サイン
 どうして俺は、こんな部活に入ってしまったのだろう。
 おそらく、人生最大の過ちだ。できごころだ。
 そう思うのに、俺は今日も高橋と向かい合っている。

 部員はたったの2人。俺とクラスメイトの高橋かなえ。
 だからホントは同好会。もちろん部室なんてないから自分達の教室を使用する。
 高橋の目が、じっと俺を捉えて離さない。
「つまんない」
 高橋のこの言葉はある意味合図。
 始まりのサインだ。
「………いちごでも食えば?」
「バッカじゃないの。どこにあるのよ」
 まぁ、ないわな。あったら俺が食うし。
「吉田が今度一緒に飯行こうって」
「天ぷらそばなら食べに行く」
「食う気まんまんかよ。飯行こうっていうのはデートしようってことだと思うんだけど」
「どっちだっていいでしょ。一緒にご飯食べるってことに変わりはないし」
 いやいや、だいぶ違うだろ。なんたって高橋の中じゃそばは立ち食いそばって勝手に決まっているからな。
 デートが立ち食いそばなんて、俺だったらちょっと嫌だ。
「しょう油かけすぎんな。たぶん幻滅される」
「るっさいなぁ。そんなの好みじゃない」
「いい加減に相槌打つのもだめ。高橋はそういうの多いだろ」
「ろくに話を聞かないのが私のいいとこ」
「困ったところ。そういや明日の数学のテストさ」
「さぼるから知らない」
「いいのかよ、それで」
「電話をかけなきゃいけないの。えっと、バイト先の店長に」
「2限目の間ずっと?どんだけ長電話」
「私は常に長く図太くがモットーなの。なんとなく分かるでしょ」
「よーく分かる」
「………ル、ルックアットミー」
「見ろって?見てるし。つーかその言葉は合ってんの?俺、英語苦手だから分からなんですけど」
 現代文と古典以外に興味はないし、やる気もない。
「ドラえもんの翻訳こんにゃくがあればねぇ」
「ええ、ええ、そうですね」
 返事が適当すぎただろうか。高橋にちょっと睨まれた。
「ネバーランドって実際にあったら行きたい?」
「一度くらいは。空飛べんだろ」
「ロープでつって?」
 それはなんて情けない姿だろうか。
「ティンカーベルの粉でだよ。つーか、それ飛んだって言わないし」
「信じてないと飛べないよ。あれ?純粋じゃなきゃ?」
「やっ、それはたぶんキント雲。ティンカーベルは子供だったら飛べるはず」
「ずっと子供でいたい?」
「いたいっつったらいたいけど、来年にはここを卒業なわけだろ。大人になんのも悪くないって思ってる。お前はどうよ」
 大学に進むか就職するか。そんなのまだまだ決まらない。
「……予備校行くかな。とりあえず」
「ずいぶん後ろ向きな考え方じゃん。浪人決定?」
「いいの、それで。きっとでっかくなるよ、秀一は。いろんな意味で」
「でっかくなるのは嬉しいけどさ、俺の名前は秀一じゃなくて秀二なんだけど」
「どっちもどっち」
「ちょ、全然違うっつーの」
「……………」
 言葉が返ってこない。高橋は非常に悔しそうな顔をしている。
「………の……野原ひろしはクレヨンしんちゃん」
 それだけ呟いて俺から目を逸らした。ってか意味が分かんねえ。ひろしはしんのすけじゃないし。
 いっつも最後は投げやりだ。
 そう、これもサインだ。終わりのサイン。
「あーもうっ、負けたぁぁぁぁ!予備校はさすがにまずかったー」
 のけぞるようにイスに背中を預ける高橋。そのまま大きなため息をつく。
「俺もそう思う。話が繋がっているようで繋がってないわ」
「思いつかなかったの。もっとこう、子供と大人の比較をしたかったんだけど……ってかさぁ」
「なに?」
 再び俺と向き合った高橋の顔はとても真剣だ。
「秀二がだんだんうまくなってきてる」
「そりゃあ、毎日高橋に付き合わされてるし」
「なんか悔しいなぁ」
 そのまま頭を下げ、不満そうに下から俺の顔をのぞきこむ高橋が非常に可愛い。
 本人に言えはしないが俺は高橋が好きだ。
「そういえば最初のあれ、吉田君の話ってホント?」
「まぁ一応は」
「じゃあ断っておいて。考えたら私、吉田君に興味ないや」
「わかった」
 予想通りの反応で、俺は心の底からほっとする。
「あ、明日も部活やるからね」
「おう」
 部活時間は長くても10分程度。高橋はバッグを肩にかけ、さっさと教室を出て行った。
 遠ざかる足音に自然と集中してしまう俺。いまだに一緒に帰ったことがない。俺をこの部活に引き入れたのはあいつだというのに。
 国語の成績がクラスで1番いいからと、かなり強引に入部届けに母印を押すよう言われたのに。
 どうして俺は、こんな部活に入ってしまったのだろう。こんなの、あいつの暇つぶしでしかない。おそらく、人生最大の過ちだ。できごころだ。
 ………と思っていたのはかなり前。
 俺は今、喜んで教室に残っている。何気に部活がおもしろくて、かなりはまってる。
 と言っても、高橋と一緒にいられるからってのが大きいけどな。
「『対決』中に告ってみっかな……」
 そんなことを考えながら、俺も教室を出て行った。
 
 ああ、言い忘れた。
 俺達が所属してんのは、『会話でしりとり同好会』。

 もちろん『ん』がついたら負け。
 現在部員募集中。
イチコ
2011年05月09日(月) 15時28分42秒 公開
■この作品の著作権はイチコさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
一種の言葉遊びを小説にしてみました。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  由佐  評価:20点  ■2011-09-10 06:30  ID:L8gnUQYSft2
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読ませていただいたので、拙いですが感想を残しておきます。
最後まで来て「あ」と思い、思わず会話のところをもう一回確認してしまいました。始まりと終わりの「サイン」って何のこと? と思ったら最後にすっきり、という読後感がよかったです。
せっかくヒロインのことが好きな男の子の視点で描いているので、主人公から見たヒロインの描写や主人公の心理描写を膨らませれば、会話の面白さにしっかりした地の文が足せるのではないかと思いました。
でも、会話が軽快にすすむ、というのも作風としてありかと思います。なのでこのままでもいいのかな、という気はするのですが。
なんか曖昧なことを言ってすみません。必要があれば参考になさってください。
No.3  イチコ  評価:--点  ■2011-05-10 18:33  ID:zoaOycARDp6
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らいと様へ

感想、ありがとうございます。
できるだけ自然な会話にしたかったので苦労しました。

ゆうすけ様へ

感想、ありがとうございます。
ゆうすけ様の指摘にはっとしました。
「知っていてはぐらかす女の子」、この描写を結末部分に付け足したらもっとリアルになったかもしれませんね。
考えさせられました。
No.2  ゆうすけ  評価:20点  ■2011-05-10 09:36  ID:oTFI4ZinOLw
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拝読しましたので感想を書きます。

なるほど、ぱしっと膝を叩いて納得しました。面白いオチですね、最後まで気が付きませんでした。
この二人の微妙な関係がいいですね。でも、もうちょっと盛り上がる余地があるようにも感じました。淡い恋心を抱く男の子、知っていてはぐらかす女の子、定番ですが安定感のある設定ですし。
No.1  らいと  評価:20点  ■2011-05-10 00:28  ID:iLigrRL.6KM
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拝読させていただきました。
なるほど、しりとりだったんですね。気がつきませんでした。
総レス数 4  合計 60

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