しゃーりんがんのようすけ
ぱいぽ王国に住むしゃーりんがんのようすけという男の話。
ぱいぽ王国は東の果てにある資源の豊かな国で、男はそこで商売を営んでいる。
西の国の人がしゃーりんがんのようすけのところへやってきて、取引を持ちかける。
「石燃水をゆずってはくださいませんか。」
しゃーりんがんのようすけは答える。
「でもそれは、国で個人の取引が禁止されております。」
「あなたのお持ちの土地から豊富にとれると聞いております。」
「ええ、それはもう。」
「なんとか一つお願いできないでしょうか。石燃水が安く買えれば、西の国の人たちはみんなずいぶん助かります。」
「そういわれましてもねえ。」
「あなたさまのお力で、人助けをすると思ってぜひ。」
商売の勘はあるものの、人がよすぎるしゃーりんがんのようすけは断りきれず、何とかしてみましょうと請けあってしまった。
困ったしゃーりんがんのようすけは王宮へ行って女王様に会った。女王様に直接お願いをしてみようと思ったのだ。
「実は西の国の人間から石燃水を売ってくれるように頼まれてまして。」
「それは国が買い上げて一括して西の国に送ることになっているはず。それでお前はなんと言ったのだ?」
「ええ、それがなんとかしましょうと言ってしまいまして。」
「何だと?お前はどうしようというつもり?」
「ですからこうしてご相談に。女王様、少しだけ西の国の人に私の土地の石燃水を売ることをお許しいただけないでしょうか。西の国の政府がうるぱいぽ王国の石燃水は大層高額で、買えない人も大勢いるそうでございます。」
「それはならん。我が王国と西の国は政府以外への輸出はしないと条約を結んでおるのだ。ことはお前が考えているほど小さなものではない。この条約を破れば西の国との間に戦争が起こるかもしれないのだ。」
ようすけは考える。
(女王様の言うことももっともだ。しかし西の国の人が困っているというのも本当だろう。西の国の政府のつける値段は高すぎる。)
どうしたものかと頭を抱えて街を歩いていると、商売仲間の男に声をかけられた。
「よう、何をそんなに悩んでいるんだい?」
実はこれこれこういうわけでと事情を説明するようすけ。男は笑って言う。
「それでお前、馬鹿正直に女王様に喋っちまったのか?ここだけの話、近頃石燃水を外国にこっそり内緒で売ってるやつは多いんだ。俺にいい考えがある。」
男が言うには、男が外国へ売っている銅や鉄と一緒に石燃水を西の国へ船に乗せて運べば、簡単に審査を通り抜けられるのだそうだ。
半信半疑のようすけだが、結局男があんまり熱心に勧めるので、こちらも断れなくなってしまった。
いざ決行の日となるとようすけは落ち着かず、いつ国が自分を捕まえに来るのではないかとびくびくし通し。しかしその日の夜になっても、一週間経っても一向にばれた気配がない。そのうち西の国の人からお礼の手紙が届いた。
「あなたのおかげで助かりました。子供を温かい部屋で寝かせてやることができました。どうもありがとう。」
こうなるとしゃーりんがんのようすけは嬉しくなってしまった。こうしてようすけは次々の頼まれるままに自分の土地から採れる石燃水を外国へたくさん送っていった。
国の審査をくぐり抜けるのは簡単だということがいつの間にか周りにも広まって、ようすけの後に続けということで石燃水を勝手に輸出する商売人が増えた。ここまでくると噂が噂を呼んでしゃーりんがんのようすけは石燃水の密輸人としては有名人になってしまった。
当然お上も嗅ぎつけて、ようすけはあえなく御用となった。
「何ということをしてくれたのだ!西の国では政府の販売する石燃水が売れなくなったといって我が国に条約違反だと言ってきてるのだ。どう責任を取るつもりだ!」
「決して悪気があったわけではございません。ただ女王様、西の国の売る石燃水の値段は高すぎます。あれでは庶民には凍え死ねと言っているようなものでございます。」
「しゃーりんがんのようすけ、この件はお前と話し合うまでもない。残念ながら、お前の店は取り壊しだ。お前には即刻国を立ち退いてもらう。」
こうしてようすけは生まれ育ったぱいぽ王国を出て行くことになった。行くあてなどどこにもない。途方に暮れるようすけだったが、一番最初に石燃水を売った西の国の人が救いの手を差し伸べた。
