願いは叶う
 夏休みに子どもたちが夜の校舎に忍び込んですることと言えば百物語しかないでしょう? 私の話すこの体験談もやっぱりそんなシチュエーションでの話。
 この話、最後まで聞かないと面白く無いからきちんと聞いていくのよ?
 そう、最後まで、ね。


 夏休みの最終日、一つの教室に十五人ほどの生徒が集まって百物語をしている。本来ならこの二倍ほどの人数が来る予定だったのだが、このごろ巷で連続殺人事件が起こっているために夜の外出がさせてもらえず、今日は来れないという人が多いらしい。
 百物語の醍醐味と言えば話を終える度に蝋燭の火を消していくこと。だからあの日も終わりが近づいてくるとみんなが浮き足立っていた。
 そして、最後の一人が話し始める。
「これは私の作った話、だから怪談の最初によくある『誰々から聴いた話なんだけど……』とは言えないの」
 たった一本の蝋燭で教室の中を照らすことは不可能だ。それ故に話している人の顔はよく見えないが、ただその声は明らかに少女の声だった。
 少女の声は続ける。
「これは、ある所に住む少年のお話。ちょっと夢想家だけれど、まぁごく普通の、どこにでもいそうな少年のお話。
 その日も少年は────」


 その日も少年は考えていました。『一体どうしたら僕は物語の主人公みたいになれるんだろう?』と。別に現状に不満があるわけではありません。友達もたくさんいるし、勉強もスポーツもできる方。女の子に告白されたことも何回かあります。どちらかと言えば、いや言わなくても恵まれた子でした。なのに、いやそれだから彼は物語の主人公になりたがっていたのです。
『はぁ、どうすれば……』と思いながら彼が歩いているといきなり異様なものが、と言うより異様なシチュエーションが目に飛び込んできました。
 なんと道の脇に自分と同じくらいの歳の女の子が倒れていたのです!! 彼は自分がその時考えてたことなんて全部忘れて彼女に駆け寄り、我も忘れて叫びました。
「大丈夫? しっかりして!?」
 反応はありません。きっとこの暑さにやられて倒れてしまったのでしょう。そう考えて彼は彼女を肩に担いで公園の四阿に運び椅子に寝かせた後、なけなしのお小遣いでスポーツドリンクを買って飲ませました。
 しばらくした後、彼女がうっすらと目を開けたのを見て少年は心配そうに問いかけます。
「大丈夫?」
 そんな少年に彼女は答えました。
「大丈夫だけど……。ここはどこ? あなたは誰?」
「記憶喪失してるの!?」
「常識的なことを聞いただけだけだよ?」
 よく考えて見ればその通りです。彼は「確かにそうだなぁ」と言って場所と自分の名前を彼女に教えました。
 彼女はうんうんと頷き、そして彼にこう聞いたのです。
「あなたが私を介抱してくれたんでしょう? それなら何かお礼をしたいの」
「お礼なんてそんな────」
「でもあなたは今、願っているものがあるでしょう?」
「え?」
「例えば……」

「物語の主人公になってみたい、とか」

 少年は悪寒を感じました。なぜ彼女はそんなことを知っているのでしょうか?
「そ、そんなこと思ってるわけ無いじゃん。それにそんな夢が叶えられるわけがないだろ?」
 彼女はゆっくりと首を振ります。
「ううん、私にならできる」
 その声は今までで一番力が入っていました。彼には「そ、そうなんだ」という他ありません。
「また来週ここに来て。あなたの夢を叶えてあげる」
 そういうと彼女は立ち上がり「じゃあね」とだけ残してどこかへ行ってしまいました。
 その時彼は言葉を返すことが出来ず、ただただ見送ることしか出来なかったのです。


「ホントにこれ怖い話なの?」
「もちろんだよ、ここからが怖いんだから」
「全く、前座が長いのも程々にしろよ?」
 雰囲気に酔っているその台詞がみんなの笑いを引き起こす。それが治まった後、コホンと咳払いをして彼女は続きを話し始めた。


 その七日後、彼はまたあの四阿に来ていました。もちろん少年は悩みに悩んだ上でここに来ているのです。だって彼女は誰が見ても、誰が聞いても怪しいのですから。
 それでも、それでも彼は自分の願いが叶うことに賭けました。彼女が本当に願いを叶えてくれることを信じてやって来たのです。
「本当に来てくれたんだ。ありがと」
 彼をみて、彼女は嬉しそうに笑います。
「それじゃあ、あなたの願いを叶えてあげるね。
 ゆっくり目を閉じて、あなたのなりたい主人公を想像して……」
 彼の意識はゆっくりフェードアウト。そして夢に落ちていきました。
 それはそれは楽しい夢!  彼の思うことすべてが本当になって理想の形で進んでいきます!!
 彼の見た夢は勇者の冒険譚。ありきたりだけれど男の子なら誰もが夢見る物語の主人公に彼はなっていたのです。
 魔王を倒して、ヒロインと結婚し『ふぅ、一件落着』と思ったその直後
 彼は現実世界へ引き戻されました。
「なんだ、今のは……。どうやってやったんだ?」
 あまりにも現実的でなくて、リアル過ぎます。少年は少女に詰め寄りました。
 けれど、彼女はただ優しく笑うだけで答えません。
「ごめんね、今日はこれでもうおしまい。また来週ここに来てね」
「おい、ちょっと待てよ!」
 少女は少年の声に答えず、どこかへ消えてしまいました。

