キスもできないし、抱くことはできない程度に、中途半端な愛なんだ
「好きです」
今は春で、入学式が終わって、部活動も決めた頃だからもうすぐゴールデンウィークで、僕はまだ12歳だから小学生にも同い歳の子もいるはずで、そういう意味では中学生と言ってもまだまだ僕は子供だけど、子供は子供なりに、恋心は健康的に健全に、僕の心にもキチンと芽生えてくれて、
――とにかく、
同じクラスの、僕の席の隣の、
――それは多分“一目ぼれ”という名の『初恋』だと思う――僕は絶対、男の子で、女の子というものを、初めて好きになってしまった。その女の子は「中島みなみ」と言って、それはすごくありきたりな名前で、きっと、一般的な中学生の目とか、普通の10代の嗜好とか、子供的に客観的に見たら、とりたててそんなには可愛くはないと思うはずだけれど、僕にとってはすごく大人びていて、僕にとっては目を覆ってしまうほど、彼女のしぐさやまなざしや時々かすれる言葉尻のハスキーが、繰り返し目を覆ってしまうほどに、まぶしく映ってしまった。

――たとえば大人っぽい年上の女の子が好みなら、
自分が中学1年生で、2年生や3年生の先輩たち、あるいは教職員たちを好きになればいいと思うけれど、恐らく、僕の意味はそういうことではなくて、同い歳なのに大人っぽい感じの、そのちょっと特別な感じに、僕は「やられた」って目を奪われたんだと思う。

――ガマンできなくて、
いつの間にか、彼女を屋上に呼び出していた。振り返ってみればよくこんな大胆なことができたと自分で自分が凄い。と、自画自賛に思う。屋上に吹く風は春らしくとてもさわやかに優しくて、空には雲ひとつない本当に透き通った水色のブルーがあって、僕の手はなるほどやっぱり臆病に少し震えているって思う。彼女は、彼女らしく、少なくとも、僕にとっての彼女らしく、アダルトに落ち着いたまなざしを僕に向けている。春の屋上に独特の、とても静かな中に、遠くからかすかにほんの少しだけ、乗用車の通り過ぎる音がする。――何百メートルも先の高速道路の上の――車の行きかう時に空気がぶつかる走行音だと思う。勇気を出して「好きです」って言った。だって、好きだし。

「愛してはいないんだね」

中島みなみはずっと僕を見つめていて、そのまなざしはずっと落ち着いていて、僕の言葉から少し間をおいて、ゆっくりとした調子でそう言った。言ってから中島みなみは少し表情を和らげて、なんだか悪戯っぽい笑みにそれを変えて、僕の言葉を待っていた。僕は、
――もちろん、
それが恐らく「質問である」ということなど分からずに、
――と、言うより、
言っている意味がぜんぜん分からなかったから、ただ茫然として息をのんで、何度も何度も彼女の発したその言葉を、頭の中でグルグルと繰り返してみた。

「愛してはいないんだね」
「あいしてはいないんだね」
「アイシテハイナインダネ」

カラダじゅうが、妙に熱くなってくるのが分かる。爽やかなはずのそよ風が、なんだか今の僕には寒くさえ感じる。中島みなみが僕を見ている。僕は、中島みなみに見られている。
「そ、そんな。愛しているなんて、恥ずかしくて言えないよ」
僕は、やっと、言えた。

たとえば中島みなみは、僕が1時間目の国語の時間の終わりに「次は英語だね」って言うと、「イングリッシュだろ」と答える。たとえば中島みなみは、僕が4時間目の数学の時間の終わりに「お腹空いたね」って言うと、「腹減っただろ」と答える。給食の時間。中島みなみは僕に「牛乳、あげるよ。チビ」と言った。「ミルク、嫌いなの」と僕は問いかけた。中島みなみは少し怒ったみたいな顔をして「これ以上、おっぱいがデカくなりたくないんだよ」と言った。

「おっぱい」

「おっぱい」という言葉がいつまでも、僕の頭に残っていた。

「恥ずかしさの方が先に立つんだから、あなたの『好き』なんて大したことないんだって思うよ」

ある意味、中島みなみらしい言葉かもしれないけれど、別の意味で、中島みなみらしくない言葉でもあると思った。春のそよ風が、場合によっては、秋のそよ風に感じて、淋しくなるみたいな、そんな違和感がその言葉にあった。
――「あなた」ってなんだろう。
お前じゃないし、君じゃないし、そもそも名前を呼べばいいのに。そんな気がする。「あなた」なんだね。少し、可笑しかった。

「そ、そんな。そんなつもりじゃないんだ。愛している。愛しています。ごめんなさい。素直じゃなくて、ごめん」

そよ風……。

「じゃあ、キスしてよ。愛してるなら、できるはずでしょ」
「キス。キスって。今日は告白が精いっぱいで」
「だって、愛しているんでしょ。愛してるんだから」
「そりゃ、そりゃ、そうなんだけど」
「抱く?抱いてもいいんだよ。だって、愛しているんだもの」
「だ、だ、抱くって。まだ、僕も君も、中学生だし」
「中学生だと、抱いたり抱かれたりしちゃいけないの?」
「そ、そんなことはないと思うけど。でも、いきなり過ぎて」
「やっぱり恥ずかしいのが先なんだ。愛してなんかいないくせに」
「あー、あ、愛してます。愛しているけれども」