「ようすけさん、よかったら私の知り合いのいるぽんぽこぴー共和国へ行ってみませんか。出来たばかりの国だから移民をたくさん受け入れてるんです。そこでならきっともう一度商売もできるでしょう。」
ようすけは感謝に泣いた。心機一転、ぽんぽこぴー共和国で一からやりなおそう。そしてようすけは新興国ぽんぽこぴー共和国へと向かった。
ぽんぽこぴー共和国は土地が非常に豊かな国で農業が盛んだった。そこでようすけはやぶらこうじ屋という名前で果物の卸売をはじめた。
「さあ、よってらっしゃいみてらっしゃい。」
もともと物を売ることが得意なようすけは珍しい果物や美味しい果物をたくさん集めて売り、始めてすぐに店を繁盛させることができた。
しばらくして、ある日ようすけの店に北から来たという旅人がやってきた。
「ある果物に咲く花を探しているんですが、ご存知ないですか。」
男はそう言ってようすけに白い花の絵を見せる。
「さあ、ちょっと知りませんね。何だか見たこともないような花ですね。なぜこんなものを探してるんですか?」
「ある人に頼まれて探しながら旅をしているんです。もしこの花について何かわかったら私に教えてください。この近くに宿をとって滞在していますので。」
「ええ、分かりました。必ずお知らせしましょう。」
旅人はお礼を言って出て行きました。そして旅人が出ていってからしばらくすると警察官が2人でやぶらこうじ屋に入ってきました。
「もしもし、ちょっとお尋ねしますが、北から来た旅人風の身なりをした男で、怪しい奴を見かけませんでしたか?麻薬の原料になる花を集めている男で、現在指名手配中です。この辺りで見かけたと通報がありまして。」
「ああ!そんな風な男ならさっき店に来ましたよ。そこの宿に泊まっていると言っていました。」
警察はようすけの話を聞くとすぐにどこかへ連絡をしだした。何とあの男、犯罪者だったとは。身なりは少し汚いけれど礼儀正しい男だったのに。10分もするとたくさんの警察がやってきて、やぶらこうじ屋の前を通り過ぎ、宿屋へバタバタと入って行った。
その日の夜、ようすけが警察に呼ばれて行ってみると警察の男が不機嫌そうな顔で彼を迎えた。
「あなたね、嘘言ってもらっちゃ困るよ。」
「嘘?何の話ですかね?」
男はそれ以上話すことはないといった風に、むっつり黙ってしまった。そして黙ったままようすけをある部屋へ連れて行った。
「あなたがうちの部下に通報した男、彼は我々の追っていた犯人ではありませんでした。」
「私はこういう人間を見ていないかと聞かれて、似ている人間を見たと言っただけですよ。それを嘘だと言うんなら、一般人から目撃情報を集めるのはやめてもらいたいですけどね。」
ようすけが男に連れて来られた部屋は壁の1面がガラス張りになっていて、ガラス越しに隣の部屋が覗けた。隣の部屋ではあの旅人が椅子に座り、向かいに座る警察官と話をしていた。
「あなたの店に来た男とはあの男で間違いないですか?」
「間違いありません。」
「釈放だ。警部補を呼べ!」
ようすけは警察署から出て、外で例の旅人が出て来るのを待った。旅人が警察官に付き添われて外に出て来た時、ようすけは彼に走り寄って言った。
「本当に、なんとお詫びをもうしあげてよいやら…。警察の言っていた男の特徴があなたにそっくりだったもので、ついあなたが泊まってる宿を教えてしまいました。」
旅人は落ち着いた様子で答える。
「あなたが間違えるのも無理はありません。私はどこから来たのかもしれないような人間ですから、普通の方から見たら怪しくないわけはないでしょう。どうぞお気になさらずに。」
旅人が立ち去ろうとするのを引き止めて、ようすけは頭を下げた。
「何かお詫びをさせてください。何でも結構ですので、何か一つ、あなたのお役に立てるようなことをおっしゃってください。」
「私の望みはひとつだけ。私の探している花を見つけることです。」
旅人は遠い目をして言った。哀しいような夢を見るような、思い出を辿る目だった。
