離脱
   1

 気が付くと、そこには俺の体があった。
 ん?
 死んじゃった?
 見回すと、そこはいつものオフィスだった。
 俺がいて机があって、その前にはパソコンが置いてある。机に突っ伏した俺の体は、とても死んでいるようには思えず、ただ単に眠っているだけのように見える。
 しかし、ああ、俺は死んでしまったのだなあ、と思った。二十五年という短い生涯だった。
 だだっ広いオフィスでは、俺以外にも机に突っ伏している姿がたくさん見える。昼休み中だったから、きっと居眠りなのだろう。でも、そこにいる俺だけは死んでいるのだ。
 そういえば、今朝から胸の辺りが痛かった。それが予兆だったのだろう。
 こうして眠る俺の姿が、とてもいとおしい。もう、この体には戻れないのだろうな。そんなことを思いながら身を寄せる。



「あ!」
 顔を上げると、見飽きた眺めだった。
 戻っている。
「突然叫ぶなや」
隣席の天野に言われ、夢だったと気付いた。同時に、とても恥ずかしくなった。
「お、ああ。うん……」
 俺は、答えながら口元のよだれを拭う。
 ──なんだ夢か。夢か。そりゃ、うん。
 胸の痛みがなんとか思ったのはなんだったんだ。気のせいっちゅうか、そう思ったことが恥ずかしい。
 オフィスに掛かった時計を見る。
 1時だ。
 そう思ったとき、始業の鐘が鳴った。


 
「なんだこりゃ。お前、ホント使えんな」
 対面に座るもぶおが、またチーフに怒られている。
「ここのフローチャートでバツになって、どうしてその下が全部丸なんだ。おかしいだろう。お前、フローチャート知らんのか」
 もぶおが怒られていても、いつものことだとわざわざ振り返る人もいない。俺も同じだが、声だけはどうしても聞こえる。
「すいません……」
 もごもごっともぶお。──本当は信夫と言うが、いつしか誰かが言い出して定着した。いつから誰が言い出したのかは定かでない。
「お前がミスすると、俺が文句言われるんだぞ。ちったあ俺の身にもなれ。俺の足を引っ張るな。俺もヒマじゃないんだ」
 チーフはひとしきり怒ったあと、自分の席に帰って行く。
 チーフの怒り方というのは、相手に対する配慮がなく俺も嫌いだが、もぶおにも問題があるのは事実だ。とにかくミスが多い。とはいえ、やっぱりチーフの言い方はひどい。上司とはいえ、年上のもぶおにする態度ではない。確か三十歳くらいだったと思ったが、こんなのが上司だと思うと嫌になる。
 と、顔を上げたもぶおと目が合った。にや〜っとするもぶお。気持ち悪い。
「もぶさん。そのフローチャート分かります? 分からなかったら言って下さい」
「うん。大丈夫」
 ホントかいな。俺もヒマじゃないが、もぶおにもうまくやってもらわないと、こっちの仕事にも影響が出る。
 中途半端に伸びた髪は脂ぎっていて、黒縁の眼鏡はフケだらけ。ゲーム、アニメが好きな、絵に書いたような三十二歳のオタク。女子社員は近付くのも嫌がる。
 それでも俺は、もぶおが嫌いではない。悪い人ではない。彼なりに一生懸命やっている。
 だからと言って、好きでもないが。



   2

 まただ。──俺の体がそこにある。
 昼休み。俺の体は机に突っ伏して寝ている。……ように見える。
 昨日は夢だったから今日も夢なのだろうと、夢の中で俺は思う。
 動いてみる。──動ける。
 隣りの席では、天野が俺と同じように寝ている。対面ではもぶおも同じく。そして、向こうの列の机では、映子がパソコンに向かって何かを見ている。──何を見ているんだろう。ネットなのだろうが、ネットの何を……。
 俺は、もぶおの頭上を飛び越え映子に近付く。浮いているという感覚はないが、見える景色はまさにそれだ。見慣れたオフィスが違って見える。
 映子のパソコンをのぞく。何のことはない。ヤフーのニュースを読んでいる。俺もさっき見てた、同じニュースだ。芸能人の誰と誰が結婚したとか、新種のカエルが何とか。
 ──それにしては、リアルな夢だ。パソコン画面の一字一句が読み取れる。俺もさっき見たニュースだから、夢がそれを再現しているだけなのだろうか?
 パソコンを見る映子の顔を見る。
 ボーッとしている。何だか眠そうだ。
 ──でも、かわいい。
 白い肌と丸い目と顔が愛らしい。愛くるしい。こんなに近くで映子を見るのは初めてだ。
 左の眉の横にホクロがある。一見眉毛と見間違えるが、こんなところにホクロがあったんだと思った。
──キスしてやろうか。
 下心が盛り上がってきた。それと同時に、本当に映子には俺が見えてないんだろうかと不安になった。
 映子が目を閉じた。
 あれ? キス待ち?──の訳はなく、映子は机に顔を伏せた。眠たい。そういうことなのだろう。
 本当に映子には俺が見えていない。そう思うと、下心はエスカレートしてくる。
 映子は二十一か二くらいの年齢で、実をいうとほとんどしゃべったこともない。ただ、同じ職場にいるから、お互い知ってはいるはずで。
 眠る映子の髪に触れてみた。──が、触れるという感覚はなかった。行き止まり。そんな感じだった。
 背中に触れてみる。──何の感覚もない。
 腰、肩、それと胸。──やはり、触れるという感覚はなかった。
 がっかり。
 こうなったら、机の下に潜り込んでパンツでも見てやろうか。エスカレートした下心を満たすには、それぐらいしかない。
(ちょっと! 何やってんの!?)
 声がして、俺は声のした方を見る。
 声のした方──右を見た。誰もいない。
 左を見る。後ろを見る。やはり誰もいない。
 もう一度右を見る。
 誰もいない……のだが、何かがいる。それは分かった。
(え……と、何か?)
 俺はそいつに言ってみた。
(何か、じゃないよ。エッチなこと考えてたでしょ、新井君)
 名前を呼ばれた。なぜ、と思うと同時に、こいつは女だなと分かった。声でもなく、話し方でもなく感覚で。
(そんなことはない)
 俺が弁解すると、
(うそばっかり。だいたい男って、エッチなことばかり考えるからね)
 図星以外の何でもないが、
(違うんだけど)
 と、言っておく。
 やばいな。やりたい放題と思ったが、何だかやっかいな奴が出てきた。ヘタをすれば変態扱いされる。
(ま、でも、仕方ないか。腹は立つけど、新井君も男なんだから。ちょっと楽しむくらいはね。どうこうできるわけでもないし)
 そいつは、妙に理解のあることを言った。それと同時に、何なんだこいつは。そう思った。
 まず、こいつはなぜ俺の名前を知っている。そしてこいつは誰なのか。そもそも、今はどういう状態なのか。夢……じゃないのか。
(アンタは誰だ?)
 声──なのか──にしてみた。
(秘密)
(何で?)
(何ででも)
(でも、どうしてアンタには俺が分かる?)
(それも秘密)
(何で?)
(何ででも)
(アンタは誰だ?)
(秘密)
 ラチが明かない。
 俺は、机に顔を伏せた映子を見やる。
 まさか、とは思う。期待もある。不安もある。
(映子?)
 言ってみた。
 返事がない。
(違うのか?)
 やはり返事がない。
(聞こえてる?)
 そう言うと、
(聞こえてる)
 ようやく返事があった。
(アイ)
(え?)
(アイ。名前が必要なら、そう呼んで)
(……ああ、うん)
 映子じゃないのか……? そういえば、俺は彼女をそう呼んだこともなければ、親しく話したこともない。映子、なんて呼ばれて戸惑ったのだろうか。
(時計を見て)
 アイは言った。(そろそろ時間よ)
 掛時計に目をやると、1時になろうとしていた。
(戻って戻って。早く早く)
 アイは急かすように言う。
 俺は振り返り、俺の机で伏して眠る俺を見る。
 鐘が鳴った。始業の鐘だ。 
俺は空中を泳いで机に戻る。俺は俺に体を合わせる──。



