Drop fRom toKyo
 時計は無いが、今は大体七時四十五分だということを理解している。何故なら私は七時四十二分発の、上りの電車に乗って、大体にして三分半の曲を聞き終わったからだ。規則正しく揺れる電車に乗っている私は、ため息を吐いた。こんな風に物憂ぐのを許されるのは、美男美女だけだということは分かっている。でも本当に憂鬱で、今すぐ逃げ出したい衝動を必死に抑える。
 私は学校なんて嫌いだ。中学校に上がった頃から、ずっと思い続けている。別にいじめがあるとかそういうのではなくて、単純に勉学に励むという意味がいまひとつ理解しかねるだけだ。まぁ義務教育が修了した私には、勉強しないとかいう選択肢があったわけだけど。
「……だる」
 呟いてみる。それはガタンガタンにかき消されて、私はちっぽけだなぁと感じた。もう二、三度電車は揺れて電車は止まった。慣性の法則にしたがって、私の体は進行方向へ倒れそうになる。あぁなんて無駄な知識。
 アナウンスは私の降りるべき駅を告げ、扉を閉めるちょうど前に、
『――――ドアがしまります、ご注意ください』
と言った。再び電車は動き出した。何処かに居るであろう神様に向かって、一回くらいいいでしょ。と、心の中で呟いた。明日は行く。今は心の中で決心してみる。
 耳元で甘い声で囁くバラードとは裏腹、電車は乱れることなく揺れる。それは次第に人という群れを減らしたり増やしたりしながら行き、そして都心へと向かう。私は人生初の学校サボりに、群れの一員となって東京へ降りてみた。当たり前だが、東京はやっぱり人が多かった。
 改札口から出ると、開放感で胸がいっぱいになる。息を大きく吸って、吐く。何だかごみくさくて、ふいに目の前にある大きなビルを見つめた。隙間から見える空が、灰色だ。駅に別れを告げようと、後ろを振り返る。ずっと鳴っていた音楽がやんで、思わずイヤホンを外す。