「ならば、私の方でもその花について分かることがないか色々と調べてみましょう。商人や外国の商売仲間に話を聞いてみます。何か分かったらすぐにあなたにお知らせしましょう。時々私にあなたがいる場所を知らせる便りを下さい。」
「ではお願いします。ありがとう。」
ようすけは去っていく旅人の後ろ姿を見送った。颯爽としていて、見ていて気持ちが良かった。こんな人を犯罪者として警察に捕まえさせるとは、何てことをしてしまったのだろう。自らを恥じ入り、早速白い花について知っていることはないかと商売仲間に手紙を書いた。
「ごめんください。」
「いらっしゃい、何にします?」
手紙を書く手をとめてようすけは客に応対した。若くて美しい女で、豪華な身なりをしていた。
「あのぅ、人のお見舞いに行くので、果物の詰め合わせをいただきたいんですが。」
ようすけは接客をしている間も女から目が離せなかった。
(こんな綺麗な人ははじめて見た。)
あんまりジロジロ見つめられて、女は眉をひそめた。
「私の顔に何か?」
「いや、そのね、お客さんがあんまり美人なもんだからつい見とれてしまって。こりゃどうも失礼しました。あなたみたいな美しい人は私は生まれて初めてです。」
女は急にニコニコとして果物を受け取るとようすけに言った。
「ここはいい店ね。また来るわ。」
言葉通りに女は次の日もやって来た。次の日も次の日もやって来て、来る度にようすけは女のことをますます美しいと思うようになった。
「相変わらずお綺麗で。」
「今日はまた一段と光輝いておられる。」
「天使みたいだとはあなたのためにある言葉だ!」
女はようすけが褒める度に満足そうにしていた。女はこの町で1番金持ちの家の娘だった。
「ねえあなた、あなたそんなに私のこと綺麗だと思ってくださるなら、どうして一度もデートに誘ってくれないの?」
「私なんぞ、しがない果物屋ですから、そんなめっそうもない。」
女の名はグリンダといった。グリンダはようすけが気に入っていた。彼は正直者で、屈託がなかったから一緒にいると気持ちが明るくなるのだった。グリンダがいつもあんまり豪華で綺麗なドレスばかりきて、それをいつも格好良く着こなしているので、ようすけはあなたはそういう服を毎日着せてあげられるお金持ちと結婚しなければならないと言った。
「あら、こんなもの私にとっては何でもなくてよ。」
そう言うとグリンダはいつもよりも早めに帰って行った。そして次の日ようすけの店にあらわれたグリンダは白い簡素な服を着て、別人のような姿だった。
「今日は随分と感じが違いますね。」
ようすけは嬉しくなって言った。グリンダは金持ちの男でなくても結婚してくれるかもしれないと思うようになった。
そしてある日ようすけは意を決してグリンダに言った。
「あの、もしお嫌じゃなければ、今度お食事でもいかがですか。あなたが普段行くような豪華なところではないけれど、とてもおいしいお店を知ってます。」
グリンダはにっこりしてデートを承諾した。2人はたちまち心の底からお互いを愛するようになった。出会ってから1年目の日に彼らは結婚式を挙げた。
 ある日やぶらこうじ屋にぽんぽこぴー共和国の大統領から手紙が届いた。共和国内の商人の皆様へ、という書き出しで手紙は始まっていた。
『この度新たに商業税を徴収させていただくことになりましたので、ご報告をさせていただきます。』
ぽんぽこぴー共和国では最近大統領選挙があり、新たに当選した大統領は社会福祉政策に力を入れていた。増税は当選前から彼が公約としてかがげていた政策で、商人たちからは反対の声が上がっていた。
「国のためなら仕方あるまい。もっと頑張っていっぱい稼いだらいいじゃないか。」
夫婦はこう話し合ってますます一生懸命働いた。グリンダは意外なことに商売の切り回しがとても上手だった。
2人は一生懸命働き、間もなくやぶらこうじ屋は2号店を構えることになった。ぽんぽこぴー共和国の農業品、とりわけ暖かいところにしか育たないものはぽんぽこぴー共和国のものが1番質が良いと世界中で大人気だった。ようすけは思い切って果物の輸出を大規模に始めた。しかし最初の1年は赤字だった。国内の売り上げが好調だったのでそれほど痛手にはならなかったが、ようすけは考えた。なぜぽんぽこぴー共和国では売れるものが外国では売れないのか?