始業の鐘が鳴っている。
 顔を上げると、周りも同じように顔を上げ出した。お昼寝タイムの終了だ。
 映子の方を見る。──映子も今起きたようだった。
 そういえば、アイはどの体に入っていったのだろう。見ておけばよかった。
 そもそも、あれは夢なんだろうか。映子の服装も髪型も、さっき見た通りだ。それとも、眠る前に俺が記憶していたんだろうか。
「ぼーっとしてないで仕事しろ」
 見ると、そこにチーフが立っていて文句を言われた。
「あ、はい」
 やかましい奴だ。起き抜けにぼーっとするくらいいいだろう。アンタだって、今便所から戻ったんだろう。



 いわゆる、幽体離脱という奴ではないかと思う。あれが夢じゃないとするならば。
 パソコン画面のフローチャートの色を変えながら、そんなことを考える。──フローチャートの青色はオッケーという意味。
 二日連続でこんな夢があるか。しかも昼休みに。
 本当に幽体離脱であるならば、どうしてそんなものができるようになってしまったのか。死期が近い。そういうことなのだろうか。
 ふと、香水の匂いがした。──いい、匂い。
 見ると、映子がチラシをそれぞれの机に配っていた。──映子は、会社の配布物を配ったりする役目がある。
「はい」
 そう言ってチラシを手渡されたとき、映子と目があった。
 左の眉の横にホクロがあった。一見眉毛と見間違える。
 映子は俺と目が合ったとき、少し微笑んだ──ように見えた。
 チラシは労働組合の何かだった。賃金値上げが何とか書いてある。
 映子。俺に惚れてるな。
 そう妄想すると同時に、夢じゃない。そう思った。



「お前、ただでさえダメなのに居眠りか」
 チーフの声がして、俺は顔を上げた。
 もぶおの前にチーフが立っている。一瞬、俺のことかと思った。昼を過ぎて眠たくなっていた。
「す、すいません」
 どもってもぶおは言った。
「本当にコイツは……」
 チーフはそう言いながら、怪訝な顔をした。
「ん? お前、ボッキしてるじゃねえか。この、ど変態め」
 チーフのその言葉に、辺りが顔を上げた。怒られているのはいつものことだが、何だかおかしなことになってるぞ、と。
「どう思う、映子」
チーフは、もぶおの斜め後ろの席、映子に話し掛けた。
「え? いや、あの……」
 映子は困っているようだった。そりゃそうだと思う。少し紅潮している。
「変態だろ?」
「あ、ええと。どうなんでしょう……」
 映子は言った。
 そんな返事しか出来ないだろうと思う。かわいそうだ。
「まったく」
 と、チーフは満足したのか、
「ボッキしてるヒマがあったら仕事しろ」
 楽しそうに言ってからその場を去った。便所にでも行ったのだろう。
 ──昼の眠たいときにボッキしてしまう。これは一種の生理現象で、よくあることだ。チーフにだって。それをことさらに言う。なんてイヤな奴なのだろう。
 もぶおを見ると、ふと目が合った。
 微笑んでおいた。もぶおも苦笑いした。
 うーん。笑ってやれば、ちょっとは救われるんじゃないか。……そうでもないか。
さすがに、ちょっと気の毒だった。



 四年くらい前だっただろうか。俺ともぶおは、同じ時期に同じ職場に異動されてきた。
 村上チーフは最初からこの職場にいて、その頃はまだチーフではなかった。ただ、一流大学を出ていたこともあって、若くてもチーフに昇格することは決まっているようなものだった。
「村上の奴、いちいちムカつきますよね」
 俺がそう言うと、
「うん」
 と、もぶおが返す。そんな会話が何度繰り返されたことかと思う。仕事の出来ないもぶおは矢おもてに立たされることが多かったし、なおさらだったと思う。
 あるときから、もぶおは会社を休みがちになった。村上が原因だ、とすぐに俺は思った。
 朝の始業時間になっても、もぶおが席に座っていない。すると、会社の電話が鳴る。
「病院に行くから休みます」
 と、俺が電話を受けることもあった。
「あのバカ。胃潰瘍らしいぞ」
 村上が電話を受けたとき、そんなことを言っていた。
「あいつが胃潰瘍なら俺は胃ガンだ!」
 とも言っていた。なんだか、それには本当に腹が立った。
 もぶおは、とうとう月のうち半分も出て来なくなった。胃潰瘍だからといって、そうそう休む理由にはならないはずだ。
 会社、辞めるのかな。
 心配になって、もぶおのアパートを訪ねた。
アニメのフィギアや、アイドルのDVDがたくさん置いてあった。最新のゲーム機が、なぜか二台あった。聞くと、一台は初期型限定品なので、保管用なのだそうだ。
「すげえっスね」
 俺はそう言っておいた。
 ゲームをした。映像がキレイだった。さすが最新機種だと思った。
「会社、ちゃんと来ないとダメっスよ」
 俺が言うと、
「……うん」
 とは言っていた。ただ、他人がちょっと言っただけで直るようなもんでもないことは、明白だった。
 その後も、何度かゲームをしに行った。俺もゲームは嫌いじゃないし。
 そのおかげ、というわけじゃないだろうが、やがてもぶおはボチボチ会社に来るようになった。
 相変わらず村上はうるさく、もぶおは仕事ができなかったが、とりあえず俺は、もぶおのフォローだけはしてやろう。それなりに味方をしてやろう。そう思うようになった。



 仕事を終えて、一人暮らしのアパートに帰って飯食ってテレビを観て寝た。
 幽体離脱するかと思ったが、しなかった。
 次の日の朝起きて、やっぱり夢だったのかな。そう思った。



   3

 朝、出社するとまず、自分の名前が書かれたホワイトボードに、「出勤」のマグネットを貼り付ける。そして、自分以外のメンバーの状況を何気に見る。
 もぶお「出勤」もう来てる、映子「帰宅」まだ来てない。……村上「有休」休みだ。
「おお、やった」
 と思わず小さく言うと、
「あ、ホント」
 と女の声がした。
 見ると、映子が俺の隣りに立っていた。目が合って、お互い微笑んだ。
「おはようございます」
 俺が言うと、
「おはようございます」
 映子も言った。
 俺はホワイトボード前を離れながら、相手は年下なのだから、おはようございます、じゃなくて、おはよう、でよかったんじゃないか。その方が親近感を持てたかなあと、後悔した。



