白には、
指を切った。
左手人差し指。手の甲側、第一関節と第二関節の間。
ふと自炊をしようと思い立ち、久しぶりに包丁を握ったら。

一本増えたしわが赤く染まり、ぷっくりと赤い体液の滴。
思わず、舌で舐めとる。
鉄っぽい味。食べたことはないが。
不快な味、だが。口全体に味が広がると、違和感はなくなっていく。塩度の濃い、トマトジュースを飲んでいるような。
気づくと、指が白くなっていた。血はとっくに止まっていた。
それから。自炊をする回数が増えた。
その度、指を切った。
昨日は中指、今日は薬指、明日は小指。
指をくわえていると、ふと、シンクの向こうの自分と目が合う。
髪を切るのを怠っていたら目にかかるほど前髪が伸びていた。
指は切るのにな。はは。
口の端が吊りあがり笑みのようなものを作った。


数日後。恋人が部屋にやってきた。
自炊をしているという話をしたら、食べに来たいと言い出した。
何か手伝うというのでテーブルの上の片づけを頼んだ。
最近食事は専ら台所でとってしまう。
いつものように食材と指を切る。
口に運ぶ――と。
リビングで小さな悲鳴。
彼女がテーブルの前で立ち尽くしていた。
声をかけると、潤んだ瞳で白い手を差しだしてきた。
白い肌に咲く赤色。思わず、魅入る。
テーブルに積んでいた書類で指を切ってしまったらしい。
自然と手が伸び、彼女の手をとった。
赤く妖しいきらめきが白の奥から誘っている。
急に喉が渇く。摂取したばかりなのに。
甘い香り。口元の細い指が、僅かに動いた。
舌で触れると、口の中に何か弾けた。
急に、目が冴えた。予想外の事態に、心臓が焦り出す。

それは、飲み物だった。
自分の血が濃いトマトジュースだとすれば、これはカカオをふんだんに用いたチョコレートドリンク。
美味しい。
傷が浅かったのか至福の時はすぐに消えてしまった。
口を離すと、彼女の頬にも赤色が咲いていた。
赤。
そうか。まだ、あるのか。
白い肌に咲く赤。頬に咲く赤。白には赤。白には――
視線は彼女の白に向く。斜め下を向く、伏し目がちな瞳。

白眼。
白。白には赤。
目をかくと何だか血の匂いがするよね。

そう思う内には、体が動いていた。
頭を固定するように小さな体を抱きしめる。
驚いて見上げた瞳。眩しいほどに真っ白な白眼。
舌でなぞる。
さっきより香りは少々落ちるものの、同じ味。
再び訪れる至福の時。
だが、次第にチョコはしょっぱくなってきた。
途端に不味くなる。
しょっぱいチョコは、チョコじゃない。
しかし白眼は二つ分ある。お得。

おかわりしようとしたら、長いまつげが邪魔をした。
同時に、腕の中の感覚が消えた。
充血して綺麗に赤く染まった瞳、真っ白い瞳がこちらに向く。
その瞳はただ、見開かれていた。
まだ、飲みきってないんだ。行かないで。
瞳がまた、大きくなる。
黒髪がなびいて、転がるように背中が消えた。


ふ、と力が抜ける。
視界が横転し、頬が冷たい床に触れた。
床が震えている、と思ったら自分だった。
心臓がせわしなく動き、体全体に血液を送っている。
先ほど取り入れた血も、もうすぐ。
心地よい熱。まぶたが閉じかける。が、開いた。
落ちつかない。
舌が動いた拍子に、口の中に味が再現される。
飲みかけのチョコレートドリンク。本当に美味。
だが、グラスはさげられてしまった。
飲み足りない。


台所。
とにかく量が飲みたくて、左の手首を切った。量はそれなりに満足だったがこれは飲み物ではない。そのまま吐き出す。
右も飲んでみた、が変わらない。どこならましなんだ。
首か、首なのか。
何故だか手に力が入らなくて、両手で包丁の背を持って突き立てた。
手で拭って舐める。駄目だ、駄目だ。
ふいに足元が滑る。再び頬が床につく。今度はぬるい。
見ると、赤い水たまり。次第に大きくなる。