「その国で何がどれだけ売れてるのか、もっと調べてみよう。」
最大の取引先は島国カイジャリ国の食品会社であった。カイジャリ国はこれまで外国のものの輸入が制限されていたのが西の王国との戦争に負けて、急に解禁になったので、今最もものが売れる国だと言われていた。ただ競争が激しく、やぶらこうじ屋への注文はごくわずかだった。
「何があの国の人たちの役に立つだろうか?あの国は海に囲まれてるから、育つ果物とそうじゃないものがある。ひとつぽんぽこぴー王国でとれた果物を使ってジュースをつくって売り込みに行こう。きっと飲みたい人がいるはずだ。」
グリンダにも手伝ってもらってようすけはジュース造りをはじめた。1年後、完成したジュースを売り込みにカイジャリ国の例の食品会社を訪ねた。
カイジャリ国には質のいいジュースはまだほとんどなく、あるとしてもそれはとても高価だったため、安くておいしいようすけのジュースは食品会社が売り出した途端、瞬く間に売れた。ジュースが売れに売れて、やぶらこうじ屋はジュース製造の工場を慌ててつくった。今までようすけとグリンダと数人の雇い人でやっていたのではとても追いつかなくなり、会社をつくって新しい人たちをたくさん雇い入れた。ようすけは昼も夜もなく働いた。やがてカイジャリ国以外でもジュースは大人気の商品となり、会社の支店を外国にいくつも出すようになった。
「やれやれ、もう何が何だか。こんなに会社を大きくしちまってどうするんだ。ひとりでにでっかくなる化け物みたいだ。」
ようすけが内心はこう考えている間にもやぶらこうじ社はどんどんものを作り続けた。仕事のできる部下がようすけの周りには何人もいたので、幹部と呼ばれるその人たちが会社を動かすようになった。ようすけは不安だったが、社長がやらなければならない仕事はとても多く、手が回らない部分は幹部たちに任せっきりになった。
「あなた、とっても疲れて見えるわよ。げっそりしちゃって。鏡を見てごらんなさいよ。」
ある日ようすけは妻に言われて鏡を見ると、グリンダの言う通りだった。ようすけは鏡をまじまじと見て心の底から驚いた。これが自分なのだろうか?魂の無い虚ろな目をした青白い顔の男が、死人の世界からこちらを窺う様に、陰気そうに立っていた。
「どうしてこうなっちまったんだろう?最初は仕事は楽しくて仕方のないもんだったのに、今じゃ私は会社に操られてるでくのぼうだ。このままじゃいけない。私はこんなことがしたかったんじゃない。私は旅に出なくちゃいけない。」
グリンダに会社を他人に譲って旅に出ると言うと、グリンダはとめなかった。グリンダはようすけを愛していたので、ようすけが元気になるなら自分の思う通りにやってみたら良い、と言った。
「君も一生懸命働いて大きくした会社なのに、悪いなぁ。でも今あの会社がやってることは俺がやりたかったこととは違うんだ。世界の人においしい果物のジュースを飲んでほしかったのに、今じゃ会社のモットーはいかに安くつくって高く売るかだ。君はどうしたい?俺と一緒に来るかい?」
「あなた本当は一人で行きたいんでしょう。顔にそう書いてあるわ。私は行かないわ。ここであなたを待ちます。」
ようすけはグリンダにさようならと言った。何が自分を駆り立てているのかは分からなかったが、新しい場所が自分を呼んでいるのだと感じた。グリンダも連れていけたらどんなに良いだろう。でも1人で行かなくてはならないのだともようすけは感じた。
「きっと君の元に帰ってくるよ。約束だ。」
「そうね、あなた。あなたを信じます。元気でね。」
ようすけは会社中の人にもさよならを言った。会社を他人に譲る手続きが終わるとようすけはすぐに旅立った。まずは南の砂漠を目指した。途中で昔花を探していた旅人に手紙を書いた。
「突然ですが私事で国を離れて旅に出ることにしました。これまで通りあなたのお探しの花についての情報は、家内のほうからお便りさせていただきます。旅の身というのは人が恋しくなるものですね。でも今はそれも新鮮です。」
 ようすけは南の砂漠の奥の方で不思議な噂を耳にした。ここを通る商人だけが知っている噂で、砂漠の真ん中に黄色いバラが咲いているのを何人かが目撃しているというのだ。
「砂漠にバラなんかが咲くんですかね?」
「さあ、俺は見たことないけど、見たって言う奴は何人かいるんだ。砂の中に突然、1本だけポツンと咲いてるそうだ。」
例の旅人に伝えようかとも考えたが、彼の探していたのは白い花で、こちらは黄色だ。
「どうだい、ひとつ私が確かめてみよう。見つけたらその上であの人に伝えてあげればいい。見つかるといいんだが。」
よつすけはらくだを一頭と地元の人間を雇って花捜しを始めた。点在するオアシスの近くを捜し回ったものの、それらしき花はどこにも咲いていなかった。ようすけが雇った男はゴコウと言って、そんな花はあるはずがないと言い始めた。
「旦那、バラがこの土地に咲くわけがありません。この砂漠であたしの知らないことなんてありませんから。噂は噂でさ。」