 昼休みになり、うとうとしてきたので机に顔を伏せた。
 目を閉じる。眠る。体が浮いてくるようなこの感覚……。
 ──抜けた。
 三日連続だ。
 夜はない、昼だけのものなのだろうか。この感覚を覚えていれば、夜も可能だろうか。
 辺りを見回す。
 やっぱり夢ではないと思う。リアル過ぎる。
 上から見下ろすオフィスは、不思議と神聖に思える。──実際そうなのかもしれない。どんなにふざけた人間でも、ここでは真剣にならなければならない。
 もぶおがいる。映子がいる。天野やその他の同僚がいて、部長、課長がいる。
 気付くと天井にぶつかっていた。もちろん、ぶつかったからといって痛みなどはない。
 下々の者を見下ろす。
 俺は神になった。──そんな気がした。
 見ると、映子がケータイを扱っていた。カチカチとボタンを連打している。きっとメールを打っているんだろう。
 ──誰に打っているんだろう。
 男……だろうか。
 少し躊躇したが、俺は彼女の元へ降りていった。
 映子の顔の横から、ケータイを覗き見る。
『送信しました』
 と、出ていた。
あら。見れなかった。ちょっとがっかり。
 そして映子は、ケータイを折りたたんだあと、俺の方を見て少しにらんだ──ような気がした。
 ドキッとした。
 見えているのか? まさか。
 俺は映子の机の上に乗り、その表情をうかがってみた。
 何も気が付いている様子はない。やっぱり気のせいなのだ。
 ふと、窓の外を見た。
 今日は天気がいい。ブラインド越しに青空が見える。
 あの窓の外に行けば、俺はどれだけのことができるのだろうか。この狭いオフィスにいて、中途半端に自分の欲望だけを満たすのはバカらしい。もっと大きなことができる。
 昨日も夜、布団に入っていろんなことを考えた。
 例えば、ライバル企業に行って機密情報を入手したり、政治家の汚職を暴いたり。核平気を開発する独裁国家へ潜入し、世界平和に貢献することもできる。
 そして独裁国家のみならず、女風呂へも潜入するのだー!
 ……やっぱり大きなことを考えてみても、テンションが上がるのは自分の欲望だ。人間とはそういうものなのだろう。
 そういえば昨日、俺のジャマをした『アイ』はいないのだろうか。映子が眠っていないから、『アイ』もまだいない。そういうことなんだろうか。
 俺は天井へ浮かび上がってみた。
 オフィスを見回す。『アイ』はいないかどうか。
 ん? 何かいる。目に見えるわけではないが、それが分かる。
 あれは……村上チーフの机だ。村上は今日は休みだ。あんなところで何をしている。
 話し掛けるべきか、やめるべきか。迷いながら俺は近付いてみた。
(やあ新井君)
 先に声を掛けられた。
(ああ)
 俺は答えながら、『アイ』じゃないとすぐに分かった。何しろ、こいつは男だ。
(僕はエヌ。村上を困らせようと思って、何か探してる)
 エヌと言ったそいつは、いきなりそんなことを言った。
(あ、ああ。そうなんだ)
 俺は、とりあえずそう答えておいた。
(この能力は自分の欲望を叶えるためのものだ。僕は村上が嫌いだ。ノイローゼにして、最終的には自殺してもらおうと思っている)
なんだかこいつは、とんでもないことを言いやがる。
(そんなことはできないよ)
 俺は言った。
(いや、できる。君だって村上は嫌いだろう。力を合わせよう)
(嫌いだけど、殺すまでは思えない)
(そうか。じゃあ仕方ない。僕一人でやるしかないな)
(ああ。そうしてくれ)
 こいつはなんなのだ。殺すなんてことを平気で言う。
(ここには村上を困らせられるようなものはないなあ。やっぱり家だなあ)
(家? 家にも行ったのか?)
 俺が聞くと、
(まだだけど行くよ。まずは奥さんの風呂でも覗いてやろうと思うし、夜の生活だって見てやろうと思う。その感想を書いて嫌がらせの手紙を送ろうとも思ってる。とにかくアイツの秘密を暴露してやる。通帳の残高も見て、銀行の暗証番号も見てやる。それをみんなにバラすんだ)
(それはやり過ぎだ)
(やり過ぎなんかない。アイツが死ぬまで僕はやる)
(どうして……)
(君には分かるのか。僕がどれだけ辛い思いをしてきたか)
(いや、でも……)
──仮にどんな理由があろうとも、そんなことは許されることではない。
(はい。終わり終わり。時間よ)
 突然、女の声がした。
(ああ、アイか)
 俺は言って、声のした方を見た。
(もう鐘が鳴るよ)
(うん)
 と、答えながらエヌの方を見ると、その気配はもうなかった。
 始業の鐘が鳴った。
(早く戻って)
 アイが俺を急かした。
(うん)
 俺は答えるが、アイがどの体に戻っていくのか突き止めたい。
 俺は自分の席を見る。
 俺の体は、机の上に伏せて起きる気配がない。当たり前か。隣りの席の天野が起きた。そして、向かいの席のもぶおが起きた。
 ──映子。机に頬杖を突いて寝ていたようで、今体が動いた。そして、背伸びを始めた。
 アイは?
 今までいたところには、その気配も、もう感じられなかった。
 始業の鐘が鳴り終わった。机に伏せて寝ているのは、もう俺だけだった。
 急いで戻らねば──。
 そう思うと、驚くほど早く動けた。一瞬で俺は俺に戻っていた。
 光速。まるで光にでもなったかのような速さだった。
 勢い余って、体をびくつかせながら飛び起きると、
「なーにやっとんだ、お前」
 と、隣りの席の天野にバカにされた。
 向かいの席のもぶおも、微笑んでいた。向こうの席の映子は──俺のことなど見てはいなかった。



 エヌは村上チーフを殺すと、本気で言っていた。直接殺すのではなく、自殺させるのだと。
 村上チーフは嫌われやすい人間だ。恨みを持つ人間に心当たりがないわけでもない。とはいえ、殺されるほど悪い人間とも思っていない。犯罪を犯したわけではないのだから。
 そもそも、この幽体離脱という能力は私怨に使われるべきものではないと思う。それはタブーなのではないか。それこそ、犯罪のような気がする。……俺が言えることでもないか。つい、自分の欲のために使ってしまう。そういえばエヌも言っていた。この能力は、自分の欲望を叶えるためのものだと。
 エヌ。アイ。そして俺。それぞれに体があるとするなら、エヌとは、アイとは誰なのだろう。
 だいたい、この幽体離脱という能力はそんなに一般的なものだったのか。
 今もこうして、普通にパソコンに向かって仕事をしている。その隣りで、誰かが顔を並べて同じ画面を見ているのかもしれない。そう思うと恐ろしい。現に、俺が映子にそうしていた。
 いや、ちょっと待て。そもそも、あれは現実なのか。俺の作り出した夢であり、妄想ではないのか。
「新井君」
 向かいの席から声がした。
「はい? なんスか」
 俺はもぶおに返事を返した。
「ちょっとここ、分からないから教えてくれない?」
「あ、いいっスよ」
 俺は答えて、もぶおの席に向かった。
「ここなんだけど……」
 もぶおは、パソコン画面を指差しながら言った。
「ああ、これっスか。これは解釈が難しいんですよねえ。アドレスとストリートが両方ないっていうパターンだから」
「うん」
「えーっと、結論から言うと、ここは丸を付けていいです。あっちが丸だったから、こっちも丸なんですね」
「ふーん」
 と、答えたもぶおの息は臭かった。胃腸の悪いような匂いと、タバコが混じったうんこのような匂い。
「ありがとう。だいたいこれで目処がついた」
「はーい」
 俺は言いながら、もぶおの元を離れる。
 まあ何にしても、もぶおが質問してくるなんてことは珍しい。あれで案外プライドが高いようだから。バカにされたりなんてのは、もってのほかだ。
 ──その日、俺は七時まで残業して帰ったが、もぶおはまだ残っていた。
「もぶさん、遅くなりそうなんです?」
 帰り際に聞くと、
「うん。キリのいいところまでやっとかないと、新井君たちに迷惑がかかるといけないから」
 珍しくそんなことを言った。
「ほどほどでいいっスよ。じゃ、お先」
 俺が笑って言うと、彼は何も言わずにニヤーと笑った。