 次の週もまたその次の週も彼は夢を見ました。毎回毎回楽しい夢を見ました。
 そんな彼はある頃から不満を持つようになります。もちろん彼女にではありません。この現実世界に、です。
 夢をみるようになってから全てがうまくいきません。彼は現実が自分の思い通りにならなくて、自分の望む形に持っていけないことに嫌気がさしました。
 ────それが普通だということを忘れてしまったのです。
 それを愚痴るたびに、決まって少女は言いました。
「嫌なことがあればあるほど夢は素敵になるの」
 その言葉があったから彼はここまで我慢出来たのです。
 そう、出来『た』のです。
 残念なことにこれはもう過去形。夢を見てしまった彼に現実は重すぎました。
 ある時、少年は少女に言いました。
「なぁ……ずっと夢を見ている方法はないのか」
 彼女は微笑んで答えます。
「あるよ」
「あるのか!?」
 彼は彼女の肩を掴みました。
「うん」
 彼女は微笑んだまま言います。
「でもね、それはここではない場所、つまり夢の中で生きるということ。体を、魂をその中に持っていくということ。そのためには魂をこの現実世界に縛り付けているものを全て壊さなければいけないの」
 それはつまり……。
「縛り付けるもの、それは人との関わり。だからあなたが覚えてて、あなたを知っている人全員殺さないといけない。でも大丈夫。この子を持っていれば人なんて簡単に殺せるから」
 彼女はいまだ笑みを浮かべています。そして笑顔のまま『この子』、紫色に禍々しく染まった鉈を差し出しました。
「ひっ、ひぃいいい」
 彼はついに悲鳴を上げてしまいます。
「どうしたの? それがあなたの夢でしょう?」
 そういいながら彼女は彼の手に鉈を握らせました。抵抗しているのに……なぜか握らされてしまいます。まるで、彼女に操られているかのように。
 そして、体は勝手に少女の方へ動き出しました。
「ぼ、僕は君も殺してしまうのか?」
 震えた声でそういう彼の手は何のためらいもなく鉈を振り上げました。
「何を言っているの?」
 彼女は公園の出口を指さします。
 すると彼の体はくるりと方向転換。
 彼は自分の後ろで少女がクスクス笑う声を聞きました。

「私が『ヒト』だなんて……クスクスクス、いつからそんな勘違いをしていたの?」

 彼女の笑い声はいつまでも彼の耳に響きわたります。


「怖っ、こんな場所で聞きたくない!」
「ホントに自分で作ったの?」
「うん、私が作ったの」
 ただ淡々と事実を事実として述べる彼女。
「すごいなぁ……おっとそれじゃメインイベント、最後の蝋燭を────」
 彼女は男の子の声を遮る。
「待って、まだ終わってないよ。後もう少しだから最後まで聞いてね」
 小さく囁いたその声は暗い教室の中に沁み渡った。


 数日後、彼は凄惨な格好で四阿に戻ってきました。
 全身ボロボロ、眼の下には隈ができていて、頬には大粒のナミダがこぼれています。
 そしてその服と鉈には赤黒い『ナニカ』がついています。ベッタリと。
 鉈の刃に街灯の光が当たり紫色に輝いたのを見て、彼女はいたわるように微笑みました。
「おめでとう、これであなたはいつまでも夢を見れるよ」
 対する少年は憎しみをあらわにした目で睨みます。
「何がおめでとうだっ!! 僕は、僕はこんなことしたくなかったのに! なんで罪のない人を殺さなくちゃいけなかったんだ!?」
「あなたの夢を叶えるためだよ。全てはあなたのせいなんだよ」