「そうかい。お前の言う通りかもしれない。」
がっかりして引き返そうとすると、何やら向こうの方かららくだに乗って駆けてくる男がいる。
「黄色い花を捜してるってのはあんたかい?この先をちょっと行ったところに咲いてるのを俺は今この目で見てきたよ。あんたに教えてやろうと思ってね。」
ようすけとゴコウは顔を見合わせて男の教えてくれた場所へ急いだ。そして彼らは見つけた。砂の上に確かに1本の黄色いバラが咲いていた。ようすけ達が見つけたのはバラだけではなかった。バラの前で1人の男が跪いていた。
「ようすけさん、お久しぶりです。お花のこと、教えていただいてありがとうございました。」
それは昔花を捜していた北の旅人だった。ようすけはびっくり仰天した。
「いやぁ、たまげたなぁ。でもどうしてこのことが分かったんです?私は何もあなたに教えちゃいません。見つけてからあなたに教えようと思ったんです。それにこの花は白じゃなくて黄色だ。」
「いいえ、あなたが呼んでいたから私はここに来れたんです。それにこれこそが私の探していた花ですよ。見ててごらんなさい。」
旅人は瓶を取り出して、中の水をバラの上に振りかけた。すると黄色いバラは花びらの端から少しずつ白くなっていった。バラは途端に本物の美しさを取り戻した。黄色かったバラが白くなるだけで、周りの世界そのものが変わっていくようだった。バラが完全に白くなってしまうとようすけもゴコウも開いた口が塞がらなかった。
「私はまた次の花を見つけにいかないとならない。白い花は1つではないのです。1つ1つがとても大切なのですよ。かつては私の国には白い花が咲き乱れていました。それが世界中に散らばってしまったのです。可哀想な花達!この花はずっと砂漠にいたから砂の黄色に染まっていました。私は花を蘇らせるために旅をしているのです。花が1つ蘇れば私の国にも新しく白い花が咲きます。」
ようすけは旅人をしげしげと眺めた。未だかつて感じたことのないような喜びがようすけの胸に溢れた。
「旅人さん、あなたのやってることは凄いことだ。何だか知らないが、この花が白くなったら私まで生き返ったようだ。あなたは私の恩人だ。」
会社を始める前、元気で働いていた頃の力が戻って来た。いや、それ以上だった。ようすけは急に途方も無く若返ったように感じた。
「ようすけさん、これからも白い花を探してくださいませんか?あなたが花を見つけたら、遅かれ早かれ私にも分かります。手分けをすればもっと早くたくさんの花が見つけられます。」
ようすけはこの仕事にはもっとたくさんの仲間が必要だと感じた。そうだ、カイジャリ国へ行こう。ようすけは突然閃いた。閃きというのは不思議なものだ。何という口に出して言える根拠も無いのに、ようすけはどうしても自分はカイジャリ国にいく必要があるのだとはっきり分かった。そこで出会うべき人がいるはずだし、自分は仲間を見つけにいかねばならない。花を見つけるのは自分1人の仕事ではないのだということも、まるで元から知っているかのように分かった。
ここを離れる前に、花のことを教えてくれた男にお礼を言おうとしたが、誰もそんな男のことは知らないと言う。ゴコウに聞いても「あれはこの土地の人間じゃありませんや。ただ何せ一瞬だったもんで、知らない顔だとは思ったけど、どんな顔だったかどうも思い出せやしません。」
ようすけはまた困ってしまった。
「どうしたらもう1度あの男に会えるだろうかね?ゴコウ、何かいい考えはないかい?」
ゴコウは頭を捻って考えたが、しばらくして得意気に言う。
「旦那、いい事を思いつきました。あの男と会った場所で待ち伏せしましょう。あの男が他所の人間なら、町へ出入りするのには必ずあの場所を通ります。」
「待つって、砂漠でかい?自分たちが先に干上がっちまいそうだがね。第一、あの男がもうこの町を出て行ってしまってたらとんだ無駄骨だよ。」
「まあ、まあ、そう言わずにものは試しです。待つっていっても、砂漠のど真ん中で馬鹿みたいに突っ立ってたら、1時間も持ちませんぜ。あそこから西に100メートルほど行ったとこに小さなオアシスがあるから、そこで待つんです。それらしい男が通ったら、あたしか旦那かがオアシスからラクダで走っていって、捕まえればいいんですよ。」
ようすけとゴコウはオアシスで望遠鏡を持って待ち始めた。しかし花のことを教えてくれた男は一向に現れなかった。第一、ゴコウと同じようにようすけにも花のことを教えてくれた男がどういう人物だったか、どうも思い出せなかった。背が高いのか低いのか、年はどのくらいか、どんな顔をしてどんな身なりをしていたのか、覚えているのはマントを被ってラクダに乗っているという、砂漠にいる人間なら誰にでも当てはまる特徴だけだ。
2人は3日続けてオアシスに通ったが、数人の旅人や商人を見ただけで、どの人もそんな花のことなど知らないと言った。2日目の夕方には薄い水色と紫が混じり合う空に星がいくつか瞬くのを見た。砂漠の星は人を導くと言う。そこでようすけは星に向かって一心に願った。