布団に入ってから、今日のことをいろいろ考えた。
 エヌは村上を殺すと言った。しかし、そんなことは本当にできるのかどうか。幽体離脱した状態というのは、俺の感じる限りでは物を動かしたり人に干渉したりすることができない。万能でもなんでもない。そもそも、エヌはいつでも好きなときに、幽体離脱することができるのだろうか。というか、これが夢なのか現実なのか、確たる自信もない。
 映子のことを思った。──だが、はっきりとは顔が思い浮かばない。
 いつから……いつからだろう。映子のことがこんなに気になりだしたのは。きっと、こんな夢を見るようになってからだ。それまでは、ただの会社にいる女だった。そして、なぜだか映子を思い出すときアイが思い浮かぶ。
体が浮いてくるような感覚がした。
 ──あ、抜ける。
 そう思ったけれど、気が付くと眠っていたようで、朝になっていた。



   4

「おはようございます!」
 会社の廊下を歩いていると、背中から声を掛けられた。振り返ると、映子が出勤してきたところだった。
「あ、おはよう」
 俺がちっちゃい声で返すと、
「眠そうですね」
 なんて、妙に親しげにされた。
「うん、ちょっと眠い」
「夜更かしですか?」
「いやいや。夜更かしはしないけど、寝ても寝ても眠い」
「あ、それ私もです」
 映子がそう言ったので、俺は笑った。映子も少し笑った。
 オフィスに入り、ホワイトボード前に着いた。
 自分の名前の所に「出勤」のマグネットを付けた。映子も同じことをした。
 ああ、村上「出勤」か。うっとうしい。
 もぶお「帰宅」となっている。まだ来てないのか。めずらしい。だいたい朝早いのにな。
 そんなことを考えながら、俺は自分の席に着いた。



 昼休みになってももぶおは会社に来ていなかったので、きっと休みだろう。計画有休ならホワイトボードに「有休」と書かれるはずだから、たぶん風邪か何かだろう。
 昼食を終えて席に戻ると、いつものように睡魔が襲ってきた。
 ねむーー。
 俺は口の中でそうつぶやきながら、机にうつぶせになる。
 今日は何をしてやろう。会社の外に飛び出して、どこかでエロエロなことをしてやろうか──。
 


 気が付くと、始業の鐘が鳴っていた。
 何だか夢を見たような気がするが、イマイチ覚えていない。夢の中でも寝ていたような気がするが、どうだっただろうか。
 顔を上げると、照明がまぶしかった。目が開けず、薄めになる。
 眠い。そう思うと同時に、 
 ──抜けなかったんだ。
 そう気付いた。
 がっかり。でも、なぜだ? 俺は考えながら、机の上のパソコンに目をやった。
 なんやら、差出人不明のメールが来ている。
 ん? なんだ?
 まあ、差出人不明だからといって、会社のセキュリティを通って届いたメールだ。問題はなかろう。
 開いてみる。
『村上チーフのUFJ銀行の残高は、156万3825円。暗証番号は3938』
 なんだこりゃ。
「なんだこりゃ」
 隣りの席からも同じ声が聞こえた。俺は、その天野を見た。
「なんか、変なメールが来てるぞ」
「ホントですねえ」
 答えながら、俺と天野はお互いのパソコンを見合った。宛先は、会社内の不特定多数。一斉送信されている。
 そのあと、村上の方を見た。天野も同じことをした。気が付くと、周りの人間も同じような行動をしていた。
 その村上は、パソコン画面を見ながら眉間にしわを寄せ、口元だけを小さく動かしていた。──何か、口の中だけでもごもごと言っているようだ。
 くだらない落書きの迷惑メール──そう思ったが、あの表情から察するに、ただの落書きではなさそうだ。
「あ、また入ってきた」
 天野の声に、俺はパソコンを再び見る。
 また、差出人のないメールだ。──開く。
『村上チーフは、女子高生裏ビデオサイトの会員。昨日もそれを見てオナニーした。』
マジか。俺は再び村上を見る。──村上を見ているのは、俺だけではなかった。不特定多数。
 気になって、映子の方を見た。彼女には、こんなエロメールは読んで欲しくない。──が、やはり映子も村上の方を見ていた。ああ、やっぱり見てしまったのか。
 村上は、勢いよく席を立った。そして、足早にオフィスの外に向かっていく。その表情は険しい。
「マジっスかね? このメール」
 俺は天野に聞いた。
「ん……分からんけど、誰がこんなもん流すんだ」
 村上のことは、俺も嫌いだし天野も嫌いだろうと思う。でも、これはちょっと笑えない。ウソにしろ本当にしろ、企業内にこんなメールが流れてはいけない。
「誰が……」
 俺はつぶやきながら、一人思い浮かべた。それが思い浮かぶのは、きっと俺だけなんだろうと、少し罪悪感を感じた。



「村上チーフが帰った?」
 俺は天野に聞き直した。
「らしい。なんか、気分が悪いとか」
「ふーん」
 あのメールが原因だろうか。──あんなメール。でたらめを打っただけのいやがらせメールに過ぎない。ただの迷惑メールじゃないか。そう解釈すればいいだけの話だ。しかし、それを読んで気分が悪くなって帰ってしまうってことは、それを認めたことになるんじゃないか。事実だから、困惑したんじゃないのか。もちろん、ただ単に体調が悪くなった。そういう可能性も否定できなくはないが。
 いずれにせよ、そんなことばかりを気にしていられない。会社にいる以上、仕事が優先だ。自分の仕事を片付けなければ、早く帰れない。俺は自分の仕事に取り掛かる。



 この日、それ以上のメールは届かなかった。
 残業をして七時、帰る頃にふと思い出した。女子社員はどうか知らないが、男子社員の間であのメールが会話になることはほとんどなかった。取るに足らない出来事であり、間に受けている人はほとんどいない。そんな感じだった。
 ただ、俺だけは気に掛けないわけにはいかない。そうは思った。



   5

 朝出社してパソコンを開くと、また例のメールが届いていた。届いた時間は、夜中の十二時頃になっている。
『早く帰った村上チーフは、家の車庫で車をこすった。メールに事実を書かれ、動揺していたのだろう』
 村上チーフの机を見る。──今日は早めに出社して、もう仕事をしている。そりゃそうだ。昨日する予定だった仕事が溜まっているはずだ。
「ういーす」
 隣りの席の天野が出社してきた。
「おはようございます」
 俺は答える。ついでに向かいの席を見る。──もぶおはまだ出社してきていない。この時間に来てないなら、きっと今日も休みだ。
 さて、今日は金曜日。今日が終われば明日は休み。ただし、仕事が片付いていれば。そして俺は、明日も出社気配濃厚……。



