サヨナラセカイ
 気だるいからだを引きずって冷蔵庫の中を確認すれば、これといって何もなくて。生ぬるい風を受けて一つ身震いをする。仕方がないのでペットボトルを取り出して一口含み、すぐに戻した。動かない左足が邪魔でたまらない。
 ネットも繋がらない。食料はそこをついた。テレビの回線はとうの昔に遮断され、電気の供給は半年ほど前に途絶えた。生活するために必要なガスもろくになく、今のところ水だけがなんとか行き届いているが、これもじきに止まるのだろう。そのときのために今から水を溜めておくのが賢いと思うが、使う体力がなかった。
 身体のいたるところがいたいのに意識を手放すこともできない。じきに痛みさえもわからなくなるのだろう。再びソファまで戻るのも馬鹿らしくて、私は白い箱に背を預けて宙を眺めた。視界の端では現れていない食器がつまれている。
 締め切ったカーテンが開かれることは、ない。強すぎる紫外線が皮膚を溶かして、数時間もしないうちに命を落とすだろう。先日、興味本位でカーテンを開けたときに焼けた左足は、ほんの数秒しか当たっていなかったのに患部は真っ黒になっている。夜の間なら大丈夫だろうと油断してしまった自分が恨めしい。ぼんやりと天井を眺めていた視線をそこへ移せば、くるぶしから脛までと範囲を広げていた。
 死ぬのかな、わたし。まぁ、それもいいかな。
 急に紫外線が強くなり、数え切れないほどの命を奪ったあの日、両親は仕事で外に出ていた。もうずっと待っているのに帰ってこないということは、そういうことなんだろう。絶望するわたしを必死に励ましてくれていた兄は、わたしが左足を壊す前からずっと動いていない。室内に充満する異臭だけが変わらずこの家にはあった。
 きっとこのマンション内で生きてる人なんて、片手で数えられるぐらいだろう。いや、それだけの人間がまだ息をしているのだろうか。世界の人口はどうなったのかな。統計なんてできそうもないけれど、きっと半分以上減ったに違いない。あの日から何年も経っているのだから、一億人もいるのだろうか。
 混乱する人々の映像をぼんやりと思い出す。外にでてはいけないのなら地下に逃げようと考えた人はもちろんいた。だけど、その作業をするような人間が残っていなかった。外に出れば死しかないのだ。そんなところに進んでいくような馬鹿がいるわけがない。食料なんて手に出来る状態じゃなくて、要するに足掻く体力があるぐらいならただじっと黙って膝を抱えているほうが賢明なのだ。そういう世界になってしまったのだから。
 瞼が下りてきて、目を開けていられない。このまま、ここでじっとしていれば死ねるだろうか。死ぬのだろうか。
 消息不明の彼や、大好きな親友の顔も思い出せないわたしなんて―――。
 まっくろにそまってしにたくないなぁ、と、だれに見られるわけもないのにそう思った。
月子
2012年04月02日(月) 23時02分45秒 公開
■この作品の著作権は月子さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ

お久しぶりです。


相変わらず短いものばかりです。
たまにはこんなのもありかなぁ、なんて思いながら書きました。

息抜き程度に読んでもらえれば嬉しいです。

この作品の感想をお寄せください。
No.10  月子  評価:--点  ■2012-04-28 20:30  ID:1jnboxXQj5w
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>>ぢみへんさん


マシソンの「アイ・アム・レジェンド」って映画のやつですか?
すいません、よく知らないので気になってしまいました。
文章を褒めていただけるのは嬉しいことです。ありがとうございます。
アクションをいれるのもいいですね。
この作品はそういうのを一切考えていないので、また別のもので参考にさせていただきたいと思います。

どうもありがとうございました。
No.9  ぢみへん  評価:30点  ■2012-04-27 23:42  ID:lwDsoEvkisA
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これはまるでマシソンの「アイ・アム・レジェンド」ですね!
先走らない、丁寧な文章で、上手いなぁと思いました。
夜の間にマンション内を徘徊するようなアクションを入れるなどすると、よりよい作品に仕上がっただろうと思いますよ。
No.8  月子  評価:--点  ■2012-04-15 20:11  ID:1jnboxXQj5w
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>>Physさん

ひらがなにするのは正直迷いました。
緊張感がゆるんだ・・・うぅん、やっぱり文章は難しいですね。

>強すぎる紫外線が皮膚を溶かして
あまり意識していなかったのですが、たしかにカーテンだけでは無理がありますね。
表現自体は気に入っているので、もう少し詳しく書けばよかったなぁと思います。
参考になります。

「掌編には決め手となる一撃」って素敵ですね。
なんというか、こういうのが欲しい!足りない!と書いていただけるのは幸せだなぁと思います。
いつか長め(きっと短編にもいかないと思いますが)も投稿してみたいと思っていますので、そのときは相手してやってください。

どうもありがとうございました。



>>らたさん

「ものたりない」、この短さでこの文章ならたしかにそうだと思います。
その中で色々と考えて読んでいただけるのは嬉しい限りです。
ただ、もっと輪郭を持たせられるように精進しますね。