 たとえば中島みなみは、僕が2時間目の英語の時間の終わりに「次は歴史だね」って言うと、「ヒストリーだろ」と答える。たとえば中島みなみは、僕が4時間目の美術の時間の終わりに「お腹空いたね」って言うと、「だってお昼だし」と答える。給食の時間。中島みなみは僕に「牛乳、あげるよ。チビ」と言った。「ミルク、嫌いなの」と僕は問いかけた。中島みなみは少し怒ったみたいな顔をして、それは明らかにクラス中に聞こえる声で「これ以上、背太になりたくないんだよ」と言った。

「キスもできないし、抱くことはできない程度に、中途半端な愛なんだ」
「そんなことないよ。愛してる。愛しているから」
「じゃあ、ここで、私を裸にして、あなたも裸になって、抱いてよ」
「は、はい。はい。分かりました。分かったよ、分かった」
「愛してるんだから。愛しているんだからさ」

たとえば中島みなみは、僕が3時間目の歴史の時間の終わりに「次は数学だね」って言うと、「算数だろ」と答える。たとえば中島みなみは、僕が4時間目の体育の時間の終わりに「お腹空いたね」って言うと、「だって体育の後だし」と答える。給食の時間。中島みなみは僕に「牛乳、あげるよ。チビ」と言った。「ミルク、嫌いなの」と僕は問いかけた。中島みなみは少し怒ったみたいな顔をして、それは明らかにクラス中に聞こえる声で「これ以上、牛乳について、同じこと聞くんじゃねえ」と言った。

 僕が中島みなみにキスしようとしたら、思い切り平手で、頬を殴られた。「私にキスなんて、100億光年早い」と中島みなみは言った。そして、「私は大っ嫌いだから。絶対、嫌いだから」ときっぱりと僕に言った。ほんとうにきっぱりした「きっぱり」だったと思う。もう一度「大っ嫌い」と繰り返した。「大っ嫌い」が僕の頭の中で何度も何度もこだましている。

 その後すぐに頬にキスされた僕と、中島みなみもこの屋上も、空のクリアブルーも、恐らく狭すぎる僕に見える程度の、ちっぽけな世界じゅうが、恐らく、全部が全部、春なんだって思う。春。春なんだって思う。


キットキャット
2011年04月16日(土) 22時36分43秒 公開
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■作者からのメッセージ
はじめまして。
あまり難しく考えないで、気楽に書いてみました。
どうぞよろしくお願いします。

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No.6  キットキャット  評価:--点  ■2011-04-24 23:09  ID:heA3e64V7ZQ
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らいとさま、ご感想ありがとうございます。

>もっと屈折させてもリアリティがあってよかったかなって思います。

そうですね。たしかに一歩踏み込めなかったかも知れませんね。丸く収めすぎでした。

ご指摘、感謝します。
No.5  キットキャット  評価:--点  ■2011-04-24 23:06  ID:heA3e64V7ZQ
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昼野さま、ご感想ありがとうございます。

>後に残るもの(テーマでも狂気でも笑いでもなんでもいいですが)が無かった感じです。

そうですね。たしかに丸く収めすぎたか、収めようとし過ぎたもしれませんね。

ご指摘、感謝します。

No.4  らいと  評価:30点  ■2011-04-19 23:11  ID:iLigrRL.6KM
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拝読させて頂きました。
みなみという女の子の屈折ぶりが面白かったです。でも、もっと屈折させてもリアリティがあってよかったかなって思います。
拙い感想、すみません。
No.3  昼野  評価:20点  ■2011-04-18 00:15  ID:MQ824/6NYgc
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読ませていただきました。

文章自体には魅力があって、勢いもあってよかったです。
でもなんか後に残るもの(テーマでも狂気でも笑いでもなんでもいいですが)が無かった感じです。中島みなみという女の子がガチで頭おかしくて本当に抱かれるとかだったら面白かったかなんて思いました。
ひどい感想失礼しました…
No.2  キットキャット  評価:--点  ■2011-04-17 20:29  ID:heA3e64V7ZQ
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楠山歳幸さま、ご感想ありがとうございます。

>主人公の気持ちを振り返るというのが時間軸を乱しているみたいな印象で

そうですね。たしかに呼び出した時間はいつなのか書かれていませんね。季節や状況ばかりで、肝心なこと忘れていました。反省。

ご指摘、感謝します。

No.1  楠山歳幸  評価:40点  ■2011-04-17 10:10  ID:sTN9Yl0gdCk
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 初めまして。拝読しました。

 良かったです。
 とても効果的な文章で主人公の気持ちがじん、と伝わりました。
 中島みなみという女の子も、この年頃らしさがよく出ていて、まるで目の前にいるみたいでした。
 遥か昔の自分まで感じました。
 些細なことで恐縮ですが、屋上に呼び出す所で、主人公の気持ちを振り返るというのが時間軸を乱しているみたいな印象で、冒頭で感情移入から離れてしまったかな、と思いました。

 拙い感想、失礼しました。
総レス数 6  合計 90

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