 昼休み。俺は机にうつぶせる。なんだか、意識すると眠れない。
(新井君)
 声がして起きると、俺の体がそこに見えた。
 抜けていた。いつ眠ったのだろうか。
(アイ、だな)
 俺が言うと、
(うん)
 と、アイは返事をした。
(ひさしぶり)
 アイがそう言ったので、
(一日空いただけじゃないか)
 俺は答える。
(まあそうだけど。会えない一日は長い。そんな乙女心よ)
 ──乙女心ね。
 俺は映子の机に目をやる。映子は、机に伏せて寝ている。やっぱり彼女なのだろうか。
(ところで、昨日と今日のメールはエヌの仕業か?)
(そうみたいね)
 アイは言った。
(今日はエヌは?)
(今はここにいない)
 俺はもぶおの机に目をやる。──休みだ。
(まずいよ、あんなのは)
(私に言われても)
(だいたい、アレは本当のことなのか?)
(そりゃそうでしょ。この能力がある人間ならあれくらいのことは分かるし、ウソを書いても意味がないじゃない。村上への復讐にならないでしょ)
 感情的な言い方だった。まるで、自分がやったかのような言い方。アイもこんな言い方をするのかと思った。
(アイも村上が嫌いなのか?)
(当たり前でしょ。あんなの、好きな人はいない)
(まさかと思うけど、メールの犯人はアイ。アンタじゃないだろうな)
(だから違うって。あんなことはやっちゃいけないし、むしろ私は止めさせようと思ってる)
(エヌは、まだこんなことを続けるんだろうか)
(たぶんね。村上が死ぬまでやるって言ってたから)
 確かに言っていた。村上がノイローゼになって自殺するまでやると。
 困った話だ。俺も村上は嫌いだが、止めさせなければならないと思う。少なからず、俺にも責任があるように思う。
(エヌはどこにいる?)
(うーん……)
と、アイ。
 俺はオフィスを見回す。
 天野、空席のもぶお、村上チーフ、映子……。
 と、机にうつぶせていた映子が上体を起こした。
 えっ?
 映子はケータイを開いた。そして、カチカチと押し出した。
(なあ、アイ)
 俺は、そこにはもうアイはいないのではないか。そう期待して聞いた。
(ん? なに?)
 という返事があった。
(……いや)
 答えながら、俺は自然と映子の方に向かった。
 映子は、ケータイをいじり続けている。俺はその画面をのぞく。
『オハヨー。こっちはあと半日で休み。健クンは夜勤だから、まだマルマル残ってるね。ガンバッテー』
 何やら、絵文字やらハートマークやらがたくさん貼り付けてある。
なんじゃそりゃ。やっぱり男がいるのだ、この女は。
 アイは映子ではなかった。映子はアイではなかった。そして、映子には他に好きな男がいる。それが分かった。
(なあ、アイ)
(ん?)
(アンタは誰だ?)
(秘密)
 いつか聞いた答えが返ってきた。
 ちくしょー。何なんだ。この空回りパターンは。
 腹が立つ。イライラする。よく分からない感情が、怒りになって出てこようとしている。
 ふと、気配がして俺は振り返った。──村上チーフの机。村上は起きてパソコンをさわっているが、それではない。
 どす黒い気配。見えない塊。
(おい、エヌ)
 俺は近付いて言った。
(ん?)
(メールが来てた。あれはアンタの仕業か)
(お、来てた? どうだった?)
 エヌは、うれしそうに言った。
(たちの悪い迷惑メールだと思った。内容なんか誰も信じてない)
(ホントに?)
 エヌは少し残念そうに言ったあと、
(でも、全部本当のことだ。少なくとも、村上はかなりショックを受けている。それに僕がやっているのはこれだけじゃない。ほら)
 と、エヌの言葉に合わせたように、村上がケータイをポケットから取り出した。そして開く。
 村上は、険しい表情でケータイを眺めている。何か、読んでいるようだ。
 俺はそれを覗き込んだ。──メールか。
『6:45起床。6:50朝食。味噌汁の茶碗を倒して火傷。7:10便所に入る。うんこが少ししか出なかったので、さらにふんばったがあまり出ず。結局7:35までうんこをした。7:50自宅を出発。車の中でアイドルの歌を歌う。7:20会社到着。昨日こすった車のキズを再確認する』
 なんだこりゃ。
(これもエヌ。アンタの仕業か?)
(まあね)
(何でこれはケータイメールなんだ)
(ん? それは内容がつまらないから。つまらないことは、ケータイに送る作戦にした)
(それにしてもやり過ぎだ)
 と、俺が言うと、
(やり過ぎなもんか!)
 エヌは怒ったように言った。
(やり過ぎなんかない。殺すんだ。死ぬまでやるんだ。死んで当然の人間なんだ。これを続けていけば、村上のプライベートはなくなる。どこにいても見られているんじゃないか。そんな気になる。ストレスになる。胃潰瘍になる。ノイローゼになる。そして、最終的に自殺してもらう)
 エヌのその言葉は、目の前にいる村上チーフに向けられていた。
 不可能なことではない。もしも自分がその立場だったなら、実際にノイローゼになってしまうかもしれない。どこにいても何をしていても、すべて見られている。あんなことやこんなことも、すべて。俺だったなら、きっと耐えられない。
(いや、やり過ぎだ。もう止めた方がいい。いつかバレる)
(バレる? バレるわけがないだろう。本人は盗聴器が仕掛けられてると思ってるくらいだ。バカが。よし。これもメールしてやろう。盗聴器じゃないぞ。僕は神だぞって)
(神?)
(そうだ。僕は神だ)
(違う。神なんかじゃない。アンタはただの、ただのいくじなしの……もぶおだ)
 返事がなかった。
(もぶさん。違いますか。信夫のエヌ。嫌われ者のもぶお。不潔のもぶお。オタクのもぶお。そんな気持ちがあるなら、現実で直接やり返せばいい。根性なしのもごもごのぶお)
 俺がそう言い終わるか終わらないか、体に衝撃が走った。体──と言っていいか分からないが、とにかく床に叩き付けられた。そんな感覚だった。
(君もそんなふうに思っていたのか。君だけは違う。そう思っていたのに)
 エヌが俺の上にのしかかっていた。動こうとしたが、動けなかった。
 首を絞められていた。幽体離脱の体で、首と言っていいのかどうかは分からない。ただ、苦しいという感覚はわずかにあった。
 その時、始業の鐘が鳴った。
 あ、まずい。
 戻らなければ。そう思ったが、動けなかった。
(ぐうー)
 エヌはうなっている。俺は動けない。
(やめて!)
 アイの声がした。その瞬間、俺の体は解き放たれた。
 見ると、アイとエヌは組み合って争っているようだった。
(うー!)
 とエヌ。
(戻って! 早く!)
 アイが言った。
 俺は慌てて、自分の体に戻る。
 ──顔を上げた。
 そこはいつものオフィスだった。何事もない、昼休み明けのオフィス。みんな仕事に取り掛かろうとしている。
 エヌやアイの姿は見えない。いや、分からないというのが正しいのか。
「ふう」
 俺は息を吐き出し、仕事の準備をする。
 首が少し痛かった。エヌに絞められた首が。
 
 

 時計を見ると五時を過ぎていた。もうこんな時間か。明日は土曜日。できれば休みたい。今日残業すれば、何とかなりそうだ。そんなところまで来た。
 休むはずの昼休みも、あんなことがあったから妙に疲れている。唯一の救いは、いつも手伝わされるもぶおの仕事が片付いているということ。
 そういえば、もぶお残業してたな。おとといだったか。そんなもぶおの姿を思い出した。