「どうか私が探している人に会えるよう導かれますように。」
3日目の夜になって2人が町へ引き上げようとした時、オアシスから少し離れた場所を1人の男がラクダに乗って猛スピードで走って行った。
「あの人かもしれない。ちょっと、そこの人!待ってください!」
ようすけはオアシスから慌ててラクダに乗って追いかけたが、ようすけの声が聞こえないのか、男は止まらない。止まらないどころかどんどん速く走っていくので、とうとうようすけは追いつけなかった。男を見送ってしまってから、ようやく追いついたゴコウにようすけは言った。
「あんなに速く走る人があるかい。あっという間に見えなくなっちまった。」
「ありゃあ"風の人"たちの1人でさあ。あの部族が走ってる時は誰も追いつけないんです。」
「やれやれ、どうやらそろそろ諦めた方がよさそうだ。私はカイジャリ国に行きたいし、いつまでもここにいるわけにはいかないからね。」
「そこの国で何をしなさるんで?あの旅人さんの言ってた、白い花とやらを探すんですかい?」
「そうさ。お前も来るかい?」
ゴコウはとんでもないと笑った。
「あたしが?そんな遠い外国に?冗談じゃありません。あたしにはかかあも家族もいて、ここに暮らしてるんですから。第一、生まれてこの方この土地を離れたことはないんですよ、あたしは。あたしはここを愛してるんです。ここの暮らしに満足ですよ。」
ところがいざ出発の日、ようすけが町を出ようとするとゴコウが大きな荷物を抱えてようすけの前にやって来た。
「旦那!あたしも色々考えたんですが、こりゃどうもあたしは旦那と一緒にいくようになってるらしいんでさ。家でかかあにこの話をしましたら、あいつがその晩夢を見ましてね。お前の夫を旅立たせるように、とこう声が聞こえて、まア所謂お告げがあったそうなんでさ。うちのかかあには霊感がありますから、あいつがそう言うときはそりゃ本当なんですよ。それで、『俺が行っちまったら、お前らの面倒は誰が見るんだい?』ってあいつに言ったら、『あんたなしでも何の問題ないから、とっとと行っておいで。』とこう言うもんですから、こりゃあひょっとすると旦那について行くことがあたしの運命じゃないかと思いましてね。」
「そりゃよかった。ちょうど花探しには仲間が必要だと考えてたんだよ。」
ようすけとゴコウはこうして連れ立って旅立ったが、2人が旅立った後この町ではある男がようすけ達を探して人に聞いて回っていた。
「彼らに伝えることがあったのに。彼らは花を探せるだろうか?私も彼らを追いかけなくては。」
この男こそあの日ようすけに花の在り処を教えた男だった。男は予言者だった。予言者は人にその人がするべきことを伝えるのが仕事だった。予言者は人それぞれにいて、その人を追いかけている。時計の針がもう一つの針を追いかけているように、追いかけたり追い抜いたりするが、普通は会えることはめったに無い。ようすけが花を探したように、何か特別な事をした時だけ針と針はぴったり重なって、人は予言者に会えるのだ。男はようすけを追いかけて町を出た。
 ようすけとゴコウはカイジャリ国に行く前に少々寄り道をした。ゴコウが有名な遺跡のあるポンポコナ渓谷地帯をどうしても見てみたいと言ったからである。ポンポコナ渓谷地帯は広大な自然に囲まれており、世界で一番大きな滝があった。2人はそこである身分の高い老婦人と出会った。彼女はようすけが生まれ育ったぱいぽ王国からやって来たと言う。老婦人の名前を聞いてようすけは驚いた。老婦人はぱいぽ王国の名門貴族の女性であった。
「なぜあなたのような方が、こんな未開の土地に住んでらっしゃるんです?」
「私はね、自分の国がほとほと嫌になったの。あなたもそう思わないかしら?今じゃ石燃水が国の宝。石燃水だなんて、あんなものが何の役に立つ?いつかは無くなるのが目に見えてるのに!外国に売って、ちょっとお金を儲けられるようになったからって、結局他の国に利用されてるだけ。西の国にまでへつらって、恥ずかしいと思わないのかしらね。」
「でも石燃水がとれるようになってから、国民はずっと豊かになりました。石燃水は熱を起こすのにも、何かをつくるのにも大変役に立つものですからね。西の王にしろ、他の国がぱいぽ王国を一流国と見なすのは、あ
の不思議な水があるからですよ。あれが出なければ、とっくの昔に西の王国に植民地にされていたでしょう。」
老婦人は溜息をついて、ようすけには返事をしなかった。同郷のよしみだと言って、彼らを家に招いてくれた。老婦人の家は世界で1番大きな滝に一番近い町にあった。
「あなた達、私の頼みを聞いてくれないかしら?ぱいぽ王国に住む私の息子にこの書類を届けてほしいのよ。郵便なんかじゃ送れない大切なものなの。」
「しかし、私たちはこれからカイジャリ国に行くのです。ぱいぽ王国は反対の方角にあるし、私はあの国には入れない事情がありまして。」
