無題
 僕が吸血鬼と名乗る人物と出会ったのは、もう一週間も前のことだ。
 七日間と書くと短く感じるだろうが、とんでもない。僕にとってはとても長く、濃密で、まるでその七日間に人生の半分を凝縮されて、持っていかれたような感じだ。
 そしてその人は、ほんの三時間前、決して消えることのない強烈な印象を残して、どこかへ去ってしまった。
 自称なのか本物なのかは未だ判別がつかない。偽物だったらからかわれたのかと思うし。本物だとしたら……どうだろうか。今更、恐怖に身を震わせるようなことでもないし、第一、彼女は畏怖の対象には不向きだろう。後者はあくまで私見だが。それも確かめる術の無い今となっては、解答無き問題となってしまった。
 ただ、貴重な体験だったのかと訊ねられれば、「はい」と言うことに躊躇う。僕の他にあんな体験をした人がいないと言い切るのはとても難しい。それに人に自慢でもしたら、彼女と初めて会ったときの言葉を、逆に僕が言われることになる。
 結局のところ、彼女との思い出を反芻して思慮にふけり、自己満足の泥沼にはまることしかできないのだ。今さら彼を探そうにも、社会のしがらみから抜け出せない僕にとっては無理難題だ。
 あと十数年若かったら。この年でこの言葉を使うとは思わなかった。大学を卒業して五年も経っていないのに、小学生への懐古の念が蘇ってくる。もしこの出会いが子供のころだったら、今からでも走って探し回るだろう。その気力も体力も、今の僕にはない。
 小さいアパートの一室には、風が吹いていた。彼女が出て行った窓の外には、薄茶色に汚れた打ちっぱなしのコンクリートが広がっている。強固という言葉が欠片も見当たらず、柱に白アリが巣を造っていそうな空きビル。このアパートと汚さで勝負をしたら、僅差でこちらが勝つだろう。そんな建物だった。
 僕は空いた窓から身を乗り出して、コンクリートの壁に向かってそっと手を伸ばしてみた。仰向けに寝ているとき、蛍光灯に手を掲げてしまうアレによく似ていた。
 当然届かない。掴めるのは冷たい風だけだった。
774の
2014年05月28日(水) 12時59分46秒 公開
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No.1  陣家  評価:10点  ■2014-06-29 11:06  ID:oCQUpHz7uGg
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自分もタイトルだけはなんとか読破しました。
仲間ですね。
総レス数 1  合計 10

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