くれない
 とにかく芝浦の海辺は寒くて、レンボーブリッジを眺めながらタバコをふかすのだけれど、ポッと赤く点火する先端を見ても、ああ、やっぱり寒いものはどうやっても寒いものだなぁと、こんどはコートのポケットからいっそ手を出して、中空の風に晒してみるのだが、いかんせん心がどうも侘しすぎるのだ。

 さて、先週の木曜にようやく映画が完成したのだけれど、もう今日の午後には編集を終えてさっそく銀座でコーヒーを飲んでいた。知り合いのクラブのママに偶然会えて、株式投資の話を小一時間してから、タバコが切れたのを機にママに別れを告げてカフェをでた。

 そうだ、そろそろ冬物のコートを買わなくちゃいけないな。というわけで、バーニーズニューヨークを訪れてはみたものの、ドアマンの視線がやたら気に障って、自信も無くなって、結局ZARAへ移動をして、好みの店員のおすすめをそのまま衝動的に購入してしまったのだった。あの店員さんがこれで少しでも気持ちが晴れたらいいな、と考えながら松坂屋のトイレでさっそく購入したコートを羽織ってみると、うん、なかなか悪くない、が、しかし、きっと小粋なハット帽があればもっと良くなるかもしれないな、と思った。

 思いとは、何て悲しいものなのでしょう。

 私は、何かを思うとき、すでに悲しい予感に取り付かれてしまっている。銀行で貯金をおろし、ハット帽を購入したのだが、得体の知れない虚しさに包まれてしまい、有楽町まで歩いて、包みを開けてハット帽を取り出し、宝くじ売り場の女性に「あげる」と言って差し出した。

 女性は、得体の知れない笑顔を私に向けた。

 伝書鳩がたまに私の家の上空を通過する。それを目撃した時、私はときどき得たいの知れない笑顔になっている。まさに、この女性の笑顔はそういうものと同じ系統のものだろうと推測した。

 推測。ああ、こいつは世界規模で考えてみても断トツで悲しい予感を秘めているんじゃないか? 推測なんてするもんじゃないよ、本当に。昔、親戚のよく知らない叔父が私にそう言い諭してくれた。その言葉だけはとっても大切に私の心の保管倉庫にしまってある。

 まあ、とにかく。

 ハット帽をどうにか捨てたい願いを抱えて、そのまま結局芝浦まで歩いてきたわけだが、日も沈み、心もついでに沈みこんで、お腹が空いても、それを俄然無視して、海をひたすら眺めていた。

 そろそろ、ハット帽を投げ捨ててしまおうか。街はいつまでたっても変わらないし、私の映画は誰も受け入れてくれないし、雨が降ればいずれかは止んでしまうわけだし、空はいつまでたっても空だし、アメリカは日本人を舐めてるし、男はいつまでたっても女が好きだし、私の悩みは誰の心も救えないのだし、水を飲まなきゃ死んじゃうし、とうもろこしは黄色いし、鏡はいつでも私を映すし、クロアチアは土地の名前だし、名前は意味があるようで無いし、地平線は地球が丸い証拠だと思うし、忍者は水の上も歩くし、バッタは飛んだり跳ねたりするし、もぐらは潜るし、ジャニーズはカッコイイし、ああ、涙はいったいなぜ流れるの? ああ、誰か教えて欲しい、涙は何故流れてしまうの?
 
 横浜へ行こう。そして、ラーメンでも食べて、村上春樹でも読みながら、ドトールでココアを注文して、窓辺に座って・・・・・・・。

 でも、そのまえにこのハット帽を捨ててしまわなくちゃいけない。せっかくポケットから手を出したんだ、ついでの勢いでハット帽を海に投げてしまおう。明日になったら撮った映画も全てこの海に投げ捨ててしまおう。誰からも求められていない映画はこの世に存在しちゃいけないんだ。

 私はハット帽をかぶり、そして、家に帰った。テレビをつけてニュースを見ながらラジオを聴いた。いったい、みんなは何を求めているんだろう? 世界は私に何かを期待してくれる、そんなことがありうるのだろうか? 三ツ矢サイダーを冷蔵庫から取り出し、コップについで一気に喉へ流し込んだ。天井の蛍光灯が切れかかっていた。私はマジックペンをもってテーブルにあがり、天井に何か気の利いた文章を書こうと思った。

 「アメリカは海を越えないと辿り着けない」

 私は首をひねってみて、これで良いのか考えてみた。そして、おそらく、これでいいのだろうと思って、蛍光灯を取り替えるためにまず蛍光灯を買いにいかなくてはならない、と声に出して言ってみた。

 ああ、何か一つでも良い。真理を我に!
クロアチア博士
2011年11月09日(水) 23時37分04秒 公開
■この作品の著作権はクロアチア博士さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。

この作品の感想をお寄せください。
No.2  藤村  評価:30点  ■2011-11-17 22:07  ID:a.wIe4au8.Y
PASS 編集 削除
こんばんは。拝読しました。
なんどか読んだのですが、銀行で貯金を下ろしたり、ハット帽をあげようとするときの「あげる」というせりふや、ドトールで頼むのがココアであったりするのが、なぜだか好きだなあとおもえました。とりわけココアというのはかなしい飲みものなのかもしれません。そうでないのかもしれません。喫茶店に入ったときは比較的よく飲むのですが。
No.1  minoru  評価:40点  ■2011-11-17 20:08  ID:YK3wjIlw37Q
PASS 編集 削除

拝読させていただきました。

:女性は私に得体の知れない笑顔を向けた:
私が個人的に好きな所です(笑)
:得体の知れない笑顔:という表し方がとても場面を感じさせられました(^ ^)

映画監督が主人公…ということであってますでしょうか?
クロアチア博士さんの小説はとても表現が面白いなぁと感じました!!

次も面白い作品を心待ちにしております♪
総レス数 2  合計 70

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除