 晩飯を外食で済ませ、アパートに帰り着いて時計を見ると、もう十一時だった。
 まあしかし、明日が休みと思うとたいしたことはない。
 風呂水を入れるのもめんどくさいので、シャワーで済ませた。
 テレビをつけてニュース、スポーツニュースを見る。それが終わると、バラエティ番組に替えた。
 ふと時計を見ると、深夜の二時を回っていた。明日が休みだと思うと、ついつい夜更かししてしまう。もうそろそろ寝よう。
 布団に入って目を閉じると、エヌに首を絞められた瞬間が見えた。
 慌てて目を開けた。
 怖かった。
 首を絞められた瞬間は怖いと思わなかったが、今この瞬間はとても怖かった。
 何か心の和むことを考えながら、目を閉じる。映子のことを──。
 映子が男に打っていたメールが思い浮かんだ。健クンと書いてあった。ハートマークやら絵文字が何個ついていただろうか。三つ。いや、一個はハートが二つ並んだ絵文字だった。だから四つか。四。死だ。死すべし。映子死すべし。
 ダメだ。和むどころか、苛立ってきた。眠れそうにない。
 無。無だ。何も考えない。ただ今日の疲れを感じるのだ──。
 ……眠って……眠った……のか? 体が軽くなって、気が付くと浮いていた。
 あ、抜けたのか。
 見慣れたこの部屋。抜けて見てみても、さして変わりがない。──ただ、一つだけ。
(新井君)
 アイは言った。
(なんでここにいる)
 苛立ちは隠せなかったし、隠す気にもならなかった。
(ごめん)
(いつから)
(一時間くらい前から)
(ストーカーか、アンタは)
(……少し)
 何が少しだ。こんなことをされたのではたまらん。ただ、村上や映子の気持ちが少し分かった。
(お願い。助けて)
 アイは言った。
(何を)
 お願いされても、そんな気にはならないが。
(エヌを止めて。村上チーフの命が危ない)
(分かった)
 それを言われては、そう言うしかなかった。
(ごめんね。あなたしか頼れる人はいないの。ついてきて)
 アイは言って、窓の方に向かった。だが、カーテンは閉まっている。どうやって出るというのか。
 アイは、カーテンと窓の細い隙間に、体を滑り込ませていった。
 俺も続いて、カーテンと窓の間に体を滑り込ませる。
 狭い。非常に狭い。カーテンは押しても動いてくれない。次は窓。透明のガラスに体を押し付ける。若干引っ掛かりを感じるが、何とか通り抜けられた。
 幽体離脱している状態ってのは、光みたいなものだな。そんな気がした。
 窓の外では、アイが待っていた。
(ついてきて)
 アイは言うと、夜空に舞い上がった。俺はそれに従う。
 今日は曇っていて月は見えない。灯りの消えた街並は明るくはない。ただ、ところどころに電気がついている。
そんな街並を見下ろしながら、俺はアイについて行った。
 


 そこは『村上』という表札のある家だった。二階建てで庭までついていて、立派な家だった。
(どの部屋もカーテンがしてあってね。閉まってるの)
 アイはそう言いながら、カーテンの掛かった窓を見つめる。どこの窓だろうか。位置から考えて、リビングだろうか。
(じゃあ、カーテンは絶対に通れないかっていうと、そんなこともない)
 と、アイはその窓に体を押し付けた。
 アイの体は透明のガラスをすり抜け、カーテンにぶつかった。しかし徐々に、カーテンに体が埋まっていく。
(気付いていると思うけど、この体は光みたいなもの。絶対に光を通さないカーテンなんて、そうあるものじゃない)
 やがてアイの体は、カーテンの向こうに消えた。
(来て)
 見えない所からアイの声がして、俺はそれに従った。



 よく片付けられた洋風のリビングだった。
 大きなテーブルと大きなテレビがある。どれだけの給料をもらえば、こんな生活ができるのかと思う。やっぱり一流大卒は違うのだ。
(こっちよ)
 と、アイは奥の部屋に入っていく。俺も後に続く。
 その部屋には、ベッドが二つ並んでいた。人が一人ずつ眠っている。一人は村上チーフだとすぐに分かった。もう一人は奥さんなのだろう。
 そしてもう一人。村上チーフの枕元に男がいた。
(新井君か)
 と、そいつ、エヌは言った。
(もぶさん。こんなところで何をしてるんです?)
 エヌと呼ぶ必要はない。あえて、俺はもぶと呼んでみた。
(僕はこいつを殺しにきた)
(もう、そんなことは止めて下さい。そんな陰険なやり方はよくない)
(陰険……か。それはこいつの方だ。こいつは最低な奴だから)
(だからこんなやり方で仕返しを? だったら直接やってやればいいでしょう。こんなやり方はよくない)
 俺がそう言うと、エヌはフフッと笑った。
(だから、直接やりに来たんだよ。君がそうしろと言ってくれたから。いいヒントになった)
 エヌはそう言うと、ベッドに眠る村上の上に乗った。そして、首に両手を掛けた。
(最初から、こうすればよかったんだ)
 と、首を絞め始めた。(死ね、村上!)
 俺はただそれを見ながら、不思議に思った。幽体離脱の体で、他人の首を絞めることなどできるのか、と。その証拠に、村上の顔は全く苦しそうでない。
 だが、エヌは村上の首を絞め続けている。
 と、エヌが弾かれたようにベッドから転がり落ちた。
(死ねーーー!)
 叫ぶエヌの両手の先には、村上の首がしっかりつかまれていた。いや、正しくは村上ではない。幽体離脱させられた村上。床に押し付けられ、エヌに首を絞められている。
「うううう……」
 村上が苦しげな声を発した。幽体の村上ではなく、ベッドで眠る村上の声。見ると、表情も歪んでいた。
(やめろ!)
 俺は叫んで、エヌに体当たりした。
 エヌは弾かれて、床に転がった。俺は村上の上に覆い被さる格好になった。
(戻って! 自分の体に!)
 俺は村上に言った。が、村上の幽体は、床に転がって倒れているだけだった。
 死んだのか?
 そう思い、ベッドの村上を振り返った。
 ハアハアと、荒い寝息を立てていた。
 よかった。死んではいない。
 でも、早く幽体を本体に戻してやらなければ。俺は再び、幽体の村上に視線を戻す。
 その瞬間、首元をつかまれた。
(ジャマするな!)
 エヌが俺の首に手を掛けていた。
(ジャマをするなら、君から殺す!)
 首が絞まる。苦しい。振りほどこうと思っても、身動きが取れなくなる。この力は何なのか。貧弱のもぶおからは想像できない。精神力。そこから来る力なのだろうか。
(やめろ……エヌ……)
 俺は声を絞り出した。だが、エヌは手を緩めない。
(やめてくれ……アイ……)
 そう言うと、俺の首を絞めていた手から力が抜けた。そして、目の前にいる男の気配は、女の気配と絡み合うようになって消えた。
(新井君)
 と、目の前に現れたアイは、首にあった手をそのまま俺の背中に回した。
 何だか変な気分だったが、俺もアイの背中に腕を回し、抱き合う格好になった。
(ありがとう。やっぱり助けてくれたね)
 アイは言った。
(うん)
 俺は答えた。そして、
(アンタは誰だ?)
 と、何度目かになる質問をした。
(秘密)
 と、やっぱり同じ答えが返ってきた。
(でもうれしい)
(何が?)
 俺は聞いた。
(こうして、新井君にハグしてもらえる日が来るなんて。一生そんな日は来ないと思ってたから)
 やっぱり変な気分だった。
(もう少しだけ、こうさせて)
 アイがそう言うので、もう少し抱きしめておくことにした。  



 村上の幽体を本体に戻したあと、俺達は村上家を出た。
家に帰るまでの間、アイは手をつなぎたがったので、そうすることにした。ただ、やっぱり変な気分だった。
(私とエヌが同じって、いつ気付いたの?)
 アイが聞いてきた。
(確証があったわけじゃない。アイが入っていったはずの部屋に、エヌしかいなかったから。苦し紛れに呼んだだけだ。それと──井上信夫。名前だ)
(そう)
 と、アイは頷いた。 
 でも、俺は思う。エヌだとかアイだとか分かりやすいイニシャルを付けたのは、気付いて欲しかったからではないか。そんな気もした。
(私は女。エヌは男。井上信夫の中にある二つの人格。そう言えば分かりやすいかな?)
(う……ん。分かるような分からないような……)
(信夫は村上を憎んでいて、私もエヌも村上が嫌いだった。そして、エヌは村上を殺そうとした。でも私は、殺すなんてことはしちゃいけないと思った。だから私は、あなたを引っ張り出して、止めてもらおうと思った。あなたしか、頼れる人がいなかったから)
(うん)
 俺は頷いておいた。
(私は異性としてあなたが好き。エヌは友達として。信夫は男だから、大切な友達っていうふうに思ってるみたい。信夫が女だったら、恋愛感情になったかもしれないね。それはちょっと残念かな)
こんなふうに告白されて、喜んでいいのかどうか分からなかった。
(しつこいようだけど、信夫は男だからあなたに恋愛感情は持ってないから。同性愛とかそういうことじゃないから、勘違いしないでよ)
(分かってる)
(もう、新井君とはこうして会えないんだろうな。私が引っ張り出さない限り、あなたは抜け出ることができないんだから)
(じゃあ、また引っ張り出してくれたらいい。いつでも会えるよ)
 俺がそう言うと、アイはフフッと笑って、
(明日、遊びに来て。信夫の家に)
 アイが言ったので、
(分かった)
 と、それだけは約束した。