 目の前に、私が居た。目の前に居る私は、強気に笑っていた。私は、

「……蒸発、しないじゃん」

と呟いた。中学校三年生の私は、“皆と同じ”、受験の為に刻苦勉励。確か、そのときは授業中で、理科の天体の話をしていたのだと思う。宇宙のどこかにもう一人の自分が存在して、お互いが出会ってしまうと、プラスとマイナスの反応で、どちらとも蒸発してしまう。先生は冗談交じりにそう言った。そんな内容に矛盾して今が起こっていることに、私は思わず口を開いた。
 目の前にいる私は、軽くため息を付いた。
「……やっぱ、本物には適わないなぁ」
 そう呟いた私の偽物は、よく見ると顔立ちはそんなに似ていなかった。それと同時に、そりゃ蒸発もしないよなぁ。と、くだらない事が頭に浮かんだ。
「……というか、貴女は誰なの?」
「あぁ、私は黒田智子。貴女と同じ学校の生徒、同じ学年だよ。驚かして御免……って、驚いて無かったけどねぇ」
 私の偽物は黒田さんと言うらしい。黒田さんはブレザーのポケットに手を入れ、残念そうに肩をすくめた。私は、驚いたに決まってるし。と、反論を試みた。
「いやいや嘘でしょ。その顔されちゃったら、ねぇ?」
「ごめん、こういう顔。……っていうか、学校。いいの? 行かなくて」
「あぁ、貴女が学校に行くのなら行ってたけどさ。……それより、少し歩こうか?」
 黒田さんは私の横を通り過ぎて、前を歩く。これが反射による反応なのかは知らないが、私はその後を追って歩いた。
 私と黒田さんで、通行の群れの中にまぎれこむ。この、同じような二人が一緒に歩いていると言う状況に、人々は何も反応をしない。所詮そんなものだ、人間など、自分自身の保護に精一杯なのだから。
 私は黒田さんの横に並んで、黒田さんの顔を覗き込んだ。黒田さんは、ん? と私に笑いかけた。私は何をいえばいいのか分からなくて、思わず、
「あの……私のこと知ってるの?」
とかくだらない事を言ってしまった。こんな所で自分の浅学さを晒す羽目になるとは、おそらく電車の中で揺れていた私は考えもしなかっただろう。
「もちろんさぁ。白谷頼香、白い谷に頼る香りで、しろたによりか」
「……流石、私を真似ただけあるねぇ」
 純粋に感動しているだけなのだけど、上から目線だと勘違いされてしまったら嫌だなぁと思いつつ、待ち時間が異常に長く感じるスクランブル交差点で、立ち止まった。
「ね、あたしがどうして白谷さんのことを真似たか、気になる?」
 どう返事するのが無難なのか、頭をフル活用して、私はとりあえずうなずいてみた。
「……あたしさ、怪物になりたいんだよね」
「……怪物か」
「うん。ね、驚いた? それとも馬鹿だなって思った?」
 黒田さんの問いかけに、足して二で割ったくらい、と答えた。そうして私は、青になった信号を見つめる。黒田さんの足は動かない。だから私も動かないで、欠伸をする。黒田さんの長い髪が、私のボサボサとは違って、綺麗。やっぱこの人私と似てないな。
「もっと詳しく言えばね? あたし役者になりたいの老若男女問わない、何でもできる。ばかばかしい夢だって思ったでしょ? でもね、楽しいの」
 一人で自分の心を晒す黒田さんくらい、まっすぐになったことがない私。私は将来の自分を創造したことなど無くて、いつも自然の流れの法則にしたがって生きている。それは等速直線運動のように、まわりからも、自分からも力を加えず、ただ、なるがままである。

「……ごめん、どうでもいい」

 だから、そんな一生懸命な黒田さんなんて、心底どうでもいい。自分のことしか考えられない黒田さんに、何でもできる役者なんてできるわけが無い。少なくとも私はそう考えるし、興味なんて沸かない。
「……え?」
「私に夢を語って、叶う? 私の真似して満足ですか。自己満足で完結の貴女なんかに興味ないです」
 私はどうして自分の口からこんな言葉が出るのか分からなかった。ただ黒田さんが、勉強もしないで、こんなところに私と同じ格好をして一緒に居るのが腹立たしいことこの上なかった。
「自己満足、確かにそうかもしれないねー」
彼女は、肯定した。
「……」
「けど、今はそれでいいのよ。自己満足するだけして、落ちるだけ落ちて、現実をはっきり認識した結果、楽しんで怪物になれてるあたしを夢見ることは、多分他人の邪魔をしていないのよ」
 なんで、なんで黒田さんは、私の言ったことを全て肯定的に捉えることが出来るのだろう。私は、他人のことなんて、どうでもいいと考えているというのに。その思考は、私がもっていないもので、私は、自分の小ささに慄然とした。
「……でも、あたしが今日白谷さんのまねをして、迷惑であったとするのなら反省するし、謝る」
「そんなことないよ、あれはあくまで興味の問題だから、……それよりも、なんで、なんで私は貴女を、こんなに落とそうとしているのに、なんで、」

「そんなの簡単だよ、誰かに何かを言われたくらいで、あたしの夢は変わらないのよ」

 黒田さんは、都会の灰色の空をも青く変えてしまいそうなくらい、まっすぐだ。この比喩が果たして正しいものかは分からないし、私の意志はあくまで変わらない、人間は選んだ道、例えば此処では高校で勉学に励む、ということをしっかり行うべきだと思う。だけど、そんなことを覆すぐらいに、黒田さんはまっすぐだった。

 今日、あたしは、人間の怪物に出会った。
無花果
2012年03月08日(木) 21時29分21秒 公開
■この作品の著作権は無花果さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
何か去年の夏とかに書いてた奴です。
ぐだぐだです。 すみません。