「そう、残念だわ。この手紙は私の遺言状なの。私の持ってる土地、石燃水のたくさんでる土地を息子にそっくり譲ってやろうと思ってね。前は私が死んだらその土地をすぐに売るように遺言に書いたんだけども、気が変わったのよ。」
「ご自身で渡しに行かれないのですか?最近は飛行機というものがあって随分便利になったから、乗ればぱいぽ王国までもあっという間ですよ。」
「そんな暇は私にはないのよ。あれを見てごらんなさい。」
老婦人は窓の外を見て、世界で一番大きな滝がある方角を教えてくれた。そして滝があるはずの場所の上に立ち上る白い霧を指差した。
「あれが何だか分かる?世界で一番大きな滝がつくる霧なのよ。あの下に滝があるの。水しぶきが霧になるのよ。ああやって霧がこの窓から見えるうちは、私は生きていられる。私はここであの滝を守る活動をしているの。滝は上流の森が伐採されたり小さくなるから、年々縮小してるのよ。あの滝がもし無くなったら?ここの地域には伝説があるのよ。世界が終わりかける時、あの滝のまわりに世界中の動物が集まってきて、神様を迎えるのよ。動物達に歓迎されて、真の神は存在を顕わすと言われてるの。森では今だって違法に伐採を進めようとする人間が後を絶たないの。ここの政府も役に立たないから、私たちの団体が見張ってるわ
け。」
ゴコウが感に堪えないように声を上げて、老婦人の前に跪いた。
「マダム、あなたの話、あたしにはよく分かります。ここはあたしの民族が太古の昔に住んでいた土地だと、あたしの故郷ではそう伝えられています。あたしは南の砂漠からやって来ましたが、あの滝はあたしたちの土地じゃあ『幸せの滝』と呼ばれております。『幸せの滝』を見て砂漠に帰ってきた者は、みーんな幸福になるのでごぜぇます。嘘じゃありやせん。そう多くはありませんが、土地のじい様達の中に昔、この『幸せの滝』を見て帰ってきた者がありまして、子供の時分から足を悪くしていたのに、滝の近くでしばらく過ごして、しばらくすると足がまるでどこも悪くないように、すっかり元気に動くようになったんです。それにうちのかかあがよく言っとります。世の中には特別な場所っちゅうのがいくつもあって、神様やら何やらと人間が出逢えるようなそういう土地があるんだと、そんでポンポコナの幸せの滝はそういう所だと、そう話とりますよ。何せあいつの言うことは本当ですからね。」
「そういう霊験あらたかな滝だとは、知らなかったね。今まで私がいた国では、そんなことはちっとも知られていなかった。」
ゴコウの話を聞いてようすけは言った。
老婦人は自然への愛に満ちた女性がみせる大地とお日様のような笑顔を浮かべた。
「忘れてはなりませんよ。私たちは自然に守られているのよ。自然は決して人間の敵じゃないの。彼らは人間を守るために働いてくれているのよ…」
ところで老婦人が急に息子に譲る気になった土地というのは、石燃水がふんだんに採れる土地で、彼女の家系が代々受け継ぐものであった。
「あの子にあの土地が上手く使える器があるか、私には分からなかったんだけどもね。まぁ任せてみようかという気になったのよ、ある日滝を見ていたら急にね。子供に何が出来るか親が決めちゃいけませんからね。」
「ではね、こうしましょう。私とゴコウであなたの遺言状をぱいぽ王国の隣の国まで持って行きましょう。それで、そこからはゴコウが1人でそれを息子さんに届けに行く。私たちはそれからカイジャリ国に向かいますよ。」
老婦人は感謝してようすけにこのご恩は忘れませんよ、と言った。ようすけとゴコウはポンポコナ渓谷を出て、ようすけの生まれた国であるぱいぽ王国へ向かった。
「どうしてあの方のお願いを聞く気になったんです?花を早く見つけたいんでしょう。」
ゴコウはようすけに聞いた。
「それはそうだがね。しかし困ってる人がいると、放っておけないのが私の性分なんだよ。それにこれも何かの縁かもしれないからね。」
 2人はぱいぽ王国の隣国へ入り、国境近くの町を目指した。2人が国境の町の食堂で腹ごしらえをしていると、周りが急に騒がしくなってきた。
「始めやがったぞ!」
誰かがそう叫ぶと、食堂にいた人達は一斉に外へ出て行った。何事かと2人が後を着いていくと、ぱいぽ王国の国土の方向で、そう町から離れていない砂漠から爆炎が上がるのが見えた。
「馬鹿だな、西の王国が勝つに決まってる。」
「ぱいぽ王国の繁栄もここまでだな。」
「ちょっとすみません、一体何事でしょう?」
ようすけは近くにいた男の1人を捕まえて聞いた。町中の人が皆建物から出て、砂漠からあがる爆炎を見ていた。聞かれた男はびっくりして言った。
「あんたテレビも新聞もないところから来たのかい?戦争だよ!ぱいぽ王国と西の王国でさ。一週間前から膠着状態だったけど、今さっき始まったんだ。」
「西の王国は、ぱいぽ王国内の石燃水を狙ってるんだって話だぜ。」
