銀河の湯船
 三分間と言えば、遠い銀河の宇宙人ウルトラマンの太陽エネルギーが切れてしまって、星に帰らなければならない時間で御座います。昨日、小林さんから「得意なこと」という私には少々荷が重い素敵なテーマを頂きましたので、ウルトラマンと並ぶ三分間の帝王、即席カップラーメン式のお話をさせていただきたいと思います。無論、皮肉で言っているわけじゃあ御座いません。人間は得手・不得手という技能のおにぎりをがっしりと握り締めていると思いますが、二十六年間生き恥を晒し続けてきたわたしには、心に抱えた技能のおにぎりが路傍を転がって特技の空腹が増していくばかりです。ある日、そんな冬枯れの野山のような心を慰めようと祖母と母の先に湯船に入りました。湯の上には蜜柑と柚子の渋皮を灯篭流しのように散らせ、柑橘系の鎮魂曲と自虐的に洒落込んだのです。オレンジの死神が傍に居座っているような芳しくも不吉な匂いをかぎつつ、わたしの得意なことは何かなあ、と自問しておりました。すると、得意なことを日頃から意識しないでおれば、頭の隅から湧き出てくる思考の残滓は、何の中身も無い湯船の水蒸気と一緒の自分自身しか出てまいりません。自意識の厭世観に捉われたわたしは厭世を排水溝に流し去るため、わたしの後に湯船に入る予定の祖母のために風呂場の浄化作戦を実行いたしました。わたしの小汚い垢と恥毛で攪拌された久留米のトンコツラーメンのように脂ぎった湯をメロンパンナちゃんの絵柄の入った桶で掬い取り、次々と湯をクリーニングしてゆきます。すると、不思議なことに、クリーニングしていく行為の一回、二回という回数毎にわたしは普段気にも留めていなかった風呂場の湯を美しくロンダリングしていくという営みに一種誇らしげな得意さを感じていくのでした。
「賢ちゃん、あんた、なんばしよっとねェ? よかよ、よか! どうせ、死に体の婆ちゃんの身体のほうが湯よりも汚れ取るけんネェ! ありゃ、仏様の張り紙が斜めに破け取る! こりゃあ、いかん。諳んじなければ、諳んじなければ! ブツブツブツ、わが子に孫に世間様、せいぜい長生きしなはれや!」
 わたくしは、孫の身でありながら、昭和一桁生まれの祖母の力強い言葉に励まされながら湯船の天窓からの暗き紅色の光を仰ぎ見るのでした。
校長
2011年03月14日(月) 23時28分33秒 公開
■この作品の著作権は校長さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
被災された方々の冥福を祈りますと共に新しい鎮魂の文学が水蝕の街の深部から産まれ出ることを予感せずにはおれません。

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No.1  旅人  評価:30点  ■2011-03-15 17:18  ID:BRc6AVNOB5A
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どなたに向けての小説的スピーチ文体なのかは存じませんが、力技で語りだす語り手の迫力がなんともかわいらしいですね。
お風呂に浸かるという行為そのものに幻想めいた世界が広がっていると考えておりますので、他者の想像力に恐れ入る次第です。
なかなか面白かったのですが、どこに転がっているかわからないということも確かですので、なにかしら集約点をつけていましたならば、もっと評価は高かったと考えております。
総レス数 1  合計 30

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