この作品の感想をお寄せください。
No.7  楠山歳幸  評価:30点  ■2012-03-26 23:44  ID:3.rK8dssdKA
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 読ませていただきました。

 雰囲気のあるいい文章でした。年ごろの表現もとても出ていて良かったです。成り行きでサボってしまった、というところも憂鬱な感情にこちらも感情移入できて良かったです。
 最初自分が居たという考えは面白いと思いましたが、「蒸発」にしばらく?となりました。そして怪物へと印象が変わっていくという感じですが、怪物になるところが少し性急だったかな、という感じでした。

 でも全体に気持ちのこもった良い作品でした。失礼しました。
No.6  無花果  評価:0点  ■2012-03-21 09:25  ID:4IAzVpucscY
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ゆうすけ様>お読みいただき有難う御座います。

>冒頭の物憂げな、なんとなく勉強したくない感じの感情描写がいいですね。

有難う御座います。あたし本当に勉強したくないんです。いやマジでしたくないんです。だからこの作品にぶつけてやりました。テスト前とか本当つらいです。生きている意味を探し始めたりとかします。

>自分の分身だと思ったのは、役者志望の黒田さんですが、なんでマネしたかよく分かりませんでした。

そうですね、やっぱりここの部分が曖昧となってしまいました。ご指摘有難う御座います。

感想に返信を書くことが苦手で、というか感想を書くことが苦手なので、拙い返事となってしまいました。すみません。

No.5  ゆうすけ  評価:20点  ■2012-03-20 15:43  ID:m0hMR5bWYIY
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拝読させていただきました。感想書きオヤジのゆうすけです。

冒頭の物憂げな、なんとなく勉強したくない感じの感情描写がいいですね。さすがに現役の学生さんだなと思います。二十年以上昔の当時が蘇ります。初めてさぼる時の感覚、申し訳ないような開放感、この感覚が懐かしいです。
さてもう一人の自分との出会い。この黒田さんは、主人公と違って強い自我を持ち夢を追いかけている魅力的なキャラですね。ここで私は悩みました。いったい何がこの小説の核なのだろうと? 自分の分身だと思ったのは、役者志望の黒田さんですが、なんでマネしたかよく分かりませんでした。
「誰かに何かを言われたくらいで、あたしの夢は変わらないのよ」←このセリフはいいですね。これを言える人なら怪物を思えるでしょう。
自分に似た存在との出会い、陣屋さんがいうドッペルゲンガーものですね、青春時代の悩み「自我確立」自分はこれでいいんだという自分の道の探究、これは普遍的なテーマです。今、想い感じている事、公園の土管の中に向かって叫びたい事、全てが作品を書く根幹となると思います。
では執筆頑張ってくださいね。
No.4  無花果  評価:--点  ■2012-03-18 17:46  ID:kmBLwuGOG0c
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陣家様>お読みいただき有難う御座いました。
あ、え、感想頂いてたのですか。おそらく、感想を頂いていた作品の頃、受験勉強の為、ろくにPCを開いていなかったので、見逃していたのかもしれません。返信できなくて申しわけ御座いませんでした。あとノーテンチョップ有難う御座います(?)

中3の夏休みだったかな、ちょっと大人の書いてやろう!みたいな気持ちで書いていたのですが、ですね、分かりやすい方がいいですね。ちょっと難しい単語で大人になるだなんてあほでした。笑 やわらかいだなんて、有難う御座います!嬉しい! 