   6

 目を覚ますと、もう昼を過ぎていた。カーテンが太陽を浴びて明るくなっている。
 あれは夢……ではないと思う。いろいろなことがあった。
 俺はケータイを取った。名前を探す。井上信夫。
「もしもし。もぶさん? 今から一時間後くらいに、遊びに行きますけどいいですか?」
『うん。いいけど』
 と、相変わらずボサッとした返事だった。



 木造二階建てアパートの一階。もぶおはそこに住んでいる。とにかくボロイ。
 玄関のピンポンが壊れていて鳴らない。だからノックするしかない。もともとインターホンじゃないから、どうせ通話機能がない。だから直す意味はない、らしい。
「やあ」
 ドアが開いて、もぶおが顔を出した。
「おじゃまします」
 俺はそう言いながら、部屋に入った。
 相変わらず散らかっている。雑誌やらゲーム、エロ本、ビデオ、DVD、他、いろいろなものが転がっている。
 散らかってはいるが、まんがと美少女フィギアは本棚に整列していた。
「ゲームでもする?」
 もぶおが言ったので、
「はい。なんか面白いのがあるスか」
「すごろく系とか」 
「桃鉄スか。やりましょうか」 
 もぶおは、大量のゲームソフトの中から、それを取り出した。ゲーム開始。
 何度目かのサイコロを振ったあと、
「いろいろ悪かったね」
 と、突然もぶおが言った。
「何のことですか?」
 俺はとぼけてみた。
「僕ね、来週から入院するんだ」
「はあ!? 何でですか?」
 さすがにびっくりした。
「食道ガンでね。四年くらい前から悪いんだ。とうとう手術することになった」
「マジですか?」
 俺はもぶおの顔を見た。──冗談を言っているような顔ではなかった。四年前──休みがちだったあの頃からか。
「治るんですよね」
「いや、たぶんダメだと思う。失敗する」
 もぶおは、何でもないことのように言った。
「それはやってみないと分からないでしょう」
 俺はそう言ったが、
「いやいや、いいんだ。分かるんだ。死が近付いたから、幽体離脱なんてことができるようになったんだ。分かるんだ」
「手術はいつですか?」
「二週間後」
「そうですか」
 俺はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
「僕には、生まれたときから二つの人格があった。いや、正確にいうと三つなんだろうか。僕と、エヌとアイ。彼らが僕で、僕が彼ら。多重人格、性同一性障害、解離性同一性障害。世の中にはいろいろな障害の人がいるけど、どの呼び方も僕には当てはまらない気がした。この障害が原因ではないだろうけど、僕も世の中にうまく溶け込めなかった。それは同じだったのかもしれない」
「もぶさん……」
「僕は最後の最後に、人殺しにならずにすんだ。ありがとう。新井君」
「そんな……俺は何もしてない」
「君がいてくれてよかった。君がいなければ、僕はもっと早く死んでいたかもしれない」
 もぶおは悲しいことばかりを言う。その通りだ。聞いていれば、もぶおは悲観的なことばかりを言っている。
「もぶさん。死ぬとか最後とか、そんなことばかり言わないで下さい。分からないじゃないですか」
 と、俺が怒ってみせると、
「……そうだな」
と、もぶおが少しだけ微笑んだので、俺も少し笑った。
「お見舞い、行きますね」
「うん」
 と、もぶおはゲームのサイコロを振った。


 
   7

 もぶおが入院した日から五日目。金曜日だった。
 どういうわけか、村上チーフが朝礼をすると言って、みんなを集めた。天野、映子らがメンドくさそうに集まる。
「なんだ突然」
 天野がブツブツ言っている。
 俺は、嫌な予感がしていた。
「残念なお知らせです。今日未明、井上信夫君が亡くなりました。井上君のお母さんより、先程連絡がありました」
 村上チーフの言葉に、「は?」とか「え?」とか、みんな一様の声を上げた。
「もぶおが死んだんですか?」
 と、天野が聞き直す。村上チーフは頷いた。
「何で? 事故? 自殺?」
 天野が聞く。
「病気です。ずっと前から悪かったみたいです」
「へえー。健康そうに見えたけどなあ。先週まで会社に来てたじゃん。──人間ってはかないなあ」
「本日お通夜が行われます。明日は葬儀。場所は──」
 なんで? 手術は二週間後って言ったじゃないか、もぶさん。俺は明日にでもお見舞いに行こうと思ってたのに。ウソだったのか?
(ごめん)
 声がした気がして、俺は振り返った。けれど、そこには誰もいなかった。
 誰の声だったのだろう。エヌだろうか、アイだろうか。それとももぶおか。
「えー、お通夜は何人くらい参加する予定ですか」
 村上チーフがみんなに聞く。
「はい」
 と俺は手を上げたが、他には誰も手を上げなかった。
「一人……か。俺は行かないといけないから、合わせて二人か」
 何だ。みんななんて薄情なんだ。天野も映子も。
 こんな人生だったのか。こんな悲しい人生だったのか。
楽しいことはあったのだろうか。うれしいことはあったのだろうか。その中で、俺は何かしてあげられたのだろうか。
(ありがとう。新井君)
 また声がした。
 でも、俺は何もしてない。何もしていないのに。
 もぶさん。あなたはもしかしたら、これ以上生きてもいいことはなかったのかもしれない。だから、これでよかったのかもしれない。そう思った方がいいのかもしれない。
 どう思ってみても、納得なんかできなかった。もぶおはまだ生きている。そう信じたかった。けれど、これは現実なのだ。
 さよなら、もぶさん。
 俺は強く思った。
(さよなら)
と、最後の声が聞こえた。