どうもありがとうございました。

No.7  らた  評価:30点  ■2012-04-14 19:28  ID:9hhwgmk6ESY
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はじめましてらたと申します。拝読しました。
一読して、好きな世界観だと思いました。
でも少し物足りないとも思いました。
ぼんやりと輪郭のないまま終わってしまった感じです。
しかしながら世界が途絶えた空気感や絶望するのも疲れたという感触、
「真っ黒に染まる」というフレーズが紫外線のことだけでなく
心情に関連付けたり、色々と考えられるのが面白かったです。
それでは失礼いたします。
No.6  Phys  評価:30点  ■2012-04-13 21:06  ID:fVM6jynk0/Q
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拝読しました。

ううん。やっぱり月子さんはきれいに文章を書かれる人だなあ、と思いました。
女の人を感じる掌編ですね。ひらがなに開いている部分はなんとなく緊張感を
緩めているような気もしますが、全体に雰囲気が伝わる素敵な文章でした。

>強すぎる紫外線が皮膚を溶かして
溶かす、という表現は反応として違和感を感じてしまいました。それだけ強い
紫外線ならば、カーテンくらいで遮蔽できるものではないような気もします。
SFを書こうとされているわけではないと思うので、特に気にせず、聞き流して
ください。汗

点数はもっと高くしようと最初は思っていたのですが、掌編には決め手となる
一撃みたいなものが欲しくなってしまう読み手ですので、今回はこの感じです。
月子さんの思いをぎゅっと詰め込んだ長めのものも読んでみたいです。

拙い感想失礼いたしました。
また、読ませてください。
No.5  月子  評価:--点  ■2012-04-10 20:20  ID:1jnboxXQj5w
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>>うちだけいさん


そうですね、これは震災後の作品です。
というか、今月の始めに書いたものです。

書いている最中、震災のことはまったく頭にありませんでした。
いや、この言い方だと語弊がありそうですね。
この作品を書くにあたって震災を意識してはいません。
ただ、こういう雰囲気のものを読んだばかりだったのと、自分が書いたことのないものを書きたかっただけです。

ただ、うちださんのように震災のことが浮かんだ方もいるのかもしれませんね。
読んでくださった方が作品に対してもつイメージについては口を出すことは出来ないのでなんともいえませんが。


ありがとうございました。
No.4  うちだけい  評価:30点  ■2012-04-09 22:11  ID:VwBG1QpuyMo
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震災以前の小説、震災以後の小説。こういった表現が最近ずっと使われ続けているんですけれども、この作品はもちろん以後の小説ですよね。なにか作者様の心の中にずっとわだかまっているものを、書こう。もしくは、なんとなく書き始めてみたら、どんどん『そっち』にひきづられてしまった。みたいに読めました。もしかしたら死んでしまっていたかもしれない。だとか、これからも昨年の震災のようなことが起こってしまうかもしれない、といったような感じは誰もが明確にもってしまったのかもしれませんね。
No.3  月子  評価:--点  ■2012-04-04 15:14  ID:1jnboxXQj5w
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>>白星奏夜さん

ジャンル違いでしたね、すいません。
世界観を好きといってもらえるのは本当に嬉しいです。

どうもありがとうございました。



>>十一さん

思いつきが先行して練り込みが足りない、まったくその通りです。
不自然な点を指摘していただきありがとうございます。
恥ずかしくてたまらないです。

死に依存し脱却しないまま終わっているのはわざとなので、残念という感想をもらえるのは新鮮です。
また、このような掌編を何度か読んだことのあるとのことですが、私も何度か目にしています。
ただ、私が読んだものの中ではこういう終わりをしていなかったので悔しいです。
一捻りって難しいですね。とても頭を悩まされます。

どうでもいいのですが、以前からこのサイトに投稿させていただくたびに「○○に依存している」と感想をもらいます。
今回のは今までと雰囲気も設定もまったく違うので、共通するような感想をもらえてほっとしました。

どうもありがとうございました。
No.2  十一  評価:20点  ■2012-04-04 06:42  ID:wYgzQgVuDaw
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思い付きが先行していて読み物としては練り込みが足りない部分が見受けられます。特に気になったのは「あの日から何年も経っているのだから〜」の一文で、予期せぬ災害に見舞われてマンションの一室に閉じ込められたのに、果たして「何年も」生きていけるほどの備蓄があるものかと首を傾げてしまう。掌編でこのような不自然な点があるとどうしても目立ちます。短いからこそ入念に推敲して下さい。
またラストに到る展開が死≠ノ依存している感が強く、そこから脱却しないまま終わってしまっているのが残念。実を言うとほぼ同じような内容の掌編はこれまで何度か読んだことがあり、そのどれもがやはり似た終わり方をしています。アイディアというレベルで語るなら、恐らく大概の人が思い付くものでしかないのではないかと。ただ、だから書くなというのではなくて、だから個性が欲しい。同じアイディアを持つ人に「してやられた!」と思わせる一捻りが欲しいのです。
以上、失礼しました。
No.1  白星奏夜  評価:30点  ■2012-04-03 20:42  ID:wlKc4GrBaxk
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はじめまして、白星と申します。拝読させて頂きました。

これは、ファンタジーかSFなんではないだろうかなどと思いつつ、こういう世界観は好きだなぁと感じました。ウィル・スミスの映画にも似た感じのがあった気がします。
短い中ですが、置かれた状況や、世界の様子が強烈な印象を与えていて、迫力があるというか、すごいなぁと思わされました。何の準備もなしに外に出ることを絶たれたら、もうどうすることもできませんね。

拙い感想ですが、失礼致しました。
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