そうですね、個性的だった理由・・・。うん、白谷さんは普通の少女のはずなのに、黒田さんには違って見えたんだ。っていう感じを伝えたかったのですが、うむ、難しいものですね。

すみません、訂正しておきました。二箇所ミスがあったみたいで。
ご指摘有難う御座います。


No.3  陣家  評価:20点  ■2012-03-18 00:07  ID:1fwNzkM.QkM
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無花果さん
お久しぶりです
陣家です
憶えてないかもしれないですが、無花果さんのチュウテンラジヲにノーテンチョップされたのは記憶に鮮明に残っていますよ。
(たしか、Physさんが感想付けてたような……)
そして、その次の作品に感想付けさせて頂いたのですが、返信のないままお見かけしなくなってしまったので、ああ、またやってしまったか……と、ちょっとだけ思っていました。
もどってこられて安心致しました。

以前の作品だけを見る限り、メルヘンチックなかわいらしいお話が無花果さんのお得意かなと思っていましたが、無花果さんも大人になったんですね。
それでもやっぱり柔らかい文章は相変わらず読んでいて気持ちよくて変に難しい単語はかえって邪魔な気がしてしましました。

お話の方は、うん、ドッペルゲンガー物ですね、いやあみんな好きなんだなあ、ドッペルゲンガー。
だれしも青春の一時期には出会ってるのかもしれないですね。
そしてその瞬間に入れ替わっていたりして……。

とりあえず主人公の白谷さんが面識のない黒田さんがまねっこするほどの個性的で校内の有名人であった理由が欲しかったですね。

あ、最後の白谷さんが直っていませんですよ、蛇足ですが。

それでわ
No.2  無花果  評価:--点  ■2012-03-14 13:19  ID:72q5b3ac4II
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Phys様>
感想有難う御座います。
ええと、私は中学校卒業間近の学生です。

大人びた文を書きたくって、色々試行錯誤してみた結果、やっぱり
読みにくいですよね。これからはもっと簡単に伝わるような書き方をしてみたいと思います。

プロローグみたいですね、なんというか不完全燃焼というか。結果としてあまりきちんとした落ちが見つからなくて、このような形になってしまいました。今後は起承転結の“結”の部分を大事にしたいと思います。

有難う御座います、こんな大したことのない文しかかけないけど、これからも頑張っておはなし作り続けたいと思いました。

それと、最後のは完全にミスです。訂正しておきました。ご指摘有難う御座います。
No.1  Phys  評価:30点  ■2012-03-13 21:37  ID:GlNrP1Xmu4s
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拝読しました。

こんばんは。
無花果さんの作品に感想を書くのは初めてかもしれません。
お話を読ませて頂いたので、少しだけ思ったことを書かせて下さい。

センスのある文体だなぁ、と思いました。無花果さんは学生さんでしょうか?
無気力な少女の目線、何者にもなれなくてもがいている心情が伝わってきて、
自分の中学生くらいの頃を思い出しました。

大人びた言葉がたくさん使われていてかっこいいなぁ、とは思ったのですが、
ほんの少し、読み手には背伸びをしている印象を与えてしまうかもしれません。
私はあんまり難しいことばが得意ではないので、易しい表現の方が読みやすい
です。

>今日、あたしは、人間の怪物に出会った。

内容としては、どちらかというと長いおはなしのプロローグ、みたいな雰囲気
でしょうか。これから二人の「Drop fRom toKyo」が始まる……! なんて
字幕が出てきそうです。私は、お話の最後には何かしらの落ち、または解決が
あった方が好きなので、ちょっとだけ掌編としては物足りなかったです。

ぐだぐだ、なんかじゃないと思いますよ。これからもたくさん書いて、無花果
さんの今感じていること、等身大の気持ちを文章にぶつけて欲しいです。今の
無花果さんにしか書けないものがあるはずです。私は楽しみにしています。

あ、それから、最後の場面で

>白谷さんは、都会の灰色の空をも青く変えてしまいそうなくらい、まっすぐだ。

とあるのは、『黒田さん』の間違いなのかな? と思いました。主人公さんは
白谷さんで、それを真似っこしているのが黒田さんでしたよね?
勘違いだったらすみません。汗

また、読ませてください。
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