ああ。

血って、体から出しちゃいけないんだな。
と。


視界が かすれ て



真っ白。

fin.
小蝶
http://miia222.blog100.fc2.com/
2011年03月04日(金) 01時00分32秒 公開
■この作品の著作権は小蝶さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めての投稿です。
この作品を読んで気分を害された方もいらっしゃると思います。
ですが、血をモチーフにした小説を書きたいという衝動と、このような作品が読者にどのように受け止められるのかを知りたい、ということがあり、投稿させていただきました。
ぜひ、ご感想をお聞かせ下さい。

この作品の感想をお寄せください。
No.6  永本  評価:40点  ■2011-03-11 15:16  ID:kxhKjCkwI.U
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小説というより詩ですねこの作品は。
小説として評価すると正直言っていまいちなのですが、詩として評価するととても優れた作品だと思います。
簡素な文章にここまでリアリティを盛り込めるところは本当にお見事だと思います。小蝶さんは何かやってくれるんじゃないか、そう思えるような書き手だと思います。次回作は是非長編ホラーを読んでみたいです。
No.5  片桐秀和  評価:40点  ■2011-03-07 21:30  ID:n6zPrmhGsPg
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読ませてもらいました。
怖い、痛い、面白い。
本当に簡単ですが、読んで素直にそう思いました。
面白い書き手さんだなあ。
これからの作品にも期待しております。
No.4  弥田  評価:40点  ■2011-03-06 18:37  ID:ic3DEXrcaRw
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拝読させていただきました。

はじめからラリパッパなのよりは、もうちょっと文章量多くして、ふつうの正気のシーンとか恋人との絡みなんかをさきにみせて、それから、のほうが、こう、カタルシスみたいのがおおきくていいんじゃないかな、なんて思ったりしたのですが、あくまでぼくが書くとしたら〜の話なので、あまり気にしないでください。

白目を舐めるシーンが好きなのですが、こういう見せ場も淡々としたまま進んでいて、それはそれでいいと思うけれどちょっとメリハリがすくないかな、とも思いました。

なんか偉そうにごめんなさい。内容自体はめちゃくちゃ面白かったです。さっきも言ったように白目のシーンが好きなのですが、赤と白の対比がなんかいいなあ、と思いました。あとチョコレートドリンク、の比喩がちょっとよかったです。

そんな感じでした。ありがとうございました。
No.3  zooey  評価:50点  ■2011-03-06 17:08  ID:qEFXZgFwvsc
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初めまして、読ませていただきました。

面白かったです。文章からドキドキすることはあまりないのですが、
この作品では、すごくドキドキしました。

無駄を省いた、淡白な文章がきいていて、
その分、一つ一つの言葉の強さが、よく伝わってきました。

怖いのというか、痛いのが苦手なんですが、
読んでいてすごく痛くて、でも、面白いから最後まで読んでしまいました。
この「痛い」っていうのも、文章で出せるのはすごいことですよね。

書きすぎないことで、迫力を出すことができるというのは憧れます。
私は書きすぎてしまう人なので^_^;

とても勉強になりました。ありがとうございました<(_ _)>
No.2  小蝶  評価:--点  ■2011-03-06 00:14  ID:oCu9SJIIEYY
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言葉に惹かれて様

足をお運びいただき、ありがとうございます!
妖艶。その言葉は思いつきませんでした。参考になります。
谷崎潤一郎……!お、恐れ多いです!!

文体は雰囲気と読みやすさを特に意識して書いたので、表現できたようでよかったです。
ストーリーはもう書いてる最中に主人公と心情がシンクロしてしまったので、後から見たらすごいことになってました笑

貴重なご意見、ありがとうございました!
ぜひ、また読んでいただきたいです。
No.1  言葉に惹かれて  評価:50点  ■2011-03-04 03:14  ID:TxSyyvV0oOg
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初めて。一応、日付変わっているのでおはようございます。

感想を書いてくださったお礼に、私も書きに来ました(笑)


グロいのはあまり得意ではありませんが、血は見慣れている身近な感じがするので、こういうのは平気です。

読了すると、妖艶という言葉が浮かびました。適切な表現ではないかもしれませんが。何だか、谷崎潤一郎を連想いたしました。文というより単語で短く続いていたので、読みやすかったですし、最後は、「そこまでするのか!」と意外性があって面白かったです。

テンポが適度で、だんだんと狂気めいてくるところが活かされていると思います。短いなかに必要なものが凝縮されていて、緩急があってハラハラします。
 私が見習いたいところです。

 また読ませてください。
総レス数 6  合計 220

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