ようすけは不気味な炎があがる砂漠をじっと見つめた。随分前に追い出されたと言え、自分の生まれた国が他の国に攻撃されているのをこうして隣国から眺めているのは、国に対するひどい裏切りのように思えた。
「旦那、こりゃとてもぱいぽ王国に入るのは無理そうですね。」
「いや、そんなことはありませんよ。私が案内しましょう。」
ようすけとゴコウに話しかけて来たのは、群衆に紛れ込んだ北の旅人だった。
「あなた――」
「静かに。さあ、私について来て下さい。」
2人は北の旅人について、人気のなくなった町の大通りに来た。それから2人は一軒の小さな店に入った。
「いつも突然現れますね、あなたというお人は。」
「仲間というのは自然と導かれるものですよ。それはそうと、ようすけさん。ぱいぽ王国に行かれるのは何故です?」
「それが、あるご婦人から息子さんへの大切な手紙を預かっていまして、それを届けに行こうという訳です。花を探すのが先決なのに、あなたには申し訳ないんですが。」
「いいえ、構いませんよ。それにもきっと何か大きな意味があるのでしょう。」
「どういう意味です?」
「旦那方、申し訳ありませんがね、実際にぱいぽ王国に入って手紙を届けに行くのはこのあたしなんですよ。それをどうぞお忘れなく。マダムのために手紙を届けたいのは山々ですがァ、戦をやってる国なんぞには行けやしません。」
ようすけと北の旅人は2人してゴコウに詰め寄った。
「そこを何とか、頼むよ、お前だってあんなにマダムに親切にしてもらったじゃないか。」
「私からもお願いします。このことはあなたが考えている以上に大切なことです。」
2人に散々説得されて、ゴコウは、砂漠にいる彼の妻に電話をすると言い出した。
「あいつが行けと言うなら、あたしは行きましょう。」
ゴコウが話したことによると、彼の「かかあ」の一言目は、「あんたが行っても、私は何も困らないよ。」だったらしい。そして二言目は「そんなこと自分で考えて決めるんだね。」とのことだった。ゴコウが電話を切ろうとすると最後にはこう言った。「こんなことで電話する暇があるぐらいだったら、一緒に行った旦那のために働くんだね。」
「そういう訳で、あたしは行くことにしましたよ。旦那のために、精一杯お役に立ちましょう。」
「それでお前んとこの奥さんは、お前がすごく危険なことをやるってことが分かったのかい?」
「ええ、言いましたよ。『あんたの生き死にはあたしの問題じゃないね。』と言われちまいましたけどね。」
こうしてゴコウは北の旅人と一緒に出発した。北の旅人が秘密のルートを知っていると言うので、そのルートを車で進むことにした。
 ところでこれを読んでいるあなたはいつまでこの話が続くのかとお思いだと思う。語りたいことは大体語り終えたので、これにてひとまずおしまいにさせていただきたい。物語の常で、ここまで読んでくれた人はきっとこの主人公の運命に共感したから、最後まで読んでくれたのだろう。この主人公、しゃーりんがんのようすけなどというふざけた名前がついているが、実在の男であって、この話は実在の男の魂の話だ。ではこれにて幕引き。ありがとうございました。
ゆめこ
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2014年10月12日(日) 00時08分58秒 公開
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No.2  ゆめこ  評価:0点  ■2014-10-27 05:32  ID:/qwab7is9JQ
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陣家さん

ありがとうございます。
読んでいただけて良かったです。
陣家さんに言っていただいたことが、他の作品を書く上で大きな参考になりました。
これからも読んでいただけると嬉しいです。
No.1  陣家  評価:40点  ■2014-10-22 02:20  ID:xirF3gxu5AI
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拝読しました。

なるほど、これは一見支離滅裂な話ですが、じっくり読むと荒唐無稽でした。
つまりナンセンスとして完成度が高いということです。

こういう作風は外国文学には一つのジャンルといて確立されているとも言えますが、日本ではあまり多くないですね。
次々に無軌道に転がっていく展開は、ルイスキャロルのスナアク狩りなんかを思い出しました。
語り口もグリム童話っぽくて、なぜか懐かしい感じでした。

実は深遠な謎が秘められているのかもしれませんが、何も考えずに展開を楽しむのが正解かもしれません。

とてもおもしろかったです。
総レス数 2  合計 40

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