申し訳ないです。まだまだ発展途上
ですが、少しずつHALさんのレベルに近づけるように頑張ります。というか、
その前に勉強頑張ります。

このたびはありがとうございました。


羽田さんへ
>ホラーとサスペンスの境界線
たぶん、どっちつかず、な感じです。高橋克彦さんの短編なんかはその辺りを
かなりバランスよく書いていらっしゃるので、それを理想としていたりします。

私の作品は小さい頃の数少ない読書体験である、少女漫画とミステリー小説の
ハイブリッドで構成されているためか、大抵このようなバランスになります。
最近、肌寒い季節ですし、一度くらいはホラーを書いてみたいなぁという興味
本位でさらっと書き終えたお話でした。
なんとか、「ホラーっぽいやつ」と認識して頂けたようで、よかったです。

青鬼、については前に友達が言っていたような気がしますが、未プレイです。
怖いですね。小さい頃に友達のお兄さんがバイオハザードやってるのを見て、
泣きながら家に帰った覚えがあるので、私には無理です。許してください。
(羽田さんこわい……)

羽田さんの最新作品もさっそく感想を残させて頂きました。相変わらずなんの
感慨も抱かせないコメントとなっていますが、なにとぞご容赦くださいませ。

どうか偉そうな感想をこれからもよろしくお願いいたします。羽田さんの方が
偉いですし。私は小説を書くことで勉強から逃避する弱い人間ですから。笑

では失礼します。
No.3  羽田  評価:30点  ■2011-11-27 15:19  ID:ZhDRDTIgriU
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Phys様へ
拝読させて頂きました。
ホラーとサスペンスの境界線に位置している作品だと思います。
いいものを読ませて頂きました( ´∀`)
ありがとうございます。

第三者の視点ではなく、女性の語りで進んでいく形式なので、話の中に「引っ張られていく」感じがしてよかったです。女性の語りはこちらに向けられているから、顔をそむけることができない、といった印象で怖かった(´・ω・`)
起承転結の構成力が完成されているので、作品の雰囲気が変わってもきちんと形になっているので素晴らしいと思います。長めのモノローグ形式なのに軸がブレない作風は羨ましいです。
いいなあ(´・ω:;.:...


うんこ太郎様もおっしゃっていますが、謎は謎のままでも怖くて良いと思います。
起承転結の結のところでオチを付けたくなる気持ちはとてもよくわかりますが、折角のホラーですから、最後のぞっとする雰囲気をそのまま残しておしまいにしても、素敵だなと感じました。

小説や映画ではないのですが、ホラーゲームの「青鬼」はご存知でしょうか?
青鬼という大きな何かが淡々と追いかけてくる、というかなり心臓に悪いゲームで、とにかく怖いのです。でもその「青鬼」の正体は結局謎のままでゲームは終わってしまいます。
その「謎のまま」というのが余計に恐怖を煽るのです。
私は友人宅でそのゲームをやって絶叫し、隣の部屋の人から壁ドンされました。
もしお時間ございましたら、是非。

偉そうな感想失礼しました。
面白かったです。また読ませてください。
No.2  HAL  評価:30点  ■2011-11-27 14:31  ID:CugkyuG7BGw
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 拝読しました。

 怖かったです。怖いもの見たさもあって、続きが気になって、ぐいぐい読まされました。でもただぞぞっとするような怖さだけではなくて、静かな語りもあってか、どこか物悲しいような雰囲気があって、それがよかったです。繊細な描写やほほえましい小学生のやりとりなども、さりげないながらとても魅力的で、楽しませていただきました。

 いずれも些事で恐縮ですが、ちょっと気になったところをいくつか。

 ひとつは主人公が、いまはこの家に住んでいるという描写。
 彼女は大学生ですよね? そこで人が亡くなったことも(それが近所で有名な話ということ)、主人公が妙なものを見たことも重々知っているはずの親御さんが、よくそんないわくつきの家に移り住む(または主人公をひとりで住まわせる?)ことを承知したものだな、と。あるいは、
> 母の――いえ、奥様の亡くなられた場所ですよ……。
 こことあわせて考えてみれば、亡くなったお腹の子にのりうつられてしまって、以来、奇行をとっている……と解釈するのがいいのかなあ、とか。そうすると、それは小学三年生の時のあの夜以来、ずっとその状態が続いているのか。それとも普段はまったく無自覚に日常を送っていて、名簿で「先生」を見つけたときにはじめてその状態になったのか……。大学に通って勉強しているという描写を読むと、後者なのかなという気もします。それならば住んでいる、というのはあくまで彼女の主観(主人公をのっとっている霊の主観?)で、実際にはただ廃屋に勝手に入り込んでいるだけなのか。
 そのあたり、うまく納得のいく解釈を見つけきれなくて、少しもやもやしてしまいました。単純に読解力が足りていなかったらごめんなさい!(汗)

 もうひとつは文章表現で、
> この世の者とは思えないほど青白い手を
 ここの「ほど」がちょっと気になりました。それだと主人公がこの女の人を「この世の人だ」と思っているように読めてしまうかなと。

 あと、一箇所だけ誤変換を見つけましたので、念のためご報告を。
> 今日お呼びした要件についてですが

 表現というか、細部のこまかな描写に、読んでいて作品世界に引き込まれるような力があって、つくづく見習いたいと思いました。たとえば、
> 自分が後ろの足音を意識していることを悟られないように、私は徐々に早足になりました。
> 道端に、幼児が付けるような赤い前垂れを首にかけたお地蔵様が佇んでいました。黄昏時だからか、そういった普段は目につかないような些細なものが、なんだか不気味に感じられました。
> 冊子は夜露のためか少し湿っていました。
 こういう何気ない描写が、過去語りにさりげなく臨場感を与えていて。

 ……ということで、楽しませていただきました。自分の拙い筆は盛大に棚に上げて、好き勝手なことをいってしまいましたが、どうかお許しくださいますよう。
No.1  うんこ太郎  評価:30点  ■2011-11-27 13:31  ID:7jXp3sOrvW2
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はじめまして。いやあ、良かったです。(ネタばれ含むコメントあります)

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算数の問題集をとりに行って、お化けと出会うまでの展開がよかったです。
王道の展開ですね!女性のおっとりした語り口がまたよくて、
それがお話を盛り上げてくれていると思います。

全体通してどうなるんだろう、どうなるんだろうと、常につづきを
気にかけながら読むことができました。黒いビー玉のような瞳!こわい。

思ったこととしては、結末では話を落とすためにかなりの無理をしている
感じがしました。だから、べつに無理に落とさなくても良いかなと。

ぜんぜん参考にならないかもしれませんが、桐野夏生の作品に「柔らかい頬」
というのがあって、サスペンスなんですけど、謎が収束しないんですね。
謎は謎のまま。それでもおもしろいというか、それだからこそおもしろくて…。
もしお読みでなければおすすめです。

あと、西川美和の映画で「ゆれる」(スウェイ)という作品があって、
これもサスペンス感あふれます!

研修の勉強のお邪魔をしてしまって恐縮なようですが、「ゆれる」は
もし見ていらっしゃらなかったらおすすめです。オダギリジョーが格好いいです。

つたない感想というか、好みのおしつけをすみません…。
研修がんばってください。

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