 まるで彼の答えが気に食わない、とでも言うように。
 まるで彼の答えにがっかりした、とでも言うように。

 その台詞を境にして彼女の声は今までとは全く違う冷たいものになりました。
「…………………………」
 だから、彼は何も言えません。
 恐ろしくってナミダが出て、でも何も言葉を発せないのです。
「それで、あなたは何を願うの? 多くの人を傷つけるなんてことまでして、あなたは何を願うの?」
「…………………………」
「黙りこくってないで、早く答えなさい」
 彼はナミダとよだれと鼻水で顔を汚しながら言いました。
「僕は……懺悔したい。自分のこの手で殺した人に懺悔したい。それだけだ」
 少女はそんな彼を今までで一番冷たい、見下したような笑みを浮かべて彼を見ます。
「そう、それがあなたの夢なの?」
「……そうだ」
「じゃあ、みせてあげるその夢を! あなたのお望み通りいつまでも、ね」
「な、違う! そういう意味の夢じゃない!! やめろっ」
 彼女は今までで一番楽しそうに、そしておかしそうに笑います。
「じゃあね、いつまでも懺悔してなさい。大丈夫、許されることはないから」
「やめろやめろやめろやめろや…ろや……や………………ろ…………や……………………」
 彼が眠気に抗えず、声を出せなくなった瞬間────


「────瞬間、彼女はおかしそうに吹き出しましたとさ、おしまい」
 教室の中は重い静寂に支配される。当たり前だろう、これは小学生には早すぎる話だ。
 その中でこの話を語った子だけが動き、最後の蝋燭の火を消した。
「ひっ」
 いきなりのことで驚いて悲鳴を上げた子もいる。電気はすぐに付けられた。
「おい誰だよ、今の話をした奴は」
 誰も何も言わない。その代わりに人数を数えていた生徒が震えた声で言った。
「お、おい、蝋燭の本数の方が俺らの人数より一本多いぞ!?」
 またも、教室が重い静寂に包まれる。消えたのはもちろんあの────
「どうせあれだろ! 誰かがわざと二回怪談を話しただけだろ!? あーあ何にも起こんなくてつまんなかった。もう遅いから俺は帰るぜ」
 がまんできなくなった一人に続き、全員が青い顔で帰っていった。


 どうかしらこの怪談。とっても面白いと思わない?
 ……え? 怖いの? なによ! あんたは小学生なの? こんなので怖がるなんてダメダメね。
「ハイハイそうですか〜」って帰るのもだめ。まだこの話は終わってないんだから。
 何回も繰り返し言ってるでしょ?
 きちんと最後まで聞きなさい、って。


 夏休みが終わり始業式の日、あの日の怪談を聞いた一人が新聞を持って教室に駆け込んできた。
「お、おい! お前らこれ見たか?」
 日付は今日のもの、一面トップに書かれていたのはあの連続殺人犯が見つかったと言う話題だ。
「重要なとこだけ読み上げるぞ。
『警察によりますと被害者の内数人と面識があり容疑者のひとりであった× × × × (十五)が同市のとある公園の四阿で意識不明のまま倒れているのが発見されました。× × × × は血まみれの状態で右手に鉈を持っており、これが凶器ではないかと警察当局はコメントしています。なお× × × × は近くの病院に搬送されましたが未だに意識は戻らず、始終何かにうなされているようだ。とのことです』」
 あの日の重い空気がよみがえる。そして誰かが震えた声で言った。

「なぁ、自分で作った物語って……どういう意味だったんだろうな?」

 もし、もしこれが自分が起こした物語という意味だったら…………。
 誰も、何も言えなかった────


「────とさ! ちゃんちゃん!!」
 これで正真正銘ホントにおしまい。
 さてさてさっき読者の皆様をからかっちゃったからすることないな〜。
 しょうがないからみんなのためにクイズを出してあげる。もちろん景品つきでね。
 それじゃあ行ってみよう! 話終わりのお楽しみクイズ!!
 実は私、このお話に登場してるんです! いったい私はだ〜れだ?
 
 もし誰だか分かったら

 あなたの願い、叶えに行ってあげるね。ふふ。
お話を知る人
2014年02月28日(金) 16時05分42秒 公開
■この作品の著作権はお話を知る人さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 初めまして。お話を知る人といいます。
 この作品は一度ラ研に投稿したもので、感想を頂きたいと思い再度アップしました。
 改行、表現などのご指南よろしくお願いします。

この作品の感想をお寄せください。
No.2  お話を知る人  評価:0点  ■2014-03-11 10:27  ID:OB2yzYLRm0Q
PASS 編集 削除
感想ありがとうございます。
確かにそうだなぁと頷けるものばかりなのでこれからの作品に反映していきたいと思います。
No.1  お  評価:30点  ■2014-03-10 11:28  ID:P4L5JGTUzFo
PASS 編集 削除
どうもです。読ませていただきました。
展開とか構成とかは上手いなと思いました。
ただ、語り、軽いなぁとも思いましたが。
軽くするならもっと人を食った感じにしないと、やや興醒めかな。
あと、契約にたいして少年が了承していないところがすこし引っかかりました。
それと、魂をしばるのは、自らの肉体だろうとも。まぁ、理屈ではないのかも知れませんが。
そんなことで楽しませていただきました。
ありがとうございました。
総レス数 2  合計 30

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除