   エピローグ

久しぶりに乗るバスは、座っていても妙に揺れた。ブレーキが急で、きっと運転手がヘタクソなんだろう。 
 今日は会社の懇親会とやらで、駅前の居酒屋に向かっている。車で行くわけにはいかないから、仕方なしに好きでもないバスに乗る。──もぶおが死んでから三ヶ月。残念ながら世の中はさしたる変化もなく、会社も定例の半強制出席の懇親会。
 人の生き死には日常で、そのことで何かが変わるということはない。きっとそれは俺にしても同じで、俺が死んだところで世の中が変わるということは考えにくい。そこに空しさを感じなくはないが、それが事実なのだから仕方がない。
 薄暗くなった窓の外では、ライトを付けている車といない車が見える。そして、ゆっくりと止まったり動いたりを繰り返している。──少し、渋滞してきたようだ。
 眠くなってきた。無意識にあくびが出る。
 目を閉じる。
(ちょっと起きてよ)
 声がして、俺は目を開けた。
 なんだ?
 俺は車内を見回した。
 まばらな乗客。誰が声を掛けてきたとも思えない。
 もう一度目を閉じる。
(運転手も寝てるんですけど)
 俺は席を立ち、運転席に急いだ。
「渋滞ですか」
 大きめの声で、運転手に言った。
 突然のことに驚いたのか、運転手は体をびくつかせてから、
「あ、え、ええ。そうみたいですね」
 と、こちらを振り返らずに言った。
 寝ていたのか寝ていなかったのか。よく分からなかったが、運転手は咳払いをしてからハンドルを握り直した。
 大丈夫か、おい。
 不安は拭い切れなかったが、とりあえずはいいだろう。俺は、運転席の後ろに座った。
 目を閉じる。
 死んだんじゃなかったのか。
 呼びかけるように思ってみたが、返事はなかった。
 気の……せいだったんだろうか。
(私だけ残された)
 ずいぶん遅れて声がした。でも、確かに聞こえた。女。女の声だ。
 なんで?
 問いかけてみたが、返事がなかった。
(きっと、まだやらなきゃいけないことがあるんだと思う)
 と、またずいぶん遅れて返事があった。
やらなきゃいけないこと?
(うん。信夫が生前に言ってた。生き物は、その役割を終えたとき天に召されるんだって。何かの本に書いてあったのかな。僕は役割を終えたんだって)
 もぶさんがそんなことを。
(だとするなら、死んでなお天に召されない私には、まだ役割があるってことだと思う。それが世界平和なのか、バスの運転手を起こすことなのかはまだよく分からないけど)
 役割……か。
 この女は、この世界の何かを変えるためにここに残されたということなのか。
 人の生き死には日常で、そのことで何かが変わるということはない。──違う。違うのかもしれない。
 もぶおが残したひとつひとつが、何かを変える。変えられる。ひとつの命は、取るに足らないものではない。そういうことなのか。
(私だけじゃ何もできそうにないから、いろいろ、手伝ってくれますか?)
 聞かれたので、
 ああ、もちろん。
 と、俺は答えた。
                         (おわり)
しんじ
2011年04月22日(金) 22時47分37秒 公開
■この作品の著作権はしんじさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
結構前に書いた作品なのですが、忌憚のないご意見を頂けたらと思います。
よろしくお願いします。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  しんじ  評価:--点  ■2011-04-24 22:26  ID:dJ/dE12Tc8A
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ありがとうございます。

>筋書きはけっこう楽しめましたが、小説としてはどうだろう。
なるほどなあ。僕が書く作品の根本的な欠陥かもしれないですね。丹念に描写や心情を書き込むことがないのが原因かも。
どういう形がよいのか、など時間をかけて考えてみます。

大変参考になります。
次回作が書けるのはだいぶ先だとは思うのですが、またよろしくお願いします。
No.3  お  評価:30点  ■2011-04-24 19:17  ID:E6J2.hBM/gE
PASS 編集 削除
なんだか、惜しい感じが、どうにもこうにも。
こんちわ。
うーん。物語が面白くないわけじゃないのに、なんだか、盛り上がらない。終局辺りになってやっと語りに感情が宿って盛り上がり始めるけども、まぁ、時すでに遅しかなぁ。
キャラについては、全体には巧くやったなぁと言う感じもありますが、やっぱりアイの正体に関しては、予測はしたものの、すんなりとは受け入れがたかったかな。せめて、フリというかほのめかしくらいはないと。うーん。まぁ、それにしたって、ねぇ。難しいところだなぁ。
筋書きはけっこう楽しめましたが、小説としてはどうだろう、やっぱ、いまいちわくわくしなかったなぁ。という感じですかねぇ。
No.2  しんじ  評価:--点  ■2011-04-23 22:40  ID:dJ/dE12Tc8A
PASS 編集 削除
感想ありがとうございます。

確かに、主人公の名前なんだったかな、と僕自身が思ってしまいました。一人称とはいえ、自身の描写、名前はわざとらしくとも書くべきなのかもしれません。とはいえ、人物描写はもっともっと流れの中で上手に書けるようになりたいところです。

信夫とアイがつながらない、という指摘はもっともで、オチがばれないようにしようとするあまりそんな書き方になってしまっているので、そこはプロットが甘いのかなあという気がします。
感想を読みながら、登場人物に魅力が足りないのかな、と思いました。そういえば以前にも言われたことがある。僕自身が派手なことが苦手なので、地味な人間ばかりを書いてしまっているのかもしれません。

ストーリーをまとめようとか、読みやすくしようとか、そういうことばかりに気をとられていたのかもしれません。
次回作は、もっとよいものをかけるようにがんばります。

ちなみに、たぶん続編はないと思います。ああしないと、もぶおが浮かばれないと思ったせいです。
No.1  陣家  評価:40点  ■2011-04-23 05:42  ID:ep33ZifLlnE
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拝読しました

文体としては非常に平易で素っ気ないほどですが、その分引っかかりもなく一気に最後まで読めてしまいました。
ストーリーもきちんと起承転結があり、お話としてまとまっているなと感じました。
オフィスの描写などは過不足無く物語の始まりの舞台としてリアリティを持たせることに成功していると思います。
ただ全体的に人物描写に不足がある印象ですね。読み終わってからはて、主人公の名前はなんだっけかなと少し考えてしましました。
信夫や映子、村上チーフなどの名詞に比べて主人公の名前の印象がことさら希薄に感じてしまうのは、そもそも主人公の容姿に関する描写が無く、名前が出てくるのもかなり後の方なので主人公のビジュアルが頭の中で完成する間もなく話が進んで行ったためだと思います。
ここは類型的でも良いので早めにさらりと主人公の描写を挿入することで読み手の頭にビジュアルが浮かべやすくなると思います。
ストーリー的にも文体がさらりとしている分、登場人物はもっとエキセントリックかつ派手に立ち回った方がよりメリハリがついてバランスが良くなったのではないかなと思います。私ならば村上はあっさり殺してしまうだろうなぁと(笑)。信夫をあっさり殺してしまうのであればなおさらそんな気がします。

幽体離脱、魂の檻である肉体を抜け出し、自由に現実世界を動き回れたら…。普段不可能なありとあらゆる事をやってみたい。誰しも一度は想像することです。題材としてはことさら新鮮なものでは無いですが冒頭の舞台づくりの巧さから自然と物語りに引き込まれてしまいました。
作中では主人公とアイ、エヌだけがこの能力者として登場します。当初ヒロインとして映子がクローズアップされますが、結局は端役で幽体離脱能力者は主人公と信夫だけだったことが明かされます。そしてそれは単なる友情というありふれたつながりに起因するものでは無く、ある意味同性愛的な感情がお互いの魂の交歓を呼び起こしたと見て取れます。誰からも好感を持たれることのない典型的な負け組的な信夫に対して、自分では否定しながらも、どこかで同族的な共感を感じてしまっていた主人公、という設定に対して、もう少し信夫の性癖を想像させるような描写が早めにあればその後の展開もより説得力のあるものになったのではないかと思います。というのも信夫の外見描写やキャラクターが全体を通しても際だって強めに出ているおかげで、どうしても信夫の女性面であるアイに女性的な魅力を感じることが難しくなっているのです。誰しも自分の中に女性的な面と男性的な面を内包しています。幽体として分裂した女性面と凶暴な男性面が対立するのは良いとしてどちらも元々信夫の中に本来的に持っている性質であるわけですから現実の人物描写にもその辺がにじみ出ていたほうがより自然だと思うのです。
たとえ多重人格者である信夫の男性面だけしか主人公が見ていなかったとしても、どこかで主人公は信夫の女性面を意識していたからこそ、この不思議な絆が生まれたのではないでしょうか。
そしてアイは曲がりなりにもヒロインであるのは間違いないのですから。元の信夫からまったくかけ離れてしまうのはやはり感情移入を難しくさせてしまっていると思います。
ま、このへんは読み手の好みにも左右される部分ではありますね。いや、ガチ〜では決して無いですが当方。
ともあれ、続編を臭わせるようなエピローグもあることですし、もし続編が出るのであればまた評価も変わってくるかも知れませんね。
その辺も期待して待っています。
総レス数 4  合計 70

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